紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第七話

 小さな手が『Closed』と札がかかっている扉を無遠慮に開ける。

 カランカランと鳴り響くドアベルの音を聞きながらクロードは『豊穣の女主人』の扉を潜った。

「申し訳ありません、お客様。当店はまだ準備中です。時間を改めて起こしに……」

「まだミャー達の店はやってニャいのニャ!」

 店内でテーブルクロスをかけていた二人の店員が即座に反応して彼女の姿を視認し、一瞬目をぱちくりさせると納得した様に小さく吐息を零した。

 眉目秀麗なエルフ、天真爛漫な猫人(キャットピープル)。絵に書いた様な美の付く少女達は慣れた様に肩を竦める。

「ニャんだ、クロードじゃニャいか。クロエに何か用ニャ?」

「クローズさんですが。本日はどういったご用件でしょうか。クロエならルノアと買い出しで居ませんが」

 クロードはくすんだ銀髪を搔き上げながら半眼で声をかけてきた二人を見やって溜息を零す。

「お前等がオレに抱いてる印象ってどうなんだよ。なんで真っ先にクロエの名前が出てくんだよ。あの毛並みも腹も真っ黒な奴には用はねェよ。今日は」

「ニャに? クロエに用の無いクロードはクロードじゃニャいニャ!」

 クロードが散々の言い草で肩を竦めると天真爛漫な店員は盛大に驚いた表情を浮かべて大袈裟に驚きだす。

「貴方は黙っていてください」

「ぶニャ!?」

「失礼しました。でしたらどのようなご用件でしょうか?」

 恩恵を受けて五感等も強化されているはずの冒険者ですら視認できない速度で猫人を沈黙させた長い耳を持つウェイトレスの姿に動じる事もなく、クロードは懐からヴァリスの詰まった袋を取り出し揺らす。

「ミア母ちゃん呼んでくれ」

「……ツケですか」

「ツケだよ」

 昨日の奴だ、と面倒臭そうに答えた少女を見下ろし、エルフの店員が目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。

「まさか、貴女が払いに来るとは……」

「おい、オレの事なんだと思ってんだ」

「いえ、てっきりあの白髪の少年に支払わせるのかと」

 店員が抱く自身に対する印象が最悪だと言う現実に、不愉快な表情を隠しもせずにクロードは彼女を追い払う様に手をひらひらと振った。

「ああ、もう良い。さっさとミア母ちゃん出せ」

「畏まりました。少しお待ちください」

 獣人の少女の襟首を掴んでズルズルと引き摺って奥へと消えていくエルフの少女。その背を見ていたクロードは手持無沙汰に煙管を咥えて揺らす。

 クロードが火どころか刻み煙草すら入っていない煙管を咥えたまま、窓から差し込む陽光に目を細めていると。

「クロード、アンタが払いに来るなんてね。珍しくリューがおかしな冗談を言ってるのかと疑ったけど、違うみたいだね」

 ぬぅ、とカウンターバーの奥の扉を開けて出てきた女将が開口一番に冗談を零す。その冗談を聞いたクロードは無言で懐から刻み煙草を納めた小箱を取り出して少量の刻み煙草を取り出し、火皿に押し込んだ。

「なあ、アンタらの店での俺に対する評価が酷過ぎて一服してェんだが」

「もし火を着けてみな。アタシの得物(スコップ)が轟き叫ぶよ」

 ドワーフの中でも一層大きい、小人族のクロードからすれば巨人と呼んでも差し支えない程の背丈のある女将の脅しの言葉に、銀髪を指に絡めたクロードは苦々し気に咥えた煙管を静かに口元から離すと、腰のポーチに納めた。

「はぁ、くっそ。イライラするわ」

「煙草を止めたら良いのさ。それより支払いだったね。アンタ、金なんかあったのかい?」

「あ? ねェよ。仕方ねェから幾つか煙草を卸してやったんだよ」

 昨日の今日で支払いの用意が出来なかった為、いくつか独自に調合していた煙草を商店に卸したのだ。無論、正規品ではない事もあり、商店側もクロード側も見つかれば罰則(ペナルティ)を科される事となるだろう。

「……アンタ、禁制品を売りさばいてるとギルドに取っ捕まるよ」

「禁制品じゃねェって、ちょっとした香味(フレーバー)だよ。死ぬほど癖になる、ね」

 冗談めかしながらヴァリスの詰まった袋を差し出す少女を見下ろし、女将は呆れの視線をぶつけながらもその袋を受け取らずに首を横に振った。

「いらないよ」

「はァ? おいおい、そりゃどういう意味だ? もしかしてタダ飯食わせてくれんのかよ」

 最高だなァ、今日もたらふく飲み食いさせてくれんのか、と喜色を浮かべたクロードは、次に放たれた女将の言葉に口を閉ざした。

「────アンタ達の飲み食い分は【ロキ・ファミリア】がもう支払ってくれたよ」

 ミアは黙り込んだ小人の眼前にたっぷりと多めのヴァリスが詰まった袋をカウンター裏から取り出して差し出した。

 少女の差し出すなけなしのヴァリス袋がちっぽけに見える程に多量の硬貨(ヴァリス)の詰まったソレを見て、暫くしてクロードは絞り出す様に呟いた。

「……アァ?」

 怒気を含む返事に、女将は「そりゃそうなるだろうね」と肩を竦める。

「そりゃァ、どういう意味だ?」

「あの場では拒否したみたいだけどね。それでは申し訳ないって事で勝手に支払っていったよ。伝言も頼まれててね、損失した武具の費用は自分達に請求してくれ、だとさ」

「………………」

 澱み切り、瞳孔が開き切った少女の目を真っ直ぐから見下ろしてたミアは溜息を飲み込んだ。

 件の【ファミリア】の言い分もわからなくはない。しかしクロードの性格を知るミアに言わせれば悪手も悪手。

 普通の冒険者なら大派閥が「損失を補う」等と口にしたのであれば真っ先に跳び付いて吸い尽くせるだけ吸い尽くそうとするだろう。だが、残念な事にクロードの場合はそうはならない。

「……ンのクソ派閥。ふざけやがって」

 眉間に青筋浮かべた彼女は震える手で【ロキ・ファミリア】が置いて行った金を女将の手から引っ手繰ると、代わりに自身の持っていた小袋を投げ渡す。

「足りんだろ」

「……ああ、十分だね」

 中身を検めて飲み食い分の金額がしっかりと入っているのを確認したミアの返事を聞くと、クロードはずっしりと重いヴァリスの袋を指し示し、眉間に青筋を浮かべたまま問いかける。

「んで、これは一ヴァリスたりとも触ってネェんだろ?」

「ああ、受け取った時のまま。手は付けて無いよ」

「オッケー」

 腰のポーチから煙管を取り出したクロードは、ミアに断りを入れる事なく火を入れて紫煙を燻らす。女将が僅かに眉を顰めるのを見やりながらも、彼女は獰猛に裂けた様な笑みを浮かべて問うた。

「【ロキ・ファミリア(クソ派閥)】って、何処行きゃ会えるンだ?」

 

 


 

 

 都市北部、北の目抜き通りから外れた街路沿いにクロードが目指すべき建物はある。

 周辺の建物に比べて群を抜いて高い建造物群。

 赤銅色の高層の塔が槍衾の様に密集し、まるで燃え上がる炎にも見える非常に特徴的な外観を持つ建物。最も高い中央塔の先端には『道化師(トリックスター)』の旗が立ち、陽光を浴びてその存在を知らしめていた。

 その名も『黄昏(たそがれ)の館』。

 所有しているのは、『道化師(トリックスター)』『巨人殺し』等、いくつもの異名を持つ【ロキ・ファミリア】だ。

 数多くの第一級冒険者を率いる、都市有数の強豪派閥。

 そんな派閥の本拠(ホーム)の前、モクモクと過剰に紫煙を燻らせた銀髪の少女がゆらゆらと真っ直ぐ歩んでいた。

 足取りはふらふらと安定せず、瞳孔の開き切った瞳が乱れた髪の隙間から覗く。美しい筈の銀髪は紫煙にくすんで色褪せて見える。幽鬼の様な足取りでクロードはその館の街路沿いに面する門の前に立った。

「ここかァ……」

 ケタケタと肩を揺らして彼女が嗤っていると、声をかける者が居た。

「我々の【ファミリア】に、何か用か?」

 閉じられた門の左右、男女の団員、門兵の片方がクロードに問いかけたのだ。

「ア? あ、ァ?」

 声をかけられ、ようやくその存在に気付いたクロードは手にした煙管を咥えて紫煙で肺を満たして気分を落ち着けてから、その門兵を見上げた。

「ああ、テメェ、何処の【ファミリア】だ?」

「……何?」

 明らかに常識を逸した様子の少女の姿に門兵があからさまに表情を曇らせる。紫煙を燻らせているのもそうだが、傍から見れば完全に薬物中毒に陥った異常者そのもの。

 そんな小人族の少女が袋を背負って【ファミリア】の本拠(ホーム)前に現れたのだ。しかも都市内で知らぬ者が居ない【ロキ・ファミリア】の本拠前で門兵をしている団員に対し、何処の派閥だ、等とズレた質問まで飛ばす始末。

「はぁ、中毒者か。『ダイダロス通り』ならあっちだぞ。此処は【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)だ」

 貧民街として機能している『ダイダロス通り』の方を指差して示しつつ、小人族の少女に門兵の男性は表情を険しくしていた。

 【ロキ・ファミリア】はいくつもの派閥から目の上のたん瘤として疎まれている。直接的な危害を加える真似をする派閥こそないが、嫌がらせ等は稀に良くある。故に、目の前の少女も同じ様にロキ派閥の活躍を妬んだ者だろう、と警戒しているのだ。

 対するクロードは目を見開き、口元をニィッと釣り上げると背負っていた袋を門兵に差し出した。

「これ、返しに来た」

「……何?」

「テメェらが勝手に置いて行った荷物だよ。邪魔だからさっさと受け取れ、此処まで運んできてやったんだ、泣いて喜んで床でも舐めろよクソ派閥」

 敵意剥き出しで言い放たれた言葉に門兵は一瞬で警戒心を引き上げ、飛び退いて距離を取るのと同時に護身用の武器に手を伸ばす。少し離れた位置で様子を伺っていたもう一人の女性門兵も同様に武器に手を伸ばしていた。

 それを見たクロードは煙管を吸って顔を伏せ、紫煙を吐き捨てると顔を上げた。

「オイ、そりゃァ、どういう意味だ? まさかわざわざ荷物返しに来てヤッたってのに、武器を向ける気かヨ」

 こりゃァ、傑作、ケッサクだ。とクロードは差し出していた袋を背負い直し、煙管の吸い口をガリィッと噛んだ。

「今すぐ、テメェらの主神か団長を出せ。意味も理解出来ねェ下っ端じゃァ、ちっとも話になんネェ」

 澱んだ目で二人を見据え、クロードが苛立たし気に呟き、対する門兵は警戒しながらも問う。

「何処の【ファミリア】の者だ」

「あァ? 【ファミリア】になんぞ所属してねェよ」

 無所属、そう聞いた門兵があからさまに警戒を引き上げた。遂には男性団員は護身用の剣を鞘から抜き放つ。

 所属先を答える気の無い返答、明らかに挑発している。と受け取った彼の反応に間違いは無いだろう。

 残念な事に彼女の答えに嘘は無い。無いのだが喧嘩腰の態度に問題がある。しかし、クロードはそれを正す気なんぞ微塵も無く、剣を抜いた団員を見ると口を真一文字に引き結んだ。

 つい先ほどまで浮かべていた敵意が一瞬で消え去り、瞳孔の開き切った瞳で向けられた剣の切っ先を捉える。

「……怖気づいたか?」

 勢いや気概が衰えた事に気付いた団員の一言に、クロードは大袋を地面に落とす。ジャラリッと硬質な金属が擦れ合う音が響いた事に団員が眉を顰める間にも、

 小さく首を傾げたクロードは燃え残った煙草と灰を捨て、新たに取り出した刻み煙草を煙管に詰め始める。

 突然の行動に警戒し、間合いを計る為に男性団員がすり足で距離を取りつつもう一人の女性団員に異常を知らせる様に声も無くアイコンタクトで告げる。

 彼女が現れてから既に数分は経っているし、異常に気付いた何人かが既に団長たちに知らせている事だろうが、一応と言う事で女性団員が本拠に駆けていく。

 その間に、ふぅ、と少女が大きく紫煙を立ち昇らせた。その視線は変わらずに剣の切っ先に向けられたままで、腰の剣に手を伸ばす気配も無い。

「どういう積りだ」

「オレはなァ……ただ、()()()()()だけなんだよなァ」

 足元に落とした袋に少女が視線を向ける。自然と、相対していた男性団員もそれに気を取られ────瞬間、少女の足がその袋を蹴り上げた。

「なっ、これ────」

 慌てて防御姿勢をとる彼は見た。恩恵の無い者が放ったとは思えない威力をもって天高く蹴り上げられた袋が弾け、中身をぶちまける光景を。

 金額としては一〇〇〇〇〇ヴァリスに届きうる様な量の硬貨。陽光によってギラギラと輝き目を晦ませたのも一瞬。直ぐに重力に囚われたその硬貨は大地へと降り注ぐ。

 目を晦まされた男性団員が目を腕で庇う間に、頭上から降り注ぐ多量の硬貨の雨が体を打つ。一つ一つは大した威力は無く、冒険者からすれば特に問題はない、はずの奇襲。

 それは一瞬で石畳の大地へと降り注ぎ、鼓膜を揺さぶり聴覚を潰した。ジャラジャラジャラ、と過剰な音で耳を潰された彼が今度は耳を塞ごうとして────目の前に迫った少女の姿を見つけた。

「────ッ!?」

 驚愕もつかの間、少女は一気に紫煙を男性団員の顔に吹き付ける。

 その奇襲に対し彼は顔に吹き付けられる煙に慌てる事無く、迫った少女に剣を差し向けた。

 伊達に最強派閥に所属している訳ではない。彼もLv.2に到達している冒険者。この程度ならば捌ける、と少女を打ち払わんとして、動きが鈍る。

「な、ァッ!?」

 一瞬で体に纏わりつく倦怠感と疲労感。振るおうとした剣の軌跡は滅茶苦茶になり、少女がほんの少し身を反らしただけで空を切った。男性団員の体の自由が利かなくなる、処か視界がぐにゃりと歪み平衡感覚が狂いだす。

 膝を突いて乱れた呼吸を整えようとする男性団員を見下ろし、散らばったヴァリス硬貨を見やりながらクロードは肩を竦めた。

「文字通り、金に目が眩む様な門番ってどうなんだ? なァ、フィン・ディムナ様よォ?」

 挑発気味に声をかけた先は門の奥、館から駆けてきたフィン・ディムナだ。彼の背後には数人の団員。全員が武装し抜き身の武器を手にして敵意を漲らせている。

 事情を知らない団員達が殺気立つ。事情を知っている者達も団長達の厚意であった食事代を用立てた事に対し、喧嘩を売る様な形で()()に来た事に良い顔はしない。

 敵意を剥き出しに少女を睨む彼らに、団長のフィンは手で控える様に指示を出す。

 周囲を見回した金髪の団長は、深く溜息を吐いて膝を突く男性団員を見やってからくすんだ銀髪の少女に視線を向けた。

「これは、どういう状況か教えて貰えるかな。それと、彼に何をしたのかも教えてくれると助かる」

「あァ? 見りゃわかんだろ。金返しに来てやったら、テメェの教育が行き届いてネェ下っ端が先走って剣抜きやがったから鎮圧してやったんだよ」

 街路に散らばったヴァリス硬貨に膝を突く門兵の団員。その中央でケタケタと嗤うクロードが煙管に残った灰を捨て、フィンを鋭く睨み付けた。

「勝手に金払って、ソレで貸しを作った積りかァ? 随分と身勝手な事しやがってまァ? ンだよ、そんなに宴を滅茶苦茶にされたのが気に食わなかったカ?」

「……そういう積りは無かったんだけれどね。素直に受け取って貰えればそれで済んだ話だと思うよ」

 あの場で受け取らなかったとはいえ、後から請求されても困る。と【ロキ・ファミリア】が気を利かせた結果、それが裏目に出て襲撃紛いな事をされるとは思うはずもない。

「アァ? おいおい、ウケるー。メッチャウケるわ。(はらわた)捩れて死にそうだ」

 ケタケタと腹を抱えて嗤い、わざわざ下から見上げる様にフィンを睨み付けて呟く。

「そこの門兵(クズ)()()()()()()()()()()()()それで()()()()だロ?」

 少女の皮肉に、フィンが笑みを浮かべる。端的に言えば、相当『イイ性格』をしている彼女の相手に疲れたのだ。

 対するクロードの方は悪びれた様子は微塵も無く、ただ口元を歪めて告げる。

「オレは言ったはずだ。必要無い、ってなァ?」

 勝手な事してんじゃねェ、クソ勇者様ァ。等と煽ると煙管を吹かして足元に散らばる硬貨を示した。

「コレは返す。せいぜい這い蹲って集めろヨ」

 言いたい放題、やりたい放題やりつくした彼女がそのまま何事も無かった様に去ろうとした所で、気付く。

 振り返った先、街路を塞ぐ様に【ロキ・ファミリア】の団員が展開している。ちらり、と肩越しにフィンを見たクロードは肩を竦めた。

「返すモンは返したゼ? その転がってんのは暫くすりゃあ元通りだ。んで、他に何か用かよ。オレは今からダンジョンに行かなきゃいけねェんだけど?」

「捻くれてるのはわかった。出来れば穏便に済ませてくれないものかな?」

「穏便にぃ?」

 取り囲んで逃げられない様に包囲しながら穏便もクソもあるか、と少女が吐き捨て、散らばる硬貨の一つを爪先で蹴り上げ、掴み取った。

「んで、なんだよ」

「前は聞けなかったからね。所属派閥と主神の名を教えてくれないかな」

 此処まで事を大きくした冒険者に対してこれ以上話しても意味が無い。これは主神同士で話し合いをする必要がある、とフィンが所属派閥を問う。

 対するクロードは面倒臭そうに頭を掻くと、ピンッ、と硬貨を弾いて真上に飛ばした。

 数人がそのヴァリス硬貨の行方を視線で追うも、フィンは真っ直ぐにクロードを見据えたまま視線を外す事はない。

 この隙を突いて逃げる気か、と警戒心を強める彼らを他所に、落ちてきた硬貨を手の甲で器用に受け止めた彼女はそれを見て呟く。

「さっきも答えたっての。裏、か……無所属だよ」

「……無所属?」

「あァ、嘘じゃねェよ」

 【ファミリア】には所属していない。その言葉を聞いた【ロキ・ファミリア】の面々はあからさまに嘘だと、フィンが止めていなければ直ぐにでも彼女を黙らせていたであろう程に殺気立つ。

「嘘、ではなさそうだね」

「嘘なんか吐いてねェよ」

「じゃあ、キミが恩恵を受けている神の名を教えてくれないかい」

 二度目の質問に対し、クロードは再度硬貨を弾きあげる。その行動に何の意味があるのか、と見つめられながら、同じように硬貨を手の甲で受け止めて確認し、少女は肩を竦めた。

「表だな。じゃあ教えねェ」

「──────」

 少女の放った言葉に、団員達も察した。解答するか否かを『コイントス』で決めている、と。

「ふざけてるのかい?」

「はっはっは、ふざけて無きゃこんな事しねェよ」

 真面目に答える気なんぞ無い、そう断言して硬貨を構えたクロードは告げる。

「後一回、運が良けれりゃ答えてやる。これ以上拘束するってんなら、暴れてやる」

 ま、万に一つも勝てないだろうけどな、と自身が敗北する事を見越した上で挑発するクロードに対し、フィンは深い溜息を零した。

「はぁ、キミの名前を教えてくれないかな。これが最後の質問だ」

「アァ……?」

 もう疲れたとでも言いたげなフィンの言葉にクロードはコインを弾いた。

 

 


 

 

「クロード・クローズ、ね」

「団長、良かったんですか?」

「相手にするだけ無駄だよ。他の子にも伝えてくれ、彼女には関わらない様に、って」

 嵐が過ぎ去った後の『黄昏の館』。

 唐突に現れて騒ぎを起こすだけ起こし、そして去っていった少女に対する【ファミリア】の対応を指示していたフィンは団員が出て行ったのを見送り、眉間を揉んだ。

「ああ、捻くれ者の相手は大変だね」

「せやなー。ひっどい性格の子やったな」

 ケラケラと軽い笑いを零す主神の顔を見やったフィンは、小さく溜息を零す。

「まさかあそこまで捻くれてるとはね。あの場では随分と酔っていた様子だったから、酔いが覚めたら改めて文句を言いに来るかも、と思っていたんだけれど」

「まさか、代わりに払ったったらガチギレされる。なんてウチにも予想できんわ」

 あんまりにも予想外過ぎて空中廊下から見下ろして爆笑していた。と零すロキの姿にフィンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 笑い種にされた本人がその場に居て、連れだった少女から強烈な皮肉をぶつけられて【ファミリア】の恥を大きく晒す羽目になった挙句。謝罪を受け入れて貰えなかった事。

 これに関しては酒に酔っていた勢いの可能性が高い。故に、後から冷静になってみれば、と考え直した相手が請求してくる可能性を考えて────結果、余計な事するな、とブチギレた訳だが。

「相手に落ち度が無いのがまた、ね」

「まあ、態度はすこぶる悪いし、ウチの【ファミリア】に泥塗られたんは思う所はあるけどなー。言っとる事は正論やし」

 『冒険者は自己責任』『ダンジョンに潜る以上、何にせよ自業自得』というのは冒険者の暗黙の了解だ。

 彼女の言い分はほぼ正論。それを加害者が振り回せば暴論ではあるが、被害者側の彼女が口にする分には正論として通ってしまう。

「に、しても随分と無関心な子やったなぁ」

 最低限の矜持はあるが、無気力無関心。そのくせ皮肉だけは一丁前。

 もしこの場で自分達が彼女を取り押さえた所で、彼女は応えないだろう。というのがフィンには理解できた。興味が無いのだ、それなのに矜持は持っており、それが傷付いた時は動く。

 周囲との軋轢に視線を向けない。完全な問題児(トラブルメーカー)。何処か仲間内に居る狼人(ウェアウルフ)の青年に似ながらも、根本的な部分で異なる。

 そんな人物だった。

「ま、あの娘が無所属だったのはある意味助かったかな」

「それどころか、神が動くのも止めるって言っとったな」

 無所属でなおかつ、恩恵を授けた神にも文句は言わせない。と彼女自身が言い切った。

 自身を山車にして派閥抗争なんぞ起こすなんてされれば恩恵を授けた神だろうが見限る。と。

 面倒事は大嫌い。面倒見ていた後輩が【ファミリア】に所属はしているが、ソイツが文句を言う場合も主神共々自身がなんとかする。とクロードは断言した。

 彼女が何を思ってそんな行動をしているのかはは今の所は不明だが。それ以上にフィンとロキは気にしている点があった。

「……それで、彼女が扱っていたであろう魔法またはスキルについてだけど」

「《耐異常》を持っとらんとはいえLv.2を行動不能にする……か~。呪詛(カース)では無さそうなんが厄介やな」

 動きのキレや速度からLv.1であるはずの少女が、格上のLv.2の冒険者を行動不能に陥らせた。その事に関して本人の話を聞いてもピンとこない。

「あの煙、ってのはないやろな」

「彼女が自身で吸引している煙に毒物、っていうのは考え辛いね」

 冒険者すら麻痺させる毒が無い訳ではない。しかし、彼女はそれを自身で吸っているのだ。予め解毒剤を服用していた、とも思えるが。

「無いだろうね。あの場に残った煙にそういった麻痺毒があるならLv.1の団員が痺れてもおかしくはないし。やはり魔法かスキルだろう」

「はぁ~……なあ、フィン」

「なんだい、ロキ」

 間延びした様なロキの言葉にほんの少し嫌な予感を感じながらも、フィンは主神を見やった。

「あの子、勧誘してもええ?」

「……今は止めておくべきだと思う」

 少なくとも、今は【ロキ・ファミリア】の団員達からの彼女への心情は最悪。

 同時に彼女から【ロキ・ファミリア】への心情も最悪。

 この状況で勧誘なんぞすれば、万が一にでも所属する事になった際に軋轢が酷い事になる。

「えー、あの子面白いやん。ちょいとけむいのが難点やけど、可愛えしなー。駄目ぇ?」

「できれば止めて欲しいね」




 よし、超絶捻くれキャラとして動かそう。最初はツンツンネジネジだけど好感度を稼げば少しだけ素直になってくれる……ヤクデレ? 中毒デレ?

 一応、オリ主の背景としては、前世で優秀な兄達に囲まれた才能の無い末っ子。って感じにしようかなと思ってます。
 才能の無さを嘆きはすれど、兄達を恨んではいない子。


 えっと、この後に『怪物祭(モンスターフィリア)』でしょう? 『シルバーバック』とのたた……かう?
 フレイヤ様がどう動くか、ですかねぇ。

 もしくは別箇所で怪物退治に奔走してもよさそう。手伝ったから金クレってせびる感じで。
 金が無きゃ武器も煙草も買えないんですよ……。

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