紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第八話

 闇の緞帳がおりるのを阻む煌々とした魔石灯の明かりに満ちた都市。

 夜を迎えてなお、喧騒途絶えぬ世界で唯一の迷宮都市、オラリオ。

 点々数多の光をちりばめる都市の中でも、ソレはとりわけ異彩を放っていた。むしろ奇怪極まっていた。

 白い塀に囲まれただけのだだっ広い敷地の中、胡坐をかいてデンと座る象の頭を持つ巨人像。

 宵闇を拒む様にライトアップされたその像の大きさは三〇Мは下らない。威風堂々と胸を張るその像を見た者に少し変わった感情を抱かせる事で有名であった。

 誰しもが一度は驚愕するであろう事実だろうが、この像は立派な建造物なのである。

 浅黒い肌に引き締まった肉体を持つイケメンの神ガネーシャが、これまで貯めていた【ファミリア】の資産を投じて建造した巨大施設。

 【ガネーシャ・ファミリア】の本拠(ホーム)、『アイアムガネーシャ』である。

 なお構成員の間では大変不評らしく、彼等は泣く泣くこの建造物に出入りしているそうな。ちなみに、入り口は像の股間部分である。

『ガネーシャさん何やってんすか』

『ガネーシャさんマジパネェっす』

 貴族然とした正装に身を包んだ人並み外れた美丈夫達、人ではない神達が笑いながら股間を潜っていく。本日開かれているガネーシャ主催の『神の宴』の来賓たちだ。

 神の気紛れさを示す様に、『神の宴』に決められた主催者、日程等は存在しない。宴をしたいと思った神が招集をかけ、参加したい者だけが参加するといった代物だ。

「本日はよく集まってくれた皆の者! 俺がガネーシャである! 今回の宴もこれほどの同郷者に出席して頂きガネーシャ超感激! 愛してるぞお前達! さて積もる話もあるが、今年も例年通り三日後にフィリア祭を────」

 外観とは裏腹に、落ち着いた雰囲気の内装の大広間。

 設けられた壇上(ステージ)の上で像のモデルとなった人物、ガネーシャが馬鹿でかい肉声で挨拶を行っていた。周囲の神々はいつもの事の様に聞き流し、雑談に興じている。

 立食パーティーの形式をとられた会場には、純白の被覆布(テーブルクロス)がかけられた元卓には色取り取りの料理が置かれている。靴音が頻りに響く大広間には忙しなく動き回る給仕に加えて、壁際には楽隊が待機している姿も見える。

 人で溢れんばかりとなっている会場には都市内に居を構える殆どの神達が集っていた。

 『神の宴』は主催者の【ファミリア】の規模によって決まる。それはつまり此度の主催者であるガネーシャの【ファミリア】が都市の中でも有数の指折り派閥である事を示していた。

 そして、招待状が配られた神の人柱の中にヘスティアの姿もあった。

「むっ! 給仕君、踏み台を持ってきてくれ。早く!」

「は、はいっ!」

 騒めき途絶えやまぬ会場の一角、ヘスティアは【ガネーシャ・ファミリア】の構成員が務める給仕を呼びつけて多種多様な料理と格闘を繰り広げていた。

 彼女の背丈では奥の方の料理に手が届かないのだ。

「(さっ! さっ! さっ!)」

「………………」

 持参していた容器(タッパー)に日持ちしそうな料理を詰め込んでいく女神。それを見せ付けられる給仕の青年は何とも言えない表情を浮かべていた。

 立食形式(タダメシ)という事でこの女神に『遠慮』という言葉は存在しない。彼女の派閥はこの場に居る神の中でも飛びぬけて貧乏な【ファミリア】だ。眷属の負担を少しでも減らせるのであれば、自らの体面がどうなろうが知った事ではない。そんな意気込みで卑しい行為にすら手を染めている。

 よくよく見てみれば、ヘスティアの衣装は豪奢なモノではないどころか、ドレスですらない。少しフォーマルな格好で誤魔化してはいるが普段着そのままであった。

『あれ、ロリ巨乳きてんじゃん』

『ていうか生きてたのか』

『いや、あいつ北の商店街でバイト頑張ってるぞ。露店で客に頭撫でられてた』

『さ・す・がロリ神……!!』

 当然と言えば当然の事として、ヘスティアの行為は非常に目立っていた。

 そして、本人は注目を浴びた事を気にする事も無くその行為を続けていく。どうせ馬鹿にされているのだし、気にする事等無い、と無駄な開き直りすらした今の女神は無敵だった。

 口の中にも料理を詰め込みながら、容器(タッパー)を満たす、そんな彼女に声をかける者が居た。

「何やってんのよ、あんた……」

「むぐ? むっ!」

 脱力したかのような声をかけてきた相手に振り返り、ヘスティアは喜色を浮かべた。

 燃える様な赤い髪に深紅のドレス。顔の右半分を覆う黒色の皮布、それでも片目の奥には秘めた意志の強さを感じさせる。

 かつてヘスティアが大いに世話になっていた女神。

「ヘファイストス!」

「ええ、久しぶりねヘスティア。元気そうでなにより。……もっとましな姿を見せてくれたら、私はもっと嬉しかったんだけど」

 一つの溜息を零すとともに天井を仰ぎ見るヘファイストス。そんな彼女にヘスティアが駆け寄っていく。

「いやぁ良かった、やっぱり来たんだね。ここに来て正解だったよ」

「何よ、言っとくけどお金はもう一ヴァリスも貸さないからね」

「し、失敬なっ!」

 友好的なヘスティアに対し、ヘファイストスは非友好的な目付きで辛辣な事を言い放つ。それも当然の事だろう、クロードと出会う以前に散々世話になっていたのだから。

 クロードというお伴を連れて追い出されて以降も幾度も『働く場所が無い』だとか『雨を凌げる場所が無い』だとか泣きついては、そのたびにヘファイストスを困らせた前科を持っている。お伴のクロードの方は最低限の住処として廃材の山に住みつこうとしていたのも相まって目に余った女神が最低限の手配りをする羽目になった。

 ヘスティアが独自に成し遂げた事といえば、ベルを眷属にした事ぐらい。

 実はこのヘスティア、眷属の前では大人ぶっているが一人では何もできない不器量(ダメダメ)な女神だったりする。

「ボクがそんな事する神に見えるかい! そりゃヘファイストスには何度も手を貸してもらったけど、今はおかげで何とかやっていけてる! 今のボクは()友の懐を食いあさる様な浅ましい真似なんかするもんかっ!」

「どの口が言うのかしら。たった今、タダ飯を食いあさっていたじゃない」

「うっ……いや、これは、どうせ余るんだし……粗末に捨てるぐらいならボクが有効利用してあげようかなー、なんて……」

「ほーほー、立派じゃない。そのケチ臭い精神。わたしゃあ、あんたのそんな姿に感動して涙が止まらないわよ」

「ぐぬぅ……」

 聞き苦しい言い訳に皮肉を返されたヘスティアが悔し気に唸る。

 そんなさ中、靴を鳴らす楚々とした音が、ヘファイストスの背後から近づいた。

「ふふ……相変わらず仲が良いのね」

「え……フ、フレイヤっ?」

 二人のやり取りに交ざったその神は、容姿の優れた神の中でも群を抜いていた。一線を画している、と言っても差し支えない。

 黄金律という概念が抽出されたようなプロポーション、そして相貌は後光を発するが如く凛々しく。

 周囲の男神達も『魅了』された様に視線を奪い去る。文字通り『美』を司る女神。

 美の神フレイヤ。

 そして、この都市最強の派閥の主神。

「ど、どうしてここに……」

「さっきそこで会ったのよ。それで一緒に会場を回ってるの」

「お邪魔だったかしら、ヘスティア?」

 フレイヤに代わり答えるヘファイストス。それを聞いたヘスティアの眉間に皺が寄るのを見た美の女神は悪戯っぽい微笑みを浮かべて揶揄う様に問いかけた。

「そんな事はないけど……ボクは君のこと苦手なんだ」

「あら、貴女のそういうところ、私は好きよ」

 『美の神』に共通して、食えない性格をしている者が多い。それも、ほかの神が霞む程に。

 故に、ヘスティアは素直にソレが苦手な事を告げるが、フレイヤは気分を害した様子もなく楽し気に返す。それがヘスティアにしてみれば『苦手』な要因なのだが、それを知っていてやっている節も見受けられる。

 故に、程度はあれど関わりたくない。というのがヘスティアの本音だ。

「おーい! ファーイたーん、フレイヤー、ドチビー!」

「……もっとも、君なんかよりずっっと大嫌いヤツが、ボクには居るんだけどねっ!」

「あら、それは穏やかじゃないわね」

 品良く微笑むフレイヤから視線を外したヘスティアの視界には、大きく手を振って近づいてくる女神の姿が映った。

 朱色の髪と朱色の瞳。細身の黒いドレスを着こなした女神。

「あっ、ロキ」

「何しに来たんだよ、君は……」

「なんや、理由がなきゃ来ちゃあかんのか? 『今宵は宴じゃー!』っていうノリやろ? むしろ理由探す方が無粋っちゅうもんや。はぁ、マジで空気読めてへんよ、このドチビ」

「…………! …………!!」

「凄い顔になってるわよ。ヘスティア」

 この迷宮都市にフレイヤに次ぐ大派閥の主神。ロキだ。

 ヘスティアに言わせれば『敵』の一言で全ての説明が付く相手でもあるが。

「本当に久しぶりね、ロキ。ヘスティアやフレイヤにも会えたし、今日は珍しい事尽くしだわ」

「あー、確かに久しぶりやなぁ」

「そういえばロキ、貴女の所の眷属が問題を起こしたって噂になってるみたいだけれど、何があったのか聞いても良いかしら?」

 ふと呟いたフレイヤの言葉にロキが方眉を下げてむっとした表情を浮かべる。

「あー、もしかして酒場で下級冒険者虚仮にした話か?」

「そうそう。相手を半殺しにして路地裏に捨てた挙句、報復にやってきた子を始末して下水に流した、って噂されてるわよ?」

 上位派閥であり、他派閥から目の上の瘤として疎まれる事のある【ロキ・ファミリア】に対する悪意ある噂話の広がりにロキは面倒そうに口をへの字に曲げる。

「ロキ、いくらなんでもやり過ぎだろう」

「ドチビは黙っとり。そもそウチの子は一切手は出しとらん。相手がキレて本拠(ホーム)まで殴り込みにきたんは事実やけど」

 ロキは面倒そうに頭を掻きながら事実を述べていく。

 事の発端はとある酒場で酔った眷属の一人がダンジョンで出会った駆け出し冒険者を貶した事が始まり。その場に偶然本人が居てその話を聞いてしまう。そして逃げてしまった、と。

 問題はその駆け出し冒険者に同行していた人物だ。

「その場で文句言いに来たんはええんやけどな。こっちからの謝罪を受け取らんかったんや」

「……謝罪を、受け取らなかった?」

「『冒険者やから迷宮での出来事は自業自得』言うてなあ、文句言うだけ言って去ってったんよ」

 それで済んだのであれば【ロキ・ファミリア】の面子に泥がかぶっただけで、話は其処まで。しかし話は其処で終わらなかった。

「その場ではツケって事にしとったからなぁ。代わりに食事代だけは払ったったんよ。そしたら、やで? 本拠(ホーム)まで出向いてきて支払った分のヴァリス全額返金してきおったんや」

「はぁ……? その子、だいぶ変わった子ね」

 一般的な冒険者なら幸運だと喜ぶ所を、わざわざ返金しに行く辺りが徹底している。随分と変わり者だな、という印象を抱いたヘスティアだった。しかしロキの次の一言で表情を強張らせた。

「せや、一応聞いとくけどクロード・クローズって名前の子、知らん? さっきのウチに殴り込みに来た子なんやけど」

「うぇっ!?」

「ちょっとヘスティア、あなた……」

「私は知らないけれど、そっちの二人は知っているみたいね」

 フレイヤが微笑と共に焦りだしたヘスティアと、額に手を当てて溜息を零したヘファイストスを見やる。

「何や、知っとるんか? せやったらウチに全部吐けや」

「な、ななな、何にも知らないよ! ボク、知らない!」

「怪し過ぎるわ!」

 どもりながらも全力で首を横に振るヘスティアに、ロキが詰め寄る。その様子を見ていたヘファイストスが溜息交じりに問いを投げかけた。

「ロキはその子をどうする積りかしら」

「あん? 決まっとるやろ」

 女神ロキは拳を力強く握り締めながら、声高らかに答えた。

「勧誘や!」

「……はぁ!?」

「フィンは止めて欲しいみたいやけど、あんな面白い子を放置は出来ん! しかも無所属(フリー)やぞ、無所属(フリー)。【ファミリア】に所属しとらんのやったらさっさとウチの子にしてまうのが一番やろ!」

 僅かながらに興奮した様に捲し立てるロキの様子にヘファイストスがなるほど、と呟いてヘスティアを見やった。

「あなた、クロードをさっさと【ファミリア】に所属させないとこのままロキに取られるわよ」

「駄目に決まってるだろ!?」

「あん? なんや、あの子ドチビの恩恵受けとるんか!?」

 やれ直ぐにウチに寄越せ、そんなの絶対に駄目だとロキとヘスティアの問答が始まった横でフレイヤはヘファイストスに問いかけた。

「その、クロード・クローズってどんな子なのかしら?」

「ん? あー……悪い子ではないのだけれど、頑固、というか拘りのある子ね」

 絶対に譲らない一線、というものを持ち合わせており、其処だけは何があろうが譲らない。そしてその一線を越える者が居たら誰であろうと叩き潰そうとする。

「へぇ……少し、興味があるわね。男の子?」

「違うわ、女の子よ」

「ふぅん」

「……フレイヤ、あなたが男女問わずなのは知ってるけれど、あの子は止めて欲しいわね」

「あら? どうして」

「ヘスティアの生命線になってるから」

 クロードが居なくなると【ヘスティア・ファミリア】の財政面が一気に不味い事になる。主にヘスティアの散財癖の所為なのだが。

「あら、それを決めるのはその子本人でしょう?」

「……まあ、その通りなんだけど」

「せやろ! フレイヤもそう思うやろ! せやからドチビ、さっさとクロードたんをウチに寄越しぃや!」

「駄目だって言ってるだろ! あの子は【ファミリア】の所属は拒んではいるけどボクが恩恵を授けてるんだ! 絶対に渡さないぞ!」

「はんっ、ドチビはほんまアホやなぁ。【ファミリア】に所属しとらんのやったら関係無いやろ? 何を主神(おや)面しとんのや」

「ぐぬぅ……」

 ロキの正論を前にヘスティアが悔し気に唸る。

 【ファミリア】に正式に所属していない以上。クロードの扱いは『無所属(フリー)の冒険者』である。

 本来ならば【ファミリア】に所属している眷属に対し勧誘や引き抜きを行えばトラブルの原因にしかならないが、それが無所属(フリー)なら話が変わる。

 どの派閥にも所属していない以上、彼女を誰が勧誘しようがだれも文句は言えない。それこそ先に勧誘に成功して【ファミリア】に所属させた者勝ちだ。

「んで、クロードたんは何処に住んどるんや」

「誰が言うもんかっ!」

「はいはい、其処までにしなさい」

 ぱんぱん、と手を叩いたヘファイストスが二人の問答を止める。

 周囲の神々がヘスティアとロキの問答に聞き耳を立てているのに気付き、ロキは口を閉ざした。

「まあええわ。自力で見つけて勧誘したる」

「むむぅ」

「止めなさい、ヘスティア。そもそもあなたが何時まで経っても【ファミリア】に所属する様に説得できてないのが悪いのでしょう」

「だってぇ、それはぁ……クロード君がぁ……」

 ()友の正論を前にヘスティアが項垂れる。

 これまで幾度か【ファミリア】への正式加入についてクロード本人と相談はしてきた。しかし彼女は一向に首を縦に振らない処か、その話となると途端に不機嫌になって話を聞かなくなる。

 他の神に目を付けられる前に、と幾度も忠告をしていたヘファイストスも此度の一件については我関せずと肩を竦めた。

「それで、事情はわかったけれどその虚仮にされた駆け出しの子は大丈夫だったの?」

「ああ、そっちは知らんわ。まあ、可哀想やとは思うけど、冒険者やしその程度で折れるんやったら其処までやろ」

「まあ、わからなくはないけれど」

「ロキの言う通りだわ。その程度で折れるなら、ね」

 たかが他の冒険者に貶された程度で折れるぐらいなら、別の事で簡単に折れて冒険者を止めるだろう。と何処か突き放した様なロキの物言いにヘファイストスは僅かに納得する。その横に居たフレイヤは何処か意味深に言葉を零す。

 そのやり取りを聞いていたヘスティアはふと思い出していた。

 クロードの一件。それに付随するベルの行動。

「あーっ!」

「なんやドチビ、いきなりでかい声あげて」

「どっちもロキのせいじゃないか!?」

「はぁ?」

 自身の愛しい眷属であるベルに憧憬を抱かせ、それを挫いてダンジョンに向かわせた真犯人。

 どちらもロキの眷属が原因。ヘスティアがむむぅとロキを睨むと、負けじとロキも睨み返す。

 会えば喧嘩、話の途中にも喧嘩、何があっても喧嘩、と犬猿の仲である事を示す様な二人のやりとりにヘファイストスは溜息を零し、フレイヤは楽し気に笑みを浮かべた。

「あら、相変わらず仲が良いわね」

『『何処がっ!?』』

 

 


 

 

「もう一声、なんとかなんねぇか?」

「ならねェよ」

 カウンターに座る店主らしき男は、おかしな真似をしない様に鷹の様な目付きで店内の客を威圧している。その顔に刻まれた無数の傷が、荒事に慣れているという証でもあった。

 換気不十分なためか酒場の天井付近には雲のように濃い紫煙が揺蕩っていた。長い年月を感じさせる程に染みついた煙の臭い、そして薄汚れた魔石灯から放たれる弱々しい光は紫煙によって遮られ、ただでさえ暗い店内にはあちこちに闇が揺蕩う。

 その闇の中の一角、くすんだ銀髪の幼い少女が煙管を吹かしながら対面の席に座る男を睨んでいた。

 商人然とした衣類を身に纏う、この酒場に似つかわしくない男。当然、少女であるクロードもその酒場には不釣り合いな容姿をしているが、誰も気に留める様子はない。

「なぁ、頼むぜ」

「はぁ……今朝、少し卸しただろ。あれじゃ足りんのか?」

「いやぁ、それが……」

 言い淀む男は、クロードが懇意にしている商人の一人だ。

 彼女が独自に調合した香味(フレーバー)の煙草をこっそりと一部の客に売り渡している。そんな彼が街中でいきなり声をかけてきたため、場末の怪しい酒場に足を運んだのだ。

 そんなクロードは不機嫌そうな表情を隠しもせずに煙管を吹かす。

「あァ? さっさとゲロっちまえ。回りくどいのは嫌いなんだよ」

「あ、はは……実は大口の取引がきたんだよ」

「大口ぃ?」

 胡乱気な視線を投げかけたクロードは、傍に置かれた灰鉢に灰を捨てて刻み煙草を詰め直し始める。不機嫌さを隠しもしない彼女を前に男は愛想笑いを浮かべながら手もみをして話しだす。

 クロードが卸す『煙草』は、僅か一ヶ月程度の期間でマニアの間では知らぬ者が居ない程の有名な品として知られる様になった。『一服するだけで天国に行った気になれる』だの『これ以上の煙草は無い』だの、絶賛する者が後を絶たない。

 ただ、クロード本人しか調合法(レシピ)を知らず。卸す量もかなり制限している事から入手困難な希少品として高騰していた。

 なお、クロードはただ『スキルの効果を効率的に引き出す為のモノ』として作成したモノであり、要するに『戦闘用煙草』として使っていたモノを小遣い稼ぎ代わりに少しだけ換金していただけだ。ここまで人気が出るとは本人にも予想外である。

 そんな代物をとある富豪が手にした事によって此度の呼び出しがかかった、との事。

「アー、つまり、アレか? 富豪様が『たくさん』欲してる、と?」

「まあ、そんなところだ」

「無理に決まってんだろ。アホか」

 クロードが吐き捨てると、商人は焦った様に視線を彷徨わせて頼み込む。

「頼むぜ。もう引き受けちまったんだよ!」

「あのなぁ、なんで量産しないかわかるか?」

「素材の問題ならこっちが解決する。なんなら調合法(レシピ)に相応の金も出す! 頼むぜ」

「はぁ……一つ確認させろ。その富豪様、どれだけ買ってった?」

「全部だよ。買い占めていったんだ」

 男の返答にクロードは煙管の吸い口を咥えたまま動きを止め、静かに火を着けて紫煙を肺一杯に吸い込んだ後、静かに息を吐く。

「……なあ、オレ、ちゃんと忠告しなかったか?」

「あ、ああ、一人の客に一服分だけ、だろ。でもあの一箱で五〇〇〇〇〇だぞ」

「ぁー……五〇〇〇〇〇かぁ。オマエの所に卸した時、一箱で三〇〇〇〇が、五〇〇〇〇〇なぁ」

 そりゃあ、乗っちまっても仕方ないかぁ、とクロードが溜息を零して懐を漁る。

調合法(レシピ)は残念ながら教えられん。素材は教えてやってもいいが、分量は自分で探せ」

 懐から取り出した紙切れを無造作に商人に投げ渡す。彼は折りたたまれた紙切れを覗き見ると満足げに頷いた。

「材料さえわかればこっちのもんだ」

「……分量間違えると一発でイッちまうから気を付けろよ?」

 文字通り、天国に行けるからな。と忠告を零したクロードは溜息交じりに懐から金属製の小箱を取り出して卓に置いた。

「前回分含め、コレで四〇。買うか、買わな────」

「買った!」

 半ば被せる様に言葉を告げ、商人は慌てた様に懐から誓約書を取り出すと手早く書き連ねていく。

「これを後で俺の店に持ってきてくれ」

「……まあ、確かに」

 血判を押し、支払いを行う事を誓約した紙切れを受け取ったクロードを尻目に、商人は喜色満面の笑みを浮かべたまま金属の小箱を懐に納めて酒場を出て行く。

 それを見送ったクロードは紫煙で乾いた瞳を瞬かせながら、誓約書をちらりと見やり、寂しくなってしまった懐を漁って深い溜息を零した。

「あー、クソ……完全に在庫ゼロだぞ」

 金に目が眩んだ事は否定しまい。むしろ一気に借金の返済可能な金額+で色々と設備も整えられそうな金額に跳び付いてしまった。

 ただ、問題があるとするならばクロード自身の分まで全部売り払ってしまった事だろう。アレはスキルの効果を飛躍的に高める事の出来る特殊な『クスリ』だった。

「……暫く、ダンジョンは控えるか」

 定期的にナァーザから少量の素材を分けて貰っているとはいえ、つい数日前に受け取って更に追加で、となると主神のミアハが訝しむ。もしミアハに事が露呈すれば連鎖的にギルドにまで嗅ぎ付けられかねない。

 それは避けるべきだ、とクロードはさみしくなった懐に手を突っ込んだまま、紫煙と共に溜息を零した。

「暫くは普通の煙草にするか」




 未所属(フリー)という扱いなので勧誘しても問題無いはず。

 フレイヤ様の魅了、クロードに効く? 薬中で効かない?
 魅了が効かない程に重度の薬物中毒化していくのも一考かなと思ってます。
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