紫煙燻らせ迷宮へ   作:クセル

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第九話

「あ……」

「んぁ……?」

 ダンジョン入り口付近、『始まりの道』と呼ばれる横幅が広い1階層の大通路を抜けるさ中、白髪の少年は銀髪の少女の姿を認めて思わず声を上げた。

 対し、銀髪の少女、クロードは気だるげな仕草で大荷物となった背嚢越しに少年、ベルを見やる。

「ああ、ベルか」

 唐突に声を上げた人物が誰かを確認すると、クロードは何事も無かったかのように大通路を進み始める。

 数日前に本拠で叩き伏せられてから姿を見せなかった少女の姿に思うところがあった少年は直ぐに駆け足でその後を追う。

「クローズさん」

「…………んだよ」

 横並びになった少年の方に視線をやるでもなく、終わりの近づいた大通路の先にある大穴を見やるクロード。

 その平然とした様子にほんの少しだけ気概を削がれながらも、ベルは礼を口にした。

「あの、ありがとうございました」

「……? 頭でも打ったか?」

 礼を言われた瞬間、クロードは足を止めてベルを見やるや否や、大きく首を傾げた。

 数日前に手酷く叩き伏せた事は記憶に新しく、苦手意識を抱かれているだろう事を予想していたクロードの考えから大きく外れた第一声に彼女は胡散臭いモノを見る目で彼を見やった。

「あ、えっと……豊穣の女主人での食事代、払って貰っちゃったので……」

「ああ、気にすんナ」

 膨れ上がった背嚢を背負い直したクロードは肩を竦めて大穴の方へと足を進めていく。ベルもまた、彼女に並んでその大穴へと向かいはじめた。

 ふと、ベルはクロードから漂う煙の臭いが普段と違う事に気付いて彼女を見やる。

「クローズさん」

「んだよ」

「えっと、煙草、変えました?」

「あァ、少しな」

 混ぜが荒くて酷い出来だが、無いよりマシだろうといくつか用意した煙草(モノ)を試してた、と軽い調子で呟かれた言葉の意味を理解出来ずにベルは首を傾げる。

「は、はぁ……」

「おこちゃまには早ぇよ」

 縦の高さ、直径はおおよそ10М(メドル)程の円筒形の大穴。それは地上へと続いているモノだ。その円周には緩やかな階段が設けられており、大きな螺旋を描いている。

 複数の冒険者パーティがその銀色の階段を上っていく様に、二人もそれに倣う様に進んで行く。

「あの、手伝いましょうか……?」

 少年自身もダンジョンで手に入れたドロップ品等で一杯になった背嚢を背負っている。対して少女の背負うそれは少年のそれの数倍以上膨れ上がっており、少女の歩みを重くさせているのは目に見えていた。

 ほんの少し気を使った少年の言葉に対し、少女は溜息を零すと肩を竦めて応えた。

「いらねェ。何度もこの階段上り下りしてる新米が気を遣うな、だるい」

 すげなく拒否されたベルが驚愕して彼女の顔を伺う。クロードの言う通り、一日に三度、四度とこの階段を上り下りしていた。理由は、戦利品がいっぱいになり、換金する必要が出てくるからだ。

「知ってたんですか……?」

「知ってるもクソも、お前、未だにギルド支給のセットの背嚢だろ。入る量なんかたかが知れてるだろ」

 それこそ専門職(サポーター)でも雇わない限り、荷物問題は常々ついて回る。その辺りを解消できておらず単独でダンジョンに赴く少年の行動等、予測するまでも無い。とクロードは肩を竦めた。

 一方的にだが少年が気まずげな雰囲気になった辺りで二人が最後の階段をまたぐと、其処にはとてつもなく広い大広間が広がっていた。

 ダンジョン直上に建造された白亜の巨塔『バベル』、その地下一階部分だ。

 千人規模の冒険者を収容できるのではないかという程の広さを誇るこの場所は、すぐ下に怪物の坩堝があるとは思えない程に高貴で神殿めいた造りをしていた。

 僅かに張り詰めていた緊張感を解す様に息をする横で、クロードは背負っている背嚢を背負い直しながら足を止めずにベルを一瞥してつぶやく。

「其処で止まると邪魔だろ。後ろ、つっかえてんぞ」

「え、あっ、ごめんなさい」

 いつの間にか後続の冒険者が階段を上り切った地点で息を吐いていた少年を煩わし気に見ているのに気付いたベルが慌ててその場を退いて壁際へと移動していく。

 クロードが壁際で背嚢を下ろし、中身を漁る横にまでベルが歩んだ所で彼の気を引くものが視界の端に映る。

「……あれは?」

「あん? ああ、カーゴだな」

 箱型で底面に車輪が取り付けてある荷物運搬用の収納箱。大規模な遠征をおこなう際、予備の武器、戦利品、道具等を納めて使用する物だ。

「何処かの派閥が遠征にでもいくのかな」

「あァ? 違ぇよ。ありゃモンスター運んでんだよ」

 朧げに覚えていたカーゴの知識を引っ張り出した少年の予測をクロードが面倒くさそうに切って捨てる。そして、彼女の言葉を肯定するかのようにそのカーゴが、ガタゴトッ、と揺れた。

 内側に居る何かが暴れる様な箱の揺れ方に少年がぎょっと目を剥く。

「え? モンスター? ダンジョンの?」

「もうすぐ『フィリア祭』らしいしな」

 箱の中から『ウウゥ』とモンスターらしき唸り声まで聞こえた事で確信を得たベルの言葉にクロードは呆れつつも背嚢の中身を整理しなおして背負い直した。

「えっと、その『フィリア祭』って……?」

「【ガネーシャ・ファミリア】が主催となって行うお祭りだな。なんでも闘技場を貸し切って【ファミリア】きっての調教師(テイマー)がモンスターを調服(テイム)するのを見世物にするらしいな」

 今年は他国の貴族連中も物珍しさから見に来るって噂もある、と付け加えたクロードは溜息交じりに肩を竦める。

 

 


 

 

 自然とクロードと別れた後、ギルドでの換金を済ませた後、道すがらであった主神を除いて唯一親交のある神から回復薬(ポーション)を受け取ったベルは一人、武具関連を取り扱うお店の前へと足を運んでいた。

 暇を見つけてはこの辺りにやってきては陳列窓(ショーウィンドウ)に張り付き、並べられた武具へと羨望の視線を向けていた。

 武具店が並ぶストリートの中でも二回りは大きい武具店。重厚な扉の上には『Ήφαιστος』の文字列(ロゴタイプ)

 【神聖文字(ヒエログリフ)】にも似た奇怪な文字列は、世界的に有名な【ファミリア】を示す記号だ。

 ここは【ヘファイストス・ファミリア】の店舗。

 第一級冒険者が手にするのに相応しい一級品の武装が並ぶ其処に、今日も今日とて訪れていた彼は純白の刀身に魔石灯(しょうめい)装置の光を照り返す短剣を見やる為に訪れていた。

「絶対に買えないんだけどね」

 いつもの場所、昨日と同じ陳列窓(ショーウィンドウ)の前に辿り着いて中を見やる。

 エメラルドグリーンの剣身を交差させる双剣、銀の輝きを宿したバスタードソード、金の装飾が施されたレイピア。どれもこれもが一級品。そして値段も相応だった。

 その中でも彼が毎日訪れては内心『欲しいなぁ……』と呟いていた短剣もそこに並んで────。

「あれ……?」

 いない。

 つい昨日も眺めていたはずの其処には、宝石を散りばめた小箱の中心に傾いて突き立っており、その白銀の刀身が宝箱の中身だと言わんばかりの輝きをやどす。それだけではない、研ぎ澄まされた刃は美しいだけではなく其処らの長剣にも劣らぬ武器だと見る者に理解させる。

 その白銀の短剣のあったはずの所には小箱のみ。そこにちょこんと載せられた『販売済み』の文字。

「あは、は……はぁ」

 憧れの【剣姫】を追いかけていれば、いずれ一級の武器に触れる機会がくるのではないか、と淡い想像をしていた少年は深い溜息を零すと陳列窓(ショーウィンドウ)から離れてとぼとぼと歩みはじめる。

 売れて当然といえば当然。しかし思うところが無い訳ではない、とベルが意気消沈しながら歩んでいると、武具店と武具店の隙間、路地裏からクロードが出てくる姿が見えた。

「あれ、クローズさん……?」

「んぁ……どしたよこんな所で。お前さんが手にするのにゃあ不相応な武具しかねェだろうに」 

 つい先ほど、バベルで別れた時よりも上機嫌そうな彼女は、背負っていた大きな背嚢に代わって大きな喧嘩煙管を背負っていた。

 金属製で頑丈な作り、飾り気は一切ない特殊武装。

 小柄な彼女が背負うにはいささか大きく感じるそれを背負いながら、これまた普通の煙管を咥えて紫煙を燻らせていた彼女の、遠慮容赦の無い言葉にベルはほんの少し表情を強張らせた。

 ただでさえ自身が未だにギルド支給の武具一式を使用しているのに対し、眼の前の少女はあろうことか特注(オーダーメイド)の一品を振り回しているのだ。多少の劣等感を抱いても仕方が無い。

「ま、まあ……そうですね。僕の収入じゃあちょっと、厳しいです」

 歯切れの悪い返答にクロードは僅かに首を傾げるも、直ぐに問いかけを放った。

「所で、ヘスティア様はいるか? ちとステイタスの更新がしてェんだが」

「神様なら、二日前に友人のパーティに出席するって言って出て行ってから姿を見てませんけど……」

「あん? ……なら良いか」

 ほんの少し考え込んだクロードは一人頷くとふと思い出した様に少年に告げる。

「ああ、そうだ、『フィリア祭』で露天が沢山出るだろうが、露天の武器を格安で買う、なんて馬鹿な事すんなよ」

 露店の武器は都市外製の鋳造品が多く、質はすこぶる悪い、とクロードは注意をするだけすると、返事も聞かずに別の路地へと入っていった。

 

 


 

 

「────で、言っておくけど、ちゃんと対価は払うのよ。何十年何百年かかっても、絶対にこのツケは返済しなさい」

 丸一日、ヘファイストスの前で極東に伝わる(タケミカヅチ曰く)『これをすれば何をしたって許され、何を頼んでも許される最終奥義』を披露して自身の眷属に武器を作って欲しいと懇願してきた神友の頼み。

 眷属、ベル・クラネルについての頼みを承諾はした。しかしヘスティアはもう一人、恩恵を授けた者が居る。

 そちらの方は【ファミリア】には所属して貰えず、距離を置かれている状態である事は『神の宴』の際にもヘファイストスも聞いた。

 ベル・クラネルに新しい武具を作ってあげたい。その子の力に成ってあげたい。その願いを聞き届け、動くに足る理由だと頷いた彼女は、もう一人のクロードの方はどうするのか、と親友に問う。

「クロードの方はどうするのかしら」

「どうって……ボクはあの子に何をしてあげればいいのか……」

 急に自信を無くした様に俯くヘスティアの姿に、ヘファイストスは軽く溜息を零した。

「クロード本人に話は聞いたの?」

「ううん、あの子、自分の事となると全く話してくれないんだ。いつもはぐらかされてしまうんだよ」

 ヘスティアの言葉を聞き、ヘファイストスは静かに腕組をしながら片目を閉じた。

 クロード・クローズ。

 銀の長髪を紫煙で鈍く曇らせて灰色に染まった様な小人族。歳の頃は15、16程だろうと思われる少女。

 彼女の経歴についてヘファイストスはほんのりと彼女の口から聞いた事がある。正確に言えば、彼女が椿に拾われて保護されたその日にある程度身の上を聞いた、というだけの話ではあるが。

「あの子の経歴、というか……まあ、少しだけ。私が知っているだけの事は話してあげるわ」

「良いのかい?」

「別に口止めはされていないもの。ただし」

 立ち上がったヘスティアの鼻先に指を突き付け、ヘファイストスは鋭い視線を向けて告げた。

「ヘスティア、説得するのは貴女だからね」

 あくまで、情報をほんの少し分け与えるだけ。説得するのはヘスティア本人でなければ意味が無い。

「わかってるさ!」

 威勢良く答えたヘスティアの姿に、ヘファイストスは鍛冶の準備をしながらも知る限りの情報を語っていく。

 

 


 

 

 紫煙を燻らせながら路地裏をずんずんと進んでいたクロードは、新調した武装用の煙管の調子を確かめる様に滑り止めの巻かれた柄をにぎにぎしながら上機嫌だった。

「いやぁ、ヴェルフの依頼も運ぶの大変だった以外には問題無かったし、楽勝だったなぁ」

 気を使って上層の採掘地点からの鉱物採取依頼を出してくれた新米鍛冶師の依頼をさくっと片付け、帰りにベルに女神不在である事を聞いた彼女は自らが宿をとっている酒場の入り口を見上げ、表情を暗くした。

 場所は迷宮都市外周部、市壁前。日当りの悪いその店の宿価格は日当り500ヴァリスと格安だった。

 何より、この宿をとる客の殆どが脛に傷を持つ者ばかり。

 店主の牛人(カウズ)のおっさんも、過去には闇派閥(イヴィルス)幹部()()()等と噂が流れる程度には荒れている。

「うぃーっす……」

 ギシィッ、と軋む音を立て、建付けの悪い扉を開けた先には無数の小樽の腰掛けと、大樽に板木を渡しただけの質素どころかギリギリ酒場としての体裁を保てているかどうか首を傾げる程の店内が見て取れる。

 カウンターも何処か手作り、というよりは後付けでやっつけ仕事をした様な出来。

 そんなカウンターの内側で左目を覆う様に額から顎にかけて傷を負った隻眼の牛人(カウズ)が無言でグラスを磨いている姿があった。

 かの牛人は残った隻眼でクロードをみやると、無言でカウンターをトントン、と叩く。

怪物祭(モンスターフィリア)が良く見える部屋を頼む」

 必要分のヴァリス硬貨を置くと、一言も喋らない店主は代わりに錆び付いた鍵を置いた。

 それを受け取ったクロードは何も言わずに二階へと通じる階段へと足をかける。

 軋む音を立て、不十分な魔石灯(しょうめい)によって薄暗く不気味に照らされた廊下の端。三階の一室がクロードの宿として与えられた部屋だった。

「いつも通り、小汚ねェ部屋だな」

 普通の成人男性であれば手狭に感じるであろうその部屋も、子供程度の背丈しかないクロードからすれば十分な広さを持つ部屋として機能する。

 室内にあるのは軋む音を立てるベッドにデスク、それとチェストの三点のみ。食事は別料金。何より店主は一言も喋らず余計な詮索をしてこないのが最高、というのがこの宿を利用する客の声だった。

 臨時収入で金が入ったとはいえ、いきなり上質な部屋に変える等といった目立つ行動をとれば周囲に怪しまれるし、余計な詮索を受ける。特にこの都市で密かに販売される『クロードの煙草』を欲する者に嗅ぎ付けられると面倒事になるのは確実。故に、クロードは格安でなおかつ脛に傷を持つ者が多いこの宿を利用するのだ。

「さて、色々仕入れたし試すかねぇ」

 背負った新しい得物をベッドに立て掛けると、徐に収納箱(チェスト)を開いて中を確認する。

 中に入っていたのは薬研(やげん)やすり鉢やすりこ木等、調合に必要な道具一式に加えて、各種乾燥させた薬草類に乾燥茸、後は幾種類かの木の実。それに加えて乾燥させた虫の死骸やイモリの黒焼き等。主に回復薬(ポーション)等の素材が入っている。

 加えて、いくつかはギルドが取引を禁じている違法品も交じっていた。

「ほぅ、ふぅむ……良い質だな」

 件の商人の男の店に顔を出した際、報酬金の一部の代わりにこの宿のこの部屋の収納箱(チェスト)にいくつか素材と調合道具を入れておく様に頼んでおいたのだ。

 ────ただ、問題があるとするならば。

「……ああ、やっぱアレは無いか」

 乾燥させた薬草類の束をいくつか取り出して確認したクロードが深い溜息を零す。

 【ミアハ・ファミリア】のナァーザから密かに仕入れていた件の香草が無い。

 医療系派閥以外の取り扱いが厳重に禁じられているだけあって、一般的な商人でしかないあの男性では入手できなかったらしい。代わりに手紙が入っている事を確認したクロードはその紙を破り捨てる。

「ったく……」

 魔石コンロを取り出し、小鍋に水筒から水を満たすと火にかけ、その横にとりだした薬研に複数の薬草を放り込んでいく。

 作るのは一般的な冒険者が扱う回復薬(ポーション)。と良く似た物品。

 ギルドからは使用どころか所有すら禁じられた代物。正確には回復薬(ポーション)である事に変わりはないのだが、酷く高い中毒性を持っているいくつかの素材を調合したモノだ。

 一度使用すると、定期的に使用しなくては禁断症状が現れ始める重度の中毒症状を引き起こす違法薬物だ。

「いやぁ、何処の世界でも考える事は一緒だわな」

 自らの店の回復薬(ポーション)の売り上げを増やす為に、中毒性のある薬物を混ぜて売る。そうする事で再購入者(リピーター)を増やす。等という違法行為に手を染めた派閥の作り出した違法回復薬(ポーション)

 当然と言えば当然だが、その派閥は使用者が異常を訴えていくつかの医療派閥が調査を行った結果、中毒性のある薬物を混ぜてあった事が判明してギルドから重い罰則(ペナルティ)を課された。

「まあ、それでも使いたがる奴が居るから調合法(レシピ)がちょこちょこ出回ってんだろうなァ」

 その回復薬(ポーション)も悪い事ばかりではない。

 ギルドが禁じるだけあってそれなりの中毒性があるが、それ以上に使用時に得られる万能感は冒険中の恐怖心や緊張を解し、ダンジョン内で心休まる暇のない冒険者にほんの束の間の開放感を与える事が出来る。

 要するに、精神安定剤としての効能が期待できた。────が、中毒性の高さからやはり禁じられているのだが。

 独り言をブツブツと呟きながら、手早く薬草をすり潰し、序に中毒性のある茸や木の実等もすり潰して小鍋の中に放り込んでいく。

「うんと中毒性を高めるか」

 彼女が偶然手にした調合法(レシピ)は獣人でもよほど鋭い者でなければ中毒性に気付けない程に薄められたモノだ。

 しかし、今回彼女が作りたいモノは中毒性を更に高め、より強い中毒症状が出る状態の代物。

回復薬(ポーション)としても機能しつつ、キマる薬が良いな」

 迷宮内で感じる恐怖心や緊張感をブッとばし、開放感と万能感でキマッた状態に陥る。

 負傷し精神的に追い詰められた状況から精神を解き放ち、通常以上の身体能力(スペック)を叩き出す。

 これほど自分向けの回復薬(ポーション)なんぞ他に存在しない。

「クヒッ……良いねェ、こりゃキマるだろ」

 自然と漏れる奇笑を押し殺しながら、クロードは薬研でゴリゴリと素材を粉末状に加工しては弱火でコトコト煮込む鍋に放り込んでいく。

 一般的に出回る市販品に比べ、何処か澱んだ色合いをした鍋の中身に、沸き立つ湯気の香りを嗅いだ彼女は僅かにくらりと揺れ、頭を振った。

「……ヤベ、流石にヤり過ぎたか。少し薄めないと不味いなこりゃ」

 普段使いの『混ぜ物煙草』が無い以上、代用品の『違法回復薬』でも作るかといくつか用意していたクロードは、小鍋の中に薄める為の液体を注ぎながらふと周囲を見回した。

 敷かれた敷物に座り込んで怪しい薬物を調合するその姿は、彼女の元となった架空(ゲーム)人物(キャラクター)とよく似ている。

「……………………はぁ」

 『魔法使い』を目指した少女は魔法使いが通う学園に席を置き、日夜勉学に励んでいた。

 周りの者達が次々に『魔法使い』として開花していく中、少女は十年経とうとも、二十年経とうとも、日夜休みなく努力を積み上げ続けてもその才は開花する事は無かった。

 何十年も学園に通い続け、いつか『魔法使い』になる事を夢見た彼女は────遂には学費の支払いが追い付かず、学園を追い出されてしまう。

 嘆き悲しんだ彼女は、それ以降も『魔法使い』を目指して日夜努力を積み重ねた。それでも兆しは見えてこない。絶望しながらも努力を続ける彼女には、残念なことに『魔法使い』として最も大切な『魔力』が無かった。

 魔力の無い少女は、いつしか女になり、老婆になり、それでも諦めきれずに努力を続けていく。

 ────そんな彼女に一つの天啓が舞い降りる。

 正規の道で『魔法使い』になれないのなら、外法に身を染めてしまえば良い。と

「…………」

 一般的に禁じられた薬草、薬物、道具、呪具、禁忌、何をしてもいい。どんなものでもいい、魔力を高め、『魔法使い』になれるのであれば、どんな外法にも身を染めよう。

 老婆となって狂った彼女は、国が禁じたモノに片っ端から手を出した。

 聖獣の血を啜ろう。

 魔人の心臓を貪ろう。

 邪神に貢物を捧げよう。

 徐々に熱狂(エスカレート)したその行為の末、彼女は『魔女』になった。

「はぁ、うっし」

 いくつかの試験管に分けた『違法回復薬(ポーション)』を満足げに見やり、クロードは其れを丁重にポーチに納めていく。残った素材も使い切る為に作業を再開しながら、懐かしそうに目を細めた。

 架空(ゲーム)の世界において、『クロード・クローズ』とはとある職業のイメージキャラクターの事であり、その職業名は『紫煙の魔女』。

 転職条件はいくつもあり、転職難易度はかなり高い。

 『カルマ値が悪性である事』

 『薬師の職業Lv.80以上』

 『技師の職業Lv.50以上』

 『狂信者の職業Lv.50以上』

 『崇拝する神が邪神系統である事』

 『邪神に供物を一〇〇回以上捧げている事』

 『フレンドリストが空白である事』

 以上の条件ならば殆どのプレイヤーが達成可能であり、そこまで難易度は高くはない。しかし残る一つの条件は『魔法・魔術を習得していない事』だ。

 特に初心者指南(チュートリアル)に『火の魔法基礎』を習得する事がある為、知らぬ初心者が条件を達成できなくなり、この職に転職できなくなる事は多い。

 加えて魔法・魔術縛りの場合、『薬師』『技師』は職業技能の『調合』や『工学』等の作成技能で経験値を得られるが、『狂信者』は特殊な経験値取得法の為かなり厳しい道を辿る事になる。

 ────『狂信者』の経験値を得る方法は、他のプレイヤーを殺害し邪神に『供物』として捧げる事のみ。

 『狂信者』は通常の『無職(ノービス)』にすら能力値(ステイタス)が劣る。それ故に攻撃魔法の威力に強化が入っているのだが、その魔法を使用できない。

 故に、非戦闘職のプレイヤーが街から出た所を運よく奇襲して倒さなくては経験値を得られない、と苦行そのものと言える積み重ねの末にようやくたどり着ける特殊職業────要するに縛りプレイを楽しんだ奇人、変人が使用する職である。

「はぁ……さてと、残りで作れるのは……酩酊薬と、昏睡薬か……ふぅむ」

 職業特製として、一般職であると連続使用で中毒症状が発症する『液薬』や、弱化(デバフ)のかかる『香』等の一部アイテムの中毒や弱化(デバフ)強化(バフ)に変換するものが挙げられる。

 加えて独自調合する事の出来る限定薬物等ですさまじい強化(バフ)を得たうえで、専用魔法を使用して圧倒的な火力を叩き出す事が出来る職業。

 使用するアイテムや状況によっては他の職では出せない上限値(カンスト)ダメージすら連続で叩きだせる玄人向けだった。クロードは前世、その職業で供物集め(プレイヤーキラー)行為に励んでいた訳だが。

「酩酊薬で良いか。流石に昏睡はきついしな」

 本来ならば既一〇〇年以上の時を生きる老婆であるはずの『クロード・クローズ』が自らの身にいくつもの誓約を課しながらわざわざ幼い少女の姿をしている理由は一つ。

 小柄な体躯の方が少量の薬物でより重度の中毒症状に至れるから。であった。




 ゲームの方の『クロード・クローズ』こと『紫煙の魔女』について。
 本来ならば代償(ペナルティ)となる弱化も全て強化に変換されるので、『一定時間〇〇上昇、〇〇低下』の様な弱化(デバフ)が付いて回る一部薬を躊躇なく使える。
 加えて一定範囲に敵味方問わずに弱化(デバフ)を振り撒く『毒煙』系統の道具で自己強化できる為、敵に弱化(デバフ)、自身には強化(バフ)と有利な戦場を作りやすい。
 使用すると全ステイタスに大幅な弱化(デバフ)がかかる一発ネタ用のアイテムが超強化薬になったりする。


 ゲーム的には外法に身を染めてるので、根本的にカルマ値は悪性固定。善性にはなれない。見かけたら100%プレイヤーキラーなやつ。

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