炭酸inIS   作:ジャギィ

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第2話

ラウラの元気が目に見えてなくなった。それはパトリックにとっても、シュバルツェ・ハーゼにとっても、ドイツ軍にとっても死活問題であった

 

ドイツ軍最強のIS部隊の隊長が精神的に衰弱し、訓練の成績に響くまでに至るなど、ISを国家戦力とする今の世の中では大き過ぎる戦力の喪失に繋がる。シュバルツェ・ハーゼにとっても、普段あれほど強気な隊長が意気消沈している姿は部隊の士気に関わる事態だ。パトリックに関しては言わずもがな

 

そしてラウラが落ち込んでいる事態に対して、パトリックが何もせずにいられるわけがなかった

 

 

 

気づきたくない事実に気づいて2週間ほど経った

 

その2週間はラウラにとって、かつて落ちこぼれと見捨てられていたあの頃と…いや、それ以上に何も感じられない日々であった

 

職務と訓練を終えては食事を済ませ、シャワーもまともに浴びずベッドに倒れ込む毎日…かつて以上に己の存在意義を身失おうとしていた。落ちこぼれの頃は見捨てられることに怯えていたが、今は怯えることすらも無駄と思えてきていた…

 

今日も空虚な1日が終わる…そう思ってベッドに向かおうとした時

 

コンコン

 

「…?」

 

ラウラの部屋の扉からノックの音が聞こえてきた

 

無視しようかと考えたが、もしかしたら何か大事な案件なのかもしれない。わずかに残った隊長としての責務から、ラウラはフラフラと動きながらも扉に近づいて開ける

 

バッ!

 

すると最初にラウラの視界に現れたのは、真っ赤な薔薇の花束

 

そして薔薇の花束を手に扉の前に立っていたのは、真剣な眼差しでラウラを見つめるパトリックの姿だった

 

「少佐、私です。パトリック・コーラサワーです」

「…何の用だ、少尉?」

「少佐を、お食事に誘おうと思いまして」

 

ラウラは思わず舌打ちしそうになった。軍務による訪問かと思えばまさかの私用、それもデートの誘いと来たものだ

 

出会ってから今に至るまでずっと付き纏わってくる男…しかもラウラ自身の根底を揺るがすきっかけを作った人物というのもあって、ラウラの不快は絶頂だった

 

「…そんなくだらん用件でわざわざ私のところに来たというのか?」

「最近、少佐はどこか気分が優れないように見えましたので、少佐の気分転換になるかと思──」

 

バシィ!

 

直後、ラウラは花束を平手打ちではたき落とした。パトリックはそれを天才的なセンスで床に落ちる前にキャッチする

 

「おわぁっとっとっと!」

「黙れッ!!二度と私に関わるな!!」

 

怒声をあげるとラウラは扉を勢いよく閉めた

 

「そんなぁ〜!少佐ぁ、どうしたんですか〜!」

『うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!』

 

情けない声を出すパトリックと幼な子のように癇癪を起こすラウラ

 

しかし、次第にラウラの声は小さくなっていく。本当は大声を出す気力もなかったのに、怒りに任せて叫んだのだ。全身から力が抜けるように座り込み、扉にもたれかかる

 

『…なぜ、私に付き纏う…』

「少佐…?」

『私は、お前が思うような強者ではない…本当の私は…誰よりも弱かったんだ…!』

 

全てに嫌気がさしていたラウラ。彼女は誰にも話したことがない己の心の内を語った

 

『私たちシュバルツェ・ハーゼの隊員には、全員の瞳に『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』という擬似ハイパーセンサーといえるものが移植されている。しかし、私の左目だけは移植に失敗した。変色し、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を制御できなくなったことで「できそこない」の烙印を押された…』

 

ポツリポツリと語る生い立ちにパトリックは閉口する

 

『そんな時だ。第二回モンド・グロッソの決勝戦当日、前大会優勝者だった織斑教官の弟…織斑一夏が誘拐されたのだ。教官は大会の二連覇を手放してでも自らの手で弟を助けに行った…そして織斑一夏の位置情報を独自の情報網で教官に教えたドイツ軍は、その見返りとして1年間、ドイツ軍のIS教官を務めることになった…「できそこない」だった私が教官と出会ったのはその時だ』

 

織斑千冬はラウラを徹底的に鍛え上げた

 

戦う術しか知らないラウラは、軍から捨てられれば何も残らない…いや、何一つ不都合な情報は()()()()と感じていた

 

だから必死に努力した。努力して努力して…その果てに部隊最強という力を得た

 

『私は力を与えてくれた教官に心の底から感謝している。だからこそ、そんな教官の輝かしい二連覇という栄誉の邪魔をした織斑一夏の存在が憎い…そう思っていた』

 

だが、その考えはもろく崩れた

 

『お前は言ったな。「ISのおかげで私と出会うことができた」と…私もそうだったのだ。あの時、織斑一夏が誘拐されていなければ、私は織斑教官に出会うことができなかった…そうだった場合、弱い私は軍から用済みとされていただろう…』

 

それが、ラウラがずっと気づきたくなかった真実であった

 

ラウラは弱い者が嫌いだった。かつての弱く、消えていきそうな自分を思い出させたから

 

そして自分を強くしてくれた教官は、強くなったラウラ以上に強かった。あんな人間になりたいと心から思っていた。だから敬愛する千冬の足を引っ張った一夏の存在が目障りだった

 

だが、弱者(一夏)を否定すれば、攫われたことで結果的に強くなれた自分自身を否定することになる。反対に弱者(ラウラ)を肯定すれば、弱いまま死にゆく自分を認めることになってしまう

 

考えれば考えるほど、答えが泥の中に沈んでいく。強者と弱者の矛盾がラウラの心を傾けるのだ

 

「少佐」

『………』

「俺には難しいことはよく分かりませんが、一つだけ言えることがあります」

 

パトリックはいつになく真剣な表情で扉越しにラウラを見ながら、こう答える

 

「少佐は凄い人だということです」

『何を根拠に…』

「俺がEUのエースだからです!」

『………は?』

 

思わず唖然とするラウラ。ラウラの凄さの根拠を聞けば自分がエースなのが理由だというのだ、固まってしまうのも道理というものだ

 

「少佐は、EUのトップエースである俺を従えることができる上官です。凄い俺の上官がさらに凄いのは当然のことです!」

『…!!』

 

メチャクチャな理屈だ

 

でも同時に、ここまで自分に自信を持ち、前向きに世界と向き合っている男は見たことがなかった。女尊男卑という男に過酷な世界だからこそ尚のこと…

 

『…まったく、お前と話していると悩んでいるのがバカバカしく思えてくる』

「なんです?」

『…さっきはすまなかった。すぐに準備をしてくるから待っていてくれ』

 

そう伝えるとラウラは身支度をすぐに始めた

 

パトリックは、よく分からなかったがラウラが食事の誘いに乗ってくれたのだと時間をかけて理解し…

 

「………やったぁ!」

 

人知れずガッツポーズをした

 

 

 

それからというもの、ラウラの調子は元に戻った。軍務も訓練も問題なく行い、成績も想像以上に上がった

 

しかし、変化はそれだけに()()()()()()()()

 

 

ある日、隊員の1人のネーナが射撃訓練で大きなミスをしてしまう

 

ラウラの厳しく、弱さを認めない性格はシュバルツェ・ハーゼの誰もが知っている。ゆっくりとやってくるラウラの姿に、彼女は大慌てで謝罪をする

 

「ネーナ」

「あっ!も、申し訳ありません!隊…」

 

スッ…

 

が、叱責をすると思っていたラウラの行動は、優しい手つきでネーナの銃を持つ手を握ることだった

 

「え…」

「やはり銃の握りが甘いな。もっとグリップを深く握れ…そう、それで撃てば当たるはずだ」

 

何が起きたのか理解できないネーナは、言われるがまま修正された銃の持ち方で的を撃つ

 

タァン!

 

「あ、当たった…あ、ありがとうございます!」

「気にするな。隊員のお前たちを強くするのが隊長としての私の務めだ」

 

それだけ言うと颯爽と去っていくラウラ。そんな後ろ姿をポーッとした表情で見つめながら、ネーナは呟く

 

「…お姉様…」

 

ラウラのファンクラブ会員、第一号の誕生であった

 

 

ラウラは頭ごなしに弱者を否定することをやめた。そんな事をするヒマがあるなら、弱い者を鍛え、守る…そのような前向きな生き方を、パトリックとの対話でラウラは学んだのだ

 

そしてそれは、彼女が尊敬してやまない織斑千冬の今と、似通った生き方である事を彼女はまだ気づかない…

 

 

 

やがて月日が経ち、ある年の3月頭…

 

「まったく、上もずいぶん無茶を言ってくる。「織斑一夏」とパイプを作り、あわよくばISのデータを入手してこいとは…」

 

今、世界は1つの変革を迎えようとしていた

 

女性でしか起動しないはずのISをある「男」が起動したのだ。人類初となる男性IS操縦者…その者こそ、かつてラウラが誤った憎しみを抱いていた相手、織斑一夏であった

 

その結果、一夏はIS操縦者育成用の特殊公立高等学校“IS学園”に強制入学、ラウラは男性操縦者のデータ確保のため、IS学園への入学を任務として通達された

 

「シュバルツェ・ハーゼは当面ハルフォース大尉に任せることになるが…あいつが駄々をこねないかどうか…」

 

ガチャ!

 

「た、大変です隊長!」

「ム!どうしたファルケ!」

 

忙しなく部屋に入ってきたのはシュバルツェ・ハーゼの一隊員であるファルケであった

 

よほど急いできたのだろう。軍人のファルケが肩で息をするほど消耗しながらも、早く用件を伝える

 

「コーラサワー少尉が…その…」

「少尉だと?奴が何かしたのか?」

 

ラウラと出会ってから落ち着いたものの、元々パトリックはドイツ軍一の問題児。何をやらかしたのだとラウラは静かに聞いていたが、大人しめの彼女が普段は出さないような大声で告げる

 

「少尉がISを動かしました!!」

「………は?」

 

最近、少尉のことになると隊長は惚ける事が多くなったなぁ…なんて他人事のように硬直するラウラを見るファルケ

 

たっぷり3秒ほど時間をかけて、ようやくラウラは再起動を果たす

 

「なんだと!?本当なのか!?」

「はい、みんなと織斑一夏の話題で話をしていたのですが、それを聞いた少尉が「スペシャルな俺様がISを動かせねえわけがねえ!」と言うとISの格納庫へ向かい…その、見事に起動させてしまって…今、基地上空を自由に飛び回っています。専用機を持つ隊長しか対処できない事態に…」

「…案内しろ」

「は、はいぃ!」

 

氷のような冷たい眼光とマグマのような怒気に涙目になるファルケ。とんだとばっちりである

 

ラウラが案内の元、基地の外へ出て空を見る

 

 

「イイイヤッホオォォォォウ!!」

 

 

そこには、ISを起動したばかりの素人とは思えないほど、高速かつ縦横無尽に青空を翔け抜けるラファール・リヴァイヴと、それに搭乗するパトリック・コーラサワーの姿があった

 

「…まったく、あの男は…!」

 

ラウラは額に青筋を浮かべながら、自身の専用機(個人での所持が許されたIS)であるシュバルツェア・レーゲンを身に纏う

 

(どんな手段を使っても、こいつをIS学園に来させないようにしなければ…!)

 

そんな事を考えながら、ラウラはパトリックの暴走を止めるべく、ラファールに向かって飛翔するのだった

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