鋭利な刃で敵を貫く強化手裏剣。
形代を消費して、使用する。
敵を貫いても尚、その勢いが衰えることはない。
バネ絡繰りで、回転の力を溜めて放つと一撃で終わることなく、その鋭利な刃で敵を切り裂き続ける。
独楽は、兎は幼少に好んだ遊びだ。
ダンジョン5階層。
階段からは少し遠い
牛頭の遊び相手になってやってもう半刻である。
もう既に攻撃は見切り、恐慌状態故か単調。
避けることに苦心することはないが、慢心すれば恐らく挽肉になる。
いい塩梅なものだ。
火力は抜群で、刀は耐えるだろうが体は耐えない。
動きは単調、武器もなし、そしてなにより図体がデカくて動きが遅い。
牛頭は当たれとイライラしている。
同時に、後ろをチラチラ見ているのが見てとれた。
そのおかげか壁際に追い詰められることはない。
勝てぬ相手ではないが、決定打がない。
胸は図体がデカすぎて楔丸では穿てない、首は断ち切れない。
ならばと、ここでの最適解は時間稼ぎだ。
そんなことは戦う前から分かっている。
倒したい、首を貰いたい、目の前の敵に対してそう思ってしまった。
しかし、しかしだ。
今の兎には殺しきれるほどの技がない。
ならば時間稼ぎに興じるのみか。
ならば目の前の首を放っておくのか。
それに兎はどう返すか。
ここでの最善手は何度も言うが時間稼ぎ。
それができるならばその務めを果たすべきだ。
━━━━どうせなら手傷くらいは負わせてやろう。
兎の答えは、決まっていた。
忍義手を駆動させ、牛頭の見開かれた瞳を見る。
血走っているその目を見てやれると判断した。
義手の中で駆動させるは【貫き独楽】。
鋭利な刃で敵を貫く手裏剣であり、バネ絡繰りで回転を溜めて放つと一撃で終わることなく何度も敵を切り裂く。
その威力は防御していようが貫通するほど。
独楽のように回転し、敵を貫く手裏剣。
何度目かの振り下ろし。
見るからに苛立っている様子の牛頭は目の前の兎を叩き潰したかった。
何故か、それは自分より数十倍も強い化け物に会ったからだろう。
群れが蹂躙されるのを見て堪らず逃げ出した、そんなところだろうか。
そんな負け犬だろうけれど、僕はそんな負け犬にも勝てない。
「フンっ」
だから、だから。
少しおちょくってやろうと思った。
『ヴッ!?』
驚いた後、感心する程に速く拳を放ってきた。
確かに速い、普通なら反応すらできずに死んでしまうだろう。
だが兎はこれより速い剣をもう既に知っている。
「おっ、とぉ!」
火事場の馬鹿力ってやつなのが一時の感情の噴出なのか。
格下だと侮っていた雑魚に、片目を潰された。
僅かながらに持っていたプライドもズタボロなのだろう。
義手の駆動、もう一度独楽を放つ準備だ。
癇癪を起こしたように暴れ回る牛頭を離れたところから見ていた。
なんとも滑稽なものだと記憶していた。
そして振り向いた瞬間。
カチャリという音と共にガシャンと何かが飛んでいった。
派手に回る、それは真っ直ぐに牛頭の瞳に入っていきその中でも回転を止めない。
溜めなければそんなに音が出ることもない。
溜めれば、こうなる。
『ヴッ!?ヴゥゥゥゥゥゥ!!』
牛頭は、でかい。
故に眼球、瞳もでかい。
だから、眼球を潰した独楽が未だに顔の中で暴れている。
痛いだろう、これはタダの嫌がらせ‥‥‥。
━━━━倒せるのではないか。
そう思い至った。
独楽を抜こうと何とか足掻いている牛頭を見て、そう思ってしまった。
ならば止められるものは何もない。
汎用性の高い貫き独楽、そしてもう一つはこれまた汎用性の高い爆竹。
近づくのは愚策、使える場面はないとこれは切り捨てる。
ここはチキンと呼ばれてもいい、確実に殺れる手段が1番だ。
もがいている間に貫き独楽をもう一発、もう片方の目に飛ばす。
瞼は閉じているが瞼程度ならば貫通、できた。
「よし」
小さく呟く。
音は立てないように、今牛頭が使えるのは耳と鼻だ。
匂いは仕方ないとして音は立ててはいけない。
『ヴモォォォォ!!』
地面を叩き、音が響く。
それに雄叫びもあげてくれて大助かりだ。
最初の目的を捨ててはいない。
来るならそろそろだろう。
来なさすぎると言ってもいい。
埒が明かないのならば、トンズラも考えてはいるが。
とか考えてももう仕方がないようだ。
━━━━遅かったな。
金色の風が吹き荒れた。
そして、牛頭の半分が消し飛んでいった。
一瞬の出来事で唖然と、そして呆然と。
待っていたものが来てくれたことに感謝はしたがあまりにも呆気なさすぎて。
「大丈夫でしたか?」
不安がっているように思える、彼女の言葉。
「できるならもう少し早く来ていただけたら良かったですね」
そう、茶化すように兎は言う。
兎でなければおそらく死んでいただろう。
すこし、教訓にしてもらおうとでも思ったのだろうか。
「‥‥っ!ごめんなさい」
「いや、助けてくれてありがとうございます。僕一人では殺しきれなかったので、助かりました」
兎がしたのは両目を潰したことのみだ。
そこからできたことなどたかが知れている。
目を潰せたから脳まで達するかななんて、ただの賭けでしたなかった。
「あの、」
「なんでしょうか」
軽くお礼を言って帰る。
歩き出したところ、呼び止められる。
「ミノタウロスの、両目を潰したのは」
「僕ですよ。では」
サラーっと魔石を取って逃げるように去っていく。
あっ、なんて声が洞窟に吸い込まれていったが無視だ。
思わぬ臨時収入と鍛錬になったので、名前も知らない金髪美少女のことは一旦忘れるとしよう。
ということで。
「はぁぁぁぁっ!?」
「HAHAHA」
ギルドの個室でのエイナさんは怖い。
なまじ僕が普段は善良であるが故に、怖い。
「【タケミカヅチ・ファミリア】に出入りしてるから嫌な予感はしてたけど!なんで君はそういう無茶をするのかなぁ!ミノタウロスは中層のモンスターなんだよ?キミなんだから分かってないはずないよねぇ!」
ド正論もド正論。
エイナさんがよく言う『冒険者は冒険しちゃダメ』という言葉は賛同する。
しかしだ。
今回僕がここで塞き止めていなければ、犠牲者が出ていたのではなかろうか。
既に犠牲者はいたのかもしれないが減らせたのではなかろうか。
「それでも!無茶はしないでって何度も言ったよね!」
今回は
それに実際死んでいないのだし、結果オーライだし。
わりと早くに救援来れるように工夫もしたのだ。
「‥‥‥まあそうだけどさあ。うん、それは許すよ。でもね、5階層まで降りた件はまだだよ?」
HAHAHA、だめだなこりゃ。
ギロチンでも振り下ろされた気分だ。
死刑宣告ってやつなのだろう。
エイナさんの笑顔がどうしようもなく怖く思えた。
「もう無茶するんじゃないよー!」
「はーい」
2時間の拘束の後に解放された。
疲れたので帰って寝たい。
泥のように眠りたい。
あの牛頭、ミノタウロスのおかげで割と稼ぐことができたので、今度にでも神様を食事に連れていくことにしよう。
うん、決めた。
「ッ!?」
悪寒、背中にビリリと走った。
バベルの方向、斜め上。
なにかの神様だろうか。
「気の、せい?」
ではないように思えるが今は気にしないでいいだろうか。
まあいい、さて帰るとしようか。
「え?」
「あわわ」
銀髪のヒューマンの少女だろうか。
町娘の方、間違っても冒険者とは思えない。
そしてその手には魔石が握られている。
僕のものでは断じてないだろう、エイナさんがしっかり見てくれたはずだ。
「あのぅ、これ落としましたよ?」
これは、客引きというやつだな?
丁度いい、神様もつれてくるとしよう。
初ミノタウロス戦と少しその後。
次回は酒場回ですね。
書いてる途中に気づいたのですが、目から脳って割といけるよなって。
モンスターって生き物だし脳潰しても死ぬよなぁと思ったら意外に殺せるもの持ってたわというお話。
ベル君には瀕死になってもらう予定でしたがなしでアイズたんに登場してもらいました。