隻腕の兎   作:衛鈴若葉

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お久しぶりです。
更新します。
頑張ります。


酒に惑う

酒場の店員から、客引きを受けた。

シル・フローヴァと名乗る女性から魔石を拾ったと言われ、その流れでの誘われである。

ヘスティア様は酒も嗜む。

清酒もエールも、なんでも飲めるらしい。

たまの贅沢、外食というやつだ。

 

もう、星が煌めく時間帯だ。

転々と輝く星の下、雲によっていくつかは見えない。

そんなメインストリートを歩く、兎とヘスティア。

兎は左腕の忍義手を隠すように、長袖の上着と手袋をしている。

 

向かう先は客引きされた大きな酒場。

【豊饒の女主人】という、なかなか大きな酒場であった。

よく分からないが当たり外れでいえば当たりではあるだろう。

まあ、本当に都会のことはよくわからんが。

 

「あれですね」

 

「あれかい?」

 

見つけた。

【豊饒の女主人】の看板が掲げられている。

中からは盛況らしい騒ぎ声が聞こえ、再び安堵した。

 

「おーおっきいねぇ」

 

「お金は大丈夫なので存分に食べてくださいね」

 

「ベル君もね!ようし宴するぞぅ」

 

眷属との外食は初めてだと、ヘスティア様は話していた。

まあ兎が眷属第一号なので当たり前ではあるが。

お酒を飲み、ご飯を食べて、贅沢をしまくろうと両開きの扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ。あ、ベルさん!」

 

「シルさん。来ました」

 

「来たよ!」

 

「お、おお。主神様ですか?」

 

「はい。ヘスティア様です」

 

テンションぶち上げ状態のヘスティア様が後ろからシルさんに言う。

少し、シルさんは引きつつヘスティア様のことを聞いた。

 

「ヘスティア様、ですね!ではご案内しまーす」

 

「「お願いします」」

 

シルさんに連れられてた席は隅っこ。

カウンターの隅っこだ。

酒場の喧騒からは少し外れた場所で、気を使われたのだろうと思う。

席に座り、シルさんが給仕に回り。

ヘスティア様と談笑しながらメニューを探し、何を頼むのか決めている時だ。

カウンターの向こうから大きな女性が見えた。

 

「アンタがシルの客かい?」

 

ニッカリと、気持ちのいい笑顔の女性。

デッカイ、ドワーフだと思うくらいには。

そんなことを言ったら失礼だろう、まあ敵いそうにない。

 

「はい。失礼しています」

 

「ハハハ!大食漢って聞いてるからね、食べてってくれよ!」

 

「大食‥‥?まあできる限りは」

 

「ま、いっぱい食べるよ」

 

「そうしておくれよ!」

 

メニューを決めて、兎とヘスティア様が注文をする。

なるべく量が少なそうな料理を選んだ。

牛頭のおかげでお金はあるのだ。

 

「いやぁ楽しみですねぇ」

 

「そうだねぇ」

 

注文を終えるとワクワクしながら料理を待つことになる。

賑やかな店内を見渡して都会を感じたり、ヘスティア様と談笑したり、ワクワクとウキウキは止まらない。

 

「堪能しておくれよ!」

 

と、女将さんが直々に料理を出してくれる。

カウンター席の特権なのだろうか、とその料理を受け取った。

 

「おー、こりゃ凄いね」

 

量が多い、そしていい匂いがする。

酒場という場所の、初めて出会う料理だ。

 

━━━凄い。

 

と、驚きっぱなしだ。

そう言葉を思い浮かべた後に自嘲した。

新しいことが沢山知れる、いいものだ。

 

「いいものだねぇ」

 

「うん、美味しいです」

 

「うんうん。いいね!」

 

箸を手に取り、料理を口に運び。

そして咀嚼、舌の上を転がし、噛み砕き、飲み込む。

この一連の動作だ。

これだけでいい。

 

感想も、小難しいものなんていらない。

 

━━━美味しいです。

 

これだけで、良いのだ。

 

「美味しいですね」

 

「そうですよね。ミアお母さんの料理は美味しいですよね」

 

「シルさん」

 

「楽しまれてます?」

 

料理に集中してたからか、シルさんが近づいているのに気づかなかった。

感動していたからだろうか、無念である。

 

「楽しんでますね」

 

「いいお店だねぇ」

 

「ええ、ええ!でしょう?人を観察するの趣味なんですよ。だから理想的です!」

 

「いきなり凄いこと言いますね」

 

「酒場だから捗る、かな?」

 

「やりがいもありますしね。最高ですよ」

 

いきなりの暴露に苦笑を漏らす。

確かに、酒場で人気店とあらばそんな趣味は捗るに捗るだろう。

シルさんの性格は小悪魔的、だろうか。

まだまだ分からないことも多いからよく分からないが。

 

「いいですね」

 

「でしょう!」

 

「はい。いいですね」

 

その趣味は悪趣味とも言える。

しかしながら、彼女にそんな意図はないのだろう。

それを利用することはあれど、それは友のため、正義のため、自分のため。

悪辣に利用する、などということは無いはずだ。

 

シルとヘスティア、ふたりとの談笑は確かに兎にとっていいものをもたらしている。

日常というものを享受させている。

それは良いことであろう、それに触れることは悪いことはないはずだ。

そんな兎の鼻に何かが匂ってきた。

厨房からの血の匂い、そして酒場にも血の匂いはする。

それは当たり前のことだ。

店主は元冒険者であろう、そして従業員にも裏はあるはずなのだから。

客はもっとそうだ。

血など、日常の1部だろう。

匂ったのはもっと濃密な、例えるならば死の匂いか強者の匂い。

仏師殿や一心様に似たものを感じる。

 

「どうしたんだい?ベル君?」

 

「……シルさん。今日予約のお客さんでもいるんです?」

 

「…?団体様がひとり居ますけど、どうしました?」

 

「そうなんですね。強い方々が来ると思いますよ、神様」

 

「強い…?ほへー」

 

ヘスティアは兎の言葉に首を傾げる。

そして兎は少しの笑みを浮かべた。

そんな折、入口の扉が開かれる。

 

「ご予約のお客様!ご来店ニャ!!」

 

茶髪の猫人(キャットピープル)が店内に呼びかけるように言い、歩き出す。

その歩みに導かれるように団体が姿を現した。

金髪の小人族(パルゥム)、緑髪の王族妖精(ハイエルフ)、毛むくじゃらのドワーフ、ある部位が対照的なアマゾネス、銀髪の狼人、そして見たことのある金髪の只人(ヒューマン)

 

「【剣姫】あぁ【ロキ・ファミリア】ですか」

 

「ええそうです。ロキ様に気に入られてまして」

 

「ふむ……」

 

シルさんは胸を張り、自慢げに話している。

それに対し、これからどうしようかと考えていた。

隣のヘスティア様である。

かのファミリアの主神、ロキ様とヘスティア様は犬猿の仲だ。

ここで会わせてしまっては喧嘩は必至、ことの次第によっては出禁になってしまうかもしれない。

それに、ミノタウロスの件もある。

面倒なことには絶対になってしまうだろう。

 

「シル!そろそろ戻ってきな!!」

 

「あ、はい!すみません、行ってきますね」

 

「これまでありがとうございます。頑張ってくださいね」

 

「はい!」

 

シルさんが仕事に戻ったあと、ため息をついた。

【ロキ・ファミリア】が入ってきたのを皮切りにヘスティア様は机に突っ伏している。

帰るまでいようにも、彼らは宴のムードだ。

中々、閉店まで帰らないかもしれない。

 

「神様?」

 

「……なんだい?」

 

「どうします?」

 

「どうしようか」

 

バレないように帰るのは神様から聞いている限り、姿を見ただけで因縁をつけられるらしい。

誇大解釈かもしれないがこれは却下。

僕も【剣姫】に見つかってしまうかもしれない。

裏口から……はミアさんに許可を取らねばならないだろう。

許可を取れたとして、厨房への入口はここから反対側だ。

ここはカウンターの端ではあるが、近くに厨房の入口があるわけではない。

酔ったところを狙ってこっそり帰る、これだろうか。

全員が酒を飲むとは思えないが、ロキ様は確実に飲むだろう。

それで前後不覚になることを待ち、帰る。

これだ、これしかない。

 

「酔うまで待ちましょうか」

 

「……それが一番楽だね。それまでどうしようか」

 

「うーん……」

 

「あいつらに何かあるのかい?」

 

「「うおっ」」

 

急に頭上から声がした。

正体は簡単だろう、ミアさんだ。

 

「あー、神様があちらの主神様と犬猿の仲だそうで。あと僕もあんまり関わりたくないなぁ〜、と」

 

「ほほーん、そうかい。じゃあ追加で料理出してやるよ。酔うまでそれで暇つぶしな。酒は……やめといた方がいいね」

 

「いいんですか?」

 

「ちゃんと出すもん出してくれるならね。予算は?」

 

「これくらいですね」

 

どれくらいか、本拠(ホーム)にて暖めてあるものは貯金として置いてある。

今回は宴として奮発しようとしてそれなりの額は持ってきた。

 

「ふむ……じゃあ請け負ったよ」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとね!」

 

「ひいきにしてくれよ?」

 

「「はい!」」

 

安堵のため息が2人の口からこぼれ、良かったと目線を合わせる。

 

「ふー、一旦は安心だね」

 

「ですねぇ、良かった」

 

やがて来る濃いが暖かく美味しい料理に舌鼓を打ちながら帰るタイミングをうかがう。

隠れながら、警戒しながらではあるが、十分に舌鼓を打つ。

美味しいものだ。

良いものだ。

この時間は、良いものなのだろう。

 

やがて、その時は来る。

ハイエルフの胸を景品とした飲み比べ大会が開かれるほどに酔った彼ら。

そろそろ帰る時だろうと料理を食べ切る速度を上げた2人。

ハイエルフの胸を景品としようとした女神を兎の女神はくすくすと笑っていたり、それを兎が咎めたりしていたが。

料理も食べ終わり、女将に会釈をした頃である。

酔いに酔った狼人の声が店内に響く。

 

「おいアイズ!そろそろ例のあの話!みんなに聞かせてやろうぜ!」

 

「あの話…?」

 

【剣姫】はその言葉に首を傾げている。

他の客も、ファミリアのものもその言葉に耳を傾けていた。

皆が注目する中、立てば目立つだろう。

心の中で舌打ちをしながら、その話に耳を傾けた。

 

「あれだって!17階層で取り逃したミノタウロス!お前が五階層で始末したろ!」

 

「…マジか」

 

「ベル君、あの話って」

 

「笑い話にはならないと思うのですがね」

 

両目を潰した。

その後に【剣姫】が真っ二つにした。

ただそれだけのことだ。

彼にとって助けられただけの情けない男として写ったのだろうか。

しかし、それだけでは笑い話にはなり得ないだろう。

それに両目を潰したのは自分だと、僕は彼女にそう言っている。

 

「あれは…」

 

「そんときの兎野郎の話だよ!アイズが始末したってのに魔石持っていきやがってよぉ」

 

「ち、違います」

 

ああ、そのことか。

功績的にはもらっても良いと思うのだが。

 

「何が違うんだよォ。助けてもらったってのに魔石だけは持っていきやがって。恩知らずにも程があるぜ」

 

「やめろ!その兎……殿は我々が巻き込んでしまった被害者だ!我々に侮蔑する資格はない!」

 

「へっ、なんだよそれ。それはお前のくだらねぇ自己満足だろぉが。ゴミをゴミと言って何が悪ぃんだ?」

 

「やめぇ。酒がまずぅなるわ」

 

ハイエルフの女性と狼人の男性の口論。

ロキ様がたしなめてはいるが、止まることは無いだろう。

 

「……!?」

 

「神様」

 

「自分の子供バカにされて黙ってなんて」

 

「神様」

 

「……っ!!」

 

「あの程度はどうでもいい」

 

「分かったよ…」

 

「ありがとうございます。もう少し待ちましょう。耳塞いでおきましょうか?」

 

「いや、いいよ」

 

「はぁい」

 

面倒である。

僕も神様を侮辱されたら怒るだろう。

その気持ちは十二分に分かる。

しかし、ここで爆発させるのは無駄だ。

 

「ならよォアイズ!ミノタウロスに負けるようなゴミに求婚されても受け入れるか?」

 

「…それは」

 

「できねぇよなぁ!お前は後ろなんて向けねぇんだ!あんなゴミに!アイズ・ヴァレンシュタインは釣り合わねぇんだよ!」

 

【剣姫】の額には確かに青筋が浮かんでいる。

ハイエルフの女性はそれに確かに気づいている。

その他は、残念ながら気づいていない。

 

「…はぁ、面倒くさい」

 

「ベル君?」

 

「先に帰れます?」

 

「そっか。待ってるよぅ」

 

「はい」

 

【剣姫】が青筋を浮かべ立ち上がり、それに注目している。

人形とも言われる彼女の表情の変化は周りの注目度は違う。

故に、ヘスティア様は気づかれない。

そして、僕もまた気づかれない。

 

「君は…!?」

 

「どうも、少しぶりですかね」

 

何故だか分からないが、彼女に変な感情を持たれている。

だからか腕を掴み、驚かせられた。

彼女のする行動は簡単に想像がついた。

乱闘などされてはたまらない。

 

「ミノタウロスの件ではお世話になりました」

 

と軽く会釈をして、爆弾を落とした。

 




何故でしょうね、なんでアイズが兎に肩入れしているのでしょうか。
分からないですね!

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