隻腕の兎   作:衛鈴若葉

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ダンジョンにいる鬼のお話。


遠き地底の

この世には鬼も修羅も存在する。

修羅になりかけて腕を切られた忍は異形の仏を彫り続けて怨嗟の炎に飲まれた。

怪物(モンスター)への憎悪を怨嗟へと変えて修羅となりかけた少女は仲間のためにその炎を留めている。

そんな彼女に憧れてしまった少年と少女は競い合って力を磨く。

旧い水の地でその命を散らした者どもはその命を変成させて新たな地に赴くことになった。

鬼は深い地底に、梟は老神の密偵に、剣聖は次なる世代を育てる。

 

ダンジョンとは世界に一つしかない特異な場所である。

人工の手はほとんど入っていないはずなのに人の手が入ったような構造、そして未だに最下層まで到達はできていない。

冒険者、とは地上に降りた神によって【神の恩恵(ファルナ)】を背に授けられた者のことを言う。

どの神の下で得ようと恩恵自体は変わりはしない。

世界でも冒険者の質がずば抜けて高いのがダンジョンを中心として発展した【オラリオ】という都市である。

地上のモンスターはダンジョンのモンスターと比べて弱い。

その上、核となる【魔石】の質も低く冒険者の強さとなる【経験値(エクセリア)】があまり貯まらない。

特異な環境の闘国(テルスキュラ)は除いて、レベルは高いとしてもあまり質が高くないのが特徴である。

ちなみに闘国(テルスキュラ)は人間同士の殺し合いが主のため、あまり地上のモンスターは関係ない。

だからこそ、ダンジョンで良質な経験値(エクセリア)を稼ぐことができるオラリオの冒険者がずば抜けて質が高いのは当然といえるだろう。

オラリオの冒険者が化け物と呼ばれる所以もそこにある。

そんな彼ら彼女らが挑むダンジョンで、驚くような事態になることは少なくない。

ダンジョンは正しく人智を超えているのだ。

予想しえない事態や特異すぎる環境も珍しくない。

ダンジョンは生き物であると言う人もいるが、それに全面的に賛同しよう。

ダンジョンはモンスターを生み出す母胎である。

しかも中で魂を循環させるという規格外のものまで備えていると考えた方がいい。

でないと老神達が見つけた異端の徒達の説明がつかないし、無限にモンスターたちを生み出している動力源も気になるところだ。

 

異端の徒、老神たちが呼んでいる名で言うと【異端児(ゼノス)】。

彼らの中でも一際目立つ、特異な存在がいた。

鬼、そう形容する者がいれば大正解だと拍手したい。

体を纏う火は勢いをほとんど失い、大きすぎる怨嗟の炎によって形成された腕はなくなっている。

隻腕の鬼は隻眼である。

どちらも断ち切られたと簡単にわかるもので、その鬼は無愛想だ。

自分から活発に話すことなどなく、話しかけられたとして生返事を返す程度。

見るもの全てが気圧されるようなその鬼は下層の未探索領域を丸々一つ頂いていた。

驚く、というか意外なことをしている。

仏を彫っているのだ、鬼が。

仏像の表情は三者三様、悲しみをたたえているものや怒りをたたえているもの、ただ一つないのが本来の仏像にあるものである。

アルカイックスマイルと呼ばれるものだけがそこにない。

 

茶色がむき出しの地面に何かが置かれる音がする。

仏像が並べられた室内で鬼以外に音もなく現れたののは鳥蓑の大男。

 

「茶じゃ」

 

足元近くまで結われた白い髪に体格に見合った大太刀。

その姿は梟を思わせる。

 

「茶か」

 

大男が差し出したのは、酒。

男の体躯の倍以上もある鬼は器用に酒を手に取って、飲む。

 

「‥‥‥染みる。良い茶じゃ」

 

「そうか」

 

大男は酒に滅法弱い。

だから、ダンジョンの中では飲めないと決まっている。

 

「猩々」

 

「なんじゃ」

 

「良い仏は、彫れたか」

 

周りの仏像を見て、鬼にそう聞く。

一つとして笑っているものはなく、怒りの形相を表しているものもまた、ない。

 

「見たらわかるじゃろう」

 

「分からん。儂は仏のことなぞ露も知らんからな」

 

真実、そうである。

大忍びと呼ばれた男に仏の心得などあるはずがない。

梟には見事なものに見える仏は鬼にとってはまだ満足のいくものでは無い、というのは本人を見て分かることではあるが。

 

「怨嗟の炎は抑えられなんだか」

 

「‥‥‥ああ」

 

今の姿、抑えられているとはいえ今も鬼から溢れ出している炎。

隻腕隻眼の鬼は大男の問いに肯定で答える。

 

「狼に斬られたか」

 

「‥‥‥ああ」

 

腕を斬ったのは剣聖と呼ばれる葦名一心。

目を斬り、鬼を死へと至らしめたのは梟の倅である狼。

目の前の鬼は修羅に落ちかけ、全盛の葦名一心に腕を斬られた。

その末にその身に怨嗟を積もらせて鬼と化した。

修羅とは人を斬りすぎた忍び、いや人の末路だ。

血に酔い、人を斬る喜びに酔って、目的と手段が反転する。

そして修羅になった者、修羅になりかけた者は怨嗟が積もる先になる。

細かいことは分からない。

しかし、そういうものなのである。

 

「それはお主もじゃろう。阿呆なことをやらかしたそうじゃないか」

 

「倅に敗れるのも存外良かったぞ?」

 

「‥‥‥フン」

 

仏を彫る片手間に鬼は梟と会話をする。

梟が何を話そうとも鬼は仏を彫り続けていた。

 

「一心様もおるのか」

 

地上には一心が、葦名衆がいる。

されど今、梟が仕えているのは葦名一心ではない。

会ってはいないのだ、合わせる顔がないと言った方がいいかもしれない。

 

「おる、らしいの」

 

「会ってはないのか」

 

「ああ」

 

今彼らがどこにいるのかは知っている。

会いに行こうなどとは思えぬ、裏切ったのだから顔など合わせようもなかった。

本音などは関係の無いこと、ただ事実のみがそこにある。

 

「そうか」

 

鬼は自ら聞いたことに無愛想な返答をする。

 

「倅に負けた気分は、良かったか」

 

鬼からそう問われた。

梟を失い、なんでもありの忍びの殺し合い。

弾いて、見切って、体幹を崩して殺す。

忍殺と呼ぶ、忍びの美学を教え込んだ倅から忍殺をされる。

それも影落としを返され、己の口から見事という言葉を引き出された狼。

 

「‥‥‥見事であった。心地よかった」

 

感想をそのまま口から滑らせる。

 

「‥‥‥そうか」

 

相変わらず無愛想なものだ。

仏を彫る音は鳴り止まなくて、梟は踵を返す。

帰るのだ、いつまでもここにいる訳にはいかない。

地上が夜に包まれれば無事に帰ることができる可能性は低くなるから。

今仕えている相手の元へと戻れる時に戻るのだ。

 

別れはなにもなし。

言葉が交錯することはなかった、元々どちらも話す方ではないのである。

仕事を終わらせ、そのついでに来た梟は仕事の品が懐にあることを確認する。

 

 

 




怨嗟の鬼、もとい仏師殿は冒険者の中では噂にはなってます。
フェルズさんが頑張ってるんですな。
梟とお蝶殿はウラノス側の人間です。
一心様や弦一郎、九郎様はどこでしょうね?
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