隻腕の兎   作:衛鈴若葉

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英雄日誌

古の道化が記した憧れを形とするための日誌。
彼の日々の道化の様が細々と記されている。
英雄となった道化の最期はどこにも記されていない、無論この日誌にも。


ただの子兎

仏を彫る音は絶え間なく聞こえる。

眠りすらしない仏師は義手忍具を仕込んだ、ずっと鬼仏を彫り、鬼と化した男を見ていたためかその手際は異常に良い。

その手際は荒れ寺に兎が来てから更に良くなった。

ほんのたまに、微笑をしている仏が彫れるほどになっていた。

兎の強さはここに来てすぐの頃とは段違いになっている。

薬師と共に鍛え上げ、死にかけるまで練り上げさせた。

忍びの技は手取り足取り教えるものではない。

死なぬまでも果たし合い、戦いの中で育まれるものである。

兎は葦名をその足で飛び跳ねて巡った。

過程で何度も死にかけ、忍殺を自分のモノとした。

 

「べる殿」

 

荒れ寺の中で唯一の仏像。

仏師が彫ったものではなく、また鬼となった仏師が彫ったものでもない。

荒れ寺に元々あったそれは仏師も手を合わせたことがあるという。

過去に遡ることが出来たのだという。

ならば、と試してみたのだ。

何年経ったかなど忘れ、エマ殿や仏師殿と刀を合わせる日々。

葦名を巡り、自身の技を確かめもした。

落ち谷や水生村、そして葦名の城。

仏の前で跪いて、祈った。

僕は手を擦り合わせて、仏師殿は何も言わずに仏を彫る音が耳に届いてきたのだ。

 

 

いつの間にか光が目の前に見えていた。

慈愛のような、今まで感じてこなかったものだ。

祖父から愛を注がれていたことは幼心に分かり、死にそうになった時に写るのは何故か寝台に横たわっていた白髪の女性であった。

誰かは分からない、この頃は変な夢を見るのである。

幼い頃、今でも好きな英雄譚の話。

黒い竜に立ち向かった勇敢なる冒険者の夢。

正義のために己を問うた、暗黒期に生きた正義の使徒の夢。

 

様々な人生が夢の中で現れた。

日課となった仏像の前で祈る時も、脳裏に流れるのはベルとは違う人生。

様々な場所に仏像を介して飛び、何度も死んだ。

鬼仏なるものが夢の中にあった。

火のような暖かさと共に、僕を癒してくれた。

死んだら、そこに帰ってきた。

目的を果たすまで帰ることは出来なかった。

夢だからこそ、夢のような場所だからこそ、何度も死ぬことが許されたのだ。

 

今祈るのはそんな夢の世界に至るためではない。

手に持つのはそこの最果てで手に入れたものだ、それを仏に捧げる。

 

「‥‥‥行ってきます。また、戻ってきます」

 

僕が持っているのは仏師殿から頂いた【楔丸】と【忍義手】、それに夢で手に入れた【英雄日誌】と【アルヴス・ルミナ】。

もう一つは【常桜の花】である。

これはエマ殿に頂いたものだ。

元々は仏師殿が持っていたらしい。

 

「行ってらっしゃいませ」

 

「行ってこい」

 

エマ殿と仏師殿の言葉を背に受ける。

【英雄日誌】と【アルヴス・ルミナ】を仏像に供える。

いつものように、合掌をして目を閉じる。

ともすれば、すぐに瞼の向こうに光が満ちるのが分かった。

 

すぐに周りの空気が変わる。

荒れ寺の仏師殿のツンとした空気やエマ殿のやんわりとした少しお酒臭い空気がない。

あるのは湿っぽい空気と眉をしかめる外道の気配、そして血の匂いである。

 

「‥‥‥鬼仏」

 

葦名の地にて、夢の地にて、世話になったもの。

憤怒の形相の仏にて、傍で休むことにより傷や義手忍具などを使うための形代が回復する。

そして、仏渡りと呼ばれる瞬間移動まで可能ときた。

念じてみたら、本当に可能である。

荒れ寺、という言葉が脳裏によぎった。

 

「便利なもんだ」

 

仏師殿から借り受けた初めて彫るのに成功した笑っている仏。

お前のおかげだと無愛想ながらも礼を言って渡してきたのだ。

これを使って戻る、戻って仏師殿の怨嗟を断ち切る。

そのためにオラリオに行く、強くなって戻る。

恩返しになるなら、あの人を殺すのも厭わない。

 

「さて!」

 

鬼仏の傍で座るのをやめて立ち上がる。

後ろには、壊れた馬車に生新しい死体。

何年か前に見たことのあるもの、

忘れもしない初めて見た死体、初めて死にかけた場所。

時間はあまり経っていないようで、僕を襲ったゴブリンの死体である灰もそこにあった。

 

「時間は経ってない。一夜の夢のような感じ、じゃないはず」

 

左腕の忍義手、腰にある楔丸。

懐の内にある英雄日誌、腰に据えているアルヴス・ルミナ。

竜泉なる酒に微笑みを称えている仏像。

それらが僕が体験してきたことが夢ではないことを表している。

 

【セオロの密林】記憶通りならばこの密林の名前である。

となればもうすぐオラリオだ。

この密林を抜けて、そして平原の向こうにオラリオはある。

大壁に囲まれた、天を貫く巨塔(バベル)が存在しその下に広がる無限の広さとも思われている迷宮がある都市。

美味しい話ばかりではないがそれでもあの都市に向かうのは必定だ。

【剣聖】と呼ばれている葦名一心に会いに行く。

仏師殿の主であった九郎様を探しに行く。

強くなる他にも目的は存在するのだから、急がなければならない。

帰った時にはエマ殿が怨嗟を断ち切っていました、では面目が立たないのだから。

 

忍義手から鉤縄を放る。

多対一は苦手だ、夢では何度死んだことだろう。

されどモンスターは大人数で攻めてくるが普通。

多人数戦にも慣らさねばならないが、それでも得意なのは一対一。

どうせならば恩恵を受けた状態の方がいい、そんな簡単な話である。

死ぬリスクは現実である以上避けなければ、である。

 

忍びの身体能力は当然ながら高い。

跳躍と鉤縄を足せば尚のことである。

まばらにあるモンスターを見下ろしながら気配なく進んでいく。

 

平原が見えるのはすぐの話であった。

そこからは徒歩(かち)、澄み渡る平原の風を全身に浴びる。

密林の空気とはまた違うもの、これはこれで良いと思えた。

こんな場所でご飯でも食べたいものだと夢想して切り捨てる。

馬車が見えた、その先には門が見える。

それがあるのは大壁の中、その先にあるのがかの迷宮都市。

心が躍って、どうにかなってしまいそうだ。

 

英雄に憧れて、死んだ僕。

仏師殿とエマ殿という英傑に会って夢を巡った僕。

そして、今ここに帰ってきた僕。

 

義手では冒険者になれない、なんて僕は思わない。

最初は思っていたけれど()()()()()()()()()()と気づいた。

 

列が門の前にできている。

行商人や冒険者志望等、オラリオを訪れた理由は様々な人々が見えている。

僕はその最後列に並んでじっと自分の順番を待つ。

列は予想に反して早く進んでいく、心の準備ができていないと少し焦るが、願いは聞き入れられないようだ。

 

 




修行シーンは吹っ飛ばしました。
上手く書けないので、許してください。

次回からベル君のオラリオですね。
義手なのでファミリアにはほぼ入れないと言っていいです。
これに限って言えばロキ・ファミリアの門番がベル君を追い返すのはある意味正当ですね。
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