仏師の彫り上げた、完成された仏像。
設置することによって鬼仏の役割を果たす。
青い炎は、浄化のそれである。
この仏の傍に座ったなら暖かい。
しかし、それは仏によるものか、それとも仏師によるものか。
初めて見る景色、というものは心躍るものであろうか。
それとも死の恐怖への恐怖感か、または未知に対する高揚感か。
今、ベルに在るのは敵を殺すという、そんな単純な意思だけだ。
戦闘を終えたら得物はしまえ。
そんな教えが頭の中でこびりついている。
気づかれていないならば、身を崩したなら、忍殺の時だ。
その動きは何度も反復されているが、まだ未熟だ。
剣術を、槍術を、拳法を、身に受けて死にかけて。
兎の構えは師の写しであった。
兎の技は、盗んだものであった。
兎が今使える奥義は一つ。
忍義手技の最奥、纏い斬り。
刀に義手忍具の技を纏わせる、忍義手技の奥義である。
その奥義はまだ必要はない。
ダンジョン一階層において、兎の敵になるモンスターはいなかった。
自身の腕を噛みちぎった小鬼も今となっては瞬殺である。
気づかれていなければ後ろからの不意打ち、そうでなくとも体幹を崩せば忍殺が可能なのだと思う。
まだ、実験段階だ。
ただ練習をしているくらいであった。
いつでも油断などはせず、技を試し、さらに磨き。
誰のためにと聞かれたら、兎はどう答えるのだろう。
仏師のために、守るために、英雄になるために。
忍義手は求める証で、楔丸は守ると誓った証だ。
「グギャッ」
「‥‥‥よし」
分かっている。
この先に潜るのはエイナから認可されていない。
行けば、あの心優しいアドバイザーの逆鱗に触れることになるだろう。
斬らねば、と思っても踏み出せない。
どこか逆らえない雰囲気がエマ殿と同等に彼女にあった。
完全な善意であるのがさらにたちが悪い。
早めに帰った方がいいか。
そんなことを考えて、踵を返した。
ダンジョンでモンスターを狩るよりも梟や【剣聖】に稽古をつけて貰った方が
そう判断してのことだ。
油断しては死ぬ、多対一になれば死ぬ。
既に身に染みたことだから、早めに帰るのである。
油断しないのは常のこと。
それでも少しは余裕を持てるようにと地上へ帰り、ギルド本部に戻る。
義手の冒険者は少ない、というか居ない。
いたとしても冒険者を退役している者が多く、最初から義肢で冒険者になる者などいない、らしいのだ。
エイナと、誰の声だろうか。
少なくとも女性の声で、心配する声色に思えた。
『あの白髪の‥‥‥』
忍義手、一見骨のように思えてとても頑丈には思えない。
しかし整備され、幾度の激しい戦いに耐えてきたのだ。
前の仏師殿から、今の仏師殿、そして僕。
エマ殿に仏師殿、そして梟殿のお墨付きだ。
疑うべくもないことである。
それに、オラリオでは刀は良い評価を貰えていないらしい。
片刃で、切れないモンスターが多く、脆い。
それらが要因である、と聞いた。
「エイナさん、帰りました」
お腰につけたバックパック。
そこに入っているのは狼が笑みを零さない、多量ではあるが小さい魔石。
冒険はどのようであったか。
それを報告するのが新人冒険者の義務である。
「ベル君!おかえりなさい」
受付に着き、呼びかけるとエイナが駆け寄ってくる。
安堵したような顔だ。
ひとまずは安心、といったところであろうか。
初ダンジョンで死ぬ冒険者も少なくないらしい。
心優しく、故に厳しい彼女にとっては当たり前の事なのだろう。
「無傷ですよ」
だから心配しなくていい、そんな感じに言う。
とは言ってもまだ初日だ。
安堵などはまだまだできないだろう。
過度な期待は体に毒だが心配は帰ってくる場所があるのだと安心できる。
だから大歓迎ではあるのだが。
「そうみたいだね、よかった」
‥‥‥なんだか弟を見ているような目で見られるのは来るものはあるけれど。
ふぅ、という実感のこもったため息を見て答えねばと心を奮わせる。
何階層まで下りたかとか、手ごたえはどうであったかとか、ダンジョンから帰った後の方が正直疲れた。
重い足取りでギルドを出るが、まだ帰路にはつかない。
体を休めたい頃であったがまだそうするわけにはいかなかった。
向かう先は無論、茶屋の葦名である。
九郎より聞いた限りではこの時間、夕日が昇る頃には帰ってきているはずだ。
昨日は珍しく帰ってきていなかったみたいだったが。
「お、べるではないか!早かったの」
「初ダンジョンだったから様子見程度にとどめておいたから」
「慢心はしておらぬだろうな?」
「そんなのできないよ。なすべきことをなすまでは、ね」
生き物を殺すということは命をもらうことに変わりはない。
人でも
人に限らず生物はみな無数の屍の上に立っているのだから。
彼らから頂いた
そのためにも、その先のためにも、慢心などしていられない。
この茶屋は【タケミカヅチ・ファミリア】の拠点でもある。
詰まる話、奥には居住スペースがあるのだ。
九郎の計らいによって早めに閉店した店内、僕は座って待つように言われたが座らずに待っていた。
いや、正しくは座れなかったが正しい。
【剣聖】葦名一心、その名はオラリオの外でも尚最強と名高い人物。
それに師の【葦名流】の師でもある。
畏敬か畏怖か、それとも口角が吊り上がっているのかもしれない。
「お主が隻狼の弟子か」
白髪に隻眼、白い着流し、真新しい血の匂い。
九郎とともに現れた壮年の男性が【剣聖】だと気づくのにそう時間はかからなかった。
「‥‥‥はい!」
師が相対したという、全盛期の葦名一心。
刃を飛ばし、使う武器を選ばず、一代にして国を盗り返した剣聖。
何も話さなくとも、片腕だけでまったく全力を出していなかったとしても、戦ってきた強者の残滓は確認できた。
その中でも目の前の剣聖は格が違うと直感する。
梟やお蝶が従ったのも理解できた。
手が震えて、振り絞った声は実に情けない。
自分でもそう思ったくらいだ。
顔が赤くなっただろうか、どんな顔をしているのだろうか。
「カカカッ!良い顔じゃな」
「え?」
気持ちの良い笑い声が店内に響いた。
九郎様もまた、笑みを浮かべている。
馬鹿にしたような笑いではなく、称賛のようなものだろうか。
「うむ。ついてこい」
「あ、はい」
一心様に連れられ、奥に通される。
厨房の先にある、居住スペースなのだろう。
中庭、座敷、最終的には道場に着いた。
葦名の城にあったものと比べれば当然狭い。
しかし、さすがは武神の率いるファミリアだ。
奥に見えたのは稽古をしているのであろう、人たち。
何処か一心様の面影がある青年と、黒髪の女性が見えた。
「あの人たちは‥‥‥」
「一方のは儂の孫の」
「弦一郎殿じゃ。もう一人は命殿」
「葦名弦一郎殿、ですか」
巴流の使い手にして葦名を救おうとした男。
同時に仏師殿からの評価が異様に高かった人物である。
あの仏師殿をして、良い男だったと言わしめた人物だ。
「‥‥‥」
黒髪に、一心様と同じ白い着流しに、特徴としてはイケメンだ。
巴流に葦名流、おそらく冒険者になっている今はその他の流派も修めているに違いない。
鍛錬中なのだろう。
そんな二人を邪魔するのが気が引けた。
「御祖父様、どうなされたのですか?」
そう思って話しかけまいとし、二人の鍛錬を見て学ぼうとしようとした。
そう思ったのだが、弦一郎殿がこちらに気づいて鍛錬を中断してくれる。
「こやつじゃ」
「その子供がどう‥‥‥」
弦一郎殿の目が見開かれる。
視線の先には腰の楔丸と、左腕の忍義手。
一心様よりも、九郎様とは違う視点で、彼には心に残っているのだろう。
「‥‥‥分かったか?」
一心様はイタズラっぽい笑みを弦一郎殿に向ける。
弦一郎殿は次に僕の顔を見た。
「御子の忍びの弟子、そうか?」
「はい。師からあなたの話は聞いています」
逸る気持ちと、興奮を抑えて冷静に受け答えをする。
そうか、と弦一郎殿は目を閉じて僕から背を向ける。
そして木刀を手に取ると僕に投げ渡してきた。
「おっ、とっと」
楔丸より遥かに軽いが、持ったことはもちろんある。
あやかしの技、源の雷鳴り、神業なくばそれは返せぬ。
地に足つけぬ、雷返しの伝承が記された掛け軸があった【葦名流伝場】にて握ったことはある。
楔丸よりは手に馴染んでいないが、それでも使えはする。
巴流の独特な構えを弦一郎は見せる。
それはつまり、そういうことなのだろう。
師の真似事の構えを、兎は見せた。
左腕の骨のような忍義手、それを見たのか弦一郎の顔に笑みが見えた。
「忍びの弟子よ、お前の力を見せてみろ」
「‥‥‥はい。では、参る」
勝てない。
そう分かっていても、闘争心は収まることはなかった。
うちの弦ちゃんは心中個体です。
下手すりゃ心中個体より強いです。
弦ちゃんなんて呼ばせません。