隻腕の兎   作:衛鈴若葉

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戦いの記憶 "英雄"

心中に息づく、類稀な強者の記憶。


仏に対峙し、記憶に向かい合うことで攻め力を成長できる。

兔が追い求めし、憧れた道化の英雄。
英雄の時代にあった彼は、強かった。





結果的に言うならば、だ。

負けた。

惨敗であった。

勝てるなんぞ微塵も思っていなかったであろうが勝つ気ではいただろう。

しかし、だ。

葦名弦一郎は師の域に、いや師を超えたと思えるがごとく葦名流と巴流、まったく違う流派を融合させしかも()()()()()

巴流の使い手、巴は舞うかのように戦ったという。

剣聖一心でさえも目を奪われたのだから相当であったのだろう。

弦一郎は美しかった。

見た目など関係なく、その舞い(戦い)は美しかったのだ。

巴流の最奥に、弦一郎は立ったのだ。

兔にその戦いはできない。

未来永劫、その最奥には到達することはできない。

巴流には隙が多い。

大技が多い、それが故だ。

しかし弦一郎は葦名流と弓術を混ぜて隙を限りなく減らしている。

それに、彼はかつて敗北した忍びの技も取り込んでいた。

 

かつての狼より、さらに粗削りで未熟な兔。

勝てぬ、ならば技を盗もう。

"それすら許されなかった”。

故に惨敗、勝ちは見えることすらなかったのだ。

 

食らいつけもしなかった。

簡単に、ねじ伏せられた。

 

初撃の突き、見切れず。

渦雲渡り、浮舟渡り、弾けず。

葦名一文字、葦名十文字、避けられず。

練度が足りない、経験が足りない、技が足りない。

 

弦一郎も、兎も、一言も発さなかった。

兎は嗚咽も漏らさなかった。

兎はただ、弦一郎のみを視界に入れて欲をかいた。

全てを弾いて、全てを見切りたがった。

 

「‥‥‥」

 

「‥‥‥大体はわかった」

 

少し構えが崩れている。

ダメージが現れている証拠だ。

勝たねばならぬと、諦めない。

 

それを見て、戦うのは限界を判断したのだろう。

弦一郎は構えこそは解かぬが止めるという意味で言い放った。

少なくとも、兎はそう受け取った。

故に、今できることをやった。

 

無骨に、正面から叩き斬る。

まだ完全ではない、一文字であった。

 

簡単に弾かれる。

そして、首元に刃を置かれた。

本来なら死、決着である。

 

「筋は悪くない」

 

笑みを漏らしたまま、弦一郎は言う。

その言葉に兔は高ぶった。

というか、純粋にうれしかったのだろう。

 

「やっ―――ッ!!」

 

ダメージなどなかったように飛び上がった。

無論、痛みで再びひっくり返ったが。

 

「馬鹿か?」

 

直球な言葉を投げる弦一郎に、

 

「べる―――」

 

あきれたような視線を感じたり、一心様の甲高い笑い声が聞こえたり。

痛みと、情けなさで何も言えず、であった。

顔から火が出そうになるくらいには恥ずかしかったようである。

 

「ベールー君っ。ってボロボロじゃないか!」

 

「おお、ヘスティア」

 

「一心君!特訓とはいえあまりベル君をむりさせないでおくれよ。あ、そうだ。ベル君からこれ」

 

 

そう言ってヘスティアは一心様に酒を渡す。

葦名の社氏の作る至高の酒、竜泉だ。

 

「ほう、竜泉か!でかしたぞ、べる!」

 

疲れ果てて動けないからだ、なんとか兔は親指を立てる。

今となっては一心が竜泉を手に入れたのは遠き昔のことだ。

遠い昔、一心が竜泉を手に入れれば、馬鹿どもが集まった。

一心は口角を釣り上げた。

 

「酒の匂いがするねえ」

 

幻術で酒を盗み取ろうとする馬鹿者。

 

「ヘスティア、来てたのか。それにその酒は、」

 

女子たらしの馬鹿者。

 

「―――懐かしい匂いじゃ」

 

酒に弱い、これまで一心の前に現れなかった梟まで現れる。

 

「梟、久しぶりじゃの」

 

「お久しぶりでございます。一心様」

 

竜泉はすごいなぁ、と九郎様からいただいた回復薬(ポーション)をがぶ飲みしながら考えたのだろうか。

梟まで来た、つまりはオラリオにいる葦名衆がそろうたということになる。

 

馬鹿者どもが集まった、それがあらわすところはつまり、宴会である。

兔は回復薬(ポーション)で無理やり復帰し、その輪に加わろうとした。

しかし兔はまだ酒が飲めない。

たったの一杯でべろんべろんになった梟をなんとかかわし、中庭に出てきた。

皆もみな、うまそうに飲むものであった。

まあ、酔っ払いの相手は御免被るが。

 

「ん?」

 

兔の視線の先に、人がいた。

命に九郎様、もう一人はわからない。

どうやら、女の子のようだ。

おそらくはあの雰囲気になじめなかったのだろう。

 

「べる」

 

「九郎様。と命さんと」

 

九郎様が兔に気づき、声をかけて兔はそれに答えて三人に近づく。

 

 

「どなた、でしょうか?」

 

 

黒い髪で片目が隠れている、小柄な女の子。

先ほど、兔は【タケミカヅチ・ファミリア】のあらかたの人とは交流が済んでいる

まあ、みんな泥酔していたが。

 

「ヒタチ・千草、です…」

 

「ベル・クラネルです」

 

ぺこり、とお辞儀する千草に兔も同じくお辞儀で返す。

そして、自然に縁側で楔丸をそばに置き、ゆっくりとくつろぐ三人の隣に座った。

 

「お二人って冒険者なんですよね?」

 

 

なんとなく、気になったことを。

話題を作ろうと、兔は適当に考え付いた質問を投げる。

命は弦一郎と鍛錬をしていたからわかりやすい。

千草は、一見するととても戦えるようには見えないが、恩恵とはすさまじいものである。

兔より二歳年上の女の子が、第一級冒険者として活躍しているのだ。

 

「はい。まだまだ未熟ですが…」

 

「僕と同じですか」

 

「そうなりますね」

 

兔は冗談めかして言う。

命は微笑んで言葉を返した。

 

「ベル殿はどなたに師事を?」

 

「え?」

 

「弦一郎殿と立ち合った時の葦名一文字、見事でした!」

 

「あれはやぶれかぶれというか、咄嗟というか。自慢できるようなものじゃあ―――」

 

終始、翻弄されていた。

弦一郎との立ち合いは兔の完敗であった。

故に、兔は命に何故褒められているかどうかわからなかった。

しかし褒められるのはうれしい。

兔の顔に、ほのかに笑顔が浮かんでいる。

 

「うれしそうだな?」

 

「えっ、変な顔してました?」

 

「少し、笑ってましたね」

 

九郎様と千草は微笑んで言って、兔は顔を真っ赤にする。

ん?、と兔は言葉を漏らす。

 

「あれ?命さんは―――」

 

「命殿なら道場の方に走っていったぞ」

 

いつの間にか、命が消えている。

九郎様の言葉に何故と頭に疑問符を浮かべているようだ。

 

「ベル殿!」

 

命の声が聞こえ、兔が後ろを見ると竹刀を二本持っている命がいた。

それを見て、何となく何をやりたいのかわかるだろう。

 

「い、今からですか?」

 

「はい!」

 

素晴らしくテンションが上がっている命に兔は気まずそうに目線をそらす。

言うまでもなく、命は兔と一戦やりたいようだ。

 

「今からはちょっと」

 

「私も葦名流の手ほどきを受けておりますので!」

 

「いや」

 

命との立ち合いは確かに得るものはある。

それに、同じ流派のライバルがいればもっと伸びる。

兔はそんな話を思い出した。

命の実力も見ておいた方がいいと思い至った。

 

「わかりました」

 

兔は命から竹刀を受け取って立ち上がる。

 

「見させていただきますね」

 

「はい!しっかり見せます!」

 

よし、と兔は気を引き締める。

体力は回復しているのだ、問題はないはずである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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