闇夜の中、一人の少女がトコトコと歩く。
やがて、足を止めて後ろを振り向く。
そこには、黒い服に身を包んだ一つの人影があった。
「よく気が付いたね?」
どこか嬉しそうな様子で声の主は、雪風に話しかける。それはまるで、旧来からの友人に再会したかのようにも思える。
「当たり前ですよ、ご丁寧に雪風の名前で信号を送ってきたくせに」
一方の雪風はどこか不機嫌な様子だ。ふんっといった様子で声の主に鋭い目線を向ける。
「君に気付いてもらえるかどうかは半信半疑だったけどね」
「で、用件は何なんですか?」
「実はね、君が提督のところに行かなければ僕が行こうかと思っていたんだよ。提督にはそれなりに恩もあるしね」
「だったら、今からでもそうすればいいじゃないですか?」
「フフ、僕がそうしないことは君もよく知っているはずだろう?」
「相変わらずですね、このバトルジャンキー」
「雪風、それは誤解だよ。僕は君と戦いんだ。それだけなんだよ」
「はぁ、なら今やりますか?」
そう言うや否や、雪風は相手の顔面に向かって掌底を繰り出す。
が、その一撃は当たることなく空を切る。
「おっと、危ない。大丈夫、今日はやらないよ。君を呼んだのは僕の決意表明を聞いてもらいたかったからさ。完膚なきまでに叩きのめすから、首を洗って待っておきなってね」
「言いますね、この飲兵衛が」
「その時が待ち遠しいね助兵衛さん」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ただいま戻りました! 結局、特には何もありませんでした。しれぇ、心配かけてごめんなさい」
出て行ったときと変わらない様子で雪風は部屋に戻ってきた。まぁ、見た目も特に変化はないし、何もなかったというのは本当だろうが。
「オイゲン、お饅頭はもうないのかしら?」
「提督、ビスマルク姉様がお饅頭を欲っしてますよ。早くください」
ワガママお嬢様が何やら騒ぎだしたぞ。ていうか、一箱やったのにもう食ったのか。饅頭って、そんなにホイホイ食べるものでもないと思うが。
「司令官に対して物をたかるなんて、失礼です」
今まで、俺の発言を横で黙って聞いてた朝潮が声をだす。相変わらず、真面目だなぁこいつは。一方のビスマルク達は、そんな朝潮をちらっと一瞥しただけだが。言っておくけど、朝潮の言っていることの方が正しいんだからな。あいつらには面倒なやつだとしか思わていないだろうが。
「朝潮、別にいいさ。こんな状況だ堅苦しいことは無しにしよう。な?」
「しかし司令官、それでは規律が・・・」
「ビスマルクは任務に対しては忠実だし、プリンツも言わずもがなだ。あいつらはオンとオフの切り替えは出来るから心配するな」
「司令官がそう仰るのなら・・・」
おずおずと朝潮は引き下がる。あれは納得がいっていないって顔だな、まだまだ朝潮も未熟ということか。
「生憎だが、もう饅頭はない。お前もそろそろ会話に混ざれ、お前はこれからどうしたらいいと思う?」
「あらそう、残念だわ。意外と美味しかったのに。まぁ、いいわ。そうね、私としては、そこの空母二人の案には反対よ。瑞鶴の案だとジリ貧になるし、飛龍の案はそもそも、ここを脱出してどうするのかって問題があるもの」
あっさりと饅頭のことは捨て置き、本題に入るビスマルク。こいつはやっぱり、やればできるやつだな。まぁ、普段がポケポケしているから、そのギャップのせいかもしれないが。
「なら、お前はどうするべきだと思うんだ?」
「休戦を無視して相手の頭を潰すのがいいんじゃないかしら? 一番、シンプルだし効果的だもの」
まぁ、合理的だな。戦力差が大きいこの状況じゃ、上を潰すのが最も手早い解決方法だ。ただ、問題もある。
「それができるなら願ってもないがな。実際は難しいだろ? そもそも、失敗したらどうするんだ?」
「その時は負けを認めるしかないわね。けど、ここに籠っていても援軍が来るわけでもないのだから、やる価値はあると思うわ」
「ビスマルク、それは無茶じゃないか?」
「僕もそう思うな、ねぇマックス?」
「えぇ。けど、ビスマルクは言い出したら聞かないから・・・」
身内から、思いっきり否定されているけど大丈夫か? 正直、それしか手は残っていないような気がするが。
「あら、あなた達。えらく弱気ね、そなことじゃ、ドイツが舐められるわよ。ねぇ、オイゲン?」
「はい。ビスマルク姉様の言う通りです。でもでも、相手の頭って誰なんですか? ナガート? 私、ナガートとはやりにくいなぁ」
まぁ、しょうがないですね、とニコリとビスマルクに返すプリンツ。なんというか、こいつが一番得体が知れないな。
「さて、お前らの言いたいことは大体分かった。大きく分けて俺たちのとる方針はこの3つだ」
1、降伏する
2、籠城する
3、攻め込む
「1は無いとしてだ、2か3のどっちがいいかというわけだが、平等に多数決で決めよう。2を選ぶやつは左手を3は右手をあげろ。それじゃあいくぞ」
俺の号令と同時にこの場の全員が手を上げる。
結果は・・・。
「3かぁ。まぁいい、そうと決まれば早速動く。相手に気取られたら終わりだからな」
「あーそれだけど提督、あたしは3には賛成だけど今すぐっていうのには反対」
北上が口を開く。いつもの軽い口調ではあったが、そこには強い意志が感じられた・・・ような気がした。
ふと、他の連中も見渡すと何人かは北上の意見に賛同しているのか頷く様子を見せる。
「なんでだ? こういうのは早目に動くのが何よりも大事だろ」
「提督、忘れてもらったら困るけど今は休戦中なんだよ? もし、私たちがそれを破っちゃったら向こうも律儀にルールなんて守るわけないよー」
北上が俺に向けて諭すように話す。そして、大井が北上の発言に続けて言葉を重ねる。
「つまり、もし一撃で頭を潰さなければ向こうがどんな手を使ってるか分からなくなるわ。今は提督の身の安全を確保するという意味でここら一帯の弾薬の使用を禁じているけれど、それもどうなるか・・・」
つまり一撃で決められる確証がないから、その案は取れないということか。ビスマルクのセリフでもないが、少し臆病になりすぎているような気もするな。
「北上さん、それに大井さんも何を言っているんですか。司令官がやれと言ったことならば失敗なんて考える必要なんてありません。作戦立案は私たちの仕事ではないんですから。考えるべきはいかに成功せるために動くかです」
吹雪の言っていることは、それはそれで極論だとも思うが。とにかく、吹雪は俺の言う通り早く動くべきだと考えているようだ。成功するかどうかは置いておいて。
「吹雪、落ち着きなよ。私からすれば吹雪のほうが何か履き違えているように思えるよ。いいかい? 一番に優先するべきは司令官の安全だ。まぁ、それなら降伏してもらうのが一番だと思わないでもないけど、とにかく今すぐ攻め入るというのはあまりにリスクが大きい。それは作戦の失敗だけでなくし司令官の安全という意味でもね」
そんな吹雪に冷静に反論をするのは響だ。
なるほど、俺が北上や大井を臆病だと思ってしまったのは、あいつらと俺らでそもそもの前提条件が違うからなんだな。俺はいかにこの騒動を収拾させるかだけを考え、あいつらは何よりも俺の安全を考慮していると。そう思うとなんだか自分が情けなく思えてくるな。
「よし分かった。これからの方針を決める。基本的には瑞鶴の案だ。入口で相手の侵入を防ぎつつ、折を見て、片方の入り口に戦力を集中させて相手の頭を取りに行く! いいか、これは決定事項だ。全員これに従ってもらう。いいな」
「「「「「 ハイッ! 」」」」」
部屋の全員が承諾を意味する言葉と同時に敬礼を行う。
よし、これでこっちの方針は決まりだ!