以前の大正こそこそ話で空ノ流の弐の型を『夏空』と誤表記していました。正確には『夏雲』です。
「生け捕りか……めんどくさいな」
鬼がそう告げながら殴りかかってくる。それをかわしすぐに構える菫。
『水の呼吸漆の型・雫波紋突き』
水の呼吸の型で最速の突き技。狙うのは鬼の頭だ。死なないとはいえ頭が潰れれば、視力や聴力と言ったいくつかの五感を断てる。そうなれば確実に隙が出来る。そのすきに頸を絶つ。
だがその突きは、掌で受け止められ変わりに無防備な腹に鬼の拳が飛んでくる。すぐに空いている左手で受け止めるもその衝撃に吹き飛ばされる。
やはりこの鬼は大した事はない。雫波紋突きを受け止められた際、強力な鬼なら菫は簡単に殺されていた。それに、生け捕りの為に手加減されていたとしても今の一撃で骨が折られていても可笑しくはない。だが少し腕が痛むだけで折れている様子はない。
上手く接近出切れば行ける。それは恐らく鬼も気付いているはずだ。
「やはり……呼吸を封じるべきだな」
鬼が出入り口から一番遠い蝋燭立てに向かう。何かあると考えすぐに体制を立て直す。
鬼がその蝋燭立てにたどり着いた瞬間、その蝋燭立てを地面に倒した。
その瞬間、蝋燭の炎が一瞬で部屋全体に燃え広がる。
ーーまずい!!
鬼は陽光に当てるか、日輪刀で頸を斬らないと死なない。炎に焼かれようと水中に沈められようと死なない。それ程に頑丈だ。
しかし人間は、桶一杯分の水で死ぬ。それ程に脆い。炎なんてもってのほかだ。
このままだと炎に焼かれて死ぬのは菫だ。部屋から出ようと出入り口を見ると、そこも炎に包まれている。いやもしここから出れたとしても、消火に来た人が殺される。消火を止めればここを火元に町全てが焼ける可能性もある。
逃げれば他の人が死ぬ。逃げなければ自分が死ぬ。自分の命と他人の命。どちらを取るかの答えをどうしても出せない。
3年前父も母も門下生も、皆菫を守るために死んだ。あの時、命懸けで戦う皆の背中が菫の目には、とても大きくて格好良く見えた。
(そうだ……ボクは!!)
ーー思い出した。自分が鬼殺隊になった本当の理由。また興奮したいから?皆の仇を取りたいから?
違う。あの時の背中に憧れたからだ。
「逃げないのか?」
「そんなのボクのなりたかったボクじゃない!!」
刀を構え辺りを観察する。炎に無策で突っ込めばただでは済まない。何処かに道は……あった。微かだが炎の裂け目がある。
一気に突破する為息を吸い込んだその時だった。
菫の喉を焼けるような痛みが走る。煙だ。辺りが燃えているから、その煙を吸い込んでしまった。
「教えてもらった呼吸封じ。即席とはいえ上手くいったものだ」
鬼殺隊の隊士達は、呼吸を使って鬼と戦う。この鬼は部屋を燃やして煙を充満させ、それを封じた。幸いにもまだ完全に充満していない為少しだけなら息は出来る。
(考えろ!!考えるんだ!!呼吸が無くてもアイツを倒す方法を!!)
呼吸を使わない空ノ流がある。だがその為にはこの炎を抜けるすべを探さないと。
(空……そうか!!)
炎がまだ到達していない場所がある。そこからなら春風で懐に潜り込める。その為には何か隙を作らないと駄目だ。隙きを作らなければしばらく無防備な時間を晒すこととなる。
何か物を投げる?いや、周りに投げられる物はない。かといって何処かを指差し気をそらすのは無理だ。
(……あの馬鹿げた技をやるしか無いよね)
空ノ流参の型・秋空。刀を振って真空波を起こす技。空ノ流最高難度の技で、どう考えても頭の可笑しい技だ。菫も一応習得しようとしたが小さな木ノ葉でさえ揺らすことすら叶わなかった。だが今はそれにかけるしかないのも事実。
「ヤァ!!」
掛け声と共に刀を振る。だが何も変化は起きない。二度三度。駄目だ。何も起きない。
(『豪腕で風を切り裂け』……考えろ!!考えるんだ!!)
春風は、跳躍力。夏雲は、正確さを要求してきた。なら秋空は力?
でも今まで、どれだけ力強く振っても何も起きなかった。もしかして力じゃない?
そこまで考えた瞬間、ある考えが頭をよぎる。
(正反対だけど……今は試してみるしかないよね)
大きく振りかぶり刀を振るう。力では無く速さに重点を置いて。刹那ゆらゆらと静かに揺れていた、炎が大きく揺れた。
ーー意味が分からない。
目の前の鬼狩りは、ただ刀を乱雑に振っていただけのはずだった。なのに突然飛んできた何かによって吹き飛ばされた。
(コイツ何をした!?)
体制を立て直し改めて菫を探す。いない。先程まで確かにいたはずの場所から姿が消えていた。
ーー何処だ。何処に行った?
あの僅かな時間で移動できる場所。天井だ
『空ノ流壱ノ型・春風』
見上げると菫が天井を足場にして、こちらに突っ込んでくる。
菫が唯一見つけた安全地帯。それが天井だ。そして空中なら炎に関係なく移動できる。
一瞬で鬼の懐に潜りこむ菫。鬼も一瞬驚愕するがそれもすぐに笑いに変わる。
ーー呼吸を使わなければ頸を斬れない。鬼はそう思ってるはずだ。
『空ノ流弐の型・夏雲』
鬼の視界が歪む。頸を斬られた。でもどうやって?呼吸は封じたはずだ。普通に斬るだけでは刀が頸の硬さに保つ筈がない。
夏雲は、同じ場所を何度も斬るという技だ。鋸で斬るように少しづつ何度も斬る。そうすれば硬い物も斬る事が出来る。それが鬼の頸を斬ったからくりだった。
鬼の体が完全に消えるのを見届けると、すぐに出口に向かって走り出す。だが辺りは炎に包まれ出口までの道は何処にもない。再び天井を使おうとするも煙を吸い、火事の影響で酸素が薄れた事により体に力が入らず、少しづつ意識が遠のいていく。
(ここでボク……死ぬんだ)
自らの死を覚悟した菫。完全に意識が途絶える直前、何処から男達の声が微かに聞こえた。
『……すまない。君の力を使わせてしまって』
『良いのよ。いつかの時代、必ず無惨は倒される。それまで皆にはかなり迷惑をかける事になるわ』
『大丈夫、皆わかってくれるさ』
何かの声が聞こえ目を覚ます菫。そしてすぐに太陽の光に目を細める。先程まで地下にだいた筈なのに今は地上にいる。
ーー助かった?でもなんで……
周りを見ると賭博場にいた男達が菫を取り囲んでいた。
「姉ちゃん!!目が覚めたんだね!!」
その男達を掻き分けてくる凪。その肩には、マツリが乗っている。
「嬢ちゃんアイツを倒すなんて流石だな!!」
「その癖に死にかけてたな」
そんなことを言われながら男達にもみくちゃにされる菫。彼らが凪共に助けてくれた事、鬼に脅され協力していた事を知ったのは日が傾き始めてからだった。
大正こそこそ話
賭博の運営は、豊中一家と言われるヤクザ達が行っていました。凪は、親分の息子で鬼に脅されている状況を嘆いて助けてくれる人を探していました。