この悲運の主人公に救済を!   作:第22SAS連隊隊員

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大変長らくお待たせしました。この2年間に何があったかは活動報告書を読んでいただければ幸いです。
いよいよ紅魔の里編ですが、分量が大きくなりすぎたため分割して投稿することにしました。後編については出来る限り間を開けないようにして投稿したいと思っています。


Episode15 「O」UT OF THE BLUE

カズマ達がアルカンレティアから帰ってきて一週間が過ぎた。温泉旅行に出かけた先での魔王軍幹部ハンスの討伐、ヒュドラ退治に向かった矢先で仁との戦闘という思わぬ大仕事を終えた五人は、この一週間で伸ばしきれなかった羽を思う存分伸ばしていた。

立て続けに色々とあった後だから、しばらくはゆっくりしたい。というカズマの意見に全員が賛成し、クエストにもいかず思い思いに寛ぎの日々を過ごす。

暖かい日差しが降り注ぐ空の下、いつものようにウィズの店で粉末を購入し家路に着いている千翼は、屋敷の前に見知った人物がいることに気が付いた。

 

「う~、どうしよう……。やっぱり日を改めて……でも、こうしている間にも……そ、そうよね。こういうのは勢いが大事だから」

 

「ゆんゆん、どうかしたの?」

 

「ひゃあ!?」

 

独り言を呟きながら何か決意を固めたところで、後ろから突然話しかけられた少女は驚いて叫び声を上げる。勢いよく振り返った少女、紅魔族の少女であるゆんゆんは千翼の姿を見ると、勢いよく頭を下げた。

 

「こ、こんにちは! チヒロさん!」

 

「こ、こんにちは」

 

上擦った声で挨拶され、戸惑いながら千翼も挨拶を返す。そこでゆんゆんは言葉に詰まってしまい視線を右往左往させるが、千翼の持つ粉末に目が止まる。

 

「そ、その。具合というか……体は大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だよ。この粉末を飲んでいれば大分抑えられるから」

 

言いながら千翼は買ってきた粉末を持ち上げて見せる。アルカンレティアから帰ってきた千翼は「自分の事をゆんゆんにも伝えたい」とカズマ達に話した。

隠し事というのは何れはバレるもの、遅かれ早かれ彼女も千翼の過去を知ることになるだろう。だったら今のうちに自分から話しておきたいと語った。

何かあったらフォローする。と言ってカズマが付き添いに名乗りを上げ、それだったら私も、とめぐみんが続き。ダクネスも、ここまで来たら行かないわけにはいかない。と言って三人が千翼に付き添うことになった。

 

「じゃあ、行ってらっしゃい。私はここで待ってるから」

 

そう言って一人だけ留守番をしようとしたアクアをカズマが無理矢理引きずっていき、結局全員でゆんゆんの元へ向かうことになった。

彼女をウィズの店へ誘い、千翼の過去、そして食人衝動について話すとゆんゆんは大層驚いたが、自分も千翼の事を信じる。出来ることがあれば遠慮なく頼って欲しい。とすんなりとその事実を受け入れた。

 

「あ、あの! 今日ってカズマさんは屋敷にいますか!?」

 

「うん。カズマだけじゃなくてみんな居るよ」

 

「そ、その。実はカズマさんにお願いがあって……」

 

「立ち話もなんだし、とりあえず屋敷に上がろうか」

 

千翼に促され、ゆんゆんは彼と共に屋敷に入る。階段を上がって広間の扉を開けると、いつもの面々がいつものように寛いでいた。

 

「ただいま」

 

「お、お邪魔します……」

 

「おかえりー、ってゆんゆん? めぐみんに何か用?」

 

「お、久しぶりに勝負しますか? ちょうど退屈してたところです」

 

ソファの上で暇そうに寝そべっていためぐみんは、ライバル(幼なじみ)の姿を見るや否や不敵な笑みを浮かべながら体を起こす。

 

「えっと、今日はめぐみんじゃなくてカズマさんに用があって」

 

それを聞くとめぐみんは不満そうに頬を膨らませ、再びソファに寝そべった。カズマは自分を指差しながら首を傾げる。

 

「俺に用事?」

 

ゆんゆんは真っ直ぐカズマの元に向かうと、顔を真っ赤にしながら二、三度深呼吸する。そうして呼吸を整えると、目の前の少年を真っ直ぐ見据えた。

 

「カ、カカ、カズマさん!!」

 

「お、おう」

 

どもりながら何とか言葉を紡ぐゆんゆんに、カズマは思わず気圧される。

 

「わ、私と!」

 

「私と?」

 

ここでゆんゆんは再び深呼吸。肺の底まで空気を吸い込み、吐き出す。この行動を三回繰り返し、ただでさえ赤い顔を更に赤らめながら、意を決して叫んだ。

 

「こ、ここ、こここ、子供を作ってください!!」

 

突如として少女の口から飛び出した「自分と子供を作ってほしい」という言葉に世界が停止する。

ソファで不貞寝しようとしためぐみんは飛び起き、ダクネスは手に持つカップから紅茶を床へ流しながら、男二人は目を極限まで見開いて。四つの視線がとんでもないことを口にした少女に突き刺さる。

 

「ねー、カズマさん。今日の晩ご飯はなに? 私は魚の気分かな」

 

「アクア、お前ちょっと黙ってろ。ゆんゆん。とりあえず座って」

 

「は、はい!」

 

カズマは自分の対面に座るように促し、ゆんゆんは言われたとおりに彼の正面に座った。カズマの顔を直視することが出来ないらしく、相変わらず顔を真っ赤にしたまま視線を逸らしている。

 

「で……誰の仕業だ?」

 

「へ?」

 

カズマはとても穏やかな、まるで聖人のような微笑みを浮かべながらゆんゆんに尋ねる。

 

「ゆんゆんは凄く純粋で優しいからな。それでいて人から頼み事をされると断れない性格だろ? きっと『カズマって男に私と子供を作ってくださいと言ってこい、友達なら頼みを聞いてくれるよね?』ってそそのかされたんだろ?」

 

「え? いや、その……」

 

口調こそ穏やかだが、言葉に端々には静かな、それでいて確かな怒気が滲んでいた。

 

「大丈夫、そんな不届き者は死ぬほど……いや、死ぬよりも惨い目に遭わせてきっちり反省させてやるさ。で、誰の仕業なんだ?」

 

「ち、違います違います!」

 

ここでゆんゆんは目の前の少年がとんでもない勘違いをしていることに気が付き、両手をぶんぶんと振りながら慌ててその間違いを訂正した。

 

「実はこんな手紙が届きまして……」

 

ポケットから折り畳まれた手紙を取り出すと、ゆんゆんはそれをカズマに渡した。手紙を開くと、興味を引かれた仲間達がカズマの後ろに集まり、手紙を覗き込む。手紙にはこう書かれていた。

 

『ゆんゆんへ。この手紙が届く頃には私はこの世にいないだろう。』

『とうとう魔王軍の本格的な侵略が始まった。奴らは軍事基地を建設し、我々はそれを破壊できずにいる。』

『更に悪いことに、今回の侵略には魔法に強い魔王軍の幹部が派遣されており、戦況は芳しくない状況だ。』

『私は紅魔族の長として最後の最後まで戦い抜くつもりだ。仮に紅魔の里が滅んだとしても、紅魔族の血は最後の生き残りであるゆんゆんがきっと繋いでくれると信じている。』

『だから、あとは頼んだぞ。どうか生きてくれ、愛する我が娘よ。』

 

「これって……!」

 

「はい。紅魔の里にいる私の父さんから届いた手紙です。少し前から里に魔王軍が攻めてきているという報せはあったのですが、どうやらここ最近で状況が一気に変わったようでして……」

 

「ちょっと待ってください。少なくとも紅魔族はここにもう一人いますよ? なんで私は居ないような扱いなのですか?」

 

「幹部を投入したということは、今回の戦いで紅魔族を滅ぼすつもりだろうな……」

 

「魔王軍は本気みたいね……」

 

めぐみんの不満げな声が聞こえているのかいないのか、ダクネスとアクアの二人が深刻な面持ちで呟く。

 

「でも、この手紙の内容と俺とゆんゆんが子供を作ることに何の関係があるんだ?」

 

「それは二枚目の手紙を読んでください」

 

ゆんゆんの父から届いた手紙の下にはもう一枚手紙があり、カズマは一枚目をその下に回すと次の手紙に目を通す。

 

『始まりにして駆け出しの地にて出会いし真紅の瞳を持つ少女と漆黒の瞳を持つ少年。何の才能も取り柄もなく、臆病なだけの少年はやがて真紅の瞳を持つ少女を妻に迎える。それこそが星が示す宿命であり、世界が定めし因果である。』

『世界が魔の王によって暗黒に覆われ、人々は絶望と嘆きに打ちひしがれるだろう。大地は渇き、川は濁り、山は崩れ、世界は人ならざる異形の者たちが跋扈する地獄と化す。』

『だが、世界が深い闇に沈むその時こそが、希望が最も輝く時である。真紅と漆黒が交わるとき、この世界を照らす大いなる光が産まれ落ちん。』

 

二枚目の手紙を読み終え、その内容にカズマ達は複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「これは……なんだ?」

 

「予言……かな?」

 

先程の手紙とは打って変わって、今度は抽象的な内容にカズマと千翼は揃って首を傾げる。

 

「これは恐らく、里にいる腕利きの占い師さんが見た未来です! きっと父さんはこの占いの結果に希望を見出したのだと思います!」

 

「占いねぇ……そらまぁこんな状況だから藁でも何でも縋りたい気持ちも解るけど……ん?」

 

再び読み返したところでカズマ達はある一点で視線が止まった。五つの眼差しがそこに書かれている文字をじっくりと読むと、顔を上げてゆんゆんに尋ねる。

 

「なぁ、ゆんゆん。ちょっと聞きたいんだけど、この手紙ってちゃんと最後まで読んだのか?」

 

「もちろんです。読み飛ばしが無いかキチンと確認しました」

 

「いや、そうじゃなくて。本当に()()()()読んだの?」

 

ゆんゆんが不思議そうな顔をすると、カズマは読んでいた手紙を彼女に見せて最後の一文の下、余白の部分を指差す。そこには――

 

【紅魔英雄伝 第一章 著者:あるえ】

追伸:郵便代が高いのでおじさんに頼んで同封させてもらいました。続きは書き上がり次第また送ります。感想くれると嬉しいです。

 

「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 

引っ手繰るようににしてカズマからを手紙を奪い、それをグシャグシャに丸めると、ゆんゆんはそれを見事なフォームで暖炉に向かって投げた。投げられた手紙だった物は吸い込まれるように暖炉の火の中へと飛び込み、あっという間に火が付いて灰になった。

最高潮に顔を真っ赤にしたゆんゆんは肩で息をしながら、今にも泣き出しそうな目で全身を震わせていた。何とも気まずい空気になってしまい、誰も彼もが迂闊に口を開けない。

 

「えーと……」

 

このままではいけないと思ったカズマは、一先ず場の空気を和ませようと悩ましい声を上げる。今はとにかくゆんゆんが盛大に勘違いし、見事に自爆して出来上がったこの空気をなんとかしなければ。

何か別の話題はないかと頭を働かせると、自分の手元にまだ持っている一枚目の手紙が目に入った。

 

「と、とりあえずアレだ。ゆんゆんと俺の子ども云々はともかく、一枚目は間違いなく親父さんからの手紙なんだよな?」

 

「は、はい! あれは間違いなくお父さんの字でした!!」

 

話題に食い付いたゆんゆんは、誤魔化すように大きな声でカズマの質問に答える。

 

「だとすると、紅魔の里がピンチってのは間違いないよな……」

 

「こうしてはいられません! 今すぐにでも里に向かいましょう!」

 

めぐみんは勇ましく声を上げるが、それを聞いたカズマは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 

「おいおい勘弁してくれよ。この前アルカンレティアでハンスと戦ったばかりだってのに、また魔王軍の幹部とやり合うのか? 今回ばかりは本当の本当にパス。こんなこと続けてたら命が幾つあっても足りないっての」

 

「別に命の心配は必要ないでしょ? 死んだら私が蘇生させればいんだから」

 

「そういう問題じゃねーよ」

 

実際に彼女に蘇生させてもらった事があるとはいえ、余りにも命を軽視するような発言をするアクアにカズマは呆れたような視線を向ける。

 

「と言うわけで、申し訳ないけど。今回は俺に期待はしないでくれ――って、いつもなら言うところだけど……」

 

カズマは首を回すと、後ろに立つ千翼を見遣る。

 

「千翼、行くんだろ?」

 

「ゆんゆんの故郷が危ないんだろ? だったら行かない理由は無いよ」

 

「それもそうだな。友人のピンチを見捨てるなんて、俺もそこまで薄情じゃねぇよ」

 

そう言って、カズマはニヤッと笑った。

 

「カズマさん、チヒロさん……!」

 

「めぐみん、紅魔の里ってどこにあるんだ?」

 

「アルカンレティアの近くにある平原を越えた先です。里までは徒歩で二日はかかりますね。魔王軍だろうが何だろうが、私の爆裂魔法で消し炭にしてあげます!」

 

「その平原だが、なんでも危険なモンスターがウヨウヨと居るらしい……今から楽しみだ!」

 

「ふふん、ちょうど良いわ。このまま幹部の連続討伐といきましょう!」

 

やる気になっているめぐみんと、別の意味でやる気になっているダクネス。ここ最近魔王軍幹部を立て続けに討伐して妙な自信が付いているのか、やたらと張り切るアクア。

発奮している女性陣を落ち着かせるようにカズマが手を叩き、注目を集める。

 

「急ぐ気持ちは分かるけど、相手は魔王軍だ。今日はしっかり準備をして明日の朝に出発しよう。と言うわけで、一旦解散!」

 

カズマの号令を聞き、五人は頷いた。

 

 

◆◆◆

 

 

翌朝。太陽が地平線から顔を出し、眠っていた町が目を覚ます。小鳥たちは澄み渡る空を背に羽ばたき、人々は今日一日の仕度を始める。

朝靄が薄く漂うアクセルの町で、カズマ達六人は出発前の最終確認を行っていた。

 

「よーし、全員忘れ物はないか?」

 

カズマの確認に各々が「大丈夫」「バッチリ」と元気よく返事をする。それを聞いたカズマは満足そうに頷いた。

 

「それじゃ、アルカンレティアに出発だ」

 

号令をかけてカズマが足を踏み出すと、めぐみんが不思議そうな顔をしながら呼び止める。

 

「カズマ、馬車乗り場はこっちですよ?」

 

「いや、今回は馬車は使わない。もっと良い方法がある」

 

以前アルカンレティアに向かった時と同じく馬車乗り場に向かおうとしたところ、カズマは何故か違う方向へ歩みを進めていた。めぐみんが不思議そうな顔でそのことを指摘すると、当の本人はニヤッと笑った。

とにかく付いて来いよ。というカズマに従い、五人は頭上に疑問符を浮かべたまま少年の後を追う。馬車乗り場を離れて向かった先は商店街。しばらく歩くと馴染みの深い店の前でカズマは足を止めた。

 

「ここさ」

 

「えー、なんでよりにもよって朝っぱらからこんな辛気臭い場所に用があるのよ?」

 

カズマが立ち止まった場所――六人にとっては非常に馴染みのあるウィズ魔法道具店を見て、アクアは露骨に嫌悪感を露わにする。

そんな彼女の様子を気にする素振りも見せず、カズマは店の扉を開けた。

 

「へいらっしゃい! 相変わらずやる気のない顔をしておるな」

 

「はいはい、いつもの嫌味どうも。ウィズ、ちょっと頼みがあるんだけど」

 

店に入ると燕尾服の上からピンクのエプロンを締め仮面を付けた長身の男、ここの店員である元魔王軍幹部のバニルが出迎えた。

挨拶代わりのバニルの嫌味を軽く流すと、カウンターの奥で作業をしていた店主のウィズにカズマは話しかける。

 

「あ、おはようございますカズマさ……って、アクアさま!?」

 

自分の天敵である水の女神を見て、リッチーであるウィズは慄いた。そのままカウンターに隠れると、目から上だけを覗かせて恐る恐る尋ねる。

 

「え、ええと。今日はどのようなご用件でしょうか……」

 

「朝早くから悪いな。実は紅魔の里に行くことになったから、ウィズのテレポートで近場のアルカンレティアまで転送を頼みたいんだよ。この前の旅行で転送先に設定したんだよな?」

 

「ああ、そういうことでしたか。それならお任せください。ですが、この作業が終わってからでもいいでしょうか? すぐに片付きますので」

 

「大丈夫だ」

 

カズマは片手でアクアを押さえ込みながらウィズに目的を告げる。それを聞いたウィズはゆっくりとカウンターから出てくると、背を向けて作業を再開した。二人の会話が終わったタイミングを見計らって、今度はバニルがカズマに話しかける。

 

「ところで汝よ、商談の件だがこれまで開発した全商品の知的財産権を総額三億エリスで我輩が買い取る。本当にこれでいいのだな?」

 

「ああ、それで頼む」

 

『三億エリス!?』

 

バニルが口にした金額を聞き、ウィズを除いた女性陣が素っ頓狂な叫び声を上げる。

 

「チヒロ! カズマと一緒になにかやってたのは知ってましたが、なんでこんな大金が入るって教えてくれなかったのですか!」

 

「えっと、そういうのはよく分からないから、全部カズマに任せてて……」

 

「カズマもカズマよ! こういうことは私たちにも教えるべきでしょ?」

 

「こういうことになるから、お前達には絶対に教えないと決めてたんだよ」

 

途方もない大金が入ってくると知っためぐみんとアクアは、目の色を変えて男二人に詰め寄った。その様子を見てうんざりした顔のカズマは、すぐに表情を切り替えてバニルに向き直る。

 

「それで具体的な日程だけど……」

 

言い終わる前にカズマの服の両袖が小さく引っ張られた。首を回せば、そこには期待に満ちた眼差しを向ける水の女神と紅魔族の少女の姿が。

 

「カズマさんカズマさん。私、自分だけの酒蔵が欲しいの。そこに世界中のありとあらゆるお酒をコレクションして、好きなときに好きなだけ飲みたいなー」

 

「私は魔力の増幅と伝達効率を高める宝石が欲しいです! あれを体中に身に付けて、生涯最高の爆裂魔法を撃ってみたいです!」

 

「三億エリス……一生遊べるだけの金額……まるで働こうとしないダメ亭主……くううぅぅ、堪らん!」

 

「三億……私のお小遣い何年分なんだろう……」

 

女性陣は各々が「三億エリス」という大金に思いを馳せて様々な反応を見せる。その様子を見てカズマは呆れたように溜息を吐いた。

 

「あのな、何か勘違いしているようだが、この三億エリスは俺と千翼のアイディアに付けられた値段。つまりは俺達の正当な稼ぎだ。お前達は何もしてないだろうが」

 

「何よ。三億もあるならちょっとくらい使ってもいいでしょ?」

 

「お前のちょっとは最終的に全部になるだろうが!」

 

「何よ! カズマのけちんぼ!」

 

不満そうに頬を膨らませてアクアはそっぽを向き、カズマは先程よりも大きく溜息を吐いた。

 

「それに、これは生活費や遊ぶ用の金じゃなくて、万が一に備えての蓄えだから緊急時以外で手を付けるつもりは無い。ただでさえ俺達はトラブルに巻き込まれやすい上に、そのたびに借金を背負うハメになっているんだ。これくらいの金がないと何時路頭を彷徨うことになるのか分かったもんじゃない」

 

カズマの言葉にアクア達は意外そうな表情を向ける。

 

「意外ね……引きニートのカズマの事だから『これでもう働かなくて済むぞー!』って一生遊んで暮らすかと思ったのに」

 

「そういうことは思っても口にするな。少なくとも、今の俺は真剣に魔王の討伐を考えてるつもりだ」

 

先程とは打って変わって、真剣な口調と声色のカズマの様子に店内の空気が張り詰める。

 

「俺はな、少しでも千翼の力になりたいと思っている。アルカンレティアで千翼の過去を聞いたとき、俺は決めたんだ。ここで千翼から逃げたら俺は一生そのことを後悔するし、その後の人生でも永遠に逃げ続けるって。だから決めたんだ。俺は逃げない、真剣に千翼と向き合うって」

 

今まで見たことがないようなカズマの真剣な様子に、誰も彼もが口を開くことが出来なかった。

いま、ここに居るのは、安泰で楽な生活を望む元引きこもりの少年ではなく、一人の友人のために少しでも力になろうとする男であった。

 

「汝……」

 

耳が痛くなりそうな程の沈黙が支配する中で、仮面の悪魔がゆっくりと口を開く。

 

「大丈夫か? なにか変な物でも食べたか、頭を強く打ったか?」

 

バニルがどこまでも真剣な、心配するような口調でカズマに話しかけた。

 

「人が真剣に語ってるのにその言い草はねぇだろ!!」

 

「ふははは! 美味な悪感情の提供感謝する!」

 

見事に空気を読まず茶化すバニル。それに対して食ってかかるカズマと、それに乗じて浄化しようと魔法を唱え始めるアクア。

店内はあわや女神と悪魔の戦場となりかけたが、作業を終えたウィズがすんでの所で仲裁に入り事なきを得たのであった。

 

 

 

 

 

「それでは皆さん、一箇所に集まって下さい」

 

その後、店内にいた全員はウィズに促され店の外に出た。彼女の指示に従ってカズマ達六人は出来る限り距離を詰めて一つの場所に集まる。

 

「準備はいいですか? 動かないで下さいね。それでは――テレポート!」

 

ウィズがテレポートの魔法を唱えると、カズマ達の足下に魔法陣が描かれ光を放つ。その光が六人を覆い隠すと光の強さは急速に弱まり、完全に収まる頃にはカズマ達の姿は消えていた。

 

 

◆◆◆

 

 

まばゆい光が収まり、眩しさの余り閉じていた目をゆっくりと開く。ぼやけていた視界が徐々に明瞭になり、ピントが合ってくると目の前の景色がはっきりと見えてくる。そこには一週間前に見た景色が目の前に広がっていた。

 

「みんな居るな? よし、テレポートは成功だな」

 

「ねぇ、折角アルカンレティアにまた来たんだし、ちょっと遊びに……」

 

「はいはーい、寄り道しないでさっさと行こうな」

 

可愛い自分の信者達がいる都に遊びに行こうとする女神の首根っこを掴み、カズマはアクアを引きずりながら紅魔の里へと向かう道を歩きだした。

 

 

◆◆◆

 

 

「この先の平原を越えたら紅魔の里だけど、本当にいろんなモンスターがいるみたいだな……」

 

「カズマ、危なそうなモンスターを見かけたら直ぐに私に知らせてくれ。囮は任せろ!」

 

「これから魔王軍と戦うのに消耗してどうすんだよ。とにかく戦闘は避けながら里を目指すぞ」

 

今まで出会ったことも無い新たなモンスターとの戦いにダクネスは目を輝かせるが、即座に却下され残念そうに肩を落とした。

しばらく道なりに歩いていると、道の先に何かがいることに気が付いたアクアが立ち止まって指を差す。

 

「あれ……あそこ……」

 

その先には道端の岩に腰掛ける幼い少女の姿があった。

 

「子供……ですよね?」

 

「なんであんな所に子供が?」

 

「しかも一人ですよ」

 

「って、よく見たらあの子ケガしてるじゃない! 早く治療しなきゃ!」

 

少女が腕や足に包帯を巻いている事に気が付いたアクアが急いで駆け出す。

 

「待った」

 

が、走り出したアクアの襟をカズマが掴んで急停止させた。いきなり襟を引っ張られた当の本人は、首を支点に体がくの字に曲がり「ぐぇ」と嫌な呻き声を口から漏らす。

 

「いきなり何すんのよ!」

 

抗議の声を上げるアクアを無視して、カズマは前日に冒険者ギルドから貰ったガイドブックのページを次から次へと捲っていた。その態度が女神の怒りの火に油を注ぎ、更に燃え上がる。しかし、その炎は次の瞬間にあっさりと消え去った。

 

「アクア、あいつ人間じゃ無い」

 

「……え? どういうこと?」

 

「千翼の言うとおりだ。敵感知がビンビンに反応してる……あったあった」

 

少女から目を離さずに発した千翼の緊張感に満ちた声に、アクアは不思議そうな顔をする。その隣で目当てのページを見つけたらしく、カズマは一度咳払いをすると全員に聞こえるように声を張りながら読み始めた。

 

「えーと、『安楽少女。見た目は幼い少女の姿をしているが、その正体は植物のモンスターである。人里から離れた場所に現れることが多く、その可愛らしい見た目から庇護欲を掻き立てられるが、それこそがこのモンスターの最も危険な部分である』」

 

「聞いたことがあります。街道などでケガをしている一人ぼっちの子どもを見かけたら、それは安楽少女だから無視しろ。と教わりました」

 

「直接危害を加えてくることもないと聞いたな」

 

「私も、安楽少女と出会ったら耳と目を塞いでさっさと通り過ぎろって言われたことがあります」

 

カズマから目の前の少女――安楽少女の名を聞き、めぐみんとダクネス、ゆんゆんの三人は思い出したようにその特徴を語った。

 

「続きを読むぞ。『一見するとこのモンスターはケガをしているように見えるが、それはケガに見せかけた模様であり、こうやってか弱い子どもの振りをして人間をおびき寄せるのである。そうしてまんまと術中に嵌まってしまった者はこのモンスターを守るために、その場から離れられなくなってしまうのだ』」

 

「『安楽少女は時折果実を差し出すが、この果実も安楽少女の一部である。味は大変美味であり非常に瑞々しいが栄養は殆ど無くほぼ水だけある。さらにこの果実には麻薬のような成分が含まれており、食べてしまうと空腹や睡眠といった生理的な欲求が麻痺してしまうのだ。こうして安楽少女はかかった獲物を衰弱死させ、その死体を栄養源としているのである。』……可愛い顔してえげつねぇな」

 

安楽少女の生態を知ったカズマは、苦々しい顔をしながら当の少女を一瞥する。その視線に気付いた安楽少女は微かに震えた。

 

「と言うわけで」

 

安楽少女に関する解説文を読み終えたカズマは、ガイドブックを掛け声と共に閉じた。

 

「あれが危険なモンスターと分かったから、無視してさっさと行くぞ」

 

そういうとカズマは安楽少女と目を合わせないように、早足で少女の目の前を通り過ぎた。

それに続いて千翼は警戒の眼差しを向けながら、めぐみんとダクネスはチラチラと少女を見ながら、アクアは名残惜しそうにしながら、ゆんゆんは我慢できずに立ち止まってしまうが、めぐみんに無理矢理引っ張られながらそれぞれ安楽少女の前を通り過ぎる。

あとはこのまま目的地である紅魔の里へ向かうだけである。その時であった。

 

「……ヒトリニシナイデ」

 

鈴を転がしたような可愛らしい、それでいて庇護欲を掻き立てられるか細い声がカズマ達の耳に届いた。千翼を除いた五人の足が止まる。

 

「……モウ……ヒトリハイヤ……」

 

続いて少女の口から零れる悲しげな声に、五つの首が軋みを上げながら回る。

 

「ダレカ……ワタシヲマモッテ……」

 

とうとう五人の体が震えながら安楽少女の方を向き始めた。そのまま五人は踵を返して少女の元に――

 

「みんな!! 目を覚ませ!!」

 

「っ! あぶねぇ!」

 

千翼の叫び声でカズマ達は正気を取り戻し、未だに頭の中に残る安楽少女への庇護欲を追い出すように頭を振る。

 

「ほら皆、さっさと行くぞ。駆け足!」

 

掛け声に合わせて、六人は安楽少女の元から走り去っていた。その後ろ姿を少女は悲しげな瞳で見詰める。

 

 

 

 

 

少しでも早く安楽少女から離れるために、一刻も早く安楽少女の事を忘れるために六人は走ることに集中する。息が上がってこれ以上走れなくなったところでカズマ達は立ち止まった。

 

「よ、よーし。ここまで来ればもう大丈夫……って、あれ?」

 

何かに気が付いたカズマは、自分の両手を見た後にポケットを探ったり自分の全身をまさぐったり、背負っている鞄を漁ったりと何かを探していた。

 

「なぁ、俺が持っていたガイドブック知らないか?」

 

五人は一斉に首を横に振った。では、先ほどまで自分が持っていたはずのガイドブックはどこに消えたのか? カズマは腕を組んで首を捻ると、すぐに答えが出てきたらしく「あ」と短い声を発する。

 

「さっき慌てて走ったときに落としたのか……ちょっと取ってくる……」

 

うんざりした顔で先程走ってきた道を小走りで引き返すカズマ。その背中は哀愁に満ちていた。

カズマの姿が見えなくなると、どこか不安げな顔をした千翼も来た道を引き返した。

 

「俺、心配だから行ってくるよ。万が一の事もあるし。みんなはここで待ってて」

 

もしかしたらガイドブックを取りに行き、そのままカズマが安楽少女に魅了されてしまう。そんな可能性を考えた千翼はカズマの後を追った。

 

 

 

 

 

千翼は全力で走ってきた道を息が上がらない程度のペースで戻り、やがて安楽少女が座っていた場所まで戻ってきた。

落としたガイドブックを取りに行ったはずのカズマは、何故か道端の茂みに身を隠して何かの様子を伺っている。

 

「和真、何してるの? ガイドブックはあった?」

 

「ああ、千翼。それは拾ったんだけどさ……」

 

カズマは自分の後を追ってきた千翼に気が付くと、小声で喋りながら道の先を指差す。その先を見ると、そこには大きな(まさかり)を担いだ男が安楽少女の目の前に立っていた。

大木のように太い首に、服の上からでも分かるほど筋骨隆々の男は悲しげな顔をしながら安楽少女に話しかける。

 

「悪く思わないでくれ。こうしないと犠牲者が出てしまうんだ……」

 

男は意を決したように鉞を両手で握り、頭上に構える。あとはこのまま振り下ろせば、安楽少女は真っ二つになるだろう。

 

「アナタハナニモワルクナイ……ワタシガタマタマコウシテウマレテシマッタダケダカラ……」

 

安楽少女は目に涙を浮かべながら悲しげな眼差しを向ける。そのまま目を閉じると、自らの運命を受け入れるように俯いた。

 

「……だ、ダメだ! やっぱり俺にはできねぇ!」

 

構えられた鉞が振るわれることはなく、男はそれを力なく下ろした。大きな溜息を吐いた男は再び鉞を担ぐと安楽少女に背を向けて歩き出す。

 

「すまねぇな。俺には犠牲者が出ないことを祈ることしかできねぇ……」

 

去り際にそう呟いた男は、肩を落としながら去って行った。一部始終を見ていた少年二人は口を堅く引き締め、なんとも複雑な表情を浮かべる。

安楽少女とて望んでモンスターに生まれたわけではないだろう。だが、こうして生まれてしまった以上、彼女は本能に従って人間を魅了し、その屍肉を糧としながら生きていくしかないのだ。

世の不条理さと残酷さに二人が胸を痛めていると、どこからか舌打ちの音が聞こえる。

 

「チッ……くっそー。あとちょっとだったのに」

 

安楽少女の口から出てきたのは、先程までの可愛らしい声とは正反対の何ともガラの悪そうな低い声であった。二人の少年の目が点になる。

 

「さっきの六人組を逃したのは本当に惜しかったな……。それにしてもあの黒髪の男、なんで一目見ただけで私の正体が分かったんだ? 魅了された様子も全く無かったし……」

 

座っている岩の上で行儀悪く胡座を掻き、頬杖を突きながら愚痴を零す安楽少女。思わず守りたくなるような可愛らしい少女の姿はもはや存在せず、そこには素行の悪い不良娘の姿があった。

 

「クソッ、他に人間も来そうにないし、光合成でもして時間を潰すか」

 

下品な声と共に大あくびをすると、枕代わりに両手を後頭部で組み、安楽少女は岩の上で寝転んだ。再び大あくびをすると目を閉じる。

 

「もう一人のチョロそうな男は嵌められそうだったのにな……ちょっと色仕掛けすればホイホイ着いてきそうな下心丸出しの間抜け面だったし」

 

「へぇー。ひょっとして、ちょっと色仕掛けすればホイホイ着いてきそうな下心丸出しの間抜け面ってこんな顔か?」

 

「そうそう。いつもサボることと楽することばっか考えてそうな、如何にもって感じのダメにんげ……」

 

そこまで言ったところで安楽少女は目を開いた。視界にはにこやかな笑みを浮かべる、少女曰く『ちょっと色仕掛けすればホイホイ着いてきそうな下心丸出しの間抜け面』の少年が。

 

「そっかそっかー。俺ってそんな風に見えるのかー」

 

言いながら、カズマは腰に差した愛刀のちゅんちゅん丸をゆっくりと引き抜く。太陽の光を照り返す刃が何時もに増して鋭く見えた。安楽少女の顔から滝のように冷汗が噴き出す。

 

「アノ……サッキノコトバハ……」

 

銀色の刃が閃いた。

 

 

◆◆◆

 

 

「あ、カズマ。どうだった?」

 

「ああ、やっぱり走ったときに落としてたよ」

 

「ガイドブック一つを拾うにしてはやけに時間がかかりましたね。何かあったんですか?」

 

「いや、別に。何も無かったよ。なぁ、千翼?」

 

「え……あ、あー……うん」

 

千翼の曖昧な返事に女性陣は怪訝な顔を浮かべるが、日が暮れる前に野営地を見つけよう。というカズマに流されてそれ以上聞かれることは無かった。

とてもじゃないが言えなかった。騙した上に『ちょっと色仕掛けすればホイホイ着いてきそうな下心丸出しの間抜け面』と自分を評した安楽少女に激怒したカズマが、口にするのも憚られるような罵詈雑言を吐き散らしながらちゅんちゅん丸で安楽少女を滅多刺しにし、最終的に細切れの木片にしたなど、口が裂けても言えなかった。

このことは墓まで持って行こう。千翼は一人決意するのであった。

 

 

◆◆◆

 

 

その日の内にカズマ達は平原に辿り着き、今日はこのまま野営をして明日の朝に平原を越えることにした。風除けのために森の中で一晩過ごし、朝がやって来る。

目を覚ました六人は手早く朝食を済ませると野営の後片付けを始めた。

 

「へっくし!」

 

静かな朝の森に少年のくしゃみが木霊する。

 

「カズマ、大丈夫ですか?」

 

「あー、大丈夫だ。さすがにもうちょっと毛布掛けて寝れば良かったな……へっくしょん!!」

 

めぐみんの心配する声に鼻をすすりながらカズマは答える。答え終わると先程よりも大きなくしゃみが出た。

 

「ちょっと、私にうつさないでよ」

 

「心配すんな。ナントカは風邪を引かないって言うだろ」

 

その言葉が聞き捨てならなかったらしく、アクアはカズマに襲いかかった。

四人が少年と女神の争いを無視して荷物をまとめていると、カズマは突然その手を止めて森の一方向を睨んだ。

 

「カズマ、どしたの?」

 

「敵感知に反応があった……結構な数……まずい、こっちに向かってる!」

 

六人は大急ぎで荷物を鞄に詰め込むと「隠れてやり過ごすぞ」というカズマの提案に乗って、近くの大きな茂みに身を隠した。

すぐに複数の足音が近付いてくると、武装した人型モンスター達――魔王軍の兵士達がやってきた。

 

「さっきこっちの方から確かに声が聞こえた! まだ近くに居るはずだ、探せ!」

 

リーダーらしきモンスターの命令に従って、兵士達は近くの茂みを持っている武器で突いたり、木に登ってあちこちを見回したりとカズマ達を探し始める。

しかし、幸いなことに当のカズマ達が隠れている場所は見逃しているのか、誰一人として近寄ってこなかった。

 

「このままあいつらが立ち去るのを待とう。音を立てるなよ」

 

カズマが仲間だけに聞こえるよう囁くと、五人は小さく頷いた。そのまましばらく兵士達の動きを見ていると、リーダーが集合をかける。

 

「何か見つかったか?」

 

「ダメだ、何も見つからない」

 

「俺たちに感付いて逃げたか?」

 

どうやら兵士達はカズマ達が既に逃げたと勘違いしているらしく、この場からどちらへ向かうかを相談していた。

後はこのまま息を潜めて待っていれば、いずれ魔王軍の兵士は立ち去るだろう。しかし――

 

「は……」

 

よりにもよってこんな時にカズマは鼻にむず痒さを感じた。時間と共に鼻の奥のむず痒さはどんどん大きくなってくる。

 

「カズマ、鼻を擦って下さい……!」

 

めぐみんに言われてカズマは自分の鼻を乱暴に擦った。しかし、人体というのは不思議な物で、こういうときに限っていつもならすぐに収まるはずのむず痒さが何故か余計に大きくなるのだ。そして――

 

『ハックション!!』

 

奇跡的にカズマがくしゃみをするのと全く同じタイミングで、魔王軍の兵士の一人がくしゃみをした。六人は自分の口を手で押さえ、僅かな物音も立てないように石の如く固まったまま魔王軍の反応を窺っていた。

 

「うー、鼻水が止まらねー……」

 

「腹を出して寝るからだ、風邪ひいて当然だろ」

 

会話の内容からして兵士達はカズマのくしゃみに気付いた様子はなく、相変わらずどの方向へ逃げたのかを相談している。

カズマ達がほっと胸を撫で下ろし、引き続き兵士達が動くのを待っていると、

 

「ぶえっくしょい!!」

 

水の女神が盛大なくしゃみをした。五人が信じられないものを見るような表情でアクアの顔を凝視していた。

 

「いたぞ! そこの茂みだ!」

 

「こんのバカたれが!!」

 

カズマは一先ずアクアを怒鳴りつけてから茂みから姿を現す。六人が茂みの外に出ると、魔王軍は既に周りを取り囲んで得物の切っ先をカズマ達に向けていた。

 

「お前は他の奴らを呼んでこい。ケケケ、さぁて、どうしてくれようか」

 

リーダーが仲間に命令し、カズマ達を見ながら口から笑い声を漏らす。連れられて他の兵士達も笑い声を漏らした。カズマは冷や汗を流しつつも、冷静に状況を分析する。

自分たちは今、完全に包囲されている。数は向こうの方が上、こちらでまともに戦力になるのはゆんゆんと千翼の二名のみ。更に先程、敵のリーダーが仲間を呼びに行かせたため直に増援もやってくる。だとすれば作戦は逃げの一手。あとはこの包囲網を負傷者を出さずどうやって突破するかだ。怪我人が出たら背負って逃げるなど不可能である。

何とかしてこの包囲を抜け出せないか。とカズマが必死に頭を働かせていると、ドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。兵士達とカズマ達が揃って音のする方を見れば、新手の魔王軍の兵士達がこちらに向かって猛然と走ってくる。

 

「お、意外と早かったな。おーい、こっちだ!」

 

リーダーの兵士は満面の笑みを浮かべながら手を振る。こうしている間にも増援の魔王軍はどんどん近付いてきた。やがて、表情まで分かるほど程の距離までやってくる。走る兵士達の顔は――必死だった。

時折、後ろを確認しながら全速力で走る魔王軍の兵士達。まるで何かから懸命に逃げているようであった。

 

「な、なんか様子がおかしいな?」

 

とても自分たちの援護に来たようには見えない増援の様子に、リーダーの兵士は首を傾げる。新手がやって来て覚悟を決めたカズマも、頭に疑問符を浮かべた。

 

「お、お前らも逃げろぉ!!」

 

『逃がさんぞ魔王軍!!』

 

突如として、何も無い空間から黒いローブを纏った四人組が現れた。その姿を見た走っている兵士達は驚愕の表情を浮かべ、更に走るスピードを上げる。

 

「観念しろ! これは天命だ!」

 

「くくく……貴様らの命、残らず刈り取ってやろう!」

 

「我が主の供物になるがいい!」

 

「あああ! 静まれ、俺の右腕!」

 

四人組はどこか場違いな台詞を芝居がかった調子で叫ぶ。そして四人の目は――鮮やかな紅だった。

ローブの集団が一斉に手を突き出すと掌に光が集まる。徐々に光は大きくなってゆき、やがて手を覆うほどの大きさまで成長した。

 

『我ら、対魔王軍遊撃部隊! 人類に仇なす者どもよ、塵になるがいい!!』

 

死刑宣告にも似た言葉を高らかに叫ぶと、四人は一斉に手を振るう。

 

『ライト・オブ・セイバー!!』

 

カズマ達の左右を光の刃が通り抜ける。そこに立っていた兵士達は声を上げる暇も無く身体を真っ二つにされて地面に倒れた。

 

「こ、紅魔族!? なんでここに!!」

 

「逃げろ! 勝てるわけが無い!」

 

運良く生き残った兵士達は武器を捨てると一目散に逃げ出す。その場から生きている魔王軍の兵士が一匹も居なくなると、ローブの集団がカズマ達に近付いてきた。

 

「ふっ、他愛も無い」

 

「その命、天に還せ……!」

 

「我が主よ! 見てくださいましたか!」

 

「ぐうぅ……血だ……もっと血を寄越せ……」

 

各々がそれぞれポーズを決めながら意味不明な事を口走る。カズマは一先ずそのことを無視すると、助けてくれたことに対する感謝を述べた。

 

「ありがとう、助かったよ! ところであんた達って紅魔族だよな?」

 

「如何にも、我が名は――」

 

「誰かと思えばぶっころりーじゃないですか。相変わらずこんなことしてるんですか。いい加減に実家の靴屋を継いだらどうです?」

 

以前にもどこかで見たようなやり取りがなされ、ぶっころりーと呼ばれた男はカッコ良くポーズを決めようとしたが、勢い余ってそのままずっこけた。

 

「め、めぐみん! 余計な事言うなよ!」

 

「余計も何も事実じゃ無いですか。靴屋のおじさんだって「息子がいつまで経っても店を継ごうとしてくれない」って嘆いてましたよ」

 

「お、俺には家業を継ぐより里を守るという大事な使命があるんだ! それにだな……」

 

ぶっころりーはそこから魔王軍の危険性だの、先手を打つことの大切さだの、言い訳じみたことをを延々と喋り続けた。それに対して『対魔王軍遊撃部隊』を名乗った三人はうんうんと共感するように頷く。

 

「な、なぁめぐみん。この人たちって結局何者なんだ?」

 

「全員仕事もせずにフラフラしている穀潰し。要するにニートです」

 

カズマの質問に対するめぐみんからの容赦のない返答に対魔王軍遊撃部隊(ニート)の四人組は「うっ」と呻き声を漏らすと、気まずそうに視線を逸らした。

 

「え、だってさっき対魔王軍遊撃部隊だって……」

 

「それは勝手に名乗って、勝手にやってるだけですよ。周囲の視線が痛いから、俺達はニートなんかじゃない、こうやって里のために日々働いているんだ。って誤魔化すためにニート仲間で勝手に結成しただけですよ」

 

ようやっと評判通りの魔法のエキスパートである紅魔族に出会えたと思ったカズマだったが、彼らの正体を明かされてがっくりと肩を落とした。

ついさっきまであれだけカッコ良く魔法で敵を撃退したかと思えば、その実態はまさかのニート集団。しかも、頼まれてもいない遊撃部隊を勝手に結成して、ニートであることを誤魔化すために日々活動しているという余りにも情けない実情に、生前は同族であったカズマは堪えきれず、項垂れながら膝から崩れ落ちる。

 

「と、とにかく! 君たちは俺達の里を目指しているんだろう? まだ周囲に魔王軍の軍勢が居るだろうし、危険なモンスターもうろついているからテレポートで一緒に里に行こう」

 

気を取り直したぶっころりーがそう申し出ると、カズマはその提案を有り難く受け入れた。ぶっころりーが威勢良くテレポートの魔法を唱えると、その場に居た全員の姿が一瞬で消えた。




というわけでまずは紅魔の里前編です。後編もある程度書き上がっているので、いましばらくお待ちください。
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