この悲運の主人公に救済を!   作:第22SAS連隊隊員

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今回で紅魔の里編は終わるだろう。と思っていたら書いている内に文量がどんどん増えていき、またしても分割することにしました。申し訳ありません。


Episode16 「P」EACEFUL TIME

カズマが目を開けると、そこには山間にできた村の光景が広がっていた。人々は畑を耕し、洗濯物を干し、子供達は無邪気に笑いながら走り回っている。

 

「ありがとう、本当に助かった!」

 

「これぐらいお安い御用さ。それじゃあ俺達は哨戒任務に戻るよ」

 

カズマ達を送り届けたぶっころりーはそう言って、対魔王軍遊撃部隊(ニート)の四人は一瞬で姿を消した。

 

「それにしても……」

 

カズマは改めて紅魔の里を見渡す。空から降り注ぐ暖かい日差しの下、里の住民達は特に怯える様子も無く日常生活を送っている。どこからどう見ても平和な田舎の風景だった。

 

「とてもピンチには見えないよな……」

 

「そもそも戦闘の後が見当たらないね」

 

カズマと千翼は手紙に書いてあった話と余りにも違う様子に揃って首を傾げた。

壊された住居、飢えに苦しむ住民、希望を失った人々――映画やニュースでみた戦災によって荒廃した光景を覚悟していたが、実際に里を訪れてみればそんな物は全く見当たらなかった。

 

「とにかくお父さんの元へ向かいましょう」

 

状況を確認するためにも、手紙を送った張本人である父親に会いに行かねば。五人はゆんゆんに案内されて彼女の家へと向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

「いやぁ、よくいらっしゃいました。私が族長のひろぽんです。どうぞよろしく」

 

カズマ達にそう挨拶をしたのは、口髭が特徴的な壮年の男。紅魔の里の長でありゆんゆんの父親のひろぽんである。

魔王軍と戦争中とは思えないほど呑気な様子の父親に、ゆんゆんは手紙の真相を確かめるために食ってかかる。

 

「ねぇ、お父さん。あの手紙は何だったの!? この手紙が届く頃には、とか。魔王軍の軍事基地を破壊できないとか書いてあったから、私すごく心配したんだよ!?」

 

「何を言っているんだゆんゆん。この手紙が届く頃にというのは、紅魔族が手紙に書く時候の挨拶だろう。そういえばお前とめぐみんは優秀だから書き方を習う前に学校を卒業していたか」

 

「じゃ、じゃあ、軍事基地を破壊できないっていうのは?」

 

「アイツらの作った基地がこれまた見事な出来映えでな。そのまま残して観光資源にするか、邪魔だからやっぱり破壊するべきかで意見が割れているんだよ」

 

「な、なによそれ……」

 

自分の故郷が存亡の危機に瀕していると思い、同封されていた手紙で盛大な勘違いをし、それが原因で友人達の前で大恥をかいた。そして魔王軍と戦う覚悟を決め、決死の思いで故郷に帰ってきてみれば、里は滅亡の危機どころか平和そのもの。

時間を巻き戻せるなら、あの時の自分を殴ってでも止めてやりたい。ゆんゆんの胸は激しい後悔で埋め尽くされていた。

そんな娘の気持ちなど露知らず、父親は手紙を書いたときの事を思い出しているらしく感慨深げに頷いている。

 

「いやはや、書いている内にだんだんと筆が乗ってしまってね。気が付いたらあんな文章に……」

 

「なぁ、ゆんゆん。お前の親父さんを一発ぶん殴ってもいいか?」

 

「どうぞ遠慮無く。一発と言わず十発でも二十発でも」

 

「ゆ、ゆんゆん!?」

 

カズマが拳を鳴らしながら族長に近付こうとしたときであった。けたたましいサイレンの音が里中に響き渡る。

 

『魔王軍襲来、魔王軍襲来。規模は千匹。繰り返します。魔王軍襲来、魔王軍襲来。規模は千匹。手の空いている者は対処をお願いします。繰り返します――』

 

「ま、魔王軍だって!?」

 

「おお、ちょうど良いところに」

 

ここでまさかの魔王軍襲来の警報が鳴り響く。しかもその規模は千匹。桁外れの軍勢の襲来を聞きカズマは顔を青ざめさせた。

それに対してひろぽんは緊張感の欠片も無い、なんとものんびりとした口調でゆっくりと椅子から立ち上がる。

 

「よかったら、皆さんも見ていきませんか?」

 

 

◆◆◆

 

 

「シルビアさまー! 我々には構わず撤退を! 貴方だけでもお逃げ下さい!!」

 

「だから紅魔の里に攻め込むのは嫌だって言ったんだー!!」

 

「まだ彼女もできてないのにー!!」

 

「おかーちゃーん!!」

 

魔王軍が襲来しているというのにまるで焦る様子の無い族長に連れられて、カズマ達は里の端にある崖の上にやってきた。ここからなら紅魔の里はもちろんのこと、外の平原を一望出来るほど見晴らしの良い場所だった。

そして――

 

「そ~れ、それそれ~!」

 

「いつもより余計に出しておりまーす!」

 

「それじゃあ、そろそろ私の十八番。いっちゃうよー!」

 

崖の上に並んだ紅魔族のアークウィザード達が、色とりどりの魔法を次から次へと放つ。

紅魔族の人間が魔法を放つ度に魔王軍の勢力は業火で焼かれ、極寒の吹雪で凍り付き、雷に打たれ、地割れに飲み込まれ、竜巻で空の彼方へ飛ばされる。

 

「どうですか。魔法のエキスパートである紅魔族による魔王軍との手に汗握る激闘! これは新たな観光の目玉として大勢の観光客を呼び込めますよ!」

 

「は、はぁ……」

 

力説するひろぽんに対して、カズマ達の反応は何とも微妙な物であった。

激闘、とは言っているものの、目の前で繰り広げられる光景はどこからどう見ても紅魔族の一方的な虐殺であった。地面を埋め尽くすほどの大群で押し寄せてきた魔王軍を、五十人ほどの紅魔族が魔法で片っ端から片付けている。

ここまでくると流石のカズマも魔王軍に対して哀れみを禁じ得なかった。きっと彼らは勝ち目などないことを初めから分かっていたのだろう。しかし、上司(魔王)が「やれ」と言われたら下っ端である彼らは従うほか無い。まさか異世界で社会に於ける上下関係の厳しさを見せつけられるとは思わず、カズマは沈鬱な表情を浮かべた。

次に彼らが生まれ変わるなら、戦いとは無縁な人生を送れますようにと、人知れずカズマは哀れな魔王軍の兵士達の安寧を祈るのであった。

 

 

◆◆◆

 

 

その後、生き残った魔王軍は撤退したためその場は解散となった。時刻も既に夕方近くを回っていたため、挨拶がてらめぐみんを実家に送り届けてから今日の宿を探す運びになった。

 

「見えてきました。あれですよ」

 

「……あれがめぐみんの実家か?」

 

「そうですよ。私の家族が住んでいます」

 

そう言っためぐみんが指差す先には、一見すると馬小屋にも見えかねない木造の建物がある。

庭の方に設けられた縁側、格子組のガラス戸の玄関、風で飛ばないように石が乗せられた屋根。そのまま日本の昭和ドラマにでも出てきそうな木造の平屋がそこにあった。

玄関の前に辿り着き、めぐみんが扉を軽く叩く。少しするとトタトタと軽い足音がガラス戸の向こうから聞こえ、磨りガラスに小さな人影が映る。

戸が横に動くと、黒猫を抱えた小さな女の子がカズマ達を見上げた。

 

「こめっこ、ちょむすけ。ただいまですよ」

 

「かわいいー! ちっちゃなめぐみんみたい!」

 

「本当に小さなめぐみんといった感じだな」

 

アクアとダクネスの二人がしゃがんで女の子、めぐみんの妹であるこめっこに目線を合わせると、それに倣って男二人もしゃがんだ。

 

「こんにちは、君のお姉さんのお友達です」

 

「よろしくね」

 

こめっこは大きな紅い瞳でカズマと千翼の二人をジッと見詰め続けていた。突然、後ろを向くと息を大きく吸い込み――

 

「おとうさーん、おかあさーん!! 姉ちゃんが男引っかけて帰ってきた!! しかも二人!!」

 

そんなことを叫びながら、あっという間に家の中に消えていった。

当の男二人は、目の前で起きたことに頭の処理が追い付かないのか固まっていた。やがて、

 

『ちょ、ちょっと待ったああぁぁ!』

 

二人揃って慌てて少女の後を追いかけた。

 

 

◆◆◆

 

 

壁のあちこちが板で雑に修繕され、ボロボロの畳が敷かれている居間は妙な緊張感に包まれていた。

ちゃぶ台の前で胡座を掻き、学帽を被り黒いマントを羽織った男――めぐみんの父親であるひょいざぶろーは、目の前で正座する少年に二人に厳しい眼差しを向けている。

カズマ達がめぐみんの家に上がるや、男二人を見たひょいざぶろーは開口一番「そこに座りなさい」と有無を言わさない迫力でちゃぶ台の反対側を指差した。

ただならぬ雰囲気に気圧された二人は、黙って従う他なかった。

 

「君がカズマくんで」

 

「ど、どうも……」

 

ひょいざぶろーに真っ直ぐ見詰められたカズマは、喉の奥から何とか声を絞り出す。

 

「君がチヒロくんだね」

 

「こ、こんにちは……」

 

そのまま父親の視線が横に移動し、カズマの隣に座る千翼を捉えた。

蛇に睨まれた蛙、とはまさにこのことだろう。千翼は全身に緊張が走り、どこか上擦った声で挨拶した。

 

「はじめまして。めぐみんの父親のひょいざぶろーです。そしてこちらが」

 

「母親のゆいゆいです。どうぞよろしく」

 

睨むような目付きの父親と違って、母親はにこやかな表情と声で自己紹介した。ゆいゆいの穏やかな雰囲気に、カズマと千翼の緊張が僅かに解れる。

 

「単刀直入に聞こう。君たちは娘とどういった関係なのかね?」

 

一体何を聞かれるのか。緊張で生唾を飲み込んだ二人は、余りにもあっさりとした質問に思わず拍子抜けする。

 

「めぐみんとの関係……」

 

「どうって……」

 

カズマと千翼は顔を見合わせる。別に二人ともめぐみんとは特別な仲でも何でも無い、正真正銘ただの冒険者仲間である。やましいことなど何一つとしてない。

 

「めぐみんと俺達は共に冒険する大切な仲間……」

 

「ぬがあああぁぁぁ!!!」

 

ひょいざぶろーは突然叫ぶと、目の前のちゃぶ台に手をかけてひっくり返そうとした。しかし、すんでの所でゆいゆいが覆い被さってそれを阻止する。

 

「あなた止めて! ちゃぶ台だってタダじゃないのよ!!」

 

「そんな見え透いた嘘をつくなああぁぁ!! 若い男と女が一緒に居て何も無いわけが無いだろおおぉぉ!!」

 

なおもひょいざぶろーはちゃぶ台をひっくり返そうと力を込める。その後、カズマと千翼の必死の説得もあってひょいざぶろーはなんとか落ち着きを取り戻した。

 

「すまない、つい興奮してしまった。しかし、娘を持つ父親としてどうしても交友関係……特に異性絡みとなると心中穏やかではいられなくてね。どうか分かって欲しい」

 

「い、いえいえ。そりゃ娘が一人旅をしているんですから心配になるのも当然ですよ」

 

「そ、そうそう」

 

ここで下手なことを言えば先程の二の舞である。とにかく父親を興奮させないように彼の話に同調した。しかし、それでも先程の騒ぎで空気が更に張り詰めている。ここは何とかして場を和ませなければ。

頼みの綱であるめぐみんは久々の妹との再会が余程嬉しいのか、二人のことなどお構いなしにこめっこと遊ぶことに夢中になっている。アクアとダクネスの二人は面倒ごとに巻き込まれるのを嫌ってか、一緒になって遊んでいた。

この場は自力でなんとかせねば。そんな時、カズマの脳裏に鞄に入っているある物が浮かんできた。急いで鞄を引き寄せて中を漁ると目当ての物が見つかる。

 

「あの、これ詰まらないものですが……」

 

カズマがおずおずと鞄から取り出したのは、アルカンレティアの温泉旅行で購入した温泉饅頭であった。里に出発する前に何か甘味が欲しいと思って鞄に入っていた物をそのまま持ってきたのだが、思わぬところで活躍の機会が訪れた。

 

「おお、わざわざすまないね」

 

強張っていたひょいざぶろーの顔が微かに綻び、カズマと千翼は内心で安堵の息を吐いた。

温泉饅頭をちゃぶ台の上に乗せて父親の方へ押しやると、二つの手が箱に置かれる。

 

「あなた、これは今日の夕飯にするのよ? まさかとは思うけど酒の肴にする気じゃありませんよね?」

 

「母さん、何を言っているんだ。これは彼がワシにくれた物だぞ? どう食べようとワシの勝手だろう」

 

「ねーねー、これってもしかしておまんじゅうって食べ物? 私はじめて見た!」

 

夫婦の間で視線がぶつかり合いバチバチと火花を散らす。そんなことは露知らず、幼い娘は生まれて初めて見る饅頭に目を輝かせていた。

そういえば、めぐみんはやけに食い意地が張っている。食事の機会とあらば是が非でも逃さない。もしかすると彼女の食い意地の源は――

カズマがふと隣を見ると、どうやら千翼も同じ考えに至ったらしくこちらを見ていた。そのまま二人は静かに頷くと自分の鞄を漁り始める。

 

「あのー、これ。すごーくつまらないものですが、よかったら家族の皆さんで……」

 

「俺からも……」

 

二人は鞄から今回の食料として持ってきたアルカンレティアの土産の数々をちゃぶ台の上に乗せ差し出す。山のように積まれたお土産の数々を見て、ひょいざぶろーの顔が満面の笑みに変わった。

 

「いやいや、本当に申し訳ない!」

 

「い、いえいえ。お気になさらずに。遠慮無く家族の皆さんで召し上がってください」

 

「本当に助かるわぁ。これなら一ヶ月は持ちそうね」

 

「ねーねー、おまんじゅう食べていい?」

 

その後、持ってきた饅頭を早速開け。気を良くしたひょいざぶろーは饅頭を片手にしながら、カズマと千翼を相手に他愛のない話を交わす。

 

「カズマ君、失礼だが収入はどれくらいかね? 冒険者というのは職業柄どうしても収入が不安定になるから、娘が三食キチンと食べているか心配でな」

 

「それなら心配しないで下さい。今は食べるには困っていませんし、近いうちに知り合いとの取引でまとまった金が入るんで万が一の時も安心です」

 

「ほう、どれ程かね?」

 

「三億エリスほど……」

 

『三億エリス!?』

 

「カズマ!」

 

千翼の声にカズマはうっかり口を滑らせた事に気が付いて慌てて自分の口を手で塞ぐが、時既に遅し。

 

『三億……三億……』

 

ひょいざぶろーとゆいゆいは目を見開き、互いに見つめ合ったまま同じ言葉を繰り返していた。

カズマが隣を見ると、千翼は片手で顔を覆い。後ろを見ると三人娘が呆れた表情でカズマを見ていた。

 

「母さん、今日はカズマさんに家に泊まってもらおうじゃないか!」

 

「ええ、そうね。お客さん用の布団はどこにしまったかしら」

 

なし崩し的にカズマ達の今日の宿が決まった。

 

 

◆◆◆

 

 

「お風呂、上がりました」

 

「はいはい、次は私ね」

 

風呂から上がった千翼が居間に姿を現すと、入れ替わりでアクアが足早に風呂場へと向かった。溶原性細胞のことを知ってから、千翼が風呂に入った後はアクアが入って風呂の湯を浄化することになっている。

 

「あ、チヒロさんちょうど良いところに。ダクネスさんがこんな所で寝てしまって、寝室まで運ぶのを手伝ってくれませんか?」

 

困り顔のゆいゆいの足下には、ダクネスが居間の畳の上で爆睡していた。普段からは想像も付かないような無防備且つだらしない姿に、千翼の顔が引き攣る。

 

「え、ええ。わかりました」

 

両家の令嬢として礼儀作法はキチンとしているダクネスが何故こんなところで寝ているのだろう。不思議に思いつつもゆいゆいと協力してダクネスを布団が敷いてある部屋まで運び、寝かせた。

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

「いえいえ。ところでカズマは? 先に風呂から上がった……」

 

「スリープ」

 

ゆいゆいの指先から靄のような物が現れ、それは千翼の顔を覆った。瞬きするよりも早く千翼の意識は深い眠りに落ちた。

 

 

◆◆◆

 

 

翌朝、千翼は布団の上で目覚めた。

上体をゆっくりと起こし、両腕を上げて思い切り伸びをする。寝ぼけ眼で隣を見るとダクネスとアクアが布団で寝ていた。

 

「……昨日、なにかあったっけ?」

 

上手く回らない頭で昨晩の事を思い出そうとするが、眠る直前のことがどうしても思い出せない。ダクネスが居間で寝てしまっていたので、ゆいゆいと共に寝室まで運んだことは覚えている。だが、そこから先の記憶がぷっつりと途絶えているのだ。

何かをゆいゆいに聞こうとしたような気がするが、その内容が思い出せない。腕を組み、首を捻ってみるがやはり思い出せない。しばらく考えたところで、別に思い出せなくても問題は無いだろう。と納得することにした。

直にダクネスが目を覚まし、いつまで経っても起きる気配の無いアクアを二人で起こしたところで、カズマとめぐみんが寝室にやってきた。朝食が出来ているので、みんなで食べようということで五人は居間へと向かう。

居間のちゃぶ台の上には四人分の茶碗と箸が置かれており、それが本日の朝食だった。朝食、といってもその内容は僅かばかりの米が入った茶碗に並々と水を注いだもの。もはやお粥どころか食事とすら言えない物であった

 

「懐かしいですね。家にいた頃はこれが朝の定番でした」

 

「めぐみん、アクセルに帰ったら美味いものたくさん食べような」

 

実家で暮らしていた頃を思い出し懐かしむめぐみんを見て、カズマはどこまでも優しい声と眼差しでそう言った。

五人は「いただきます」と食事前の挨拶をして朝食を食べ始める。

が、何の変哲も無い朝の風景のはずなのに、妙な雰囲気が漂っていた。正確にはカズマとめぐみん、この二人の間に形容しがたい奇妙な空気が流れている。先程からチラチラとお互いを横目で見ては、もじもじと落ち着かない様子なのだ。

千翼とダクネスの二人はそれに気が付いてはいるが、別に言葉にするほどでも無いだろうと見て見ぬふりを決め込む。

 

「……ねぇ、二人ともどうかしたの? なんか何時もと違う感じだけど」

 

水の女神を除いて。

 

『べ、別に!』

 

カズマとめぐみんは二人揃って慌てて否定した。

 

「と、ともかくあれだ。魔王軍と戦うつもりで来たけど、別に必要無かったな。そりゃこんだけ魔法のエキスパートがいれば、そもそも心配なんていらないか」

 

あからさまに話題を逸らすカズマに、胡乱げな視線をアクアは向ける。それ以上追求される前に、今度はめぐみんは口を開いた。

 

「どうします。今日で帰りますか?」

 

「いや、せっかく来たんだから観光でもして明日帰ろう。めぐみんの故郷がどんなものか見てみたいしな。案内頼めるか?」

 

「任せてください。紅魔の里の一押しスポットを紹介しますよ!」

 

自分の故郷を仲間に案内することとなり、めぐみんは張り切った様子で元気よく応える。朝食を食べ終えたカズマ達は、家を出るとめぐみんの案内で紅魔の里の観光を始めた。

 

「それで、最初はどこに行くんだ?」

 

「まずは……って、ゆんゆんじゃないですか。こんな朝早くから何をしているんですか?」

 

「あ、皆さん、おはようございます」

 

カズマ達は最初の観光スポットに向かう道中で、ゆんゆんと出くわした。

話を聞くと族長である父親から用事を頼まれたので、今からそれを済ませに向かうらしい。

今度は逆にゆんゆんが、めぐみん達は今からどこへ向かうのか? と尋ねると、どこか自慢げにめぐみんは胸を張って答える。

 

「私は今からカズマ達に紅魔の里の観光スポットを案内するところです。こんな機会は滅多にありませんからね」

 

「……そっか、頑張ってね」

 

どこか寂しそうな、羨ましそうな顔をしながら、ゆんゆんはそう言った。

その様子を見ためぐみんは面倒臭そうに溜息を吐くと、ゆんゆんに近付く。

 

「ゆんゆん、その用事って昼までには終わりますか?」

 

「え? ま、まぁちょっとした事だからすぐに終わるけど」

 

「だったら……」

 

めぐみんはいきなりゆんゆんの肩を掴んで引き寄せると、カズマ達に背を向け、お互いの顔を近づけて内緒話を始める。

目の前で堂々と内緒話を始めた二人を見て、カズマ達は首を傾げるしかなかった。

 

「うん、わかった! それじゃあね!」

 

「頼みますよ」

 

内緒話が終わると、先程とは打って変わってゆんゆんは明るい表情を浮かべていた。

カズマ達に手を振りながら別れると、鼻唄を歌い、スキップをしながら用事を済ませに向かう。

 

「なぁ、さっき二人で何を話してたんだ?」

 

「大したことではありません。さて、改めて観光に行きましょう」

 

 

◆◆◆

 

 

「これが、この里に祀られている御神体です! なんでも、ご先祖様がとある旅人を助けた際にお礼として貰った物だそうで。その旅人曰く『これは命よりも大切な御神体なんだ』と言ったそうな。そして奉るならこういう建物にしてくれ、と言って建てられたのがこの施設です」

 

「……」

 

「……」

 

「あ、これ知ってる。たしか限定版なのよね」

 

「珍しい形の御神体だな」

 

一番最初にめぐみんに案内されたのはファンタジーなこの世界には余りにも場違いな施設――神社であった。

そして祀られている御神体というのは、間違いなく転生者であろう日本人が持っていたスク水を着た猫耳美少女のフィギュアである。

まさか異世界に来てまで神社を訪れ、しかも祀られている御神体が美少女フィギュアという、何一つとして合っていない組み合わせにカズマと千翼は押し黙るしかなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

次にやって来たのは、岩に突き刺さった剣がある小高い丘だった。

ゲームなどではよくある光景を実際に目の当たりにして、カズマは感嘆の声を上げる。

 

「おおー! なんか如何にもって感じだな!」

 

「これは、選ばれし者だけが引き抜ける聖剣です。抜くことが出来た者には世界を統べる力を授けてくれるとか」

 

聖剣、選ばれし者、世界を統べる力。男心をくすぐるワードの連続にカズマの背筋に心地よい刺激が走る。彼の心の中に住む中学二年生が歓喜の声を上げていた。

しかし、岩に刺さった剣を見た千翼は訝しげな顔になり、近付いてまじまじと剣を観察する。

 

「ねぇ、めぐみん。この剣っていつからここにあるの? 気のせいかやけに新しく感じるんだけど……」

 

「四年前からですよ。この剣は鍛冶屋のおじさんが観光名所にするために作った物です。引き抜きの挑戦者が丁度一万人目で抜ける魔法がかけられているので、まだ時間を置いたほうがいいですね。あ、それから挑戦するなら鍛冶屋のおじさんに挑戦料を払わないとダメですよ」

 

「おい、俺がさっきまで感じていた歴史的な重みとか、ありがたみを返してくれよ」

 

鍛冶屋が作った設置されてから僅か四年というなんとも歴史の浅い剣に、カズマの心は一気に冷え切った。

 

「ねぇ、私の解呪魔法で抜けそうなんだけど、これ持ち帰ってもいい?」

 

「や、やめてください! 里の大切な観光資源なんです!」

 

手をわきわきと動かしながら、今にも剣に触ろうとしているアクアをめぐみんが必死に阻止している横で、ダクネスは何故か拳を鳴らしていた。

 

「面白そうだな……ちょっと試してもいいか? 私の力と剣にかけられた魔法、どっちが強いか勝負してみたい」

 

「すみません、ダクネスがやると魔法とか関係なしに岩ごと抜けちゃいそうなんで、本当にやめてください」

 

 

◆◆◆

 

 

次にやって来たのは、めぐみん曰く『とっておきの場所』

それは崖の上に建てられた学校だった。

凝った作りの鉄細工の校門の前では、大きなバッグを持ったゆんゆんが待っており、カズマ達の姿を見ると頭を下げる。

 

「みなさん、こんにちは!」

 

「カズマ達はちょっとここで待っててください。ほら、行きますよ」

 

辿り着くや、めぐみんはゆんゆんを問答無用で引っ張って学校の中へと入っていった。

まだ何か言おうとしているゆんゆんが校舎の扉の向こうへ消えてから数分後、入っても良いというめぐみんの声が学校の中から聞こえ、カズマ達は校舎の中へと向かう。

 

「ようこそ、紅魔の里が誇る魔法学校、その名もレッドプリズン! ここで多くの紅魔族の少年少女達が日夜勉学に励んでいるんですよ!」

 

「よ、ようこそ……。制服姿を見せるの、なんか恥ずかしい……」

 

中に入ると、お揃いの制服を着ためぐみんとゆんゆんが待っており、マントを翻しながらめぐみんが学校の名を自慢げに口にする。

なぜ『スクール(学校)』ではなく『プリズン(刑務所)』なのだろうか。カズマはその点を突っ込みたかったが『紅魔族だから』ということで納得することにした。

 

「あ、今朝ゆんゆんとしてた内緒話ってもしかして……」

 

「その通り! 由緒ある学校を案内するなら、キチンと正装に着替えないといけませんからね。ゆんゆんに頼んで制服を持ってきてもらったのですよ」

 

今朝方、めぐみんとゆんゆんの二人がしていた内緒話の内容を察したカズマ。それを称えるように、めぐみんは右手で指を鳴らしてそのままカズマを指差した。

 

「今日は学校が休みなので、自由に見学が出来ますよ。まずは私とゆんゆんが居たクラスに……」

 

「めぐみん、それにゆんゆんも。久しぶりだね」

 

めぐみんが自分たちの在籍していた教室へ案内しようとしたところで、二人の名を呼ぶ声が響く。一体誰だ、と。カズマ達がキョロキョロと辺りを見回していると、学校の出入り口の扉が勢いよく開かれた。

逆光で姿がはっきりと見えないが、出入り口にはそれぞれポーズを取った三つの人影が。

 

「我が名はあるえ。紅魔族随一の発育にしてやがて作家を目指す者!」

 

「我が名はふにふら。紅魔族随一の弟思いにして、ブラコンと呼ばれし者!」

 

「我が名はどどんこ。紅魔族随一の……随一の……なんだっけ……」

 

最後の一人がなんとも締まらない名乗りを上げるが、構うこと無く三人はカズマ達の元へやって来た。

 

「めぐみん、それにゆんゆんも。無事に帰ってきたようだね」

 

「久しぶりですねあるえ、それにふにふらとどどんこも」

 

あるえと呼ばれた、左目に眼帯をした少女は片手を上げると、めぐみんは自分の手でそれを叩き再会のハイタッチをする。

隣に立つふにふら、どどんこの二人とも同じようにハイタッチをし、校舎内に乾いた小気味の良い音が三回鳴った。

 

「ところで……」

 

ちら、と。ふにふらは視線をカズマ達の方へと向ける。

 

「そこに居る人たちが、手紙に書いてあったゆんゆんの?」

 

「はい! 紹介しますね! 私のお友達のカズマさん、チヒロさん、アクアさん、ダクネスさんです!」

 

「……ちょっと待ってほしい」

 

ゆんゆんが嬉しそうにカズマ達を紹介した途端、あるえはいきなり待ったをかけた。そしてふにふら、どどんこと共に後ろを向いて顔を寄せ合う。

 

「ゆんゆんに友達? しかも四人も?」

 

「ないない、絶対に無いって」

 

「きっとあれだよ、レンタル友達みたいなサービスに決まってるって。それを四人も雇うなんて……」

 

「ちょっと三人とも! 聞こえてるからね!」

 

カズマ達を友人役として雇われた業者だと思っているあるえ達。自分の交友関係を疑うような会話を交わす三人に対して、ゆんゆんは抗議の声を上げた。

 

「しかし、ゆんゆん。君がどれだけぼっちなのかは里でも有名だぞ?」

 

「学生時代は登下校もお昼休みもいっつも一人だったし……」

 

「一人で二人用のボードゲームとか、一人四役でババ抜きとかやってたし……」

 

「そ、それは昔の話! 今は関係ないでしょ! カズマさん達は本当に私のお友達なの!!」

 

まさかこんな所で自分の絶対に明かされたくない過去を暴露され、ゆんゆんは顔を真っ赤にし、涙目になりながら先程よりも大声で抗議する。

しかし、ムキになって否定する姿が余計にあるえ達の疑念を深めてしまい。会話は堂々巡りとなる。

このままでは話がどんどん拗れるだろう。そう判断したカズマは一歩前に進み出るとあるえ達に挨拶をした。

 

「はじめまして、ゆんゆんの友達で冒険者仲間の佐藤和真です。ちなみに言うと、俺達は業者じゃありませんよ?」

 

「千翼です。よろしくお願いします」

 

「私は水の女神アクア、癒やしと清浄を司るアークプリーストよ!」

 

「ダクネスだ。よろしく頼む」

 

堂々と名乗った四人を見て、あるえ達は目をぱちくりとさせた。

 

「え……もしかして本当にゆんゆんの?」

 

「正真正銘、ゆんゆんの友達です」

 

少しだけ胸を張って、カズマは自信満々に答えた。あるえ達は再び後ろを向いて顔を寄せ合う。

 

「まさかゆんゆんに友達が四人も……」

 

「てか、その内二人は男じゃん……」

 

「え、もしかしてゆんゆんに先を越された……?」

 

「ぼっちのゆんゆんに……!?」

 

「だから聞こえてるって言ってるでしょ!!」

 

 

◆◆◆

 

 

その後、紅魔族五人による案内で学校見学を終えたカズマ達は、あるえ達三人と別れて次なる観光スポットへ向かう。

学校見学の感想を話し合っていると、道中で写真とカメラの絵が描かれた看板を掲げている店の前で、一人の男が箒を手に掃除をしていた。めぐみん達に気が付くと、掃除の手を止め片手を上げて挨拶する。

 

「やぁ、めぐみんちゃん、ゆんゆんちゃん。こんにちは。おや、その人たちはもしかして外からのお客さんかな?」

 

「はい、私の仲間で、里を案内しているところです」

 

「おお、それならば!」

 

聞くや否や、男は持っていた箒を巧みに振り回すと最後にポーズを決め、紅魔族おなじみの名乗りを上げる。

 

「我が名はげれげれ、紅魔族随一の写真屋!」

 

その姿勢のまま数秒が経過すると、満足そうな笑みを浮かべながらゆっくりとポーズを崩した。

 

「こんにちは、げれげれさん。この人たちは私の……私のお友達でもあるんです!」

 

「と、友達……?」

 

写真屋の手から箒が離れ、乾いた音を立てて地面に転がった。そしてゆんゆんの両肩を掴むと、凄まじい顔付きで詰め寄る。

 

「ゆ、ゆんゆんちゃん! いま友達って言ったよね!?」

 

「ひあっ!? は、はい、確かに私のお友達と……」

 

「それってあれだよね!? 一緒にご飯食べたり遊びに行ったりするような人たちのことだよね!? 最近若者の間で流行っているよくわかんない物だったり、いかがわしい物や行為の隠語とかじゃないよね!?」

 

「は、はい。そうです。一緒にご飯を食べたり遊びに行ったりする人たちです……」

 

それを聞いた途端、げれげれの両目から滝のように涙が溢れ出した。

 

「あのいつも独りぼっちだったゆんゆんちゃんに友達が……しかもこんなに沢山……」

 

とうとう堪えきれなくなったのか、げれげれは両手で顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。それでも流れる涙を堰き止めることは出来ず、指の隙間から透明な雫が次々と零れ落ちる。

やがて、思い切り泣いてスッキリしたのか、両手を顔から離す。そこには打って変わって強い決意を秘めた顔があった。

 

「この歴史的な瞬間を是非とも写真に収めねば! ちょっと待ってて、直ぐにカメラを用意するよ! ああ、もちろんお代なんていらないからね!!」

 

当の本人の返事を待たず、げれげれは店に飛び込むと十秒もしないうちに再び姿を現した。その手には黒いカメラが握られている。こうして、唐突に撮影会が始まった。

 

「ゆんゆんちゃん、めぐみんちゃん。もう一歩だけ中央に寄って。男の子二人、あと半歩だけ下がって。騎士のお姉さん、気持ち顎を引いてみようか。青い髪の女の子、変なポーズ取らないでいいから普通にしてて。そのまま、動かないで……ハイ、チーズ!」

 

パシャッ、と小気味の良いシャッター音が切られ、げれげれは満足げな笑みを浮かべながらカメラを撫でた。

 

「うんうん、良い写真が撮れた。ちょっと待っててね、すぐに現像してくるから!」

 

言うや否や、カメラを抱えて再度店の中へ駆け込む。勢いに飲まれて呆然とするカズマ達は、止むなく現像が完了するまで待つことにした。そして数十分後。

 

「はい、出来上がったよ! いやぁ、まさかこんな歴史的な瞬間に立ち会えた上に写真まで撮れるなんて。あ、焼き増しがもっと欲しかったら遠慮無く言ってね。百枚でも二百枚でもあげるから!」

 

現像の終わった写真を持ってきたげれげれは、それを一枚ずつカズマ達に手渡す。

出来たての写真を見てみると、そこには店の前で微笑みを浮かべるカズマ達の姿が写っていた。

 

「まぁ、これも旅の記念ということで」

 

思わぬ所で記念の一枚を撮影してもらえたカズマは、それを大切に懐にしまった。

 

 

◆◆◆

 

 

カズマ達は里の商店街にやってきた。

既に昼を回っているので喫茶店で昼食を取り、その後は腹ごなしも兼ねてのんびりと軒を連ねる店を見て回ることにする。

魔法使いの村らしく見たこともないマジックアイテムを売っている店や、この里でしか採れない野菜を売っている八百屋など、アクセルとは趣の違う店の数々をカズマ達は楽しんでいた。

その内の一軒の前でダクネスが足を止める。彼女が立ち止まったのは鍛冶屋だった。

 

「ほぉ、これは中々……」

 

「お? お嬢ちゃんその鎧の良さが分かるのかい?」

 

「ああ、私はクルセイダーだからな。鎧に関する目利きにはちょっと自信があるぞ」

 

店主の質問に、ダクネスはどこか得意げに答える。店内に並べられた金物の数々、その中でもダクネスは鎧に興味を惹かれていた。

手に取っては表面を撫でたり、軽く叩いて音を確かめたりと鎧を取っ替え引っ替えしては品質や具合を確かめる。

 

「すまない、ここで鎧を見たいのだが構わないか? なんなら長くなりそうだから、私のことは気にせず観光を続けてくれ」

 

「そうするよ。ダクネスも俺達のことは気にしなくていいからな」

 

カズマ達とダクネスはここで別れ、夕方にはめぐみんの家で合流することとなった。

その後、五人は通りに面した店を眺めながら歩いていると、めぐみんがある店の前で立ち止まった。その店はシャツの絵が描かれた看板を軒先に吊している。

 

「すみません。ちょっと服を見たいので店に寄ってもいいですか?」

 

「いいけど、何か買うの?」

 

「別に構わないぞ。というか、俺も紅魔族の服屋を見てみたいな」

 

「俺も」

 

「私もー!」

 

四人が賛成の声を上げ、めぐみんが店の扉を開けると、ドアベルが涼やかな音を立てる。来客を知らせる音に気が付いた店主がカウンターから出てきて出迎えた。

 

「こんにちは」

 

「やぁ、いらっしゃいめぐみん、それにゆんゆん。あれ、後ろの人は外から来た人かい?」

 

めぐみんが頷くと、服屋の店主は紅い目を怪しく輝かせる。そして羽織っていたマントを翻すとポーズを取りながら高らかに名乗りを上げた。

 

「我が名はちぇけら。紅魔族随一の服屋!」

 

「へぇ、随一って凄いじゃないですか。さっきの写真屋といい、もしかしてめぐみんってそういう店に顔が利くのか?」

 

「いやいや、紅魔の里に服屋はここ一軒しか無いからね。ついでに言うと靴屋とかパン屋とか、それこそ写真屋も里にあるお店は全部一軒ずつしか無いよ」

 

「あ、ああ。そういうことね……」

 

てっきりめぐみんは一流店の常連かと思ったが『随一』の理由を聞いたカズマは呆れながら納得した。

 

「それで、今日はどんな御用で?」

 

「今着ているローブの予備が欲しくて。これと同じ物はありますか?」

 

「はいはい、それなら同じ物が丁度染色が終わったところだよ。ついてきて」

 

ちぇけらに案内されてカズマ達は店の裏にやってきた。そこには物干し竿にかけられた何枚ものローブが快晴の空の下、風で静かに揺れている。

 

「さぁ、どれでも好きな物をどうぞ」

 

「うーん、これは中々……いや、でもこっちの方が色合いが……」

 

どれも同じだろ。という台詞を飲み込んだカズマは、めぐみんが購入するローブを選んでいる間、紅魔の里の風景を眺める。

白い雲がまばらに浮かぶ空、遠くを見れば雄大な山脈。近くを見れば川のせせらぎを背景に汗水を流して働く人々、楽しげな笑い声を上げる子供達。絵に描いたような長閑な田舎の景色にカズマの顔が思わず綻ぶ。

こんな静かで穏やかな時間は何時ぶりだろうか。事あるごとに自分たちは騒動に巻き込まれ、その度に事態解決のために東奔西走するはめになっている。

この穏やかさがずっと続けば良いのに。暖かい日差しを浴びながら、眠気混じりの頭でカズマはそんなことをボンヤリと考えていた。

 

「ねぇ、カズマ……」

 

「ん?」

 

「あれって……」

 

隣に立つ千翼が何かを指差す。カズマは指された方向に視線を動かすと、ある物が視界に入り首の動きが固まった。眠りの淵に立っていた意識が一瞬で覚醒し、目をこすって見間違いで無いか確かめる。

 

「おいおい、これって……」

 

近付いて上下左右、ありとあらゆる角度から「ソレ」を観察する。

細長い筒にその下には折り畳まれた二脚、その後ろの方には握りやすそうな形のグリップに引き金。右側面に取り付けられたボルト、本来であれば肩を当てるためのストックの部分は何故かラッパのようになっている。それは剣と魔法のファンタジーなこの世界には余りにも似つかわしくない――

 

「ライフルじゃん……」

 

「らいふる? それは家に先祖代々伝わる物干し竿さ。錆びないし、軽くて丈夫だから重宝してるよ」

 

何故、この世界にこんな物が? 魔法が発達したこの世界では基本的に飛び道具と言えば弓矢である。火薬を使った武器と言えば大砲であり、銃の祖先とも言える火縄銃やフリントロック式のピストルはこの世界では見たことも聞いたことも無い。

では、なぜオーバーテクノロジーも甚だしいライフルがこんな所にあるのか? 考えられる原因は一つしかなかった。

カズマはめぐみんとゆんゆん、ちぇけらに聞こえないようにアクアを少し離れた場所に引っ張ってから顔を近づけると、ドスの効いた低い声で唸るように喋る。

 

「おい、アクア。あれどう見ても転生者が造ったやつだよな? あれが碌でもない奴の手に渡ったらどうするつもりだ?」

 

「し、知らないわよそんなこと。私の仕事は若くして死んだ人間にチート能力を与えて送り出すだけなんだから。そういうのは他の神の仕事なの」

 

カズマは更に問い詰めようとしたが、千翼の仲裁もあってそれ以上の追求は止めることにした。

その後、悩みに悩んだめぐみんが予備の一着を選び、それを購入して五人は店を後にした。

 

 

◆◆◆

 

 

「ここは、謎の施設です」

 

「なんだよ、謎の施設って」

 

「そのまんまですよ。誰が、いつ、何の目的が作ったのか分からない。文字通り謎の施設です」

 

「この施設、本当になんの為に建てられたんだろうね?」

 

めぐみんに案内されて次にやってきたのは謎の施設。彼女が言うにはかなり昔からあったそうだが、一体何のための施設なのか未だに分からないらしい。

 

「ねぇカズマ、これって……」

 

「まぁ、間違いなく同郷の人間だよなぁ」

 

カズマと千翼はそう言って謎の施設――鉄とコンクリートで出来た外壁に、その壁を這うように巡らされた何本ものパイプ。見上げれば屋根に煙突やレーダー、電波の存在しないこの世界で何を送受信するつもりのなのか理解に苦しむ各種アンテナ。

この世界ではオーバーテクノロジーの塊である工場のような施設を見て、二人は誰が作ったのか即座に察した。

 

「噂では、この施設には『魔術師殺し』と呼ばれる禁断の兵器が眠っているそうです。それを悪用されないよう封印のためにこの施設が建てられたのではないか。と言われてますね」

 

「そう言えば小さい頃、めぐみんが中に入ろうとしてこっぴどく叱られたっけ」

 

「ゆんゆんも私が誘ったらホイホイ付いてきて一緒に叱られたと記憶してますが」

 

「そ、それは言わないでよ!」

 

「ねぇ、めぐみん。紅魔の里に他にこんな感じの場所ってあるの?」

 

「ああ、それでしたら――」

 

「ほんっと紅魔族ってそういうの好きだよな……」

 

姦しくお喋りする三人を見ながら、カズマは呆れと感心の入り交じった息を吐いた。

 

 

◆◆◆

 

 

「なーんか変な物ばっかりだったな……」

 

「変な物とは失礼ですね。どれもこれも一押しの観光スポットですよ」

 

日も暮れて世界が茜色に染まる中、カズマは今日一日の感想を口にする。

ゆんゆんは父親が心配するだろうからと家に帰り、頃合いと判断したカズマ達も現在帰宅中である。

今日一日めぐみんの案内で里を回ってみたものの、どれもこれも珍妙な物ばかりで何故か妙に疲れてしまった。

明日になったらテレポートで直接アクセルまで送ってもらい、また冒険の日々が始まる。バニルとのビジネスに今後の自分たちの戦力強化、魔王討伐に向けてやらなければならないことが山積みである。

まるで月曜日に怯える社会人だな、と自嘲気味に笑っているとカズマは突然足を止めた。視線は一方向を向いたまま固定され動かない。

 

「石碑……?」

 

「それは紅魔の里が出来た時からここにある石碑です。今まで何人もこの石碑に刻まれた古代文字の解読に挑戦しましたが、未だに一文字も解読は進んでいません。噂によればこの石碑には世界の隠された真実か、余りの危険性故に禁じられた魔法の使い方が記されているとか……」

 

カズマの視線の先には人の背丈を優に越えるほどの大きな石碑があった。石肌の表面には上から下まで、めぐみん曰く古代文字で文章が刻まれている。

何故か妙に見覚えのある字面に違和感を憶え、カズマと千翼は石碑に近付く。そして、石碑に刻まれた文字が読める程に近付いたところで、二人は揃って驚いた。

 

「いや……これって……」

 

「日本語だ……」

 

石に刻まれていたのは漢字、ひらがな、カタカナの三種類の文字で綴られた文章。カズマと千翼の生まれた国である日本で使われている文字であった。

 

「ニホンゴ? もしかしてカズマとチヒロはこの文章が読めるのですか!?」

 

「読めるも何も、これは俺達の国の文字だよ」

 

「久しぶりに見たけど、なんだか不思議な感じだね」

 

「だったら早く読んでください! 私たちは今、歴史的な瞬間に立ち会っています!!」

 

「はいはい、そう急かすなよ」

 

カズマは咳払いをすると、石碑に刻まれている文字を読み上げ始めた。

 

 

 

『この世界の人間はどうせ日本語なんか読めないだろうし、腹が立ったので愚痴代わりにここに残します。』

 

『今日、俺の部屋に王がやってきた。魔王を倒せる兵器を造れだってよ、無茶言うなっつーの。今までどんだけチート能力使って色々造ったと思ってんだ。もう、アイディアなんか浮かばねぇよ。「争いは何も生まない。憎しみの連鎖を生むだけだ」とそれっぽいこと言って誤魔化そうとしたら助手の女に殴られた。マジで痛かった。でも、気持ち良かったです。』

 

『仕方ないので色々と考えてみる。ダメだ、何も思い浮かばん。が、ここで俺に天啓が降りてきた。強い兵器を造るんじゃ無くて、元からある物をめっちゃ強くすればいいんじゃね? それなら一から造るよりずっと楽じゃん! なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。』

 

『試行錯誤してみたが、最終的な結論としては魔王を相手にするなら兵器を改造するより人間を改造した方がいいと言うことだ。しかし、適当に被検体を選んで改造なんてそんな悪の秘密結社みたいな真似はさすがにしたくないので、志願制にすることにした。これなら向こうが同意したから俺の責任じゃないからね。』

 

『マジかよ……募集かけたらめっちゃ応募きたわ……。改造されたら記憶が無くなるってハッキリと書いておいたのに、ここの連中はどれだけ改造人間になりたいんだよ……。』

 

『めんどくせー!! いざ改造手術をしようとしたら「目を紅く光るようにしてくれ」だの「一人一人に入れ墨で個体番号を彫ってくれ」だの「スキルや魔法を使う際に身体に光る回路が浮かび上がるようにしてくれ」だの注文が多すぎんだよ!! それを拒否しようとしたらあいつら帰ろうとするから、渋々応えることにした。でも、そういう厨二要素は嫌いじゃあない。』

 

『というわけで改造人間が出来ました! 試しに戦わせてみたらこれがまぁ強い。ただ、俺のことを「マスター」とか呼んだり「我々に名前を付けてください」とか言ってくる。めんどくさいので目が紅くて魔法が強いから適当に『紅魔族』とか名付けたらすげー喜んでた。あ、そういうノリでいいんだ』

 

『以前造った対魔法用の試作兵器『魔術師殺し』を見た紅魔族の連中が「これは我々の天敵だ」「この世にあってはならない存在」とか騒いでる。更に「こいつが暴走したときに備えて、対抗手段となる抑止力が欲しい」と言いだした。なんでそんな物まで造らなきゃいけねーんだよ。でも『抑止力』という言葉、嫌いじゃあない。どうやら俺の心の中学二年生は未だに現役のようだ』

 

『やっべー、魔術師殺しの抑止力として造った兵器がとんでもねー威力だわ。さすがにやり過ぎたかな? と焦っていたら「これがあれば安心だ」とか「これぞ世界の均衡を保つ、相反する二つの力」とか紅魔族の連中には妙に好評だった。名前を付けようかと思ったけど、良い名前が浮かばなかったので『レールガン(仮)』とでも名付けておきます。動力は魔法だし発射するのも凝縮した魔法弾だし、電磁誘導とか導電性みたいな科学的要素は欠片も入ってないけど、やっぱレールガンって響きはカッコいいよね!』

 

『この結果に気を良くした王が「次は対魔王軍用の兵器を造れ」と無茶ぶりしてきた。ざっけんな! どんだけ疲れたと思ってんだ。「これ以上は新たな火種を生むだけだ。過ぎた力は身を滅ぼす」と適当にカッコいい台詞を言ったら助手の女にビンタされた。凄い痛かったけど、それ以上に凄い気持ちよかったです。おしまい。』

 

 

 

「……」「……」

 

石碑の文章を読み終えたカズマと千翼は、揃って顔を引き攣らせていた。

――なんだ、このふざけた文章は。というか、この文体どこかで聞いたことあるぞ。

余りにも酷すぎる内容にカズマは途中で音読を止めて黙読になっていたが、日本語を読めないめぐみんがカズマの服の袖を引っ張って続きを急かす。

 

「カズマ、どうしたのですか? 早く続きを読んでください」

 

「え? あ、ああ。えーとな、要するにこの石碑には、みんなで力を合わせて紅魔の里を立派にしていきましょう。って書いてあるな」

 

『紅魔族の始祖は転生者の手よって造られた改造人間である』なんて口が裂けても言えなかった。そんな事が知れ渡ろう物なら紅魔族のアイデンティティーは間違いなく崩壊するだろう。下手をすれば人の手によって生み出された忌むべき種族として、謂われ無き迫害や差別を受けかねない。

カズマはめぐみんが日本語を読めないことをいいことに、咄嗟に当たり障りの無い適当な嘘をついた。

 

「何ですか、それ……。てっきりこの世界の隠された真実とか、禁じられた魔法の使い方とかが書いてあるかと思ったのに……」

 

期待していたようなことは書かれていないと知っためぐみんは、盛大に溜息を吐いてがっくりと肩を落とした。

 

「え、なに言ってるのよカズマ。この石碑には紅魔族の……」

 

「さーて、もう夕方だからめぐみんの家に戻ろう。ついでに晩ご飯の材料でも買って帰ろうか!」

 

「え、もしかしてお金を出してくれるんですか? だったら今晩はすき焼きにしましょう!」

 

「よーし、任せとけ! 今日はみんなですき焼きパーティーだ!」

 

今日の夕飯がすき焼きに決まり、めぐみんは大喜びでスキップをしながらカズマ達を置いて先を行く。充分に離れた事を確認してからカズマはアクアを睨んだ。

 

「いいか、この石碑に書かれていることは絶対に誰にも言うなよ? 元はといえばお前が碌に審査もせずに転生者をこっちにホイホイ送り込んだのが原因だからな」

 

「わ、わかったわよ。そんなに怖い顔しないでよ……」

 

凄まじい形相で脅されて、アクアはたじろぎながら首を縦に振った。そして、急ぎ足でその場を離れてめぐみんの後を追う。

その場に残された転生者である男二人は、互いの顔を見ると黙って頷いた。

――この事実は俺達の胸の中にしまっておこう。永遠に。




今回は戦闘が無い日常回となりました。
次回はいよいよシルビア戦です。
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