この悲運の主人公に救済を!   作:第22SAS連隊隊員

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お待たせしました。紅魔の里編の後編となります。


Episode17 「Q」UIRKY SENSE OF METHOD

市場で夕飯の材料を買い揃え、夕日を浴びながらカズマ達は家路に着いていた。各々の両手には袋が提げられており、中には食材がギッシリと詰められている。男二人は事もなげに、アクアはだるそうに、めぐみんは楽しげに鼻歌を歌いながら帰り道を歩く。

 

「お父さんとお母さん、こめっこもすき焼きなんて生まれて初めてです。カズマ、本当にありがとうございます!」

 

「いきなり大人数やって来たのに泊めてもらったからな。これくらいのお礼はさせてくれ」

 

言いながら、カズマは地平線に半分ほど沈んだ夕日を見た。空にはカラスが鳴き声を上げながら自分たちの上を通り過ぎてゆく。

どこか懐かしい感覚を覚えるこの景色も今日で見納め。明日にはアクセルに帰り、また忙しい日々が始まる。

生活費を稼ぐためのクエストに、魔王討伐に向けてのパーティーの強化。山積みの課題を思い浮かべ、カズマは小さく息を漏らすのであった。

自分の気持ちを少しでも慰めようともう一度夕焼けを見遣ると、突然、近くで大きな土煙が上がった。同時に爆発音が響いてくる。

 

「なんだ?」

 

「爆発……?」

 

「あそこは村の外との境界線ですね。たまに迷い込んだモンスターが入ってこようとするので、気が付いた人が対処するんですよ」

 

不安げな顔で見るカズマと不思議そうな顔で見る千翼、それに対してめぐみんは事もなげにそう語った。

しかし、カズマは妙な胸騒ぎを感じていた。あの爆発は本当にただのモンスター絡みか? いくら紅魔族達が圧倒的有利な状況とはいえ、今この里は魔王軍と戦争の真っ最中である。

 

「……ちょっと行ってみよう。なんか嫌な予感がする」

 

自分の予感に従い、カズマは急いで土煙が上がっている場所へ向かった。遅れて千翼達もその後を追いかける。

 

 

◆◆◆

 

 

「こ、こいつ。さっきから一体何なんだ!」

 

赤いドレスを身に纏った褐色肌の女が困惑の声を上げる。彼女の周りにいる魔王軍の兵士は、武器を握り直すと女を守るように陣形を組んだ。

 

「シルビア様、お下がりください!」

 

「ずっと攻撃を受けているのにまるで効いてねぇ。こいつ聖騎士(クルセイダー)に違いないぞ!」

 

村の境界線では、魔王軍が一人の聖騎士と対峙していた。

 

「ふははは! さぁどうした、私はまだ戦えるぞ!」

 

全身が土で汚れ、髪は振り乱れているいうのにその目は異様なまでに爛々と輝いていた。魔王軍と対峙する一人の聖騎士――ダクネスは実に嬉しそうな笑い声を上げる。

ここに来るまでに通過する平原で、凶悪なモンスターにいたぶられるという彼女にとっては御褒美であるイベントを期待していたが、特に何も起きずにあっさりと紅魔の里に辿り着いてしまった。

更に当の紅魔の里も魔王軍に対して圧倒的に優位な戦況であり。正直言って自分たちの出る幕など無いに等しい状況。

このまま何事も無く明日にはアクセルに帰ると思った矢先、魔王軍が里に侵入を試みている場面に偶然出くわした彼女は、喜び勇んで魔王軍の前に躍り出た。

そして今、ダクネスはこれまでの鬱憤を晴らすべく思う存分魔王軍の攻撃を一身に受けている。

 

「ダクネス、大丈夫か! 里の人たちを連れてきたぞ!」

 

「おお、カズマ! 見ての通り魔王軍が襲撃してきてな。いたぶ……食い止めていたところだ!」

 

そろそろ人を呼ぶべきか? と引き際を見極めていたダクネスの後ろから、カズマが紅魔族を大勢連れてきてやってきた。ダクネスは慌てて言い直すが、彼女との付き合いもそれなりに長いカズマ達は敢えてツッコまなかった。

何はどうあれ、こうして魔王軍の侵攻を食い止めてくれたのだ、結果オーライとしよう。カズマはそう自分に言い聞かせる。

 

「カズマ……? あんたまさか、ウチの幹部を三人も倒して、あの機動要塞デストロイヤーを破壊したっていうサトウカズマか!?」

 

赤いドレスの女は、自分たちの前に現れた少年の正体に驚き、そして慄く。連なるように兵士達も唾を飲み込んで、改めて得物を握り直した。

 

「……ああ、そうさ。俺の名は佐藤和真、いずれは魔王を打ち倒す者だ!」

 

臆することなく、カズマは堂々と名乗りを上げた。その勇ましい姿に、彼の後ろに居る紅魔族達が「おおー!」と感嘆の声を上げる。

 

「こりゃまたとんだ大物が現れたわね……名乗られたのなら、こちらも名乗るのが礼儀。私は魔王軍幹部が一将、強化モンスター開発局局長にして、グロウキメラのシルビア!」

 

赤いドレスの女――魔王軍幹部のシルビアはカズマに負けじと名乗り、周りの兵士達が盛り上げるように鬨の声を上げる。

 

「で、どうするんだ。このままやり合うのか?」

 

「悔しいけど、この状況じゃ私たちは手も足も出せずに全滅でしょうね。だから……」

 

「だから?」

 

「総員撤退! 全力で逃げるわよ!」

 

シルビアの撤退宣言に、魔王軍の兵士達は一斉に回れ右をして来た道を全力で走り出した。

このまま一戦交える覚悟だったカズマは、魔王軍の余りにも潔い撤退に反応できず、遠ざかってゆくシルビア達の後ろ姿を呆然と見送ることしか出来なかった。

 

「この野郎、また性懲りも無く!」

 

「今日という今日は逃がさねぇぞ!」

 

「とっ捕まえて魔法の実験台にしてやる!」

 

そして、逃げる魔王軍の背中目掛けて、紅魔族達が次々と魔法を放つ。

ある者は火だるまになりながら、ある者は体に氷塊を付けながら、ある者は感電しながらも、魔王軍の軍勢はその場からあっという間に逃げ(おお)せた。

 

「……うーん、やっぱり俺達いらなくね?」

 

 

◆◆◆

 

 

夜、めぐみんの家に帰ったカズマ達は宣言通りすき焼きパーティーを開いた。

生まれて初めて食べるすき焼きにめぐみんの一家は感動で咽び泣き「この御恩は一生忘れない」と、カズマは何とも返答に困る礼をされた。

そして全員が風呂に入り、昨日と同じくゆいゆいが千翼達にスリープの魔法をかけて無理矢理寝かせたあと。既に日付は変わり、里中の灯りが消えた真夜中の時間であった。

夜の静寂を引き裂く、けたたましいサイレンの音が紅魔の里に響き渡る。

 

「なんだ?」

 

「敵襲か!?」

 

「ふあーなになにー?」

 

布団で寝ていた千翼達は耳をつんざくようなサイレンの音に目を覚まし、次に流れるであろう放送を待つ。

 

『魔王軍侵入、魔王軍侵入。里の人間は捜索に当たってください。繰り返します。魔王軍侵入――』

 

魔王軍侵入の放送を聞いた千翼とダクネスは、素早く布団から飛び出す。

着替えてくる、と言ってダクネスは足早に部屋を出て行き、アクアはまだ半分寝ているらしくゆっくりと船を漕いでいた。

千翼は枕元に置いてある服に手早く着替えると、アマゾンズドライバーの入った自分のリュックを引っ掴む。そして姿の見当たらないカズマとめぐみんを探すべく部屋を出ると――

 

「るぉらあああぁぁぁ!!!」

 

隣の部屋の襖が勢いよく横滑りし、鬼のような形相のカズマが部屋から飛び出してきた。そのまま玄関へ向かうと外へ駆け出す。

 

 

◆◆◆

 

 

「……いないわね、どこにもいないわよね?」

 

民家の物陰から辺りに誰もいないことを確認したシルビアは、足音を立てないように抜き足差し足でゆっくりと姿を現す。

これ以上、自分を慕ってくれる部下達を犠牲にしたくない。そのため危険を承知でシルビアは単身で紅魔の里に侵入し、目的である『ある物』を確保することにした。

あれさえ手に入れば形成を逆転できる。そうすればこの里などあっという間に滅ぼせる。散っていった部下達の仇を取るために、何がなんでも『アレ』を手に入れなければ。

 

「おおおぉぉぉらあああぁぁぁ!!! どこにおんのじゃあああぁぁぁ!!!」

 

突如、直ぐそばの民家から一人の少年が飛び出してきた。血走った目で辺りを睨み付けると、こちらを驚いた様子で見ている褐色肌の女と目が合う。

 

「テメェか? テメェだな!? テメェの仕業だな!! あとちょっとってとこで邪魔しやがって!! ぜってぇ許さねぇぞ!! 健全な男子高校生のリビドーを邪魔しやがって!!」

 

「え……いや、何の話?」

 

民家から飛び出していきなり怒鳴り散らす少年――カズマの凄まじい剣幕に、シルビアは逃げることも忘れてただただ首を傾げるしかなかった。

理由は全く分からないが、凄まじく怒っている。一体何が理由でここまで激怒しているのだろうと疑問に思っていると、顔を赤らめ妙に内股のめぐみんがモジモジしながら後からやってくる。それを見たシルビアはカズマが激怒している理由を察したらしく、含みのある笑みを浮かべた。

 

「あらぁー、ごめんなさいね。もしかしてこれからおっぱじめるとこだったかしら?」

 

「ちち、違います!」

 

「ああ、そうだよ! これから二人でぐんずほぐれつしながら大人の階段を登るとこだったんだよ!!」

 

恥じらいで顔を赤らめながら否定するめぐみんに対して、怒りで顔を真っ赤にしたカズマは大声で肯定した。

 

「ちょっとスタイルが良いからって優しくしてもらえると思うなよ!! 俺は男だろうが女だろうが気に食わない奴にはドロップキックをかます真の男女平等主義者だ!! 覚悟しろ!!」

 

シルビアを指さし、そう宣言したカズマは腰から愛刀を引き抜く。余程の力が込められているのか、柄を握る手の甲には幾本もの血管が浮かんでいた。

 

「死に晒せえええぇぇぇ!!!」

 

愛刀のちゅんちゅん丸を振り回しながらカズマはシルビアに斬り掛かる。怒りと共に振り下ろされた白刃は、白い手袋を嵌めた二本の指にあっさりと白羽取りされた。

 

「あるぇー?」

 

「ねぇ、アンタ本当にあのサトウカズマなの? ウチの幹部を三人も倒して、デストロイヤー破壊の指揮も執ったって聞いてるんだけど。なーんかイメージと違うわね」

 

「う、うるせー! 俺は頭脳派だ! 世の中頭のいい奴が最後に勝つんだよ!」

 

余りにも呆気なく勝負がついてしまい、シルビアは目の前の少年が本当に噂に聞く人物なのかと首を傾げた。

そのとき、めぐみんの家から玄関の引き戸を開ける音と、複数の足音が聞こえてくる。

 

「あ、めぐみん。カズマ見なかった? さっき飛び出して行ったんだけど」

 

「んもー、一体何なのよ。気持ちよく寝てたのに……」

 

「魔王軍め、一体どこに……って、お前は!」

 

「おっと!」

 

準備を終えた千翼達三人が家から出てきた途端、シルビアはちゅんちゅん丸を叩き落とすと、素早くカズマの身体を抱き寄せて首に手を回した。

 

「あなたたち、動かないでちょうだい。ちょっとでも変な真似をしたらこの坊やの頭が前後ろ逆になっちゃうわよ」

 

「みんな! 俺には構うな……って言いたいところだけど、やっぱり助けてえええぇぇぇ!! また死にたくない!!」

 

反応が遅れてしまい、カズマを人質に取られた千翼達は悔しそうな表情を浮かべるしか無かった。魔王軍幹部であるシルビアなら、人間の首を反転させるなど容易いことだろう。

不意を突こうにもここからシルビアまでの距離は余りにも長すぎる。ここは大人しく動かないでおく他無かった。

 

「良い子ね、そのまま大人しくしてなさい。この坊やは人質としてもらっていくわ」

 

シルビアは背中から触手を伸ばすと、それをカズマに巻き付けてゆく。カズマの身体を反転させると、逃げられないようにしっかりと自分の身体に縛り付けた。褐色の豊満な双丘に涙を浮かべた少年の顔がぴったりと収まった。

これから自分はどうなってしまうのか。恐怖でカズマの呼吸が荒くなる。

 

「た、助けて……」

 

「大丈夫よ、大人しくしていれば危害は加えないから。それよりも……んんっ! そんなに息が荒いと色々と蒸れちゃうわ」

 

艶っぽい吐息を吐きながら、シルビアは両肘で自分の豊満な胸を強く挟んだ。それに伴って捕まっているカズマの顔が褐色の双丘に圧迫される。

 

「あはぁ~、今まで顔を埋めてきたどんなクッションよりも柔らか……って、違う違う!」

 

シルビアの豊満な胸に挟まれカズマは恍惚の表情を浮かべるが、すぐに頭を振って正気を取り戻した。

 

「うふふ、こんな状況でも欲望に抗おうとするなんて。中々見所があるじゃない」

 

「な、舐めんじゃねぇ! 俺だって冒険者の端くれだ、これでも真剣に魔王討伐を目指してんだよ!」

 

「んまぁ素敵! そこまで大見得切るなんて敵ながら尊敬するわ。同じ()として惚れちゃいそう!」

 

頬を赤らめ、シルビアは嬉しそうに身をくねらせる。そして聞き間違いなのか、今シルビアの放った言葉の中に明らかにおかしな単語が混ざっていた。

 

「……男?」

 

「そういえばまだ説明してなかったわね。私の種族はグロウキメラなのは知ってるでしょ?私は他の物を取り込んでその特徴や特性を自分の物に出来るの。この胸だって後から取り込んだものよ」

 

「え……じゃあつまり?」

 

「私の今の性別は男でもあり女でもあるの。元は男だけど、まぁ細かいことは気にしないで。それにしてもあなた見れば見るほど良い男ね。下半身がキュンキュンしちゃう!」

 

そう言って、シルビアは前後に激しく腰を振った。シルビアが腰を前後させるたびに、それに併せてカズマの腰が不自然に持ち上がる。まるでナニかに押し上げられているかのように。

カズマは顔中から滝のように汗を垂れ流し、異様に早口で捲し立てた。

 

「あのー、シルビアさん。つかぬ事をお伺いしますが。さっきから俺の体に何かが、具体的に言うと尻の辺りに棒状の()()かが当たっているんですがこれあれですよね。ちょっと変わったデザインのお洒落なベルトの金具とかですよね。そうですよね!?」

 

「ああ、それは――」

 

それに対してシルビアは怪しい笑みを浮かべた。

 

「私のエクスカリバーよ」

 

認めたくなかった、聞きたくなかった真相をシルビアから告げられた瞬間、カズマの意識は闇へと消えた。

 

 

◆◆◆

 

 

頬に固さと冷たさを感じ、底に沈んでいた意識がゆっくりと浮き上がってくる。

重い瞼をなんとかして持ち上げると、ぼやけた視界が広がった。時間と共に目の焦点が合っていき、カズマは自分が冷たい石畳の上に横たわっていること。視界の端でシルビアが背を向け扉のそばで何かをしていることを理解する。

ふらつく頭を押さえながら慎重に体を起こすと、気が付いたシルビアが振り返った。

 

「あら、目が覚めたようね」

 

「っ!? み、みんなは!?」

 

「大丈夫よ。あの後『手を出さなければこの子の命は保証する』って言ったら、みんな大人しくしてくれたわ。その隙に私は貴方と一緒にここに来たって訳」

 

「……ここ、どこだ?」

 

カズマは自分がいま居る部屋を見回す。壁や天井はこの世界には普及していないはずのコンクリート、天井には目が眩みそうな程の明かりを放つ電灯。

そして、シルビアが何かをしている扉の上には漢字で『保管庫』と書かれていた。

 

「紅魔族の連中が『謎施設』って読んでいる場所よ……うーん、やっぱり上手くいかないわね……」

 

カズマの疑問に答えつつ、シルビアは相変わらず扉の脇で何かをしていた。先程からカチカチと何かを押すような音が彼女の手元から聞こえる。

興味を惹かれたカズマはシルビアから距離を取りつつ、横に回り込んで何をしているのか覗き込む。彼女が手に持つ物を見て、少年の目が大きく開かれた。

 

「あれ……『それ』って……」

 

カズマは驚きながらシルビアが持つ『それ』を指差した。

 

「ああこれ? この扉を開けるための鍵なんだけど、そのためには鍵のあちこちに付いている出っ張りを特定の順番で押さないと開かないのよね。この中にある物がどうしても必要なんだけど……」

 

扉を開けるための鍵。それはカズマが生前暮らしていた日本でよく見かけた物――家庭用ゲーム機のコントローラーであった。

シルビアが手に持つコントローラーのボタンを何度か押すと、ブザー音と共にシルビアの目の前に設置されたモニターに『コマンドが違います』と日本語でメッセージが表示される。

 

「ああん、もう。また失敗した。この文字がヒントなのは間違いないけど、全く読めないのよね……」

 

疲れたような溜息を吐き、シルビアは再びコントローラーのボタンを押し始める。

カズマはモニターの上の部分に何か文字が書いてあることに気が付き、視線をシルビアの手元から上にずらした。そして書かれている文字を音読する。

 

「ゴナミコマンドを入力しろ……なんだ、簡単じゃ」

 

そこまで言ってカズマは慌てて自分の口を塞いだ。しかし、シルビアにはしっかりと聞こえたらしく怪しげな笑みを浮かべながらカズマの方を見ていた。

 

「へぇー、あんたこの文字が読めるんだ。しかもいま簡単って言ったわよね? 私の代わりにこの扉を開けてくれる?」

 

「だ、誰が魔王軍の手伝いなんかするかよ!」

 

武器は無いがせめてもの強がりとして両拳を構えるカズマ。その健気な姿にシルビアは思わず忍び笑いを漏らす。

 

「んもぅ、強情ねぇ。でもいい加減にした方がいいわよ。さもないと……」

 

「さ、さもないと……?」

 

シルビアはコントローラーから手を離すと、ゆっくりとカズマに歩み寄る。思わず後退るカズマであったが、すぐに背中が壁に付いて逃げられなくなった。

一体何をする気だ。と緊張するカズマの耳元にシルビアは口を近付け、色っぽい吐息と共に形の良い唇を動かす。

 

「後ろの卒業式が始まっちゃうわよ」

 

言い終えると、わざとらしく舌なめずりをした。

 

「上上下下左右左右BA!!」

 

固く閉じられていた扉が、重苦しい音を響かせながらゆっくりと左右に開いてゆく。扉の向こうは部屋の明かりが届かないほどの暗闇が広がっていた。

 

「サンキュー! 愛してるわ坊や!」

 

シルビアからの濃厚な投げキッスに、カズマは小さな悲鳴を上げながら自分の身体を抱き締めて震え上がった。

ついに開いた扉の先を覗き込み、シルビアは一歩、また一歩とゆっくり階段を降りてゆく。

 

――や、やべぇぞ。どうすりゃいいんだ!?

 

尻の貞操の危機を感じて思わず扉を開けてしまった。このままでは彼女の思惑通りに事が運んでしまう。

今からでも誰かを呼んでくるべきか? ダメだ。呼びに行ったところで、その頃にはシルビアは目的を達成しているだろう。

では、自分がシルビアを倒すか? どう考えても無理だ。今の自分は丸腰、それ以前にまとも戦ったことすらない自分が挑んだところで返り討ちに遭うのがオチだ。時間稼ぎにすらならないだろう。どうすることも出来ない悔しさに歯噛みしながら手元のコントローラーに視線を落とす。

ここで、カズマの頭にある疑問が浮かんだ。魔王軍幹部ほどの実力者なら、わざわざ正規の方法で扉を開けずとも力尽くで開けられるはずだ。それなのにシルビアは何故か律儀に扉を開けようとした。いや、もしかして開けようとしたのではなく開けられないから正攻法で挑んだのではないか?

コマンドを入力したら扉が開いた。ということはもう一度コマンドを入力したら?

目の前には無防備に背中を見せるシルビア、そのシルビアでさえびくともしないであろう頑丈な扉、そして自分の手元には扉の開閉を操作できるコントローラー。少年の顔が邪悪に歪む。

 

「暗いわね……ねぇ、坊や。明かりになるようなもの持ってない?」

 

「ああ、それならこれをどうっぞ!」

 

言うや否や、カズマはシルビアの背中をかけ声と共に遠慮なく蹴っ飛ばした。赤いドレスに包まれた褐色の体が一瞬宙に浮き、直ぐに暗闇へと消えた。

 

「キャアアアァァァーーー!?」

 

暗闇の向こうから石段に何かがぶつかる音が連続して聞こえ、やがて最後に大きな音が響いて止んだ。

 

「上上下下左右左右BA!!」

 

素早くコマンドを入力すると、扉が再び重苦しい音を響かせながら閉じてゆく。それに気が付いたシルビアは慌てて立ち上がると凄まじい勢いで階段を上がってきた。

 

「ま、待って――」

 

あと一歩の所で、無情にも扉は再び閉じられた。

 

『こら! 開けなさい! 開けろ!! 開けろっつてんだろゴラァ!!!』

 

すぐさま扉を激しく叩く音と、くぐもったシルビアの怒声が聞こえてくる。カズマは扉の前で腕を組み、勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

「言っただろ? 頭が良い奴が最後には勝つって」

 

「カズマ!」

 

後ろから自分の名を呼ぶ声と複数の慌ただしい足音が聞こえ、カズマはそちらに振り返る。めぐみんを先頭に仲間達が焦燥しきった様子でやってきた。

一先ずカズマが無事であることを確かめためぐみん達は安堵の息を盛大に吐くと、彼を掠ったシルビアがどこに行ったのかを千翼が尋ねた。

 

「カズマ、シルビアはどこに行ったの?」

 

「ああ、奴さんならこの中だよ」

 

『いた~い、さっき転んだときにおっぱいに怪我しちゃった~。ねぇ、坊や。ここを開けて私のおっぱいにお薬塗って~……。おい、聞こえてんだろ!! はよ開けんかいゴルァ!!』

 

得意げな顔で自分の後ろにある扉を指差す。実にわざとらしい猫撫で声が聞こえたかと思えば、すぐに怒鳴り声と猛烈な勢いで扉を叩く音に変わった。

ここで何があって、カズマが何をしたのか悟った仲間達は、実に非力な彼らしい機転の利いた、もとい狡賢い方法に呆れと感心の入り交じった複雑な笑みを浮かべる。

 

「あとはこのまま閉じ込めて、充分に弱らせたあとでトドメを刺せば俺達の勝ちだ」

 

「……ところでカズマ」

 

「ん、どした?」

 

またしても幹部を撃破した。と得意げになっているカズマにめぐみんが疑問を投げ掛ける。

 

「シルビアの種族はグロウキメラでしたよね?」

 

「ああ、そういえばそんなこと言ってたな。んで、それがどうかしたのか?」

 

「確かグロウキメラは、普通のキメラと違って非生物でも取り込めると聞いたことがあるのですが」

 

「へぇ、さすが魔王軍幹部だな。んで、それがどうかしたのか?」

 

「昼間にも言いましたが、この施設の地下には『魔術師殺し』と言われる古代の兵器が眠っているという噂が……」

 

めぐみんがそこまで言ったところで、突如として地面が揺れ出した。

 

「地震か!?」

 

「まずい、みんな外に行くぞ!」

 

五人は大急ぎで外に出て、全速力で施設から離れる。

十分に離れたところでカズマ達の背後で建物が爆発した。爆風と衝撃が背中を直撃し、五人は吹き飛ばされるように地面に倒れる。

 

「みんな、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫……」

 

「こっちもです……」

 

幸いなことに誰も負傷はしておらず、被った砂埃を払ったり、口に入った砂利を吐き出したりしながら立ち上がる。

後ろを振り返ると、先程まであった施設は瓦礫と化していた。

 

「……シルビアの奴、あれじゃあ下敷きだよな?」

 

「まぁ、そうでしょうね……」

 

流石の魔王軍幹部といえど、あれだけの瓦礫に押し潰されたらひとたまりもないだろう。というよりも、頼むからそうであってくれ。とカズマは内心で祈った。

そのまま一分、二分と時間が過ぎるが、何も起こらない。聞こえてくるのは思い出したように吹く夜風の音だけ。

 

「……はぁー、よかった。これで魔王軍も撤退を――」

 

カズマが安心して盛大に溜息を吐くと、瓦礫の山が揺れ出した。

鉄とコンクリートが擦れ合う耳障りな音が響き、次の瞬間、瓦礫の山から何かが勢いよく飛び出す。

 

「あーはっはっは!! 予定とはちょっと違うけど、とうとう魔術師殺しを手に入れたわ! 感謝してるわよ坊や!」

 

夜空に浮かぶ月を背に、シルビアはカズマ達を見下ろしながら高笑いを響かせ、感謝を述べる。

 

「あ、あれが……」

 

「封印されていた禁断の兵器、魔術師殺し……!」

 

シルビアの下半身は、二本の脚の代わりに巨大な蛇の胴体が生えていた。

間違いなく人の手によって作られたであろう銀色の蛇の下半身が、月明かりを受けて鱗を銀色に輝かせる。

 

「さて、やっと目的の物を手に入れたことだし、お礼に参りに行かないと。貴方たちはそこで里が滅ぶ様を見ていなさい!」

 

シルビアは蛇の肢体をくねらせると、里に向かって一直線に向かっていった。

 

 

◆◆◆

 

 

目に付く家屋に手当たり次第に体当たりし、胴体を伸ばして息を大きく吸い込んで、高所から薙ぎ払うように口から炎を吐き出す。

紅魔の里は、魔術師殺しと融合したシルビアによって火の海と化していた。

その様子を住民である紅魔族達は、里を一望出来る丘の上から黙って見詰めている。

 

「里が……」

 

「仕方あるまい……相手が魔術師殺しでは私たちは太刀打ちできない……」

 

ある者は手で顔を覆い現実から目を背け、またある者は諦めるような表情で、せめて故郷の最期の姿を見届けようとしっかりとその光景を見据えていた。里の中で、何度目かになる爆発音が響く。

 

「俺が……俺が扉を開けたばっかりに……」

 

「カズマのせいではありません」

 

「そうですよ。私だってカズマさんと同じ状況だったら、間違いなく同じ事をしています」

 

少しでもカズマを慰めようと、めぐみんとゆんゆんが必死に励ます。

自分が扉を開けてシルビアを中に入れた結果、紅魔の里は壊滅状態となってしまった。

機転を利かせて勝利を収めたつもりが、逆に敵に手を貸すこととなり、この事態を招いてしまったカズマは座り込んで項垂れていた。罪悪感と自分の浅はかさに耐えられなくなり、頭を抱えて蹲る。

 

「みんな、気を落とすな。幸いにも人的な被害は全く無い。魔王軍の目的は我々紅魔族を滅ぼすこと。だが、こうして私たちは誰一人として欠けること無くここにいる、これは紅魔族の勝利と言ってもいいだろう。残念だが里はああなってしまっては捨てるほか無い。だが気を落とすな! また一から作り直せば良い! そして、今日という日のことを決して忘れず、いずれは魔王に紅魔族の意地を見せてやろうでは無いか!!」

 

気落ちする人々に向かってひろぽんは堂々と、そして力強く演説を打つ。族長の前向きな言葉に人々は頷きで応えた。

 

「あ、しまった!」

 

これから自分たちはどうしたらいいのか、不安でざわめく群衆の中で、誰かが声を上げた。

 

「逃げるときに先祖代々の物干し竿を持ち出すのを忘れた……あれ、本当に便利なのに……」

 

それは紅魔族随一の服屋の店主であるちぇけらだった。彼は火の海と化した里を残念そうに見遣ると、大きな溜息を吐いて諦めるように首を横に振る。

 

――先祖代々の物干し竿?

 

物干し竿、と聞いてカズマの脳裏を過るのは昼間に彼の店を訪れた時に見た光景。風に揺れる染色が終わったばかりのローブ、そしてそれを乾かす為に設置された物干し竿、その中に一本だけあった明らかに違うモノ――

次に過るのは夕方の帰り道に偶然見つけた、この世界にやって来た転生者が遺した石碑。そこに書かれていた文言が頭に浮かんでくる。

魔術師殺し、抑止力、レールガン――

ひょっとして、もしかしたら。絶望に沈んでいたカズマに一筋の光が差す。

 

「あ、あの!」

 

カズマは意を決して立ち上がり、勇気を振り絞って声を上げた。

 

「紅魔族の皆さん、俺に考えがあります! もしかしたらアイツを倒せるかもしれません!!」

 

燃え盛る自分たちの故郷に背を向けていた紅魔族達は、打開案があると叫ぶ少年を不思議そうな目で見つめる。

 

「魔術師殺しの封印を解いたのは俺です。そしてこの作戦には、どうしても皆さんの協力が必要なんです。厚かましいことを言っていることは理解しています!だけどお願いします! 俺に……俺にチャンスをください!!」

 

そう言って、カズマは躊躇うことなく紅魔族達に向かって土下座をした。いきなり自分たちに向かって土下座をした少年に人々は戸惑い、ざわめく。中には「アイツが封印を?」と眉を顰める者もいた。

このまま罵倒されようが、石を投げられようが構わない。それで作戦に協力してもらえるなら、カズマはどんな仕打ちでも受け入れる覚悟だった。

黙って土下座を続けるカズマの元へ誰かが近付く。一歩ごとに足音が近くなり、カズマのすぐ前で立ち止まった。

 

「お客人、顔を上げてください」

 

優しげな声で話しかけ、土下座するカズマの肩に静かに手が置かれる。

カズマがゆっくりと顔を上げると、目の前には穏やかな顔のひろぽんがしゃがんでいた。

 

「こうなってしまったのはお客人の責任ではありません。元はといえば私たちがさっさと幹部を倒していれば、そもそもこんな事になっていませんでした。だから、これは戦況の優勢に胡座を掻いていた私たちの責任です」

 

優しく、そして諭すようにひろぽんはゆっくりと語りかける。

 

「私は彼に協力しようと思っている。みんなの意見はどうだ?」

 

一瞬だけ沈黙が流れると、誰も彼もが期待と勇ましさに満ちた笑みを作り、声と拳を上げた。

 

「確かに、このままやられっぱなしってのも癪だよな」

 

「せめてアイツに一泡吹かせてやりましょう!」

 

「ここに来て起死回生の妙案……燃えるねぇ!」

 

もはや、カズマの過ちを責めるようとする者は誰もいなかった。そんな事よりもあの憎き魔王軍幹部に一矢報いることが出来るならと、全員が協力の姿勢を見せている。

 

「皆さん……本当にありがとうございます!!」

 

とうとうカズマは堪えることができず、涙を流しながら感謝の言葉を述べ再び頭を下げた。

 

「それでお客人、作戦は?」

 

「はい、まずは――」

 

 

◆◆◆

 

 

足りない、まだ足りない。

一体どれだけの家屋を破壊し、焼き払っただろうか。

魔術師殺しは手に入れた、これさえあれば紅魔族の魔法など怖くない。

始めは抵抗していたが魔法が全く効かないと分かるや、奴らは尻尾を巻いて逃げた。あれだけ舐め腐った真似をしたくせに、危なくなった途端に戦いもせずに姿を消したのだ。

このままでは今まで散っていた部下達が報われない。せめてこの里を跡形もなく破壊し尽くさなければ、シルビアの腹の虫は収まらなかった。

 

「魔王軍幹部シルビア!!」

 

その蛮行を咎める声が夜空に響く。シルビアが振り返ると、大勢の紅魔族が崖の上に並んでいた。

 

「よくも俺達の里を……この代償は貴様の命で払ってもらうぞ!!」

 

ぶっころりーがシルビアに向かって真っ直ぐ指を差す。逃げ出したと思った紅魔族達がまさか戻ってくるとは思わず、シルビアは満面の笑みを浮かべた。

 

「あらあら、逃げたと思ったのにわざわざ戻ってくるなんて。あとでじっくりと追い詰めて一人ずつ始末するつもりだったけど、おかげで探す手間が省けたわ」

 

「そう言っていられるのも今の内だ! はあああぁぁぁ!!」

 

ぶっころりーは体の前で両手を向かい合わせると、魔力を集中させる。手の間に収束された魔力が光球となって現れ、輝きを増してゆく。

極限まで練り上げた魔力の塊を右手で握り締めると、ぶっころりー地を蹴って猛烈な勢いでシルビアに突撃する。

 

「くらえ! 紅魔流魔法究極奥義!!」

 

自分に向かってくるぶっころりーを、シルビアは余裕の笑みを浮かべながら見ていた。

何をしてくるかは分からないが、結局は魔法を使った攻撃。そんな物はこの魔術師殺しで何もせずとも無効化できる。

手始めにアイツから血祭りにあげてやろう。その後は一人ずつ嬲り殺しにしてやる。

シルビアがどんな方法で紅魔族を殺してやろうかと考えている内に、ぶっころりはー彼女の目の前まで迫っていた。そして拳を勢いよく振りかぶり――

 

「テレポート!」

 

拳が当たる直前にテレポートで姿を消した。

 

「……は?」

 

渾身の一撃が無駄に終わり、あの男は呆然とした表情を浮かべるだろうと予想していたシルビアは、いきなり姿を消したぶっころりーに逆に自分が呆然の表情を浮かべた。

先程までぶっころりーが立っていた崖を見れば、澄まし顔で当の本人が自分を見ている。

 

「バカめ! こっちが本命だ!!」

 

「なにっ!?」

 

呆けたのもつかの間、シルビアの頭上から木刀を構えた男が猛烈な勢いで迫ってくる。

 

「覚悟おおおぉぉぉ!!」

 

木刀に魔力を纏わせ、上段で振りかぶる。そしてシルビアの顔目掛けて――

 

「テレポート!」

 

「……へ?」

 

またしてもテレポートで男は姿を消した。まさかと思い崖を見れば、木刀を持った先程の男が鼻をほじりながらこちらを見ていた。

 

「隙ありいいぃぃ!!」

 

今度はシルビアの背後から女が蹴りを繰り出す姿勢で迫る。女の次の行動がなんとなく読めたシルビアは、わざと何もしなかった。

 

「テレポート!」

 

女が消えた瞬間、崖の方に視線を移す。予想通り背後から迫っていた女が欠伸をしながら退屈そうにしていた。

 

「てめぇら……ふざけてんのかああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

夜空にシルビアの激怒の咆哮が轟いた。

 

 

◆◆◆

 

 

「みんな、頑張って……!」

 

「カッコいいー!」

 

「ああもう、いつになったらカズマは戻ってくるんですか!」

 

「気持ちは分かる。だが、焦るなめぐみん」

 

「……信じよう」

 

千翼達はその様子を遠くから伺い、めぐみんはこめっこの手を握りながら、その場にいないカズマに苛立ちを見せる。

作戦の第一段階は、紅魔族がシルビアの注意を引きつけ、その隙にカズマがレールガンを回収するというものであった。

少しでも長く相手の気を逸らすために、紅魔族達は攻撃するふりをしては直前でテレポートを唱えて離脱する。という戦法を繰り返す。

まんまと作戦に引っ掛かったシルビアは怒鳴り声を上げながら蛇の胴体をメチャクチャに振り回し、四方八方に炎を吐き散らす。

カズマがレールガンの回収に向かってからどれだけの時間が経ったのだろうか。五人の後ろで光が集まり、光が消えたかと思うとそこには二人の男が立っていた。

 

「みんな、お待たせ!」

 

「まさかその物干し竿が切り札になるとはね。それじゃ、私も行ってくる!」

 

一人は長い筒、シルビア撃破の鍵となるレールガンを肩に担いだカズマ。もう一人はカズマと共にテレポートで店に向かったちぇけらであった。

「後は頼んだよ」と言ってちぇけらは片手を上げ、再びテレポートを唱えて姿を消した。

 

「カズマ、遅いですよ!」

 

「わりぃわりぃ、瓦礫の下敷きになってて取り出すのに手間取って」

 

言いながらカズマはレールガンの二脚を立てて地面に置き、ボルトを往復させる。ゲームで散々見てきた動作なので、その動きに淀みは無かった。

これで発射準備は完了。あとは狙いを定めて引き金を引くだけで弾が発射される。はずであった。

 

「……」

 

「カズマ、どうかしましたか?」

 

「……このレールガン、弾薬ってどうなってんだ?」

 

確かこういうときは――カズマはゲームでの動作を思い出しながら、ボルトをゆっくりと引いた。普通の銃であれば存在するはずの排莢口が無かった。これでは弾薬が装填されているか確認のしようがない。

それどころか、このレールガンには銃に必ずあるはずの給弾口がどこにも見当たらない。これでは弾切れを起こした際にどうやって弾薬を再装填するのだろうか。

給弾口と思しき物としてストックの後端にラッパのような口が付いているが、どうみてもあそこから弾薬は装填出来そうにもない。

 

「ちょ、ちょっとカズマ! ここにきてやっぱり撃てないなんて言わないでくださいよ!?」

 

「わ、わかってるよ! これは転生者が造った物だ。本物と違って操作は簡単なはず……」

 

あちこちを弄ったりするが、そんな事をしても弾を装填出来そうな部分は見つからない。焦り始めたカズマは思わず手の平で銃身を叩いた。

 

「いたっ!」

 

軽く叩いたつもりだが、思わぬ痛みを感じて手を引っ込める。

見てみると手の平が火傷しており、あちこちに小さな火ぶくれが出来ている。

 

「って、カズマ。手を火傷してるじゃない」

 

「ああ、レールガンの上に乗っていた瓦礫をどかした時だな……。必死だったから全然気が付かなかった」

 

「ほら、手を出して。治療してあげる」

 

カズマは大人しく両手を差し出すと、アクアは彼の手に触れて回復呪文であるヒールを唱える。これで火傷した手はあっという間に元通りになるはずであった。

 

「あ、あれ。魔法が……」

 

が、アクアがヒールを唱えると、カズマの手に作用するはずであった魔法が、光の粒となって何故かレールガンの方へ向かう。そのままストック後方のラッパのような口へと吸い込まれていった。

 

「アクア、なんかしたか?」

 

「何もしてないわよ。何時も通り普通にヒールを使っただけなのに……」

 

「ねーねー、なんか出てるよ?」

 

こめっこがレールガンの側面を指差している。カズマ達がその部分を見ると、そこには小さな画面が付いており『1%』と表示されていた。

 

「なにかしら、この数字?」

 

「……そっか、これは名前ばっかりのレールガンで、実際は魔力弾を撃ち出す魔法銃だったな!」

 

ここでカズマは夕方に見た石碑の内容を思い出した。これを造った転生者はレールガンと名付けたが、実際は凝縮した魔法弾を撃ち出す代物である。ともなれば、この銃の弾薬は言うまでもなかろう。

 

「アクア、出来る限り魔力を消費する魔法を連発してくれ! それがこのレールガンのエネルギーだ!」

 

「わかったわ! すぅー……セイクリッド・ハイネスエクソシズム! セイクリッド・ハイネスエクソシズム! セイクリッド・ハイネスエクソシズム! セイクリッド・ハイネスエクソシズム! セイクリッド・ハイネスエクソシズム!」

 

アクアはレールガンの後ろに回り、給弾口ならぬ給魔口の前に立つと両手を構えて浄化魔法を連続で唱える。

彼女の両手から光の帯が伸びて、それが給魔口へと吸い込まれていった。

 

「……ダメだ、魔力が全然足りない!」

 

魔力の充填率を表示する画面を見ていたカズマだったが、アクアがあれだけ魔法を連発してやっと3%になった。これでは充填が完了するまでどれだけ時間がかかるか分からない。

だが、幸いにも魔法のエキスパートが、それも二人も直ぐそばに居た。カズマはそちらの方を向いて叫ぶ。

 

「めぐみん、ゆんゆん。すまないが二人も魔法を唱えてくれ! アクア一人じゃ間に合わない!」

 

「了解です!」

 

「わ、わかりました!」

 

二人はアクアの両隣に立つと、それぞれ自分の杖を構え魔法の詠唱を始める。真紅の目が輝き、杖の先端に魔力が集まりだした。

 

「エクスプロージョン!」

 

「ライト・オブ・セイバー!」

 

詠唱が完了し、二人が揃って魔法を唱えると、アクアよりも遙かに太い帯が杖の先から伸びて吸い込まれていく。

レールガンの充填率はみるみるうちに上昇していき、あっという間に100%になった。魔力の充填が完了すると表示が『FULL』の文字に変わり、レールガンの銃身のラインに光が走る。

 

「チャージ完了! 千翼、ダクネス。頼んだぞ!」

 

二人は頷くと、紅魔族相手に暴れているシルビアの元へと駆けていった。

 

 

◆◆◆

 

 

「クリムゾンスラッシュ! に、見せかけてテレポート!」

 

「紅魔流超奥義、天魔虚空波! と、思わせてテレポート!」

 

「喰らえ! 光と闇を混じり合わせた我が最強魔法! じゃなくてやっぱりテレポート!」

 

紅魔族は先程から攻撃すると見せかけてはテレポートで離脱を繰り返していた。それに対してシルビアは鬼のような形相になりながら殴りかかり、火を吹き、尻尾で薙ぎ払う。

向こうが攻撃するつもりがないなら無視しても構わないのに、何故かシルビアは一々相手をしていた。

 

「ハリセンアタック!」

 

「あいたぁ!?」

 

シルビアの頭上から落下してきた男が、体重と落下速度を乗せたハリセンの一撃を彼女の頭に叩き込むと、何とも心地よい紙の破裂音が響く。

攻撃の直前でテレポートを繰り返す紅魔族だが、隙を見せるとダメージにはならない物の、実に鬱陶しい事をしてくる輩がたまに混じっているのだ。

青筋を浮かべながらシルビアが男に殴りかかる。

 

「そしてテレポート!」

 

が、振るわれた拳は虚しく空を切るだけだった。シルビアの額に更に青筋が増えた。

 

「どいつもこいつも……逃げたと思えばわざわざ私をおちょくりに戻ってくるとは……一人残らずぶっ殺してやる!!」

 

血走った目で崖の上に並ぶ紅魔族を睨み付けるシルビア。その時、紅魔族の背後から何者かが崖を蹴って自分に迫ってくる。

またしても攻撃に見せかけたテレポートだろうと舌打ちするが、迫り来るそれには紅魔族と違い、明確な殺意を放っていた。それに気が付いたシルビアは咄嗟に尻尾を盾にして攻撃を防ぎ、金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。

突然の襲撃者をそのまま尻尾で払うと、襲撃者は空中で体勢を整え地面に着地した。そこには青い鎧を纏った異形の戦士と、白銀の鎧を纏った聖騎士の二人がシルビアを睨んでいた。

 

「そこまでだ!」

 

「今度は俺達が相手だ」

 

「その声……坊やと一緒に居た子ね。よかった、やっとまともな相手が来た。逃げてばっかりで戦うつもりの無い紅魔族の相手はもう、うんざりよ」

 

ようやっと自分と真っ向から勝負する者が現れ、シルビアは実に嬉しそうな笑みを浮かべる。紅魔族は後回し、先にこいつらから片付けよう。

舌舐めずりすると、シルビアは二人に襲いかかった。

 

 

◆◆◆

 

 

作戦の第二段階は、千翼とダクネスによるシルビアの誘導。

千翼が攻撃を担当し、防御をダクネスが担う。そして戦いながら少しずつカズマがいる方へと誘導し、射程に入った所で作戦の最終段階――射程に入ったシルビアを、カズマがレールガンで狙撃する。

銀色の尾がネオに襲いかかるが、(すんで)のところでダクネスが割って入りその一撃を受け止める。

 

「私の鉄壁の防御、甘く見るな!」

 

「やるじゃない! 戦いってのはやっぱりこうでなくちゃ!」

 

自分の一撃を正面から受け止めた少女に賛辞を送るシルビア。ダクネスが相手をしている内に、ネオがシルビアに斬りかかる。これを上半身を捻って躱すと、お返しと言わんばかりにシルビアが殴りかかった。

カウンターの一撃を右手の刀身で受け止め、ネオはその勢いを利用して大きく後ろに飛び退く。ダクネスも尻尾を振り払うとそれに合わせて後退した。

シルビアはこれまでで余程鬱憤が溜まっていたらしく、攻撃することばかりに集中して自分が誘導されているなど露程も考えていないようであった。

二人はシルビアと戦いながら感付かれないよう、カズマが待ち構えている方向へと少しずつ移動する。自分が優勢と勘違いしたシルビアは、更に激しく二人を攻め立てる。

 

「あと少し……あと少しだ……!」

 

地面に寝そべってレールガンを構え、千里眼でその様子を見ているカズマは、焦る自分の心に言い聞かせるように呟きを繰り返す。

銃身の上で倒れていたパーツを起こすと、丸い魔法陣のような光の輪が幾重も現れる。中心を覗き込むと、その部分だけ拡大されてこちらに向かってくる千翼とダクネス、そして二人を追いかけるシルビアの姿がはっきりと見えた。

ついにシルビアが射程圏内に入り、作戦の最終段階へと移行する。

 

「まだだ……焦るな……」

 

魔法陣のスコープにはロックオンカーソルが表示され、シルビアに狙いを定めている。どうやらまだロックオンが出来ていないらしく、一定のリズムで電子音を刻んでいた。

 

「もう少し……」

 

段々と電子音の音階が上がり、リズムも早くなる。そして、カーソルがシルビアに固定され、電子音が止むと『LOCK ON』の文字が表示される。

 

「狙撃!!」

 

威勢の良いかけ声と共に、カズマはレールガンのトリガーを引いた。銃口から魔力の塊が発射されると同時に、レールガンの先端が爆ぜた。銃が爆発の勢いでひっくり返ると、当然ながらそれを構えていたカズマも吹き飛ばされる。

 

「!?」

 

爆発音と閃光に気が付いてシルビアが思わず視線を動かすと、自分が追っている二人の間から光の弾が猛烈な勢いで飛んでくる。瞬きするよりも早くそれはシルビアの眼前に迫った。

レールガンから発射された魔力の弾丸は褐色の――褐色の頬を掠め、奇妙な軌跡を描きながら空へと上り、夜空に大輪の華を咲かせて消えた。

 

「ゲホッゲホッ! な、なんだ今の!?」

 

爆発の際に生じた煙を吸ってしまったカズマは、咳き込みながら何が起きたかを確認しようとする。レールガンは確かに発射された、狙いもキチンと合わせた、自分の狙撃スキルを使って放った一撃だ。間違いなくシルビアに命中しているはず。

だが、カズマの期待を打ち砕くようにめぐみんの悲痛な叫び声が耳に届く。

 

「カズマ、レールガンが!」

 

彼女が指差す方を見れば、レールガンの銃口が花のように四方八方に裂けている。どう見ても次を撃つことは出来ない。唯一の対抗策が完全に壊れてしまい、カズマの顔が絶望に染まった。

 

「う、嘘だろ!? こんな時に!」

 

猛烈な風切り音が迫ってくる。音のする方を見れば、残虐な笑みを浮かべたシルビアが真っ直ぐこちらに向かっていた。

 

「カズマ!! よけ――」

 

千翼の叫び声を認識する前に、カズマの体が空高く舞い上がった。彼が最後に見た光景は、シルビアに吹き飛ばされる仲間達の姿だった。

 

 

◆◆◆

 

 

「っぁ……ぅ……」

 

カズマは地面に倒れていた。周りは炎で囲まれており、息をする度に火傷しそうなほど熱い空気が肺を焼く。

両肘を付いて何とか上半身を起こすと、顔から滴り落ちた赤い液体が地面に小さな染みを作り、直ぐに乾いた土に吸い込まれる。

立ち上がるためにまず腕を立て、次に足に力を込めようとするが、全く動かなかった。不思議に思って緩慢な動きで、何故か感覚の無い自分の足を見ると、血塗れの左足があり得ない方向に曲がっていた。

 

「坊や、潔く負けを認めたら?」

 

芋虫のように這いつくばることしか出来ないカズマに、上から勝ち誇ったような余裕に満ちた声がかけられる。

朦朧とする意識を何とか繋ぎ止めながら、カズマが声が聞こえた方にゆっくりと顔を向けると、シルビアが自分を見下ろしていた。

 

「さっきの一撃は流石に肝が冷えたわ。ねぇ、坊や。魔王軍に来ない? 私あなたのことがとっても気に入ったの。私の下にくれば悪いようにはしないわよ?」

 

「冗談じゃ……ねぇ……世界の半分をくれると言っても……お断りだね……」

 

頭から流れる血で顔を塗らしながらも不敵な笑みを浮かべ、震える右手で自分を見下ろす魔王軍幹部に向かって中指を立てる。

シルビアはすぅっと目を細め。猫撫で声ではなく感情の籠もっていない冷たい声色で口を開いた。

 

「あら残念。坊やのこと本気で気に入ってたんだけど、そこまで言われたら仕方ないわね」

 

シルビアは下半身を持ち上げると、鋭い先端部分をカズマに向ける。

 

「バイバイ」

 

尻尾の切っ先が身動きの取れない少年に向かって襲いかかった。

 

 

 

月を背景に、シルビアの後ろから異形の戦士が飛び掛かる。気配に気が付いたシルビアが振り返った。

右手を振りかぶると、手の甲から伸びた刃――幾本もの青黒い触手を束ねた刃が擦れ違いざまに褐色の首を撫でる。

異形の戦士が着地すると同時に、シルビアの体から斬り落とされた物が燃え盛る炎の中に落ちて、見えなくなった。

 

「千翼……」

 

一部始終を見ていたカズマはそれだけ呟くと、とうとう意識を手放して地面に倒れた。

ネオ――千翼は着地すると同時に気力を使い果たし、そのまま地面に倒れる。体から強烈な冷気を放ちながら、異形の姿が少年の姿に戻った。

炎が照らす夜空の下で二人の少年と、首の無い死体が倒れていた。

 

 

◆◆◆

 

 

目を刺激する光に顔を顰め、ゆっくりと瞼を開ける。初めに目に入ってきたのは、雲がまばらに浮かぶ青空。

 

「カズマさん!」

 

「目を覚ましたか。カズマ」

 

「カズマ、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ、めぐみん。この私がそりゃもう念入りにヒールをかけたんだから」

 

そして、心配そうに自分を取り囲む少女達。

目を覚ましたカズマは、しばし目の前の景色をぼうっと眺めてから、気を失う前の出来事を思い出して慌てて起き上がる。

 

「千翼は!?」

 

「大丈夫、あっちで寝てますよ」

 

めぐみんが自分の後ろを指すと、そこには木の根元でリュックを枕代わりにしている千翼の姿があった。

胸が小さく上下しており、めぐみんが言ったとおり眠っているようであった。

 

「良かった……って、そういやシルビアは?」

 

「チヒロが倒しましたよ。覚えてないんですか?」

 

「……そっか……あの時はもう無我夢中で……正直言うとよく覚えてないんだ」

 

「無理もない。アクアが回復魔法をかけるのがあと少し遅れていたら、間違いなく死んでいたぞ」

 

「そういうこと。この私に感謝してよね!」

 

偉そうに胸を張るアクアに、カズマは呆れたような笑みを作った。彼女のおかげで命拾いしたのは間違いない、アクセルに帰ったら酒の一杯でも奢ってやろう。

そんなことを考えていると、カズマ達の元に一人の男が近付いてきた。

 

「おお、目が覚めましたか! いやー、皆さん。今回は本当にありがとうございました! あなた達の活躍がなかったら今頃どうなっていたか」

 

やってきたのは、紅魔族の族長であるひろぽんだった。カズマが無事であることを確かめると、シルビアを倒して里を救ってくれたことに対する礼を述べる。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。それよりも……」

 

礼を述べる族長に待ったをかけ、カズマは戸惑いながら族長の後ろを指差す。

そこでは石で出来た巨人(ゴーレム)達が瓦礫を片付けたり、資材を運んだり、運ばれた資材を手に建築をしていたりと忙しなく働いていた。

 

「ゴーレムがなにか?」

 

「なにか。じゃなくて、里があれだけメチャクチャになったし、里を捨てるとか……」

 

「それなら心配には及びません。ゴーレム達が24時間体制で働いてくれるので、里は三日もあれば完全に元通りになりますよ」

 

「み、三日……?」

 

「それと里を捨てるというのは、族長として一度ああいう台詞を言ってみたかったんですよ。前々からあの手の台詞をずっと考えていたのですが、いざそういう場面になると変なスイッチが入っちゃって、なんかもう色々とアドリブで言っちゃいましたね!」

 

そう言ってひろぽんはあの時のことを思い出しているのか、目を閉じると腕を組みながら実に感慨深そうに何度も頷く。

自分はあの時決死の思いで土下座をして罵倒されることも覚悟していた。そんな自分に優しく語りかけ、それどころか作戦の協力を仰いでくれた。

これが人の上に立つ者、族長としての器の大きさを見せてくれた、あの時のひろぽんに対してカズマは尊敬の念すら抱いていた。

が、騒ぎが収まってあの時の真相を聞いてみれば、どれだけ立派なことを言ってもやはり紅魔族。心の中の中学二年生が疼いた結果、口から出た適当な出任せであった。

 

「なぁ、ゆんゆん。お前の親父さんを五、六発思いっきりぶん殴ってもいいか?」

 

「どうぞ遠慮無く。気が済むまで殴って下さい。というか、私も殴らせて下さい」

 

「ふ、二人とも!?」

 

凄まじい怒気を放ち、拳を鳴らしながら近付いてくるカズマとゆんゆんに、ひろぽんは思わず後退る。このままでは大変な目にあう。そう確信したひろぽんは二人に背中を向けると全速力で走り出した。

 

「待てやコラ!」

 

「お父さん! 今日という今日は許さない!」

 

一瞬遅れてカズマとゆんゆんがその後を追う。里の復興まっただ中で、突如として鬼ごっこが始まった。

 

「はぁ、とんだ里帰りになりましたね」

 

呆れの溜息を吐いためぐみんは、ひろぽんを追い回す二人を見ながら独り言ちるのであった。

 




というわけで、これにて紅魔の里編は完結となります。
当初は一話で終わるだろうと思っていましたが、容量が膨れに膨れ上がって、結果的に三分割しなければならないほどの文量となりました。
次回は王都編を予定しております。
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