この悲運の主人公に救済を!   作:第22SAS連隊隊員

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いよいよ王都編に入ります。晩餐会のシーン、大変でした。


Episode18 「R」ISKY DINNER PARTY

その日、カズマ達は屋敷の広間に集まっていた。部屋の中央にある憩いの場であるテーブルと二つのソファーには、片側にダクネスが、テーブルを挟んだ反対側には彼女を除いた四人が座っている。

 

「今日はとても大事な話があるんだ」

 

「お、おう……」

 

この上なく真剣な表情と声色でそう言ったダクネスの様子に、部屋の空気が張り詰める。これはただ事では無いと理解したカズマ達は、身動ぎして姿勢を正した。

 

「まずはこれを読んでくれ。取り扱いにはくれぐれも気をつけてくれよ?」

 

ダクネスは懐から一通の洋封筒を差し出す。受け取ったカズマは中に入っている便箋を読むため、封を開けようとしてある物に気が付いた。

 

「これ、封蝋ってやつだよな? 紋章が押してあるってことは……」

 

「察しが良くて助かる。そういうことだ」

 

封筒の口は溶かした蝋で閉じられており、その蝋にはスタンプで紋章が描かれていた。

生前はニートで社会との交流を絶っていたカズマも、封蝋はゲームや映画で見たことがあり、大抵は重要な書類が中に入っていることを示している。

それを理解して、封筒を傷付けないように慎重に口を開けると、中に入っている一枚の手紙をゆっくりと取り出した。

周りに座っている仲間達にも内容が見えるよう、体から少し離した位置で手紙を開く。

 

『サトウカズマ殿、紅魔の里に於ける魔王軍幹部シルビアの討伐おめでとうございます。』

 

『貴殿は今までに何体もの魔王軍幹部の討伐を果たしており、人類への貢献は計り知れません。』

 

『つきましては偉大なる冒険者である貴殿のお話を直接お伺いしたく、お食事などいかがでしょうか。』

 

「第一王女アイリス……王女!?」

 

手紙の一番下に書いてあった差出人の肩書きを読んで、カズマは目が飛び出るほど驚いた。

 

「書いてある通り、この国の第一王女であらせられるアイリス様がお前との会食を望んでいてな。今までの冒険譚を聞きたいそうだ」

 

「えーと、要するに王女様と飯食いながらこれまでの冒険話をすりゃいいってことだよな?」

 

「言い方が汚いが……まぁ、そういうことだ」

 

余りにもストレートすぎるカズマの物言いに、ダクネスは眉を少しだけ震わせる。

 

「まぁ、王女様からのお誘いだし、断るわけにはいかないよなぁ」

 

「相手は王族だからね」

 

男二人は手紙の差出人がこの国を治める王族というだけあって、こちらに選択肢は無いも同然ということを理解して気難しい表情を浮かべる。

 

「ねぇねぇ、ダクネスのお家でご飯を食べるってことは、高いお酒が飲めるのよね? 料理はお酒に合うおつまみを中心にお願い!」

 

「フッフッフ、数々の敵を葬り去った爆裂魔法の素晴らしさを王女に披露できる……。これは即ち、爆裂魔法の有用性が国に認められるのと同義!」

 

それに対してアクアとめぐみんは、男二人の気持ちなど露知らず勝手に盛り上がっていた。

 

「ダクネス、会食で何かやらかしたら身代わりにこいつらを差し出すってのはどうだ?」

 

カズマが何処までも冷ややかな眼差しと声で、アクアとめぐみんを指差した。

 

 

◆◆◆

 

 

次の日、カズマ達は朝早くからアクセルの通りを歩いていた。先頭を歩くカズマは鼻唄を歌いながら今にも踊り出しそうなほど上機嫌な足取りだった。

 

「カズマ、気持ちは分かるが少しは落ち着いたらどうだ」

 

「そうですよ、子供みたいでみっともないですよ」

 

「なーに大人ぶっちゃってんの。お前達だって楽しみなくせに」

 

後ろからダクネスとめぐみんの二人に窘められるが、意に介した様子も無く逆にニヤニヤと笑いながら二人を指差した。

落ち着きの無い子供そのものな仕草に、二人は呆れの笑みを浮かべる。その隣でアクアが大あくびをすると、不機嫌そうに口を開く。

 

「全く、なんでよりにもよってこんな朝っぱらから辛気くさいリッチーの店に行かなきゃいけないのよ」

 

「仕方ないよ。今日はバニルとのビジネスで作った商品が届くから見に行かなきゃ」

 

千翼から宥められるも、アクアは納得がいかなかったらしく前を歩くカズマの背中を睨む。

今から数日前、ウィズの魔法道具店で働いているバニルが屋敷を訪ねてきた。カズマ達が作った商品が近々店に納品されるので、検品と今後のビジネスの話し合いもしたいから店に来い。というものだった。

そうこうしている内に目的地であるウィズの店にカズマ達は到着する。ドアには『準備中』の札がかかっているが、カズマは構うこと無くドアを開けた。

 

「ウィズ、バニル。来たぞ!」

 

「あ、いらっしゃいませカズマさん!」

 

「よく来たな、前日は楽しみなあまり、遠足前の子供のようになかなか寝付けなかった男よ」

 

「はいはい、嫌味どうも。で、それなんだな?」

 

挨拶代わりのバニルからの嫌味を軽く受け流すと、彼が抱えている木箱を指差す。バニルはまさしく喜色満面といった笑みを浮かべると、慎重に木箱を床に置いた。

 

「ここまで来るのに色々とあったが、ようやく第一弾が完成した。そして今日は記念すべき日になること間違いなし!」

 

まるで我が子を愛でるように木箱を優しく撫でるバニル。その声には万感の思いが込められていた。

彼の気持ちが理解出来るのか、カズマも腕を組んで感慨深げに何度も首を上下させる。

 

「というわけで、お披露目である!」

 

バニルが木箱の蓋を持ち上げると、中身が露わになる。そこには緩衝材に包まれ整然と並べられた様々なデザインのオイルライターが詰められていた。

 

「うーん、改めて見てもよく出来てるな!」

 

「ここまで作るのに本当に苦労したよね」

 

カズマと千翼の二人は、苦心して作り上げたライターの出来に感心し。

 

「おおお! 火が点きました! ティンダーを使わなくても本当に火が点きました!」

 

「やはり凄いな。これなら火打ち石無しで簡単に火を起こせる」

 

めぐみんとダクネスはさっそくライターを手に取り、初級魔法や火打ち石を使わずとも、指先一つで火を点けられることに感動していた。

 

「三人にはライター作りで色々と世話になったからな。一つ持っていっていいぞ」

 

「私はこのデストロイヤー型のライターが欲しいです!」

 

「では、私はこのジャイアントトードのライターを貰おうか」

 

「俺はこの騎士の形のライターで」

 

三人はそれぞれライターを手に取ると出来映えを確かめたり、火を点けたり消したりと存分に楽しむ。めぐみんは自分の物になったライターを手に大はしゃぎし、撫で回したり頬ずりしたりと大興奮していた。

その様子を後ろで見ていたアクアは、肩を竦めながら呆れたように鼻で笑う。

 

「やれやれ、ライター如きであんなにはしゃいじゃって、みんなお子様なんだから。ま、貰える物は貰っておきますか。それじゃ私も一つ……」

 

「待てや」

 

木箱に入ったライターへとアクアの手が伸びるが、すんでの所で横から伸びる手に捕まれた。手の主へと視線を這わせれば、そこには若干機嫌が悪くなっているカズマが。

 

「何でさも当然のように貰おうとしてんだ?」

 

「はぁ? 何よ、私だって仲間なんだから貰えて当然でしょ!」

 

「お前は何もしてないだろうが! 千翼は俺と一緒にネタ出し、めぐみんは作成の手伝い、ダクネスは大手卸売業者の紹介。その間にお前は何してた? いつも通り食っちゃ寝してただけじゃねーか!」

 

カズマの言うとおり、このライターを作るまでには様々な苦労と仲間達の協力があった。

そもそも異世界で何を作るべきか。作ったところで需要が無ければ丸損、需要があっても異世界で作成可能な技術力と材料を見極めなければならない。

あれやこれやと頭を悩ませ、千翼と何度も話し合った結果。生きていく上で欠かせない『火』は、この世界では火打ち石を使って起こしているため、構造も単純で材料も簡単に手に入るオイルライターを作ることにした。

材料が集まり次にやることはライターの作成だが、当然ながらこの世界に工業機械は存在しない。そのため一つ一つ手作りするほか無かったが、その際に名乗りを上げたのがめぐみんである。

父親譲りの魔道具作成の知識を教えてもらい、ライター作りも手伝ってくれたのだ。そのおかげで予想以上に制作が捗り、十分な数を揃えることができた。

そして作ったライターを売るための販路の確保に協力してくれたのがダクネス。彼女の実家は国でも有数の貴族とだけあって様々な人間に顔が利き、そのコネクションを活用して大手の卸売業者とカズマの仲介をしてくれた。

 

「改めて聞くが、三人が仕事の手伝いをしてくれた時、お前は何してた? ほら、言ってみろよ」

 

カズマから情け容赦なく指摘され、アクアは涙目になりながら抗議する。

 

「な、何よ! 一つくらい良いでしょ!? カズマのけちんぼ!」

 

「フハハハハ! 駄女神よ、貴様には『働かざる者食うべからず』という言葉を贈ろう。夢の実現の為に毎日働いている我輩を少しは見習ったらどうだ?」

 

「うっさいクソ悪魔! 今日こそ浄化してやる!」

 

「やるか! 怠け者の駄女神!」

 

アクアとバニルは互いに距離を取り身構える。あとはこのまま何時もの女神と悪魔の戦いが始まるかと思われたが、

 

「巻き添えでライターが壊れるから喧嘩すんな! はぁー……ったく。アクア、今から店の前でお得意の芸を披露して、ついでにライターの実演もやって客引きしてこい。そしたらお前も手伝ったからライターを一つやるよ」

 

「本当!? だったら最初っからそう言ってよね!」

 

カズマが両者の間に入ってすんでの所で争いを止めた。そしてライターを欲しがるアクアに交換条件を提示すると、彼女はライターを一つ手に取り喜び勇んで店を飛び出した。

アクアは店の前に立つと息を大きく吸い込み、人通りが増え始めた往来に向かって大袈裟な身振り手振りを交えて客引きを始める。

 

「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 楽しい楽しい芸が始まりますよ!」

 

「なんだなんだ、大道芸人か?」

 

「おお、誰かと思えば水芸の嬢ちゃんじゃないか!」

 

アクアが威勢の良い声でこれから芸が始まることを告げると、芸の名人としてアクセルではそれなりに名が売れているお陰もあってか、あっという間に店の前は見物客で埋め尽くされた。

十分に人が集まったと判断したアクアは、一礼してから白いハンカチを取り出す。

 

「まず取り出したるは、何の変哲も無いこの白いハンカチ。このハンカチから鳩を出して見せましょう。ワン、ツー、スリー!」

 

アクアがハンカチの表裏を返して何も無いことを客達に見せると、それを手の平に乗せる。かけ声と共に乗せたハンカチを素早く取ると宣言通りに鳩が、正確には白い塊にしか見えないほどの数百羽の鳩の大群が現れ、瞬く間に空へと飛び立っていった。

 

「うおおぉ、すげぇ!」

 

「あれだけの鳩をどこに隠していたんだ!」

 

始まりからとてつもないレベルの芸を見せつけられ、見物客達は大興奮する。その反応に満足げに頷きながら、アクアは次に黒いステッキを取り出した。

 

「続きましては、どこからどう見ても種も仕掛けもないただのステッキ。これに花を咲かせて見せましょう。ワン、ツー、スリー!」

 

ステッキをクルクルとバトンのように回してから、何も無いことを見せるために観客の目の前に突き出す。アクアがカウントと共にステッキを軽く振ると先端から花が、彼女の全身を覆い隠すほどの大きな花束が出てきた。またしても披露されたハイレベルな芸に見物客は歓声を送る。

 

「更に続きまして、こちらのカード。これを皆様のポケットに瞬間移動させて見せましょう。ポケットの中を確認しましたか? それでは、ワン、ツー――」

 

三度繰り出されるアクアの芸に、見物客達は感謝のお捻りを雨あられと彼女に向かって投げる。そしてもっと芸を見せてくれと懇願するが、丁寧な口調でそれを断った。

 

「あー、お捻りは困ります。私はお金のために芸をしているんじゃないので。それと、芸は必要な時に必要な分だけ見せるのが私の信念です」

 

そんなこと言わずにもっと芸を見せてくれ。と見物客達は更に多くのお捻りを彼女に向かって投げる。硬貨が石畳に次々と落下し、絶え間なく金属音が鳴り響く。

 

「なんでアイツは芸になるとやる気が出るんだ……」

 

「アクアは芸に関しては誰よりも真面目ですからね……」

 

もはや当初の目的を忘れているのでは無いかと思うほど、アクアは次から次へと見事な芸を披露する。その度に大歓声が上がった。

やがて、存分に芸を見せてようやく満足したのか、アクアはスカートのポケットを探ると本来の目的となる物を取り出した。

 

「さてさて、本日最後にして最大の目玉はこちら!」

 

アクアは取り出した物、オイルライターを集まった見物客達に見えるように高々と掲げる。

 

「一見すると何の変哲も無い鉄のオブジェ。しかし、この部分を勢いよく擦るとあら不思議、火が点くのです! 瞬きは禁止! よーく見て下さいね? それでは、ワン、ツー、スリー!」

 

ライターのホイール部分に親指を当て、素早く下ろす。発火石が擦られて火花が生まれ、オイルの染み込んだ芯に飛び付くと小さな火が生まれた。

 

「皆様ご覧になりましたか? 指先一つで火が点きました!」

 

「す、すげぇ! どうやったんだ!」

 

「簡単さ、どうせこっそりティンダーを唱えたんだろ」

 

「いや、あの子の口は動いてなかったわ! 私、ちゃんと見てたわよ!」

 

客達は指一つで火が点いたライターに夢中になっており、どうやって点けたのか、種はどうなっているのかと口々に言い合う。

十分に興味を惹けたと確信したアクアは火を消すと再びそれを掲げ、流れるような口調でライターの説明をする。

 

「本日ご紹介します摩訶不思議なこの道具の名前はライター。指先一つで何時でも何処でも、どんな時でも火を起こせます! これさえあれば火打ち石要らず。ただいまよりこの店にて販売開始です。さぁ、買った買った。早い者勝ち!」

 

アクアが横に動いてウィズの店を手の平で指すと、見物客達は我先にと店へ雪崩れ込む。アクアが芸を見せている間に準備をしていたウィズは、押しかけてきた大勢の客に面食らいながらも出迎えた。

 

「い、いらっしゃいませ! ご注文は……」

 

「ライターだ! ライターを一つくれ!」

 

「私はライターを二つ!」

 

「俺は四つだ!」

 

やってきた客は全員が店の新商品であるライターを注文した。

 

 

◆◆◆

 

 

「フハハハハ! 笑いが止まらないとはまさにこの事だな!」

 

その日、バニルはいつになく上機嫌な笑い声を上げていた。

当然だろう。目の前で自分が計画したビジネスの商品が、文字通り次から次へと飛ぶように売れていたからだ。

 

「はい、ライター二つですね。お買い上げありがとうございます! お待ちのお客様! すみません、ライターの在庫を取ってくるので少々お待ちください!」

 

これで何箱目になるか。またしてもライターの入った木箱が空になり、ウィズは在庫を取りに店の奥に向かった。

 

「汝たちには心から感謝するぞ。そのお礼と手間賃として、これをプレゼントしよう」

 

「……なんだこれ」

 

バニルからカズマと千翼へ、本人曰く『お礼の品』が渡される。それは黒みがかったバニルの仮面であった。

 

「我が輩の付けている仮面の量産モデルである。しかし、量産モデルと侮ることなかれ。月明かりに照らせば身に付けた者はお肌ツヤツヤ、血行促進、その他にも体に良いことずくめなこと満載な優れもの。しかも、超激レアなブラックカラー! 子供達に存分に自慢するがよい」

 

「……これ、身に付けたら外せなくなる呪いの装備とかじゃないよな?」

 

「……付けたくないなぁ」

 

心なしか仮面からは禍々しいオーラのような物を感じる。正直言うと今すぐにでも捨てたかったが、そんなことをしようものなら本当に呪われそうな雰囲気が仮面から醸し出されていた。

貰える物は貰っておくか、と。カズマと千翼は諦め半分にそれを受け取るのであった。

 

 

◆◆◆

 

 

ウィズが店でライターの販売を開始してから数日、彼女の店には連日行列ができるというあり得ない出来事が起きており、当の本人(ウィズ)が一番驚いていた。

そしてこの日、カズマ達はダクネスの実家に集まっていた。

 

「うーん、やっぱりなんか落ち着かないな」

 

「こういう服、着るのって初めてだな」

 

待合室のソファに座るカズマと千翼の二人は何時もの服では無く、首に蝶ネクタイを結び、共に黒いタキシードを着ていた。

礼服など持っているはずも無い二人が貸衣装屋で借りた物だが、着替えた直後にお互いの服装を見て、余りの不似合いさに大笑いしたのも良い思い出である。

 

「あっちはあっちで難航してるみたいだな……」

 

カズマは首を動かしてウォークインクローゼットに続く扉を見詰める。扉の向こうからは聞き慣れた声が何やら騒がしく会話していた。

 

「ねぇダクネス。胸元がブカブカなんですけど」

 

「すまない、それが一番サイズが小さいドレスなんだ……」

 

「……ダクネス、着ようとしたらドレスが下にストンと落ちました」

 

「ええ? それは私が子供の頃に着ていたドレス……や、やめろ! 三つ編みを引っ張らないでくれ!」

 

女性陣はダクネスの衣装を借りることになったのだが、どうやらサイズの合う物が中々見つからないらしく、彼女たちの着替えは難航を極めていた。

しばらく扉の向こうからドタバタと騒がしい音が聞こえ、やがて止んだ。そして扉が開かれると、着替えを終えた三人が姿を現す。

 

「お待たせ!」

 

「着替えましたよ」

 

アクアは白いドレスに同じ色の長手袋、めぐみんは黒いドレス姿だった。

見慣れた何時もの服装では無く、王女との会食という一世一代の場に見合う装いに、男二人は感心の声を漏らした。

 

「おー、良いじゃないか!」

 

「二人とも、似合ってるよ」

 

カズマと千翼からの言葉にアクアは満足そうに胸を張り、めぐみんは恥ずかしそうに背を丸める。

 

「よし、みんな着替えたな。頼むから言葉遣い、所作の一つにまで気をつけてくれよ? 無礼を働こう物なら、それこそ私たち全員の首が飛んでもおかしくないからな」

 

最後に出てきたダクネスは白いドレスに頭には金髪に映える花の髪飾り。いつもはポニーテールにして一纏めにしてる長い髪は、三つ編みにして肩にかけていた。

全員が正装に着替え終えると、部屋を出て王女が待つ広間へと向かう。緊張のせいもあってか道中の廊下がやけに長く感じられた。

そして遂に広間へ続く扉の前に到着すると、ダクネスは振り返って改めて注意事項をカズマ達に言い聞かせる。

 

「アイリス様の相手は私がするから、皆は食事でもしながら頷いてくれればそれでいい。何かあったら私がフォローする。では、いくぞ」

 

全員がしっかりと頷いたことを確認すると、ダクネスは扉に手をかけた。彼女を先頭にして、王女が待つ部屋の扉が開かれる。

 

「お待たせしましたアイリス様。こちらが私の友人であり、冒険仲間であります」

 

晩餐会が開かれる部屋の中には、白いテーブルクロスがかけられたロングテーブルが置かれており、カズマ達の側に四人分の食器とグラスが置かれている。

その反対側の席には、ブドウの房と葉の髪飾りを付けた長い金髪の幼い少女が背もたれの高い椅子に座っている。彼女の左右には護衛であろう、揃いの青い服装の若い女性が控えていた。

 

「お仲間達、初めまして。私の名前はクレア。アイリス様の護衛を務めている者だ。そしてこちらは同じく護衛を務めているレイン」

 

「初めまして、レインと申します」

 

腰に剣を携えた金髪のクレアと、腰にワンドを差した同じく金髪のレインは一礼する。

 

「ダスティネス殿、本日はアイリス様の招待に応じてくれて感謝する。では、一人ずつ自己紹介を」

 

いよいよ自己紹介の時が回ってきたが、相手が相手、状況が状況なのでカズマ達は一歩を踏み出す勇気が出せなかった。

誰が先陣を切るのか互いに目配せしていると、アクアが前に進み出る。ドレスのスカートを両手で持って軽く左右に開くと、恭しく礼をする。

 

「アークプリーストを務めているアクアと申します。本日はお招き頂き、誠にありがとうございます」

 

完璧な所作で目上の人間に対する挨拶を披露したアクアに、カズマ達は感嘆の息を漏らす。正直言って、今回の会食で一番の不安要素は彼女であった。

暇さえあれば昼間から酒を飲み、夜になればまたしても酒を飲む。そして自分の限度を超えて飲み続けた結果、最終的に口から虹を吐き出すのがお約束。

おまけにどれだけ痛い目にあっても全く懲りず、同じ事を繰り返しては因果応報な結末を迎えるのがアクアという少女であった。

この様子なら少なくとも会食中は心配はいらないだろう。一番の懸念が杞憂に終わった事にカズマ達が胸を撫で下ろしていると、水の女神は早速その期待を裏切った。

 

「では、お近づきの印に私の芸を……」

 

「アクア、申し訳ないが他の皆も自己紹介をしないといけないんだ! さぁ、めぐみん。自己紹介を!」

 

「え、ええ!? 私ですか!?」

 

アクアが余計な事をする前に取り押さえ、一刻も早く自己紹介を終わらせるべくダクネスは次の順番をめぐみんに振った。

いきなり指名されためぐみんは自分を指差しながら面食らい、助けを求めるようにカズマと千翼に目配せするも、二人は揃って小さく親指を立てていた。男二人に若干恨みがましい視線を送りつつ、覚悟を決めためぐみんは前に出る。

先程のアクアの所作に倣ってスカートの両端を掴み、軽く開いて礼をする。

 

「め、めぐみんです。職業はアークウィザードをしています。ええと、ほ、本日はお招き頂きありがとうございまひゅ……」

 

最後の最後で緊張から噛んでしまっためぐみんの顔が真っ赤に染まる。頭から湯気が出そうであった。

 

「では、二人とも。挨拶を」

 

何とかアクアを押さえ込んだダクネスが、すかさず残る二人に挨拶を促す。めぐみんはそそくさと元いた位置に戻ると、入れ替わりでカズマと千翼が前に出た。

 

「千翼です。今日はよろしくお願いします」

 

「佐藤和真です。本日は王女様にお食事に誘って頂き、光栄の極みです」

 

こういった畏まった場でのマナーはよく分からないが、ゲームで見た謁見シーンを見よう見真似で再現する。

胸に手を当てながら礼をするが、肝心の王女の反応は無かった。不安になったカズマは少しだけ頭を上げ、薄目でアイリスの様子を伺うと、少なくとも機嫌を損ねた様子は無いので安心したように小さく息を吐いた。

 

――それにしても、見れば見るほど可愛いなぁ。俺もあんな義妹が欲しい人生だったよ。

 

カズマは生前、両親に「離婚して俺より年下の女の子がいる相手と再婚してくれ。そうしたら俺はそっちの子供になる」と堂々と頼み込むほど義妹を欲しがっていた。

当然ながらそんな戯けたことを抜かしたカズマは、父と母から本気でぶん殴られた。

何とかお近づきになって、仲良くなれないかな。とあれこれ妄想しているとアイリスが隣に立つクレアに何やら耳打ちする。

うんうんと頷きながらその言葉を聞いたクレアは、若干鋭い目付きでアイリスの言葉をカズマ達に伝える。

 

「下賤の者、チラチラと王族を盗み見るとは何事か。もっと頭を垂れて跪け、そして私が良いと言うまで頭を上げるな。と仰せだ」

 

――んだと、このガキィ! 王族だからって調子に乗りやがって!

 

カズマのアイリスに対する評価は、この瞬間に「義妹にしたいくらい可愛い女の子」から「王族だから調子こいてるクソガキ」に転落した。

今すぐにでも晩餐会を蹴って冒険者ギルドに向かい、そこで安いシュワシュワで脂っこい唐揚げを流し込みたい気分だったが、額に青筋を浮かべながらも深呼吸をして自分を落ち着かせる。

 

「……大変失礼いたしました」

 

表向きは平静を装い、謝罪をしつつ言われたとおり片膝を付いて頭を下げる。隣の千翼もその動きに合わせて膝を付いた。

屈辱的なことこの上無いが、ここで自分が騒ぎを起こせば一番迷惑を被るのはダクネス。自分の面子などどうなろうが構わないが、彼女はこの国を代表するほどの大貴族。その家名をわがままで傷付ける訳にはいかないので「この瞬間だけ我慢しろ」と自分に言い聞かせていた。

 

「よろしい、頭を上げよ。と仰せだ」

 

再びクレアを通してアイリスが言葉を伝えると、カズマと千翼は頭を上げた。

こうして、いよいよ会食が始まる。

 

 

◆◆◆

 

 

広間には食器が触れあう音が小さく響いていた。

貴族であるダクネスは慣れた様子で上品な所作で料理を口に運び、カズマはそれを見ながら下品にならないように注意しつつ食べる。

めぐみんは次々と頬張ってはその味に感動し、アクアはいつも通り酒ばかり飲んで肴感覚で料理をつまんでいた。

会食の参加者達が食事をしている中で、千翼の前にはグラスに注がれた水が置かれているだけだった。

事前にダクネスが「千翼は特定の時間以外で食事をしてはいけない。という指示を医者から受けた」と嘘をついたおかげで、食事をしなくても怪しまれる心配は無かった。

ほどほどに食事が進んだ所で、アイリスがクレアに耳打ちする。

 

「あの魔剣の勇者であるミツルギ殿も一目置くあなたの冒険譚を早く聞かせてほしい。と仰せだ」

 

咀嚼していた料理を飲み込むと。よし、と小さく気合いを入れてカズマが立ち上がる。

 

「カズマ……」

 

「分かってるって」

 

何か余計なことを言わないか心配した隣に座るダクネスが不安げに声をかけると、任せろと言わんばかりにカズマは自信に満ちた笑みを返す。

アイリスに向かって一礼すると、カズマは自身の冒険譚を、この世界に転生してからの数々の出来事を語り始める。

 

「それでは、この街にやってきたデュラハンを討ち取った時の話から――」

 

 

◆◆◆

 

 

「――そこで、千翼とダクネスがシルビアをおびき出して、俺が狙撃スキルでズドン! 最後に千翼がシルビアを切り捨て、皆の協力で見事に魔王軍幹部を討ち取ったわけです」

 

刺激の強い話や、知られたらマズイ話は上手い具合に誤魔化し、カズマが最後に紅魔の里での出来事を語り終えると一礼して着席する。冒険譚を聞き終えたアイリスは目を輝かせ、興奮した様子でクレアに耳打ちし、それが終わるとまるで英雄でも見るかのような眼差しをカズマに向けていた。

 

「王女様は、貴方のように仲間と協力し、知恵を駆使して強大な敵を打ち倒す人は見たことが無い。私が今まで見てきた人はどれもこれも、絶大な力を持った勇者が一方的に敵を倒す話ばかりだった。と仰っている」

 

「そりゃまぁ、俺みたいな奴が敵と真っ向から戦ったら絶対に勝てない。だからこそ頭を使って、仲間と力を合わせて戦うしか無いんです」

 

語り疲れた喉を潤すためにグラスを呷っていたカズマは、クレアを通して伝えられたアイリスの言葉に、どこか照れくさそうにしながら仲間達を見る。

視線に気が付いた千翼、めぐみん、ダクネスは嬉しそうに微笑んだ。すっかり出来上がっているアクアはそんなことは露知らず、ワインのお代わりを頼んでいた。

再びアイリスが耳打ちし、クレアが内容を伝える。

 

「カズマ殿は冒険者になる前はどんな仕事を? と、仰せだ。私も気になりますね。是非とも聞かせてほしい」

 

もう一杯、とグラスを呷っていたカズマは盛大にむせた。自分の胸を激しく叩きながら、気まずそうに口を開く。

 

「し、仕事ですか……。か……家族が帰る場所を守る仕事をしていました」

 

人それを自宅警備員(ニート)と言う。

 

「ふむ、守衛のようなものでしょうか。チヒロ殿は? 聞いた話だとカズマ殿と同郷らしいが」

 

「え、えっと……」

 

いきなり話を振られた千翼は、自分の番が回ってくるとは思っていなかったため、驚きで身を竦ませた。

まさか「人食いの化け物を狩っていて、その様子を生配信して生活していた」などと言えるはずも無く、突然話を振られてどう答えたらいいのか分からず口ごもる。

流石のダクネスとめぐみんもこれにはどうフォローしたらいいのか思いつかないらしく、冷や汗を流しながら視線を忙しなく右往左往させていた。

 

「千翼は冒険者とは別で、危険なモンスターから人を守る仕事をしていました。なんでもとても頼りにされていたとか」

 

その様子を見かねたカズマがすかさず当たり障りの無い、そして嘘では無いフォローを入れた。

 

「ほう、冒険者になる前からモンスターと戦うことを生業にしていたとは。大した物です」

 

「い、いえいえ。それほどでも」

 

クレアの視線が外れたところで、千翼はカズマにだけ見えるように小さく手を上げて感謝の意を伝える。それに対してカズマも小さく親指を立てて応えた。

これで会食の目的である冒険譚は語り終えたので、あとはせいぜい雑談をしている内にこの会食は終わるだろう。

山場を越えて安心したカズマは、先程中断されたワインを飲み干そうとグラスを傾け――

 

「ところで、カズマ殿はどうやってミツルギ殿に勝ったのでしょうか? 参考にしたいので冒険者カードを拝見させていただけませんか?」

 

再び盛大にむせた。急いでナプキンを手に取り、口元を乱暴に拭う。

 

――見せられる訳ねぇだろ! ただでさえ癖のあるスキル構成に、リッチー専用のドレインタッチを習得してんだぞ! 見られたら問答無用で首が飛ぶ!

 

カズマは以前、デストロイヤーの件で裁判になった際に検察官であるセナから「リッチー用のスキルであるドレインタッチをどうやって習得したのか?」と問い詰められ、答えることが出来ず大ピンチに陥ったことがある。

あの時は原告であるアルダープが先走ったお陰で上手く反論できたが、今回ばかりはそうはいかない。

何とかしてカードを見せずに済むような言い訳を考えるが、焦りで何も思い浮かばなかった。

 

「ええと、冒険者が手の内を明かすのは流石に……そうだ! アクア、ここら辺で何か芸を……」

 

「んー、なーんか今はそんな気分じゃないのよねー。気分が乗らない状態で芸を披露するのは私のポリシーに反するし、何よりもそんな芸を見せるのはお客さんに失礼だし。あ、シュワシュワのおかわり下さい!」

 

めぐみんが割って入って代わりに言い訳をし、話題を逸らすためにアクアに芸を披露するよう促すが、酒で顔を真っ赤にしたアクアは自分の芸に対するこだわりを語ると、運ばれてきた新しいシュワシュワの封を開けて豪快にラッパ飲みする。

 

「ご安心を。アイリス様の近衛騎士の名に誓って他言はいたしません。それとも、何か見せられない理由が?」

 

――はい、そうです。見せられない理由があるんです。

 

いっそのこと正直に全てをぶちまけたかったが、当然ながらそんなことは出来ない。

こうしている間にもアイリス達は徐々に怪訝な顔付きになり、カズマの焦りはますます加速する。

上手い言い訳は無いかとかつて無いほどに頭をフル回転させるが、空回りに終わるばかりで何も浮かんでこなかった。

 

「あの……実はカズマの職業は俺と同じ冒険者なんです。最弱職の……。それを知られるのが恥ずかしいから見せようとしないんじゃないかと……」

 

「そ、そうなんです! 本当は転職したいんですけど、ステータスとかスキルとか、とにかく色々とあって冒険者のままで……。いやはや、お恥ずかしい限りです」

 

ここで千翼が助け船を出し、進退窮まっていたカズマは迷うこと無く飛び付いた。

しかし、カズマと千翼が最弱職の冒険者と聞いて、怪訝だったアイリス達の顔が疑念の表情に変わる。

 

「カズマ殿と千翼殿が最弱職……? それでは、カズマ殿は一体どうやってミツルギ殿に勝ったのですか? 千翼殿も、冬将軍を退けたというのは本当なのですか?」

 

アイリスとクレア、そしてレインもカズマが正々堂々ミツルギと勝負した上で勝ったと思っているのだろう。実際は不意打ちでミツルギが怯んだ隙に、お得意のスティールで彼の愛剣であるグラムを奪い、その刀身で相手の頭を叩いて結果的に勝っただけである。

さすがのカズマも、これは頭脳プレイというには卑劣であるという自覚はあったので言い出せなかった。

千翼の冬将軍の件も、討伐では無くあくまで撃退しただけなので、当然ながら冒険者カードの討伐記録には残っていない。それ故に証明することが出来なかった。

カズマと千翼が言葉を詰まらせていると、アイリスがクレアに耳打ちする。内容を聞いたクレアは、何故か微かに頬を染めながら言葉を伝えた。

 

「その……ソードマスターであるミツルギ殿が最弱職である冒険者に負けた。などというのはとても信じられないし、同じく冬将軍を撃退したという話も冒険者では疑わしくなってきた。二人揃って私に嘘をついたのか。それにミツルギ殿はイケメンですし。と仰せだ。……私も同感です。彼はイケメンですからね」

 

「いや、イケメンは関係ないだろ……」

 

何故ここでミツルギの容姿の話が出てくるのか。いつもであればカズマは遠慮容赦なくその事についてツッコミを入れるが、今回の相手は王族。下手な真似をしようものなら命が無いため、聞かれないようにボソッと呟くことしか出来なかった。

 

「気分を害しました。ですが、冒険譚の褒美はキチンと取らせる。そこの最弱職の嘘つき男二人はそれを持ってさっさと立ち去りなさい。と仰せだ」

 

クレアに耳打ちを終えたアイリスは、隣に立つレインに目配せする。承知しました。と言ってレインがカズマの前にやってくると、懐に手を入れて中にある物を掴んでカズマに差し出す。開かれた彼女の手の平には、色とりどりの宝石が乗っていた。

 

「これが冒険譚の褒美です」

 

「はぁー……それじゃありがたく……」

 

「ふんっ!」

 

疲れたような溜息を吐いて、カズマは報酬を受け取ろうと宝石に手を伸ばすが、横から割り込んできた手が宝石を持つレインの手をはね除けた。

七色の宝石達が宙を舞い、絨毯の上に落ちる。

突然の事にカズマとレインは何が起きたのか理解出来ず固まっていた。

 

「褒美はいりません。その代わり、先程の嘘つき男という言葉を今すぐ撤回してもらいましょうか」

 

レインの手をはね除けた人物――めぐみんは、アイリスを真っ直ぐに見据えながら堂々と言い放った。

 

「貴様!」

 

めぐみんの狼藉に激昂したクレアが腰の剣を抜き放ち、一瞬で間合いを詰めてめぐみんの眼前に切っ先を突き付ける。あと少しでもどちらかが前に出ていたら、めぐみんの顔に傷が付きそうな距離だった。

 

「アイリス様からの褒美になんて事を! しかも嘘つき男という言葉を撤回しろ? 貴様は誰に向かって言っているのか理解しているのか!」

 

今すぐにでも斬りかかってきそうな剣幕のクレアが怒鳴る。しかし、当のめぐみんは臆した様子も無く、視線をアイリスから目の前のクレアへと移した。

彼女をまっすぐ見詰めながらゆっくりと口を開き、一つ一つの言葉がハッキリと聞こえるようにめぐみんは言葉を紡ぐ。

 

「ええ、理解していますよ。理解しているからこそ言っているんです」

 

「めぐみん止めろ! 俺も千翼も別に気にしてないから!」

 

「そうだよめぐみん!」

 

「カズマ、チヒロ。大変申し訳ありませんが私はどうにも納得できません」

 

顔を真っ青にしたカズマと千翼がめぐみんを止めるために必死に叫ぶが、返ってきたのは冷静な拒絶の言葉だった。

もはやダスティネス家の家名に傷が付くどころの騒ぎでは無い。このままでは和やかだった晩餐会が刃傷沙汰で血に染まる。それだけならまだ良いが、下手をすればこの場で打ち首になりかねない。

 

「人は誰しも言えないことや言いたくないことがあります。私にだってあります。ですが、貴方たちはそんな物は無いと言い切れるほど清廉潔白な人間なのですか?」

 

剣呑が空気が漂い、誰も彼もが動くことも喋ることも躊躇う中、めぐみんはクレアの目を真っ直ぐ見詰めながら言葉を続ける。

 

「カズマは強大な敵が現れたときは、どうやったら勝てるのか考え。時には自分の身を危険に晒してでも策を実行し、強敵を倒してきました」

 

めぐみんはどこまでも真剣な声色と眼差しでハッキリと自分の意志を伝える。その姿に何かを感じ取ったクレアは微かに剣を震わせた。

 

「チヒロはまともに戦えない私たちに代わって、いつも前に出て率先して危険な役割を買って出てくれました。それこそ今まで助けられた数は数えきれません」

 

「だ……黙れ!」

 

一歩も退かないめぐみんに微かに気圧されたクレアが、彼女を威圧するため、そして自分を奮い立たせるために叫ぶ。しかし、それでもめぐみんは動かない。

 

「貴方たちは二人がどれだけ真剣に魔王討伐を考えているのか知っているのですか? 私は大切な仲間を嘘つき呼ばわりされて我慢できるほど心は広くありません。もう一度言います、今すぐ嘘つき男という言葉を撤回してください!」

 

めぐみんがここまで憤っている理由、それは『人間として生きたい』という願いを叶えるべく食人衝動に苦しめられている千翼と、彼を手助け出来るならばと力を尽くしているカズマを侮辱されたからであった。

特にカズマに至っては、千翼と出会った当初はその力を利用して楽をしようとしていたが、彼と過ごす内にその人間性と苦悩に触れ、めぐみんが出会った時からは想像も付かないほど人間として成長していた。

いくら彼らの事情を知らないとはいえ、魔王討伐を目指して今まで幾つもの死線を切り抜けてきた二人を嘘つき呼ばわりされたことに、何よりも仲間を大切に思っているめぐみんはどうしても我慢ができなかった。

 

「き……貴様! それ以上アイリス様に無礼な口を利くなら、本当に切り捨てるぞ!」

 

クレアが最後の警告として実力行使に出ることも辞さない構えを叫ぶが、それでもめぐみんは視線を動かさない。

緊張の糸は極限まで張り詰め、いつ引き千切れてもおかしくない状況であった。

 

「クレア殿、どうかお待ちを。めぐみんもそこまでだ」

 

ここで割って入ってきたダクネスが左手でめぐみんを制し、右手でクレアの剣に触れるとゆっくりと下ろす。ようやく張り詰めた空気が和らぎ、緊張の糸が緩んだ。

クレアはめぐみんを睨みながら一先ず剣を下ろし、対するめぐみんもクレアを睨みながら一歩下がる。

すんでのところで場を納めたダクネスは、アイリスに向かって頭を下げると驚くような事を口にした。

 

「アイリス様、私の仲間が失礼いたしました。ですが、私からも無礼を承知で申し上げます。先程の嘘つき男という言葉を取り消していただけないでしょうか」

 

「なっ、ダスティネス卿まで!?」

 

驚愕するクレアを余所に、ダクネスはゆっくりとアイリスの元へ歩み寄る。

 

「私は彼らと共に様々な冒険をしてきました。そしてその中で幾度となく危険な目にも遭いました。ですが、私の仲間が申した通り、その度にカズマが機転を利かせ、チヒロがその力を以て強敵を打ち倒してきました」

 

アイリスの元へ辿り着いたダクネスは、跪いて目線を合わせると優しく、穏やかな声で彼女に語り掛ける。

 

「冒険者としての強さは職業だけで決まる物ではありません。共に冒険をしてきた私が断言します、彼らは決して嘘つきなどではありません。ですから、お願いいたします。嘘つき男という言葉を取り消し、彼らに謝罪をしていただけないでしょうか」

 

困惑の表情でアイリスはダクネスを見詰める。やがて口を固く結んで悔しそうな顔をすると、いきなり立ち上がり叫んだ。

 

「あ……謝りません!」

 

ここで初めて、アイリスは家臣を通してではなく自身の口で意見を喋る。自分たちを介さずに突然話し始めた主君を見て、近衛の二人は驚いていた。

 

「あの二人が嘘つきで無いと言うのなら、ミツルギ様にどうやって勝ったのかを説明させ、冬将軍を撃退したという証拠を出しなさい! それが出来ないのなら、やはりあの二人は口ばかりの大嘘つ……」

 

アイリスが最後まで言い切る前に、何かを叩く乾いた音が広間に響く。

 

「……ぁ」

 

『あ……』

 

アイリスは自分の身に何が起こったのか理解出来ず、それ以外の人間は目の前で起きた事が理解出来ず口から声を漏らした。

起きた出来事――ダクネスが尚もカズマと千翼を嘘つき呼ばわりするアイリスの頬を叩いたのだ。

数秒してようやく痛みを感じ始めたのか、アイリスは赤くなった自分の左頬を押さえる。震えながら視線を戻すと、目の前には真剣な表情と眼差しで自分を見詰めるダクネスの姿があった。

 

「だ、ダスティネス卿! なんてことを!!」

 

先程のめぐみんの物言いを何とか堪えていたクレアが、とうとうダクネスの狼藉で我慢の限界を迎え彼女に斬りかかる。

手に持つ剣を振りかぶると、白刃を閃かせながら振り下ろした。

 

「だ、ダメ!」

 

アイリスの叫びも虚しく、白刃は振るわれた。肉を斬る音が響く。

王女に冒険譚を聞かせる為に開かれた晩餐会の会場は、ダクネスの血で――染まらなかった。

 

「っ!?」

 

クレアは自分の目の前で起きていることが理解出来ず、目と口を開けたまま固まっていた。

振るわれた剣は間違いなくダクネスを斬った。彼女が身を守るために咄嗟に上げた右腕をほんの少しだけ。傷口から鮮血が溢れ刃を伝って広間の絨毯に滴り落ち、赤い染みを作る。

怒りの余り我を忘れ、手加減無しで剣を振るったクレアは、自分の一撃が生身で容易く受け止められたことに愕然としていた。

ダクネスが軽く押し返すと、腕からあっさりと剣が離れ、そのまま傷を気にする様子も無くアイリスに向き直る。クレアはその光景を呆然と見詰めることしか出来なかった。

 

「アイリス様、失礼しました。ですが、数多の魔王軍幹部を討ち取り、多大な功績を挙げた者達に対して嘘つき等とは決して言ってはならない言葉です」

 

ダクネスはアイリスの頬に手を添え、一つ一つを言い聞かせるように優しくゆっくりと語り掛ける。

 

「たとえ彼らが魔剣使いにどうやって勝ったのか説明出来なくても、冬将軍を退けた証拠を出せなくても、二人が挙げた数々の功績は揺るぎない物です。世の中には様々な事情があって言えないこともあります。ですが、たった一つのことを言えないだけで、命を賭して戦う彼らを嘘つきと呼ぶのは余りにも酷ではないでしょうか」

 

アイリスは一筋の涙を流し、自分の頬に添えられたダクネスの手に触れながら謝罪の言葉を呟いた。

 

「……ごめんなさい」

 

 

◆◆◆

 

 

「ダスティネス卿、今回の件は誠に失礼いたしました。怒りに任せて剣を振るうなど、近衛騎士としてあるまじき失態です」

 

「いえいえ、お気になさらずに。この通り傷もすっかり癒えました。今回のことは互いに水に流しましょう」

 

会食を終え窓から茜色の夕日が差し込む広間で、クレアがダクネスに深々と頭を下げていた。

流血沙汰を起こしたクレアは謝罪をするが、当のダクネスは傷が跡形も無くなった腕を見せながら気にしていないことを伝える。

あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、会食の途中から酔い潰れて爆睡していたアクアにカズマが拳骨を落として文字通り叩き起こし、ダクネスの怪我の手当をさせたのだ。

たとえどれだけ酔っ払っていようがそこは女神、お得意のヒールでダクネスの怪我はあっという間に治療された。

と、アイリスがレインの袖を引っ張る。レインはしゃがんで顔を近づけると、アイリスは耳打ちをした。

 

「そういうことは、キチンと自分の口で仰るべきですよ。大丈夫です。カズマ殿もチヒロ殿もとても優しいお方ですから」

 

まさか家臣からこのような返事が返ってくるとは予想していなかったのだろう。驚いたアイリスは戸惑うようにカズマと千翼、レインの間で視線を往復させる。

やがてレインから背中を軽く押され、一歩前に出たアイリスは目を伏せながら何かを言おうとして口ごもる。ようやく言葉にする決心が固まったのか、息を吸い込むと二人に聞こえるようにハッキリと言葉を紡ぐ。

 

「その……二人を嘘つきと言ってごめんなさい……。ええと……また……冒険話を、聞かせてくれませんか?」

 

王女から直々の謝罪の言葉を聞き、カズマと千翼は顔を見合わせる。そして少しだけ笑うと二人揃って胸に手を当てて背筋を伸ばした。

 

「王女様の頼みとあらば、喜んで!」

 

 

◆◆◆

 

 

「それでは、我々はこれで」

 

「カズマ殿達のこれからの武運と幸運を祈ります」

 

「また、お話ししましょうね」

 

アイリス一行を見送るために外に出たカズマ達は別れの挨拶を交わす。

ダスティネス家の使用人達も見送りに来ており、何十人もの人間が整列している光景は壮観であった。

 

「アイリス様も、お元気で。機会があればまたお話をしましょう」

 

「さようなら、王女様」

 

「次は私の爆裂魔法を披露しますよ!」

 

「うぁ~……もう一杯……」

 

ダクネス、千翼、めぐみん、泥酔して立つこともままならないので、めぐみんに肩を貸してもらっているアクアが手を振る。正確にはアクアはめぐみんに手を振らされていた。

 

「準備はいいですか? それでは、テレポー……」

 

レインが右手を上げ、城に帰るためにテレポートの魔法を唱え始める。アイリス達三人の周りに光が渦巻き始めた。

 

「それじゃあ王女様、次に会ったら色々と話せなかった冒険譚を話しますよ」

 

少しだけ名残惜しさと寂しさを感じながら、されど顔には出さずに努めて穏やかな表情でカズマは手を振る。

楽しい時間はこれでお終い。明日からまた忙しい日々が始まる。今度はパーティーの強化だけでなくウィズの店で販売する次の商品も考えなければならない。

この忙しさはきっと魔王を倒すその日まで続くのだろう。一刻も早く平穏な生活を送るため、そして何よりも千翼の願いを叶えるため、カズマは決意を改めた。

 

「いいえ、お話の続き。今すぐ聞かせてください!」

 

テレポートの詠唱が完了する直前で、アイリスはカズマの手を掴むと勢いよく引き寄せる。

 

「へ?」

 

物思いに耽って油断していたカズマはあっさりと引っ張られると、テレポートの光と共に姿を消した。




というわけで、王都編の前半でした。
今作のカズマは原作のような失礼な言動はしないため、晩餐会のシーンをどうするか悩みに悩んだ結果。原作でのカズマの役回りをめぐみんに担当してもらうことになりました。
あのやり取りからどうやって原作のような終わらせ方にするべきか、本当に大変でした。
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