この悲運の主人公に救済を!   作:第22SAS連隊隊員

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王都編、中編となります。


Episode19 「S」ILVER HAIRED ROBBER

朝、地平線から太陽が顔を出す。

夜の暗闇で覆われていた世界に徐々に光が差し、今日という日が始まる。

 

「んー……」

 

豪華な装飾に、それに見合った家具が置かれた部屋。その中央に置かれた巨大なベッドの上で、カズマは目を覚ました。

両腕を上げて伸びをすると、ベッドから降りて寝間着から何時もの服装に着替える。着替えが終わると、巨人が楽々と出入りできそうな大きな扉がノックされた。

 

「カズマ様、もうお目覚めでしょうか」

 

「はい、起きてます」

 

「朝食の用意が出来ておりますので、部屋でお待ちください」

 

了承の返事をしつつカズマは室内のテーブルに座った。朝食を待つあいだ窓の外を眺める。

視線を上に向ければ、澄み渡る朝の空を鳥の群れが横切ってゆく。

視線を下に向けると、灰色の石で積み上げられた城壁に尖塔、本城が見えた。

 

「今日で三日目か……」

 

 

◆◆◆

 

 

会食後にアイリスに引っ張られ、テレポートに巻き込まれた結果。カズマは王城にやって来てしまった。

当然ながらクレアはすぐにでもカズマを帰そうとしたが、アイリスの「彼は私が招待した正式な客人です」という鶴の一声には従わざるをえなかった。

そしてカズマがアイリスから求められたことは、自分の遊び相手になって欲しい。という物であった。こうしてカズマの王城生活が幕を開けることとなる。

再び扉をノックする音に気が付きカズマが返事をすると、皺一つ無いタキシードを隙無く着こなした眼鏡の老執事が扉を開けて姿を現し、その後ろには朝食を乗せたカートを押すメイドが部屋に入ってきた。

 

「本日のメニューはレッサードラゴンのベーコンエッグ、新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダ。パンとフルーツジャムでございます。それではごゆっくり」

 

メイドがカートからテーブルへ朝食を置いていき、メニューの内容を執事が説明する。全ての料理がテーブルの上に置かれると、二人は一礼して壁際に控えた。

 

「いただきます」

 

両手を合わせて食前の挨拶をして、カズマはフォークを手に取り手始めにサラダを食べ始めた。レタスとアスパラガスを一緒に刺して口に運ぶ。一口噛むごとにシャキシャキとした食感と水々しさが口の中に広がる。

よく噛んでから飲み込み、次の野菜を食べながらアクセルにいる仲間達のことを考えた。今頃みんなはどうしているのだろうか。

目の前でテレポートに巻き込まれる瞬間を見ていたので、少なくとも自分が安全な場所にいることは知っている。正直なことを言えば一刻も早く帰りたいのがカズマの本音だが、城に連れてこられた直後、アイリスの護衛であるレインからこんなことを聞かされたのだ。

――アイリス様は普段は王族という立場を理解して自分を押し殺しています。こんな年相応の我が儘を言ったのは初めてです。どうかお付き合いください。

そんなことを言われたら「今すぐアクセルに帰してくれ」等とは口が裂けても言えない。こうして流されるまま三日が過ぎたのだ。

あれこれと考えている内に朝食の殆どを食べ終わり、残るは手元に残った一欠片のパンのみ。残りのジャムが入った小皿をパンで綺麗に拭き取り、口に放り込む。それを飲み込んで文字通り完食したカズマは両手を合わせた。

 

「ごちそうさまでした」

 

メイドが空の食器を片付け、執事と共に一礼をして部屋を出て行く。入れ替わるように、廊下から軽い足音が聞こえてきた。

 

「お兄様!」

 

「お、そろそろ来ると思ってたぞアイリス。今日はそのボードゲームか?」

 

「はい、昼からはお勉強とバイオリンのレッスンがあるので、それまで一杯遊びましょう!」

 

部屋に入ってきたのは、折り畳まれたボードを抱えたアイリスであった。

カズマの対面に座ると、ボードを開けて中に入っていた白と黒に色分けされた、様々な形の駒を取り出す。

白い駒を自分の手元に、黒い駒をカズマの方へ置くと、白黒の市松模様のボードをテーブルの上に広げて駒を並べてゆく。

 

「よーし、今日こそアイリスから一本取ってみせるぞ。この前と同じで手加減は必要ないからな?」

 

「はい、望むところです!」

 

お互いに一礼してから、先行のカズマが駒を手に取った。ちなみに、アイリスはカズマを「お兄様」と呼んでいる理由は二日前に遡る。

その日、アイリスは一日の公務を終えた後なので、あとは風呂に入って寝るだけであった。それならばと、風呂の準備が出来るまでの間に冒険譚の続きを聞かせて欲しいとカズマにせがみ、苦笑しつつも彼は話し始めた。

クレアがいないことを良いことに、ちょっと刺激の強い話も交えつつ会話を楽しんでいると、ふとアイリスが呟く。

 

「こんなに楽しく話せたのは久しぶりです。まるで昔のお兄様とお話しているみたいです」

 

その言葉は、両親に離婚を懇願するほど義妹を欲しがっているカズマのハートを見事に打ち抜いた。

物は試しと、もっと砕けた感じで呼んで欲しいとアイリスに頼み、彼女から「お兄ちゃん」と呼ばれた瞬間、カズマは十七年の人生で最大の幸福を感じたという。

しかし同時に「もしかしたら引き返せなくなるかも知れない」という危険を本能的に感じ取り、妥協案で「お兄様」と呼ばせることで何とか踏み留まった。それ以来、アイリスは親しみを込めてカズマの事をお兄様と呼んでいる。

 

「チェックメイト!」

 

「え……あー! しまった!」

 

アイリスが白い駒を盤上に置くと同時に、勝利を宣言する。

自分の王の駒が詰められた事を理解したカズマは、一瞬の間を置いてから頭を抱えて叫んだ。

 

「これで五連勝です! この調子なら、今日も私の勝ち越しですね!」

 

「くっそー……もう一回だ! 俺はまだ諦めない!」

 

カズマが再戦を申し出ると、二人は散らばった自分の駒を手元に集めて並べ直す。ゲーム開始前の状態に戻ったところで、本日六回目となる試合が開始されようとするが――

 

「アイリス様、お勉強の時間です」

 

「カズマ様、昼食をお持ちしました」

 

二人にそれぞれ声がかけられ、止むなくゲームは中止となった。

 

 

◆◆◆

 

 

「うーん、今日はどうすっかな……」

 

昼食を食べ終えたカズマは、寝泊まりしている部屋のベッドに寝転びながら退屈そうに呟く。

城に来てから迎えた初日はアイリスから遊んで欲しいとせがまれ、一緒にボードゲームをしたり、木材を削って日本の伝統的なおもちゃである竹トンボや独楽を作って遊ぶなどしてあっという間に一日が終わった。

続く二日目は、アイリスが一日中勉強や習い事で遊んでいる時間がなかった。暇を持て余したカズマはせっかく城に来たのだからと、その日は城を探検して居る内に日が暮れた。

そして三日目となる今日。

 

「アイリスは午後からスケジュールがみっちりと詰まってるし、城の中は一通り見て回ったし……暇だ……」

 

一度だけアイリスの勉強を見学したことがあったが、この世界の歴史など全く知らないカズマにとって、教師の口から次々と出てくる聞いたことも無い国名、人名、事件や出来事などは眠りへ誘うには十分すぎるほどに効果があり。結果、居眠りしていたところを叩き起こされ、アイリスの勉強を邪魔した罰として両手に水の入ったバケツを持った状態で廊下に立たされたのだ。

また城の中を見て回ろうかと思ったが、いくら客人とは言え用も無いのに二日続けてウロウロするのは流石に人目が悪いので止めることにした。

 

「あーあ、町でお祭りでもやってないかな……」

 

何気なく呟いてから数秒後、ガバッと起き上がる。

 

「って、そうだよ。ここは王都だ。せっかくだから城下町を見て回るか!」

 

何故今までこの事に気が付かなかったのだろう。ここはアクセルから遠く離れた王都、当然ながら人や物の集まりもアクセルとは比べものにはならない。滅多に訪れることの無い場所に来たのだから、観光しなければ損である。

カズマは身支度を調えると、扉を開けて廊下で控えていた老執事に外出する旨を伝える。

 

「すみません、ちょっと城下町を見てきます」

 

「左様ですか。でしたら直ぐに護衛の手配を……」

 

「いえいえ! 本当にちょっと見てくるだけですから! 別に危ない所には行きませんから! 夕方までには帰ってきます! それでは!」

 

「あ、カズマ様……」

 

一方的にそれだけを伝えて、何か言われる前にカズマは猛ダッシュでその場から離れた。せっかく人目を気にせず思いっきり観光しようと思っていたのに、護衛など付けられたらとてもじゃないが楽しめない。

内心で執事に謝りつつ、城を飛び出したカズマはまずは市場へと向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

王都の市場では、人がごった返していた。

一人でも多くの客を呼び込むために、あちこちから他の店に負けないように、威勢の良い客引きの声が響く。

 

「さぁさぁ今朝採れたばかりの新鮮な野菜に果物! 生で食べて良し、料理にすれば絶品! 買った買った!」

 

「今が旬の脂が乗りに乗った魚はいかがですか! エビに貝、カニにタコ! 他にも美味しい海産物が目白押し!」

 

「ドラゴン退治に行くならウチの剣が一番! 固い鱗も何のその! 盾や鎧もあれば炎も牙も怖くない! 武勲を立てて英雄になりたいなら、ウチの装備が一番だよ!」

 

四方八方から響く声に、客が一人店を覗いては何かを買って去って行き、入れ替わりでまた別の客が店を覗く。昼時と言うこともあって、市場は活気付いていた。

 

「やっぱりアクセルとは賑わいが違うなー。店の数も品揃えも段違いだ」

 

歩きながら店を流し見していると、どの店もアクセルでは見たことも無い商品が陳列されていた。

興味を惹かれる物は幾つもあったが、持ち合わせどころか財布そのものが無いので、名残惜しみつつ眺めるだけで満足することにした。

市場をしばらく散策していると、ある店でカズマの視線と足が止まる。

 

「あれ……」

 

カズマは人混みの中で、店を覗いている一際目立つ銀色の髪を見つけた。

太陽を照り返す銀髪を何気なしに見ていると、服装も後ろ姿も見覚えがあることに気が付いた。もしやと思い、カズマは思い切って声をかけてみる。

 

「クリス?」

 

「あれ、誰かと思ったら君か!」

 

振り返った銀髪の人物は、冒険者としての先輩でもあり友人でもある盗賊のクリスだった。

まさかこんなところでカズマと出会うとは思ってもいなかったらしく、クリスは驚きで紫色の瞳を見開く。

 

「驚いたな、クリスが王都にいるなんて」

 

「うん、ちょっと野暮用でね。そういう君こそなんでこんな所にいるの? それに他のみんなは?」

 

「いやー、実はさ……」

 

カズマは王都に来ることになった経緯を説明すると、余りのおかしさにクリスが腹を抱えて笑い出した。

 

「あはは! それは災難だったね。あ、そうだ! お城の中の話し聞かせてよ。一杯奢るからさ!」

 

「マジで!? それじゃお願いしようかな」

 

思わぬところでタダ酒が飲めることになり、カズマは迷うこと無くクリスの提案に乗った。

そのまま二人は近くの酒場に入ると、空いている席に座って早速二人分のシュワシュワと唐揚げを注文する。程なくして二つのジョッキと皿に盛られた唐揚げがテーブルに運ばれ、それぞれのジョッキを持って乾杯する。

 

「んぐっ、んぐっ……っぷはぁー! やっぱり俺にはこれが一番だな!」

 

ジョッキを豪快に呷り、喉を鳴らしながら中身を嚥下する。気心知れた相手に出会えた上に、三日ぶりの慣れ親しんだ酒の味にカズマは感動していた。

唐揚げを一つ口に放り込むと、ある程度咀嚼してからそれをシュワシュワで喉の奥に流し込む。ギルドの酒場で数え切れないほど味わった組み合わせに、カズマは再び感動の溜息を吐いた。

 

「高いお酒も良いけど、やっぱり慣れ親しんだ味が一番だよね」

 

「そうそう。高い酒は特別な日に飲んでこそ意味があるんだ。アクアの奴はそれが分かってないんだよな」

 

時折シュワシュワを飲みながら、カズマはクリス相手に城での生活を語る。

アイリスの遊び相手になっていること、そのアイリスにボードゲームで未だに勝てないこと。冒険譚の続きを聞かせ、クレアがいない隙を狙ってはちょっと刺激の強い話もすること。城を探検しているときに、うっかり立ち入り禁止の場所に入ってしまい、衛兵に取り押さえられたこと。

話をしながら、クリスが奢ってくれるということもあり、カズマは次から次へとジョッキを空ける。

これで一体何杯目になるだろうか。またしてもジョッキを空にしたカズマが気持ち良さげにアルコール混じりの息を吐いた。

 

「すいませーん、シュワシュワもう一杯!」

 

「ちょっとちょっと、そんなに飲んで大丈夫?」

 

「大丈夫、大丈夫ぅ。これで最後にするからさぁ」

 

さらにシュワシュワのお代わりを頼んだカズマを、見かねたクリスが心配そうに声をかける。

どこか怪しい呂律に赤らんだ顔、不規則に揺れる体。どう見てもカズマの頭の隅々にアルコールが回っていた。

十分に酒が回り、ほろ酔いでカズマの気分が良くなっている事を確かめたクリスは、さりげなく質問をする。

 

「ところでさ、君って宝物庫に行ったことはあるの?」

 

「宝物庫かぁ? もちろんあるぞぉ。流石に中には入れてもらえなかったなぁ」

 

「それって、どこにあるのかな?」

 

「えーと、場所は確かぁ……」

 

それからクリスは宝物庫の場所だけで無く、そこに至るまでのルート、建物の構造。果てはどう考えても関係ない警備の配置や人数など、酔っ払っているカズマはクリスの質問に何一つ疑問を抱くこと無く、知っていることを全て話した。

 

「なるほど。ありがとう、すっごく面白かった!」

 

「いいっていいってぇ」

 

「それじゃ今日はこの辺で。お代は払っておくから」

 

「おぅ、じゃあなぁ~」

 

カズマは赤ら顔で手と首を振りながらクリスを見送る、出入り口で料金を支払って店を出て行ったクリスを見届けた所で、カズマの意識は途切れた。

 

 

◆◆◆

 

 

「――さん、お客さん!」

 

「うぉっ!?」

 

自分を呼ぶ大声に驚いたカズマは、一瞬で目が覚めた。

霞む目をこすりながら声のする方を向くと、険しい顔をした酒場の店員が立っていた。

 

「困りますね。こんなところで居眠りされると」

 

「え……あ、すみません!」

 

どうやら自分は酔い潰れてそのまま寝てしまったらしい。テーブルの上には、カズマが寝ていた時間を物語る涎の水たまりが出来ていた。

愛想笑いを浮かべながらナプキンでそれを拭き取りつつ、姿の見えないクリスについて尋ねる。

 

「ところでクリス……俺の連れはどこに行きましたか?」

 

「お連れさんなら、お客さんの分の代金も支払ってとっくに出て行きましたよ。まだ何か注文しますか?」

 

「いえ、特にないです。それでは、失礼しました……」

 

居心地が悪いカズマは、それだけ言って酒場を後にした。

外に出ると、既に日が傾いて空には紫色のグラデーションがかかっている。どうやら思っていたよりも長居していたらしく、カズマは急ぎ王城へと戻るため足を速めた。

 

「それにしても、なんかクリスに色々と聞かれたような気がするな……」

 

早歩きで通りを歩きながら、カズマは酒場でのクリスとのやり取りを思い返す。

頭に酒が回っていたせいで、何を聞かれてどう答えたのか記憶がかなり曖昧だった。もしかして言ってはならない事まで口走ってしまったのではないか、とカズマは一瞬不安に襲われる。

 

「……いや、相手はあのクリスだ。大丈夫だろう」

 

しかし、喋った相手の事を考えれば問題は無いだろうとカズマは胸を撫で下ろす。何かマズいことを話していたとしても、せいぜいそれをネタに食事を(たか)られるくらいで済むだろう。

そう結論付けてそれ以上考えることを止めると、人の合間を縫いながら歩く足を更に速めた。

 

 

◆◆◆

 

 

「はぁ……この生活、いつまで続くんだろ……」

 

カズマが城にやってきて一週間が過ぎた。

誰もが一度は憧れるであろう城での生活だが、いざ体験してみると確かに何一つとして不自由は感じないが、かえって息苦しさを感じる。

唯一の楽しみと言えばアイリスと一緒に遊ぶ時間だけだが、王族である彼女はそもそも自由な時間が極めて限られており、彼女が公務や勉強をしている時は必然的にカズマは暇を持て余してしまう。

木材でおもちゃを作ることも、既にネタは出し切った。城の探検も、既に殆どの場所を回った。城下町に遊びに行くことも「アイリス様に余計な心配をかけるな」とクレアから釘を刺されたので行くことは控えている。

こういうときは、アクセルの屋敷であれば台所に行って適当な物をつまんだり、ダクネスやめぐみんから雑誌を借りて暇を潰していたのだが、ここは王城。当然ながらキッチンに行ってつまみ食いなど出来るはずもないし、本はあるものの、どれもこれも歴史書のようなお堅い内容の本ばかりで、カズマが読もうものなら五分と経たずにそれを枕にして居眠りをしているだろう。

本格的に暇を持て余したカズマは、今日一日をどうやって過ごそうかと思案していると、部屋のドアがノックされた。

 

「どうぞ」

 

「カズマ、迎えに来たぞ」

 

「ダクネス!」

 

部屋の扉を開けて現れたのは、一週間ぶりに見る仲間達であった。ダクネスを先頭にして、いつもの面々が部屋に入ってくる。

 

「お前の件を取り次ぐのが本当に大変だったぞ」

 

「カズマ、久しぶり」

 

「心配したんですよ」

 

「すっごーい、こんなフッカフカのベッド初めてよ!」

 

ダクネスと千翼、めぐみんは一週間ぶりの再会を喜び、アクアはカズマのことなどそっちのけで、ベッドに飛び込みその柔らかさに感動していた。

自分の心配よりもベッドを選んだアクアに文句の一つでも言ってやろうとするが、部屋の出入り口から申し訳なさそうな小さな声が届く。

 

「あ、あの……」

 

五人が一斉に同じ方向を向くと、そこには扉に体の半分を隠したアイリスがいた。

 

「皆さん、ごめんなさい。私の我が儘にお兄様を付き合わせてしまって……」

 

『お、お兄様?』

 

アイリスのカズマに対する呼び方に、仲間達の視線が一斉に本人に集まる。誤解だ、変な意味は無いと。カズマは首と両手を激しく振った。

女性陣の内、アクアとめぐみんはカズマを睨んでいたが、ダクネスはアイリスの元へ歩み寄ると跪く。

 

「アイリス様、以前の会食でも話した通りこの男は真剣に魔王討伐を目指しております。それだけではありません。アクセルの街には彼の友人達もおり、心配しています。斯く言う私たちもです。大変不躾なお願いですが、この男を解放して頂けないでしょうか」

 

ダクネスの申し出に、アイリスは一瞬だけ残念そうな表情を浮かべて微かに俯く。しかし、数秒後にはどこか悲しげな、されど穏やかな笑みを浮かべながら顔を上げた。

 

「……わかりました。ですが、最後に一つだけ」

 

「はっ、何なりと」

 

「今晩はお兄様とのお別れの晩餐会を開きましょう。皆さんも是非とも参加してください」

 

「アイリス様がお望みとあらば」

 

ダクネスは恭しく礼をした。

 

 

◆◆◆

 

 

その日の晩、城のパーティーホールではアイリスが主催するカズマとのお別れの晩餐会が盛大に開かれていた。

テーブルの上には一級品の料理と酒が並べられ、参加者である着飾った貴族達がグラスを片手に談笑していた。

 

「美味い! 美味すぎます! この前のダクネスの家で食べた料理も絶品でしたが、これはそれ以上です!」

 

「んぐっ、んぐっ……ぷはぁー! 高級なお酒にそれにあう料理の数々、もう最高よ!」

 

人目など気にせず、料理を口一杯に頬張るめぐみんと酒ばかり飲んでいるアクア。

二人が移動する度に、向かった先のテーブルに置いてある料理と酒が次々と無くなるので、給仕達は大急ぎで新しい物を運んでいた。

 

「一応は俺のお別れパーティーだし、少しは人目を気にしろよな……」

 

「まぁ、あの二人だから」

 

壁にもたれながら、めぐみんとアクアの振る舞いに呆れるカズマ。その隣に立つ千翼は苦笑しながら諦めたように言う。

二人に少し冷めた眼差しを送りつつ、カズマは視線を横にずらす。

 

「おおダスティネス様、今日もまた一段とお美しい! 貴女様の前では、どんな宝石も霞んでしまうことでしょう!」

 

「ふふ、お上手ですこと」

 

ダクネスは貴族達に囲まれて、次から次へとその美しさを賞賛する言葉を投げ掛けられている。当の本人はどこか困ったような笑みを浮かべながら返答していた。

 

「おーおー、流石は名門貴族のララティーナ様。大人気ですなぁ」

 

カズマは困り顔で応対をしているダクネスの様子を、ニヤニヤと笑いながら見ていた。

 

「ところで、ダスティネス様。婚約の相手はお決まりでしょうか? よろしければこの私が……」

 

「ちょっと待った。ダスティネス様との見合いの話は私が先約だぞ!」

 

見合い話になった途端、ダクネスの周りの貴族達は我こそはと名乗りを上げる。そして自分がいかに優れており、ダクネスの相手に相応しいのか不毛な言い争いが始まった。

 

「ふん! お前達がダスティネス様の婚約相手だと? 話にならんな!」

 

言い争いがヒートアップしてきたところで、男達を嘲笑うような傲慢で野太い声が響く。

一体誰だ。と、自分たちを馬鹿にした声の主を見遣る。文句の一つでも言ってやろうとしたが、その姿を見た途端に貴族達は声を詰まらせた。

 

「ダスティネス様に相応しい相手、それはこの世で……」

 

声の主はそこまで言ったところで止めた。視界の端に映る妙に見覚えのある顔に気を取られ、意識がそちらに向いたからだ。

顔を確かめるために視線を向けると、カズマと目が合う。

 

「あ、お前は……」

 

「げ、貴様は……」

 

お互いの存在に気が付くと、二人揃って苦虫を噛み潰したような顔になる。声の主である、ワイングラスを片手に持ち、でっぷりと太った腹を服に押し込め、金色の髪と同じ色の口髭を蓄えた男――デストロイヤーの一件でカズマを訴えたアレクセイ・バーネス・アルダープは、まさか因縁の相手がこんな場所にいるとは思わず、驚きで後退った。

 

「おや、アルダープ様はカズマ殿とお知り合いで?」

 

「い、いや、その……」

 

近くにいた貴族の一人はどうやら裁判の件を知らないらしく、カズマを見たアルダープの反応を不思議そうな目で見ていた。

まさか「屋敷を爆破されたので、魔王の手先だと疑い裁判で死刑を求刑した」などと言えるはずもなく、しどろもどろで何とか誤魔化そうとする。

その様子を見たカズマの目が怪しく光り、息を大きく吸い込むとその場に居る全員に聞こえるように、声を張って裁判を件を声に出す。

 

「おやおやおやおや! 誰かと思えば、魔王軍幹部を四人も倒して、デストロイヤー破壊を成し遂げた。今、人類に最も貢献しているこの俺を、国家転覆を目論むテロリスト呼ばわりして死刑にしようとしたアルダープさんじゃありませんか!」

 

死刑にしようとした。という言葉に周りの貴族達が一斉にざわめく。

今のカズマはただの冒険者ではなく、デストロイヤーの破壊と魔王軍幹部を四人も討伐するという前代未聞の偉業を成し遂げた、まさに英雄と呼ぶに相応しい人物である。そんな人間をテロリストと断じ、処刑しようとしたアルダープに周りから訝しい視線が突き刺さる。

それに気が付いたアルダープは、慌てて愛想笑いを浮かべると努めて紳士的な口調でカズマに話しかけた。

 

「……お、お久しぶりですな。勘違いとはいえ、その節は大変失礼いたしました」

 

「いやいやいやいや、いいっていいって。人間誰しも間違いの一つや二つは犯すものさ。過去のことは水に流しましょうや。ダッハッハ!!」

 

言いながら、カズマはアルダープに近付くとあの時のお返しと言わんばかりに、背中を手加減なしで何度も思いっきり叩く。

傍から見れば、カズマは相手の過ちを気さくな態度で許しているようにしか見えず。それを理解しているアルダープは迂闊な事が出来なかった。額に青筋を浮かべながら、誤魔化すようにアルダープは手に持つグラスを呷る。

 

「と、ところで。ダスティネス様に相応しい結婚相手は誰か。という話だったな」

 

これ以上、裁判の件に触れられたくないのだろう。アルダープは露骨に話題を変えると、グラスを高々と掲げる。

 

「それは一人しかおらん! 現在も騎士団を率いて魔王軍と戦っている、第一王子であるジャティス様だ!」

 

「ジャティス様か!」

 

「確かにあのお方なら……」

 

アルダープが出した名前に貴族の男達は納得半分、諦め半分といった様子でその名を口にする。

女性達も「ジャティス様なら」「間違いなくお似合いですわ」と、顔を赤らめながら盛り上がっていた。

自分と王子の見合い話で、あれやこれやと好き勝手に言っている貴族達に、ダクネスは呆れと困惑が混じった表情を浮かべ、盛大に疲れの息を吐いた。

そして本来ならばこれはカズマのお別れパーティーなのに、主役である自分を放っておいて楽しんでいる状況が面白くないカズマは、千翼に声をかけて二人でバルコニーへと向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

夜風が薄く吹き、カズマと千翼の黒髪を揺らす。二人はバルコニーの手摺りに寄りかかりながら、揃って王都の夜景を眺めていた。

このまま何もせずに眺めているのも退屈なので、カズマは千翼に話しかける。

 

「そういやさ、俺がいない一週間の間になにかあったか?」

 

「特にこれといって無かったよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「みんなカズマの事を凄く心配してたね。ダクネスは直ぐに手紙を出してお城と連絡を取ってたし、めぐみんはカズマの事が気になって日課の一日一爆裂のキレが悪いって言ってた。アクアは……その……うん……」

 

最後の最後で急に言葉を濁した千翼であったが、言わずとも水の女神がどんな様子だったのかは予想が付く。

おそらくは今までと変わりなく、いや、それどころか口うるさいカズマが居ないことをいいことに、普段以上にだらけた生活を送っていたのだろう。前者の二人と違って自分を微塵も心配しなかったであろうアクアに苛立ちを覚えたカズマは、アクセルに帰ったらアイツの秘蔵の酒を飲み干してやると密かに誓うのであった。

他にも腹いせに何をしてやろうかとカズマが考えていると、後ろから足音が聞こえてくる。

 

「お二人とも、こんな所で何をしているのですか?」

 

「お、アイリス」

 

「こんばんは、王女様」

 

足音の正体はアイリスだった。カズマは小さく片手を上げて、千翼は礼をして挨拶をする。

 

「もしかして、お腹がいっぱいだからご休憩ですか?」

 

「みーんな主役である俺の事そっちのけでパーティーを楽しんでるからさ、面白くないからこっちに来たんだ」

 

「で、俺はそれに巻き込まれたって訳」

 

カズマが肩を竦めながらおどけると、それに合わせて千翼もわざとらしく困ったような笑みを浮かべる。

 

「ふふっ、お二人とも仲が良いんですね」

 

カズマと千翼は顔を見合わせると、口の端を僅かに上げて笑みをこぼす。

 

「……ところで、一つ聞いてもいいでしょうか?」

 

先程とは違い、真剣な口調のアイリスに何かを感じ取った二人は姿勢を正す。

 

「お二方はなぜ、そこまで真剣に魔王の討伐を目指していらっしゃるのですか? 私は今まで二人のような黒髪黒目の、強大な力を持った人たちを何人も見てきました。誰も彼もが口では『魔王を討伐する』とは言っていますが……正直なことを言うと、真剣味が無いというか、建前で言っているようにしか感じられませんでした。ですが、お二方は本気で魔王を倒そうとする気迫や覚悟のような物を感じます。教えてください。どうしてそこまで魔王討伐を目指すのですか?」

 

アイリスは二人の顔を真っ直ぐ見詰めながら、どこまでも真剣な口調と眼差しで問いかける。

 

「そうだな……魔王を倒したら、何でも一つだけ願いが叶うから。って言ったらアイリスは信じてくれるか?」

 

「願い、ですか」

 

カズマの言葉は、聞けばふざけているようにしか思えないが、当の本人の態度と口調はとても茶化しているようには見えなかった。

アイリスもカズマが冗談で言っているのではないと理解し、真剣に耳を傾ける。

 

「今だから正直に言えるけど。最初は魔王を倒して、その後は討伐の功績で得た賞金で一生遊んで暮らそうって考えていたんだ。でも、千翼と出会って俺は考えを変えたんだよ。目標の為に毎日一生懸命がんばっている千翼を見て、俺は何が出来るだろう、俺は何をするべきなんだろうって思うようになったんだ」

 

アイリスと千翼、二人の視線がカズマに集まる。

 

「いつしか俺は、千翼の力になりたいって思うようになった。そして魔王を倒して、千翼の願いを叶える手助けをしようって決めたんだ。これが、俺が魔王討伐を真剣に目指す理由……納得してくれたかな?」

 

「……はい、とてもよく分かりました。ところで、千翼さんの叶えたい願いとはなんですか?」

 

「……ごめんなさい、王女様。それは色々と理由があって言えないんです」

 

「わかりました。大人の事情、というやつですね」

 

アイリスがそう言って悪戯っぽく笑うと、三人の口から笑い声が漏れる。

 

「だからアイリス、心配いらないよ。魔王なんて俺達がぶっ飛ばしてやる。そしたら千翼は願いが叶う、俺は賞金を貰える、世界が平和になるからアイリスは自由な時間が増える。良いこと尽くめだ!」

 

「……はい!」

 

花が咲くような笑みを浮かべて、アイリスはしっかりと頷いた。

 

 

◆◆◆

 

 

その後、夜風に当たりすぎると風邪を引くからと、カズマ達は再びパーティー会場に戻った。

バルコニーに出る前と変わらず騒がしいが、その騒がしさは妙な物だった。

 

「お願いしますララティーナ様! 貴女しか頼めないのです!」

 

「い、いえ。私にはとても……」

 

「もちろん、私はやましいことなど何一つ無い清廉潔白な人間ですが、例の義賊のせいで痛くもない腹を探られるのは甚だ不本意です。そこで、貴女様に義賊の捕縛をぜひとも!」

 

ダクネスは相変わらず貴族の男達から言い寄られているが、先程とは違い会話の中に「義賊」や「捕縛」という不穏な言葉が混じっていた。

 

「義賊……?」

 

「お兄様は聞いたことがありませんか? 巷で悪徳貴族ばかりを狙う銀髪の義賊がいるとか……」

 

「……銀髪の義賊?」

 

「はい、なんでも凄腕の盗賊らしく、今まで何件もの被害が出ているにも関わらず判明していることは銀髪である。ということだけなんです」

 

銀髪、盗賊と聞いてカズマの脳裏に、ある記憶が唐突に蘇ってくる。

そういえば、数日前に城下町でクリスと出くわしたとき、彼女の奢りでしこたま酒を飲んだ。その際に王城での暮らしを色々と聞かれたが、中には外部に漏らしてはマズイことまで喋ってしまったような。

ひょっとして、もしかしたら。嫌な予感がしてカズマの背筋に冷たい物が伝うが、それはあっさりと消え去った。

いや、ただの偶然だろう。この世界で銀髪の盗賊など、それこそ探せば幾らでも居るはずだ。銀髪の盗賊、という共通点だけであらぬ疑いを抱いてしまった自分に呆れ、余りの馬鹿馬鹿しさに息を吐く。

 

「これはこれはカズマ殿、丁度良いところに! ここはやはり貴方に頼むしかありませんな!」

 

「え……いや、何の話?」

 

ダクネスに言い寄っていた貴族は、カズマの存在に気が付くと近付いてくるなり、突然そんな事を言いだした。いきなり見ず知らずの貴族に頼まれ、カズマは戸惑う。

そんなことはお構いなしに、貴族はわざとらしく会場中に聞こえるように声を張る。

 

「魔王軍幹部を次々と討ち取っている貴方なら、最近巷を騒がせている義賊を捕らえるなど欠伸(あくび)が出るほど容易(たやす)いことでしょう! 貴方にこんな簡単すぎる事を頼むのは大変恐縮ですが、どうかお願いいたします!」

 

「いやはや、全くですな! 我々は日々、領民のために出来ることは無いかと頭を悩ませているというのに、例の義賊のせいであらぬ疑いをかけられてしまい大変迷惑しております」

 

「うむ! この件を解決したとなれば、我々は潔白を証明でき、カズマ殿の功績がまた一つ増える。一石二鳥とはまさにこの事!」

 

貴族達の白々しいにも程がある物言いに、カズマと千翼は眉間に皺を刻む。

要するにこの貴族達は「自分の家に義賊が入ったとなれば、不正をしていることがバレる。そうなる前にお前がなんとかしろ」と言っているのだ。

言い方こそ丁寧な言葉遣いで下手に出ているが、その言葉の節々からは隠しきれない傲慢さが滲み出ていた。

即座に断ろうとするカズマであったが、隣からの視線に気付きそちらを見ると、アイリスが何かを期待するような眼差しで自分を見ていた。

まるでおとぎ話の勇者でも見るかのような、純粋無垢な期待と尊敬の眼差し。兄のように自分を慕う少女の期待に満ちた顔を見て、頼みを断るほどカズマは非情になれなかった。

 

「ったく、しょうがねぇな……」

 

頭を掻きつつ、渋々その頼みを引き受けることにした。




アニメのこのすば三期はもうじき最終回ですね。原作での例のシーンはどんな風に描かれるのか楽しみです。
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