この悲運の主人公に救済を!   作:第22SAS連隊隊員

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お待たせしました。いよいよネックレス奪取作戦の開始です。


Episode20 「T」HE GOAL IS A NECKLACE

「……で、一体なんの用だ?」

 

「いえいえ。ただ俺は次に義賊が盗みに入りそうな貴族の屋敷はここだなって思っただけですよ? 断じてあなたが悪徳貴族だとか、まかり間違ってもデストロイヤーの裁判の件で恨んでいるとか、そんなことは全く、これっぽっちもありませんよ?」

 

こめかみをピクピクと痙攣させながら尋ねるアルダープに対して、カズマは白々しく答えた。

アイリスが主催したお別れパーティーにて、貴族達から巷を騒がせる義賊の捕縛を頼まれたカズマ。

それを聞いたクレアは、カズマに対する協力を惜しむな。と貴族達に伝え、まずは義賊が次に狙うであろう貴族を予想し、そこの屋敷で待ち伏せすることとなった。

そしてカズマが予想した、義賊が狙う可能性がある貴族がアルダープである。

 

「……とにかく、義賊の捕縛を引き受けた以上、必ず捕まえてもらうぞ。失敗は許さん!」

 

「へーへー、分かってますよ」

 

こうして、カズマ達は義賊を捕らえるためにアルダープの屋敷に滞在することとなった。しかし――

 

「あーあ。結局何もなかったなぁ……」

 

暗い廊下を歩きながらカズマは独り言ちる。結果は、物の見事に空振りに終わった。

義賊が侵入しそうな場所の確認、遭遇した際の対処方など。何があってもいいように万全の体制で臨んだ物の、一週間経っても義賊は現れなかった。

これ以上待っても無駄だから明日には屋敷を出て行けと、怒り心頭のアルダープによって強制的に義賊捕縛作戦は打ち切られることとなった。

ちなみに領主が激怒している理由は、風呂場を覗けるマジックミラーの存在がダクネスにバレて犯人(アルダープ)が制裁されたり、アクアが秘蔵の酒を飲み干してしまったり、めぐみんの一日一爆裂の騒音問題で関係ないはずの領主が頭を下げたりと、

同情すら覚えるほどの出来事がこの一週間で起きたからだ。

 

「アイリス、がっかりするだろうなぁ……」

 

喉が渇いたので水を飲むためにキッチンに向かいながら、カズマは溜息を吐いた。

何の成果も上げられなかった自分に対して失望の表情を浮かべるアイリスを想像してしまい、思わず胸が痛む。

 

「ん……?」

 

キッチンの近くまで来たカズマは、人の気配を感じて足を止める。そのまま物音を立てないようにゆっくりと歩き、キッチンの出入り口脇まで来ると背中を壁に付け慎重に中を覗き込む。暗い部屋の中で、人影が動いていた。

 

「アクアかめぐみんか……?」

 

人影の背丈は恐らく自分と同程度、この屋敷の中で、こんな夜更けにこそことキッチンに来る行儀の悪い人間と言えば、あの二人しか考えられない。

ここでカズマの悪戯心が疼き、どうせならちょっと脅かしてやろうと潜伏スキルを発動させた。

隠密状態となったカズマは、足音を立てないようにゆっくりと部屋に足を踏み入れる。どうやら人影はカズマの存在に全く気が付いていないらしく、背を向けたままブツブツと何かを呟いていた。

気配と足音を完全に消して、部屋の中央にある調理台の陰にカズマは隠れる。あとはどうやって脅かしてやろうかと、あれこれと頭の中で考えている内に、雲で隠れていた月が姿を現した。柔らかい月明かりが窓から差し込み、人影の姿が露わになる。

 

「……っ!?」

 

人影は、銀髪だった。

服装は動きやすさと身軽さを重視してか、短パンにケープと胸当てのみ。首には恐らく人相を隠すためであろうマフラーを巻いている。

 

――こいつが例の義賊か!

 

水を飲むためにキッチンに来たのに、まさか目的の義賊と出くわすとは思わず、カズマは生唾を飲み込んだ。

この千載一遇のチャンスを逃す手は無い。カズマは音を立てないようにゆっくりと立ち上がると、足に力を込める。義賊はカズマの存在に気付いておらず、相変わらず背を向けていた。

 

「よしよし、上手くいった。あとはお宝の場所を……」

 

「確保ー!!」

 

叫びながら、カズマは義賊に飛び掛かった。

 

「キャアアァァ!?」

 

「この野郎! 大人しくお縄につけ!」

 

「ちょ、待って……変なところ触らないで!」

 

義賊を捕らえるべく取り押さえようとするカズマと、それに抵抗する銀髪の義賊。二人は揉み合いになりながらキッチンの床をゴロゴロと転がる。

やがて、カズマが義賊の首を押さえることに成功し、そのまま床に押さえつける。

 

「バインド!」

 

抵抗できないように捕縛魔法を唱えると、義賊は一瞬で縄に巻かれた。

 

「よーし、大人しくしろ! 無駄な抵抗はやめ……」

 

そこまで言ったところでカズマの言葉は途切れた。無理も無いだろう。取り押さえた義賊は非常に覚えのある顔だったからだ。

 

「く、クリス!? お前、こんな所でなにしてんだよ!?」

 

「それはこっちの台詞だよ! 君だってこの屋敷で何してるのさ!? ていうか、早く縄を解いて!」

 

「い、いや。そんなこと言われても……」

 

ここでカズマは目の前のクリスを解放すべきか迷う。普段であれば即座に縄を解いているが、今は状況が状況だ。

先程の「お宝の場所」という発言から、彼女が件の義賊であることは間違いない。だとすれば何故こんな事をしているのか問い質す必要がある。

しかし、このままでは騒ぎを聞いた誰かがやってくるかもしれない。そうなれば犯人であるクリスを突き出さなければならなくなる。カズマも友人である彼女を、理由も聞かずにこのまま引き渡すのは避けたかった。

自分は一体どうするべきなのか。片手で頭を抱えて悩んでいると、複数の足音が近付いてくる。

 

「やっぱりだ、キッチンから何か聞こえる!」

 

「さっきの叫び声はカズマで間違いありません!」

 

「みんな、急ごう!」

 

「そうね、早くしないとカズマに美味しい物を独り占めされちゃうわ!」

 

どうやらクリスに飛び掛かった際の騒ぎが仲間達に聞こえたらしく、キッチンの出入り口から足音と共にぼんやりとした明かりが見えてきた。

 

「ま、まずい! お願い、早く解放して!」

 

「……ああ、もう! ほら、早く行け!」

 

カズマは出入り口と床に転がるクリスの間で何度も視線を往復させた末、目の前の彼女を信じることにした。

バインドを解除すると、窓を開けて一刻も早く逃げるように促す。

 

「ありがとう!」

 

カズマから解放されたクリスは、開け放たれた窓から逃げるために調理台に足をかけた。

ここでクリスにとっては小さな、カズマにとってはとてつもなく大きな不幸が降りかかる。

急いで逃げようとしていたクリスはかなり焦っていたのだろう。調理台にかけた足に力を入れた途端、それが滑ったのだ。

そして滑らせた足は、そのままクリスの後ろに立つカズマに引き寄せられるように向かい――

 

「ぉごお!?」

 

見事、股間に命中した。

口から息と奇妙な呻き声を漏らし、股間を押さえながらカズマは床に倒れる。

 

「ああ! ゴメン、大丈夫!?」

 

慌ててクリスが近寄ると、カズマは浅く極度に早い呼吸を繰り返し、顔中が脂汗まみれだった。目は焦点が合っておらず虚ろで、時折、思い出したようにビクリと体が震える。

こうしている間にも足音はドンドンと近付いており、クリスはカズマとキッチンの出入り口を交互に見て、やがて意を決したようにカズマの元を離れると、今度はしっかりと足をかけてから窓際に立った。

 

「訳は必ず話すから! 本当にゴメン!」

 

去り際に謝罪を伝えると、銀髪の盗賊は風のように立ち去った。入れ替わるようにランタンを持ったダクネス達が姿を現す。床に倒れているカズマを見ると、急いで駆け寄った。

 

「カズマ、どうした! 何があったんだ?」

 

「ぎ……ぎ……義賊……」

 

「義賊……もしかして例の義賊が現れたのか?」

 

もはや返事をする余裕もないのだろう。床に蹲ったままカズマは何度も首を上下させた。

 

「カズマ、もしかして怪我をしているのですか!?」

 

めぐみんの不安げな声に、カズマは何とか首を横に振って否定の意を伝える。

 

「こ……股間……け……蹴られた……」

 

喉の奥から辛うじて声を絞り出す。怪我をしていないことに安堵するが、同時に女性陣は顔を赤らめた。

すると、廊下の方からドタドタと複数の足音と明かりが近付いてくる。やがて姿を現したのは、使用人を引き連れたアルダープであった。

 

「なんだなんだ! 一体なんの騒ぎだ! ……ん? どうした、何かあったのか?」

 

「いえ、その……」

 

アルダープに話しかけられためぐみんが、顔を赤らめさせ口ごもる。その反応に首を傾げたアルダープは視線をダクネスに向けるが、彼女も同じように顔を赤くさせて視線を逸らした。アクアは逆にアルダープを睨み付け「何も聞くな」と無言の圧力を放っている。

 

「……カズマが義賊と出くわして、股間を蹴られたらしい。義賊はその隙に逃げたみたい」

 

言いづらそうな女性陣に代わって千翼が何があったのか伝えると、アルダープと使用人達は一様に顔を青ざめさせ、内股になって自分の股間を押さえた。そして、未だに悶えて身動きが取れないカズマに同情の眼差しを送る。

 

「……担架に乗せてベッドまで運んでやれ。くれぐれも丁重にな」

 

使用人達は了解の返事をして、すぐに担架を取りに向かった。

いくら憎き因縁の相手とは言え、そこは同じ男同士。男にしか分からない痛みの辛さはそれこそ嫌というほどよく知っているため、さしものアルダープもこの時ばかりはカズマの具合――正確には『もう一人のカズマ』の命の危機を本気で心配していた。

その後、カズマは担架でベッドに運ばれたが、一晩中に渡って奇妙な呻き声を漏らし続けた。

 

 

◆◆◆

 

 

「なるほど……義賊は仮面を付けた凄腕の怪盗でしたか」

 

カズマが股間に致命的な一撃をもらった次の日、王宮にて義賊捕縛作戦の結果をカズマから聞いたレインは、静かにそう言った。

まさか昨日の出来事をそのまま報告するわけにもいかず、怪しまれない範囲の嘘をついたカズマは、ときどき内股を擦り合わせて未だに股間に残る鈍痛を誤魔化していた。

 

「その……義賊の捕縛には失敗しましたが、カズマ殿は……ええと……身を挺して賊を追い払い、アルダープ殿の屋敷から物が盗まれることを防ぎました。これは紛れもない事実であり、間違いなく彼の功績です」

 

アイリスが微かに顔を赤らめながら、かなり言葉を選んでカズマの功績を称える。同時に、その場にいた全ての女性陣が同じように顔を赤らめ視線を逸らした。

 

「此度の依頼、ご苦労であった。疲れているだろうから今日一日は城下町でゆっくりと過ごすといい。明日にはアクセルへの馬車を手配しておく」

 

クレアの事務的な言葉で、義賊捕縛の報告は終わった。

 

 

◆◆◆

 

 

同日夜。城下町で買い物と観光を終え、明日にはアクセルへ帰ることとなったカズマ達。

宿でベッドに寝転がりながら天井を見詰めるカズマは、昨日の夜の出来事を思い返していた。

義賊の正体がクリスであることは分かった。しかし、何故彼女はあんな真似をしているのだろうか?

人は見かけによらぬもの、とは言うが。どうにもクリスと義賊のイメージが結びつかない。

他にもあれこれと考えている内に、カズマの意識に睡魔が忍び寄ってくる。

やがて、いつの間にか目を閉じ、規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

 

 

「ねぇ……ねぇったら」

 

カズマが眠りに落ちてからしばらくした頃。ベッドの上で気持ちよさそうに寝息を立てている彼に話しかける人物がいた。

 

「起きて、起きてよ」

 

「んぅー……」

 

自分に呼びかける声に気が付き、カズマの意識が眠りの底からゆっくりと浮かび上がってくる。

重い瞼を何とか少しだけ持ち上げると、微かに見えた隙間から銀髪少女の顔が見えた。

 

「あー……クリス……?」

 

「やっと起きてくれた。約束通り訳を話しに来たよ」

 

眠気を堪えながら頑張って上半身を起こす。焦点の合わない目を擦って意識をハッキリとさせると、ベッドの脇にクリスが立っていた。

 

「何もこんな夜中に来ることないだろ……」

 

「ごめんごめん。どうしても君が王都にいる間に事情を話して起きたかったんだ」

 

ぐっすりと眠っているところを起こされたこともあり、カズマは若干睨むような視線をクリスに向ける。

 

「ところで……あの後って大丈夫だった?」

 

おずおずと、クリスは昨夜の出来事――事故とはいえカズマの股間を思いっきり蹴ってしまった後の事を尋ねる。

当の本人は頬を掻き、僅かに視線を逸らしながらその後のことを語った。

 

「あー、あの後すぐにダクネス達がやって来てな。義賊が来て、股を蹴られたって話したらそれ以上は聞かれなかった。特に問題はなかったよ」

 

「あの時は本当にゴメン! あたしも焦ってたから……」

 

「い、いいっていいって。お陰で上手い具合に誤魔化せたし」

 

カズマは、未だに股の奥底で僅かに残る鈍痛を堪えながら、努めて平静を装っていた。

体の向きを変えてベッドに腰掛ける体勢になると、本題に入る。

 

「んで、訳を話してくれるんだろ? 嘘や誤魔化しは無しだからな」

 

「わかってる。アタシも包み隠さず全てを話すよ」

 

クリスはそばにあった椅子を引いて腰掛けると、軽く咳払いをしてから話を始める。

 

「私は神器って呼ばれる道具を集めているんだ」

 

「ジンギ? なんだそりゃ?」

 

「君やチヒロ君みたいに、黒髪黒目で変わった名前の人だけが手に入れることが出来る、超強力なマジックアイテムのことだよ。国一つを簡単に滅ぼせるとか、無限の富を得ることが出来るとか。効果も様々なんだ」

 

「それって……」

 

黒髪黒目で、自分や千翼のようなこの世界では変わっているとされる名前の人間だけが手に入るマジックアイテム。それはどう考えても、転生の特典として貰うことができるチートアイテムに違いなかった。

 

「あたしは元の所有者が亡くなったり、何らかの理由で手放して持ち主がいなくなった神器を回収しているの。スキルに宝感知ってものがあって、それを使うと貴重なお宝の在処が分かるんだ」

 

「なーるほど。んで、それで神器を探していたら次から次へと悪徳貴族の屋敷から見つかったから、片っ端から回収していたわけか」

 

「そういうこと。ついでに不正に稼いだお金も頂いてちょっと世直しをね……。本当は神器の回収が目的あることを隠すためのカモフラージュなんだけど」

 

クリスはどこか自慢げに悪戯っぽく笑った。

 

「神器の回収は分かったけど、誰が何の目的でそんな事をしているんだ?」

 

「神器は使い方を間違えたり、悪用されたら大変なことになるからね。そうなることを防ぐために回収しているんだよ。それと……ごめん、依頼主についてはどうしても言えないんだ」

 

「……わかった、それについては聞かないことにする」

 

申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げるクリスを見て、カズマはあっさりと依頼人に関する追及を止めた。

ここで彼女が下手に嘘をついたり誤魔化そうものなら徹底的に問い詰めるつもりだったが、どうしても言えないと正直に告白したため、謎の依頼人についてはクリスの人柄を信用することにした。

 

「それでね、実はお城の方からも凄いお宝の気配がしたんだ。だからそれを回収したいの」

 

「お城にもの凄いお宝があるのは当たり前だろ。流石にそれが神器かどうかなんて……」

 

そこまで言ったところで、カズマの脳裏に突然記憶が蘇ってきた。

アイリスによってテレポートに巻き込まれて始まった王城生活。その三日目に暇つぶしがてら、城下町を散策しているときにクリスに出会った。

そして彼女から酒を奢るから城での生活を聞かせて欲しいと言われ――

 

「あ……王都で会ったときに酒を奢ったのって……!」

 

「……ごめん、君の思っている通りだよ。お城は警備が厳重だから、少しでも情報が欲しくて……」

 

カズマは呆れ返った顔でクリスを見た。今思えば、城での話を聞きたいというだけで気前よく酒を奢ってくれるのは、余りにも都合が良すぎる。

しかし、状況が状況だったとはいえ、疑いもせずに彼女の誘いに乗ったことは紛れもない事実。文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、しこたま飲んで泥酔し、聞かれたことをベラベラと喋ったのは自分の責任なので、喉まで出かかった言葉を何とか飲み込んだ。

 

「お願い! 今回は潜入するのが王城だから、貴族の屋敷とは比べものにならないほど危険で難しいんだ。さすがのあたしも一人はちょっと……」

 

「おいおい、事情は分かったけど自分が何を言っているのか理解してるのか? 俺に犯罪の片棒を担げって言っているんだぞ?」

 

「それは百も承知だよ。でも、君は私が教えた潜伏にスティール、千里眼に暗視、それだけじゃなくて初級魔法の応用。正直言って義賊に凄く向いていると思うんだ」

 

「あのさ『君の特技は犯罪に向いてるね』って言われて嬉しいと思うか?」

 

「お願いだよー! 今回だけ、一回だけでいいからさ!」

 

「その一回でしくじったら文字通り俺の人生が――」

 

このまま終わりの見えない押し問答が夜通し続くと思われたが、夜の王都の静寂を引き裂くけたたましい警報音で、問答は終わりを迎える。

 

『魔王軍襲撃警報! 魔王軍襲撃警報! 王都付近の平原にて大規模な魔王軍の軍勢を確認しました。住民の方は速やかに屋内に避難してください。王立騎士団は現在出陣の準備中、王都内の高レベルの冒険者でご協力頂ける方は至急王城前へ集合してください。繰り返します――』

 

カズマとクリスは急いで窓から外の様子を伺うと、王都のあちこちで窓に明かりが灯り、外に出ている人々は急いで建物の中に避難していた。

それとは逆に、装備を整えた冒険者達は建物から飛び出すと、皆一様に王城を目指して走り出す。

 

「悪いクリス、この話はここまでだ。俺も行かないと!」

 

「え、でも君のレベルは……」

 

「アイリスが居るこの王都に、魔王軍の奴らを入れてたまるかよ!」

 

「……そうだね。気をつけて! それと、また明日の夜に相談に来るから!」

 

クリスは去り際に、これから戦場へ向かうカズマへ健闘を祈るように親指を立てると、窓から外に出て姿を消した。

すると、部屋の扉が激しく叩かれる。向こうからはダクネスの声が聞こえてきた。

 

「カズマ、魔王軍だ!」

 

「分かってる! ダクネスはアクアとめぐみんを起こしてくれ! 俺は千翼を!」

 

「任せろ!」

 

ドタドタと慌ただしい足音が遠ざかると、テーブルの上に置いてある荷物に手を伸ばす。

いつもの緑色のケープに、腰には愛刀ちゅんちゅん丸と鏃に火薬を仕込んだ爆裂矢。背中に弓と矢筒を背負えば準備完了。

カズマが部屋を出ると、隣の部屋の扉が開いて千翼が顔を出す。

 

「カズマ、俺は準備出来たよ!」

 

「千翼は先に王城に行ってくれ。俺はダクネス達と一緒に行く!」

 

「わかった!」

 

千翼は階段を降りて一階へ、カズマは隣の部屋にいるダクネス達の準備が整ったか確認するためにそちらへと向かう。

扉の前に立つと、やや強めにノックをした。

 

「ダクネス! 俺も千翼も準備出来たぞ!」

 

「もう少しだけ待ってくれ。私も直に準備が出来る! めぐみん、アクアはまだ起きないのか!?」

 

「さっきから起こしてますよ! アクア、お願いだから起きてください! 回復役はいくらいても足りないんです!」

 

「んあー、シュワシュワお代わり……」

 

どうやら扉の向こうでは問題が起きているらしい。この騒ぎでも起きない駄女神を叩き起こすために部屋に入ろうと思ったが、ダクネスが着替え中の可能性を考慮してやめておいた。

下で待っているから急いでくれ。と告げると、カズマは足早に階段へ向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

カズマが宿屋の一階に下りてから五分後。慌ただしい足音を伴って、ようやくダクネス達が下りてきた。

宿屋を出たカズマ達は大急ぎで王城へと向かう。道中で市民は建物の中へ、冒険者は同じく王城へと集まっていた。

王城前に辿り着くと、整列した王立騎士団と、適当な場所で待機している大勢の冒険者達がいた。

先に到着している千翼を探して辺りを見回すと、自分たちに向かって手を振っている人物を見つける。

 

「みんな、こっちこっち!」

 

それは、即席で作られた受付の前にいる千翼だった。一先ず合流して話を聞いてみると、今回の魔王軍との戦いは国からの正式な依頼となるため、戦闘後に報酬の計算を行うために冒険者カードの提示が必要らしい。

既に千翼はカードを出したので、あとはカズマ達を待つばかりであった。

 

「チヒロさんのお仲間ですね? それでは、冒険者カードの提示をお願いします」

 

カズマ達は懐からそれぞれカードを取り出すと、受付をしているギルド職員が座っているテーブルの上においた。

職員はそれを一枚ずつ手に取り、記載されている情報を確認する。

 

「お名前はめぐみんさん、職業はアークウィザードですね。あちらの支援部隊の方へ向かい、説明を受けて下さい。こちらはダクネスさん、職業はクルセイダー。前線部隊はあちらです。あなたはアクアさん、職業はアークプリーストですか。後方部隊はあちらになります。そしてあなたはカズマさん……」

 

流れるように三人の名前と情報を読み上げ、それぞれの役割となる部隊の場所を職員は示す。しかし、最後のカズマのカードを手に取り、書かれている情報を読もうとした職員の顔が一瞬だけ強張った。

すぐに元の表情に戻るが、その顔には困惑の色がありありと浮かんでいた。

 

「ええと、サトウカズマさん……大変申し訳ありませんが、あなたのレベルでは今回の迎撃戦に参加することはできません。あなたはあちらの町の防衛部隊に……」

 

どうやらカズマはレベルが足りなかったらしく、戦場に出る許可が下りなかった。あれだけ勇んでやって来たというのに、ここに来てまさかのレベル不足が原因で弾かれることとなった。

先程までの堂々とした態度はどこへやら。ガックリと肩を落として、自分と同じくレベルが足りない冒険者が集まっている場所へ向かおうとすると、待ったの声がかかる。

 

「待った、その男も前線部隊に加えてくれ」

 

声の主はクレアだった。

 

「その男は魔王軍幹部を何体も討伐した実績を持っている。特例として私が許可しよう」

 

「わ、わかりました! それではカズマさん、あちらの前線部隊の方へ」

 

まさかここでクレアから助け船が出るとは思わず、カズマは驚きで視線を彼女に向けたまま固まってしまった。

彼女との仲は正直言ってさほど良いわけではなく、アイリス様に良からぬ事を吹き込む男。というのがカズマに対するクレアの評価である。

視線に気が付いたクレアは「勘違いするなよ」と言わんばかりにそっぽを向くと、どこかへと去って行った。

 

「カズマ、危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ。勇敢と無謀を間違えるのは愚か者のすることだ」

 

「モンスターに襲われたら遠慮無く近くの人に助けを求めるんですよ。人の力を借りるのは、別に恥ずかしいことじゃありません!」

 

「大丈夫? 今の内にバフをかけられるだけかけておく? 死んじゃったら出来る限り綺麗な状態で死んでよね?」

 

「そこはせめて応援の一つくらいしてくれよ……」

 

晴れて参戦が決まったは良いものの、途端に仲間達はカズマの心配をしだした。思った通りの反応に、予想していたとはいえ流石にカズマはへこむ。

千翼に励まされながら、ダクネスを伴って三人は前線部隊の集合場所へと向かう。

ふと、カズマは自分に向けられる視線に気が付いた。顔を上げると、バルコニーの上からレインを連れたアイリスが期待に満ちた眼差しでカズマを見ていた。

小さく手を振ると、気が付いたアイリスは嬉しそうに大きく手を振り返す。

 

――アイリス、ここは俺達に任せてくれ。

 

やがて、王立騎士団と冒険者達の準備が整ったらしく、クレアが壇上で全員に聞こえるように叫んだ

 

「よし、準備は整ったな。皆の者、これより出陣だ!」

 

『おおー!!』

 

クレアが剣を引き抜いて空に掲げる。出陣を告げると、それに呼応して騎士団と冒険者達は勇ましい雄叫びを上げた。

いよいよ魔王軍との戦いが始まる。

 

 

◆◆◆

 

 

魔王軍との戦いは、混迷を極めていた。

戦場となった平原のあちこちで、弓矢が飛び交い、魔法が炸裂し、刃がぶつかり合う。

 

「狙撃!」

 

引き絞られた弦が勢いよく戻り、番えられた矢が回転しながら放たれる。

矢は小型モンスターの眉間に命中し、倒れたモンスターは動かなくなった。

 

「よしよし、良い調子……って、なんだなんだ?」

 

これで何十体目になるのか、次から次へと小型のモンスターを撃破しているカズマだが、突如として地面が揺れ動く。

転ばないようにバランスを取りつつ、異様に大きな足音がする方を向くと、巨大な一つ目の巨人が自分を見下ろしていた。

 

「サイクロプスか! だったら……」

 

腰の矢筒から爆裂矢を一本手に取り、弓に番える。素早く引き絞ると自分を睨み続ける大きな目に狙いを定めた。

 

「狙撃!」

 

弦を掴んでいる右手を離すと、空気を斬り裂きながら赤い矢羽根の矢がサイクロプスに向かって飛翔する。弓矢は狙い通り、巨大な一つ目に命中すると爆ぜた。

 

「グオオオォォォ!!」

 

サイクロプスは両手で顔を覆って苦悶の声を上げる。

その時、月を背にして異形の戦士が飛び掛かった。擦れ違いざまに巨人の首に刃を走らせると、一拍の間を置いて血が噴水のように噴き出し、当たり一面を真っ赤に染める。

一つ目の巨人は轟音を響かせながら後ろ向きに倒れ、二度と動かなかった。

 

「カズマ、大丈夫?」

 

「問題なし! 順調そのものだ!」

 

千翼に向かって余裕の笑みと共に親指を立てる。それに対して千翼もサムズアップで返すと、剣を握り直して新たな獲物に向かって走って行った。

 

「さぁ、ドンドンかかってこーい!!」

 

恍惚の笑みを浮かべながら、ダクネスは魔王軍の群れへと突撃する。敵を引き寄せるデコイのスキルを使っているのだろう、周囲にいたモンスターは一斉に彼女に襲いかかった。

 

「みんな! クルセイダーの嬢ちゃんが囮になっている間に、俺達は敵を叩くぞ!」

 

「あの大軍を相手に怯まず自ら囮になるとは……まさにクルセイダーの鑑だ!」

 

ダクネスの勇姿(ドM趣味)に感化された冒険者達は、彼女の後を追うとスキルで引きつけられているモンスター達に斬りかかった。

 

「ゴッドブロー! ゴッドレクイエム! セイクリッドクリエイトウォーター! 花鳥風月!」

 

アクアは近くにいるモンスターに片っ端から殴りかかっていた。女神の怒りと悲しみを込めた必殺の一撃、ゴッドブローとゴッドレクイエムを交互に繰り出し、次から次へとモンスターを殴り飛ばす。

相手の数が多ければ水の女神ならではの、大量の水を放つセイクリッドクリエイトウォーターでまとめて押し流し、その合間に何故か水芸を繰り出す花鳥風月を披露していた。

 

「あの女の子が敵を押さえ込んでいる隙に負傷者の治療を!」

 

「アークプリーストなのに敵に真っ向から殴りかかるなんて、なんて頼もしいのかしら!」

 

「気高く強く美しい……彼女は正に女神よ!」

 

アクアが魔王軍の相手をしている隙を狙い、後方部隊のプリースト達は負傷者の治療を行う。

当の本人は雑魚モンスターであるコボルトに頭を囓られた。という事実にプライドを傷付けられ、単純に腹いせで殴りかかっているだけなのだが、冒険者達には支援職にも関わらず、回復の時間を稼ぐために体を張っている。という風に見えているらしい。

戦況は刻一刻と変化し、始めは拮抗していた戦いが徐々に討伐軍優勢に傾き始める。

この調子で戦いが続けば、魔王軍を押し切れそうな程に戦況が傾いた時であった。

 

「くそっ、全軍撤退だ! 調子に乗るなよ人間共、今回は前哨戦に過ぎない! 次はこの倍の軍勢で王都を灰燼にしてやるからな!」

 

指揮官と思しき人型モンスターが撤退を告げると、直ぐそばにいる杖を持ったモンスターが魔法を唱え、空に向かって魔力弾を放った。

光の尾を引きながら垂直に昇る魔力弾は、上空で爆発すると赤い光弾に変わった。戦場全体を照らすほどの赤い光りを放ちながら、今度はゆっくりと下降していく。

空に放たれた赤い信号弾を見た魔王軍は、即座に戦闘を中止して撤退を始めた。

 

「待ちやがれ!」

 

「追うな! 負傷者の手当が先だ!」

 

この好機を逃さず追撃しようとする冒険者もいたが、別の冒険者から制止されると撤退してゆく魔王軍を悔しそうな顔で睨み、近くに倒れている負傷者に駆け寄った。

 

「よーし、これでもう大丈夫……ん?」

 

魔王軍が遠くに離れて行き、今回の戦闘は勝利に終わった事をカズマは確信する。敵はまだかなりの数が残っているが、それでも大部分を消耗させたので、これで当分の間は攻めてこないだろう。

そんな事を考えていると、突如として空に巨大な紅の魔法陣が現れた。

もしやと思いカズマは振り返ると、そこには案の定、突き出た岩の上で爆裂魔法の詠唱をしているめぐみんの姿があった。

 

「エクスプロージョン!」

 

詠唱が完了すると、膨大な魔力が爆発エネルギーに変換され、地上で炸裂した。

今が昼間と勘違いしそうなほどの光りが溢れ、次に爆音が、最後に衝撃波を伴った爆風がやってくる。幸いなことに爆心地は遠く離れていたので、少し踏ん張るだけで耐えられる程の風と衝撃だった。

爆風で目にゴミが入らないように瞼を閉じていたカズマは、風が収まったことを肌で確認すると慎重に目を開ける。

 

「あー……全滅だな」

 

目を閉じる前は魔王軍が居た場所には、巨大なクレーターが出来ていた。

運良く爆裂魔法から逃れることができた魔王軍の残党は、悲鳴を上げながら一目散に逃げていった。

 

 

◆◆◆

 

 

魔王軍との戦闘が終わったあと、カズマは宿泊している宿屋では無く、城で生活しているときに寝泊まりしていた部屋にいた。

 

「いやー、まさかお城に泊まることが出来るなんて、本当にラッキーですね。これもカズマの人徳のお陰ですかね」

 

カズマが腰掛けているベッドには、魔力切れで動けないめぐみんがうつ伏せの状態で倒れていた。フカフカの毛布に顔を埋めながら、くぐもった声で城に宿泊できた幸運を鼻歌交じりに口にする。

本来ならば城に入る事が出来ないはずのカズマが、何故城内にいるのか。それは、アイリスの計らいであった。

戦闘後にアイリスから「今日は疲れただろうから、戦勝の宴までみんなで城に泊まるといい」と言われ、半ば強引にカズマ達の城の宿泊が決定した。

カズマの部屋はそのままにしてあったので問題ないが、他の四人の部屋は、アイリスが急遽宿泊を決定したので当然ながら準備が出来ておらず、魔力切れで動けないめぐみんはカズマの部屋で待つこととなった。

待っている間に他愛もない話をしながら時間を潰していると、部屋の扉がノックされる。

 

「はーい」

 

カズマが返事をすると、扉がゆっくりと開かれ。アイリスが顔を覗かせた。

 

「お兄様、めぐみんさん。その……お部屋の支度が終わるまで、先程の戦いのお話を聞かせてくれませんか?」

 

今の内に少しでもカズマとの思い出を作っておきたいのだろう。扉に顔を半分隠しながら、おずおずといった様子でアイリスが話をせがむ

 

「ああ、もちろんいいとも」

 

「もちろんです! 私の華麗なる冒険譚を披露いたしましょう!」

 

二人から快諾されたアイリスは、顔を輝かせると小走りで部屋に入り、勢いを付けてカズマの隣に座る。

何から話そうかとカズマが考えていると、ある程度魔力が回復したらしく、めぐみんが起き上がってベッドの上に座る。

 

「ん……? んんー?」

 

めぐみんが突如として唸り声のような物を上げると、アイリスに顔を近付けた。

 

「あ、あの……何か……?」

 

「急にどうしたんだよ?」

 

「いや……そのネックレスから凄まじい魔力を感じまして……何かのマジックアイテムじゃないかと……」

 

めぐみんの視線は、アイリスが首から下げている金色の板状のネックレスに注がれていた。

まだ小さいアイリスが身に付けるには少々サイズが大きく。どちらかと言えば、もう少し年を重ねた人間の方が似合いそうだった。

 

「ああ、これですか。これはジャティスお兄様に献上されたものですが、お兄様は魔王軍との戦いで遠征中でして、代わりに私が預かっているのです。めぐみんさんの言うとおり、何らかのマジックアイテムなのは間違いないのですが……」

 

アイリスは両手を首の後ろに回してネックレスを外すと、裏側を二人に見せる。

 

「恐らく、この文字が使用するために必要なキーワードだと思うんです。ですが、城の学者達がいくら調べても全く読めなくて……」

 

ネックレスの裏側には文章が刻まれていた。そして、その文章はカズマにとって非常に馴染みのある文字で綴られていた。

 

「これ……日本語じゃないか!」

 

「ニホンゴ……確か、紅魔の里にあった石碑に書かれていた文字もこれと同じ物でしたよね?」

 

「もしかして、お兄様は読めるのですか?」

 

カズマは頷くとネックレスを受け取って、裏側に彫られた日本語の文章を確かめる。

 

「なになに……。お前の物は俺の物。俺の物はお前の物。お前になー……」

 

「アイリス様、ここにおられましたか。戦勝の宴でお話したいことが……。それとめぐみん殿、お部屋の支度が終わりました」

 

最後の一文字を読もうとしたところで、部屋の出入り口にクレアが現れた。

アイリスとめぐみんにそれぞれ要件を伝えると、アイリスは少し寂しそうな、めぐみんは嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「わかりました、すぐに行きます。お兄様、それでは」

 

「おお、準備が出来ましたか! どんな部屋か楽しみです!」

 

「お、おう……」

 

アイリスはカズマからネックレスを返してもらい、再びそれを首に巻くとクレアを伴って、めぐみんと共に部屋を出て行った。

 

 

◆◆◆

 

 

翌日の夜。王城のパーティーホールでは、戦勝の宴が盛大に開かれていた。

冒険者達はめったに口にすることができない高級な料理や酒に舌鼓を打ち。お堅い王立騎士団も、この時ばかりは肩の力を抜いて存分に宴を楽しんでいた。

こんな機会は二度と無いだろうと、アクアとめぐみんの二人は次から次へと酒や料理を口に放り込んで、少しでも多く胃袋に納めようとしていた。

貴族に囲まれているダクネスは、困ったような笑みを浮かべながらのらりくらりと、自分に求婚してくる貴族の男達を躱している。

そして、料理を口に出来ないため壁にもたれ掛かって水を飲んでいた千翼は、ある男がいないことに気が付いて会場を見回した。

 

「あれ、カズマどこに行ったんだろ……?」

 

 

◆◆◆

 

 

カズマはパーティーに出席はしたものの、タイミングを見計らってこっそりと抜け出すと、泊まってる城下町の宿屋に戻っていた。

何故、自分にあてがわれた城の部屋ではなく、宿屋の部屋にいるのか。それは、クリスと会うためだ。

昨日の夜、警報が鳴って冒険者に対する召集がかかったとき、クリスは去り際に「明日の夜に、また相談に来る」と言っていた。

 

「クリスの探してる神器って、間違いなくあれだよなぁ……」

 

めぐみんの「凄まじい魔力を感じる」という発言に、何よりもネックレスの裏側に彫られた日本語の文章。あれは転生者がこの世界に持ち込んだチートアイテムで間違いないだろう。

しかし、だとすれば持ち主である転生者は何故あれを手放したのだろうか? 転生特典で貰えるスキル、アイテムはどれもこれも凄まじい力を持つ物ばかり。普通に考えれば手放す理由など全く思いつかない。

そもそもとして、あのネックレスはアイリス曰く「兄である王子に献上されたもの」と言っていた。何らかの効果の発動条件であろう日本語を読めないこの世界の人間に渡したところで、凄まじい魔力を持つネックレス以上の価値は無い。

考えれば考えるほど持ち主がチートアイテムを手放した理由が分からず、カズマは悩ましい声を上げながら眉間に皺を寄せた。

その時、窓に何かがぶつかる音が聞こえた。

 

「ん?」

 

ベッドから起き上がって窓へ視線を移し、聞き間違いで無いか確かめる。再び窓に何かがぶつかった。

立ち上がって窓を開けて通りを見渡すと、街灯の下でクリスが自分に向かって手を振っていた。

 

 

◆◆◆

 

 

部屋にクリスを招き入れると、昨晩と同じようにカズマはベッドに、クリスは椅子に腰掛けて向かい合う。

 

「なぁ、クリス。アイリスが神器だと思うネックレスを持っていたんだけど、もしかしてアレが目的の品なのか?」

 

「まさにその通り。それこそが今回アタシが狙っている神器だよ」

 

「その神器ってどんな効果があるんだ? 裏側に文章が書かれてたけど、多分あれを読むと何かが起こるんだろ?」

 

カズマの問いに、クリスは少しだけ間を開けてからゆっくりと答える。

 

「あれはね……時間制限付きで、他人との魂を入れ替える神器なんだ。もし君がその文章を読み上げていたら、王女様と君の魂が入れ替わってただろうね」

 

「……え、それだけ?」

 

転生者が持ち込んだチートアイテムということもあり、何か凄まじい事が起こるのかと思っていたカズマは、余りにもくだらない効果に拍子抜けした。

他者と魂を入れ替える。というのは確かに凄いが、凄まじい威力を持つ魔剣や、想像した物を対価無しで作り出すことが出来る等、よくあるチートアイテムに比べれば余りにも見劣りする

そんな物なら別に回収をする必要は無いのではないか。と、カズマが言いかけたところで、次にクリスの口から語られた言葉でカズマはそれを飲み込んだ。

 

「実はね、その神器にはもう一つの効果があって。魂が入れ替わっている状態で片方が死ぬと、元に戻らなくなるんだ」

 

「……は?」

 

「つまり、魂が入れ替わった状態で元の体を殺す。そうすれば若くて健康な体が手に入る。そして今の体がダメになったらまた別の体に入れ替えて元の体を殺す……。これを繰り返せば、事実上の永遠の命が手に入るんだよ」

 

「いや……それってかなりヤバイじゃないか!」

 

クリスの口から語られた、神器を利用することで手に入る永遠の命。その人道と倫理観を無視した方法に、カズマは思わず叫んだ。

 

「もう、回収とかそんな問題じゃない! 早くアイリスにこのことを知らせよう!」

 

「気持ちは分かるけど落ち着いて。もしこのことを王女様に知らせたら、それは同時に様々な人にあの神器の効果が知れ渡ることになる。そうなったら……わかるよね?」

 

居ても立ってもいられず、カズマはあの神器の危険性を知らせようとするが、クリスが冷静にそれを宥める。

他者を犠牲にする必要があるとはいえ、永遠の命が手に入るのだ。それを知ったらありとあらゆる貴族や有力者、権力者達が何がなんでも神器を手に入れようとするだろう。

クリスの落ち着いた声に、立ち上がりかけていたカズマはゆっくりと腰を下ろした。次いで腕を組み、どうしたものかと唸り声を漏らす。

 

「アタシが君にこの事を話した理由は二つ。一つは君ならあの神器を悪用しないって確信があるから。もう一つは以前話したとおり、君のスキルがあれば神器の回収がとても楽になる。というわけで……」

 

クリスは椅子から立ち上がると、カズマに手を差し出す。

 

「今から王女様に会いに行かない?」

 

 

◆◆◆

 

 

「さて、現在お城は戦勝パーティーで浮かれている。人員の大半もパーティー会場に配置されていて、城全体の警備も手薄になっている……。準備は良い?」

 

「バッチリだ。いつでもいいぜ」

 

植え込みの陰に隠れながら、カズマとクリスは大勢の冒険者達で賑わうパーティー会場の様子を、遠くから伺っていた。

現在の二人の服装は上から下まで黒一色であり、背中には様々な道具が入った袋を背負っている。クリスは人相を隠すために目元に黒いマスクをしており、そしてカズマは、

 

「ところで、それ何なの?」

 

「とある魔法道具店の怪しげな店員から手間賃として貰った代物さ。お肌ツヤツヤに血行促進、他にも体に良いことあるんだと」

 

「ふーん……」

 

バニルから貰った、本人曰く『超激レアなブラックカラー』のバニルの仮面を付けて顔を隠していた。胡散臭い物を見るような目付きでクリスは仮面を眺める。

 

「それじゃあ行こうか、下っ端くん」

 

「行きますか、()()()()

 

わざとらしく強調しながら言ったカズマを、クリスは睨んだ。

 

「……その呼び方、やめてくれない?」

 

「だったらそっちだって下っ端呼ばわりはやめてくれよな」

 

これから失敗の許されない一大作戦に挑むというのに、二人はお互いの呼び名で揉め始めた。

本来ならばこんなことをしている場合ではないのだが、こういう小さな諍いはかえってエスカレートしやすく、二人は徐々にヒートアップしてゆく。

 

「一応言っておくけど、王都で義賊として名を売ってきたのはアタシだよ? 君は今日入ったばかりなんだから下っ端なのは当然でしょ?」

 

「その下っ端に助けを求めたのは誰だっけかな~」

 

カズマの挑発するような物言いに、クリスは眉間に皺を寄せながら非難混じりの眼差しで睨んだ。

 

「よーし、わかった。それじゃあここは公平に……」

 

カズマは右手で拳を作ると、それを左手で包み込んで構えた。

 

「じゃんけんだね。いいよ、恨みっこは無し!」

 

クリスも同じく右手で拳を作って構える。両者の準備が整い、二人揃ってかけ声を合わせる。

 

『じゃーんけーん!』

 

 

◆◆◆

 

 

「よし、それじゃあ行くよ助手くん」

 

「へい、お頭」

 

カズマはじゃんけんに負けた。彼は生まれてこの方、一度もじゃんけんで負けたことが無いという地味に凄い特技を持っていた。

この特技を生かして今までの人生でも、勝負事になるとじゃんけんを持ち出し、あたかも運良く勝った風に見せかけては自分の思い通りに事を運んできた。

そして今回も、クリス相手にじゃんけんで何時も通りに勝利を収めて上の立場に立とうとしたのだが、その目論見はあっさりと打ち砕かれた。

人生初となるじゃんけんでの黒星にショックを受けていると「君に助けを求めたのは事実だから」とクリスが言って、下っ端呼びの代わりに助手と呼ぶことに決定した。

 

「よしよし、思った通り警備は手薄になっているね」

 

「このまま一気に王女様の部屋に向かいやしょう」

 

潜伏スキルを発動させ、植え込みや柱の陰に隠れながら二人は音も気配もなく順調に進んでいた。

やがて、アイリスの部屋に続く唯一の階段にやってくると、クリスは顔を顰めた。

 

「まいったね。見張りがいるよ……」

 

階段の前には二人の兵士がいた。その場から一歩も動かず、槍を手に辺りを隙なく見張っている。

 

「うーん、物音を立てて誘導するしかないかな……」

 

「お頭、裏手に回りやしょう。そこなら建物の陰になって人目に付かないし、上手くいけば上まで一気にショートカットできやす」

 

「でも、どうやって上まで登るの? ここのお城は侵入者対策で、壁に手や足を引っかけられるような場所は無いし、高い木もないんだよ?」

 

「そこはあっしにお任せくだせぇ」

 

マスクの下で自信ありげな笑みを浮かべたカズマを見て、クリスは一先ずその提案に乗ることにした。

階段から建物の裏手に回ると、二人の目の前には指一本すら掛ける場所が見当たらない平らな壁が立ちはだかる。

カズマは背負っていた袋から弓と矢、そして長いロープを取り出してそれを矢に結び付ける。次に矢を番えると、屋上に狙いを定めた。

 

「狙撃!」

 

カズマの十八番である狙撃スキルが発動し、放たれた矢は真っ直ぐ屋上に向かった。程々の力で弦を引いていたため、矢は直ぐに勢いを失って屋上に落下する。

結ばれているロープを引っ張ると、上手い具合に引っ掛かったらしく。二、三度強く引いて具合を確かめる。外れないことを確認すると、あっという間に壁を昇る準備が出来た。

 

「どうです、お頭?」

 

「さっすが助手くん! 君を連れてきて大正解だよ!」

 

自慢げに胸を張るカズマに、クリスは親指を立てて賞賛を送る。

あとはこのまま壁を登れば、目的地であるアイリスの部屋まで一気に近付くことができる。

クリスがロープを握り、壁に足をかけた時であった。

 

「う~、漏れる漏れる。水を飲み過ぎたな……」

 

一人の兵士が小走りで建物の裏手にやってきた。

恐らく水の飲み過ぎで尿意を催し、こっそりと用を足すために人目の付かない裏手に来たのだろう。

だが、そこには今まさに壁を登ろうとしている賊の二人がいた。

 

『……』

 

お互いに、まさかこんな所に人が居るとは思わなかったので、目と目が合うと三人は固まり、奇妙な沈黙が流れる。

 

「ぞ、賊だああぁぁ!!」

 

いち早く硬直が解けた兵士が、大声で賊の侵入を叫んだ。

 

 

◆◆◆

 

 

カズマとクリスは、全速力で城の廊下を走っていた。

出せる限りの速さで走る二人を、大勢の兵士が後を追う。

 

「逃がすな!」

 

「応援を呼べ! 狙いはアイリス様だ!」

 

時間と共に兵士の数はドンドンと増えていき、やがては廊下を埋め尽くすほどにまで膨れ上がった。

 

「助手君! こうなったらプランBだ! 王女様のところへ真っ直ぐ向かうよ!」

 

「了解です、お頭!」

 

もはやこうなってしまっては後には引き返せない。事前の打ち合わせで決めていた通り、プランB――最短距離でアイリスの元へ向かい、神器を回収して速やかに脱出する。に作戦が変更された。

二人は階段を駆け上がり、最初にクリスが、次にカズマが途中の踊り場を通過すると、突然カズマが立ち止まる。

 

「クリエイトウォーター! フリーズ!」

 

踊り場を離れる際、カズマはそこに向かって水と冷気を放つ。

手から生み出された大量の水が踊り場を濡らし、すかさず冷気が水を凍らせて、あっという間に氷の張った床が出来上がった。

そうとは知らない兵士達は勢いよく踊り場にやってくると、足をかけた瞬間に滑って転倒した。

 

「うわぁ!」

 

「ゆ、床が凍ってる!?」

 

「と、止まれ! 敵の罠だ!」

 

氷に気が付いて立ち止まる兵士もいたが、そうとは知らない後続に押し出され、結果的に転ぶこととなった。

踊り場には倒れた兵士が積み重なり、後ろの兵士達の進行を妨げていた。

 

「これでよし」

 

「ナイス助手くん! それじゃあ私も……」

 

階段の先にあった部屋に入ると、クリスはポケットから束ねたワイヤーを取り出し、後ろに向かって放り投げる。

 

「ワイヤートラップ!」

 

スキルを発動させるとたちまちワイヤーが解け。部屋の出入り口に鋼鉄の糸で出来た蜘蛛の巣を張り巡らせた。

 

「これで追っ手の足止めが出来るよ!」

 

「よし、あとはこのまま……」

 

「自ら退路を断つとはな。お陰で捕まえる手間が省けたぞ」

 

部屋に冷たい声が響く。二人が声のする方をを振り返ると、大勢の兵士を引き連れたクレアとレインが自分の得物を構えながら二人を睨んでいた。

カズマとクリスも身構えて、ここからどうするべきか思案する。数は当然ながら向こうが圧倒的に有利、部屋の出入り口は前と後ろの二つだけで、後ろはワイヤーで封鎖、前はクレア達が守っているので正面突破は極めて困難。

八方塞がりの状態に焦燥する二人の額から、一筋の汗が流れた。

ふと、クリスの視線が上を向いた。この部屋の天井には大きな天窓が設置されていることに気が付く。

 

「助手君、上の天窓だ。悔しいけど今回は諦めて逃げよう」

 

「いや、ダメだ。今回を逃したら警備がとんでもなく厳重になってチャンスが無くなる。回収するなら今日しかない!」

 

「でも、あの人数だよ。二人じゃ絶対に勝てないよ!」

 

撤退するか作戦を続行するかで意見が割れる。

クリスとしては今回は諦めて、次のチャンスを狙って撤退を。カズマとしては今回の騒動で警備が厳重になり、次のチャンスがいつやってくるか分からないので、何がなんでも今日中に神器の回収をしたかった。

ここまでカズマが作戦続行にこだわる理由は他にも、神器に書かれたキーワードをアイリスの目の前で殆ど読み上げてしまったため、ひょっとしたらそれを元に解読が完了し、神器の効果が明るみに出るかも知れないという不安もあった。

そうこうしている間に兵士達は二人を取り囲み、包囲網が完成する。

 

「大人しく投降しろ。そうすれば命は助けてやる」

 

追い詰められた二人に、クレアは投降を呼びかける。

撤退か、正面突破か。どちらを選ぶか未だに二人は答えを出せない。こうしている間にもジリジリと包囲の輪は狭まっていく。

 

「助手君、やっぱり無理だ。今回は諦めて天窓から逃げよう!」

 

クリスが視線で天窓を差す。窓の向こうからは、雲に隠れていた月がちょうど顔を出すところだった。

天窓から月明かりが差し込み、兵士達に取り囲まれた二人にまるでスポットライトのように当たる。

 

「くそっ……! 逃げるしかないのか……」

 

やはり今回は諦めるしかないのか。悔しさでカズマは拳を強く握り、歯ぎしりする。

包囲を突破しようにも、相手はざっと数えて三十人ほど。正面から挑んだら確実に負ける。

三十人――()()()()()()()をどうやって突破するか。

 

――あれ?

 

ここでカズマは、目の前の兵士達が急に弱く見えてきたことに驚く。あれだけ精強そうで数も揃った兵士達が、今は片手間で倒せそうな程に、取るに足らない雑兵に見えてきたのだ。

一体自分はどうしてしまったのだろう。追い詰められた結果、自暴自棄になって自分が強いと錯覚しているのだろうか。

その証拠に、体中にはち切れそうな程の力が溢れ、走り出せば羽のように軽やかに動けそうだった。

神経も極限まで研ぎ澄まされ、周りの兵士達全員の一挙一動が手に取るように分かる。気のせいか、時間の流れすらも遅く感じた。

 

――いや、違う。これは……!

 

カズマは顔を上げて天窓を、その向こうの夜空に浮かぶ月を見上げる。月は完全に姿を現し、空から二人に向かって青白い光を注いでいた。

仮面を撫でると、その下の口端が持ち上がる。

 

「……お頭、今から本気を出します」

 

「へ? じょ、助手君?」

 

困惑するクリスを余所に、カズマは構えを改める。

両腕を開き、体を前のめりに。足に力を込めると息を大きく吸い込む。

 

「ふっ!」

 

息を吐き出すと共に、カズマの姿が消えた。

 

「ひゃあああぁぁぁ!?」

 

「おわあああぁぁぁ!?」

 

同時に、兵士の悲鳴が響く。部屋中の人間の視線が悲鳴の元に集まると、そこではカズマが右手と左手で二人の兵士の顔を鷲掴みにしていた。

カズマお得意のドレインタッチによって、二人の兵士から気力と体力が吸い上げられてゆく。手を離すと、兵士は力なく倒れた。

 

「クク……ククク……クハハハハ!!」

 

カズマは両手を広げ、天を仰ぐように体を仰け反らせる。

先程の焦った様子とは打って変わって、自信に満ちた振る舞いにその場にいる全ての人間が恐れおののき、困惑する。

一頻り高笑いして姿勢を戻したカズマは、自分を取り囲む兵士達をぐるりを見回すと、笑みを作った。

 

「さぁ、始めようか……。今夜の我が輩は……絶好調である!!」

 

 

◆◆◆

 

 

部屋の中央で、仮面を付けた少年が大立ち回りを演じていた。

 

「ワッチャ! ホワッチャ!」

 

口から怪鳥音を発しながら両手を振るい、その度に兵士が一人、また一人と倒れてゆく。

 

「うろたえるな、数はこちらが上だ! このまま押し切れ!」

 

クレアが兵士達を奮い立たせるために檄を飛ばすも、当の兵士達は二の足を踏んでいた。

仲間達は触られた瞬間に悲鳴を上げては気を失って倒れる。目の前で理解不能な出来事が起きており、下手に飛び込もう物なら次は自分が犠牲になるとあっては、いくら訓練された兵士であっても尻込みするのは無理からぬ話であった。

 

「どうした、来ないのか? ならばこちらから行くぞ!」

 

仕掛けてこない兵士達に待っていられなくなったか、カズマは自分から襲いかかった。

迫り来る仮面の義賊に、恐怖のあまり悲鳴を上げながら兵士達は槍で応戦しようとする。

しかし、突き出した槍は全てが紙一重で躱され、打ち払おうものなら逆に掴まれ、そのまま槍ごと引き寄せられると顔を掴まれて失神する。

こうして兵士達は全てが床に倒れ、残るはクレアとレインの二人だけとなった。

 

「さぁ、残るは貴様ら二人だ。大人しく道を空ければ見逃してやろう」

 

「誰が貴様などに!」

 

提案を躊躇うことなく蹴ったクレアは剣を構える。隣に立つレインも杖を握り締めた。

カズマは他の兵士と同じように二人をドレインタッチで気絶させようとするも、さすがに王女の近衛とあって隙が無かった。

両者ともに迂闊に動けないまま膠着状態が続き、相手がしびれを切らして先走るのを待ち続けている時であった。

その時、コツコツと静かな部屋に靴音が響く。四人は視線と体勢はそのままに、聴覚に意識を集中させて音の出所を探る。

次第に音が近付いてきて、出所はクレアとレインの後ろであることが分かった。

そして、王女の部屋に続く出入り口から足音の主が姿を現す。

 

「クレアさん、レインさん。助けに来ました」

 

『チヒロ殿!』

 

二人の後ろから現れたのは、腰にアマゾンズドライバーを巻いた千翼だった。

 

 

◆◆◆

 

 

「えっ……千翼……!?」

 

「な、なんでここに……」

 

まさかここで千翼が援軍にやってくるとは思わず、カズマは先程までの余裕は跡形も無く消え失せ、汗を垂らしながら再び焦燥する。

クリスも同じく、思わぬ人物の登場に視線を右往左往させていた。

 

「ここから先は……」

 

そこまで言ったところで、千翼は言葉を詰まらせた。

戦勝パーティーのあと、アイリスに魔王軍との戦いの話をしてほしいとせがまれ、カズマを除いた四人で彼女の部屋で楽しくお喋りをしていた。

しかし、突如として城に二人の賊が侵入したとの報せが届き、賊が王女の元へ向かっており、クレアとレインが何とか押さえ込んでいる。という報せを聞いた千翼は、居ても立っていられずに加勢に向かった。

そして現場に到着し、いざ賊と対面をしてみれば――

 

『……』

 

見覚えのある少女と、これまた見覚えのある仮面を付けた、酷く見覚えのある少年が居た。

まさか件の賊が自分の知っている人間だとは思いもよらず。賊である二人も、ここで千翼がやってくるとは完全に予想外だったので、互いに思考が停止して気まずい沈黙が流れる。

やがて、目の前の現実から目を逸らすように、三人はそっと視線を外した。

 

「チヒロ殿、どうかしましたか?」

 

「な、なんでもないです!」

 

様子がおかしいことに気が付いたクレアが尋ねると、千翼は慌てて誤魔化す。

一瞬だけ不思議そうな顔をするが、すぐに表情を引き締めると再び二人の賊を睨んだ。

これは非常にマズイ。この状況を何とかしなければ。千翼は全身がじっとりと汗で滲むのを感じながら、この場をどうやって納めるようか必死に考えていた。

まず、あの二人は何らかの事情があってこのような真似をしているのは間違いない。だとすれば、自分がやるべき事は二人に手を貸して王女の元まで通すことだろう。

しかし、そうしようにもクレアとレインがいる。この二人をどうにかしない限り、カズマとクリスの手助けはできない。

一瞬だけ、ネオに変身したあとに二人をブレードの峰打ちで気絶させる。という案が浮かぶが、即座に取り下げた。

そんなことをしたら犯人が自分であることがすぐにバレるし、そもそもブレードは両刃だ。峰打ちなどしようものなら、首が飛ぶか、頭が割れるのは間違いない。

焦りのあまり馬鹿げたことを考える自分に呆れていると、賊の片割れ(カズマ)がいきなり千翼に話しかける。

 

「千翼……聞いたことがあるぞ。佐藤和真という魔王軍幹部を何人も討伐している冒険者の仲間らしいな」

 

そう言って顔を覆うと、わざとらしく忍び笑いを漏らす。

 

「クックック……ようやく骨のありそうな奴が来てくれたか。この兵士達は我が輩が一撫でしただけで倒れてしまうから、歯応えが無いのである。オマケに弱すぎて太刀筋が止まって見えるほどだ。退屈で退屈で仕方ないのである」

 

ここで千翼は、カズマが饒舌に喋っていることに違和感を覚えた。

普段のカズマなら、こういった切羽詰まった状況で悪態をついたり、指示を飛ばすことはあれど、基本的に余計なことは喋らないはずだ。

それなのに今は関係ないことをペラペラと喋っており、明らかに普段と様子が違う。

 

「そうだ、いいことを思いついた。我が輩の力の源であるこの仮面、これに貴様がかすり傷一つでも付けることが出来たら、大人しく降参してやろう。どうだ、面白いだろう?」

 

芝居がかった口調と仕草で、カズマは顔に付けている仮面を指差す。その一挙一動を、千翼はつぶさに観察していた。

今のカズマは何故、ここまでよく喋るのだろう。千翼はクレアとレインの二人に気付かれないようにカズマに視線を送ると、送られた本人は微かに頷いた。

あの頷きは何だ? きっと何か意味があるはずだ。身構えたまま千翼は思考を集中させる。

大仰な台詞回しと動作、自分の考えや意図をわざわざ口に出して逐一こちらに伝えてくる。

間違いなく意味がある。それはなんだ? 考えろ、考えろ――

やがて、千翼の脳内にひらめきが走り。カズマの言葉と動作の意味を完璧に理解した。

 

「……いいだろう。その遊びに付き合ってやるよ」

 

「チヒロ殿!」

 

声にほんの少しだけ怒りの感情を混ぜて、さも相手の挑発に乗ったように見せかける。クレアの叫びもわざと無視した。

ポケットからインジェクターを取り出すと、バックルに静かにセットする。それを持ち上げ、手の平で勢いよくインジェクターのピストンを叩いた。

 

『NE・O』

 

「アマゾン!」

 

バックルから電子音声が流れ、千翼が叫ぶと体が紅い爆炎に包まれ、熱風を辺りにまき散らす。

クレアとレインは顔を守るために腕で覆い、炎と風が収まったことを確かめてからゆっくりと腕を下ろした。

開けた二人の視界には、青い装甲を身に纏った異形の戦士、アマゾンネオが立っていた。

ネオはもう一度インジェクターのピストンを押すと、バックルから再び音声が流れる。

 

『BLADE LOADING』

 

ネオの右手首の装甲が微かに開き、空いた隙間から赤熱した刀身が生えてくる。

刀身が生え、刃を作り、切っ先が出来ると熱が収まって銀色のブレードが完成した。

一部始終を見ていたクレア、レインは驚きの余り何も言えず、見開いた目でネオ(千翼)を見ていた。

ブレードを軽く左右に振って具合を確かめると、(カズマ)を睨む。

 

「その仮面、一撃で叩き割ってやるよ」

 

「ふっ、そうこなくてはな」

 

これで準備は整った。あとはアイコンタクトで伝えた手筈通りに事を進めるだけ。

ネオとカズマは体勢を整え、改めて構えると睨み合った。そのまま無言で対峙する。

互いに視線を交えたまま時間だけが過ぎ、やがてその均衡が崩れる時がやってきた。

 

「フッ!」

 

ネオが軽く息を吐いて床を蹴った。青い残像を残しながら真っ直ぐカズマに向かう。

普段のカズマなら、気が付く前に千翼の接近を許していただろう。だが、今は仮面の力のお陰で動きがよく見えるし、よく分かる。

ネオは、ブレードの切っ先を自分に向けた状態で迫っている。狙いは仮面、即ち自分の顔。そして繰り出す一撃は突き。

 

――まだだ、まだ引きつけろ。

 

この場を怪しまれずにやり過ごすには、少しも不審な点があってはならない。それ故にカズマは、相手の手の内が分かっていてもすぐには動かなかった。

 

――もう少し。

 

青い異形の戦士は目の前まで迫ってきた。既に自分はブレードの間合いに入っている。

そして、遂に銀色の切っ先が自分に向かって突き出された。

 

――今だ!

 

カズマは膝の力を抜いて滑らかな動きでしゃがんだ。一瞬前まで頭があった位置を、銀色の刃が通り過ぎてゆく。

ネオの胴体が眼前にまで迫ってくると、カズマは右手でその胸に触れた。

 

「うああぁぁ!?」

 

ドレインタッチで体力を吸い取られ、ネオが叫び声を上げるとゆっくりと倒れた。

大理石の床に氷が張るほどの冷気を発しながら変身が解け、異形が元の少年の姿に戻る。

 

「ち、チヒロ殿!」

 

「そんな!」

 

まさか頼もしい助っ人が賊の一撃によって倒されるとは思わず。近衛の二人は叫んだ。

動揺している二人に追い打ちをかけるように、カズマはわざとらしく溜息を吐く。

 

「やれやれ、あの佐藤和真の仲間と聞いていたが、期待外れもいいところである。一撃で終わってしまったぞ」

 

「き、貴様ぁ!」

 

千翼を嘲笑うような物言いに、クレアの眉が跳ね上がる。両手で剣を握り締めると、何時でも斬りかかれるように構えた。

 

「おおっと、我が輩に構っていいのかな? 早くこの男を助けないと取り返しの付かないことになるぞ!」

 

彼女の怒りの勢いを削ぐよう、足下に倒れる千翼を指差しながら放ったカズマの言葉に、クレアは再び動揺した。

視線をカズマと千翼の間で何往復もさせ、どちらを優先すべきなのか彼女の思考が堂々巡りする。

 

「よく考えたほうがよいぞ。では、我が輩達は先に行かせてもらうとしよう」

 

クレアが悩んでいる隙に、カズマは堂々と二人の間を通り抜けてアイリスの元へ向かおうとする。

自分に近付いてくる賊に斬りかかろうとするクレアであったが、振りかぶったところで悔しそうに顔を歪ませると、剣を鞘に収めて賊とすれ違い、倒れている千翼に駆け寄る。

 

「レイン、早く回復魔法を! 私は心臓マッサージをする!」

 

「は、はいっ!」

 

相方に促されたレインは、弾かれるように千翼の元へ駆け寄ると、杖に手を翳しながら回復魔法を唱える。淡い緑の光が照らすなか、クレアは一心不乱に両手で千翼の胸を圧迫していた。

自分達よりも千翼の救命を選んだ二人に、申し訳なさそうな顔をしながらクリスがカズマの後を追う。

部屋を出て廊下をひた走るカズマとクリス。あとはこのまま進めば目的地である女王の部屋にやがて辿り着く。

クリスがペースを少しだけ上げて、前を走るカズマの横に並ぶと、不安げに尋ねた。

 

「じょ、助手君、まさかとは思うけど……」

 

「心配ご無用、先程の言葉はあの二人を足止めするためのハッタリである。千翼は動けないだけで命に別状は無いのである」

 

「だ、だよね。よかった……」

 

先程のカズマの言葉がただのブラフだと知り、クリスは安堵の溜息を吐いた。

 

「さぁ、王女の部屋はすぐそこである! 共に参ろうか!」

 

 

◆◆◆

 

 

「なるほど……まさかあのネックレスがそんなに危険な物だったとは」

 

クレアが驚きを交えながら呟く。

賊騒ぎから一夜明け、カズマ達は城の謁見室に集まっていた。

五人の前には、玉座に座ったアイリスと、その左右にクレアとレインが立っている。

 

「あのネックレスについてはもう心配いらないわ。賊が逃げる直前に私が封印を施しておいたから、今はもう、ただのネックレスになっているわよ」

 

アクアが胸を張りながら自慢げに自分の功績を伝えた。

 

「その点については心から感謝いたします。アクア殿のおかげであのネックレスが悪用される心配はもうありません。ダスティネス卿とめぐみん殿も、身を挺してアイリス様をお守りいただき感謝いたします」

 

「この国に仕える者として当然のこと。身に余る光栄です」

 

「み、身に余る光栄です!」

 

クレアからアイリス護衛の感謝を伝えられ、ダクネスは胸に手を当てて一礼すると、それを見ためぐみんも見よう見まねで同じく礼をする。

 

「チヒロ殿も、あの時の加勢には感謝します」

 

「い、いえ。殆ど訳に立てなくてすみません」

 

「謙遜なさらずに。怪しげなスキルを使う賊に、臆さず立ち向かったあなたの勇気は称えられるべきです」

 

レインから賊との戦いで加勢したことに礼を言われた千翼は、申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げた。

近衛の二人からそれぞれ感謝の言葉を贈られた四人。そして、未だに褒められていないとある少年を、クレアは鋭い目付きで睨んだ。

 

「で、仲間達が賊を相手に奮戦していたとき。貴様はどこで何をしていた? 言ってみろ」

 

「えーと、戦勝パーティーでちょっと飲み過ぎちゃって、夜風に当たるつもりが眠くなってきたんで、そのまま宿に帰って爆睡してました……」

 

最後は消え入りそうな声で、嘘を伝えるカズマ。それを聞いたクレアは顔を手で覆いながら、わざとらしく盛大に溜息を吐いた。

 

「あれだけの功績を挙げた男が、アイリス様の危機にも気が付かず宿で酔い潰れていたとは、情けない」

 

「そうよそうよ! 王女様が大ピンチだったのに、肝心な時にいないんだから」

 

「まったくですね。それにしてもあの賊の二人組。特に仮面を付けた方は敵ながら私の琴線に触れるセンスの持ち主でした!」

 

前からはクレアの鋭い眼差し、後ろからは事情を知らないアクアとめぐみんからの心ない言葉。

板挟みになったカズマは額に青筋を浮かべながら、努めて申し訳なさそうな表情を作ることに専念していた。

目の前で兄と慕う男が容赦なく罵倒される姿を見て、いたたまれなくなったアイリスが助け船を出す。

 

「ま、まぁまぁ皆さん。ネックレスは奪われてしまいましたが、こうして私は怪我一つなく生きています。それだけでも十分です」

 

「しかし……」

 

クレアとレインは悔しそうに主君の左手を見た。それに気が付いたアイリスは、優しく微笑む。

 

「二人とも気にしないで。貴方たちは十分すぎるほどに頑張ってくれました」

 

「有り難きお言葉です……」

 

そして、それを聞いているカズマは顔を真下に向け、拳を握った手を震わせていた。

あの日の夜。宿に戻ったカズマとクリスは、アイリスの部屋で待ち構えていたダクネスに正体を感付かれ、共にこってりと絞られた。

二人揃って彼女お得意のアイアンクローによる制裁を受け、頭蓋骨が限界を超えそうなところで、同じく宿に戻ってきた千翼の仲裁で難を逃れた。

その後、洗いざらい全てを話し。これで終われば良かったのだが、その時にカズマはネックレスを奪おうと発動したスティールによって、アイリスの指輪を奪ってしまったことを話した。

拾ったと嘘をついて返そう。とカズマは提案したが、ダクネスから指輪の意味――王族が婚約者が決まったときに、伴侶となる相手に渡す指輪。と聞かされ、更に。

 

「賊に奪われ、その辺の冒険者が拾ってきた。なんてことが世間に知れ渡れば、王族の……いや、国の威信に関わる。返しに行ったらお前は口封じに殺されるだろう」

 

という、物騒極まりない話を聞かされ、カズマは指輪を生涯に渡って隠し持ち、墓の下まで持っていくことを余儀なくされた。

事情を知っているダクネスからは鋭い、その場に居合わせていた千翼は気の毒そうな視線をカズマに送る。

 

「それでは改めて、この度は私を賊から守って頂き誠に感謝いたします。この恩は決して忘れません」

 

アイリスが感謝の言葉と共に礼をすると、カズマ達も礼を返す。

これで今回の件は終わった。カズマは後ろの仲間達に目配せすると、四人は黙って頷く。

 

「それじゃあな、アイリス。この一週間すごく楽しかった!」

 

片手を上げて別れの挨拶をするカズマ。彼がアイリスに背を向けて出口に向かって歩き出すと、仲間達も同じく出口へと向かう。

アクアとめぐみんが部屋を出て、その次に千翼とダクネスが続く。最後にカズマが部屋を出ようとしたところで、アイリスは突然玉座から立ち上がった。

 

「お兄様!」

 

カズマを呼び止めると、驚くクレアとレインの間を通り抜けて、立ち止まったカズマの元へ向かう。

 

「お兄様、また何時でもいらしてください。そして、お話を聞かせて下さいね!」

 

「ああ、次に来るときはもっと面白い話をしてやるよ」

 

膝を折って目線を幼い少女に合わせたカズマは、自信に満ちた笑みと共にサムズアップする。それを見て、アイリスも笑みをこぼした。

そしてアイリスはカズマの耳元に顔を近付けると、彼にだけ聞こえるように囁く。

 

「またいらしてくださいね。素敵な泥棒さん」

 

「え……」

 

アイリスの口から出た思いもよらない言葉に、カズマの思考と動作が停止する。顔を離したアイリスは、先程と変わらない笑みを浮かべていた。

 

「カズマ、いつまでそうしているんですか」

 

「あ、ああ。今行くよ」

 

彼女に聞きたいことは山ほどある。だが、今は場所が悪いし、時間も無い。

後ろ髪を引かれる思いであったが、立ち上がって仲間達に振り返り、無理矢理その思いを断ち切る。

焦る必要はない。また王都に来たときにでも、こっそり聞けばいい。それよりも今は魔王の討伐が先だ。そして、彼女にたくさんの冒険話を聞かせよう。

仲間と合流したカズマは背筋を正し、胸を張って謁見室を後にした。

 

「アイリス様、如何なさいましたか?」

 

「ううん、なんでもないわ」

 

クレアが不思議そうに尋ねるも、首を横に振って何でも無いと返す。

彼女に気付かれないように、左手の小指、そこだけ日に焼けず白くなっている部分を撫でながら、アイリスは去って行く五人の冒険者の後ろ姿を、何時までも見送っていた。




というわけで、王都編でした。書いている内に容量がとんでもないことになったので、止むなくいくつかのシーンをカットすることにしました。
アニメでは放送コードに引っ掛かるために変更された、ミツルギへの窒息攻撃を再現したかったのですが、テンポが悪くなるし容量が膨れ上がるため彼の登場はカットしました。
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