「ありがとうございましたー」
店員の声を背に受けながら、紙袋を抱えたカズマ達が雑貨店から出てくる。
「ねー、カズマさん。必要な物は買ったから家に帰りましょうよ」
「次で最後だ。すぐに終わるから我慢しろ」
両手に紙袋を抱えたアクアが不満げな声を上げるが、カズマはそれだけ言うと次の目的地に向かって歩き出す。自分の意見を無下にされて、水の女神は頬を膨らませた。
日用品が足りなくなってきたので、商店街で買い物をしていたカズマ達は、最後の店に向かう途中で農耕地を通り抜ける。
あちこちの畑で人々が固く締まった土の上に堆肥を撒き、その後に鍬で地面を耕して土と堆肥をよく混ぜ合わせる。
大人達は額から汗を流しながら、子供達は畑仕事を手伝ったり、周りで遊んでいたりとなんとも長閑な光景が広がっていた。
「そういえば、もうそろそろキャベツの季節ですね」
「キャベツかぁ。てことは俺がこっちに来てからもう一年経つんだな」
「キャベツ?」
めぐみんがふと口にした「キャベツ」という言葉に反応してカズマが立ち止まり。懐かしむように遠くを見詰める。
二人の会話の意味が分からなかった千翼は、小さく首を傾げた。
「ああ、そういや千翼はあの時いなかったもんな」
そう言ってカズマは、不思議そうな顔をしている千翼に、キャベツについて話し始めた。
ここアクセルは、毎年食べ頃を迎えた空飛ぶキャベツの群れの通り道となっている。
本来であれば、群れは大陸を越え、海を越えていずこへと飛び去って行き、そのまま人知れずどこかの土地で生涯を終える。
しかし、栄養をたっぷりと含んだキャベツは倒せば豊富な経験値が、捕獲すれば一玉につき多額の報奨金が支払われるのだ。
そんな味も報酬も経験値もおいしいキャベツを逃す手は無く、時期がやってくると冒険者達は目の色を変えてキャベツの『収穫』に乗り出す。
「んで、今年もその季節がやってきたってわけ」
「なるほど」
以前の千翼であれば「キャベツが飛ぶ」という事実に面食らったであろうが、こちらの世界で一年近くも過ごし、その中で様々な物を見て、経験した今の彼にとってはキャベツが飛ぶくらい最早驚くようなことではなかった。
「去年はたくさん捕まえたと思ったら、まさか殆どレタスだったなんて……今年はリベンジを果たしてみせるわ!」
「私はパワーアップした爆裂魔法で、群れを一網打尽にしてみせます! 去年とはひと味もふた味も違うことをお見せしましょう!」
「ああ、キャベツか……四方八方から襲われて、鎧を砕かれた時の感覚は今でも忘れられない……またあの感覚が味わえるなんて!」
女性陣三人がそれぞれキャベツに関する思い出を語り、やる気を見せる。
「さて、それじゃウィズの店に行くか」
「えー、どうしても行くの?」
「今日店に行くってバニルに伝えたからな。サンプル渡すだけだからすぐに終わる」
憎きリッチーの経営する店に寄ると聞いて、アクアが露骨に不満の声を上げる。
カズマは以前、現代日本の知識を活かして作った道具の数々を、知的財産込みでバニルに買い取ってもらった。
その後に「追加で新商品があるなら、それも買い取る」と言われ、暇な時に新しいサンプルを作っては、それを彼の元に持ち込んでいた。
尚も不満の声を漏らす女神を千翼、めぐみん、ダクネスがなんとか宥め、五人はウィズが経営する店に向かう。
商店街をしばらく歩くと、T字路の突き当たりに見慣れた店が見えてくる。
ライターの販売が一段落して客足も落ち着いたらしく、店の中に客の姿は見えなかった。
カズマが扉を開けると、左右が白黒の仮面を付けた馴染み深い店員が出迎える。
「へい、らっしゃい! キャベツの報奨金で最高級コースを選んでみようかなー。等と考えている男よ!」
「ばっ、やめろ!」
開口一番に考えている事を暴露され、慌てたカズマはこの店の唯一の従業員であるバニルの発言を遮るように叫んだ。
バニルが言った最高級コースとは、この町でひっそりと店を構え、アクセルの男達の間で知らぬ者はいないと断言出来るほどの知名度を誇る、サキュバスが経営する店のメニューのことである。
カズマがこの世界にやってきたばかりの頃、知り合いであり悪友でもあるダストとその仲間のキースからこの店の事を教えられた。
初回の利用は紆余曲折あって散々な結果に終わったが、その後は仲間達にバレないようにこっそりと利用している。
そして件の最高級コースとは、利用者曰く「もうこれで明日死んでも思い残すことは無い」「一度味わったら二度と引き返せない」と評判であった。
「あっ、さてはカズマさん一人で美味しい物食べようとしてるわね! そういうのは皆で食べるべきだと私は思うわ!」
「ずるいです! 私だって高級なフルコース料理を食べてみたいです!」
しかし、食い意地が張っているアクアとめぐみんはどうやら『最高級コース』の意味を勘違いしているらしく、抗議の声を上げる。
内心でバレなかったことにホッと胸を撫で下ろしつつ、カズマは二人を宥めながらキャベツの報奨金で何か美味しい物を皆で食べようと約束した。
「さて、そんなことはさておき。サンプルを持ってきたようだな。こちらで預かっておこう」
ある意味人生最大のピンチを「そんなこと」と軽く扱われカズマは若干顔を顰めるが、溜息を一つ吐いて気を取り直すと、サンプルが納められた風呂敷を渡す。
「では、確かに。ところで汝よ、どうやらこの前のクエストで随分と面白い物を手に入れたようだな?」
「面白い物……? ああ、もしかして圧裂弾のことか?」
「全てを見通す我が輩からのアドバイスである。その圧裂弾とやらを明日から肌身離さず持ち歩くが吉と出た。魔王を倒せるかは分からぬが、少なくともこの町を救うことは出来るかも知れぬぞ?」
カズマを指差し、口の端に笑みを浮かべながらバニルは言う。
一瞬だけ首を傾げるカズマであったが、これまでも危機的な状況――正確にはバニル自身にとって不利益に繋がる出来事を未来視すると、この悪魔はそれを回避するために遠回しに忠告してくるのだ。
恐らく今回も自分にも降りかかる災難を片付けてもらうために、カズマに対してこのような忠告をしたのだろう。
「……まぁ、覚えとくよ」
自分では決して動かず、口先だけで他人を動かして厄介ごとの始末をさせる。
何から何までこの悪魔の思う壺であることが気に食わないが、結果的にそれが自分を、ひいては自分たちが助かることにも繋がるのは事実なので、口から出かけた文句を飲み込むとカズマはそれだけ言った。
◆◆◆
数日後、カズマ達は山の中で薬草の採取をしていた。
キャベツの群れがいつ来てもおかしくはないが、だからと言っていつ来るかも分からない状態で待つのは暇を持て余す。
そこで短時間で終わるクエストを受けて、キャベツがやってくるまでの時間を潰すことにした。
「こんなものかな……そっちはどうだ?」
「俺の袋は一杯になったよ」
カズマは薬草を入れるための袋が満杯になったところで、仲間達の進捗状況を尋ねる。
始めに千翼が自分の袋が一杯になったことを伝えると、それに続いてあちこちから女性陣の声が上がる。
「こっちも大分集めました」
「私もこれ以上は袋に入りそうにないな」
「ねぇねぇ、珍しいキノコ見つけた! これって食べられるかしら?」
どうやらアクア以外の二人は採取が完了したらしく、十分な数が集まったと判断したカズマは、仲間達に山を下りる旨を伝えると、四つの返事が返ってきた。
ずっと屈んで作業していたため、節々から滲み出る痛みに顔を歪めながら立ち上がったカズマの耳に、蚊の鳴くような声が聞こえる。
「キャ……ベ……」
「ん? 何か言ったか?」
仲間が何かを呟いたのか、カズマは誰か喋ったのか尋ねる。草むらの向こうで四つの首が一斉に横に振られた。
少しだけ首を捻るカズマだったが、ここは山の中だし、鳥か虫の鳴き声だろうと一人納得して、今度こそ山を下りようとした時だった。
「キャベ……」
今度はハッキリと聞こえた。間違いなく鳥や虫の鳴き声では無い。しかし、危機感知にも反応がないからモンスターでも無いだろう。
カズマは一度上げた腰を再び屈めると、近くの茂みを片っ端から掻き分け始めた。
「カズマ、どうしたんだ?」
「さっき、何かの鳴き声が聞こえたんだ。すぐ近くにいるのは間違いない」
不思議そうな顔で尋ねるダクネスに、茂み掻き分けながらカズマは答える。
「あっ!」
やがて、掻き分けた先にあった物を見て、カズマは思わず声を上げた。
何事かと仲間達も集まってくる。そして、そこにあった物を見て同じような事を口にした。
「キャベツね」
「キャベツですね」
「確かにキャベツだな、だが……」
「萎れてる……」
そこにいたのは、萎れたキャベツだった。
力なく垂れ下がった葉に水気は無く、大きさもかなり小さい。
もはや身動ぎする力も残っていないのか、小さく震えて蚊の鳴くような声を漏らすばかりだった。
「群れからはぐれたのか?」
「いえ、これはきっと十分に成長する前に群れから飛び出したキャベツね。まともに飛ぶ力も無いから、こんな風に途中で力尽きてどこかに落っこちちゃうのよ」
「こういうキャベツは味も悪いし、経験値も殆ど貰えないので冒険者からは相手にされないんですよ」
「このまま動物やモンスターに食われ、最後は土に還る……。自然の摂理とは分かっているが、物悲しいな」
「ちょっとかわいそうだね……」
このキャベツはもう間もなく力尽きるだろう。
動物ならともかく、所詮は野菜。助けたところでどうすることも出来ない。五人に出来ることは、せめてその最期を看取ることだけであった。
「あ……」
とうとうキャベツは力尽きたらしく、最後に大きく揺れると動かなくなった。
いくらキャベツとは言え、このまま野晒しするのは流石に忍びなく。カズマ達は木の根元に穴を掘ると、そこに力尽きたキャベツを入れ、土を戻す。
最後に手頃な大きさの石を立てて墓標を作ると、五人は出来たばかりのキャベツの墓に黙祷を捧げた。
一分ほどの沈黙の後「来世は美味しいキャベツになれよ」とカズマが別れの言葉をかけ、五人はアクセルへと戻っていった。
◆◆◆
「……来ないな、キャベツ」
「おかしいな。例年なら既に来ているはずなのだが……」
ギルドの中で、カズマ達はテーブルに座って退屈そうにキャベツの到来を待ち侘びていた。
流石にそろそろ来るはずだ。と予想し、ここ一週間はクエストは受注せず、いつキャベツの群れが来てもいいようにギルドで待機している。
しかし、待てど暮らせどキャベツ達はやってこない。五人も待つことに疲れてテーブルの上に突っ伏していた。
「あら、カズマさん達もキャベツですか?」
と、近くを通りかかったギルドの職員であるルナがカズマ達に声をかける。
「はい、そうです。それにしても来ませんね……こういうことってあるんですか?」
「私もギルドにそれなりに長く務めていますが、こんなことは初めてですね。例年ならどんなに遅くてもとっくに来ているはずなんですが……」
言いながら、ルナはギルドの中を見回す。あちこちでカズマ達と同じく、キャベツの到来を待ち侘びる冒険者達が暇そうにしていた。
「天候不順や病気の流行の話も聞きませんし、本当におかしいですね……」
「ねー、いつになったらキャベツは来るの? 早く報奨金で最高級フルコース料理とお酒が飲みたい!」
異常事態の原因を冷静に考えるめぐみんと、その横で報奨金で食べる料理が待ちきれずに騒ぐアクア。
ルナは愛想笑いを浮かべると、仕事があると言ってカズマ達の元を去って行った。
すると、入れ替わるようにして一つのパーティーがやってくる。
「よー、カズマ。そっちもキャベツか?」
「おう、ダスト。その様子だとそっちもか?」
やってきたパーティーのリーダー、自称カズマの大親友であるダストと彼の仲間達がやってきた。
「おう、毎年この時期はアレが一番稼げるからな! そういやよ、この前クエストに出かけたら萎れたキャベツを見つけたんだよ」
「あれ、そっちもか。俺達もこの前、萎れたキャベツを見つけたんだ」
「それがね。大きくなりきる前に群れから飛び出して、そのまま行き倒れになるキャベツなんて珍しくもないけど……」
「数が凄かったんだ。萎れたキャベツがなんと十玉以上もあったんだよ」
ダストの仲間であるリーンとキースが、神妙な面持ちで自分たちが遭遇した不可解な出来事を話す。その内容に、カズマは驚きの声を上げた。
「十玉以上!? そんなにあったのか」
「そういや他の冒険者からも、あちこちで行き倒れのキャベツを見たって話を聞いたぞ」
「本当になんなのかしら。今年はダメになったキャベツがやたらと見つかっているわね……」
リーンは腕を組むと、顎に手を当てて独り言ちる。
「いつまでも経ってもキャベツは来ない。それなのに萎れたキャベツはあちこちで発見される……もしかして今年は史上希に見る不作で、キャベツの群れは来ないんじゃないかしら?」
「ええ!? 嘘だろ! 飲み代のツケはキャベツの報酬でまとめて払うって言っちまったよ! どうすりゃいいんだ!」
「それはあんたの問題であってキャベツは関係ないでしょ。そもそもツケで飲むなって何回言ったら分かるのよ!」
支払いの当てが外れそうになって頭を抱えるダストの尻を、リーンが容赦なく蹴り上げる。
短い悲鳴を上げて尻を押さえるダストを無視して「それじゃあね」と言ってリーン達は去って行った。遅れてダストがその後を追う。
「いつまで経っても来ないキャベツ、代わりにあちこちで見つかる萎れたキャベツ……。無関係とは思えんな」
「ですけど、今年は雨も適度に降って快晴の日が続いたから、キャベツの出来は過去最高になるって予想もありましたよ。それなのに萎れたキャベツが大量に見つかるなんて、どう考えてもおかしいですよ」
カズマ達はこの事態に首を傾げる。
天候不順や病気に関する話は聞かない。それどころか雨も日光も適度にあったので、今年のキャベツは素晴らしい出来になるだろうという予測すらある程だ。
しかし、現実はどれだけ待ってもキャベツの群れはやってこず、代わりにあちこちで行き倒れのキャベツが見つかっている。
相反する情報と事実に、カズマ達は悩ましい声を上げた。
と、その時。アクセルの町にけたたましいサイレンが鳴り響く。
『ギルドよりお知らせします。冒険者の方々は至急アクセルの正門に集合してください。繰り返します。冒険者の方々は至急アクセルの正門に集合してください』
スピーカーから流れるルナの緊張感に満ちた声に、何かを察したギルド内の冒険者達は一斉に目の色を変えて立ち上がった。
我先にと出入り口に殺到し、互いに押し合い圧し合いをしながら一人、また一人とギルドを飛び出した冒険者達が正門に向かって全力疾走する。
「来たか!」
「来たわね!」
「来ましたね!」
「来たようだな!」
「来たみたいだね」
カズマ達も同じく、各々が自分の装備を確かめるとギルドを飛び出して集合場所であるアクセルの正門へと向かう。
五人が正門に辿り着いたときには、大勢の冒険者が手足を疼かせながらキャベツの到来を待ち構えていた。
すると、突き出した岩に上がっていた一人の冒険者が大声で叫ぶ。
「来たぞ来たぞ!」
とうとうやって来た一大イベントに冒険者達は色めき立ち、拳を振り上げる。
「待たせやがって!」
「マヨネーズ持ってこい! ドレッシングも忘れるな!」
冒険者達は各々の得物を握り締めると、これから押し寄せてくるキャベツの群れに備えて身構えた。
「よーし、今回は自己記録更新を……?」
準備運動で肩を回し、今年のキャベツ収穫に意気込みを見せるカズマ。
しかし、それはやって来た緑色の群れの様子を見てあっさりと挫かれた。
「キャベ……」
「キャ……ベ……」
アクセルにやってきたキャベツの集団は、その殆どが萎れていた。
フラフラと不規則に飛び回り、木に当たるとそのまま落下する。中には飛んでいる途中で力尽きたのか、そのまま地面に落ちて動かなくなるキャベツもいた。
「おい、今年のキャベツなんか小さくないか?」
「なんでみんな萎れているのかしら?」
喜び勇んでキャベツの収穫にやってきた冒険者達も、弱々しいキャベツ達の姿に困惑していた。
去年の収穫では辺り一面がキャベツで埋め尽くされて、空や地面がまともに見えないほどの大群であった。
それが今年は数も少なく、おまけにどれもこれも小さい上に萎れているという、去年の豊作が嘘のような光景である。
「……ん?」
その時、カズマは遠方に巨大な何かがあることに気が付いた。
遠すぎてそれが大きいということ以外は分からないので、千里眼のスキルを使って視界を拡大する。
ピントを巨大な物体に合わせると、それは丸い形をしていることが分かった。
更にズームすると、緑色であることが判明する。
目を限界まで凝らし、意識を極限まで集中させると、ようやく巨大な緑色の球体の正体が判明した。それは――
「な、なんだあれ!?」
それは文字通り、山のようなとてつもなく巨大なキャベツだった。
余りの巨体故にスピードが出ないのか、周りにいる普通の大きさのキャベツ達に次々と追い抜かれている。
「どうしたのよカズマ。いきなり大声なんか出して」
「きゃ、キャベツだ! 山みたいにバカでっかいキャベツがこっちに向かってきてる!!」
突然慌てだしたカズマを見たアクアが、不思議そうに首を傾げた。
しばし腕を組んで唸り声を上げると、やがて何かを思い出したのか小さく声を上げた。
「カズマ、それはきっと……」
『ギルドより緊急クエストを発注します! 大玉キャベツを確認しました。冒険者各員は大至急これの討伐にあたってください!』
アクアが何かを言いかけたところで、本日二度目となるルナの放送がそれを遮る。
それを聞いた冒険者達の間に、一気に困惑が広がった。
「大玉キャベツだって!?」
「実在したのか……」
「あれってただの噂じゃなかったの!?」
冒険者達は放送で流れた「大玉キャベツ」という言葉を繰り返し口にする。
その様子を見ていたカズマは、自分が目撃した巨大キャベツがただならぬ物であることを理解した。
「な、なぁ。大玉キャベツってなんだ? 遠くにいるあれがそうだってのは分かるんだけど、普通のキャベツとどう違うんだ?」
「カズマ、大玉キャベツは言うなれば自然災害……いえ、災厄そのものよ。あれはキャベツの姿をした悪魔と言っても過言ではないわ」
慌てふためくカズマとは対照的に、アクアはどこまで落ち着き払った声で大玉キャベツについて説明する。
「大玉キャベツは極希に生まれるとてつもなく巨大なキャベツです。ですが、大きい分より多くの水や栄養を必要とするので、他のキャベツの分まで奪ってしまうんですよ」
「それだけなら単に巨大なキャベツで済むが、あれの恐ろしいところは更に大きくなるために
「それだけじゃ無いわ。あれだけの巨体だから、通り道にある物は全て破壊される。まさに緑色の悪魔よ!」
「なんだよそれ……!」
「ほとんど空飛ぶデストロイヤーじゃねぇか!!」
三人から大玉キャベツがどのような存在であるか聞かされ、その内容に千翼は戦慄し、カズマは両手で頭を抱えると空に向かって吼えた。少年の声が澄み渡った青空に木霊する。
「お、大玉キャベツってどうしたらいいんだ?」
「あんなのと戦ったことねぇよ!」
周りでは巨大キャベツにどうやって対処するべきなのか、初めて遭遇する事態に狼狽する冒険者達が右往左往していた。
しかし、混迷を極めるこの事態に、一人の冒険者は堂々と胸を張って高らかに宣言する。
「ふっふっふ。みなさん何をそんなに慌てているのですか? 確かに大きいですが、所詮はキャベツ。デストロイヤーのように魔力障壁を持っているわけでも、魔法金属で出来ている訳でもありません。あんなもの、私の爆裂魔法の一撃で事足りるでしょう!」
大勢の前で自信満々に言い切っためぐみんを見て、冒険者達から歓声が上がった。
「こんな時こそ頭のおかしい嬢ちゃんの出番だな!」
「毎朝の爆裂魔法も以前に増して威力が上がっているみたいだし、ここは頭のおかしい嬢ちゃんに任せたぞ!」
「ぶちかましてやれ! 頭のおかしい嬢ちゃん!」
「おい、私を頭がおかしいと言った奴。後で話があるから逃げるなよ?」
可愛らしい見た目とは不釣り合いな、ドスの効いた声を漏らすめぐみんを尻目に、冒険者達は彼女に歓声を送る。
呆れたように溜息を吐くと、めぐみんは振り返って迫り来る大玉キャベツを見据えた。
杖を両手でしっかりと握り締め、掲げる。意識を集中させると十八番である爆裂魔法の詠唱を始めた。
彼女の口から詠唱が紡がれる度に、魔力が杖の先端に嵌められた紅玉に収束してゆく。
溢れんばかりの魔力の奔流は遂に極限を迎えた。
「エクスプロージョン!!」
巨大なキャベツの頭上に魔法陣が現れ、凝縮した魔力が一気に解放された。
緑色の球体が一瞬で真っ赤な爆炎に飲み込まれ、その姿が見えなくなる。
一拍遅れて凄まじい爆音と爆風、衝撃波が冒険者達を襲った。巻き上げられた土と砂埃が、辺り一面を覆い隠す。
音と風が止んだことを確認してから、爆発に備えて伏せていたカズマはゆっくりと起き上がる。
爆裂魔法の直撃を受けた大玉キャベツがどうなったか確認すると、漂う砂埃の向こうで、煙が立ち上る巨大なクレーターの真ん中に黒焦げになった丸い物体が転がっていた。
「や……やったぞ!」
カズマの歓喜に満ちた声に釣られて、伏せていたり物陰に隠れていた冒険者達が恐る恐る顔を出す。
そして真っ黒に焼け焦げた大玉キャベツを見ると、誰も彼もが笑みを浮かべた。
「よっしゃあ!」
「大玉キャベツをやっつけたぞ!」
冒険者達はハイタッチをしたり抱き合ったりと、全身で喜びを表す。
「おやおや、黒焦げになってしまいましたか。他愛なかったですね」
地面にうつ伏せになりながら、めぐみんは得意げに言う。
クールな表情を何とか保とうとしているが、その顔には隠しきれない笑みが滲んでいた。
「はー、よかったよかった。これでもう心配いらないわね。実はまだ生きてました、みたいなベタな展開は流石に……」
「やめろ! それ以上は言うな!」
カズマは慌てて余計な事を言おうとした駄女神の口を塞ごうとするが、時既に遅し。
突如として不気味な地鳴りが辺りに響く。
「なんだ、地震か!?」
「いや、違うと思う!」
「ダクネス。千翼の言うとおりだ、こういうときの地鳴りは大抵……」
口ではそう言いつつも、胸中では「頼むから勘違いであってくれと」と祈りながら、カズマは黒焦げになった大玉キャベツを見た。
真っ黒な球体に皹が走る。振動に併せて細かい破片がパラパラと剥がれ落ち、更に皹が広がった。
そして――
「きゃべぇ~」
焼け焦げた葉を脱ぎ捨てて、その下から真新しい巨大キャベツが姿を現した。
「だ、脱皮したぁ!?」
カズマは目玉が飛び出そうなほどに驚愕した。
傷一つ無いピカピカの巨大キャベツは、浮き上がると何事も無かったかのようにアクセルに向かって進行を再開する。
まさかの復活に、冒険者達は再び狼狽えた。
「お、おい。どうすんだ!?」
「まさか嬢ちゃんの爆裂魔法が効かないなんて……」
機動要塞デストロイヤーを破壊しためぐみんの爆裂魔法。この世界であの一撃に耐えられるものは存在しないと思われていたが、脱皮をすることによってやり過ごす。というまさかの方法に冒険者達は度肝を抜かれた。
驚いたのも束の間、カズマは即座に思考を切り替えると、めぐみんに走り寄る。
彼女の首筋に手を当てると、歩ける程度の魔力をドレインタッチで送った。
ふらつきながらもめぐみんが何とか立ち上がると、カズマは振り返って大声で叫ぶ。
「アクア、こっちに来い! ドレインタッチでめぐみんに魔力を補充するぞ! めぐみん、爆裂魔法をもう一発頼む!」
「無駄ですよ! いくら爆裂魔法を使ったところで、また脱皮されるのがオチです! あれを倒すには、それこそ爆裂魔法を何百発も撃ち込まないといけません!」
最大火力を誇る爆裂魔法ですら、あの大玉キャベツを倒すには途方もない手数が必要と本人から告げられる。
だからといってここにいる冒険者達で総攻撃を仕掛けたところで、葉を一枚剥がせるかも怪しい。こうしている間にも巨大キャベツは徐々にアクセルに近付いてくる。
何か策は無いかと必死に頭を回転させるが、焦りでろくな考えが浮かんでこなかった。
流石に今回はデストロイヤーの時と違って準備も何もしていないので、どうすることも出来ない。
頭に避難の二文字が浮かんできたところで、何かを思い出した千翼がカズマに向かって叫ぶ。
「カズマ、圧裂弾だ!」
「……へ?」
「圧裂弾だよ! あれを使えばもしかしたら倒せるかも知れない!」
圧裂弾と聞いて、一週間ほど前のバニルの言葉がカズマの脳裏を過る。
――少なくともこの町を救うことは出来るかも知れぬぞ?
あの仮面の悪魔は、この事態を未来視してあのような事を言ったのだろう。
それは即ち、圧裂弾を使えばあの巨大キャベツを倒すことが出来るということだ。
何から何まであの悪魔の思惑通りというのは実に腹立たしいが、今はそんなことにかまけている場合では無い。
懐から小さな金属ケースを取り出し、蓋を開けて中を確かめる。
圧烈弾と専用の銃がそこに収まっていた。
「やるしかない……!」
蓋の方に挟まっているマニュアルを取り出すとそれを広げ、発射までの手順を確認する。
「えーと、まずは銃を取り出して、銃身を折って薬室内に異物や異常が無いか確認……」
圧裂弾専用の銃を取り出し、ロックを外してからバレルを掴んで倒すと折れた。露わになった薬室を覗くと、真円の向こうに地面に生える草が見える。
「次に圧裂弾を取り出して、弾頭を時計回りに音がするまで回す。樹脂カバー内のランプが点滅したら信管が作動している状態……」
カズマはケースから慎重に圧裂弾を取り出すと、透明な樹脂で覆われた弾頭を摘まむ。そしてゆっくりと時計回りに回すと、カチッと小さな音が鳴った。カバー内部のランプが青色に点滅する。
「弾薬を薬室に装填、銃身を戻して薬室が密閉されたか確認……」
圧裂弾を落とさないようにゆっくりと銃に装填すると、バレルを戻して元の形にする。キチンと密閉されているか、試しにバレルを掴んで上下に軽く揺するが、わずかなガタつきも音も無かった。
「両手でしっかりと銃を握り、足を肩幅に開く。反動に備えて前傾姿勢でキチンと構え、照準を目標に合わせたらトリガーを引く……」
マニュアル通りに銃のグリップを両手で握り、射撃体勢を取った。狙いを定めようとするが、恐怖と緊張で手が震えてしまい、照準が上に下に、左右にぶれる。
何とかして震えを抑えようとしていると、両肩と背中に誰かの手が置かれた。次いで左右からそれぞれ二本の腕が伸びてくると、カズマの両手を覆うように添えられる。
「安心しろ、後ろはしっかりと支えてやる!」
「お願いだから外さないでくださいよ!」
後ろからはダクネスとめぐみんの声が。
「何がなんでもあの大玉キャベツを倒すわよ! そしたら皆で最高級フルコースを食べに行くんだから!」
「カズマ、こっちはいつでもいいよ!」
左右からはアクアと千翼がカズマに話しかける。
「みんな……」
体を支えられ、銃に手を添えられただけなのに、心なしか仲間達から力をもらったような気がする。
この一撃は絶対に外す訳にはいかない。カズマは改めて銃のグリップを握ると、照準を迫り来る緑色の巨大な球体に合わせる。狙いはど真ん中。
二、三度深く呼吸して息を整える。全身に力を入れて体幹を安定させると、震えが収まった。
――作った人、こんなことに使ってごめんなさい!
圧裂弾を作った転生者に胸中で詫びる。まさか製作者も魔王ではなく巨大なキャベツに対して使われるとは夢にも思わなかっただろう。
カズマは息を大きく吸い込むと、叫びと共に一気に吐き出した。
「狙撃!!」
そして、トリガーを引く。
内蔵されたハンマーが弾薬の尻を叩き、雷管から小さな火花が生まれる。そして火花が炸薬に触れ、爆ぜた。
生じた爆発が勢いよく弾を押し出し、銃口から飛び出す。畳まれていた羽が開き、それが風を受けて圧裂弾を回転させる。
猛烈な勢いで回転する圧裂弾は、巨大キャベツに向かって真っ直ぐに飛翔する。
圧裂弾はキャベツの中心に命中し、葉を貫いた。
一拍の間を置いて巨大なキャベツが膨れ上がり。そして内側から盛大に爆ぜた。
大玉キャベツは粉々に砕け散り、緑色の破片が青空から雨霰と降り注ぐ。草原とはまた違った緑色で大地が染まった。
一連の様子を見ていた冒険者達は、目の前で起きたことが理解出来ずにしばし呆然としていた。
「や……やったぞおおおぉぉぉ!!!」
やがて誰かの叫びに呼応して、冒険者達は勝ち鬨を上げた。
◆◆◆
「……ねぇ、今日はお肉とかお魚が食べたい気分なんだけど」
「文句があるなら今から帰ってもいいぞ」
「うっ……いらないとは言ってないでしょ!」
アクアが文句を言いながら、目の前に置かれたキャベツのサラダにフォークを突き立てる。
数枚の葉が貫かれ、持ち上げられると開かれた口の中に消えた。
「……うん、流石は大玉キャベツね。すごく新鮮で美味しい……」
大玉キャベツの撃破から一週間後、カズマ達はアクセルの高級レストランでテーブルを囲んでいた。
またしても町を救った五人には、ギルドから大玉キャベツ撃破の報酬として多額の賞金が支払われ、今日は約束していた『最高級コース』の料理を食べにやって来た。
有頂天で席に着いたアクアであったが、運ばれてきた料理の数々を見て、そのテンションは一瞬で地の底に落ちる事となる。
五人が囲むテーブルの上にはキャベツのサラダ、キャベツのスープ、キャベツだけの野菜炒め、キャベツの――
「いくら最高級コースでもキャベツ尽くしはいやー!!」
危険極まりない大玉キャベツであったが、倒してしまえばただの巨大なキャベツ。
しかも、滅多に現れない非常に貴重な野菜とあって、アクセル中の料理人達はこの食材を最高の料理にすべく腕を振るった。
「仕方ありませんよ。あのまま放置したら腐ってダメになってしまいますし、そうなったら悪臭もそうですが不衛生です」
「栄養をたっぷりと含んだキャベツ料理が思う存分食べられるんだぞ。良かったじゃないか」
「ちっとも良くない! 私は最高の料理を食べながら最高のお酒が飲みたかったの! いくら美味しくてもキャベツばっかりなんて嫌よ!」
まさかここに来て出される料理が全てキャベツになるとは夢にも思わなかったのだろう。アクアは人目も憚らずに大声で喚いた。
カズマはそんな女神を無視してスープを口に運び、めぐみんはサラダを、ダクネスは野菜炒めに舌鼓を打つ。
千翼は水の注がれたグラスを傾けながら、テーブルに突っ伏して嘆き悲しむアクアに同情の眼差しを送る。
「カズマ様、お酒をお持ちしました」
と、男のウェイターがボトルを持ってテーブルにやってきた。
お酒と聞いて、先程までの悲しみは何処へやら。アクアはワイングラスを引っ掴むと、勢いよくウェイターに差し出す。
「待ってました! 料理は諦めるとして、お酒は期待できるわね!」
ニコニコ顔で自分のグラスに酒が注がれるのを待つアクア。
ウェイターはラベルをカズマ達に向けると、酒の銘柄の説明を始める。
「こちら、アクセルの杜氏が試作に試作を重ね。ついに完成させたキャベツのお酒です。町を救ってくれたカズマ様たちに記念すべき一杯目を是非飲んで欲しいと」
男が手で指すラベルには、箔押しでキャベツが描かれていた。水の女神の両目が限界まで見開かれ、ラベルを凝視する。
一礼してからウェイターは、テーブルの上に置かれたグラスに次々と酒を注いでいった。透き通った緑色の酒がグラスを満たし、最後にアクアが持っている物にも注がれる。
「それでは、ごゆっくり堪能下さい」
去り際に一礼して男がテーブルを離れると、アクアがブルブルと震えだした。
息を大きく吸い込むと、この日一番の叫び声を上げる。
「もう、キャベツはいやあああぁぁぁ!!」
当初、圧裂弾は別の機会に使用する予定だったのですが、話数の関係で今回の使用となりました。
「カズマに圧裂弾を撃たせる」という、どうしても書きたかったシーンをようやく書くことが出来ました。
言わずもがな、発射シーンの元ネタはアマゾンズ最終回の駆除班です。