その日の朝、カズマ達は屋敷の居間で朝食の準備をしていた。
テーブルの上に五人分のグラスと、四人分のナイフとフォーク、スプーンを並べる。
「できたぞ。取りに来てくれ」
キッチンから、今日の朝食作りを担当するダクネスの声が届く。
カズマ達は揃って彼女の元へ向かい、出来上がった朝食を受け取ると居間に戻り、テーブルに並べた。
本日のメニューであるコンソメスープ、野菜サラダ、ベーコンエッグが四つの席に置かれ、朝食の準備が完了する。
『いただきます』
五つの声が揃って食前の挨拶を口にする。
カズマはフォークで野菜を突き、めぐみんはスプーンでスープを口に運ぶ。アクアはベーコンエッグをナイフで切り分け、千翼は水筒の中身をグラスに注いでいた。
「ダクネス、どうかしたか?」
サラダを食べ終えて、スープに手を付けようとしたカズマは、ダクネスの食事が殆ど進んでいないことに気が付いた。
彼女は手に持ったフォークでサラダの野菜を突くばかりであり、口に運ぼうとしない。
「……え? ああ、いや。何でも無い」
どこか上の空だったダクネスだが、カズマに声をかけられて意識が戻り、ようやく野菜を口に運ぶ。
微かに疑問を抱くカズマであったが、特に気にもせず食事を再開した。
サラダを完食し、フォークを置いたところで、ダクネスはある人物が食事中にずっとおかしな挙動をしていることに気付く。
「アクア、どうしたんだ? なにか変なところがあるのか?」
アクアは朝食を食べ始めてからというもの、ベーコンエッグを一口食べると首を傾げ、サラダを食べては同じく首を傾げる。
もしや、作っているときに何かおかしな物が入ってしまったかとダクネスは心配した。
「うーん……何でも無いわ。たぶん気のせいね」
しかし、当の本人は少しだけ考えるような素振りを見せるも、首を横に振ると、すぐに何時もの様子で食事を再開した。
◆◆◆
この日、カズマ達は害獣駆除のクエストを受け、指定された郊外の畑で作物を狙う動物相手に奮戦していた。
「狙撃! 狙撃! 狙撃!」
カズマが立て続けに弓矢を射ると、放たれた三本の矢は吸い込まれるように三匹の猿にそれぞれ命中した。
猿達が地面に倒れると、その脇を牛程の大きさもある猪が、カズマ目掛けて一直線に突っ込んでくる。
このままではカズマは猪に弾き飛ばされ、良くて大怪我、悪くてエリスの元へ召されることとなる。
しかし、当の本人は焦った様子も無く。それどころか他に弓矢で仕留められそうな獣がいないか探していた。
両者の距離がいよいよ縮まってきたとき、カズマの脇を青い残像が走り抜ける。
「ハッ!」
青い影は猪とすれ違い、その際に右腕を振った。
猪の首から噴水のように血が噴き出し、獣が白目を剥く。
全身から力が抜けて、四本の足がもつれる。巨体がついに地面に倒れると、突進の勢いでそのまま滑り、大きくカーブして止まった。
「千翼、右からまた来てる!」
「わかった!」
カズマは弓矢を放ちつつ、青い影――アマゾンネオになった千翼に、次の猪の位置を伝える。
短く返事をすると、ネオは素早く右へと駆けていった。
「私たちの出番は無さそうですね」
「そうねー。だからのんびりさせてもらいましょ」
男二人が前線で次々と獣を仕留めているので、後方で畑を守っているめぐみんとアクアはやることが無くなってしまい、暇を持て余していた。
ダクネスだけは畑の前に立ち、二人の迎撃をすり抜けた討ち漏らしの相手をする役割だったが、こちらも当然ながらやることが無かった。
だが、当のダクネスは上の空で何かを考えていた。時折ブツブツと何かを呟いては顔を顰める繰り返している。
「ダクネス! そっちに行ったぞ!」
カズマと千翼が害獣達の相手をしている内に、猪の一匹が二人の間を通り抜けて、後方で畑を守っていたダクネスに猛然と突進する。
だが、当の本人は剣を構えてはいるものの、心ここにあらずと言った様子で、迫り来る猪の存在に気が付いていなかった。
「ダクネス!!」
「え? うわぁ!?」
カズマが大声で呼びかけると、ようやく意識がこちら側に戻ってきたが、突進してきた猪に反応が遅れ、ダクネスは踏ん張る間もなく大きく突き飛ばされた。
剣が彼女の手を離れて宙を舞い、当の持ち主は土だらけになりながら地面を勢いよく転がり、畑の中央でようやく止まった。
しかし、回転が終わった所を狙って、猪がダクネス目掛けて再び襲いかかる。
「狙撃!」
すかさずカズマは矢を放ち、猪の動きを止める。
放たれた矢は足の付け根に当たり、痛みで猪が一瞬だけ怯んだ。
「フッ!」
その隙を逃さず、アマゾンネオがブレード片手に襲いかかる。
跳躍すると猪の上に落下して押し倒す。間髪入れずにブレードを首筋に突き立てると、払うように横に薙いだ。
大きく開いた傷口から血が噴き出し、数回痙攣してから、猪は動かなくなった。
「ダクネス! 怪我は無いか!?」
「ああ、大丈夫だ。特に問題は、いたっ!」
カズマが慌ててダクネスに駆け寄り、負傷してないか尋ねる。
ダクネスは怪我をしていない旨を伝えながら立ち上がろうとするが、右手を地面に付いた途端に痛みでそれを引っ込めた。
「すまない、どうやら受け身を取り損ねて手を捻ってしまったようだ」
「はいはい、私に任せて。こんなのちょっとヒールをかければすぐに……」
ここで回復のエキスパートであるアクアが彼女の右手を優しく掴み、回復魔法をかけようとする。
しかし、アクアは何故かダクネスの右手をじっと見詰めたまま動かなかった。
「アクア、どうかしたのか?」
「んー……何でも無いわ。それじゃあ動かないで」
いつまで経っても回復魔法を唱えようとしないアクアを不思議に思い、カズマが声をかける。
アクアは小さく首を傾げながら短い唸り声を漏らすと、気を取り直してダクネスの右手にヒールを唱えた。
◆◆◆
「なぁ、ダクネス。最近様子がおかしいぞ?」
屋敷の広間で、テーブルを挟んでダクネスとカズマ達は座っていた。
ここ最近、明らかに様子がおかしくなっている彼女を見かねて、カズマは思い切ってそのことを尋ねることにしたのだ。
「別に何でも……」
「先に言っておくけど、何でも無い。とか言うのは無しだぞ?」
今まさに自分が言おうとしたことを先んじて封じられ、ダクネスは開きかけた口を閉じた。
しばらく広間に妙な空気が漂い、やがてダクネスは諦めたように小さく息を吐く。
「わかった。正直に全てを話そう」
そして、ダクネスは静かに話し始めた。
アクセルの町を襲った機動要塞デストロイヤー。冒険者達の一致団結により破壊に成功し、アクセルへの被害は無かったものの。そこに至るまでの道中では甚大な被害が発生していた。
特に穀倉地帯への被害は凄まじく、田畑を荒らされて作物が全てダメになってしまい、収入源を失った領民で溢れかえっていた。
当然ながら領民達は領主であるアルダープに助けを求めるも、返ってきたのは無慈悲な言葉であった。
『命が助かっただけでも儲けものだ。それに畑なんて、放っておけば草くらい生えてくるだろう』
そして進退窮まった領民達は、藁にも縋る思いでとある人物に助けを求めた。
「それが私の家というわけだ」
「もしかして様子がおかしかったのは、その人達のことが心配だからですか?」
めぐみんの質問に、ダクネスはゆっくりと首を横に振る。
「まぁ、一応それもあるが……。問題はここからなんだ」
そこから語られた話は、カズマ達にとって腹に据えかねる事実であった。
民に泣き付かれたダスティネス家の当主、つまりはダクネスの父親は彼らを何とかして救済しようとした。
しかし、いくら王家の懐刀と謂われる大貴族であっても、その財力には限りがある。
以前、アクセルの町で
どれだけ懐事情が厳しくとも、心優しい当主は領民達を見捨てることなど出来なかった。
そこで当主は、アルダープに頭を下げて金を借り、彼らを救うことにした。
そして金を貸す際に、アルダープはある条件を付けた。
『返済が滞った場合は、担保としてダクネスの身柄を貰い受ける』と。
「な……」
ダクネスの口から全てを聞いたカズマは、開いた口から声を漏らす。
「なんだよそれ!」
そして、我慢できずに思わず立ち上がりながら叫んだ。
彼の両脇に座るめぐみんと千翼が落ち着くように促し、納得のいかない表情のまま、カズマは一先ずソファに座り直す。
「とにかく、金が必要なんだろ? だったら……」
「カズマ、まさかとは思うが。バニルとの契約で手に入る金で、私の家の借金を肩代わりする。等と言うつもりじゃあるまいな?」
今度は自分が言おうとしたことを先んじて言われ、カズマは「うっ」と声を詰まらせると、ばつが悪そうに顔を背ける。
「その気持ちはとてもありがたい……。だからこそ、気持ちだけ受け取っておく」
「でも、借金をどうにかしないとお前はあのオッサンの……」
「娘が借金のカタに向こうに嫁ぐ。なんら珍しくもない、貴族達の間では極々ありふれたことだ。それに、領民を守るべき者が領民に助けてもらうなど、絶対にあってはならない事。そんな者は貴族失格だ」
「貴族失格とかそういう事じゃないだろ! とにかく借金さえなんとかすればこの問題は……」
「いい加減にしろ! とにかく、これは私の家の問題であって、お前達には無関係だ!」
とうとう痺れを切らし、ダクネスがテーブルを叩く。乾いた音が部屋に響いた。
さすがのカズマも、強情な態度を取り続けるダクネスに苛立ちを覚え、眉間に皺が寄ってきた。めぐみんと千翼は万が一に備えて、何時でも仲裁に入れるように様子を伺っている。
しかし、この緊迫した空気の中で、何故かアクアだけは鼻をひくつかせていた。
注意深く周囲の臭いを嗅ぎ取り、臭気の元を探る。やがて、臭いの源を特定すると鼻を摘まんだ。
「ねぇ、ダクネス……あなた臭うわよ」
「に、臭う!?」
ここで水の女神の場違いにも程がある発言に、ダクネスは素っ頓狂な叫び声を上げる。
今は大事な話をしているのに、どう考えても無関係な臭いの話を持ち出したアクアを、カズマ達は呆れ果てた様子で見ていた。
「そ、そんなことは無いはずだ! 毎日風呂で全身を念入りに洗って……」
「違う違う。そっちじゃなくて悪魔の臭い。あなたの手がすっごく悪魔臭いのよ!」
てっきり体臭のことかと思ったダクネスは、身振り手振りを交えながら自分がいかに清潔なのかを捲し立てるも、次いで出たアクアの言葉に動きを止めた。
「悪魔の臭い……?」
「そう、貴女の手から結構な悪魔臭がするのよ。ねぇ、ダクネス。ここ最近になって毎日のように触っているものってないかしら? 臭いの原因はきっとそれよ!」
「ここ最近毎日触っているもの……?」
顎に手をやり、目を閉じてダクネスは思い当たる節を探す。
眉間に皺を刻み、時々眉を震わせて彼女はしばらく考え続けた。
やがて、ダクネスはハッと何かに気が付いた。
「まさか……いや、そんなはずは……」
そのままブツブツと独り言を呟くと、やがて何かを決意したのか、改まった態度でカズマ達に向き直る。
「みんなに頼みがある。今から私の屋敷に来てほしい」
◆◆◆
「お父様、失礼します」
ダクネスが扉を開け、その後ろからカズマ達が部屋に入った。
「おお、ララティーナか。おや、誰かと思えばカズマ君じゃないか。こんな見苦しい姿ですまないね」
「お久しぶりです、イグニスさん」
掠れた声で娘とその仲間達に挨拶をしたのは、ダスティネス家の現当主であり、ダクネスの父親であるイグニスである。
イグニスは大きなベッドに座っているが、その姿は今にも倒れてしまいそうな程に弱々しかった。
落ち窪んだ目には濃い隈が浮かび、顔色は真っ青で血の気が全く感じられない。
寝間着の隙間から覗く胸板や、裾から伸びる腕はまるでミイラのようであり、まさに骨と皮だけのような状態であった。
「お父様、私の仲間のアークプリーストが、もしかしたらお父様の病気を治せるかもしれません」
「ダクネス、もういいんだ。私は十分に生きた。私のことよりも自分の事を考えなさい」
ダクネスが父の傍らに寄り添い、痩せ細って枯れ枝のようになってしまった手を優しく握る。当の父親は、どこか諦めた様子で力なく首を横に振った。
その痛ましい姿を見て、カズマ達は表情を曇らせる。
ダクネスはずっとこの事を隠し続け、自分だけで抱え込んでいたのだろう。
助けを求めようにも自分は貴族、故に庇護すべき領民達に助けを求めるなど、決して許されないこと。その立場が彼女の口を塞ぎ、苦しめ続けていた。
「助けて欲しい」の一言も言えず、悩みを誰かに打ち明けることも出来なかったダクネスの気持ちを考えると、カズマ達は胸が締め付けられるような思いだった。
「うっ……」
ここで、部屋に入ってからずっと鼻をひくつかせていたアクアが、イグニスの臭いを嗅いだ途端に顔を歪める。
「くさ! くっっっさ!! すっっっごく臭い!!!」
叫ぶや否や、アクアは片手で鼻を摘まみ、もう片方の手で勢いよくイグニスを扇ぐ。
「そ、そんなに臭うかね? 一応体はこまめに拭いているのだが……」
「ダクネスのお父さんすっごく悪魔臭いわ! これは間違いなく呪いがかけられている証拠よ! 待ってて、こんなもの女神である私の手にかかればチョチョイのチョイで……」
「おい待て! 何をする気だ!」
アクアはイグニスに向かっていきなり手をかざすと、息を大きく吸い込んだ。
彼女が何かしでかそうとしている事を察知したカズマは、慌てて止めに入る。
「セイクリッド・ブレイクスペル!」
「ほわあああぁぁぁ!?」
アクアが魔法を唱えると、イグニスの体が眩い光に包まれた。突然魔法を浴びせられ、イグニスは悲鳴を上げる。
「なにトドメ刺してんだー!?」
「お父様ー!」
瀕死の重病人に、いきなり魔法を浴びせたアクアにカズマは叫ぶ。
ダクネスも、正体不明の魔法を浴びて悲鳴を上げる父を見て叫んだ
自分を包んでいた光が収まると、イグニスはベッドに倒れ込み、動かなくなった。
まさか、本当にやってしまったのか? カズマ達は最悪の結末を予想し、全身から冷や汗が噴き出す。
張本人であるアクアだけは、自信たっぷりな様子で微笑んでいた。
「……ん」
呻き声と共にイグニスの瞼がピクリと動き、ゆっくりと持ち上がる。その顔色は死人のような蒼白から、健康的な赤みのある肌色に変わっていた。
数回瞬きをしてから上半身を起こすと、そのままベッドの上で首を捻ったり、腕を回して自分の体の具合を確かめた。
「……体が軽い」
ベッドから下りると気持ちよさそうに柔軟体操をし、自由に動く自分の体に驚いていた。
「体が思い通りに動く……これは一体……さっきまで立つことも出来なかったのに……」
「呪いよ! ダクネスのお父さんには悪魔の呪いがかけられていたわ! それも気力と体力をジワジワと奪う、実に悪魔らしい陰湿で陰険なやつがね!」
「それじゃあお父様は……」
「呪いはバッチリ解いたからもう大丈夫! なんの心配もいらないわ!」
アクアは勢いよく親指を立てると、自信満々に言い放った。
それを聞いたダクネスは目に涙を浮かべると、父に抱きつく。
「お父様!」
「ララティーナ!」
親子はこれまでの不安と絶望を忘れるかのように、熱い抱擁を交わす。
その光景を見ていためぐみんは貰い泣きし、アクアは満足げに頷き、千翼は嬉しそうに微笑んでいた。
「はぁ、本当に良かったですね。一時はどうなるかと思いました」
「それにしても、ダクネスのお父さんに呪いをかけたのは一体誰なんだろう?」
「それなら、もう目星は付いてるよ」
千翼の疑問に、カズマが自信をもって答える。
「もしかして、犯人が分かるのですか?」
その言葉にカズマはゆっくりと首を横に振った。
「いいや。犯人は分からないけど、犯人を知っているであろう奴なら知ってるぜ」
◆◆◆
「へいらっしゃい! そろそろ来ると思っていたところである」
馴染みの店の扉を開けると、ピンクのエプロンを締めた、この店の唯一の店員であるバニルが威勢の良い声で出迎える。
彼の足下には、黒焦げになった店主のウィズが転がっていたが、また売れない商品を大量に仕入れ、その事に怒ったバニルによって制裁されたのだろう。
この店では何時ものことなので、気にする者は誰もいなかった。
「カズマ、このクソ悪魔が犯人なのね! 任せてちょうだい。こんなやつ、リッチーもろとも跡形も無く浄化して……」
「ちがうちがう。バニルは犯人じゃないって言っただろ? 話が進まないから大人しくしてくれ」
両手を構えて浄化魔法を唱えようとしたアクアの手を掴み、詠唱を中断させる。
当の女神は不満そうに頬を膨らませたが、カズマの言うことに従って大人しく引き下がった。
「当然ながら、全てを見通す我輩は汝らが来た理由を知っているぞ。だが、我輩が犯人では無いと言う根拠を一応は聞かせてもらおうか? そうしないとそこの駄女神がうるさいのでな」
「簡単さ。人間は悪感情を生み出してくれる存在、悪魔にとっては金の卵を産んでくれる鶏。だから人間は絶対に殺さないってキールダンジョンで自分で言っただろ」
「ふむ、確かにそうだな」
「それもそうだし、そもそもお前とダクネスの親父さんは面識が無い、だから呪いをかける理由がないんだ」
「なるほどなるほど」
犯人では無い理由をカズマが一つ一つあげる度に、バニルは愉快そうに頷く。
「そして一番の理由は、お前は夢を叶えるために金が必要でこの店で働いている。商売が上手くいくように、近所付き合いも大切にしているって聞いたぞ。そんな真面目に働いている奴が、今までの努力を水の泡にするような真似なんて絶対にしないと思ったからさ」
「ほうほう。我輩の人となりをよく理解しているではないか。悪魔やアンデッドと聞けば、見境無く浄化しようとするどこぞの邪教の女神も見習ってほしいものである」
アクアは片眉を震わせると、再び両手を構える。胸いっぱいに空気を吸って浄化魔法を唱えようとするが、すんでの所で千翼とめぐみんによって、手と口を押さえられた。
「呪いをかけた犯人がバニルではないことは分かった。じゃあ、一体誰が父に呪いを……?」
「最近、腕周りの筋肉が太くなってきていることを気にしている女よ。お前は犯人に心辺りがあるはずだ。更に言うと、犯人はお前もよく知る人物である」
バニルの呼び方に眉間に皺を寄せるダクネスであったが、今はそれどころではない。
父親を亡き者にしようとした犯人は心辺りが、しかも自分がよく知る人物だと言うのだ。
ダクネスは腕を組み、目を閉じて自分の記憶を漁る。父が呪いに倒れてから会った人物を、一人一人思い返した。
「あっ……!」
しばらくその格好のまま唸り声を上げ続け。やがて犯人であろう人物を思い出すと、小さく声を上げた。そして、確信を以てその名を口にする。
「アルダープだ……犯人はアルダープに違いない!」
「あのおっさんが犯人なのか?」
ああ。と短く肯定すると、ダクネスは確信に至った経緯を話し始めた。
「王家の懐刀でもある、ダスティネス家の当主が病に倒れたと知れたら一大事だからな。無用な混乱を避けるために、表向きは長期の出張に出ていることにしたんだ」
ついに犯人が判明し、抵抗を続けていたアクアも、彼女を抑えていた千翼とめぐみんの二人も動きを止め、ダクネスの言葉に静かに耳を傾ける。
「貴族達から父の姿が見当たらないことについて尋ねられることはあったが、出張していると言えば誰しもすぐに納得してくれた、だがアイツは……アルダープだけは違った」
今までこの事に気が付かなかった自分への怒りか、卑劣な手段で父を葬ろうとしたアルダープへの怒りか、ダクネスは眉間に深い皺を刻んで強く歯噛みする。
「いきなり私に向かって「父親の姿が見えないが具合は大丈夫か?」と聞いてきたんだ。アルダープは父を嫌っていたから、その時は単に嫌味で言っているだけだと思ったが……今になって思い返せば、あの口ぶりは明らかに父の容体を知っていた。これはどう考えてもアイツが犯人だ!」
確信を以て言い切ったダクネスを見て、バニルは口元を大きく歪めた。
「ご名答! 大正解である!」
犯人に辿り着いたダクネスの推理を称えるように、バニルは大袈裟に拍手を打ち鳴らす。
「正確に言うと、あの男は主犯で実行犯は別にいる。だが、殆ど合っているぞ」
「じゃあその実行犯は誰なんだ……って聞いても、教えてくれないんだろ?」
「当然である。人に何かを要求するのであれば、代価を支払うのは常識。そして我輩は悪魔、その悪魔の力を借りるのであれば、然るべき手続きの上で契約を結んでもらおうか」
バニルは意地悪く口元を歪めると、右手の親指と人差し指で輪を作り、手の平を上に向け、見せつけるように上下に揺らす。
分かりきっていたとはいえ、改めて当の悪魔から代価を請求され、カズマは溜息を吐いた。
「わかったよ。それじゃあ代価は……」
「……と、普段なら言うところであるが、今回は我輩も色々と事情があるのでな。特別に代価無しで力を貸してやろう。その代わり、汝には少しお遣いを頼みたい」
あのバニルがまさか無償で力を貸してくれるとは思わず、カズマ達は驚きの目でバニルを見た。
当の悪魔は着ているタキシードの懐を探ると、何かを掴んで差し出す。
「このお遣いを果たしてくれた暁には、汝らに面白いものを見せてやろう」
原作と大幅に展開が異なりますが、これは原作であったクーロンズヒュドラ討伐戦が、今作では既に仁さんによってヒュドラが倒されていること。
どうしても書きたいシーンがあるので、その為には展開を変更せざるを得ないことが理由です。