この悲運の主人公に救済を!   作:第22SAS連隊隊員

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分割した後半部分は殆ど書き上がっていたので、すぐに出来上がりました。
というわけで花嫁編後編です。


Episode24 「X」ING THE LINE

太陽が地平線に沈み、入れ替わりで月が空に昇る。

穏やかな月光で淡く照らされる世界で、カズマは茂みに隠れながら、ある屋敷を偵察していた。

 

「うーん、腐っても領主。さすがに警備が厳重だな」

 

茂みの中から屋敷の周囲をつぶさに観察し、警備をしている人数と巡回ルートをじっくりと確認する。

カズマは今、アルダープの屋敷に潜入しようとしていた。

なぜ彼が領主の屋敷に忍び込もうとしているのか。それは昼間に顔馴染みの悪魔から頼まれた『お遣い』が関係している。

バニルから頼まれたお遣い。それは――

 

「あの豚のように醜く肥え太った男の屋敷に我が輩の友人がいる。その友人の血をこの瓶に一杯と、あの男の体の一部……まあ毛の一本でも良いだろう。それを採ってきてもらいたい」

 

そう言って、バニルは手の平に収まるほどの小さな瓶をカズマに渡した。

こうしてカズマは、今回の事件を解決するためにアルダープの屋敷に潜入することとなった。

 

「前にこの屋敷に泊まった時、鍵がかかりにくいキッチンの窓があったよな……」

 

義賊捕縛のためにこの屋敷に滞在した際、カズマは義賊が侵入に使いそうな経路を確かめていた。

その中でキッチンの窓の一つが老朽化しており、錆びも相まって鍵がかなりかけ辛くなっていたのだ。

音を立てないように茂みから抜け出し、警備の目を掻い潜って、屋敷の壁に張り付きながらカズマはキッチンを目指す。

やがて目的地に辿り着くと、外からキッチンの様子を伺い、誰もいないことを確かめてから件の窓に慎重に触れる。

微かな軋みを上げながら、予想通りに窓は開いた。

屋敷の潜入に成功すると、静かに窓を閉めて出入り口脇に張り付く。

聞き耳を立てて、廊下から足音や話し声が聞こえないか。少しだけ顔を出して、こちらに向かってくる人影や明かりが無いことを確認すると、カズマは姿勢を低くしながら屋敷の主であるアルダープの部屋を目指す。

幸いなことに、誰とも出くわさずにアルダープの部屋へ辿り着いたカズマは、部屋の扉と床の隙間から明かりが漏れていることに気が付いた。

 

「まだ起きてるな……」

 

内心で舌打ちしつつカズマは扉に張り付くと、鍵穴から部屋の様子を覗く。予想通り、中にはアルダープがいた。

高そうな寝間着を身に纏い、豪華なベッドに腰掛けながら、機嫌良さそうにワインを浴びるように飲んでいた。グラスになみなみとワインを注いだかと思えば、それを一気に呷って一瞬で飲み干し、空になったグラスにまた注ぐ。

 

「ぷはぁー! もうすぐだ、もうすぐララティーナがワシの物に……」

 

アルコールで赤くなった顔に下品な笑みを浮かべながら、アルダープが忍び笑いを漏らす。その不快極まりない一挙一動に、カズマは顔を強く顰めた。

その時、何かが転がるような、くぐもった音が部屋に響く。

 

――なんの音だ?

 

物が落ちたわけでも、アルダープが転んだわけでも無い。

音の発生源が分からないカズマは疑問符を浮かべるが、アルダープは酔いで赤くなった顔を、今度は怒りで赤く染めると、面倒臭そうにベッドから立ち上がる。

荒々しい足取りで壁際まで歩き、掛けてある絵画の一つに手をかけると、それを傾ける。

すると、そばにある本棚の一つが前にせり出したかと思えば、そのまま音も無く横にスライドし、本棚があった場所には四角い暗闇が広がっていた。

 

――隠し部屋か!

 

アルダープは間違いなくあの部屋に何かを隠している。それは恐らく今回のカズマの目的――即ち、バニルの友人だろう。

隠し部屋の中にアルダープが入っていき、姿が見えなくなったことを確認してから、カズマは音を立てないように慎重に扉を開ける。

中に入ると出来る限り静かに扉を閉め、足音を立てないようにしながらアルダープが消えた入り口を覗いた。

一人通るのがやっとの狭い階段が続いており、下に向かっている。途中の小さな踊り場で階段の向きが変わっていた。

カズマは物音一つ立てないように、抜き足差し足で階段を一段ずつ慎重に下りていく。

踊り場の手前までやって来たところで、壁に背を付けると顔を半分だけ出して先の様子を伺った。

 

「うるさいぞ! 何時だと思っているんだ!」

 

「ヒュー。ごめんよアルダープ、退屈だったからつい……」

 

階段の先には部屋があり、領主の背中が見える。

部屋の中にいる誰かに向かって怒鳴っているが、アルダープが邪魔になって見えなかった。

 

「いいから静かにしろ! 私は明日の朝から出たくもない下らん会議に出席せねばならんのだ! わかったら今夜は一切音を立てるな!」

 

「ヒュー。わかったよアルダープ。今日はもう大人しくするよ、だからそんなに怒らないで。ヒュー」

 

「誰のせいで怒っていると思っているんだ!」

 

アルダープは怒鳴り声を上げると、目の前にいる誰かを蹴り始めた。

足が前に出る度に、砂袋を蹴ったような重く鈍い音に、何者かの呻き声が混じる。

カズマは今すぐにでも、あの背中にドロップキックをかましたい衝動に駆られるが、グッと堪える。

今回の目的はバニルの友人の血を採血することと、アルダープの体の一部を手に入れることだ。その為には絶対に騒ぎを起こしてはならない。

幸運なことに、先程アルダープは「明日は朝から会議に出席する」と言っていた。これは絶好のチャンスである。

今に見ていろ。と領主の背中を一睨みすると、カズマは音も立てずにその場から立ち去った。

 

 

◆◆◆

 

 

翌朝、屋敷から出てきたアルダープは、停められている馬車に乗り込んで会議に向かった。

領主の乗った馬車が地平線の向こうに消えたことを確認すると、カズマは隠れている茂みから屋敷の裏手に移動した。

昨晩と同じく、音を立てないようにしながらキッチンに向かう。少しだけ顔を出してキッチンに誰もいないことを確認し、窓から静かに潜入した。

廊下も誰もいないことを確かめると、少しの足音は構わずに、小走りでアルダープの部屋に向かう。

遂に領主の部屋に辿り着いたカズマは、再び鍵穴を覗いて部屋の中を確認。無人であることを確かめると、静かに扉を開けて部屋の中に滑り込んだ。

音に気をつけながら扉を閉めると、真っ直ぐにベッドへと向かう。

 

「毛なんて、ベッドを探せば幾らでも……」

 

真っ先に枕を確認するが、どうやら今朝の掃除で新品に取り替えられたらしく、そこには真っ白な枕が置かれていた。

次いで毛布を捲ってシーツを確認するも、こちらも交換されており毛は見つからなかった。

あまり長居はできない事も相まって、カズマの中で焦りが募り始める。

一先ず毛布と枕を元の位置に戻し、ベッドの周りに毛が落ちていないか入念に確かめる。

だが、使用人が寝具の殆どを取り替え、部屋の隅々まで掃除したこともあって、文字通り埃一つ、髪の毛の一本も落ちていなかった。

祈るような気持ちでマットレスを少しだけ持ち上げると、その下に一筋の線が光っている。もしやと思い、カズマは手を伸ばしてそれを摘まむと日光にかざす。

 

「あったあった!」

 

それは金色の毛だった。長さからして、おそらくは毛髪か髭だろう。

目的の一つを達成したカズマは、手に入れた毛を大切にポケットの奥にしまう。

次に隠し部屋の入り口を開く絵画に手をかけ、傾ける。本棚の一つが滑らかな動きで前にせり出し、横に移動した。

この先にバニルの友人が――ダクネスの父に呪いをかけた張本人が居る。

恐れの感情が顔を覗かせるが、深呼吸して吸い込んだ空気と共にそれを奥に押し込めると、息を吐き出して「よしっ」と声を出し、自分を奮い立たせる。

うっかり足を踏み外して転げ落ちないよう、一歩一歩を確かめながらカズマは階段を下りていった。

踊り場を曲がり、とうとう部屋の前に辿り着く。扉は閉じられていた。

覚悟を決めてドアノブに手をかけ、扉を開ける。カビ臭い空気が部屋の中から漏れ出してきた。

部屋の中には、埃まみれであるものの、上等な服を着た一人の男が横たわっていた。寝ているのか、顔にかかった長い髪の隙間から、規則正しい呼吸音が聞こえる。

カズマは話しかけようとして、男の頭に違和感があることに気が付いた。

 

「っ!?」

 

その男の頭は、後頭部が大きくへこんでいた。

一体脳はどうなっているんだ。と疑問が浮かぶが、今はそれどころではない。

意を決して、床に横たわる男に話しかける。

 

「おい、起きてくれ」

 

ピクリと、男の体が一瞬だけ震える。

髪の間から笛のような音が漏れたかと思うと、緩慢な動作で男が起き上がった。

 

「ヒュー。おや、君は誰だい?」

 

「お、俺は佐藤和真。お前の友人のバニルのお遣いでやってきたんだ」

 

「バニル……? バニル……バニル……バニル! ああ、そうか。君はバニルのお友達なんだね! ヒューッ!」

 

うわごとのようにバニルの名前を何度か口にすると、ようやく思い出したのか、嬉しそうに身を震わせる。

 

「僕の名前はマクスウェル、悪魔だよ。地獄にいたはずなんだけど、気が付いたらここにいて、アルダープと契約したんだ」

 

どうやらこの悪魔こそが、ダクネスの父親に呪いをかけた実行犯で間違いないようだ。

一瞬だけマクスウェルに対して怒りの感情が湧き上がるが、目の前の悪魔は契約に従い、アルダープに命令されて父親に呪いをかけたのだろう。

しかも昨夜のやり取りから察するに、マクスウェルはアルダープから酷い扱いを受けているようだった。

マクスウェルは悪魔のルールに則り、契約に従って呪いをかけただけ、自分の意志でやったわけでは無い。だからここで彼を責めるのはお門違いだ。

カズマは自分にそう言い聞かせると、気持ちを整理し改めて目的を話す。

 

「いきなりで悪いんだけど、お前の血をちょっとくれないか? バニルが必要だって言っててさ」

 

「ヒュー。友達の為なら構わないよ。遠慮無く持ってって」

 

そういうと、マクスウェルは右手の人差し指を差し出す。

カズマは懐からナイフと小瓶を取り出すと、小瓶を床に置いてからマクスウェルの指を掴み、慎重に指の腹にナイフの刃を当てた。

 

「いくぞ」

 

刃を押し当て、真横に引く。白い指に赤い筋が開き、そこから鮮やかな赤い液体が溢れ出す。

カズマはナイフを床に置き、素早く小瓶に持ち替えると瓶の口にマクスウェルの指先を入れる。

一滴、また一滴と赤い液体が瓶の中に滴り落ち、少しずつ中身が満たされてゆく。

 

「お前って、アルダープのおっさんと契約してどれくらいになるんだ?」

 

「うーん、どれくらいなんだろ? 数えたことがないから分かんないや」

 

「そっか。それじゃあ、今までどんなことをしてきたんだ?」

 

「ヒュー。色んな事をしてきたよ、私が書いた書類が本物だと認識するようにしろとか、奪った金品の元の所有者が私だと思い込ませるようにしろとか、無罪判決を死刑にしろとか、呪いをかけろとか、色々したなぁ」

 

無罪判決を死刑にしろ。その言葉を聞いた途端、カズマの脳裏にあの日の出来事――自分が魔王軍の関係者か否かを問う裁判を思い出す。

絶体絶命のピンチに陥るも、咄嗟に機転を利かせて見事に逆転無罪を勝ち取った。はずだった。

裁判長が無罪判決を下そうとした瞬間、アルダープが死刑判決を求めたのだ。

普通であれば、まだ言い切っていないとはいえ無罪は無罪。今更死刑を求めたところで判決は覆らないはずである。

ところが、アルダープが裁判長を見詰めた途端、何故か判決が無罪から死刑に変わるという通常では考えられないような出来事が起きたのだ。

あの時は事態が事態だったのでうっかり聞き流していたが、悪魔の存在に人一倍敏感なアクアが「アルダープから邪悪な力を感じた」と言っていた。

 

「そういうことか……これで全てが繋がったぞ……!」

 

まさかあの時の不審な判決の原因がここに来て判明するとは思わず。謎が解けたカズマは感心したような声を漏らす。

 

「ヒュー、もういいかな? 瓶が一杯だよ」

 

「え? ああ、ありがとう。これだけあれば十分だ」

 

いつの間にか小瓶はマクスウェルの血で満たされており、透明な瓶は真っ赤な液体で染まっていた。

礼を言いつつカズマは瓶を離すと、マクスウェルは傷が出来た自分の指を舐めた。すると開いていた傷口が跡形もなく消えて無くなり、元の白い綺麗な指先に戻った。

瓶の栓をしっかりと閉め、中身が零れないことを確認すると、カズマはそれを上着にしまう。

床に置いたナイフも同じくしまうと、忘れ物や自分が潜入した痕跡が残っていないか確認し、問題ないことを確かめると立ち上がる。

これでバニルから頼まれたお遣いは完了した。あとはあの悪魔の元に戻るだけ。

隠し部屋から立ち去ろうとするカズマであったが、ふと、大事な事を思い出して踏み留まる。

 

「もう一つ頼みがあるんだけど、俺がここに来たって事はアルダープのおっさんには黙っててくれないか?」

 

「ヒュー。もちろんいいとも! バニルの友達は、僕の友達だからね。お安い御用さ! ところで、君は誰だい?」

 

ダメ元でお願いしてみたが、この様子なら屋敷を出る頃にはカズマの事など綺麗さっぱり忘れているだろう。

不思議そうな顔で自分を見るマクスウェルに手を振りつつ、今度こそカズマは隠し部屋を後にした。

 

 

◆◆◆

 

 

「はー、全く。時間の無駄だったわい」

 

その日の昼過ぎ。朝から続いていた会議がようやく終わり、屋敷に戻ってきたアルダープは自分の部屋のソファに腰掛けると、愚痴をこぼした。

水差しからコップに水を注ぎ、一気に呷る。乾いた喉を潤すと、下品な笑みを浮かべる。

 

「あの男に呪いをかけてからもう一ヶ月か。今頃あの男は……」

 

もうすぐだ。もうすぐあの女が、ララティーナが自分の物になる。そう考えると笑みが浮かんで仕方ない。

あの豊満な肢体を思う存分しゃぶり尽くすことが出来る。長年どれだけ欲しても手に入れることが出来なかったものが、遂に手に入るのだ。

頭の中で破廉恥な妄想をしていると、それを邪魔するようにノックの音が部屋に響く。

 

『アルダープ様、お客人です』

 

「客ぅ? 今日は人に会う予定は無いぞ。追い返せ」

 

『ですが、お相手はダスティネス家の御令嬢とその仲間達です。なんでも借金の件について非常に重要かつ、内密な話があるから、今すぐ会いたいと……』

 

「なんだと!? それを先に言わんか! 今すぐワシの部屋に通せ!」

 

扉の向こうから守衛の威勢の良い返事が聞こえ、足音が遠ざかる。

まさか今日になって向こうからやってくるとは思わず。アルダープは口の端から涎を垂らしながら、堪えきれず笑い声を漏らす。

すると、複数の足音が近付いてきて、部屋の前で止まった。次いで扉がノックされる。

 

「アルダープ。私だ、ララティーナだ」

 

慌てて涎を拭い、髭を整え、領主らしく威厳のある表情を作ると、アルダープは咳払いを一つしてから入室を促した。

部屋の扉が開かれ、先頭にダクネス、その後ろをカズマ達が続く。

最後尾のめぐみんが扉を閉めると、ダクネスは頭を下げた。

 

「突然押しかけて申し訳ない。ダスティネス家の借金について今すぐ話したいことがあるんだ」

 

「ええ、承知しておりますとも。どうぞ、お掛けください」

 

アルダープは手の平で、テーブルを挟んだ反対側のソファを差し、ダクネス達に着席を促す。

ここでアルダープは、ダクネスの付き添いがなぜ使用人ではなくカズマ達なのか疑問を抱くが、もうすぐダクネスが自分の物になることを考えれば、実に些末な事と気にも留めなかった。

 

「アルダープ、実は借金の返済がかなり困難な状況になっている。このままでは完済までどれだけの時間がかかるのか分からないんだ」

 

「ふむ、それは困りましたな」

 

「そこで……考え抜いた結果、金を借りる際に交わした約束である、担保として私がそちらに嫁ぐという話を受け入れる事にした」

 

ここでアルダープの顔がわずかに反応するが、すぐに領主らしい威厳のある表情に戻った。

 

「そうですか……借金を返してもらえないのは誠に残念ですが、約束は約束ですからな」

 

「そこで話があるのだが、この書類にサインをしてもらえないだろうか」

 

カズマがポケットから折り畳んだ紙を取り出し、それを広げるとアルダープの方に向けてテーブルに置く。

 

「この書類は?」

 

「我がダスティネス家は莫大な借金を抱えている。だからといって、それを理由に使用人達を解雇して彼らを路頭に迷わせるわけにはいかない。大変厚かましいお願いだが、こちらで雇いきれなくなった使用人をそちらで雇ってもらえないだろうか? これはその承諾書だ」

 

差し出された書類を見て、アルダープの頬がわずかに緩む。

ダスティネス家の使用人と言えば、メイド達はダクネスにも引けを取らない見目麗しい女性ばかり。

まさか借金の担保としてダクネスだけでなく、彼女の使用人まで合法的に迎え入れるチャンスが訪れ、アルダープは今にも崩れ落ちそうな表情を必死に取り繕っていた。

 

「なるほど、わかりました。それでは早速サインを……」

 

「……アルダープ、ちょっと待ってくれ」

 

テーブルの上に置かれたペンを手に取り、逸る気持ちを抑えながら署名しようとするアルダープであったが、ペン先が紙に触れる直前にダクネスが待ったをかける。

 

「その書類だが、確認はしたのだが万が一にでも不備があった場合、お互い問題になるだろう。念の為に文面に不備がないか確認してもらいたい」

 

「ふむ、書類にサインをする前に内容を確認するのは基本中の基本ですな。では……」

 

アルダープは書類を持ち上げると、それを顔の前に持ってきて上から順に書かれている文章を確認する。

そして、紙で顔が隠れていることをいいことに、下品極まりない笑みを浮かべていた。

いよいよだ、この書類にサインをすることで、目の前の女とその使用人達が晴れて自分の物になるのだ。アルダープは今、幸せの絶頂に居た。

それでも、後で揉め事が無いようにと、面倒ではあるが書類の文面はしっかりと確認する。

仮に何かトラブルがあったとしても、自分にはマクスウェルがいる。あの悪魔の力を使えば、どんな真実も自分にとって都合良く捻じ曲げることができるのだ。

特におかしな点は見つからなかったので、表情を作りつつ承諾書を再びテーブルに置き。今度こそペン先を紙に付けた。

 

「では……これでいいですかな?」

 

アルダープは署名欄に自分の名前を書くと、書類をひっくり返してダクネスの方へ押しやる。

それを手に取り、しっかりとアルダープの名前が書かれている事をダクネス達は確認した。

 

「ああ、これで……」

 

『サインしたな? その承諾書にサインしたな!』

 

突如として、どこからともなく男の声が響き渡る。

驚いたアルダープは、ソファから立ち上がると部屋中を見渡した。

 

「だ、誰だ!」

 

すると、何故かめぐみんがいきなり立ち上がった。

ソファから少し離れた位置に移動すると、被っていた大きなとんがり帽子を脱いだ。

そしてそれを上下に振ると、中からにゅるりと何かが出てくる。

 

「呼ばれてないのにババババーン! 我輩の登場である!」

 

帽子の中から出てきたのは、皺一つ無いタキシードを隙無く着込み、左右が白黒の仮面を付けた長身の男。バニルであった。

奇想天外な登場をした男に、アルダープは度肝を抜かれる。

 

「な、なんだ貴様は!?」

 

「まずは自己紹介を。我が輩の名はバニル、悪魔達を率いる地獄の公爵であり、全てを見通す目を持った大悪魔にして元魔王軍幹部。現在はポンコツリッチーが経営する売れない魔法道具店の店員である」

 

「あ、悪魔だと!?」

 

まさかの闖入者(ちんにゅうしゃ)にアルダープは慄くが、すぐに顔を出入り口に向けると大声で叫ぶ。

 

「守衛、不審者だ! 今すぐこの男を摘まみ出せ!」

 

しかし、十秒が経過しても返事はおろか足音の一つも聞こえない。

額に青筋を浮かべながら、アルダープは先程よりも大きな声で叫んだ。

 

「何をしている!! 早く来ないか!!」

 

『アルダープ様、申し訳ありませんがアンタのようなクソッタレの命令に従うのは、もう懲り懲りです』

 

すると、扉ではなく後ろから、聞き慣れた守衛の無礼な返事が聞こえてきた。

驚いたアルダープが振り返ると、口元に手を添えたカズマがニヤニヤと笑っている。

 

『どうかしましたか、アルダープ様』

 

「き、貴様! その声は一体!?」

 

「私がかけた芸達者になる魔法で、カズマは声真似が出来るようになったのよ。スゴいでしょ!」

 

今度はアクアが得意げな笑みを浮かべながら胸を張った。彼女を囃し立てるように、両脇からめぐみんと千翼が拍手を送る。

 

「じゃ、じゃあ守衛達は?」

 

「屋敷の人間は全員、ビジネスセンス皆無の店主が先日仕入れた『どんな状態でも一晩ぐっすり眠れる代わりに、翌日から三日間は一睡も出来なくなるお香』で熟睡しておる。お一つ如何かな?」

 

仮面の悪魔がニヤニヤと笑いながら、守衛が来ない理由を実に楽しげに語る。

 

「さて、今し方貴様がサインしたその承諾書だが。もう一度よく見てみろ」

 

「承諾書? それがなんだと言うんだ!」

 

「ほれ、ここだここ。よーく見るがいい」

 

バニルは承諾書を持ちながらそれの最下段。アルダープの名前が書かれた署名欄の隣を指差す。そこには黒い点のような汚れが付いていた。

アルダープは目を凝らして汚れを凝視するが、どれだけ目を近付けてもただの黒い点にしか見えなかった。

 

「やれやれ。頭だけでなく目も悪いようだな。ほれ、これを使うがいい」

 

バニルは懐からルーペを差し出す。アルダープはそれを引っ手繰ると、レンズ越しに再び黒い点を凝視する。

拡大された視界で、黒い点は更に小さな点の集まりであることがわかった。

目を限界まで凝らすと、小さな点は一つ一つ形が違う事が分かる。

 

「な、なんじゃこりゃああぁぁ!?」

 

点の集合体が何なのか理解した途端、アルダープは叫んだ。

そこには非常に細かい字で、

 

『というのは全部嘘で。私は悪魔マクスウェルとの契約を解除し、今まで使った力の代価を払うことに同意します。』

 

と書かれていた。

 

「それ書くの本当に大変だったぜ? 目も腕もクタクタになったよ」

 

「芸達者になる魔法の効果その二! カズマは米に細字が書けるようになったのよ!」

 

疲れた様子で首を捻るカズマと、再び得意げに胸を張るアクア。先程と同じく、めぐみんと千翼が拍手を送る。

 

「ふ、ふざけるな! こんなもの無効だ!」

 

アルダープはバニルから書類を引っ手繰ると、それを両手で掴んで破ろうとする。

 

「ふんぬううぅぅ!」

 

しかし、顔を真っ赤にし、全身の力を使って破こうとしても紙には切れ目すら入らなかった。

ならばと今度は噛み千切ろうとするが、破れる前に自分の歯が折れそうになったので諦め。次に家具の角に引っかけて、体重をかけて破ろうとするも、これも効果は無かった。

 

「無駄である。それは地獄の製法で作られた特別な紙だ。破ることも切ることも燃やすことも出来ぬぞ。ちなみに、その承諾書の文章は貴様の毛とマクスウェルの血で作ったインクで書かれている。互いの体の一部で作ったインクによって書かれた契約は、契約完了までいかなる方法を使っても破棄は出来ない。悪魔達の間では俗に『婚姻届』などと呼ばれておるぞ」

 

無駄な努力を続けるアルダープを見ながら、バニルが解説をする。

とうとう破く事を諦めたアルダープは、息も絶え絶えに、自分を嵌めたカズマ達を非難した。

 

「こ、この大嘘つき共め! ワシを騙したな!」

 

「嘘つき? それは貴様もだろう。契約している悪魔が忘れっぽいのをいいことに、代価を払ったと嘘をついて、彼奴をこき使っているのはどこの誰であったか。本来であればこのようなやり方はポリシーに反するが、烏滸(おこ)がましくも悪魔を騙している輩なら話は別だ。人間風情が、本当にだし抜けると思うたか」

 

自分しか知らないはずの秘密を暴露され、アルダープはビクリと全身を震わせる。

 

「な、なんでそれを……!」

 

「言っただろう、我輩は全てを見通す。貴様がいま何を考えているのか、過去に何をしてきたのか、そしてこれからの未来で貴様にどんな事が起きるのか、我輩は全て見えているぞ」

 

背中を折り曲げ、バニルは顔を近付ける。

アルダープは悔しそうな顔をしながら、歯ぎしりするしかなかった。

 

「く、くそっ!」

 

追い詰められたアルダープは、契約書を投げ捨てると出入り口に向かって一目散に走り出す。

 

「おおっと、そうは問屋が卸さぬ!」

 

バニルはタキシードの上着に手を突っ込むと、部屋の扉に向かって素早く何かを投げ付けた。

 

「な、なんだこれは?」

 

ドアノブに手をかけようとしたアルダープは、突如として乱入してきた何かに動きを止める。

バニルがドアに向かって投げた物、それはお手製のバニル人形であった。

ドアノブに貼り付き、小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、ケタケタと笑う人形にアルダープは拍子抜けする。

 

「なんだ、ただの人形ではないか。こんなもの……」

 

「やめろおっさん! 触ったら爆発するぞ!」

 

邪魔な人形を払いのけようと振りかぶった途端、焦ったカズマの声で思わず手が止まった。

どうせ自分の逃走を阻止するためのハッタリだろうと思うアルダープだったが、当のカズマ達は恐怖に引き攣った表情で人形を見ており。投げた本人であるバニルは、ニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべながら「早くどかさないのか?」と、アルダープが人形を触ることを急かしていた。

両者の反応を見て、この憎たらしい人形が本当に爆発することを理解し、アルダープは小さな悲鳴を上げて扉から遠ざかる。

 

「やれやれ、つまらんな。我輩のお手製バニル人形は確かに爆発するが、死ぬようなことは無いから安心しろ。せいぜい体の一部が吹き飛ぶ程度だ」

 

それを聞いてアルダープは再び悲鳴を上げ、扉から更に遠ざかる。

 

「さて、それでは友人に挨拶をせねば」

 

バニルは床に落ちた承諾書を拾い、壁際に向かうと絵画の一つに手を掛ける。傾けると、そばの本棚が移動して隠し部屋の入り口が現れた。

入り口に立つと、地下に向かって声をかける。

 

「マクス、マクスウェル! そこにおるのだろう? 汝の友人である我輩が迎えに来たぞ!」

 

「ヒュー。僕を呼ぶのは誰だい? なんだかとっても懐かしい声だな」

 

笛のような音が鳴り、暗闇の向こうから不規則な足音が徐々に近付いてくる。

やがて、体を右へ左へ揺らしながら、覚束ない足取りのマクスウェルが暗闇から姿を現した。

 

「ええと。君は誰だい?」

 

「やれやれ、汝と会うときはいつもこれだな」

 

バニルは肩を竦めて呆れつつも、胸に手当てると恭しく礼をする。

 

「これで何万回目かの初めまして。我輩の名はバニル。全てを見通す大悪魔にして地獄の公爵。真実を曲げる者、そして辻褄を合わせる者。辻褄合わせのマクスウェルよ、迎えに来たぞ」

 

「バニル……? バニル! ヒューッ! 久しぶりだねバニル! 会うのは何百年ぶりかな? ヒューッ!」

 

ようやく友人のことを思い出し、マクスウェルは嬉しそうに笛のような息を漏らすと、バニルに抱きついた。

 

「喜べマクスウェル。そこの男はお前との契約を解除し、溜まりに溜まったこれまでの代価を支払うことに同意したぞ。ほれ、この承諾書が証拠だ」

 

嬉しさで興奮する友人を宥めつつ、バニルは持っている書類を見せた。

しばし文面を読んでいたマクスウェルは、最後まで読み終えると、歓喜に満ちた表情でアルダープを見た。

 

「ヒューッ! アルダープ、これまでの代価を払ってくれるんだね。僕はとっても嬉しいよ! ヒューッ!」

 

「ま、待て! 代価だな、いくら払えばいい?」

 

興奮の余り身を震わせ、口から涎を垂らしながら近付いてくるマクスウェルに、アルダープは慄きながら一歩ずつ後退る。

 

「無い袖は振れない。という言葉を貴様は知らんのか? 一エリスも持っていないお前がどうやって代価を支払う?」

 

「一エリスも無いだと……? 何をバカなことを! 領主である私には莫大な――」

 

最後まで言い切らない内に、バニルは心底おかしそうに笑い声を上げた。

 

「フハハハハ! まだ理解していないようだな。肥え太った体で動きだけで無く頭も鈍い貴様にも分かるように説明してやろう。この書類にサインした瞬間、貴様とマクスウェルの契約は解除された。即ち、今まで其奴の権能を使って得た資産も、権能の力が消えて本来のあるべき場所に戻ったということだ。今の貴様は正真正銘の無一文である」

 

これまでマクスウェルの力を使って貯めに貯めた――不当に得た資産で支払って、この場を切り抜けようとするアルダープであったが、バニルから告げられた契約解除に伴う権能の効果消失により、自分の資産の全てが持ち主に戻ったことを知って、顔が絶望に染まる。

 

「だ、だったら使用人達を……」

 

「誠に残念ながら、他の人間による代価の支払いは一切認められぬ。支払いの義務は契約者のみに発生するのでな」

 

それならば、今度は身代わりを差し出して助かろうとするも、またしても告げられる事実に、今度は恐怖で顔を引き攣らせる。

とうとうアルダープは壁際に追い込まれ、これ以上逃げることが出来なくなった。

目の前には興奮したマクスウェルが、熱い眼差しをアルダープに送っている。

 

「ヒューッ! ああ、アルダープ! これから君の悪感情を思う存分味わえるなんて、なんて素晴らしいんだ!」

 

歓喜の叫びを上げながら、マクスウェルが目の前の男に抱きついた。

 

「や、やめろ! 離れ……」

 

その抱擁から逃れようとアルダープは藻掻くが、いきなり体を硬直させ、息も詰まらせる。

 

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!!」

 

そして、屋敷中に響くほどの凄まじい悲鳴を上げると同時に、男の体からボキボキと何かがまとめて折れる鈍い音が響いた。

 

「これこれマクスウェル。人間という生き物は脆い。そんなに強く抱き締めたら壊れてしまうぞ」

 

「ああ、ゴメンよアルダープ! 嬉しくってつい。本当にゴメン!」

 

目の前で起きている出来事に似つかわしくない、どこまでも穏やかで優しい口調で、バニルは愛する者(アルダープ)を抱き締めるマクスウェルを諭した。

傍から一部始終を見ていたカズマ達は、余りの惨劇に誰もが恐怖で顔を強張らせ、身を竦ませるしかなかった。

 

「さてと」

 

バニルが指を鳴らすと、アルダープとマクスウェルの足下に禍々しく光る赤黒い魔法陣が現れた。

 

「アルダープ。貴様が支払う代価はマクスウェルが好む『絶望』の悪感情だ。そしてその量は、貴様の残りの寿命でとても払いきれるものではない。だからマクスウェルと共に地獄へ行き、そこでひたすら絶望の悪感情を生み出し続けることだな」

 

二人の足が、まるで底なし沼のようにゆっくりと魔法陣に沈んでゆく。

このままでは取り返しの付かない事になると悟ったアルダープは、顔をカズマ達の方へ向けて叫んだ。

 

「お、お前達! お願いだ、助けてくれ! 悪魔と契約していたことを公表する! その力を使って今まで不正を働いていたことも話す! これまで犯した罪も必ず償う! だからお願いだ、助けてくれ!!」

 

顔を涙と鼻水でグチャグチャに濡らしながら、アルダープはカズマ達に助けを求める。

この男が今まで犯した罪の数は数えきれず、そして重さも計り知れない。だからと言ってこのまま見過ごすのは、余りに後味が悪かった。

一体どうするべきかと、五人は困惑の表情で顔を見合わせる。

やがて、カズマが前に進み出た。

 

「なぁ、バニル。おっさんも本当に心の底から反省してるみたいだし、ちょっとくらい大目に見ても……」

 

今まで重ねてきた不正の数々、自分を死刑にしようと判決を捻じ曲げ、ダクネスを自分の物にするために彼女の父親に呪いをかけて亡き者にしようとした。

アルダープの所業を知ったときは、それこそ「地獄に落ちろ」と心の底から怒りが湧き上がったが、実際にその男が目の前で本当に地獄に落とされそうになっていると、流石に哀れみを感じずにはいられなかった。

確かにこの男の悪行の数々は絶対に許されないことである。だからこそ、それを公表し世間に知らしめた上で、正当に裁くのが人の道理であろうとカズマは考えた。

だが――

 

「ならん!!!」

 

バニルは首をぐるりと振り向かせると、両目を爛々と赤く光らせながら叫んだ。

 

「悪魔との契約は絶対! いかなる理由があろうとも例外は一切認めぬ! それが悪魔の道理である! もう一度我輩に「大目に見てやれ」等と言ってみろ。たとえ汝が相手であっても容赦はせぬぞ!!!」

 

カズマを今にも喰い殺しそうな勢いで、仮面の悪魔が叫ぶ。

今、目の前にいるのは、アクセルの魔法道具店で働くご近所の人気者、愉快なバニルさんではない。

契約を絶対とし、全てを見通す目を持った地獄の公爵。大悪魔バニルであった。

普段のおちゃらけた態度からは想像も付かない凄まじい剣幕に、カズマ達は悲鳴を上げ、肩を寄せ合って震え上がるしかなかった。

 

「た、助けてくれないのか……? だったらいっそのこと、ひと思いに……!」

 

「フハハハハハハハ!! この後に及んで楽に死ねると思っている愚かな男よ! 良いことを教えてやろう。マクスウェルは貴様が大層気に入ったようだ。地獄に行った後は貴様を()()()()。それはそれは深く()()()くれるだろう。なぁ、マクスウェル?」

 

「ヒューッ!! 勿論だとも! 嬉しいよアルダープ。君と一緒に地獄に行けるなんて! こんなに嬉しいことはないよ! ヒューッ! ヒューッ!」

 

バニルからとうとうトドメを刺され、アルダープの顔から生気が抜け落ちる。抱き締めているマクスウェルは、反対に恍惚の表情を浮かべ、笛のような甲高い息を何度も吹き鳴らす。

魔法陣は二人を腰まで飲み込んでいた。

 

「ヒューッ! 大丈夫だよ、アルダープ。地獄はとっても良いところさ。君もきっと気に入るよ。地獄に着いたら君を壊れないように、君みたいに嬲った少女を捨てるような真似はしないでずっと一緒にいられるように大事にするよ! ヒューッ!! ヒューッ!! ヒューッ!!」

 

マクスウェルは自分の歓喜を表現するように、アルダープに頬擦りした。遂に二人は胸まで沈んでいた。

 

「い、いやだ……」

 

目から滂沱の涙を流しながら、アルダープが最後の抵抗を見せる。

 

「いやだ! いやだ!」

 

骨折の激痛に構わず、藻掻いてマクスウェルの抱擁から逃れようとするが、とうとう首まで沈み込んだ。

 

「いやだあああああぁぁぁぁぁ……!」

 

悲鳴を残しながら、一人の男と悪魔は魔法陣に消えていった。

 

 

◆◆◆

 

 

屋敷での出来事から数日後、カズマ達は冒険者ギルドにいた。

あの後バニルから「後始末があるから、先に帰るがよい」と言われ、五人はその言葉に従い屋敷を後にした。

目の前で起きた凄惨な出来事が頭から離れず、五人はこの数日間は不安な日々を過ごしていた。

結局、バニルが言った「後始末」が何なのかは分からず。契約が解除されたことによって不正が暴かれ、地獄に消えていったアルダープに関する噂話なども耳にすること無く今日に至る。

 

「おーっす! カズマ!」

 

そこへ、今にも踊り出しそうな程に軽やかな足取りと、聞いただけで分かるほどの上機嫌な声色のダストがやって来た。

 

「なぁカズマ。今朝の新聞読んだか?」

 

「新聞? 俺はそもそも読んでないけど……」

 

「これ見ろよ!」

 

ダストは持っていた新聞をカズマ達が座っているテーブルの中央に置くと、一面記事を指差す。

 

「これこれ! この記事!」

 

五人が新聞を見ると、そこには大きな見出しで『アレクセイ・バーネス・アルダープ氏 失踪する』と書かれていた。

 

「これって!」

 

「そうだよ! あのクソ領主がどうやら夜逃げしたらしいんだ!」

 

愉快で堪らない。といった様子で、ダストは腹を抱えて笑っていた。

 

「あのクソ領主、あちこちで相当な不正をやってたみたいでさ。それがバレそうになったから逃げたみたいだ。まぁ、詳しくは記事を読んでくれ」

 

ダストに言われ、カズマは新聞を手に取ると仲間達に聞こえるように記事を音読する。

 

「先日、この地を治める領主であるアレクセイ・バーネス・アルダープ氏が失踪した。屋敷の使用人がアルダープ氏の部屋に入った所、部屋には手紙が置かれており、それにより今回の失踪とアルダープ氏が様々な不正を犯していることが判明した。警察は不正が明らかになりそうな事を氏が察知し、逮捕される前に逃走したと見て捜査を続けている。以下に部屋に置かれていた手紙の内容を掲載する」

 

カズマは視線を一つ下げると、今度は手紙の内容が書かれている記事を読み上げる。

 

「私、アレクセイ・バーネス・アルダープは、今まで数々の罪を犯してきました。バレないことをいいことに罪を重ね続けていましたが、ある日私は自分の犯した過ちの大きさに気が付きました。そこで私は全てを捨てて、贖罪の旅に出かけることを決めました。なお、一連の不正は全て私が独断で行ったものであり。義理の息子であるバルターや使用人達は一切関わっておりません。また、バルターと私に仕えていた全ての使用人達は、ダスティネス家の補佐に就かせます」

 

「ハッ! なーにが贖罪の旅だ。どうせ慌てて雲隠れしたんだろ」

 

記事を読み終わったタイミングで、ダストが鼻で笑う。

しかし、すぐに機嫌の良さそうな笑みを浮かべると実に楽しそうに、ここには居ないアルダープを罵倒する。

 

「ま、なんにせよあのクソ野郎は死んだら地獄行きは間違いないだろうな。あの世でせいぜい後悔しろってんだ」

 

堪えきれなくなったのか、口元を手で押さえダストは忍び笑いを漏らす。

愉快そうな彼とは反対に、カズマ達は複雑な顔で新聞の記事を見詰めていた。

まさかアルダープが本当に地獄に行ったとはダストも夢にも思わないだろう。そんなことは露知らず、ダストは機嫌良く笑っている。

 

「んじゃな。いやぁ、今日は晴れ晴れとした気持ちで過ごせそうだ!」

 

カズマから新聞を返してもらい、来たときと同じように軽やかな足取りでダストは去って行った。

 

 

◆◆◆

 

 

仮面と並ぶ、もう一つのトレードマークと化したピンク色のエプロンを締め、日課である朝の掃除を終え、バニルは店内で商品の整理をしていた。

夢を実現させるにはまだまだ資金が足りない。幸いにも悪魔である自分は時間だけはいくらでもあるので、焦る必要はなかった。

だからといって、ポンコツ店主が余計なことをして金を使い込むのは許せない。今朝もバニル式殺人光線で仕置きを下したばかりである。

商品の整理が一段落したところで、店の扉が開かれた。

 

「へいらっしゃい! 一体なにをお求めかな?」

 

言いながら、仮面の悪魔は口元に笑みを作った。

 




今回は戦闘がメインではないので、千翼の見せ場を作ることがどうしても出来ませんでした……。
バニルがアルダープを一手ずつ詰めるシーンは、どうしても書きたかったのでようやく書くことが出来ました。

さて、この小説も残りあと数話で完結となります。
相変わらずの不定期更新ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
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