この悲運の主人公に救済を!   作:第22SAS連隊隊員

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憧れた「普通」の日常。


Episode25 「Y」EARNED EVERYDAY LIFE

温かい春風を頬に受け、太陽の光に照らされるどこまでも続く世界を、カズマは屋敷の窓から眺めていた。

暑すぎず寒すぎない絶妙な気温、たまに聞こえてくる鳥の鳴き声、そして後ろで思い思いに過ごす仲間達の出す生活音。

このまま睡魔の誘惑に乗ってうたた寝をしたら、さぞ気持ちよく寝られそうな状況ではあるが、カズマはぼうっと外の景色を見ながら何かを考えていた。

やがて、考えがまとまったのか振り返る。

 

「……なぁ、今日はみんなでピクニックにでも出かけないか?」

 

突然の提案に、若干の戸惑いを見せながら四人はカズマを見た。

 

「ピクニックですか? 確かに今日は絶好の天気ですが、いきなりどうしたんです?」

 

「いやさ、俺達って慰安でアルカンレティアに行ったら魔王軍幹部と戦う羽目になって、王都で穏やかにアイリスとお別れかと思ったら、魔王軍の襲撃だの義賊だので大騒ぎになって……。よくよく考えたらまともに休めてないからさ」

 

めぐみんの疑問に、カズマは懐かしさと呆れが入り交じった顔で過去を振り返る。

五人のこれまでの冒険者生活と言えば、事あるごとにトラブルが発生してはそれの解決に奔走し、たまには戦いを忘れて羽根を伸ばそうとすれば、狙ったように問題が起きたりと、気が休まるときは殆ど無かった。

カズマの発言に、四人は共感して何度も頷く。

 

「ピクニックに行くことは賛成だが、行き先はどうするんだ?」

 

「アクセルの近くに大きな湖があるだろ、あそこなら丁度いいんじゃないか?」

 

「あの湖ならそこまで距離はありませんし、確かにいいですね」

 

「んじゃ、決まりだな」

 

突発的だが今日の予定が決定し、カズマは改めて宣言する。

 

「というわけで、今日はみんなで湖にピクニックに行こう! 俺と千翼は持っていく荷物の準備、ダクネス達は向こうで食べる料理の準備を頼むよ」

 

「わかった。物置部屋はどこだっけ?」

 

「任せてくれ。期待してていいぞ」

 

「何を作るか迷いますね」

 

四人は二手に分かれると、それぞれの仕事をこなすために部屋を出て行った。

そして一人残った水の女神は、暖炉前のソファに寝そべりながら手を振る。

 

「んじゃみんな頑張ってねー。私は準備が終わるまでここにいるから」

 

戻ってきたカズマが、顔だけ出しながら実に淡々と言う。

 

「そうそう、手伝わないやつはもちろん留守番だからな」

 

慌てて起き上がったアクアは、ダクネスとめぐみんの後を急いで追った。

 

 

◆◆◆

 

 

屋敷でピクニックの準備をし、荷物を持った五人はアクセルの町を出て湖を目指す。

空から降り注ぐ心地よい太陽の光を浴びながら、カズマ達は目的地に到着した。

 

「ここが良いな」

 

湖を一望出来る小高い丘の上に場所を決めると、カズマはシートを敷いた。

重し代わりに四方にリュックを置くと、改めて湖を見遣る。

波一つ立っていない青い湖面には、空の景色がそのまま写されており、まさに鏡のようであった。

 

「本当に良い景色だね」

 

「カズマの提案に乗って大正解でしたね!」

 

「冒険者たる者、たまには戦いを忘れることも大事だな」

 

丘の上から湖を見た千翼達は、気持ちよさそうに伸びをしたり、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだりと、この状況と景色を楽しむ。

 

「んで、湖に来たのはいいけど、何するの? お昼までまだまだ時間があるし」

 

「その点は大丈夫。誰でも簡単にできて、ルールも分かりやすい遊びと言えば……これだな!」

 

カズマはリュックの中から半球に羽根が取り付けられた物と、首の長いラケットを取り出した。

 

「それは何ですか?」

 

「こっちの羽根が付いたやつはシャトルコック、先端に網が張ってあるこの棒はラケットって言うんだ。これを使ってバドミントンをやろう!」

 

「バドミントン? それはなんだ?」

 

「二手に分かれてこのラケットで、羽根をお互い打ち合うんだ。んで、相手の陣地に羽根を落とすスポーツだよ」

 

バドミントンの説明を聞いたアクアとめぐみんは、率先して手を挙げた。

 

「はいはーい! やりたいやりたーい!」

 

「面白そうですね! 私もやりたいです!」

 

「私も興味があるな」

 

「実際に動きながらルールを教えるから、俺も参加しないとなぁ。千翼、審判頼めるか?」

 

「うん、任せて」

 

こうして、湖の畔でバドミントンのダブルスをやることとなった。

木の枝で地面にコートを描き。それぞれカズマとアクア、めぐみんとダクネスのペアに分かれる。

 

「それじゃあ、俺がサーブを打つから。打った羽根をめぐみんは打ち返してくれ。そしたら後はひたすら羽根を返し合って、相手の陣地の中に落としたら自分たちに一点。陣地の外に落としたら相手に一点が入る。勝ち点は……とりあえず十点でいいかな。本当はもっと細かいルールがあるらしいけど、遊びだしそこら辺は適当でいいか」

 

「わかりました。いつでもいいですよ!」

 

「こっちもいいぞ」

 

「カズマ、思いっきり打ちなさいよ!」

 

「はいはい、任せとけって。千翼、合図を頼む」

 

「うん。それじゃあ、試合開始!」

 

コートのセンターに立つ千翼が腕を振り下ろし、遂にバドミントンが始まる。

 

「そー……れっ!」

 

カズマはシャトルコックを緩やかに上に投げると、落下してきたそれをラケットで勢いよく叩いた。

軽快な音が響き、白いシャトルがめぐみんに向かって打ち出される。

 

「ほっ!」

 

自分に向かってきたシャトルを、めぐみんは難無く打ち返した。

再び軽快な音が鳴り、今度はアクアにシャトルが飛んで行く。

 

「そいっ!」

 

アクアが優雅な動きでシャトルを捕らえ、白い羽根が放物線を描きながらダクネスの方へ落下して行く。

 

「ふっ!」

 

力強い一撃で、ダクネスは羽根をカズマに返した。

そこからラリーがしばらく続き、何度目かになるカズマの番が回ってくるが、

 

「しまった!」

 

打ち返そうとした瞬間、体勢を崩してしまい甘い球を返してしまう。

そして、それをめぐみんは見逃さなかった。

 

「もらいました! 秘技、クリムゾンスマッシュ!」

 

片足をしっかりと地面に付け、力を込める。腕を鞭のようにしならせ、やってきたシャトルを鋭く打ち返した。

急いでアクアが打ち返そうとするも、一手間に合わずシャトルはコートの中で跳ねた。

 

「めぐみん、ダクネスチーム一点」

 

千翼が木の枝で、二人が居る方の地面に点数となる横線を一本引いた。

点を入れた二人は嬉しそうにハイタッチをし、入れられた二人は悔しそうな表情を浮かべる。

 

「そっちに得点が入ったから、次のサーブも俺達だな」

 

「ねぇカズマ。次は私がサーブ打ちたい!」

 

カズマはそれを了承し、アクアはシャトルを拾い上げると身構える。

 

「フッフッフ。私の華麗なサーブを受けてみなさい!」

 

アクアは自信に満ちた笑みを浮かべ、シャトルを上に放り投げた。

白い羽根が空中で一瞬止まり、半球を下にして落下してくる。

 

「必殺! ゴッドサーブ!」

 

ラケットに叩かれたシャトルコックは、横に立っていたカズマの右側頭部に見事に直撃した。

 

「いってぇ!!」

 

カズマは悲鳴を上げてラケットを落とすと、両手で頭の右側を押さえて蹲る。

 

「カズマ、大丈夫ですか?」

 

「救急箱を持ってきてあるが、必要か?」

 

心配して近付いてきためぐみんとダクネスに、カズマは無言で小さく手を振って無事を伝えると、アクアに向かって叫んだ。

 

「ちゃんとサーブしろよ!」

 

「い、今のはちょーっと手が滑っただけよ。次はちゃんと決めるから安心しなさい!」

 

自分の失敗を誤魔化すように、アクアが視線を逸らしながら言い訳をする。

カズマはまだ何か言いたげな顔をしていたが、ここで言い争っても時間の無駄と判断し、黙って自分のラケットを拾い上げた。

そして、再びアクアの横に――並ばずに、彼女の前側の対角線上に立った。

本心ではアクアよりも後ろに下がりたかったが、そうするとコートの外に出てしまうため、やむなくこうするしかなかった。

本人は「ちゃんと決める」とは言った物の、こういう時に限って同じ事をやらかすのがアクアという女神である。

長い付き合いからそれを理解しているカズマは、悲劇を繰り返してなるものかと、彼女の横ではなく前の方に出て、側頭部への二度目のショットを避けることにした。

 

「今度こそ。奥義、真・ゴッドサーブ!!」

 

アクアがシャトルを上に投げ、落ちてきたそれを渾身の叫びと共にラケットで全力で叩く。

快音が鳴り響き、打ち出されたシャトルは猛烈なスピードで――

 

「はうぁ!?」

 

ラケットに叩かれたシャトルコックは、見事にカズマの尻に直撃した。しかも、よりにもよって尻の割れ目に命中し、深々と突き刺さる。

尻から羽を生やしたまま、カズマはその場に倒れた。

 

「カズマ!」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「しっかりしろ!」

 

慌てて千翼達が駆け寄る。呻き声を上げながら小刻みに痙攣するカズマに、一体どうしたらいいのかわからない三人はお互いに顔を見合わせるしかなかった。

だが、唐突に呻き声と痙攣が止まる。

カズマはゆっくりと立ち上がると、尻にめり込んだシャトルを無言で引き抜き、それを真上に投げる。

そして、落下してきたそれを、振り返ると同時にフルスイングで叩いた。

 

「こんのノーコン駄女神!!」

 

白い羽根が、アクアの脳天を直撃した。

 

 

 

結局、アクアがサーブを打つと試合にならないので、千翼と入れ替わることになりバドミントンが再開される。

アクアが審判になって得点もリセットされ、じゃんけんの結果、ダクネスがサーブを打つことになった。

 

「それじゃ、試合開始!」

 

アクアの掛け声で、再び試合が始まる。

 

「今度は私の番だな。いくぞ!」

 

ダクネスは左手に持ったシャトルを緩やかに上に放り投げる。

ラケットを引いて、力を込めると落ちてきた白い羽根を全力で叩いた。

 

「フンッ!」

 

ラケットの網がシャトルを叩くと、破裂音が響き渡る。

とてもシャトルが出しているとは思えない、鋭い音を残して一瞬でシャトルは消えた。

そして、カズマと千翼の後ろから固い物同士がぶつかる轟音が響く。

男二人が恐る恐る振り返ると、大木の幹にシャトルがめり込んでおり、白煙を上げていた。

 

「す、すまない! 力みすぎてしまった!」

 

「殺す気かー!!」

 

 

◆◆◆

 

 

下手をすると死者が出てもおかしくないので、結局バドミントンは中止となった。

それならばと、カズマは次の道具を取り出す。

 

「湖に来たんだから、やっぱこれだろ!」

 

カズマは長い筒のような袋の口を開けると、中から五本の竿が姿を現した。

 

「今度は釣りですか?」

 

「ああ。でも、ただ数や大きさを競うだけじゃ面白くないだろ? 噂だと、昔からこの湖には巨大な主が住んでいるらしい。それを釣り上げてやろうぜ!」

 

湖の巨大な主と聞き、めぐみんが真紅の瞳を輝かせた。

 

「湖の主……! それは燃えますね! 是が非でも釣り上げましょう!」

 

一刻も早く釣りをしたいめぐみんは、両手を差し出して竿をねだる。

カズマは竿と、餌が入った箱を一つずつ渡す。五人に釣り道具が行き渡ると、各々は主が釣れそうな場所に散らばっていった。

カズマと千翼は少し間を開けて並び。湖に釣り糸を垂らす。

そのまま魚が食いつくまで、時折聞こえる鳥のさえずりや、暖かい春風を浴びながらのんびりと待ち続けた。

 

「……お?」

 

手に持つ竿から伝わる微かな振動に気が付いたカズマが、視線を竿の先端に向ける。

ピクピクと細い先っぽが曲がるが、カズマは慌てずに魚が釣り針にかかるのを待った。

そして、ついに竿の先端が大きくしなる。

 

「そらっ!」

 

カズマは竿をしっかりと両手で握ると、体全体を使って竿を引き上げた。

魚が水飛沫を上げながら水面から飛び出し、少年の元へ引き寄せられていく。

 

「ま、最初はこんなもんか」

 

釣り上がったのは、手の平サイズの魚だった。

針に食いつきながら空中で元気よく跳ねる魚をなんとか捕まえ、カズマは丁寧に釣り針を外すと、捕った獲物を湖に戻した。

 

「幸先が良いね」

 

「だな。この調子で主も釣ってやるぜ!」

 

針に新しい餌を取り付け、再び湖に向かって釣り糸を垂らす。

せっかく遠出したのだから、思い出になんとしても主を釣りたいカズマは、俄然やる気を出すのであった。

しかし――

 

「うーん、またか……」

 

釣った魚の大きさを見てカズマは溜息を吐く。

人差し指ほどの大きさの魚を湖にリリースすると、新たな餌を針に付け、湖に投げる。

最初のヒットから定期的に魚がかかるものの、大きさはどれもこれも手の平サイズか、それ以下の物ばかり。

離れた場所で釣っているアクア達も同じような状況らしく、もはや魚が釣れても声一つ上げなくなっていた。

 

「やっぱり、そう簡単に主は釣れないね」

 

「もしかすると、主がいるってのもやっぱりただの噂だったかな……」

 

釣りを始めてから一時間以上が経過しているが、主どころか大物すら釣れないこの状況に、さすがにカズマも飽きてきた。

昼食の時間も近いのでそろそろ釣りをやめようと思った矢先、二人の後ろから叫び声が上がる。

 

「きた! 大物がきたわ!」

 

アクアの持つ竿が、今にも折れそうな程に大きくしなる。

逃してなる物かと、アクアは両足で踏ん張るが、少しずつ彼女の体は湖に引っ張られていく。

 

「ちょっと……これは……めぐみん手伝って!」

 

「わ、わかりました!」

 

持っていた竿を放り出し、めぐみんは急いでアクアの元へ向かう。

二人で竿を掴んで釣り上げようとするが、水の中にいる魚は更に激しい抵抗を見せた。

 

「こ、これはもしかして……みんな、手伝ってください! これは間違いなく主ですよ!」

 

退屈な空気が一瞬にして張り詰め、緊張感が辺りに漂う。こうしている間にも、竿を掴んでいる二人は徐々に湖に引き寄せられていた。

 

「今行く! 千翼!」

 

「わかった!」

 

「二人とも、竿から手を離すな!」

 

カズマ達も竿を放り出し、急いでアクアとめぐみんの元へ向かう。二人の元へやってきたカズマ達は、何も言わずとも自分のポジションを理解すると、素早く位置に着いた。

アクアとめぐみんが竿を掴み、その二人をカズマと千翼が引っ張る。最後尾のダクネスがアンカーとなって、全員が湖に引きずり込まれないように踏ん張っていた。

水中の見えない相手も五人がかりでは分が悪いのか、今度は逆にカズマ達が徐々に陸地へと引っ張り上げて行く。

 

「みんな、あとちょっとだ! 掛け声に合わせて竿を引け!」

 

いくぞ! とカズマが叫び、リズムよく掛け声を繰り返す。

それに合わせて五人は竿を引き、一回ごとに五人の体は更に陸地へと下がって行く。

水中の大物も、このまま釣られてなるものかと一際激しく抵抗し、両者は一進一退の攻防を繰り返す。

 

「アクア、めぐみん、千翼! 俺が合図したら一気に竿を引け! ダクネスは俺達を後ろに投げ飛ばすつもりで引っ張るんだ!」

 

四つの了承の返事が返ってくると、カズマは竿の先端を注視する。竿のしなり具合から相手がいま、力を入れているのか、抜いているのかを慎重に見極めた。

今はへし折れそうなほどに曲がっているので、相手は全力で抵抗している。この後に力を抜く瞬間が必ず訪れるので、カズマは今か今かとその時を待った。

そして、竿のしなりが緩くなり、相手の抵抗が弱まる瞬間をカズマは見逃さなかった。

 

「今だ!」

 

カズマ、千翼、アクア、めぐみんの四人は後ろに倒れるつもりで竿を引き。ダクネスはその四人をまとめて投げ飛ばすほどの勢いで後ろに引っ張る。

ついに水中に隠れていた見えない相手――この湖の主で間違いないであろう巨大な魚が、釣り針を咥えながら姿を現した。

真上から降り注ぐ太陽の光を浴びてキラキラと輝く水飛沫と、まるで新品の鎧のような鱗に光を反射させながら、主が空中で身を躍らせる。

空を舞う魚、という幻想的な光景を、五人は歓喜と驚きで目を見開いて見とれていた。

そして主は、大きな口を開けてカズマ達に落下してくる。

 

「逃げろ!」

 

我に返ったカズマの叫びに、アクアを除いた四人は即座に違う方向に飛び退いて逃げることに成功した。

一人反応が遅れたアクアは、迫り来る巨大な口を呆然と見詰め。

 

「へ?」

 

間抜けな声を漏らし、湖の主に飲み込まれた。

重量物が落下する音が響き、巨大な魚が陸上で跳ね回る。

一回跳ねるごとに少しずつ湖に近付いていき、最後に一際大きく跳ねると、派手な水飛沫を上げて湖の主は自分の住処へと戻っていった。

 

「カズマしゃあああぁぁぁん!! 助けてえええぇぇぇ!!」

 

「アクアー!!」

 

巨大魚が水面を跳ねる度に、咥えられたアクアが悲鳴を上げる。

幸いにも水の女神である彼女は水中でも呼吸は出来るので、溺れ死ぬ心配は無いだろう。

しかし、このまま放置すればアクアは主の餌となってしまう。助けようにも水中という相手のホームグラウンドでは戦いようがない。

一体どうした物かとカズマは頭を悩ませるが、やむを得ずという顔をしながらめぐみんの方を向いた。

 

「めぐみん、爆裂魔法を湖に向かって撃ってくれ!」

 

「正気ですか!? そんなことしたらアクアも木っ端微塵になりますよ!?」

 

「違う違う、正確には湖の真上に向かって撃ってくれ。爆発の衝撃で主を気絶させるんだ。そうすればアクアを助けることができる」

 

「な、なるほど。そういうことなら任せて下さい!」

 

めぐみんは急いで愛用の杖を取りに行き、戻ってくるとカズマ達に物陰に隠れるように指示する。

三人が近くの大岩に隠れたことを確認すると、杖を掲げて爆裂魔法の詠唱を始めた。

杖の先端に嵌められた紅玉に魔力が収束していくと、それに併せて周囲に風が吹き始める。

時間と共に風の勢いは強まっていき、湖の真上で雲も怪しげな渦を描き始め、昼間なのに辺りが薄暗くなる。まるで空から悪魔か大魔王でも降臨してきそうな雰囲気になり、めぐみんを見守る三人は言いようのない不安に襲われる。

ついに魔力が極限まで高まり、めぐみんは真紅の瞳を見開くと、高らかに己が魔法の名を叫んだ。

 

「エクスプロージョン!!」

 

湖面に極彩色を映しながら、練り上げられた魔力の塊は爆発した。

爆風と衝撃によって砂埃が舞い上がり、穏やかだった湖面が激しく波打つ。

隠れている三人は爆風に吹き飛ばされまいと、必死に岩にしがみつく。

やがて爆音と砂埃が収まり、顔を出しても安全だと判断したカズマ達はゆっくりと大岩から顔を覗かせた。

湖の畔ではめぐみんが倒れており、あれだけ綺麗だった水面には、爆発で気絶した大小さまざまな魚が浮かんでいた。

目当ての主の姿が見えないので、どこかに浮かんでいないかとカズマ達が探していると、湖の中央の水面に大きな影が浮かんでくる。

果たしてソレは、湖の主だった。腹を水面から出しながら、未だに波が収まらない湖面に合わせてゆらゆらと揺れている。

すると、主のそばにもう一つ大きな影が浮かんでくる。

背中を上にしながら、顔を水中に潜らせたままのアクアがゆっくりと浮かび上がってきた。

爆発の衝撃で気を失っているが、ピクリとも動かないその姿はどこからどう見ても水死体にしか見えなかった。

 

「……死んで、いないだろうな?」

 

「だ、大丈夫です。魔法はちゃんと湖の上空に向かって撃ちましたから……」

 

「……とりあえず行ってくる」

 

カズマは手早く服を脱いでパンツ一丁になると、水面を漂うアクアの回収に向かった。

 

 

◆◆◆

 

 

無事にアクアを回収し、彼女が目を覚ますとカズマは昼食にすることを提案する。主との激闘にその後の騒ぎもあって疲労困憊の四人はその意見に賛成した。

バスケットから女性陣が作った多種多様なサンドイッチを皿に乗せ、五人は手を合わせて食前の挨拶をすると、遠慮無くサンドイッチを頬張る。

疲れた体と空っぽの胃袋に染み渡る旨さに感激しながら、カズマ達は次々とサンドイッチを口に放り込み、あっというまに昼食は無くなった。

その後はしばし休息することとなり、五人は思い思いに過ごす。

太陽が西の空にある程度傾いてきたところで、めぐみんがカズマに尋ねた。

 

「カズマ、休憩も充分にしましたし、そろそろ何かしませんか?」

 

「そうだな。それじゃあ次は――」

 

その後、カズマ達は石を使い、誰が一番遠くまで水切りが出来るのか。落ちていた枝でチャンバラをしたり、時間内にどれだけ高く石積みが出来るのかなど、五人は日が暮れるまで思う存分遊んだ。

シートを畳み、荷物をまとめて忘れ物やゴミが無いか確認すると、カズマ達は湖を後にする。太陽は西の地平線に向かって沈みつつあり、辺りは茜色に染まっていた。

 

「んーっ! 今日は思いっきり遊んだなぁ」

 

「たまには冒険者であることを忘れるのも良いな」

 

「とても楽しかったです!」

 

「今度遊ぶときは、山なんてどうかしら?」

 

多少のトラブルはあったものの、今までのような大きな問題も無く休むことができた四人は、満足げに今日の感想を口にする。

次に遊ぶときはあそこに行きたい、そこでこんな遊びがしたい、昼食はこれが食べたい。カズマ達は次回は何をするかで話に華を咲かせていた。

そんな四人を、千翼は微笑みながら見ていた。

仲間と共に湖に行き、そこで遊んで、トラブルがあって、他愛の無いことで大笑いする。まさしく千翼が望んだ「普通」がそこにあった。

今日一日のことは、生涯決して忘れることはないだろう。そして千翼は思う。こんな時間がいつまでも続けば良いのに。と。

明日からはまた冒険者としての一日が始まる。魔王討伐までの道のりは、まだまだ長く険しいだろう。でも、どれだけ辛く苦しいことがあっても、仲間と一緒ならきっと乗り越えられる。

日本にいた時とは違って、今の自分にはカズマ達がいる。それは千翼にとって、とてつもなく大きな心の支えとなっていた。

今日は楽しくもあり疲れた。家に帰ったら早めに寝て明日からの日々に備えよう。

ほんの少しだけ憂鬱な気持ちになりながら、千翼は地平線の向こうに見えてきたアクセルの町を見た。

そして――

 

少年と男の運命は三度交わる。

 

楽しげに話していたカズマ達の会話が唐突に打ち切られ、五人は足を止めた。十の瞳が道端の岩、その上に腰掛けている男に集まる。

男はカズマ達に背を向け、小さく鼻唄を歌いながら地平線に沈みつつある夕日を眺めていた。

ろくに手入れがされていない伸び放題の痛んだ黒髪、この世界では作られていないジャケットにジーンズ。

そして、その手には緑色の目を持つ顔がバックルにあしらわれたベルト。

男はカズマ達に気が付くと、気さくな笑みを浮かべながら片手を上げる。

 

「よぉ、これで三度目だな」

 

「……父さん」

 

千翼の実の父親、鷹山仁は三度現れた。




次回、最終回。
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