この悲運の主人公に救済を!   作:第22SAS連隊隊員

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前回に続いて今回もオリジナルエピソードです。


Episode5 「E」AT KILL ALL

太陽が沈み、月と星明かりが世界を薄く照らす。夜の冒険者ギルドは昼間よりも賑やかだ。

 

「ん、新メニューの唐揚げすごく美味しいです!」

 

「味がしっかりとしていながら、決してしつこくない。これはいいな」

 

「シュワシュワにもピッタリ。やみつきになる味ね! すみませーん、唐揚げのおかわりくださーい!」

 

「あんまり食い過ぎるなよ。それにしても……うん、確かに旨いな」

 

カズマは唐揚げを一つ口に放り込み、頷きながら味わう。テーブルの隅では、粉末を溶かしたジュースを千翼が静かに飲んでいた。

今日も夜のギルドは賑わっており。あちこちで武勇伝やくだらない話、クエストでの出来事などで冒険者たちは話に華を咲かせている。

 

「本当だって! 本当に見たんだよ!」

 

カズマ達が料理に舌鼓を打っていると、少し離れたテーブルで赤い上着を着た金髪の男が叫んだ。

 

「あのさ……いい加減しつこいわよ?」

 

長い茶髪をポニーテールにした少女が、呆れたように冷めた視線を金髪の男に向ける。彼女の隣と向かいに座る二人の男も、同意するように深く頷いた。それに抗議するように男はさらに声を荒げる。

 

「お前達が信じてくれないからだろ!? 俺は嘘なんかついてない!!」

 

「じゃあ、きっと寝惚けて動物か何かを見間違えたんでしょ。はい、この話は終わり」

 

そう言って少女は尚も叫ぼうとしている金髪の男を無視して、テーブルの上の料理を食べ始めた。二人の男も同じくジョッキを傾け、料理を口に運ぶ。

 

「本当なんだ……本当に見たんだよぉ……」

 

少女から一方的に話を打ち切られ、男が項垂れて泣き言を漏らした。

 

「ダストのやつ、なにやってんだ?」

 

「さっきから何かを見たって言ってますけど」

 

カズマとめぐみんが通路に顔を出し、叫んでいた男が座るテーブルを見やる。

二人の視線の先では、ようやく落ち着いたのか金髪の男――ダストは顔を上げると何気なしに首を回した。カズマと視線がかち合う。

座っていたテーブルから勢いよく立ち上がると、ダストはカズマの元へ駆け寄り、縋るような声と目で訴えた。

 

「なぁ、カズマ! 親友であるお前なら、俺の言うことを信じてくれるよな?」

 

「お前と親友になった憶えはないが、話くらいなら聞いてやるぞ」

 

あっさりと友情を否定されたダストはがっくりと肩を落とす。しかし、すぐに持ち直すと真剣な顔で語り始めた。

 

「俺、見たんだよ! 本当に見たんだ!」

 

「だから、何を見たんだよ」

 

「それは今から説明する!」

 

ダストが言うには一週間前。山を越えた先にある町に、荷物を届けるクエストを終え。アクセルへ帰る途中の出来事だった。

アクセルの近くまで来たが、その時は既に夜中であったため。危険な夜道を歩くよりは、翌日の朝に帰還するほうが安全だと判断し、その日は野営することになった。

その時の見張りはダストであり。自分以外のメンバーが寝静まったころ、尿意を催したので離れた場所で用を足しキャンプに戻ろうとしたとき、突然近くの草むらが動いたという。

 

「そして、草むらから出てきたのが……」

 

「出てきたのが……?」

 

彼の語り口に、いつの間にかカズマ達は聞き入っていた。固唾を飲んでダストの次の言葉を待つと、たっぷりと間を置いてから結末を口にした。

 

「頭がジャイアントトード、身体がスモークリザード、足がコカトリスのすっげー変なキメラが出てきたんだ!!」

 

ダストの言葉を聞いて、カズマ達は身動きを止めた。目を見開き、瞬きすることすら忘れて目の前の男を五人が見つめる。

 

「俺は嘘なんか言ってない。本当に見たんだよ!」

 

「ダスト」

 

カズマは慈愛に満ちた、まるで我が子を見守る親のような顔でダストに語りかける。

 

「おお、信じてくれるかのか! やっぱりお前は俺の――」

 

「少しは酒を控えような。酒は飲んでも飲まれるなって言うだろ?」

 

「ちっくしょー!!」

 

ダストは泣きながらギルドを飛び出していった。

 

「ダスト、これでちょっとはお酒を控えるようになりますかね」

 

「ないない。明日にはまた酔っ払ってるよ」

 

「すみませーん! シュワシュワのお代わりくださーい!」

 

「お前も少しは控えろ」

 

 

◆◆◆

 

雪を掘り返すと、その下から白い雪によく映える、真っ赤に熟した植物の鞘が顔を出す。

 

「お、あったあった」

 

カズマは手袋を付けた手で、鞘を傷付けないように丁寧にもぎ取ると、慎重に腰の袋に入れた。

 

「カジュマしゃ~ん。手がヒリヒリする~」

 

「潰れやすいから手袋付けてやれって言っただろ……雪で洗え」

 

手が赤く腫れ上がったアクアに呆れるように言うと、また雪を掘り返し始める。カズマ達は香辛料の採集クエストで山を訪れていた。

あちこちから雪を掘り返す音が響き、香辛料を見つけては袋に詰める。誰もが黙々と採集に勤しんでいた。

作業を始めてからしばらくが経ち、カズマが香辛料を袋に入れて口を締めると、今にもはち切れそうなくらいに袋が張った。

 

「うし、俺はこんなもんだな。みんな、袋は一杯になったか?」

 

「たくさん採れました!」

 

「私もだ」

 

「俺も」

 

「腫れが引かない……」

 

一人を除いて十分な量を採集したらしく、カズマが町への帰還を告げると、四つの了承の返事が返ってくる。

屈んで作業していたため、すっかり硬くなった腰を叩きながらカズマが立ち上がると。ガサリ、と草むらが音を立てて揺れた。カズマを除いた四人が反射的に身構える。

 

「大丈夫、敵感知に反応がないからモンスターじゃない」

 

カズマの言葉に四人は小さく息を吐いて構えを解いた。なおも草むらは揺れ、ついに隠れている者が正体を現す。

 

「ゲコ」

 

草むらから顔だけを出したのは、カズマ達もよく知るモンスター。ジャイアントトードであった。しかし、

 

「小さい……」

 

アクアのつぶやきに同意するように、四人が黙って首肯する。

目の前の蛙は余りにも小さかった。五人が知るジャイアントトードは、人間の大人を丸呑み出来るほどの巨体を誇る蛙である。しかし、草むらから出ている顔は犬猫と大差ないほどの大きさだった。

 

「ジャイアントトードの子供か?」

 

「バカねぇ、蛙の子供はオタマジャクシに決まってるでしょ。そんなことも知らないの?」

 

カズマが硬く握った雪玉をアクアの顔面目がけて全力で投げつける。二人だけの雪合戦が始まった。

顔を出してから千翼達をじっと見つめていた蛙は、やがてガサガサと音を立てながら草むらから出てきた。

隠れていた首から下が露わになると、千翼達はもちろん。後ろで雪合戦をしていたカズマとアクアも手を止めて、蛙に目が釘付けになる。

茂みから出てきた蛙は――

 

「頭がジャイアントトードで……」

 

「身体がスモークリザードの……」

 

「足がコカトリスな……」

 

「すっげー変なキメラ……」

 

「本当にいた……」

 

頭、体、足がそれぞれ別の生物になっている、ダストが見たと主張する件のキメラであった。

キメラは目の前の人間達に害は無いと判断したのか、まっすぐ近付いてくると、つぶらな瞳でカズマ達を見上げる。

 

「こいつ、どこから来たんだろ?」

 

「やけに人慣れしているな」

 

千翼とカズマ、アクアとダクネスが屈んで顔を近づけるが、なおも逃げ出す様子を見せない。

キメラは興味が移ったのか、目の前で揺れるストールの裾を突っつき始める。千翼は慌ててストールを巻き上げた。

 

「見てください! こっちに足跡がありますよ!」

 

一人だけキメラではなく、キメラが隠れていた草むらを調べていためぐみんは、地面を指さしながら叫ぶ。

千翼達はめぐみんの元へ集まると、彼女が指さす場所を見た。そこには出来たばかりの鉤爪型の足跡が雪の上に交互に並んでいた。

五つの視線が足跡を追うと、その先は森の中へと続いている。

 

「……どうします?」

 

「どうするって……」

 

カズマが右を向くと、三人の少女が期待に満ちた眼差しを送っている。白い息と共に小さく溜息を吐いた。

 

「わかったよ。俺もちょっと気になってるし、どこから来たのか調べるぞ」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

キメラを脇に抱えたアクアが叫んだ。それに答えるようにキメラも鳴き声を上げる。

こうしてカズマ達は、キメラの足跡を辿って山奥へと進み始めた。始めはちょっとした探検気分だったが、進むにつれて徐々に木々の密度が高まり、次第に疲れが見え始め歩みに遅れが出てくる。

 

「まだ続いているな……」

 

「この先に何があるのって、うわわ!」

 

突然、アクアに抱えられていたキメラが暴れ出した。彼女の手を離れて着地すると、自分の足跡を辿ってあっという間に森の奥へと消える。

五人は急いでその後を追うと、密集した木々で塞がれていた視界が唐突に開けた。

 

「あれは……」

 

一面が切り拓かれ、雪が積もった敷地と森の境目には柵が立てられている。片隅には奥行きのある半円形の建物が一つだけあった。

その建物に向かって、雪の上に出来たばかりの鳥の足跡が続いている。

 

「牧場……よね?」

 

「牧場ですね。ですが、こんな所にあるなんてどう考えてもおかしいですよ」

 

「町と行き来するには余りにも不便だ。人里に近くて牧場に適した土地など、それこそいくらでもある。何よりもこんな場所にある牧場の話を全く聞いたことが無い。怪しすぎる」

 

アクアの疑問に肯定しつつも、余りにも不自然な場所にある牧場にめぐみんとダクネスは警戒心を露わにする。

 

「うーん……」

 

カズマは迷っていた。

自分の本能が『これに関わったら絶対に面倒なことになる』と告げているが、好奇心の方は『何か面白いことがあるに違いない』と耳元で囁いている。

迷いに迷った挙げ句。

――ちょっとだけ。そう、ちょっとだけ見てみよう。

結果は好奇心に軍配が上がった。なおも叫び続ける本能を意識の底へと追いやると、他の四人を手招きして小声で話し始める。

 

「こうしよう。まず俺が潜伏スキルで中の様子を見てくる。普通の牧場だったら、迷惑をかけないようにそのまま帰るぞ。ただし……」

 

ここで言葉を切った。四人がカズマに注目する。

 

「もし不審な点や犯罪の臭いがしたら、証拠を集めてギルドに通報だ」

 

「で、犯人と戦わずして報奨金を貰おうって魂胆ですね」

 

「……その通りだけどそれは言うな。それと、証拠を集めるときはみんな来てくれ。俺だけじゃ何が証拠になるか分からないし、手分けして集めた方が効率が良い。中に人がいなかったら合図を送る」

 

四人は黙って頷く。それを確認したカズマは潜伏スキルを発動させ、姿を消した。残された四人は草むらからじっと建物の様子をうかがい、ひたすらカズマの合図を待つ。

数分か、数十分か。どれだけの時間が経過したかは分からないが、カズマが再び姿を現した。

畜舎の出入り口の前で大きく手を振り、千翼達に合図を送っている。

合図を確認した四人は隠れていた茂みを静かに出て、姿勢を低くしながら、なるべく音を立てないようにカズマの元へ向かう。

 

「中に人はいないのね?」

 

「あー……うん、いない……」

 

「どうかしましたか? 様子が変ですよ」

 

「その……いや、見た方が早いな」

 

カズマは戸に手を当てると、千翼達に振り返り『心の準備はいいか?』と問いかける。

四人の頭上に疑問符が浮かぶが、カズマは構わずに戸を押して開いた。

中の様子を見た四人は、

 

「え……」

 

「うそ……」

 

「これは……」

 

「むぅ……」

 

それぞれの反応が口から漏れる。

左右の窓から差し込む光で畜舎内の様子がよく見えた。入り口から突き当たりまで中央に長い通路が延びており、その両脇には均等に区切られた囲いがあった。

その中にはこの牧場で飼育されている生物――森で見つけたキメラが所狭しと押し込められていた。

 

「キメラの牧場……」

 

畜舎内の様子を目の当たりにしためぐみんが顔をしかめる。

 

「奥に扉があるだろ。あの先は部屋になっていて色々と置いてあったから、証拠となる物もきっとあるはずだ」

 

カズマが指さす先、畜舎の正面突き当たりには一枚の扉があった。

警戒しつつ五人は畜舎の中を進み、扉に辿り着く。ノブに手をかけると、カズマは扉をゆっくりと開いた。獣の臭いに混じって生活臭が流れてくる。

扉の先は小さな部屋となっており、正面の窓から差し込む光が部屋の中を照らしていた。

窓の下に机が置かれており、何冊もの本が積み上げられている。左側の壁際には、使い古された寝袋が藁山の上に置かれていた。

そして右の壁際には、足下に戸棚が付いた簡素な流し台が設置されており。空になった固形燃料の缶と錆び付いた五徳、包丁やフライパン等の調理器具。調味料と思しき様々な色の粉末や液体が入った小さな瓶が置かれている。

 

「ここで誰か生活してるのかしら?」

 

「こんな山奥の、しかも畜舎の中で……一体なんのために?」

 

「疑問は後だ、証拠を集めるぞ。ダクネスは寝袋、俺とアクアは流し台、千翼とめぐみんは机を調べてくれ」

 

四人は頷くと、手分けして部屋の調査を始める。

ダクネスは寝袋を裏返して中を調べたり、藁山をかき分けて何か隠されていないか確かめる。

流し台を調べるカズマとアクアは、調味料の蓋を開けて匂いを嗅ぎ、戸棚を開けて中を調べるが空振りに終わった。

そして机を調べる千翼とめぐみんは、次から次へと本を手に取っては手早くページを捲り、証拠になりそうに無い本であれば元の位置に戻していた。

 

「これ、なんだろ?」

 

千翼は一冊の本を手に取る。その本だけページのあちこちから付箋がはみ出しており、表紙に不思議な紋様が描かれた本を捲った。

中にも表紙と似たような紋様が描かれている。その隣のページには解説のような文章があるが、千翼は全く理解できなかった。

 

「ちょっと見せてください」

 

千翼から本を渡されためぐみんは、食い入るように紋様と文章を読み始める。

ページを捲るごとに少女の顔が険しくなってゆき、読み終えたころにはこれ以上無いほど真剣な顔つきになっていた。

 

「これは……生物の融合方法が書かれた魔道書ですね。この手の本はとっくの昔に発禁されたはずです」

 

「ということは、あのキメラは……」

 

「間違いありません。あれは人為的に作られたものです。私たちはとんでもない大事件に関わってしまったようです」

 

ダクネスが言わんとしていることをめぐみんは口にした。彼女の最後の言葉に部屋の空気が張り詰める。

 

「キメラを作るのって、そんなに重罪なのか?」

 

「とんでもない話ですよ! そもそも違う生物同士を無理矢理に掛け合わせ、新たな生物を作るという倫理に反する行為。作られたキメラが伝染病の新たな媒介者となる可能性。何より野に放たれたら、生態系が崩壊してしまいます!」

 

「確かにそうだな……在来種と外来種の問題みたいなもんか……」

 

この世界の常識に疎いカズマの疑問に、めぐみんは捲し立ながら、キメラを作ることがいかに重罪であるかを説く。

これは有力な証拠ですよ。と言って魔道書は千翼に渡され、リュックに入れられた。

 

「これは……日記ね。何か手がかりがあるかもしれないわ。読むわよ」

 

流しを調べ終え。他の本を調べていたアクアはその中に日記を見つけた。軽く咳払いして、書かれている内容を読み上げる。

 

 

 

○月×日

まさかこんな山奥にいい場所があったなんて。隠れてやるにはもってこいの場所だ。早速整地を始めよう。

 

○月×日

仲間と協力して邪魔な木の伐採と畜舎の建設がようやく終わった。

さて、ここからは俺の仕事だ。

 

○月×日

以前の実験結果から素材はジャイアントトード、スモークリザード、コカトリスの三種にするべきだろう。

問題はどのモンスターをどの部位にして、割合をどれくらいにするかだ。こればかりは試行錯誤を繰り返すしかない。

 

○月×日

何度か実験を繰り返したが、頭をジャイアントトード、体をスモークリザード、足をコカトリスにするのが良さそうだ。

あとは部位の比率を調整して、ベストな味が出る割合を探さないと。

 

○月×日

今回の比率は上手くいったと思う。さっそく試食してみた。

大成功だ! 臭みも癖も無く、煮ても焼いても蒸しても美味い!

あとは量産体制とルートの確保だけだな。

 

○月×日

量産体制も整った。あとはこれを売り捌くルートだけだ。

いきなり王都みたいな大きな場所でやるのはさすがにマズい。

まずは小さなところから始めて、様子を見よう。幸いにもこの近くにアクセルって町がある。

聞いた話じゃ駆け出しの冒険者達が集まる町で、それなりに人もいるらしい。ちょうどいい、ここから始めてみよう。

万が一ここがバレたとしても所詮は駆け出しの集まる町だ。簡単に返り討ちに出来るさ。

もしギルドに通報されたらさすがにマズいから、その時は大人しく引き上げるとしよう。

しばらく雲隠れしてから、また別の場所で再開すればいい。

 

 

 

最後のページを読み終えて、アクアは日記を閉じる。部屋の中は静まりかえっていた。

 

「売り捌くって書いてあったわよね……アクセルで……」

 

「そういえばギルドの新メニューだが……」

 

「私たちが昨日食べた唐揚げの肉って……まさか……」

 

「ウプッ!」

 

千翼を除いた四人の顔が真っ青に染まり、喉から込み上げてくる物を吐き出さないように口を手で押さえる。

慌ただしくカズマ達は流し台へ駆け込むと、上半身をかがめて一斉に嘔吐した。

しばらくの間、液体が流しに落ちる音と、嘔吐(えず)く声が続く。千翼は四人の背中を代わる代わるさすった。

文字通り胃の中の物を全て吐き出したのか、カズマ達がようやく曲げていた背筋を戻す。その顔は青ざめていた。

 

「と、とりあえず。証拠品はこれで良さそうだな」

 

「念には念を押して、あのキメラを一匹持って帰りましょう。魔道書と日記、何よりも実物のキメラを出せば犯人も言い逃れはできません」

 

口元を拭いつつ、必要な証拠を集めた五人は撤退の準備を始める。

 

「申し訳ないけど、ウチは生体販売はしてないんだ」

 

その時だった。後ろから男の声が聞こえ一斉に振り返る。いつのまにか部屋の出入り口に男がおり、ニヤニヤと笑いながら五人を見ていた。

 

「探知魔法に反応があったから戻ってくれば……まさかお客さんとはね」

 

「貴方があのキメラを作ったのですか?」

 

杖を突き付けながら、鋭い声でめぐみんが問い詰める。

 

「ああ、そうさ。このキメラは俺の努力の賜物さ。ここまで改良するのは本当に大変だったんだぜ?」

 

「ふざけんな! あんな気色悪い生き物の肉を食わせやがって。すぐにでも牢屋にぶち込んでやる!」

 

「まぁ、待ちなよ少年。ここで俺を見逃すってのはどうだ? そうすりゃ俺たちはビジネスを続けることが出来るし、あんたらはこれからも美味い肉を食える。そっちの方がお互い利益がある。悪くない話だろ?」

 

返答の代わりに五人は身構える。残念だ。と言わんばかりに男は肩を竦めると、身を翻して逃げ出した。

 

「逃がすか!」

 

カズマを先頭に、四人も部屋を飛び出す。

部屋から逃げ、畜舎を出た男は牧場の外へと走る。このまま森に逃げ込むつもりなのだろう。そうはさせまいとカズマは更に足に力を入れて男を追いかける。

あと一歩で森に入るというところで男は突然立ち止まった。振り返って不敵な笑みを浮かべる。

 

「野郎、バカにしやがって!!」

 

「カズマ、上!」

 

アクアの慌てた声に反射的にカズマは上を向いた。輝く太陽を背に、何かが降りてくる。

 

「おわっ!?」

 

慌てて飛び退くと、一瞬前までカズマがいた位置に、雪を撒き散らしながら『それ』が降り立つ。

それは竜、獅子、山羊の頭を持ち。背中には鷹の翼を生やした奇妙な姿の生物。

 

「キメラ……!」

 

本家本元の合成獣(キメラ)がカズマ達の前に立ちはだかった。

 

「そいつは俺の最高傑作さ! やっちまえ!」

 

主人の命令に答えるように、三つの頭が雄叫びを上げる。手始めに目の前にいるカズマに前脚を振り上げて襲いかかった。

 

「っぶねぇ!」

 

咄嗟に横へ跳んで、カズマは間一髪のところでキメラの一撃を躱す。鋭い爪と強靱な脚が積雪と、その下にある地面を深々と抉った。

なおも攻撃は止まらず、立ち上がろうとしているカズマに再び鋭い爪が迫る。跳び退く暇すら与えず、合成獣(キメラ)の一撃がカズマに襲いかかり――

 

「ぐっ!」

 

その一撃は、銀色の刃に阻まれた。

 

「千翼!」

 

アマゾンネオ(千翼)がキメラの攻撃をブレードで受け止めた。右手でグリップを握り込み、左手で剣が押し込まれ、ギチギチと音を立てながら剣と爪が拮抗する。

しかし、相手は三つの頭を持つキメラ。この隙を残る頭が逃すはずもなかった。

がら空きになった胴体に、竜の頭が強烈な頭突きを叩き込む。直撃を受けたネオは大きく吹き飛ばされ、雪原を転がった。

 

「千翼! この野郎、これでも食らえ!」

 

初級魔法のクリエイト・アースを唱え、カズマは左手の平によく乾いた土を出現させる。そこに右手を添えると、キメラの顔へ狙いを定めた。

 

「ウィンドブレス!」

 

カズマの右手から風が吹き、手の平に乗った土を吹き飛ばす。

両手を左から右へと素早く動かすと、キメラの三つの顔に土と砂が吹き付けられた。

目や鼻に入ったらしく、左右の竜と山羊の頭は前脚で顔をこすり。中央の獅子の頭は雪に顔をこすりつける。

 

「めぐみん、頼む!」

 

「フッ、あれしきのキメラ。我が爆裂魔法の前では塵芥も同然。唐揚げの憂さ晴らしも兼ねて全力でぶちかましてやります!」

 

カズマがキメラから離れた事を確認すると、めぐみんは空に向かって杖を高々と掲げ、爆裂魔法の準備を始める。歌うように彼女の口から言葉が紡がれ、魔力が練り上げられてゆく。

最後の一節の詠唱を終えると杖をキメラに向けた。あとは彼女が誇る魔法の名を叫ぶだけで全てが終わる。

 

「エクスプ――」

 

その名を口にする前に、土砂を拭ったキメラが三つの頭をめぐみんに向けた。一斉に口を開くと、竜からは炎、獅子からは雷、山羊からは冷気のブレスが放たれる。

三つの息吹は真っ直ぐめぐみんへと殺到する。魔法を放つために身動きが取れず、意識では避けようとしても、彼女の体は動いてくれなかった。

 

「っ!」

 

「危ない!!」

 

間一髪で横からダクネスに突き飛ばされ、めぐみんは雪の上を転がる。遠くの山肌で大爆発が起きた。

本来ならめぐみんに命中するはずだった攻撃をダクネスは受け止め。妙に色っぽい苦悶の声をあげながら恍惚の表情を浮かべる。

 

「くうぅぅ、炎に冷気、さらに雷まで……なんという贅沢な攻撃だ……」

 

右半身は霜が付き、左半身は焼け焦げ、体の中央はパチパチと電気が火花を散らしている。

ダクネスは満足そうな顔をしながら倒れた。二人の少女が雪上で横たわる。

 

「全く、みんな何やってるのよ。ここは女神である私が一肌脱ぐしかないようね」

 

花を象った杖を雪上に突き立てると。アクアは両手の指を鳴らす。

 

「せっかく最高のおつまみに出会えたと思ったのに……女神の怒りを思い知りなさい!」

 

アクアは左手を前に突きだし、右手は拳を作って後ろに引く。深く腰を落として気を発し始めた。

硬く握られた拳に光が集まり、彼女の周りで闘気が渦巻く。拳の光が最高潮に達すると、アクアは地を蹴ってキメラに疾走する。

 

「今、必殺の!」

 

獅子の顔が目前に迫ったところで、アクアは左足を突き出して急制動をかけた。そのまま足を軸に拳を振りかぶる。

 

「真・ゴッドブロオオオォォォ!!」

 

体重と急制動による回転、そして女神の怒りが込められた必殺の拳が放たれる。

突き出された拳は見事に獅子の鼻面を捉えた。衝撃がキメラの体を突き抜け、周囲の雪が舞い踊る。

 

「フッ、決まった……」

 

拳から伝わる確かな手応えに、アクアは勝利を確信し余韻に浸っていた。

 

「なにドヤ顔決めてんだ! 早く逃げろ!!」

 

カズマの焦燥しきった叫びに、疑問を浮かべながら拳の先を見る。

両脇の竜と山羊、そして正面の獅子がアクアを睨んでいた。これっぽっちも痛がっている様子は無い。

 

「え、えーと……」

 

獅子が荒い鼻息を鳴らす。湿った風が女神の水色の髪を揺らした。

 

「助けてえええぇぇぇ!!」

 

先ほどまでの威勢はどこへやら。アクアは泣き叫びながら逃げ惑う。

キメラは自分を攻撃したアクアを最優先で狙い、爪を振るい、ブレスを吐きながら彼女を追いかけ回す。

 

「あ」

 

何かに躓いたのか、アクアの体が一瞬だけ宙に浮き、盛大に雪原を転がる。雪を撒き散らしながら何度も頭を打ち付けて、ようやく回転が止まった。

痛む頭を押さえながら立ち上がろうとすると、急に空が暗くなった。思わず振り返って見上げると、そこには血走った目で睨み付ける三つの頭が。

 

「ごごごごめんなさい! さっき殴ったのは謝るわ! それに、私なんて食べても美味しくないわよ!!」

 

腰が抜けて動けないのか、尻餅をついたまま必死に謝罪の言葉を述べ、アクアは泣き叫ぶ。

そんなことはお構いなしと言わんばかりに、三つの口が大きく開かれた。

 

「誰か助けてえええぇぇぇ!!」

 

三つの頭が一斉に喰らい付き、血飛沫が舞った。白雪に覆われた地面に赤い彩りが添えられる。

アクアは目を固く閉じ、震えていた。どれだけの時間が経ったのだろう。もしかして自分は痛みを感じる間もなく死んでしまったのだろうか。

恐る恐る瞼を開けると、目の前に青い背中が見える。

 

「え……?」

 

驚きで開かれた目に飛び込んできた光景は、キメラから自分を庇う青い異形の戦士、アマゾンネオの後ろ姿であった。

右腕を山羊に噛み付かせ、左手で獅子の口を押さえ込んでいる。残る竜の頭はネオの脇腹に牙を突き立てていた。噛み付かれた箇所から血が滴り落ちる。

 

「ち、チヒロ!」

 

「早く……逃げろ……!」

 

キメラの牙がさらに食い込み、ネオ(千翼)が苦悶の声を漏らす。アクアは礼を言いつつ大急ぎでその場から離れた。

アマゾンネオは何とかしてキメラを引き離そうとするが、両手は使えず、少しでもバランスを崩そうものなら押し切られそうだった。

こうしている間にも血が流れ落ち足下を赤く染める。ネオの両足が震え始めた。

 

「うおりゃ!」

 

右から飛んできた何かが山羊の頭に命中し、砕け散る。赤い破片が散らばった。

山羊が鬱陶しそうに顔を(しか)めると、朱混じりの雪解け水が山羊の目に入る。突然山羊が叫び声を上げ暴れ出し、それに驚いた獅子と竜がネオから口を離す。

脇腹を押さえながら暴れ出したキメラに困惑していると、刺激的な匂いがネオ(千翼)の鼻をくすぐった。

 

「これは……さっきの!」

 

地面を見ると、白い雪に血とは違う赤い点が散らばっている。そこから人間であれば食欲をそそる香ばしい匂いが立ち上っていた。

 

「そら、もう一発!」

 

潰した香辛料の汁をたっぷりと染み込ませた雪玉を、カズマはキメラ目がけて全力で投げつけた。

デタラメなフォームで放たれた真っ赤な雪玉は、緩やかな放物線を描きながらキメラへと飛翔する。ここでカズマの運の良さが幸いしたか、真っ赤な雪玉は吸い込まれるように竜の口内に収まった。

反射的に閉じた竜の口から何かが潰れる音がした。一瞬の間を置いて、竜の頭が文字通り火を噴きながら暴れ狂う。

吐き出された炎の息吹は降り積もった雪を溶かし、白く染まった森林を焦がす。

四方八方に放たれる炎の柱が畜舎を薙ぎ払った。木造の建物に火が付き、勢いよく燃え盛る。

 

「ああ、俺のキメラが!!」

 

余裕たっぷりで事の成り行きを見ていた男から、一瞬で笑みが消えた。

畜舎に駆け寄り、なんとか火を消そうと手の平から水を出したり雪をかけるが、燃え盛る炎の前では余りにも無力であった。

 

「千翼!」

 

アマゾンネオは頷くとブレードを構え直し、暴れるキメラへと疾走する。

唯一まともな状態の獅子がそれに気が付き口から稲妻を吐き出す。しかし、両脇の頭が暴れるせいで狙いが狂い、あさっての方向へと飛んでいった。

キメラを間合いに入れたネオは、獅子の(たてがみ)を鷲掴みにすると、右手の剣を勢いよく獅子の口内に突き刺した。頭蓋を貫通し、獅子の頭から銀色の刀身が突き出る。

そのまま剣を直角に捻ると力任せに右へと押し込む。ミチミチと肉が裂ける音と、何かが割れる音が獅子の頭から聞こえる。

とうとうブレードは獅子の頭を切り裂いて飛び出し、その先にあった山羊の首を刎ねた。鮮血が勢いよく吹き出し、雪原を真っ赤に染める。

残った竜の頭を掴むと、返す刀で素早くブレードを振り下ろす。最後の首が切り落とされ、キメラの胴体が力なく倒れた。

 

「あ……ああ……」

 

今も燃え続け、骨組みだけが辛うじて残っている畜舎を、男はうわごとを呟きながら見ていた。木が爆ぜ、とうとう骨組みも火の中へと倒れる。

後には畜舎だった物と、男が苦労の末に生み出した、キメラ達の黒焦げの死体が残された。

茫然自失となった男の背後から雪を踏みしめる音が響き、男は振り返る。剣を携えた青い異形が男を睨んでいた。

 

「ひっ……ひいぃぃ!」

 

腰を抜かすと男は手で後ずさる。アマゾンネオはゆっくりとした足取りでそれを追う。

後退り続けるが、とうとう男の背中に何かが当たってそれ以上動けなくなった。

異形は目の前までやってくるとブレードを引き、恐怖に歪む男の顔目がけて――

 

「千翼!」

 

「ダメ!」

 

銀色の刃が突き刺さり、飛沫が舞う。カズマとアクアは目の前で起きた惨劇から顔を逸らし、固く目を閉じた。

刃は男の顔――そのすぐ横。男がもたれている、水が入った樽を貫いていた。

 

「お前は殺さない……でも」

 

ネオ(千翼)はブレードを引き抜きながら言葉を句切ると、改めて男を睨む。

 

「命を弄んだことは、許さない……!」

 

千翼の怒気に当てられ、男は白目を剥いて気絶した。

 

 

◆◆◆

 

 

「はい、お釣りです。それはそうと聞きましたよチヒロさん。大手柄じゃないですか!」

 

「運が良かっただけですよ」

 

釣り銭を受け取りながら、千翼は苦笑する。

あれから主犯の男を捕らえ、証拠品と男を引き渡すとギルドは即座に動き出し。アクセルの町で業者に扮した男の仲間達もすぐに逮捕された。

ギルドからの報奨金を受け取ったカズマ達は、疲れていたこともあってそのまま屋敷に戻ったが、粉末が底を尽きそうになっていた千翼は、買い足すためにウィズの店を訪れていた。

 

「ありがとうございました。またのご来店を」

 

ウィズは手を振ってこの店唯一の常連客を見送る。千翼の後ろ姿が見えなくなり、閉店時間がやってきたのでドアの札を裏返すと。今日の売り上げを確認するためレジの金を袋に詰めて奥の部屋に入った。

 

 

 

 

 

通りを行き交う人々をかき分けながら千翼が町の外へ向かっていると、一人の男に目が止まった。

男は千翼に背を向け、どこか遠くを見ていた。その服装は、この世界では珍しいジャケットにジーンズ。そして黒髪だった。

視線に気が付いたのか、男が振り返る。千翼と目が合うと、右手を小さく挙げながらぎこちない笑みを浮かべた。千翼の呼吸が止まる。

 

「よぉ。久しぶりだな」

 

本能が逃げろと叫んでいる。しかし、足が動かなかった。

 

「親子の絆……いや、腐れ縁か? まぁ、どっちでもいいか」

 

手に持つベルトを揺らしながら、ゆっくりと男が近付いてくる。千翼はまるで金縛りにでもあったように、男から目を逸らせなかった。

 

「千翼ぉ……」

 

そして男は千翼の目の前で立ち止まり。獰猛な笑みを浮かべた。

 

「今度こそ、お前を殺しに来た」

 

男――鷹山仁は、そう告げた。




というわけで、満を持して仁さんの登場です。

実を言うと、当初のアマゾンズ側の時間軸はシーズン2終了直後でした。
そこからこの小説を書いている内に全体的なプロットを見直した結果、時間軸を映画「最後ノ審判」後に変更しました。
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