裁判シーン、本当に書くのが大変でした。
「貴様には現在、国家転覆罪の容疑がかけられている。私と一緒に来てもらおうか」
印が押された礼状を突き付けながら、王国検察官のセナは冷たく言い放った。眼鏡の奥からの眼差しが、さらに鋭くなる。
目の前の女性から、国家転覆罪の容疑を告げられたカズマは、目を瞬かせながら鼻先の令状を見つめる。
「国家……転覆罪? ええと……」
「要するに、貴様はテロリスト、若しくは魔王軍の手先の可能性があるということだ」
いまいち事態を飲み込めないカズマに、セナが簡潔に伝えた。突如として告げられたカズマへの容疑にギルド内がざわつく。
「テロリスト……はああぁぁ!? 俺が何したって言うんだよ!?」
余りにも一方的かつ理不尽すぎる出来事に、カズマは絶叫した。
「カズマ、こういうときは素直に謝るのが一番よ! どうせあんたのことだから「これくらいならバレないだろう」って調子に乗って何かやらかしたんでしょ? ほら、私も謝ってあげるから!」
「ありえません! カズマはセクハラやのぞき、下着泥棒といった軽微な犯罪は何の躊躇いも無く犯すようなモラルの欠片もない人間ですが、そのくせ大事を前にすると真っ先に逃げ出すような根性なしです! そんなカズマがテロリストだなんてありえません!」
「ああ、全くだ。風呂上がりで薄着の私をいつも粘つくような目で視姦してるくせに、夜這いの一つもかけず、下着に手を付けるのが精一杯のような腰抜けにそんなこと出来るはずもない」
「お前達が俺をどういう目で見ているのかよーくわかった。後で覚えとけよ」
眉をひくつかせながら、怒りと憎しみを込めた目でカズマが三人を睨んだ。
「おうおう! 町を救った英雄を犯罪者扱いとは、良い度胸してるじゃねぇか!」
「お上だからって調子にのってんじゃねーぞ!」
「そんなことやってる暇があるなら真面目に働けー!」
町を絶体絶命の危機から救ったカズマを犯罪者扱いするセナに、周りの冒険者は容赦なく罵声を浴びせる。当のセナはどこ吹く風、と言わんばかりに自分の長い黒髪を掻き上げた。
「み、みんな……」
今、この場にいる全員が味方となり、自分への不当な扱いに憤ってくれている。その事実にカズマは目頭が熱くなった。
「言い忘れていたが、こいつを庇った場合は共犯者と見なして連行する」
四方八方から浴びせられる罵詈雑言を物ともせず、セナは堂々と言い切った。瞬間、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
「て、てめぇら……」
今、この場にいる全員は無関係な他人となった。自分への不当な扱いを糾弾してくれる者は一人もいない。その事実にカズマのこめかみに青筋が浮かぶ。
「なんだよそれ……おかしいだろ!」
いや、一人だけ。それでも彼の味方となる者がいた。
一体誰だ。とギルド内の全ての人間が、臆さずにカズマを擁護する人物を探す。
「カズマがあの時なんとかしてくれなかったら、町どころかみんな死んでたかも知れないんだぞ!」
それは黒髪の少年だった。カズマと同じく若くして人生の幕を閉じ、この世界へ転生してきた人物――
「それだってのに、あんたはカズマをテロリスト呼ばわりするのか!!」
千翼はセナから目を逸らさず、彼女を真っ直ぐに見据えて抗議の声を上げる。
「それは理解しよう。しかし、そのせいでとある人物が甚大な被害を被ったのだ」
「被害者……?」
まさか。とカズマの顔が真っ青に染まった。
「爆発寸前だったコロナタイト。それがこの地を治める領主殿の屋敷に転送されたのだ」
「そんな……お、俺の……俺のせいで犠牲者が……」
「勝手に殺すな! 幸いにも使用人は全て出払っていたし、領主殿は地下室にいたから死者は一人もいない。その代わり、屋敷は文字通り跡形も無く吹き飛んだがな」
偶然とは言え殺人を――と思い込んでカズマは震える両手を見つめ、すかさずセナが訂正の突っ込みを入れた。
「デストロイヤー襲来に乗じて偶然を装い、コロナタイトを領主殿の元へ転送。不幸な事故の犠牲者、という形で亡き者にしようとした。と私は疑っている」
「カズマがそんなことする訳ない! 言いがかりも大概にしろ!!」
理論立てて冷静かつ理知的に話すセナと、感情にまかせて思ったことをそのまま口にする千翼。このまま論争が続けば千翼がどうなるかは明白であった。
「これ以上その男を庇うようなら、貴様も共犯者と見なして連行することになる」
「脅しのつもりか? それくらいで」「千翼、もう十分だ」
更にヒートアップする千翼を宥めたのは、他でもないカズマであった。啖呵を切ろうとしていた千翼を落ち着き払った声で制止し、セナに近付いて両手を差し出す。
「ほら、手錠でもなんでもかけてくれ。俺は逃げねぇよ」
「やっと罪を認める気になったか、殊勝な心がけだな」
「いーや。俺は絶対に、それこそ死んでも認めないね」
不敵な笑みを浮かべ、カズマはセナに堂々と言い放つ。
「よろしい。貴様の言い分は取り調べでたっぷりと聞かせてもらうとしよう。連れて行け」
セナの後ろに控えていた二人の騎士が、カズマの両脇を固める。彼女が踵を返して出口へ向かうと、それに合わせて騎士とカズマも歩き出した。
「あ、あの! 私がテレポートを……」
「ウィズ、カズマの思いを無駄にしちゃダメよ。自分を犠牲にして私たちを庇ってくれたんだから。カズマが出所したら、その時は暖かく迎えてあげましょう」
「アクア、てめぇマジで覚悟しとけよ」
さもカズマの有罪が決まったかのように、アクアはウィズに語りかける。カズマはアクアを、これ以上無いほどの怒りを込めた目で睨み付けた。
「カズマ……」
「心配すんなって、サクッと無罪を証明して大手を振って帰ってきてやるよ。ついでに犯罪者扱いした国から賠償金をふんだくってやるぜ」
不安げな目で見る千翼に、カズマは余裕の笑みを見せた。そして左右の騎士に促され、セナと共に彼は冒険者ギルドを出て行った。
その後ろ姿を、千翼は最後まで見送り続けた。
◆◆◆
その日の真夜中のことだった。静寂の世界に爆発音が鳴り響き、大地を揺らす。
「な、なんだ?」
屋敷の自室で寝ていた千翼は音と衝撃で飛び起き、急いで窓から外の様子を伺う。丘の向こうから煙が夜空に昇っていた。
「なにか爆発したのか……?」
呆然と煙を眺めていると、町の方から幾つもの明かりが爆心地に向かっていくのが見えた。恐らくは警察や消防の人間達だろう。
爆発のことは確かに気になるが、翌朝からは予定がある。寝過ごす訳にはいかないので、窓を閉めると千翼は再びベッドに潜った。
◆◆◆
「ここだな……」
カズマが連行された翌日、朝早くから千翼はとある建物の前にいた。冒険者ギルドに負けず劣らず立派な作りであり、見ているだけでも圧倒される。よし。と気合いを入れて千翼は『警察署』と書かれた門をくぐった。
警察署内では、制服を着た職員が忙しそうに駆け回っていた。電話の着信音がひっきりなしに鳴り響いており、机の上に山積みにされた書類を次から次へと事務員が片付けている。
カウンターでは町の住民と職員がやり取りをしており、その後ろでは順番待ちをしている数人が椅子に座って暇そうにしていた。
「面会の受付は……」
『総合受付』と書かれた札が、天井から吊るされているカウンターに近付き、そこに置いてある番号札に手を伸ばす。近くを通りかかった職員と一瞬だけ目が合った。ごくりと千翼は唾を飲み込む。
当然ながら、千翼は犯罪行為は一切していない。文字通りの善良な一般市民である。しかし、警察署という普段ならばまず訪れることのない場所であること、これからまだ容疑者とはいえ国家転覆罪に問われているカズマとの面会という、ドラマや映画でしか見たことのないようなことをするので、言い知れぬ緊張が体を強張らせる。
落ち着け、俺はカズマとの面会に来ただけだ――自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと深呼吸して心臓を落ち着かせる。それでも心なしか、署内にいる全ての人間が自分を監視しているような気がした。
カウンターに置かれている番号札を取り、待合席に座る。署内の備品やポスター、住人同士の雑談に聞き耳を立てながら、千翼は自分の番が回ってくるのを待ち続けた。
「番号札六番の方、どうぞ」
自分の持つ札の番号が呼ばれ、千翼は席から立ち上がる。緊張しながらもカウンターへと進み、受付の若い男の職員へはっきりと、そして落ち着いた声で用件を伝えた。
「あの、面会をしたいのですが」
「はいはい、面会の希望ですね。それではこちらに自分と、面会を希望する相手の名前、それと身分証明書の提示を。差し入れがあったら事前に提出をお願いします」
若い職員は紙が挟まれたクリップボードとペンを差し出し、千翼は冒険者カードを出した。カウンターの上で二人が出した物が交換され、千翼は紙に自分の名前とカズマの名前を記入する。
「えーと、冒険者で名前は……」
男性職員は千翼の冒険者カードを確認し、名前を見たところで怪訝な表情を浮かべ、言葉が途切れる。その間に千翼はペンを走らせ、紙に自分とカズマの名前を書いた。
「書きました」
「はい、ありがとうございます。ところで……君はもしかしてチヒロくんかい?」
「え? はい、千翼ですが……」
「やっぱり! 君が噂のチヒロくんか」
どうやらこの職員は千翼のことを知っているらしい。しかし、当の千翼は目の前の男に見覚えなど全くなかった。首を傾げていると、職員の男は嬉しそうな顔で事情を話し始める。
「デストロイヤーを撃破したあと、カズマくんがあちこちで事あるごとに、自分がどれだけ頑張ったかを話すんだけどね。その際に必ず「あの時チヒロが居なかったら、間違いなく死んでいた」って言ってたんだ。そっかぁ、君がそのチヒロくんか」
男から伝えられた事実に、千翼は驚いた。まさかカズマが自分の事を喧伝(けんでん)しているとは思わなかったからだ。そもそも、千翼本人はデストロイヤーとの戦いでは大した活躍はしてないと思っていたため、作戦を指揮した一番の功労者であるカズマが、自分をここまで評価しているとは想像もしていなかった。
「今日はカズマくんの面会に来たんだね」
「はい」
「普通ならば一生縁の無い場所だからね。それに、留置場の環境って俺たちから見ても酷いもんだからさ、こんな場所に無理矢理連れてこられたら、精神的にかなり参っちゃうからね。彼を元気付けてあげて。きっと喜ぶよ」
「はい!」
千翼は元気よく答えた。その後、面会に関するいくつかの説明を聞いた後、職員の男に案内された面会室は、ドラマ等でよく見る放射状の穴が開いた透明な板で仕切られた部屋だった。
仕切りの前に置かれた椅子に千翼は座り、荷物を足下に置く。今か今かとそわそわしながら待っていると、向こう側の部屋の扉が開かれた。
「面会十五分までで、延長は認められない。また、不審な会話があった場合は即座に面会は中止だ。覚えておくように」
入ってきた鎧姿の騎士は、自分の後ろにいる人物に注意事項を伝えると、扉の横に控える。そして、開かれた扉から眠そうな顔をしたカズマが姿を現した。
「カズマ!」
「え……ち、千翼!?」
気怠そうな顔に半開きの寝惚け眼は、一瞬で驚きの表情に変わる。
「どうしてここに……」
「ここは町で一番大きな警察署だから、カズマは間違いなくそこに留置されている。ってルナさんから聞いたんだ。だからすぐに面会に来たんだよ」
なるほどなぁ。とカズマは椅子に座りつつ納得した。
「大丈夫? 何か酷いことされてない?」
「牢屋の内装が粗末なことと、飯が大して旨くないこと以外は大丈夫だ。いきなり「お前との面会を希望する者が来た」って叩き起こされて、そのままここに連れてこられたんだけど……まさか千翼だったなんてな」
そう言ってカズマは小さく笑う。
「今日は昼から取り調べがあるみたいなんだ。そこで俺の潔白を証明できれば、晴れて娑婆に戻れるってわけ」
「大丈夫? あの検察官、カズマのことを完全に犯人扱いしてたけど」
「まぁ、警察や司法は疑うのが仕事って言うからな。なーに、あれは緊急事態で本当にやむを得ずしたことだからな、少なくともテロリストだの魔王軍だの言わせるつもりはねぇよ」
そういってカズマはふんぞり返り、大きな鼻息を吐いた。その姿に千翼が苦笑する。
「あー……ところで千翼。昨日の騒ぎについて何か知ってるか?」
「騒ぎ? そういえば夜中に爆発があったみたいだけど……事故でもあったの?」
「ああ、いや。知らないならいいんだ! うん!」
カズマは慌てて首と手を振る。その様子から寧ろカズマの方が何かを知っている様子で、千翼は頭に疑問符を浮かべた。
「それにしても……千翼は本当に良い奴だよ……。あの検察官が来たときも最後まで俺の味方をしてくれて、連行された次の日の早朝に面会に来てくれるなんて……まさに聖人だ……」
「大袈裟だよ」
千翼の優しさに思わず目頭が熱くなり、カズマは目元を拭う。ここまで褒め称え、賞賛してくれるカズマに千翼は照れ臭そうに笑った。
その後、二人は他愛のない話や、未だに残っているカズマの借金返済に関する計画など。面と向かって話す機会が無かったため、様々な話題で盛り上がった。
しかし、とうとう時間がやってくる。
「時間だ。牢屋に戻るように」
控えていた騎士はカズマの後ろに立ち、面会の終了を伝える。カズマは寂しそうな顔を浮かべた。
「あ、もう十五分経ったのか……千翼、それじゃあな」
「うん、カズマも体に気を付けて」
名残惜しそうな顔をしつつもカズマは席から立ち上がり、部屋の出入り口へ向かう。
「カズマ」
部屋から出る直前に千翼から呼びかけられ、カズマは思わず足を止めた。
「俺は他の誰がなんと言おうと、カズマの無実が証明されるって信じてるから」
千翼の真摯な思いと言葉に呆けたカズマは、次いで不敵な笑みを作る。
「へっ……あたぼうよ。すぐに娑婆に戻るから、その時は一杯やろうぜ!」
千翼に屈託のない笑顔と立てた親指を向け、カズマは意気揚々と面会室を出て行った。その後ろ姿を見送ると千翼は荷物を手に取り、面会室を後にした。
◆◆◆
その日の夜。深夜の時間帯に爆発音と地響きがアクセルの町を襲った。
「またか……」
さすがに二度目となると、ある程度は落ち着いた千翼は、窓を開けて外の様子を確かめる。昨日と同じく、丘の向こう側から黒煙が立ち上っていた。
「本当になんなんだろ……」
欠伸をしてから窓を閉めると、そそくさとベッドに戻り。千翼は寝息を立て始めた。
◆◆◆
カズマが連行されてから三日が経った。その日、アクセルの町にある裁判所には大勢の人間が詰めかけていた。法廷では老若男女が傍聴席に座り。これから始まる裁判を今か今かと待ち侘びている。
そして法廷中央の証言台には、手錠をかけられたカズマが、力なく俯いていた。
「全く、なーにが「サクッと無罪を証明してくる」なのよ。ここまで来たからにはやるしかないわ! 安心してカズマ、女神である私があの検察官を完璧に論破してやるんだから!」
「ふっふっふ……法廷……すなわち互いの意見と証拠をぶつけ合い、どちらが正しいかを証明する、謂わば知恵の闘技場……。私の独壇場では無いですか! 紅魔族の知力の高さ、存分に見せてあげましょう!」
カズマの右側に立つアクアとめぐみんの二人は、妙に張り切っていた。
「その……カズマ。もしもの時は私が何とかする。だから心配するな」
「弁護なんてやったことないけど……できる限りのことはしてみるよ」
カズマの左側に立つダクネスと千翼は、不安混じりの声でカズマを励ます。
「千翼……マジでお前だけだが頼りだ……」
「まぁ……頑張ってみるよ」
絶望に満ちた表情でカズマは千翼に縋り付いた。
この世界では弁護士という職業は存在しないため、代わりに家族や友人等が被告の弁護を行うことになっている。カズマの仲間である四人は、弁護士として今回の裁判に出廷していた。
五人が立つ証人台の左側の原告席では、セナが相変わらず鋭い眼差しをカズマに向けている。そして彼女の隣には、髪と同じ金の口髭を生やした、肥満体型の男がダクネスに熱い視線を送っていた。
「なぁ、ダクネス。さっきからお前を見ているあのオッサン……」
「ああ、あれこそ今回の被害者。アレクセイ・バーネス・アルダープだ」
「いかにも絵に描いたような悪徳領主って感じだな……」
「実際、彼奴からは碌な噂を聞かん。領主の恥さらしだ」
カズマが小声でダクネスに尋ねると、彼女は嫌悪混じりの声で男の正体を明かす。当のアルダープは、カズマとダクネスが会話している姿を見ると、怒りの籠もった視線をカズマに向けた。
その時、法廷の正面の席に座る裁判長が木槌で机を叩き、いよいよカズマの命運を分ける裁判が始まる。
「静粛に! これより国家転覆罪の容疑がかけられている被告人サトウカズマの裁判を始める! なお、裁判中は私語を慎むように。また、全ての発言はこの嘘を見破る魔道具が判定するため、真実のみを話すように!」
そう言って裁判長は机の上に置かれた、天使と悪魔の羽飾りが付いたベルを指す。よく通る声に、傍聴席のざわめきは止んだ。ホール内は静まり、辺りに緊張感が走る。
「それでは検察官、起訴状を」
セナが立ち上がり、手元の紙を広げて内容を読み上げる。
「被告人サトウカズマは、この町に襲来したデストロイヤーを他の冒険者と協力して撃破。その際に動力として使われていたコロナタイトが爆発寸前の状態であったため、被告人はこれをテレポートさせるように指示。結果、コロナタイトはアルダープ殿の屋敷に転送され爆発。幸いにも犠牲者は出ませんでしたが、これにより被害者であるアルダープ殿は屋敷を失い、現在はこの町での宿暮らしを余儀なくされております」
セナの言葉に、被害者であるアルダープがうんうんと頷く。
「取り調べの結果、テレポートの件は緊急措置としてやむを得ず行ったことは、間違いないことが証明されました。しかし――」
ここでセナは言葉を句切った。ホール内が静寂で満たされ、注目と視線が彼女に集中する。
「取り調べでの「魔王軍の関係者、若しくは魔王の幹部と何らかの関わりや交流はあるのか?」という質問を被告は否定。その際に魔道具が反応しました」
裁判所内が大きくざわめいた。全ての人間の視線が中央に立つカズマに突き刺さる。ビクリと肩を震わせ、カズマは身を縮めた。
アクアは額に手を当て呆れたような表情を。千翼、めぐみん、ダクネスの三人は「あ……」と口を半開きにして、魔道具店を営む
「以上のことから、この男は魔王軍の関係者である疑いがあります! 裁判長、人類を裏切り、魔王軍に寝返ったこの男に有罪を!」
堂々と言い切ったセナは着席した。彼女の隣に座るアルダープは、勝ち誇ったような笑みをカズマに向けている。
「なるほど、わかりました。続いて被告人と弁護人。陳述を」
ようやく自分の番が回ってきた。とカズマは気を取り直し荒く鼻息を吐く。
「よーし、こうなりゃ徹底的にやってやる……」
「――そして、俺は町を壊滅の危機から救った訳ですよ。魔王軍幹部ベルディアの討伐、機動要塞デストロイヤーの撃破。今まで誰もできなかった偉業を二つ! 二つも俺は成し遂げたんですよ! それなのにこの扱いだ。国から表彰されてもいいと思うんですけどね」
たっぷりと嫌味を込めて、カズマはいかに自分がこの町に貢献しているのか。そしてテロリストでも魔王軍の手先でも無いことを証明するために、自分の活躍を語った。ちなみに、彼が話した内容は少々大袈裟に語られていた。
カズマの陳述中、魔道具を逐一確認していた裁判長は、最後まで道具に反応が無かったことに戸惑いつつ気を取り直す。
「う、うむ。魔道具が反応しないところを見ると、被告の陳述に嘘は無いようですな……。それでは検察側、反論はありますか?」
「はい。被告の有罪を証明するため、証人をお呼びします」
出入り口に立つ騎士にセナが合図を送ると、騎士は頷いて法廷を出て行った。
「これより、被告がテロリスト、及び魔王軍の関係者であることを証明いたします。今から被告のことをよく知る証人達に証言を行ってもらいます。それを聞けば、この男がどのような人間であるかきっとお分かりいただけるかと」
セナが言い終わると、法廷の扉が開かれた。
「それでは、証言をお願いします!」
一人目の証人が入廷してくる。
「それでは、貴方は公衆の面前で下着を剥ぎ取られ、しかも「返して欲しければ金を払え、さもなくばこの下着は奉られ。多くの人々に参拝されるであろう」と脅迫された。間違いありませんね? クリスさん」
一人目の証人、頬の刀傷と銀髪が特徴的な盗賊の少女クリスは、躊躇いがちに小さく頷いた。
「え、ええと。まぁ、その通りです……。でも、それを言ったら私は先に彼の財布を――」
「なるほど、ありがとうございました。次の証人を!」
「おい! クリスはまだ言い終わってないぞ! 勝手に打ち切るな!」
カズマの叫びも虚しく、半ば強制的にクリスは退廷させられた。
「貴方は愛用していた剣を奪われ、後日返却を求めたところ既に売り払われていた。これは事実ですか? ミツルギさん」
二人目の証人、カズマや千翼と同じく日本からの転生者であるミツルギは、困ったように頬を掻きながら肯定した。
「まぁ、その通りですが……しかし、あの時は勝負の結果そうなった訳だから、僕もグラムの所有権については――」
「その男! 汚い手を使ってキョウヤを気絶させたんです!」
「それだけでじゃなくて。私たちが文句を言ったら、それはもういやらしく手を動かしながら「それ以上言うと俺のスティールがここで炸裂するぜ」って脅してきたんです! あれは間違いなく破廉恥なことを企んでいたに違いありません!」
ミツルギが言い終わる前に、彼の仲間である二人の少女が証言を遮ってカズマを非難した。二人の発言に法廷内の視線がカズマに集中する。
「ふむ……証言ありがとうございました。被告、妙に女性に関するトラブルが多いですね?」
「クッソ、あんのアマども……」
未だに何かを言おうとするミツルギの背中を押しつつ、二人の少女はカズマに向かって舌を出しながら、法廷を出て行った。
「よぉ、カズマ。親友である俺が来たからにはもう大丈夫だ! お前の正当性と潔白を証明する完璧な証言を――」
三人目の証人、カズマの親友だと主張するダストは、自身たっぷりに証人台に立った。
「すみません、その男はただの知り合いです。友人でもなんでもありません」
「……魔道具が反応しないところを見るとそのようですね。失礼しました。証人、お引き取りください」
「お、おい! 何でだよ! 同じ留置所の飯を食った仲だろ!? 俺とお前の絆は――」
騎士に両脇を担がれ、ダストは証人台から引きずり下ろされた。最後まで喚いていたダストが扉の向こうに消え、法廷に再び静寂が戻ってくる。
現在、カズマの旗色は非常に悪かった。取り調べでの質問に対する魔道具の反応、証人達による人間性に関する証言。それらが原因で裁判長の心証はかなり悪くなっているらしく、厳しい目でカズマを睨んでいた。
もはや自分の無実を証明することは不可能だと確信したのか、カズマは力なく項垂れていた。諦めの色が漂うカズマを見て、千翼が静かに挙手する。
「裁判長、俺からも言いたいことが」
「弁護人、発言をどうぞ」
千翼はカズマを一瞥すると、短く息を吐いて呼吸を整える。
「これは、俺がカズマと初めて出会った時の話だ」
そして、千翼はこの世界に降り立った時の出来事を話し始めた。
「俺はこの町に来たばかりで勝手が分からず、とりあえず冒険者ギルドで説明を聞いて、冒険者になろうと思った」
アクアとめぐみんが横目で千翼を見て、うんうんと小さく頷く。
「でも、俺は金を一切持っていなくて、登録料が払えなかった。そんな時に俺を助けてくれたのが、カズマだったんだ」
俯いていたカズマはその時のことを思い出し。ゆっくりと隣に立つ千翼に顔を向ける。
「あとから知ったんだけど、カズマはかなりの借金を抱えていて。それなのに赤の他人である俺の代わりに、登録料を払ってくれたんだ」
ほう。と裁判長が小さく感心の声を漏らす。セナは意外そうな顔でカズマを見た。
「普通だったらそんなことする余裕は無いし、そもそも助ける義理も無い。でも、俺を助けてくれた。あの時カズマがいなかったら、俺は間違いなく野垂れ死んでいた」
この場で初めて語られた、カズマのかつての善行に、傍聴人たちが小声で話し合う。
「仮にカズマがテロリストか魔王軍の仲間なら、俺を無視していたはずだ。国を支配するか滅ぼすことが目的の奴が、そんな無意味なことをするはずがない!」
千翼は堂々と言い切った。最後の言葉にカズマは身を震わせ、頭を更に俯かせる。次いで口を固く結んで、喉の奥から漏れそうな声を必死に押し止めていた。
裁判長、セナ、アルダープが魔道具を凝視するが、ベルが鳴ることはなかった。
「ふむ、そんなことが。被告人、念のために確認しますが、今の話は事実ですか?」
「え、ええと……はい、確かに登録料を代わりに払いました……」
ちら、と裁判長は魔道具を見るが、ベルは最後まで沈黙を守っていた。
「どうやら、被告の人間性を見直した方が良さそうですな」
そう言って、裁判長の目つきが幾分か柔らかくなる。
――俺、最低な人間だ。
対して、カズマは今にも罪悪感で押し潰されそうだった。あの時、千翼を助けたのは転生者としての戦力目当て。つまりは完全な打算目的で近付いたのだ。
それなのに当の千翼は、あの時の手助けを善意による物だと思っている。更にその時の出来事を、窮地に陥った今になって話し、カズマのピンチを救った。
今すぐにでも千翼に土下座して、あの時のことを詫びたい衝動に駆られるが、今は自分の裁判中である。
いつか、絶対にこのことを謝ろう。そのためにも自分の無実を証明せねば。カズマは静かに決意を固めた。
「いいえ、裁判長。それは大きな間違いです」
和やかな空気になった法廷に、セナの冷たい声が響く。
「もしかしたら被告は一時の気まぐれか、ただの偶然で弁護人を助けた可能性があります。それに、今までの証言によって明らかにされた被告の問題に比べれば、実に微々たる物」
「ちょっとあんた、人のいい話にケチ付けるつもり!?」
「いくら検察官といえど、言って良いことと悪いことがありますよ!」
水を差すセナに、アクアとめぐみんが抗議する。
「いいえ、検察官だからこそです。普段は悪行ばかりしている人間が、ちょっと親切をしただけでまるで聖人のように見える。その逆もまた然り。私は法に携わる人間として、情に流されない客観的な視点を常に心がけています」
飽くまで自分は、情では無く事実に基づいて人間を判断している。そう主張したセナは眼鏡を少し持ち上げると、カズマを冷たい目で見据えた。
「被告、もし貴方が本当に魔王軍の関係者でないのなら、今から私がする質問に正直に答えてください」
「わ、わかった……」
どこか余裕のあるセナの態度と雰囲気に、カズマは固唾を呑む。背筋を悪寒が走った。
「質問です。被告は本来であればアンデッドしか使えないスキル『ドレインタッチ』を使用していたとの目撃情報があります。被告、このスキルをどこで、誰から教わりましたか?」
「そ、それは……」
言い淀んだカズマの額から、滝の如く冷や汗が流れ落ちる。視線が宙を彷徨い、酸素を求めて口が幾度も開閉する。
「答えられませんか? それもいいでしょう。しかし、今の私の質問に答えられないということは、なにかやましいことがある。と思われても仕方がありません。そのことをよく理解するように」
憤ることも無く、冷静にセナはそう言った。しかし、彼女の隣に座る人物はそうではなかった。とうとう我慢の限界を迎えたのか、アルダープが勢いよく立ち上がりカズマに指を突き付ける。
「裁判長、もう十分だ! この男は偶然を装ってワシの屋敷に爆発物を送りつけ、殺そうとした! 今までの発言といい証拠といい、そして今の質問に対する反応! この男は間違いなく魔王軍の手先だ! 今すぐ死刑判決を!!」
「原告、静粛に。判決はまだ出せません」
しびれを切らしたアルダープは、声を荒らげてカズマへの死刑判決を求める。裁判長は穏やかな声でそれを制止した。
絶体絶命の危機に追い込まれ、もはやこれまでかと諦めかけていたカズマの耳に、アルダープの『魔王軍の手先』という言葉が聞こえた。脳内に閃きが走る。
「しかし裁判長、傍聴人達もきっと分かっているはずだ。この男は――」
「俺は魔王軍の手先じゃ無い!!」
アルダープの発言を遮り、カズマは堂々と発言した。
「いいか、もう一度言うぞ。俺は、魔王軍の、手先じゃ無い」
ホール内にいる全員に発言が聞こえるよう、今度は言葉の一つ一つを区切る。セナ、裁判長、アルダープの三人は慌てて机上の魔道具を見た。ベルは鳴らなかった。
「裁判長、今の俺の発言に魔道具は反応しませんでしたね? つまり俺は魔王軍の手先では無いことが証明されました。検察が魔道具の反応を証拠にするなら、今の俺の発言は十分な証拠になります」
してやったり。という顔でカズマはアルダープを見ると、顔を真っ赤にし殺意すら感じる眼差しで、身の潔白を証明したカズマを睨んでいた。
「確かに、被告の今の発言に魔道具は反応しなかった。検察側は魔道具の反応を根拠に被告を訴えましたが、これでは証拠能力として疑わしい。判決を言い渡す、被告人サトウカズマは無罪と――」
「何をおっしゃいます裁判長、この男が有罪なのは明白です。ささ、死刑判決を」
判決を言い渡そうとした裁判長を遮り、アルダープは飽くまでもカズマの死刑を求めた。じっと裁判長を見つめる。
「……そうですな、被告が有罪なのは明白。判決を言い渡す、被告人サトウカズマは有罪。死刑とする」
そして、先程と真逆の判決を言い渡した。法廷が水を打ったように静かになる。
「ちょっと待て、おかしいだろ!! なんでさっきと言ってることが真逆なんだ!!」
いきなり判決を覆され、カズマは怒鳴り散らしながら裁判長へ猛抗議した。
「……ハッ、わ、私はいま何を?」
裁判長は自分が下した判決に首を傾げ、困惑していた。その様子を見て、何かに気が付いたアクアがアルダープを指差す。
「ちょっと待った! さっきそこの男から邪悪な力を感じたわ! きっと何か隠していることがあるはずよ!」
「ええい、うるさいぞ小娘! 判決は下ったんだ! 大人しく結果を受け入れろ。見苦しいぞ!!」
「あ、アルダープ殿、落ち着いてください! 裁判長も直前で判決を変えるとはどうされましたか!? それと被告! 気持ちは分かるが静かにしなさい!」
「うっせぇ!! こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際だぞ!! 一度無罪判決は出たんだ、絶対に黙らねぇ!!」
カズマは声を更に大きくして自分の無罪を主張し、対するアルダープは有罪を認めろと叫ぶ。二人のヒートアップしてゆく口論に感化されたか、傍聴席からも声が上がった。
「おい、裁判長! 相手が貴族だからって忖度しやがったな!!」
「それでも法の番人かー!!」
「恥知らず!!」
一度は無罪判決を出したにも関わらず、アルダープが促した後に有罪判決を下した裁判長に、傍聴席から非難の声が
「ち、違う! 私はそんなつもりでは……せ、静粛に、静粛に!! せ――テメェら静かにしろつってんのが聞こえねぇのか!!!」
とうとう堪忍袋の緒が切れた裁判長が、木槌を傍聴席目掛けて投げ付けた。それが口火となり、傍聴人達は裁判長へ殴りかかろうとする。
警備兵が暴徒と化した人々を必死に押し止め、その後ろではカズマ達とアルダープが言い争い、裁判長が腕捲りしファイティングポーズを取って傍聴人達を迎え撃つ準備を、セナが何とか場を収めようと右往左往していた。法廷はまさに混沌の坩堝と化す。
しかし、今にも乱闘が起きそうな法廷の中で、一人だけ沈黙を貫いている人物がいた。その人物は握り拳をゆっくりと振り上げると、次の瞬間勢いよく振り下ろす。証人台の手摺りが叩かれ、轟音が鳴り響いた。あれだけの大騒ぎが、一瞬にして静まった。
「皆、静粛に。ここは法廷だ。裁判を行う場であって乱闘をする場では無い」
静かに、されど凜とした声で人々を窘める。法廷内の全ての視線が、手摺りへの一撃を以て場を収めた人物――ダクネスへと集まっていた。
「裁判長、此度の裁判少し待っていただきたい」
そう言ってダクネスは胸元に手を入れると、ペンダントを取り出した。それをこの場に居る全員に見えるよう、頭上に掲げる。初めは胡乱げな目で見ていた裁判長は、ペンダントに描かれている紋様を見た途端、驚きで目を見開いた。
「あ、あなたは!」
「そんな……まさか……!」
裁判長だけでなく、セナも口に手を当てて驚いていた。
「私の名はダスティネス・フォード・ララティーナ。裁判長、ダスティネス家に名に於いて、どうかこの裁判を私に預からせてほしい。時間さえ貰えれば必ずや、このサトウカズマの潔白を証明してみせる」
ダクネス――ダスティネス・フォード・ララティーナは、静かに告げた。
Q:千翼はカズマが打算目的で近付いてきたことを知っているんじゃ無いの?
A:この辺りについては、後の展開で描写します。予定だと11話の前後辺りになりそうです。