ミュージカル「5Gハムレット」の続き。
死後の世界で、ハムレットは親友ホレイショーと再会する。

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「なくなり、のこる物語」

ここに時間は無い。空間も無い。だから、わが身も無い…はずである。

たしかに、何も感じない。上も下も、右も左もわからず、目も耳も手も足も、いっさい応えてはくれない。

なのになぜ、自分はまだ「在る」のか。

 

死後には三つの世界がある、と教えられてきた。

正しき人の行く天国。

悪人の行く地獄。

そして、その間にあるという煉獄。

 

もしや、自分がいるのは煉獄なのだろうか。

地獄なら、叔父・クローディアスがいるはずだ。

王座欲しさに兄王を毒殺し、兄嫁を娶った。あれほど極悪な獣が、地獄に落ちぬはずはなかろう。

だが、ここに彼はいない。

ならば、ここは地獄ではないという証左ではないか。

 

ここにいない死者は、地獄にいるか天国にいるかのどちらかだ。

 

何ひとつ罪を犯さなかった、愛しい哀れなオフィーリア。

彼女は最後まで心清かった。無邪気に花を摘み、歌いながら水に沈んだという。       

脆き女ゆえに道を過った、母・ガートルード。

だが母は、わが身に毒杯を引き受けてまで、息子を救おうとした。

あの二人は、天国に行くべきだ。

レアティーズもここにいないということは、彼の罪は許されたのだろう。

もとより、地獄に落ちるほどの罪ではなかったのだ。

 

自分はといえば。

地獄でなく、このよくわからぬ場所にいるのは、神の恩情なのかもしれない。

少なくとも自分は、我欲を満たすために殺人を犯したのではないのだから。

そして今、叔父への憎しみも、母への怒りも「死」が清め、洗い流してくれた。

残るのは、後悔ばかりだ。

to be, or not to be.

人生とは、つまるところ選択の積み重ねにすぎない。

自分はいくつもの選択を誤り、結果として、死ななくてもよかった人々を死なせた。

叔父を討ち果たして復讐は遂げたが、罪なき人々の死に対する罪は消えはしない。

こうして心を切り刻み続けていれば、しまいには一片のかけらまでも消え失せて、ほんとうに「なくなる」ことができるのだろうか。

そのときを、ここで待ち続けていればいいのだろうか。

 

しかし、寂しい。

愛する者たち、誰ひとりここにはいない。

いつ果てるとも知れない、無為の時間、孤独の時間。

この底知れない寂しさこそ、自分に与えられた罰なのかもしれない…。

 

 

 

ハムレット様…ハムレット様…

 

遠くから呼びかける声に、聞き覚えがあるような気がした。

何も聞こえるはずがないのに。自分にはもう耳がないのに。

これは、まだ未練たらしく残っている心が作り出した幻覚か。

 

ハムレット様…

 

声は、少しずつ近づいてくる。

 

「ハムレット!」

 

思わず、目を開ける。

開けてみるまで、目があるとも思っていなかった

聞こえるまで、耳があるとは知らなかったのと同じく。

 

初めは、ただ闇が広がるばかりだったが、目をこらすと、ぼうっと薄明るくなってきた。

そして、夜明け前のような仄暗さの中に、懐かしい顔がふわりと浮かびあがった。

「ああ、やっとお会いできました!」

嬉しそうに駆け寄ってきたのは。

「ホレイショー!? なぜ、君がここにいる? 君が行くべきは天の国だろう。清廉で忠実な、騎士の鑑ともあろう君が」

「わたしも、最後に罪を犯しましたので」

罪悪感のけぶりも見せず、彼は淡々と語る。

「お言いつけどおり、わたしはあなたの『物語』を折にふれては語り伝えてきました。ノルウエーのフォーティンブラス公がデンマーク王家を受け継がれてからは、先の王朝の家臣として30年の余もお仕えしました」

ホレイショーは、ひょうきんに眉を吊り上げた。

「ある朝、自分がすっかり老いていることに気づきまして。さらには、病に冒されていることにも。そのとき、思いついたのですよ。殿下のもとに行くなら、今、決断すべきだと」

「決断だと…?」

胸騒ぎがした。ホレイショーは、いったい何をしたのか。 

to be, or not to be…

「でも、もう首を掻き切る力もなかったので、無念ではありましたが、あの卑劣漢の真似をしました。寝酒に、毒をひとたらし」

「なんということを、ホレイショー! 自死は罪だ、天の門をくぐることはできない!」

「はい。ですから、ここに」

右手を胸に当て、芝居がかったお辞儀をする。

「さすがに寿命が近かったので、それほど重い罪ではなかったのでしょう。地獄落ちは免れたようです」

「はやまったことを…。ここには時間が無く、だからこそ、際限なく時間があるのだ。永遠の居場所を、天国以外に求めようとは」

「二人でいれば、退屈はしませんよ。またお芝居の話でもいたしましょう。楽しかったですね、あのころは」

ホレイショーはふと、真顔になった。片膝をついて、叙爵の沙汰を待つかのように、頭を垂れる。

「いつか、罪を贖って、天国に行けるまで。あるいは永劫の果てに、復活の日が訪れるまで。おそばに仕えることをお許しください」

「ホレイショー…仕えるなどと口にしてくれるな」

ハムレットは友の手を取り、立ち上がらせた。驚いたことに、今は手も足もある。抱きしめる腕も、からだも。

「わが友よ。ただ、そばにいてくれ。ともに『なくなる』そのときまで」

 

 


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