もう一度、あの夏を振り返る~鴎アフター~   作:八咫鏡光

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どうも!「hamati」と申します。鴎ファンの一人であるこのわたくしがかねてより考えていた「鴎アフター」ついに第一話完成しました。他の作者もすでに考え、投稿してるであろう『鴎のアフターss』
皆さんにあうかどうか分からないですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです!
それでは、第一話スタートです!


第一話「失った記憶」

「レントゲン、脳波‥‥‥あらゆる検査を行いましたが、特に異常は何も見られませんでした」

 

 診察室のモニターに映るレントゲン写真を眺めながら、男性医師は向かいの席の女性にそう説明した。

 

「あの‥‥‥。つまりそれって‥‥‥」

「ええ。命に別状はありません」

「良かった」

 

 そう言って、女性は胸を撫でおろす。しかし、対する医師は渋い顔のままだ。

 

「ただ‥‥‥」

「ただ?」

「彼はまだ意識不明のままなので、実際はどうなのかは分かりませんが‥‥‥。最悪、記憶喪失の可能性も捨てきれません。彼がなぜこの島の浜辺で倒れていたか‥‥‥。海水を多く飲んでいる感じからして、海に溺れたと容易に推測は出来るのですが‥‥‥」

 

 件の患者は、島の浜辺で倒れていたのをたまたま歩いていた人によって発見された。運ばれたとき、木くずや細切れの海藻がいくつもついていて、治療の際にも、多くの海水を胃の中に含まれていたため、海に溺れたのではないか?‥‥‥っとすぐに分かったが、なぜ彼が、溺れたか?彼は海で何をしていたかまでは、あいにく彼が目を覚まさないままなので、そこまで掴めていなかった。もしかすると、向かいの席にいる患者の知り合いと思しき女性なら何か知っているかもしれない。医師は女性に手がかりをたずねた。

 

「あの、彼について何か心当たりを知っていますか?」

「う~ん‥‥‥」

 

 女性はしばらく考え込んでいた。もちろん、この女性が全てを知っているとは限らない。万が一の可能性をかけて、医師は女性に心当たりをたずねた。

 

「私も、その子が何故あんな決断をしたのかは分からないのですが‥‥‥」

「決断?」

「ええ?実は――――――」

 

*****************************************

「ふむ‥‥‥、そういうことでしたか。ありがとうございます」

「あのー、あの子はその後‥‥‥」

「彼が目覚めるまで、しばらくはこの病院で預からせていただきます。ただ――――――」

 

 もう一度、レントゲンを眺める。見ているのは脳のレントゲンだ。しばらく眺めたあと女性のほうに向き直し、ゆっくりと口を開く。

 

「貴女や彼の知り合いの方たちには申し訳ないですが‥‥‥。私の許可が入るまで、しばらく面会を控えていただいてほしいんです」

「それは‥‥‥、どういうことですか?」

 

 女性が少し戸惑いながら、理由をたずねる。

 

「先ほども話した通り、彼が目を覚ますまでは断定できませんが、患者は記憶喪失、あるいはそれによく似た記憶障害が出てくる可能性がある。仮にそれが当たったとして、いきなり貴女方が面会に訪れたら‥‥‥。彼は貴女達のことを覚えていないから、当然パニックを起こす危険性があります」

「そう‥‥‥ですか」

「ええ。ですので、誠に申し訳ありませんが我慢していただいだくよう‥‥‥他の知り合いの皆さんにもそう伝えてもらいたいのです」

「‥‥‥分かりました。先生、あの子をよろしくお願いします」

「承諾してくださって、ありがとうございます。我々も、一刻も早く彼の回復に全力を尽くしますので」

 

 女性は『失礼します』っと医師に一礼して、診察室から出た。ふと、彼女は診察室の扉に首を向ける。面会は控えるようにという医師のお願いは承諾したものの、未だ不安が拭えなかった。記憶喪失‥‥‥。その言葉を思い出して左手を自分の胸に添える。もしそうなっていたら‥‥‥?今まで築きあげた、あの子の()()()()()()()はどうなるのだろう?

 

「ねえ?一体、何があったの?()()()()()

 

*****************************************

 目を開けると見知らぬ白い天井があった。あたりを見渡す限り、ここは病室なのは一目で分かったが‥‥‥。なんで俺はここにいるんだ?

 

「―――――――っ!!」

 

 あらゆる体の節々が痛くて、体が思うように動かない。窓は二重にカーテンが閉めきっているせいで、薄暗い。かろうじてカーテンの隙間から日が差すくらいだ。

 

「!?」

 

 突然、病室の扉が開き、思わず体がビクッと跳ねた。痛ってぇ~。今、体が痛いこと忘れてた。中から看護師さんと思しき人が病室に入ってきた。そして、俺が起きてることに気づき、

 

「あれ?鷹原くん?」

「あっはい‥‥‥。そうですが?」

「き、気がついたんだ‥‥‥。ちょっ、ちょっと待って!今先生呼んでくるから!」

 

 苗字を聞かれ、俺がそう答えてすぐ看護師さんは急いで病室から出ていった。そういえば俺、どれぐらい寝てたんだ?看護師さんのあの驚きようからして、相当日が経っているのだろうか?カレンダー‥‥‥。そうだ!カレンダーを探そう。この病室のどこかにそれがあるはずだ。重たい首を必死に動かして、病室の壁全体を見回してみる。おっと!目の前の壁にあったじゃないか‥‥‥。

 

「ええ~っと‥‥‥。は?」

 

 俺はカレンダーの年号を見て、思わず表情が固まった。

 

 『2003年7月15日』

 

「冗談だろ‥‥‥?もう二年半近くも眠ってたのか!?」

 

 天井へ視点を変える。馬鹿な‥‥‥。もしこのカレンダー通り、二年半の月日が経っていたとするなら‥‥‥。そもそも俺はなんでこんなところで眠ってるんだ?こんなことしてる場合じゃないのに‥‥‥。あれ?そういえば俺って今まで‥‥‥。

 

「失礼するよ」

 

 再び病室の扉の方から、声が聞こえた。再び扉の方へ顔を向ける。今度は白衣を着た人がさっき入ってきた看護師さんと一緒に入ってきた。先生はこの人か。

 

「鷹原くん。早速だけど自分の名前を口に出していってごらん」

「え?」

 

 唐突に自分の名前を言えって言われても‥‥‥。てか名札を見たらすぐわかることだろう‥‥‥。でもまあ、先生と事を構える気はないし、色々と聞きたいこともあるから、素直に従おう。

 

「鷹原羽依里‥‥‥です」

「うん、名前はちゃんと覚えているようだ。それにカレンダーを見て自分が長い年月の間、眠り続けていたことも正確に把握しつつある」

「あの?さっきからなんなんですか?それにその言い方だと、俺がカレンダーを見つけたときから居たみたいな感じでしたけど?」

「ああ、正確に言うと君が驚いた時の声が、廊下に響いてこっちの耳まで聞こえてたってだけだよ」

 

 そんなに響くような大声あげてたのか?あの時ホントに動揺したからそこまで分からなかったけど‥‥‥。白衣を着た先生らしき人は『コホン』と咳ばらいをして、話を続けた。

 

「すまない。患者に対して、少々失礼な態度だったね。改めて私が君の治療を担当していた八重代、というものだ。この病院では稀少な難病の治療法の研究及びその治療を担当しているものだ」

「はぁ‥‥‥」

 

 話を聞くに、すごいことをしていることは漠然と分かった。だがそんな人がなぜ俺の治療を?

 

「もしかして、俺なにか病気か何か患ってるんですか?」

 

 おそるおそる、八重代先生に尋ねる。

 

「いや、命に関わるような病気は君にはないよ?ただ一つだけ君に尋ねたい。さっきの話の続きだが、君はこの病院に来る前の記憶で何か思い出せるものはないかい?一つだけでいいから話してみてごらん」

「この病院に来る前‥‥‥」

「どんなことでもいい。何か一つ覚えているものはないかい?」

 

 何か一つ。こめかみに手を当て、思いつくものを思い浮かべる。覚えているもの‥‥‥。覚えているもの‥‥‥。‥‥‥。あれ?何も思い浮かばない。全然脳裏に何一つ、浮かんでくるものがない。なんだ?この違和感。

 

「すいません‥‥‥。分かりません。何一つ思い浮かんでこないんです。自分の名前以外何一つ‥‥‥」

「何一つか‥‥‥。まさかとは思ったが‥‥‥。できればあんな自分の予想、外れてくれたらよかったのだが‥‥‥」

 

 先生が下顎に手を当て、怪訝な表情でそう呟いた。

 

「そうだね。まずここはどこなのか?君がなぜこの病院にいるか?そこからまず説明しよう。ここは沖縄と鹿児島の間に位置する離島で、この病院はその離島で一番標高の高いところで建っている。離島の住民は何かあると、必ずこの病院に訪ねてくる」

 

 どうりでさっきから波の音が聞こえるわけだ。

 

「それで君はどういうわけか、この島の浜辺で倒れていて、たまたま通りがかった島民が君を発見し、ここに運ばれたわけだ」

「そうだったんですね‥‥‥」

「幸い目立った外傷もなく、その後の精密検査も問題はないと分かった。あとは君の意識が回復するのを待つだけだったんだが、まさか二年半もかかるのは予想外だった‥‥‥」

「ご迷惑をおかけしてすいません」

「いや、患者を助けるのは我々医師の役目だ。これくらいは慣れている事さ‥‥‥。ただ目覚めた後の君の状態を私は早くから懸念していたんだ」

 

 懸念していた‥‥‥。やはり俺が何も思い出せていないことだろうか?この人はそうなることも、あらかじめ予想していたことになる。

 

「それって‥‥‥」

「そう、君は今までの記憶を何一つ思い出せない状態。君がこうして目覚めない限りは確証はなかったが、これで恐れていたことが当たってしまった‥‥‥。鷹原くん」

「はい」

 

 自分の苗字を呼ばれて、思わず息を呑む。この後に続く言葉を、自分は聞きたくない。なにも言わないでほしいと願った。だが八重代先生は重たくゆっくりと口を開いた。

 

「君は、”記憶喪失”に陥っている」

 

*****************************************

 その日の夜、俺は一人暗い病室の天井をずっと眺めていた。

 

「記憶喪失か」

 

 俺は今日、先生が言っていた言葉を思い出す。記憶喪失は事故か何かで頭部に強い衝撃を受けたときや強いストレスなどが原因で起こるもの。『全生活史健忘』とも呼ばれているのだとか。幸い、自分の名前、どれだけの日にちが経ってるのかだけは覚えていたが、それ以外は全く思い出せなかった。自分は何者で、何をしていたのか?何もかも忘れていた。

 

「君はかなりの海水を飲んでいたうえに、所々強い打撲のようなものが発見されたうえに、長く昏睡状態にあったから、それが記憶を失った原因なんじゃないかと予想している」

「‥‥‥」

「幸い、私生活に支障きたすほどではないことは分かったけど、でも長く眠っていたせいで体がほとんど動けない状態だと思うんだ」

 

 俺は喋ることなく、ただ頷くだけだった。記憶を失うことが、俺にとってはものすごく苦しかったから。

 

「俺は‥‥‥。俺はこれからどうすればいいのですか?」

 

 かろうじて俺は口を少し開き、先生に質問を投げかける。

 

「そうだね。現状君は長い眠りで体が動けない状態だろうから、動けるようまずリハビリから始めていこう。かなり苦しいかもしれないが、これを乗り越えなければ退院は長引くものだと思ってくれ」

「分かりました」

 

 さすがに車椅子生活っていうのも不便だし、これだけはなんとか頑張ろう。

 

「それをクリア出来たら、君にはある決断をしてもらわなくちゃいけない」

「決断?」

「そう。この後が君にとって重要なことだ。君は今記憶喪失だ。だから記憶を取り戻すための治療をしなくてはいけない。とはいえ――――――」

「とはいえ?」

「私はあくまでも難病の治療の研究とその治療の専門だ。実は記憶喪失に関する治療法は別の担当医がやっていることなんだけど‥‥‥」

 

 そういえばそうだった。この人は本来そういう担当の人だと説明を受けていた。

 

「っとなると、次回は別の人がすることになるってことですね―――――」

「う~ん。本来ならね。でも―――――」

 

 八重代先生は、申し訳なさそうな顔で俺にこう話を続けた。

 

「でも、あいにくとその担当の者がね‥‥‥、別の患者さん達で手がいっぱいいっぱいで、とても君のほうへは診きれないそうなんだ」

「え?それじゃあ」

「代わりといってなんだが急遽、私が君の担当になったんだ」

 

 前回の治療に引き続いてってことか?でも、本当にこの人で大丈夫なのか?専門外のはずなのに、こんなに易々と引き受けていいものだろうか?俺がそんな疑念に満ちた目に察したのか、後頭部に手を当て渋々と説明を続ける。

 

「確かに。こういうことは私は初めてだし、慎重にやらなければいけないことだから、君が不安に思うのも無理はない。だが生憎と私は何も準備をせず、君を引き受けたわけじゃない。万が一のことに備えあらかじめ記憶障害に関することやそれが意外の専門外のことも少なからず勉強を積んできている。それに―――」

 

 先生はゆっくり俺の視線に合わせ、真剣な表情で話を続ける。

 

「私はね。困っている人をみすみす放っておけるようなタイプの人間じゃない。それを見かけたら『助ける』という選択以外はしない人間だ!それでも信頼できないなら、それは仕方ない。あらゆる方法で私以外で君を引き受けてくれる人を探そう。でも、それでも私は君を救いたいという気持ちは本当だ。だからここは一つ、私を信じてはくれないだろうか?」

 

 何一つ瞬きをせず、真っすぐに見据える先生の眼差し。その信念は俺では計り知れないものだろう。俺は、

 

「分かりました。先生を信じてみます」

「ありがとう!これからもよろしく頼むよ。一緒に頑張ろう」

「はい!」

 

 そういって、俺は先生を信じてみた。ただ、俺が悩んでいるのはその後の言葉だった。先生曰く『記憶喪失』の治療法はこれといって決定打となる治療法は確立されていないということ。単純に記憶を失う前、自分の記憶を思い出す手がかりを探して、それと思しきものを見つけても思い出せないものは思い出せないんだそうだ。それに仮に思い出せたとして、その記憶が本人にとってトラウマになるべきものなら、それがきっかけで新たな精神病を患ってしまう危険性があるのだという。そこで先生が提案したのがこの二つだ。

 

 一つ目はこのまま諦めず、今までの記憶を取り戻す治療に専念する。

 二つ目は記憶を取り戻すのを諦めて、このまま『第二の人生』として歩み始める。

 

 先生はまだ時間があるから、リハビリしながら後悔のないようじっくり考えるといいと言った。あと、どちらを選択しても俺を全力でサポートしてくれるっと言ってくれた。その手に関してはすごく嬉しかった。ただ、俺はどの選択肢が正しいのか?やはり決めだせないでいた。俺はあらゆる記憶を失っている。故にトラウマなるものなんてあるかどうか、思い出してみない限り分からない。逆に思い出さないと後悔することだってあるかもしれない。でも、思い出した記憶が良くないものなら?それを考えるとすごく怖かった。そして、そのまま夜にずっと悩むに至る。

 

「はぁ~」

 

 布団の上で俺は、大きいため息を吐く。疲れているのに今日は全く眠れない。

 

「そうだ‥‥‥」

 

 先生があらかじめ病院の施設内全てを、一通り案内してくれた。なかでも中庭は気分転換には最適な場所だと教えてくれた。そっちに行ってみよう。

 

「よいしょ」

 

 俺はゆっくりとベットから左の方へ向き、ベットの近くの壁に掛けてある二つの松葉杖を手に取った。動けないと思っていた俺の体だが、幸い両手に松葉杖を持って支えていれば短時間で自分の病室から近くなら移動は可能だった。隣の病室で寝ている人を起こさないよう、ゆっくり扉を開ける。そのまま扉から右へ廊下を進み、エレベーターを目指す。廊下は何もライトがついていないので、想像以上に暗かった。外から照らし出される月光りが頼りだ。さすがは夜の病院。なかなかに雰囲気がある。でも、俺は不思議とそこまで怖いとは思わなかった。俺、結構その手のことには耐性があるのかも。

 

「一階、一階‥‥‥」

 

 エレベーターまでようやくたどり着き、右手に持っている松葉杖を脇でしっかり支え、『1』と書かれたボタンを押す。誰も利用していないおかげで、扉はすぐ開いた。まあ、夜だしね。俺はエレベータの向こうの壁に少し持たれる。松葉杖での移動は意外にも疲れるものだった。ちょっと膝が痛み出した。

 

『一階です』

 

 エレベーターのアナウンスを聞き、俺は再度松葉杖をついてエレベーターから出る。そのまま目の前にある扉を開ければ、そのまま中庭だ。

 

「やっぱ誰もいないな」

 

 時刻は十一時半。俺以外に中庭へ来ている人物はいないはずだ。でも俺は目の前の扉へ行かず、左側へ曲がった。七月とはいえ、夜は涼しい。でも少し喉が渇いたので、飲み物を買おうと思ったからだ。ちょうどエレベーターから出てすぐ左側に自販機が二台置いてあるのが目に見えた。ポケットから150円を出して、冷たい缶コーヒーを買う。

 

「うっ‥‥‥。やっぱりこの状態でコーヒー取るの難しいなぁ」

 

 背中からお辞儀するようにして、缶コーヒーを取ろうとするもなかなか難しい。どうしたものかと悩んでいると‥‥‥。

 

 カラカラカラ‥‥‥。カラカラカラ‥‥‥。

 

 俺のすぐ左の方向から、そんな音が聞こえてきた。周りの雰囲気もあってか、俺は一気に冷や汗が出始めた。

 

「な!?ま、まさか‥‥‥なあ?俺の勘違いだよな?」

 

 勘違いだと‥‥‥俺はそう言い聞かせる。しかし、そんな俺の暗示は意味もなく。

 

 カラカラカラ‥‥‥。カラカラカラ‥‥‥。

 

 その不可解な音は、どんどん音が大きくなっていく。こっちに近づいている。缶コーヒーを取るのを諦め、その場から逃げようとした俺だが‥‥‥。

 

「うわっ!‥‥‥痛って‥‥‥」

 

 慌てて逃げようとしたせいで、片方の杖を滑らせそのままバランスを崩して正面から倒れてしまった。全身がひどく痛む。畜生。こんなことなら大人しく、頑張って眠ることだけ専念すれば良かった。不意に誰か、後ろから俺の左肩を叩く。思わず動きを止めた。ここまでか‥‥‥。怖いけど少しその姿を見させてもらうとしよう。

 

「くっ」

 

 俺は勇気を振り絞って、後ろを振り返る。

 

「‥‥‥」

「‥‥‥」

 

 最初は暗くてよく見えなかったが、段々月灯りが照らし始め、ようやく全貌が見えた。見た目は女性だ。その長い黒髪は月の光で美しく輝いていた。衣装は白いワンピースでかなり清潔感があった。その人物の表情は何事かといった感じで口を少し開いてこちらを見ていた。そしてその手にはスーツケース?が握られていた。

 

「え?えーっと?」

 

 俺はどう声をかけたらいいか迷っていたら、

 

「あ、あの~大丈夫ですか?」

「は、はい」

 

 女性と思しき人物からの質問に、俺はすぐさまそう答えた。

 

*****************************************

 こうして、俺はその女性に助けられそのまま中庭へと案内された。女性も同じように中庭で気分転換したかったんだとか。

 

「さあ、ベンチに座って」

「あ、うん」

 

 俺は女性に促されながら、ベンチに座る。女性も俺の隣に座る。見た感じ、彼女は俺と同い年か少し年上に見えた。それにしても‥‥‥。俺はある部分を注視した。失礼だとは思っている。でも、この人のそれはすごい自己主張するかのように、すごく‥‥‥。すごく‥‥‥。

 

「む、むごっほごっほ」

 

 あるワードを言いかけ、思わず咳きこんでしまった。

 

「え?むごっほ?」

「ううん。なんでもない!ただ咳きこんだだけだから」

 

 彼女の質問に俺は慌ててそう答えると、彼女は『変なの』っと言って手に持っている缶ジュースを飲んだ。

 

「ところでさ」

「何?」

 

 俺は咄嗟に邪念を振り払い、自ら話題を出した。

 

「君はこの病院の患者さん?」

 

 え?なんでこの質問なの?って思っただろう。決して俺は彼女を幽霊か何かと疑っているのではない。ただそれしか話題を触れなかっただけだ。それは誓って本当だ。

 

「うん、そうだよ。もう三年半ちょいくらいかな?」

「三年半ちょい‥‥‥」

 

 俺より一年長く居るのか。まあ俺はほとんど寝て過ごしていたが。

 

「君は?」

「俺は今日で二年半になるよ。まあ、ほとんど寝ていただけだけど」

 

 半ば自虐気味にそう答える。彼女は、

 

「ふーん。私と少しは似てる感じかな?」

「似てる?」

「うん。私もね、ほとんど寝て過ごしてた。私ここに来る前、ここから遠い外国の病院に入院してた。私は現実と夢の狭間を、ただぼんやりと過ごしてた。一時期深く長い眠りについてたことがあって‥‥‥。私のママ曰くもう二度と覚めないんじゃないかってくらい危ない状態だったんだって‥‥‥」

「‥‥‥」

 

 彼女は続ける。

 

「私ね、生まれつき体の酵素が他の人より少なくてね、それのせいで時折脚が痛くなることがあるの」

「それであのスーツケースを?」

「うん。貴方のその松葉杖みたいにね。先生からはちゃんと許可を受けてるから大丈夫だよ」

 

 俺は彼女の目の前のスーツケースを視線を向ける。そんな俺に構わず彼女は話を続けた

 

「それに私の病気は遺伝性の病気なんだって‥‥‥。しかも滅多のない難病だから明確な治療法もないの。私のパパもそれで亡くなって、それから私もこうなっちゃって。だから私もママも最初は諦めるしかなかった」

 

 その辛い過去を思い出すように、その目には涙を溜めていた。けど彼女は涙を手で拭って、話を続ける。

 

「けどね。そんな私を引き受けてくれたのが、ここの病院で働いている八重代先生。先生も私とパパと同じ病気で奥さんと娘さんを亡くしてて、私の事情を聞いた先生はすぐさまここへ来るように外国の病院へ連絡してすぐ移されたんだって」

 

 そうだったのか‥‥‥。元々自分は難病の研究と治療担当と言っていた。それでどこからか亡くなった自分の奥さんと娘さんと同じ病で苦しんでるこの子を知って‥‥‥。あの時俺を見つめていた先生の表情を思い出す。『絶対に見捨てない』そう主張するかのようなすごく強い意志を感じたのを覚えている。

 

「俺もさ、今その先生にこれからお世話になるんだ」

「え?そうなの?良かったじゃん。あの先生はすごく患者と真摯に向き合ってくれるし、実力も確かだし‥‥‥。私がこうして居られるのもあの先生のおかげだしね」

「うん、それはよく分かるけど‥‥‥」

 

 俺は彼女に、自分がなぜこの病院にいるのか?自分が置かれている状況、そして先生から与えられた二つの提案にすごく悩んでいる事を全部話した。

 

「なるほど」

 

 彼女はそれだけを呟いて、しばらく考え込み始めた。やっぱりこんなこと話すのは彼女には難しかったか。

 

「ごめんな‥‥‥こんなこと、君には分からないよな」

 

 しかし彼女は、笑顔で首を横に振った。

 

「ううん。大丈夫だよ!まあ、貴方にとってどれがいいのかは貴方自身じゃないと分からないけど」

「でも、もしさ‥‥‥。これも何かの縁だと思うんだ‥‥‥」

「え?あっうん‥‥‥」

 

 彼女はベンチから立ち上がり、

 

「私にも、できることがあるなら、ぜひ貴方の力になりたい」

 

 彼女は俺の手を取って、そう答えた。俺は思わず『いやいや!』と首を振る。

 

「いやいや!それは流石に迷惑かけられないよ!それに君には君の病気のことがある‥‥‥。俺なんかよりまずはそれから専念したほうがいいよ!」

「ううん。そこは大丈夫だよ」

「どこが!?」

 

 どこが大丈夫なのか?

 

「今は八重代先生の治療法のおかげで、快方へ向かってる状態で絶好調だし!」

「それでも‥‥‥」

「それに私もね‥‥‥。先生と同じで困ってる人を見かけたら『助ける』以外の選択肢はないって思ってるんだ。だから、私も困ってる貴方の力になりたい」

「仮に何も思い出せなくても?」

「見つけるまで、何度も一緒に探すよ?」

「仮に俺が嫌な記憶を見つけてしまって、精神を病んでしまっても?」

「その時は私が寄り添う。何度も安心させる言葉を呟くよ」

 

 彼女は若干、頬を赤らめながらもそう答えた。

 

「なんでだ?こんな見ず知らずの俺をどうして?」

「だから言ったでしょ?私も先生と同じ困ってる人が見かけたら『助ける』以外の選択肢はないって思ってるって」

 

 まいったな‥‥‥。これは絶対俺が折れるまで粘るつもりだ。それに正直にいうとすごく喜んでる自分がいるし‥‥‥。

 

「ああ~もう分かった!そう言われて嬉しい自分がいるので大人しく観念します!」

「じゃあ‥‥‥」

「うん、よろしく!」

「わーい!!」

 

 そう言われて、彼女は嬉しそうに飛び跳ねた。よくもまあ見ず知らずの男の協力で、ここまで喜びを爆発させたもんだ。

 

「それに俺も‥‥‥。俺もできることがあるのなら、君の力になりたい。借りっぱなしなのは俺としてはすごく嫌だからな‥‥‥」

「っていうけど、貴方は私の病気についてよく知らないでしょ?」

「ああ‥‥‥」

「それにさっきも言ったけど、先生の治療で快方へ向かってるって」

「ああ‥‥‥」

「なら、力になれるところなんてないよね?」

「ああああああああ!もう!」

 

 俺は思わず、大声を張った。

 

「え?ちょっ!いきなり叫んでどうしたの?それにこんな時間に叫んだら‥‥‥」

 

 分かってるよ!でも今の俺はそんなの知ったことじゃない。すかさず俺は彼女の肩を掴み、こう叫んだ。

 

「だから!俺も君と先生と同じで困ってる人がいたら、『助ける』以外の選択はしないんだよ!」

「え?」

「どれだけ俺が、君の力になれるか‥‥‥どこで役に立つかは分からない!迷惑だろうとは思う!それでも!それでもだ!俺だって誰かの力になりたいんだ。だから俺も!」

 

 その時彼女が俺の口を塞いだ。

 

「むご!?もごがもご!!」

「シーっ!寝てる人のことも考えて‥‥‥。気持ちはわかるけど時と場所を考えて」

「ご、ごめん」

 

 すかさず、俺の口を塞いた手を離す。お互い恥ずかしいことを言ったと思ったのか、両者ともしばらく顔を赤らめながらうつむいた。そして先に面をあげた彼女が俺のところに歩み寄り、再び手を取る。

 

「でも、ありがとう。すごく嬉しい」

「う、うん‥‥‥と、とにかくこれからもよろしく」

「うん、よろしく‥‥‥」

 

 俺はぎこちなくそう伝えると、彼女もぎこちなく返した。やっぱり恥ずかしい。

 

「ねえ?そういえば名前」

「名前?ああ‥‥‥」

 

 そういえば、名前をお互い名乗ってなかった。

 

「俺は鷹原羽依里」

「私は久島鴎。鴎って呼んで!」

「ああ、よろしくな鴎」

「うん、こちらこそよろしく羽依里」

「羽依里!?」

 

 いきなり鴎に名前呼びをされたので、思わず変な声が出る。

 

「ごめん‥‥‥。まさかいきなり名前呼びされるとは思わなくて‥‥‥」

「あ~ごめんごめん。ってそっちもいきなり名前じゃん!」

「いや、呼べって言ったのアンタじゃん!」

「そうか。そうだったね~。失礼失礼」

「‥‥‥ぷっ」

「‥‥‥ふふっ」

 

 俺たちはしばらく小さく、そして愉快に笑った。

 

*****************************************

 私は、彼の背中をしばらく見送った。こんなに同い年の子と話したのいつぶりだろう?とにかく彼と話してみて、こんなに楽しいとは思わなかった。

 

「鷹原羽依里か‥‥‥」

 

 なぜか私はその名前を聞いて、急に懐かしく感じた。初めて会うはずなのに‥‥‥。不思議だな。もしかしてお互いどこかで会ってて、それでそのことを忘れてたりして。もっとも今の彼は記憶喪失だし。

 

「そんなわけないかー」

 

 後にこの出会いが、お互いの運命の歯車が回り始めるきっかけとなるとは、この時の二人はまだ知る由もなかった。

 

 

第二話「選択は二つとは限らない」へ続く‥‥‥。




如何だったでしょうか?第一話。改めまして「hamati」です。鴎ちゃんの出番ホント最後らへんだけですいません。でも次回からはバリバリ登場するので、期待していてください!感想、ご意見等頂けると嬉しいです!次回もまたよろしくお願いします!
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