下卑た笑い声。
数人居るのか、足音が多い。
声が大きくなった瞬間、何かを振るおうとする音がした。
「っ」
咄嗟に飛び起き、避ける。
「はぁ……何これ?」
緑色の何かがいた。
汚れたこん棒を、錆びた短剣を、ひび割れた槍を持って。
「人……じゃ、ないっぽいな」
「GOBGOBB?GOGOB!」
クロエが呟くと奇妙な声を発し、それぞれが武器を振るった。
(急だな……てか、わりと遅っ)
軽く避ける、避ける、避ける。
そして、確信した。
ーーーこいつらは、敵だ。
「はぁ……目覚めたら汚いゴブリンとか、聞いてないわしんどいし。チエルとパイセンの無事、確かめたいから……そこ退きなよ」
「GOBBB!GOBAAA!!」
一匹のゴブリンが飛びかかり、こん棒を振るう。
ヒュン、と音がした。
鮮血が舞う。
屍が落ちる。
血塗れになったゴブリンの死体が。
「GOBB!!?」
「はぁ……ふざけんなよ、邪魔だっての。こんなか弱い乙女に寄って集って鬱陶しいわ。服汚すな殺すぞバカども」
いつの間にか、クロエの手に一振りの短剣が握られていた。
彼女の愛用する、『フロムダスク・ティルドーン』。
あの瞬間、短剣の刃が的確にゴブリンの喉を斬り裂いたのだ。
その光景を見たゴブリン達が、一歩、二歩と後退る。
ーーーあんな奴に勝てる訳がない。
ーーー……勝てない? あの女に、勝てないっ? 何故だ?
ーーーオレ達の勝利は確定していた筈! 何もかも奪うのはオレ達の筈ッ!
ーーーアイツが来たから悪い! アイツがいるから悪い!
ーーー全部あの女がいるせいだ! オレ達は悪くないッ!
そんな自分勝手な思考が、ゴブリン達の中で溢れ出す。
その身勝手な思考が、ゴブリン達をその場に止めさせた。
「GOBABB……GOB!!」
ーーーオレ達を襲った報いを受けさせよう。
ーーーまずは、あの女を捕らえて殺してやる。いや、死ぬまで凌辱してやる。
ゴブリン全員が、恨みと怒りを持って武器を構える。
全ては、アイツが悪いから。
それを見たクロエは、呆れたように呟いた。
「はぁ……逃げるようなら見逃そうと思ったけど……ま、邪魔すんならしゃーない」
柄を握りなおし、わざとらしくため息を溢す。
「さ、誰から逝っとく?」
血を払うように振るい、不敵に嗤った。
◇◆◇
「……う、ん……ここは? っ」
目を覚ますと、冷たい感触した。異様な臭いに頭を掴まれた気がして、一気に目が覚める。
何かが腐ったような臭いがする。頭が痛い、気持ち悪い。
それに、周りに誰もいない。
「ユニ先輩! クロエ先輩!」
そのせいか、起き上がろうにも力が上手く入らない。
それを無視して、チエルはふらふらと立ち上がった。大切な二人を探さなければならない。
「早く、先輩達を探さなきゃ……あっ」
足が縺れる。傾いた体はそのまま地面に……
「おっと」
叩きつけられる事はなかった。
誰かが、チエルを抱き起こしたのだ。
聞き慣れた声がした。
「クロエ先輩っ」
「ちょーまち、一旦落ち着く。ここはわりとヤバい」
鋭くも優しい声で、クロエは囁いた。
見ると、彼女の服に血が付いている。
「先輩、怪我をっーーー」
「返り血。ほんと、最悪。洗う手間増えるっての」
「そ、そう……いや、一体何の……! っユニ先輩は!?」
「待ちなってチエル。パイセンは……まだ見てない。落ち着いたらさっさと探すよ」
そう言って遮り、ため息を吐いた。同時に、何処からか取り出した棒つきの飴を舐める。
「あんまし、気分晴れねー……ま、それどころじゃないか」
クロエが、本日何度目かのため息を吐き振り返る。
チエルが目線の先を追うと、何やら蠢くものがあった。
「GOROB!」
「GOOB!GOROBBB!!」
それは、武器を手に取り囲む、緑色で背丈が小さい醜悪な怪物。
「ゴブリン!? 魔物がどうして……」
「話は、こいつらぶちのめした後でよろ。はぁ……いないと思えばこれか……マジうざいわ」
愛刀を構え、怪物を睨む。
「さ、お目覚め間もないかも知んないけど、無理ない程度に逃げるよ。埒空かんし、パイセン探さんと落ち着けんし」
「……わかってますよ。チエルも、ユニ先輩の事が心配ですからっ!」
「GOBB!?」
真正面から襲いかかったゴブリンを殴り、狼狽えた者も流れるように突き、槍や剣を軽く避ける。
達人のような立ち回りを見せるが、チエルは全くの初心者だ。クロエのように、多少の経験があるわけでもない。
聞きかじったものを、自分流に可愛くアレンジした。ただそれだけ。
その筈なのだが、ゴブリンが一撃も入れることが出来ない。寧ろ、向かう端から吹き飛ばされる。
(ホント、そんなのどしたら身に付くの。自分流とか……ま、いいか何でも)
「……ふっ」
「GOOROA !?」
「GOGAUAA!!」
「GAABBB!!」
一瞬で疑問とともに三体のゴブリンを斬り伏せる。
とにかく、急がなければならない。
残りのゴブリンを倒した後、すぐに探しに行かなければ……。
◇◆◇
「はあ……は、ぁ……」
油断してしまった。
襲いかかる魔物に魔法を使い、倒し、難なく退けたと思った。思ってしまった。
最後の一体が後ろから短剣を持って飛びかかってきたのだ。
反射的に魔法を放ったお陰で、掠り傷で済んだ。しかし、毒が塗られていたらしい。
「まずい、な……」
体から力が抜けていく。寒気がする、痺れてくる。
解毒の魔法は知っている。しかし、この状態ではまともに使えない。
少しづつ、毒の進行を抑える程度しか出来ない。
(二人は無事だろうか?)
こんなことに捲き込んでしまった。すぐにでも謝りたい。
何より、無事でいてほしい。
痺れがどんどん酷くなってくる。
このまま、僕は死ぬのだろうか?
目の前が霞む。息が、詰まる。
「大丈夫ですか!?」
誰かが駆け寄っていた。
足音からして数名、いるらしい。
「
「……っ、あ……」
どうにかして、差し出された瓶を持ち、中の液体を飲み干す。
苦い……が、視界と体の痺れは少しよくなった。
「……すま、ない……助かった」
礼を述べ、顔を上げる。
白い神官服を着た、金髪の少女がいた。聖職者なのだろう。
その周りには、奇妙な集団がいる。
民族衣装のようなものを纏った蜥蜴のような人、ほっとしたような顔で髭を弄くる老人……ドワーフだろうか?
耳の長い、アオイ君やクロエ君と同じエルフの少女。
そしてーーー
「駆け出しか……何があった?」
薄汚れた鉄兜の男が、神官の少女の側に立っていた。
小鬼殺し「駆け出しか?」
ユニ「え、何?……誰?」
ってなりそう……。