俺は、かーなーり、出耳が好きだ!
この町には、鬼が出る。
そんな噂が流れ始めたのは、いつの頃か分からない。けれど噂の正体は、多分、彼の事だろう。
ウチは耳郎響香。都内の音楽学校に通っている。最近刺激的な体験をしたので、その話しをしよう。
近頃雷が多くなってきたその日、スタジオでベースの練習をし終わって、そのまま歩いて家に帰ろうした時、路上ライブしている同年代の男子を見つけた。
その男子は緑色のもさ髪。『Tシャツ』と書かれた文字Tシャツを着た。何ともダサ…少し残念な格好なのに、その姿にウチは釘付けとなった。かき鳴らすギターの音色は雷豪が如き代物。しかし、その音は決して激しさだけではなく、そこに神々しさと、自然の美しさが見事に調和したこれまで聞いた事もないような、美しい演奏だった。
その時は夕暮れで、夕日の茜色に照らされながら、演奏する彼には惹きつけられる魅力があった。その時の彼はまだ演奏し始めたばかりで、まだ人がまばらだったが、確実に彼を囲むようにして人の輪が出来つつあった。そして気が付いた時には、自分もその輪の中にいた。
演奏が終わった時に、驚くほどの、聴客がいたものだから驚いた。演奏に夢中で気が付かなかったが、彼の演奏を聴く人はかなりの数になっていて、皆が彼の演奏に惹きつけられたのだと分かると、ますます彼に対する魅力が増したように感じた。
演奏が終わった後、彼は人が変わったように、アワアワと手を振ったり、はにかみながらも、笑ったり。どこか場慣れしていない雰囲気を感じさせた。あれほどの演奏が出来るのに、どこか素人癖を感じる彼の仕草に、ミステリアスさを感じさせた。
大きな瞳を持つ、髪さえ変えれば少女と間違えてしまいそうな風貌なのに、演奏をさせればあそこまで格好よくロックになるとは、彼の演奏を聞かなかったら思いもしなかっただろう。しかし演奏が終われば、先程のまでの雰囲気は嘘のように、消え去り、可愛らしい顔を真っ赤にさせながら、聴客に礼を述べてお辞儀をしたり、後片付けを始める彼の姿は、ただの年相応の少年だった。
格好良さと可愛らしさという相反する二つの顔を併せ持つ彼に、憧れと母性が入り混じった感情を抱くのは、何ら不自然な事では、なかったと思う。ギャップ萌えというやつだろうか。
アンコールが聞こえる中、彼は申し訳なさそうな顔をしながら、後片付けをしていると、彼のポケットから着信音が鳴った。ポケットから携帯を取り出した彼は、電話に出て、一言二言相手を話すと、急いで電話を切り、残りの後片付けを終えると、「すみません」と言いながら彼を囲む人をかいくぐりながら、どこかへと過ぎ去っていった。
人々が帰る中、ウチだけはその場に残り続けた。
他の人は気が付かななかったようだが、ウチは見ていた。
人の間をくぐりながら、去っていく彼の横顔はまるで、先程の演奏をやっていた時の顔と同じだったのだ。そう、それはまるで、鬼のような。
それから、彼と出会う事が多くなった。
彼は常に一定の場所にいる訳ではないらしいが、必ずこの町のどこかでギターの演奏をしている。そしていつも多くの人を惹きつけるのだ。ウチを含め、ウチが通う音楽学校にも、ここまでのレベルに達している者はいない。
それどころか彼の扱うギターの音色は、他の誰とも違う特別な響きがあった。彼の事が気になってネットで調べたりや、学友たちに聞いてみたが彼の事は、町中で演奏している奴という事と、最近雷が多い事から、彼の音色は雷を呼ぶなんていう、都市伝説程度の情報ぐらいしか分からなかった。最近では、この町に妖怪が出たなんて、信憑性のない事まで、書かれたのだ。ネットはあまり、信用しない方が良い。
だが、雷。
その表現は彼にピッタリだ。彼の演奏を聴く者に、驚きと畏怖を与える様は、正に雷そのもの。
そして、雷の落ちる速さのように、彼は去っていく。
彼は何者なのだろう。いつもどこで何をしているのだろう。気づけば彼の事ばかり考えるようになった。音楽学校だからか、噂好きの学生達だからかは定かではないが、いつの間にか学校中彼の事や、彼の演奏の噂で持ち切りになった。
皆が彼の事を知っている。それが嬉しくもあり、同時に少しモヤっとした気持ちにもなった。どうしてだろう。彼の事は皆知っても良いはずなのに。
自らの感情の名もよく分からないまま、ウチは彼と彼の演奏に、どんどん惹きつけられていった。
彼の演奏が気に入ったウチは自分でも、その演奏を弾いてみたくなり、彼の演奏を思い出したり、演奏の直前、彼に許可を取って、撮影した映像を見ながら演奏をした。自慢ではないが、ウチはかなりの楽器を所持しており、そのどれもを演奏する事が出来る。
当然それはギターもそうなのだが、何故だか彼のギターに近づけない。
音色は同じはずだ。なのに、確かに、何かが違う。似てはいるはずなのに、一発で分かる。
『彼のとは、別物だ』と。
一体何故だ。ギターの使う種類に、よるものか。いや、それ以前に演奏レベルの違いか。
自らの感情やこの疑問が、やがて自分の中で膨らんでいった。
後日、学校帰りの通学路、今日も晴れの予報だが、どうせまたどこかで雷が轟くのだろうと、心の中でぼやいていた、その時だった。
「あ…」
いた、彼だ。
また演奏の準備を始めている。
まだ人はまばらで、いつも演奏している彼だと気付く人は少ない。
聞こう。自分が、彼の演奏レベルに到達出来ない理由を。彼の演奏力の秘密を。そして、貴方は何者なのと。
聞くなら、今しかない。
彼の前まで移動したウチは、彼に質問を投げかけた。
「すいません、ちょっといいっすか?」
「はい?」
可愛らしい声だ。
キョトンと振り返りながら聞いてくる彼もまた、何とも可愛らしい。前に許可を取った時にも、彼の声を聞いたが、とても心地よい声だ。歌わせたら、上手いのだろうか。
と、うっかり別の事を考えていた頭を振り、今回の目的である事を言おうとした。
「あの!」
「はい!?」
結構大きい声が出てしまった。他に来てたお客さんや、彼も驚いている。出た言葉は戻せない。少し恥ずかしいが、このまま言い切ろう。
「よ、良かったらウチとセッションして下さい!」
今、思えば何故そんな事をほぼ初対面の人間に言ってしまったのかと、頭を掻きむしりたくなるが、その時色々と溜まっていた彼に対する尊敬の念やら、彼の演奏が出来ない苛立ちが、爆発してこのような結果になってしまったのだろうと思う。
その時の彼は、一瞬キョトンとしたが、すぐに大きな目をより大きくさせて、ウチに聞いてきた。
「え…?良いんですか?僕なんかとセッションしてくれるんですか!?」
「え?」
逆に驚いた。
一歩、間違えればかなり失礼なお願いとなるだろうに。彼はそれを喜んでいるようだ。何だろう。今までセッションを頼まれた事がなかったんだろうか?こんなに上手い演奏なのに。当時はそれが不思議でならなかった。
しかし、これはチャンスだと思った。嫌ではなさそうだし、この機会を利用すれば、もっと彼の演奏に近づけるかもしれない。そう思ったウチは自分を売り込む事にした。
「はい、貴方とセッションがしたいんです。お願いします」
「う、うわ~!嬉しいな。というか僕が、あの、女子と演奏しちゃうなんて。こんな青春っぽい事が出来るだなんて。それに何せ、師匠に一人前になるまでは、セッション禁止とか言われちゃって出来なかったんだよなぁー!この修行を乗り越えるまでは一人前とは、認めんとか言われちゃったりしてさ。ていうか。それ以前に、僕なんかとセッションしてくれる人がいる事態が奇跡というか、いや、もしかしたら本当は夢なんじゃないか。いやいや、それは彼女に失礼だろう。でも、後数秒すれば、実はベットで寝てて夢オチでしたとか、そういう感じなんじゃ。あぁ~。でもでも」
「あの~。すんません、そろそろ」
「あぁ!ご、ごめんなさい!僕、この独り言が癖で!」
結構長い独り言で自分を含め、周りも引き始めたので、この声掛けは正解だったと思う。しかし、普段これだけ隙だらけなのに、演奏時はあそこまで、人が変わるのだから驚きだ。
さて、早速演奏の準備に入るが、何だか視線がジロジロと少し嫌な感じだ。
けど、そりゃそうなるだろう。ここにいる人達は彼の演奏を楽しみに来たんだ。いきなり、訳の分からない女に乱入されたら、それは嫌な気分になる。自分だってそうなる。
しかも、これで演奏が上手かったらまだしも、下手だった時には最悪だ。
更には、ウチは人前で演奏するのは、ちょっと…いや、結構恥ずかしい。もしかしたら、学校以外の場所で、人前で演奏するのは、これが初めてじゃないのだろうか?我ながら結構焦ってしまった感が拭えない。
そうやって一人で悶々としているのを察されたのか、彼が顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですよ、一緒にやりましょう」
彼は優しい微笑みでそう励ましてくれた。優しい人だな。そして笑顔が結構可愛い。女装似合いそう。
何はともあれ、彼のおかげで幾分か緊張がほぐれた。まだ少し不安だが、さっきに比べればマシだ。
「楽器は?何を使うんですか?」
「ベースっす」
「なるほど、分かりました。そうなると、僕の方から彼女に合わせた方が良いのかな。というかこれが初めてのセッションになるなぁ。どのくらい上手いんだろう。僕が足を引っ張らない様にしないと。師匠たちは、いつもセッションとかやっているけどな。太鼓とトランペットだけど。となると、師匠たちのを見た経験は生かせない。全てが初めての体験か。うわー。ワクワクしてきた」
凄い長い独り言を一切止まらせず、尚且つギターのチューニングをやれる所を見ると、最早尊敬の念すら沸いてくる。というか、さっきから、『師匠』というのが気になる。誰か音楽家の所でも弟子入りしているのだろうか。後で聞いてみよう。
そんな事を考えながら、ウチもベースのチューニングは終えた。
彼の方をちらりと、確認すると彼も準備万端らしい。
「曲は、貴方のお任せでお願いします」
「いつも、貴方が演奏しているやつで大丈夫ですよ。ウチも貴方のを聞いて、相当練習してきたんで、多分、合わせられると思います」
「えぇ!?ぼ、僕なんかの曲を!!ど、どどど、どうしよう。女子と初めての演奏な上に、僕の曲をやってくれるなんて、嬉しすぎて、死にそう~!」
全部、聞こえているし。
ま、良いや。どうせなら、ロックにいこう。
「そんじゃ、お願いします」
「は、はい、お願いします!それでは、始めましょう!」
ウチの事を、疑わしい目で見ている聴客の視線が痛い。
こうなったら、やるっきゃない。
横に並ぶ彼とアイコンタクトをとり、3、2、1で演奏を始めた。
雷豪。
それは、まさにその通りで。驚くほどの演奏技術に、皆、圧巻されていた。
しかし、自分はと言うと、上手くいっていなかった。
曲は、間違えていない。合っているはずなのに。どうしても、拭いきれないこの強烈な違和感。
『何かが違う』
そう、決定的に何かが違うのだ。彼の演奏と、何かが。
その答えを見つけに来たはずなのに、その疑問は大きくなっていくばかりで。それが余計に自分を焦らせて、演奏が出来なくなっていく。
まずい。
このままじゃ。
彼の演奏に、ついていけなくなってしまう。
何か、何かないか。今、彼の演奏についていけなくなったら、この先きっと一生後悔する。何か、少しで良い。彼の演奏に。彼に爪痕を残せるような、そんな何かを。
その時、意識してか、無意識だったのかは、分からない。けれど、ウチは歌っていた。
彼の演奏に載せて、歌を。
それは、自宅や学校で彼の曲を演奏していた時に。ただ、何か歌詞を付けたいなと、何となく思って、書いた未完成の歌詞。
よく曲を練習しながら、歌っていたそれを自分は歌い始めた。
まだ演奏が始まって、少ししか経っていないから、ここで歌い始めても、違和感は少ないだろう。前奏が長い歌だってあるんだから。大丈夫だ。
歌い始めると、気が楽になってきた。むしろこれまでの焦りが、どんどん押し流されていく。歌いながら、彼の方をチラリと向くと、彼と目があった。
その時の彼は、驚きが混じった嬉しそうな笑顔を向けていた。
その顔を見ると、顔が熱くなってきて、きっと赤面しているであろう顔を、彼に見られないよう前に向けた。
ドックン、ドックンと心臓がドラムのように、煩く鼓動を刻んでいて。けれど、そんなのが気にならないぐらい、ウチは演奏に集中していた。
でも、書きかけの歌詞だから、割と後半は即興が多かったけど、彼と一緒に演奏していると、不思議と良い感じの歌詞が次々と浮かんできて、曲を嵐のように盛り上げていくのが分かった。
一人では、ここまで出来なかった。一人で練習していて、自分には技量が足りないのかと、苛立ちと焦りを募らせていたのに、彼と演奏すると、彼と二人で、一緒にやると、何でも出来そうな気がしてきて、その通りに、不自然なぐらいに自然に何でも出来ているのが、我ながら不思議に感じた。
けれど、それは多分彼を共に、演奏しているから、彼と二人でやったから、ここまで出来たんだ。
曲も大詰め。
彼との演奏がまもなく終了する、と思うと少し寂しかった。きっと演奏が終われば、またすぐ
どこかへといってしまうのだろう。
永遠にこの時間が続けば良いのに、なんてらしくない事まで思って。せめて、この歌にその思いを全部込めて、彼に届くよう祈りながら、歌った。
余韻を残しながら、演奏を終えると、頭の奥がボーっとして、「あぁ、結構集中してやったからな」と、残った脳みその容量で、そこまで思考すると、自然と足がふらついて、踏ん張ろうとした瞬間。すぐさま彼がウチの腕を掴んで、立たせてくれた。
身長が彼の方が高いからか、自然と彼を見上げる形になった。先程までの、子犬のような可愛らしい顔は何処へやら、今はただ、眩い光を放つ彼がそこにいた。けれど、その眩さは、演奏する前までの、決して手が届かない程、遠くにあるようなものでなく、今はすぐに手が届くほどの距離にあった。
そんな眩しさを感じながら、彼に身体を預けていると。
突如、驚くほどの拍手喝采が四方八方から巻き起こった。
まばらだった人の数は、隙間出来ない程、大勢の人数になり、皆がウチらに向かって拍手を送っていた。
気が付かなかった。こんなにも多くの人が来てたなんて。ずっと演奏に、集中していたから。疑わしい目線していた人たちも、皆拍手を送っている。
それが妙にこそばゆくて、嬉しくて、恥ずかしくて、つい両手で顔を隠してしまった。
それでも、拍手は鳴りやまなくて、アンコールの声まで聞こえてきた。その声を聞いていると、ウチは理解した。つい此間まで、『あちら側』だった自分が今は『こちら側にいる事』に。
そんな達成感と喜びを噛み締めていると。
『♪~!♪~!』
彼の携帯から着信音が入った。
『もう、終わりか』
自然とそう思った。何故そう思ったのかは、分からないけど、それがこの至福の時間に終わりを告げるものだという事を、直感的に理解した。
彼は電話に出ると、一言二言会話をし、「すぐ行きます」とだけ答え、電話を切った。顔つきが変わった彼。表情が明らかに、変わっている。
彼は他の客に向かって、一度頭を下げると、こちらを振り返った。
「あ、あの!今日は、本当にありがとう!貴方のおかげで楽しかったです!」
彼は一度だけ、ほんの一瞬だけ、朗らかな笑顔をウチに向けると、そのまま客が彼の為に開けてくれた道を通り、彼はまたどこかへと走っていこうとしている。
「ねぇ!」
一度だけ止まる彼の背中。その背に向かって、ウチは叫ぶ。
「ウチ、ウチは耳郎響香!貴方の、名前は!?」
振り返った彼は、ニッコリ笑って。
「出久。緑谷出久です!」
彼、緑谷はそれだけ言うと、また走っていった。その背を逃したくなくて、また叫ぶ。
「緑谷さ~ん!また、一緒にやろうね~!」
今度は彼は振り返らず、手だけ僅かに振って、そのまま走り去っていった。
また、彼に会えるだろうか。また会ったら、今度はゆっくり話せるかな。
遠くの方で轟く雷鳴を聞きながら、緑谷の事を想っていた。
◇◇◇◇◇
この町には、鬼が出る。
そんな噂が流れ始めたのは、いつの頃か分からない。けれど噂の正体は、多分僕の事だろう。
僕は緑谷出久。
都内の普通の学校に通っている。最近刺激的な体験をしたのでその話しをしよう。
耳郎さんという人とセッションした。セッションは師匠に禁じられているから、バレたら叱られるだろうな。でも、僕とセッションしてくれる人がいてくれるのが嬉しくて、つい彼女のセッションに応じてしまった。
耳郎さんのセッションは凄く楽しくて、彼女は歌も歌ってくれた。ハスキーな綺麗な歌声で、出来ればもう一曲やりたかったんだけど、残念な事に師匠から、呼び出しが入った。
仕事の呼び出しで、僕もよく修行だと言われて仕事の手伝いをしている。
師匠からの仕事の呼び出しによって、その日の演奏は終わり、彼女とはすぐに別れる事になってしまった。残念だけど仕方ない。
僕の、僕たちがやっている仕事、人知れず魔化魍と呼ばれる者たちと戦う仕事。
それこそ、人を守りし者、『鬼』。
そして、僕もその鬼だ。今日も雷を呼び起こし、魔化魍を退治する。それが僕。
僕は雷を鳴らす鬼、轟鬼。
ぼくたちには、ヒーローがいる