『竜宮にいくのか?ああ、原田商会のお礼?なるほど、それは正当な報酬だな。あそこはやはりツケで飲み食いするような場所ではないんだな。鳴海のやつめ、ハルアキを見習ったらどうなのか』
「サイガが山手線を起点に結界を強化しているのは間違いない。気をつけて」
「ありがとうございます、それではまた」
俺は鳴海探偵事務所を後にした。ずいぶんと長居をしてしまったようだ、原田商会を待たせる訳にはいかない。はやく銀座に行かなければ。
とはいえだ。
いくら首謀者の拠点だとはいえ、山手線を使わずに新宿から銀座に行こうと思うとタクシーにしろ、なんにんでもない金額がかかってしまう。毎回交通費を安倍さんに精算をお願いしては手間になって仕方ないだろう。だからといって徒歩や自転車なんて帝都に来てまだ2日の土地勘が全くない俺は論外だ。結局移動はバスや山手線になってしまう。
世知辛いが護衛の悪魔を出すほどマグネタイトに余裕はないため、仕方ないだろう。なにも無いことを祈りながら俺は新宿駅に向かったのだった。
銀座駅に無事到着した。人混みに紛れながら、なんとか銀座四丁目交差点付近までやってこれた。ここまでくれば昨日安倍さんに案内してもらった道にほど近いのかなんとなく見覚えがある。
たしか時計塔のある建物が服部時計、その奥の建物が書店の教文館?服部時計店の向かいの建物が三越で、その奥の大きい建物が松屋のはずだ。
市電の先、遠方正面に見える高い建物は京橋の第一相互館。これを真っ直ぐ目指せば竜宮にたどり着くはずである。
こう人目があってはおちおちCOMPのマッピング機能を頼りにすることもできない。おかげで距離感がさっぱり掴めない俺はただただ急ぐしかないのだった。
「......あれ?」
俺は二度ばかり角で立ち止まり、辺りを見渡す。だんだん自信がなくなってきて、電柱の住所表示を確認する。
「やばいな、迷った?さっきも通らなかったっけここ......。ダメだわかんなくなってきた、駅に戻るか......」
恐れていた事態が起きてしまった。今、正直足がどちらの方向に位置しているのか俺にはわからなくなっていた。当てずっぽうでいって本格的に迷子になったら目も当てられない。俺はあわてて元来た道をひきかえした。真っ直ぐ歩いてきたんだからいずれは銀座駅のどこかの出入口にたどり着くはずだ。
「......いやいやいや」
かれこれ10分ほど歩いたのに景色が変わらない。さすがにおかしい、おかしすぎる。電信柱を確認してみたら、さっき通ったはずの番地だ。
「さすがに俺はここまで方向音痴じゃないはず......」
言っていてなんだが内心ものすごく不安になってきた俺は誰か道行く人に声をかけようと思ったのだが、こういう時に限って人が通らない。
「......?」
いやいやいや、さすがにこれはおかしいだろう。あれだけたくさんの人が行き来していたのに、この大通り、人っ子一人いないじゃないか。
ようやく俺はここがなにかしらの人よけの結界が貼ってあることに気づくのだ。
「......異界じゃなさそうだな」
「異界に迷い込ませても、脱出してしまうだろう?」
「!!」
いつの間にか、俺の目の前に、ひとりの男がたっていた。白のタキシードを着た男だった。オールバックの白髪、白い長いもみあげとオールドタッチの顎髭、年齢は中年以上初老以下、がっしりとした体格を有しており、俺より一回り背丈を上回っている。
「君が噂の将来人か?」
「───────ッ!?」
「なに、そう驚くことでもあるまい。外套に隠そうとその機械仕掛けの悪魔召喚器を見ればすぐにわかる。これでも海外には見聞があってね、世界ひろしといえどその機械がつくることができる国はあるまいよ」
俺はプラズマソードを構えた。男の彫りは深く、眉間に刻まれる皺がさらに深まる。
「その刀もだ。しかし、ずいぶんと若いな......葛葉ライドウといい、若くして驚くべき腕前とみえる」
無防備に立っているだけなのに、圧倒的な存在感、そして威圧感が押し寄せてくる。これはかなり神格の高い悪魔討伐をしたとき以来の感覚だ。人間なんだろうかとふと思う。
「陰陽師の末裔にしてはなかなかやる......それはきみの才覚か、それとも才覚が無ければ生き残れなかったか、どちらだね?」
「......後者ですね」
「そうか......」
どこか、悲哀にみちた声だった。
「あなたはまさか、サイガさん、ですか」
男は目を細めた。
「昨日の今日だというのに、もう把握しているのか。ヤタガラスの情報局にはなかなか骨のある若人がいるようだな」
「帝都に魔断震をつくり、死人をあつめて帝都守護の結界を限界まで強化する......ヤタガラスの使命に燃えるあなたが何故そんな真似を?」
「当代のライドウも同じことをいっていたな......若者にしては結論を急がず分からないことは聞く。なかなかに見どころがある」
「周囲に被害が及ばないように配慮しているのはわかりますが......あなたの目的を完遂するには魂の数が足りなさすぎます。東京駅でパーティを計画しているようですが......よからぬ事を考えているんじゃないですよね?」
「ふふ......安倍子爵と同じことをいうんだな......。そうか、きみは彼のところで世話になっているのだな。当然か」
「......安倍さんとお会いしたなら、俺があなたの邪魔をしに行くのはわかっているはずです。なぜ俺のところに?」
「なに、少し聞きたいことがあるのだ」
「聞きたいこと」
サイガはうなずいた。
「儂はたしかに見た。来るのだ、とんでもない厄災が......やがて......いや、すぐにでも......時間が無いのだ......少しでも映像を鮮明にしたい......だから、少し話さないか。将来から来たきみなら、知っているのではないか」
「なにをですか」
「瓦礫の帝都......降り注ぐ兵器......津波に飲まれる帝都......そして......」
「......瓦礫か......」
アカラナ回廊を通る時に何度も見てきた光景だ。
「......話せないか?」
「アカラナ回廊に行けばいいのでは?すぐにわかりますよ、その光景の意味が。あなたほどの地位の人なら簡単に......」
サイガは首を振る。
「儂でもなかなか許可が降りないのだ。申請を待っていては時間が無い」
「そんなにですか......」
俺は気分が重くなった。サイガですら申請になかなか許可が降りないなんてどれだけがんばればいいんだろうか。
「......それだけではわかりませんよ」
「それはどういう意味だ?」
「特定できない、ということです。あなたが見た光景なんて、俺の時代に至るまで何度もある」
「何度もだと?」
「何度もです。その度にこの国は例外なく復興してきましたよ。あなたがそこまで危機意識を持つのは何故ですか?」
「それは、きみのもつ悪魔召喚器をもつ者によってもたらされるものだとしても?将来人のために今をあ生きる儂らが見逃す理由になりはしないのではないかね?」
「───────え?それはどんなやつでしたかっ!?男?女?」
サイガは笑った。
「その反応をみるに、歴史改変なんて大それたことを企む輩に心当たりがあると見える。やはり知り合いかね?君がこの時代に流れ着いたのはやはりそれなりの理由があるのだろう?どうだ、少しは話をする気が起きたかね?」