創業以来、日本の文化を大切に業を重ねてきた風格ある門構えが俺を出迎えてくれた。その門の前に高そうな緑の着物を着た女性が立っている。そして、俺を見るなり安心したような顔をして近づいてきた。
「ああ、よかった。土御門ハルアキさんだね?あたしはここの女将をしているんだ、よろしくね」
「あ、はい、はじめまして。エルフマン神父と原田さんはいらっしゃいますか?遅刻してしまってすいません」
「いやいや、帝都にきて2日だってのに、迎えのひとつも手配しないでうちにくるよう言った兄が悪いのさ。迷子になっちまうのも無理はないよ、うちは紹介制で一見さんはお断りしているからね。それに入り口がわかりにくい入り組んだところにあるとなれば、迷子になるだろうことくらいわかるだろうにねえ。だいたいそんなに若いのにこのあたりに精通してたら、そっちのが怖いさ」
女将さんは笑った。
「もう少ししたらうちの従業員と探しにいこうかって話をしていたところなんだよ。エルフマン神父の命の恩人だってのに、うちの兄が失礼な真似してすまないね。どうぞ」
俺は女将さんに続いて老舗の高級料亭竜宮に足を踏み入れたのだった。
「うち、ランチっていうのかい?あれはしてないんだけど、まあ今回は兄がお金を出すっていうからね。心配しないでたんと食べておくれよ。エルフマンはあたしがここに嫁ぐ前からよくしてくれた家族みたいなもんだからね、感謝の気持ちさ。受け取っておくれ」
案内される部屋は一番奥のようだ。......もしかしなくても、とっても高いところではなかろうか。
女将さんは曰く、竜宮は江戸時代に興った花街のひとつで、その後明治維新を経て、日本を代表する花柳界となり、多くの著名人をはじめ、海外からの賓客をお迎えして、現在に至る料亭だという。
また料亭とは、玄関の花一輪、屏風、
薫るお香に風雅を感じ、お座敷では
時季の料理と芸妓の舞を眺め、その傍らの床の間にはひっそりと覗く軸と花を愛でる。そんな日本の文化が創り出した風情ある空間と演出を愉しめる場所らしい。
普段と違う空気に緊張してそれどころではない俺に快活に笑った女将さんは、そのまま2階へと上がった。俺が入る前に女将さんが原田さんたちに声を掛けていたのか、エルフマン神父と女将さんと顔立ちや雰囲気が似ている男の人が立っていた。どうやら原田さんとはこの人のようだ。
「迎えも出さずにすいませんなあ、土御門ハルアキさん!安倍子爵のところにいらっしゃるなら、直接お使いを出せばよかったですねえ。いやはやとんだご迷惑をおかけして申し訳ない!」
名刺を受けとる。間違いない、原田商会の代表である原田さんそのひとだ。原田さんは握手を求めてきた。
「エルフマンから話は聞いてます。朝のミサ前に暴漢が天主教会に押し入ってきたのを撃退してくれたそうで!本当にありがとうございます!もしエルフマンになんかあったら、原田商会は終わりですから!あの日以来、積荷への嫌がらせがパタッと止んだんで、ほんとに助かってるんです。ありがとう、ありがとう」
「嫌がらせが?それはよかったです。金王屋やミルクホール新世界の流通はこちらが担っていると聞いていたので、心配だったんですよ」
「おお、そちらのお客様でもありましたか!ってことはうちのお客様でもある訳だ!?いやあ、ほんとうにありがとうございます。いくらお礼をいってもたりないくらいですね!土御門さんはお酒は飲まれますか?」
「あ......いや、まだ飲んだことないですね。帰れなくなると困るんで」
「なるほど......なら今日は心配いりませんな!安倍子爵のおうちなら存じ上げておりますので、お送りしますよ!」
「ほんとですか?ありがとうございます」
「お酒は嗜まれますか?」
「いえ......一滴も飲んだことなくて、あはは」
「そうですか、そうですか。なら今回はいい機会ですな!若い時に一流のものを知るのはいい経験になりますから!」
「私は宗教上の理由で飲めませんが、土御門さんはお気にせず楽しんでくださいね」
俺は戸惑いながらもうなずくしかない。
席に着いたら仲人さんがお茶を出してきた。なんのお茶だろうかと恐る恐る飲んでみると、お茶ではなく出汁かなにかのようだった。驚く俺が初々しいと原田さんたちが笑っている。昆布のお茶らしい。とっても美味しい。
そして、お品書きとかいう高そうな紙に達筆な字で料理が書かれていた。
(......よ、よめない......)
やっぱりこの時代の文章は鬼門だ、鬼門すぎる。首を傾げている俺に、原田さんたちは初めて来た高級料亭の雰囲気に呑まれてしまい、緊張で料理内容がよくわからないと思ったのか教えてくれた。......教えてもらった料理がまずわからん。原田さんは初めて竜宮にきたエルフマン神父を思い出すと笑っている。
「お酒自体が初めてだそうだ。まずは飲みやすいやつから用意してやってくれるか。俺はいつものやつで」
「はいはい、あんたの分はちゃんと請求するからね」
「わかってるよ」
生まれて初めて(まともな)お酒を飲んだ俺はアルコールの威力を思い知らされることになる。いっぱいでもかなりお酒が回ってしまった。
「おいおい、ちゃんと度数確認したか?」
「したさ、うちで一番度数が低いやつだよ」
「まだ俺には早かったみたいです、すいません......」
「いやあ、嫌いじゃないならそれでいいじゃないですか。次からはエルフマンと同じやつにしましょうか」
「お願いします......」
そうこうしているうちに、1品目が出てきた。どうやら一品一品出てくるようだ。
1品目は菊花ぽん酢和へと新鮭子柚子醤油。漢字が多すぎてわからなかったが、お皿を見て、ようやく内容を理解した。あー、こんな感じの前菜なのかなるほど。
原田さんに促されて恐る恐る食べてみる。
このイクラ、当たり前だが俺の時代の人工イクラという今まで食べたどのイクラより美味しい。柚子醤油での味付けが、イクラの味を濃い目に引き出してくれているみたいだった。とにかくとっても濃厚だ。
「若狭の人にそういってもらえるとは嬉しいねえ。海産物となると日本海側の人は舌が肥えてるから。妹にいったら喜びますよ」
2品目は茶豆すり流しと煎り茶豆。すり流しの意味がわからなかったが、魚介類や、枝豆や銀杏、栗や豆腐などを、よく擂り潰し、だしでのばして汁物にしたものをいうらしい。茶豆の下にすり流しがある。茶豆は爽やかさと味の濃さが同居してて本当に美味しい。すり流しは自然な甘さが最高だった。
名田庄村でも似たようなやつがでてたけどすり流しっていうのかこれ。
3品目は、かます焼霜子袖鮨。無限に食べられるんじゃないかと思える、口当たりの柔らかさだった。食べきるのが惜しい。
4品目は子持鮎塩焼きとみぞれ酢掛け、叩き葉山椒がある。鮎らしい甘みと苦みをさっぱりと食べられた。
5品目はすっぽんと焼栗麩、寸浅葱の丸吸い仕立て。すっぽんの美味しさが中質された美味しいスープだった。わかりやすいくらい日本一効く、かつ日本一高い、エナジードリンクなんじゃないかと思う。
6品目は鯛、烏賊、雲丹等のお刺身。ねっとり甘くって美味しい。烏賊は切目が奇麗に入ってて、歯ごたえがあるのに歯切れが良い。
甘鯛若狭、水菜、椎茸、占地茸(しめじ)浸しという名前の料理だった。甘鯛の美味しさが堪らなかった。
次は朴葉焼。原田さん曰く、ほかの料亭だとこんな大きな葉っぱで出てこないらしい。和牛ロースと茄子を朴葉味噌で下味をつけている。銀杏も入ってていた。これをご飯と食べるとおいしい。
そして、鰻有馬煮と、栗焼目という謎料理が出てきた。有馬煮は実山椒と醤油・お酒で煮たものでらしい。兵庫県の有馬が実山椒の産地で、そこで生まれた料理だそうだ。
ご飯は栗ご飯。栗のほくほく感と絶妙な塩加減が最高だった。
最後は水菓子と甘味。甘味は葛饅頭。最後にお抹茶でシメだった。
気づけばもう夕方だ、どうやら三時間も食事をしていたらしい。高級料亭ってすごいんだなあ。通りで酔いが覚めるわけだ。......酒飲んでから仕事いく大正時代のデビルサマナー凄すぎるだろう、どんな体質してるんだよ。