「デモノイドの性能向上......いよいよ前線に投入するんですか?」
俺の問いかけにセンターの科学分野のトップに君臨している白衣の男性、目加田博士がうなずいた。
「ネオメシア教の活動があまりにも目に余ると元老院はお考えなのだ。最近は、とりわけネオメシア教の活動が激しさを増しているからな」
「ああ、なるほど。たしかに、最近の俺達の仕事はカオス教団のアジトの制圧より、ネオメシア教の掃討の方が多くなってきています。やっぱりそれだけ脅威なんですね」
「その通りだ」
ネオメシア教。メシア教の急進派である彼らが一様に口にするのは、宇宙を含めたすべての世界の創造主は、今日に至るまで明確な意志を一度たりとも示したことがないということだ。
そのため、センターの中核を担う元老院たちは焦っている。神から神託が降りてこないからだ。なぜなのか、堂々巡りの議論のすえに、救済という言葉に対する解釈すら齟齬が生まれていると糾弾していた。
世界は人間が治めるのが神の意志であり不干渉であるべきなのか。人間を徹底的に管理するのが神の意志であるのか。センターは決断を迫られているのだという。
ネオメシア教が本来のメシア教と違うのは、人間の手で神に等しい存在を作り出し、その神を崇めている点である。
理念は「永遠に人類が破滅せずに生きられるようにするための管理」であり、発展の原動力でありながら破滅の原動力にもなりうる、人間の根源の力である「欲」が鍵を握っているという。具体的な方法がいまいち見えてこないが、ようするに人間が自由意志をもつことが神の意思なのだから、それを尊重した上で人間主導かつ人間のための管理をすべきだという。だから、誤解を恐れずにいうならば、極端な話、ガイア教がこのような形に行き着いても不思議ではないと俺は考えている。
もちろん、メシア教から分派したとはいえ、ミレニアム内においてメシア教以外の宗教が公認されることはまずない。カオス教団より排斥の優先順位が高いのは、彼らがかつてメシア教徒だったためにセンター内に潜伏しているからだろう。
「うむ。だからこそ君たちテンプルナイトの優秀な遺伝子がデモノイドの性能向上には必要不可欠なのだ。協力感謝する」
「とんでもないですよ。テンプルナイトっていっても、俺は同期ん中じゃパッとしないし。まさか声がかかるとは思いませんでした」
「そんなことはない。このプロジェクトを開始するにあたり、君たちの遺伝子情報を調べさせてもらったんだが、きみはどうやらかつて陰陽系の神道に精通していた一族の出身だと判明したのだ。少しでも多くの才能をもつ優秀な遺伝子が欲しいからな、きみはふさわしい人材だよ」
「えっ、陰陽道?安倍晴明の......いや、あれは神道ではないか」
「いや、まさしくそうだ。きみはかの一族の遠戚にあたる」
「本当ですか?俺の両親は遷都したのち悪魔の襲撃で滅んだ日本の中枢にいたから、保護されてからは一級民になれたとは聞いてますが、大破壊が起こる前は京都にはいませんでしたよ。むしろ山奥のど田舎に住んでいたって聞いたんですが」
「その山奥こそが安倍晴明の遠戚の隠れ里だったのだ」
「隠れ里......」
「きみは優秀なテンプルナイトだと聞いている。その力をセンターの治安維持のために是非とも使わせてくれたまえ。カオス教団がキメラプロジェクトにより、センターへのテロを目的に拉致した人間と悪魔を合体させ、保護したところに悪魔に変じさせる事件が起こったばかりだ。ネオメシア教の連中もいつ似たような事件を起こすかわからん。我々は市民を守らなければならないからな」
俺はうなずいた。
「詳しい説明は花田からあるだろう。今日は一日よろしく」
「わかりました」
助手の花田研究員によれば、TOKYOミレニアムの生活のために、メシア教の科学者が悪魔を素体に造り出した人造生物デモノイドは、食料用や労働用として造られ、ヴァルハラ・エリアの闘技場ではショーを盛り上げるためのかませ犬としても使用されているのは周知の通りだ。
それが今や人造悪魔が作り出せるレベルに到達しているという。
「そこに人間の遺伝子を転写......ですか、キメラプロジェクトなにがちがうんだろう」
「あなたをデモノイドと合体させるか、させないかの違いですよ」
「ああ......それは大きいですね」
「問答無用で合体させられるよりはいいでしょう」
「たしかに」
俺は頷くしかない。テンプルナイトとして役に立たないから、デモノイドと合体しろといわれるよりはマシだ。
「......でも、知らなかったです。俺に陰陽師の血が流れてるなんて」
「よろしければ、ご覧になりますか?あなたの出自について、書いてありますよ」
花田研究員に提供された資料に、俺の両親が住んでいた地名が出てきたものだから、ほんとうに驚いた。本当に陰陽の隠れ里だったようだ。
陰陽師は、朝廷の役所「陰陽寮」に仕える役職で、古代中国の陰陽五行説に基づき、天文・暦・占いなどを司る、今でいう公務員だ。
平安時代の大陰陽家として名高い安倍晴明を始祖とする土御門家は、「陰陽寮」の長官を世襲していたが、応仁の乱などの戦火を逃れるため、1400年代にこの地に移り住んだそうだ。
この地でも、陰陽道の主祭神である「泰山府君(たいざんふくん)」をまつり、天文道場を開いて星の運行を読みながら、その後3代90余年にわたって暦作りに携わった。
その後も、その土御門家の子孫や系譜の人たちが暮らし、陰陽道の数々の儀式を脈々を受け継いでいた。
安倍晴明を祖とする陰陽道宗家・安倍氏嫡流の土御門家とは歴史的に関わりの深い教団ではあるものの、陰陽道そのものではなく、一般に神道系と見なされる団体だった。また、土御門家の末裔ではなく、本庁の管長を担う一族は土御門家の遠戚が担っていた。
陰陽道・ことに天文道を家学として受け継いだ安倍氏の嫡流が、室町時代に「土御門」という苗字を名乗り、以後は土御門家を称する堂上家として朝廷に仕えた。室町中期から戦国期・安土桃山時代にかけては、都の戦乱を避け、有宣、有春、有脩、久脩の4代にわたって、所領のある若狭国名田庄、つまり俺の両親の故郷だった。
戦乱の終息後、都に戻ったが、秀次事件に連座し、豊臣秀吉の怒りを買い、またしても都を追われることになってしまった。
そして、徳川家康により陰陽道を保護され、長らく名田庄村は土御門家の御陵地として恩恵を受けることになる。
ただし、明治維新後の明治3年(1870年)に陰陽寮が廃止され、太政官から時の土御門家当主晴栄に対して、天文学・暦学のことは、以後大学校(東京帝国大学の前身)の下に設置された天文暦道局の管轄になると言い渡しを受ける。
さらに、同年閏10月17日、太政官布告745号天社禁止令が出され、陰陽道・天社神道自体が禁止されてしまう。それによって陰陽師の身分もなくなることになり、陰陽師たちは庇護を失い転職するか、独自の宗教活動をするようになった。
土御門家の遠戚たる分家筋は名田庄村に帰り、土御門神道をそうした状況の中で、古神道などの影響を受けながら、かつての土御門家の家司や弟子たちの手によって細々と守られてきた。
そして、戦後の昭和21年(1946年)5月21日、「天社土御門神道」が復興された。初代管長は土御門範忠。
そして、土御門家の遠縁にあたる人間......つまり、俺の祖父が代表をつとめ、中国古来と現代の理論を融合させて独自の神道を守り、なおかつ陰陽道の儀式を守りつづけていた。
本家とは距離をとり、後継者に恵まれず、それは終わりをつげるはずだった。機運が高まったのは、199X年。悪魔が日本の各地に跋扈し始めたあたりで、悪魔に対抗する手段をもとめた自衛隊大将にもとめられ、応じた。
ここからは俺の階級では閲覧できない情報らしく黒塗りばかりでろくに情報が読み取れない。
「なるほど......全然知らなかったな。名田庄村か......大破壊のあとどうなったか全然知らないや」
「あ、この治験のあと、たしかお休み申請されてますよね。外出されますか?なら、申請に口添えしてあげますよ。自分のルーツがなんなのか、知りたいのは当然の心理だろうし」
「ほんとうですか?ありがとうございます。これならセンターからの許可もすぐ降りそうだな、よかった」