流星降臨(葛葉ライドウ)   作:アズマケイ

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東京駅八角ドームにて

東京駅の八角ドームは三階分跨って、さらに天窓のスペースがある、4階分に相当する高さがある吹き抜けだ。その天井は一見すると円に見えるがまさしく八角形である。

 

ドーム下の八角コーナーには、左を向く八羽の勇猛な鷲が取り付けられており、両翼を広げた約2.1mの大鷲は細部にわたり躍動感にあふれている。

 

さらに干支の彫刻がドーム内の8カ所のコーナーに、その干支の方位に従って十二支のうち八支の彫刻が配置されている。残りの四支、子(ねずみ/北)、卯(うさぎ/東)、午(うま/南)、酉(とり/西)は省かれており、代わりに設置されているのは四門獣なのだが、その意味を知る人間は少ない。

 

八角は火星の魔法円であり、ソロモン王の魔法円にも通じている。ドーム天井に青龍、朱雀、白虎、玄武の四門獣がステンドグラスとして刻まれているのだが、江戸時代に存在したかつての霊的な守護の結界には遠く及ばない。ヤタガラスは平安京を守った羅生門に等しい御門だと抜かしているが、鬼門の概念すら排除して西洋の結界を取り込んだところで自ら破壊した護りの代わりはつとまらない。いくら大正の世は帝都の正面玄関たる東京駅が羅生門のように魔物の侵入を食い止めていると主張しようが、実際に帝都を歩いてみればどれだけの魑魅魍魎が既に入り込んでいるのかという話である。

 

だが、ここが、鉄の結界が破られたら最期だ。いよいよ帝都は崩壊する。なにもしないよりはやった方がマシだった。いやすることがそれしかないという絶望ですらあった。

 

サイガは昨日会話した土御門ハルアキという青年が足を止めて考え直すことはできないかといったことを思い出し、気分が沈澱するのを感じた。

 

先人たるサイガたちの体たらくでハルアキたち将来人たちは想像を絶する未曾有の災禍に幾度もまきこまれ復興してきたというが、何の問題があるのだと問われるのは精神的に実にこたえた。当時の人々が選びとってきた最適解の先に自分がいるんだからそれが後から見れば間違いだろうが糾弾するのは筋違いだと彼はいっているような気がした。実に他人事だ。歴史を批評する側の人間なのだ、ハルアキは。そこに私情が入り込む余地がないほどハルアキは日本という国そのものに興味を無くしていた。絶望視すらしていない。それはすなわち、ハルアキの時代に日本という国はすでに存在しないというまぎれもない証だった。

 

「今からでも遅く無いというのなら、後世のためになんとしてもこの国は護らねばならない。そうだろう......其れが儂にできる唯一の贖罪だ。せめてこの結界の臨界点を超えて昇華させることができれば、それは少なくても山手線の内側だけでないかは警護できる強固な盾になる。八角御門の霊力を増幅し、少しでも帝都に降りかかる未曾有の大災禍を除せきせねばならん」

 

サイガの四方から微小な粒子が螺旋を描いて舞いあがっていく。天井に向けて舞い上がる粒子は次第に速さを増し、量を増し、ステンドグラスに吸い込まれていく。周囲が淡く美しい皮膜に包まれていく。

 

「───────やはり、霊祀(れいし)には足らんか......。殉国の士は多けれどまだ足りぬか......本当に明治政府の英霊による結界は強化が難儀だ」

 

霊祀(れいじ)とは、神道に則って故人を祀る際に、その御霊を依り代にうつし、奉ることだ。それに必要な霊璽は仏教における位牌に相当するもので、御霊代(みたましろ)とも呼ばれる。この八角ドームはまさに帝都を守るために英霊を集める位牌というべき役割を果たしていた。

 

明治政府が新たに敷いた結界を強化するには死人を英霊に祭り上げることで国の盾にしなければならない。なんという矛盾。なんという歪な結界。民がいなければ国は成り立たないと法で定めておきながら、民を盾にする霊的な守護の結界を強化しなければならない。

 

秘密裏に進めた計画により今までになく結界は強化されているものの、いくらかつてないほどの巨大な結界だと主張したところで、江戸時代の結界の全盛期を知る陰陽師たちあたりに言わせれば失笑ものだろうことは父から伝え聞いていたサイガも嫌というほどわかっていた。それでも今更計画を中止することはできない。

 

なにもしなかったから帝都が滅んだなどという結末だけはサイガは断じて容認できない。他に方法がないかなど既に探しつくした。万策は尽きている。サイガがヤタガラスの本家にいたならばもっといい方法が取れたのかもしれないが、ヤタガラスが軍部に影響力があれば連携が取れたのかもしれないが、サイガが生まれた時点で帝都はこうだった。妥協でしか無いがなにもしないよりはマシだった。

 

「もう少しだ......もう少しで結界は臨界点を突破する。そうすれば......将来性ある若者が育ちきるあいだは持つだろう」

 

サイガは腕時計を見た。

 

「サイガ、今日は本当に好きにやってもかまわないのだろうな?」

 

その輝きから外れるような影がいつのまにかサイガの真後ろに立っていた。

 

「アルカードか」

 

「ギギッ、街を巡っての死人集めなどもう沢山だ。好きにさせてもらうからな」

 

「ああ、期待している」

 

サイガの言葉に虚をつかれたのか、しばし影は沈黙した。

 

「サイガ」 

 

「なんだ」

 

「......いったいどうした、サイガ。あれほど頑なに殺してまでは集めるなといっておきながら......それがヤタガラスの監視をすり抜ける手段ではなかったのか」

 

「勘づかれたようなのでな、時間がないのだ」

 

「誰にだ、あの小僧にか?目覚めるのは数ヶ月先なんだろう?それともあの将来人か?だったら初めからそうしておけばよかったのだ!人など腐るほどいるだろうに!」

 

「この結界は殉国の徒の魂でなければ強化はできない。だから原因不明の死人を祭り上げることで所在不明の魂が昇天すると同時に殉国の徒にすることができている。無作為に人を糧にはできんと話したはずだが」

 

「それは昨日までのお前なら説得力があったがなあ......これから暗示をかけて心中させるやつがなにをいう。今回の方向転換さえなければ誰も手だしできなかったものを」

 

「だから時間がないのだ......儂の行動自体が不都合だと断じる勢力がいずれあらわれる。この混乱に乗じてこの結界を破壊されることだけは避けなければならん」

 

「......おい、何だそれは初耳だぞ」

 

「儂の覚視はいつでもどうしようもなくなってから機能するのだ。この結界だけは完成させなくてはならん。儂の命にかけて」

 

「招待客の命にかけてのまちがいだろ」

 

アルカードは失笑する。なんとでもいえ、とサイガは返す。

 

「......そろそろ時間か。準備の頃合いだな。死人が死人を呼ぶ。さあ、いこうか」

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