会場の両面には自然光が降り注ぐ開放感に溢れた広い窓が有り、 庭園を臨むことができるこの会場は、自然をモチーフとし「森」や「山」をイメージしている。高砂を雄大な景観で飾る「蓬莱山」の綴錦織は、天地3.6mm、左右18mという、継ぎ目のない織物としては世界最大級のもの。
また、幾何学的なデザインで格調高い美しさを兼ね備えたシャンデリアを配しており、 明るく壮麗な綴錦織を含め、和風はもちろん和洋折衷としても設えが可能だという。
名士や士族ばかりが集められたパーティ会場では、俺の知らないクラシックレコードが流れている。招待状が召集令状に似ているのは、陸軍関係者がたくさんいることを背景にした洒落みたいなものだろうか、大正の洒落はよくわからない。それだけではなく、江戸川乱歩や松永健夫といった有名人もいるようだから、サイガの計画が実行されたら甚大な被害が及ぶのは間違いない。
明治政府の結界を臨界点までひきあげるためとはいえ、たった250人程度で足りるのか。足りるわけがない。まだだ、なにかあるはずなのだ。たくさんの人を殉国させるための手段が。俺たちはまだその全貌をつかめないでいる。
サイガはパーティ会場の真正面にある主催者がいるべき舞台に立ち、観客たちを真っ直ぐに見下ろしている。シャンデリアの光が一番あたるそこに否応なく注目は集まっていく。ワインを片手に祝辞を述べ始めた。目立った行動ができなくなるとふんだ俺はそれとなく壁の隅による。給仕からワイングラスを受け取り、見よう見まねで立ち止まる。
やがて乾杯とサイガはワイングラスを持ち上げた。周りはみんなワインを飲む。俺は飲むフリをした。
サイガが慣れた口調で喋りはじめる。貴族議員だから当たり前だが話すのはとても上手だ。安倍さんに言わせればいつもと変わらない飄々とした演説に近いらしい。まったく喋るのが本当に好きだな、と安倍議員が頬を緩めているようだから、なおのことなんだろう。これは性分かなにかだろうか。
時事や歴史的背景がぼんやりとしたものしかわからない俺は、いまいち耳に入ってこないが、招待客に軍部の上層部がいて和やかな雰囲気なあたり、おそらく耳障りな言葉は一言もないはずだ。
言葉の意味はもちろん言い回し、慣用句、比喩、のきなみわからない俺は疑問しか浮かばないが、サイガの講説に耳を傾けているわりに、みんな普通のパーティをしているのはさすがにおかしいとわかる。
軍人がニコニコするような演説なら真面目な話だってあるだろうし、相手が軍人なら直立不動で真面目に耳を傾けるのが教育されているはずだから、くれぐれも用心してねと安倍さんからは言われているのだ。さすがに空気を読むことくらいできる。
だというのに、真面目な顔をしてサイガの講説に耳を傾けているのは、俺や安倍親子、14代目といった人たちだけなのだ。有名な実業家はもちろん財閥、軍部上層部の人々にいたるまで誰一人耳を傾けず、パーティに夢中になっている。あまりにも異様すぎて怖くなってきた俺は招待客に目を向けた。
料理は勿論、金縁の献立通りに燕尾服の給仕によって運ばれている。招かれぬ客もいないし、主賓が欠けているわけでもない。乾盃から卓上演説まで、すべて遺漏なくプログラム通り運ばれている。
しかも、始めから終りまでその席に連なり、プログラムの予定通りの進行の証人となっているうち、その会合全体のうちに、俺たちだけが何の趣味も意味も感ぜず、突然変な不安にうながされて周囲を眺めまわしていることに気づくのだ。誰一人、俺たちの感じるような屈託は持っていないと云う発見で、ますますその場にそぐわない感じを強めた。
講演を終えて演壇に立ったまま、聴衆からの質問を待ち受ける人のような姿勢で、サイガは右から左に見渡した。そして笑うのだ。
「しかるにワシントン軍縮会議によって我が国は軍縮を余儀なくされ、兵力削減となりました。我が国は帝都を守るべき兵力を減少したままであり、この状況たるは悲惨そのものであります。身を挺しても帝都を守る。その意気、心構え、根性がある人間はどれくらいいるのか......」
その言葉にひとり、ワイングラスをかかげて男が儂がそうだと叫んだ。ほろ酔い気分なのか、顔が赤らみ、足元がおぼつかない。見た目からして華族なのは間違いないが安倍親子やサイガと比べると貴族というよりは裕福な紳士という印象を受けた。男爵だろうか。
彼に気圧される形で、ひとり、またひとりと手を上げ始めたかと思うと、先程までのサイガをガン無視した和やかなパーティから一転して、誰が一番国のために尽くせるのかを白熱して争う異様な空間ができあがっていった。
初めからそうだったなら、なんとも思わなかったのだ。陸軍将校や財閥のトップなんかが顔を合わせるこの場で、主催者であるサイガがそんな趣旨の話をずっとしていたのだから、そんな空気になるのはむしろ自然な流れのはずだった。今の今までそれをガン無視してパーティに興じていた招待客たちがいきなりサイガに賛同し始めたのだからおかしいのだ。
これは暗示かなにかをかけられたのかもしれない。あたりを見渡しても悪魔の姿はなく、気配を感知することもできない。人が空気に飲まれた主ではサクラがいた様子もない。わけのわからないまま、俺はあたりを見渡していた。
その、刹那。視界が暗転した。
「!?」
俺の目の前から人が消えたのだ。
「あれっ!?」
あたりを見渡すが人っ子一人いない。
「しまった、結界かッ!?」
俺はCOMPを探る。マッピング機能を展開する。
「あっちか!」
八角ドームに敵影を確認した俺はそのまま走り出したのだった。
「......あれ、ハルアキ?」
星命は忽然と姿を消した末裔を探していた。そのとき、事態は大きく動き出すことになる。
「おやおや、もうおかえりですかな?陸軍将校殿」
サイガではない声があたりに響いた。星命は反射的に顔をむけた。サイガも講説をやめる。星命は走り出した。だめだ、距離がある。
「───────来たか」
我も我もと騒がしい群衆を物ともせず、ひとりの男がゆうゆうと多忙を理由に退出しようとした陸軍将校に近づいていく。懐に手が入る。
護衛と思われる軍人が間に入る。それでも男は近づいていく。軍人も応戦しようとしたが遅い。
「お前が動くのは70年早いのだ、死ねッ!!」
男の叫びとともに落下するシャンデリア。軍人があわてて陸軍将校をかばい、ひとりが下敷きになってしまう。シャンデリアの下から流れ出す血。女性の悲鳴が聞こえた。14代目と来ていた女性記者だ。
「なんだ......これは」
悲鳴ではなかった。代わりにいたのは、在りし日の乳母だった。