弱点がわかったことが突破口になると思ったのは完全に早計だったようだ。麻痺による行動不能という制限と電撃弱点というハンデを背負ってなお、男は健在だった。
たしかに焼け焦げた匂いがしているし、ショートしているのか、神父の礼服から露出したサイボーグの体からは時折花火が散ってこそいた。だがそれだけだ。驚くべきことに男の攻撃力は全く衰えていない。
刺されても頭部を剣で貫かれても平気、人間を焼き尽くす魔法や数発で人を死に至らしめる即死魔法が効かない という脅威の防御力を誇っている。
しかもテンプルナイトである俺がギリギリ視認できる速度で動きつつ攻撃してくる。だが時折、瞬間移動能力を発動できるようで、その力に認識範囲の相手も巻き込めるらしく、あやうく俺は冥府の川を渡りかけた。
「《セアカトルの再臨》ダッ、感謝シロ、サマナー!!」
現世に引き戻してくれたのは、ケツアルカトルだった。
「ありがとうな、ケツアルカトル。助かった」
「アオーン!!オレサマノ敵、オマエの敵!!ダークサマナー、オレタチの敵!!イマスグ、アイツ、マルカジリ!!!」
ケツアルカトルのおかげで瀕死状態だった俺は完全に回復した状態で復活することができた。俺はCOMPを確認する。形勢を今すぐ立て直さなければならない。
そんな俺を見て、男は笑った。
「なに笑ってやがるッ!!」
「どうやら俺はテンプルナイトという存在を少々甘く見ていたようだな。俺に二度も戦いを挑んで、最後まで立っていられたのはお前が初めてだ、土御門ハルアキ」
「なに終わりみたいな態度してるんだ。こっちはお前を逃す気はないんだが」
「俺の今回の役目はあくまでもお前の足止めだ。あちらに戻れなければ意味はない」
「..................俺を隔離したのはやっぱあんたか」
「いや、隔離したのはサイガマゴイチで間違いないとも。この状況を利用させてもらったのは間違いないがな」
「どういう意味だ」
「霊的な守護の結界を強化するために、殉国の徒に値する人間がいるであろう由緒ある人間たちを選別し、招待する。やつにその気はなかったとはいえ、これから起きる歴史改変の首謀者たちを一箇所に集めてくれたことだけは感謝しなければなるまい」
「......お前、なにいって......?それはあいつが起こすんじゃ......」
「40代目葛葉ライドウがなんの研究をしていたのか知っているくせにわからないとは、やはりお前はただの凡人よな」
「......遺伝子工学のことをいってんのか?先祖を遡って記憶を転写......ってまさか」
「サイガマゴイチの目論見を完遂することが結果として歴史改変を最小限とすることができるのだ。ゆえにお前にはここから出ることは許さない。お前が帰還するのは全てが終わってからだ、土御門ハルアキッ!!」
「ハルアキ、来ますよ!」
「キヲツケロ、サマナーッ!!マタシヌナヨッ!!」
俺はあわてて男から距離を取る。男の足元にはいつかのような自分を守るための魔法陣が形成され、これから召喚される悪魔の脅威を示すような強固な結界が展開されはじめたのだ。
これではただでさえ通りが悪い物理攻撃はもちろん、唯一のダメージソースだった雷撃すら通るか怪しくなってきた。これは悪魔を倒さなければならないパターンだろう。
悪魔の気配がする。ひとつではない。ふたつだ。こいつ、COMPもないのに悪魔を2体も同時に召喚しようとしている。俺はあわてて味方に防御力を強化する魔法を重ねがけするようドミニオンに指示する。
「サイガには感謝しなければなるまい。やつのおかげでここ、異界東京駅はこの上なくマグネタイトで満ちている。ゆえに雑魚の邪鬼で妥協しなくてもいいのだからなッ!!」
邪鬼、それは邪神に仕える鬼たち。強い欲望ゆえ最底辺にまで貶められた神々や精霊のなれの果てであり、頭には復讐と破壊を求める残虐な欲望しかないといわれている存在だ。思想としての属性は自分の思想云々と言うよりは、単純に気が赴くままに破壊的行動を起こす性質がある。他者に支配されるのを極端に嫌い、自らを動かすものは欲望のみである。俺はまず悪魔会話すら成立しない存在だ。かなりの上位者を召喚するということは、やはり初戦は本気ではなかったということだ。
その実力を俺は最前線で目撃する羽目になる。
「来い、邪鬼ヘカトンケイルッ!!」
「なっ!?」
ヘカトンケイル。その名は百の手を意味し、五十頭百手の巨人の名ではないか。
天空神ウラノスと大地の女神ガイアとの間に生まれた子供達であり、コットス・その名は「怒り」を意味する。ブリアレオス・ギュゲス百腕巨人ヘカトンケイルの三兄弟のうちの一人だ。
そのあまりの異形から父ウラノスから忌避され、後に生まれたサイクロプスの3兄弟と共に母ガイアの胎内に押し戻されてしまう。
無数の剛腕で1度に300の大岩を敵に投げ付けてゼウスたちを支援した。この大岩はひとつひとつが山の如き巨大さを誇り、着弾の衝撃で大地が揺れ動くほどであった。大岩による攻撃を休み無く続けたヘカトンケイルたちは、膠着状態に陥っていた戦況を変え、ゼウス側が勝利する一因となった。勝利後はタルタロスに幽閉されたティーターンの監視に就き、地上から姿を消したと言われている。
俺の目の前で八角ドームに亀裂が入る。畏怖の咆哮が辺りに木霊した。
「来い、死神オルクス!!」
それはローマ神話に登場し、もともとは属州エルトリアの神だったといわれる死神の名前だった。
エルトリアの墓所に残された髭の生えた恐ろしい姿の巨人の壁画が、発見者によってオルクスであるといわれている。
オルクスの名はギリシャ神話のHorkos(偽りの誓いに対する呪いの神格)を元に音訳され、冥府の神プルートーと同一視された。
悪人を死後に苦しめる神として、おもに農村部で崇拝されたために、ローマ帝国が滅亡した後も中世ヨーロッパにおいて、髭もじゃの自然神ワイルドマンとして祀られたという。
人喰い鬼であると伝わるオウガを表すイタリア語のorco(オルコ)、フランス語のogre(オーガ)の語源であるともいわれる。
その姿は魔神の顔と融合した石造りの門で、口にあたる部分の門戸の中には深淵が広がっている。
「全てを喰らい尽くせ、生きて返すなよ」
男は不敵に笑った。邪鬼と死神はうなずいている。間違いなくこの男に使役されている悪魔に違いない。これはまた硬そうな悪魔たちだ。徹底的に俺のリソースを削り切る消耗戦をしかけてくる気のようだ、厄介な。
そんなことを考えていると、男のの輪郭がなんの前触れもなく急速にぼやけていくことに気づく。サイガとまったく同じ消え方だと気づいた俺はあわてて叫んだ。
「待てっ、逃げる気かよ!!まだ勝負はついてないぞ!」
「俺はまだやることがあるのでな、お前はせいぜいこいつら相手に足止めを食うがいいさ。───────生きて帰れたら相手くらいはしてやるよ」
「このっ!!」
オルクスが八角ドームの起点に憑依してあたりを巻きこみ、無作為に空間を吸い込み始めたではないか。このままでは俺たちもろともオルクスに飲み込まれてしまう。舌打ちした俺をみて、男は意味深な笑顔を残して消えたのだった。