藍染の緋色の着物に牡丹模様の帯をした、藤色の口紅のよく似合う妙齢の女性は、ライドウを錠平と呼んでいた。まごうことなきライドウの本名である。
葛葉ライドウは代々襲名制である。これは、代替わりしてもヤタガラスに忠誠を誓い、この地に生きる人々の安寧を守るという悪魔召喚士としての家職の連続性。職能水準の保持の内外への表明でもある。
その家が獲得した社会的信用、顧客や仕入れ先や同業者などからの評価に応じ、社会的期待を裏切ることのない家業、家職を保持する努力が後継者には要求されることを意味する。
葛葉ライドウを代々輩出する里に生まれてライドウ候補生となった幼いころ、一時的に名乗る名前にすぎない。今戸籍上も改名しているだろうから、母親が黄泉の国の住人ならばその名をしる人間はこの世にいないだろう。今やその名を叫ぶことはヤタガラスに対する忠誠を誓うときの定期的に行われる儀式でしかないはずだ。
ゴウトは気を遣ってその名を呼ばないでライドウと呼ぶようにしているようだが、まさかこんな形で知ることになるとは思わなかった。
ライドウにとっては急所といえる存在なのだろう、悪魔の軍勢がすぐそばまで来ているというのに死人との会話に夢中になっている。なるほど死人に囚われた人間は自ら死を選ぶか、あるいはこの悪魔たちにより致命的な油断や隙を狙って殺されるのだ。
ライドウの見ていた死人は、おそらく死に別れた母親だった。
(強い人だな......死に別れた我が子に開口一番魔物に堕ちたから切れか)
どうやらライドウの母親は守護霊としてライドウを見守っていたのだが、サイガによりその殉国の徒に相応しい魂と見定められ、その断片から黄泉の国から本体を引きずりだされ、傀儡となってしまったらしい。
我が子の使命を邪魔する悪霊になったから切れというのだ。
(さすがのライドウも動揺してるな......僕もお母さんが来てたら危なかったかもしれない。そういう意味ではよかった)
せっかくの親子の邂逅を邪魔しようとする悪魔を排除していると、ライドウの母親に気づかれてしまった。
驚くライドウに今の今まで気づかなかったのですか、と叱責する母親はさすがの貫禄である。守護霊だけあって、ライドウが初めてできた仲間がどれだけ嬉しかったかお見通しのようだ。そんな初めての仲間を危機に晒すとは悪魔召喚士の風上にもおけないと叱られるライドウはなんだか微笑ましかった。
初めてできたお友達何度も連呼されるとなかなかむず痒いものがある。そんな幼稚園児じゃあるまいし。葛葉の里はあいかわらず実力者ではあるが純真無垢な人間しか輩出できないようである。そんなんだからこの世の不条理と理想の乖離に耐えきれなくなってダークサマナーになる人間が多いのだ。大丈夫だろうか、当代のライドウ。ちょっと星命は心配になったのだった。
「......」
「......」
「ええと、」
さすがに湧いてくる悪魔たちの数が多すぎて十二神将の実力を十二分に発揮できない星命の実力では秘密裏に戦闘をこなすのは初めから無理だったのだ。とはいえタイミングが悪すぎる。星命は申し訳なくなって謝った。
「ごめんね、ライドウ。僕はきみより弱いから、これ以上きみと御母堂と話をさせてあげられそうにないよ」
「いや......すまない」
どうみてもライドウは恥ずかしくて死にそうになっていた。ちなみに見当たらなかったゴウトはサイガがその豊富な知識を警戒してか、死人が湧き出した瞬間にライドウと離れた場所に転移させられてしまったらしい。ようやく合流できたときには、近くの群勢をあらかた排除し、ライドウの母親を黄泉の国に送り返したあとだった。
「錠平......か、いい名前だね」
「......すでに捨てた名だ」
「それが葛葉ライドウを襲名するってことかい?」
「......ああ」
ライドウはうなずいた。
「助太刀感謝する、星命。今回は助けられてばかりだ」
「僕がなにもしなくても大丈夫そうだったけど?」
「いや......待っていてくれたんだろう、感謝する」
「まあ、たしかに悪魔たちがきみの背後を狙ってはいたけどね」
星命の使役する式神に食い尽くされたのか、あたりから殺気は感じられない。
「きみ、呪詛返しの心得は?」
「いや......」
「なら、呪詛に対する耐性は?」
「あったら幻覚にかからない」
「よし、わかった。少し待っていてくれ。かけてあげるよ。急拵えだ、長くは持たないけどね」
星命はそういって自らにかけているのと同じ大物忌神の加護をライドウにかけた。ついでに呪詛返しの式神をつけてやる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
『さすがは陰陽師といったところか、星命。この状況をどう思う?』
「あの男はサイガの儀式に便乗してパーティの参加者を殺したいダークサマナーなのはたしかだね。特に狙われた陸軍将校が気になる。帰れたら調べなくちゃいけないことがたくさんあるよ」
『サイガがいきなり方向転換をしたのは、自分の計画に便乗する輩の存在を視たからか?』
「たぶんね」
星命はためいきをついた。
「ハルアキがさっきから見つからないんだ。彼のドミニオンや魔法があればこの場を即座に鎮圧できるからだと思う。厄介なことにさっきから結界の様子が変だ。サイガは臨界点を突破するほど結界を強化したいみたいだけど、壊したいわけじゃないはず。なのに......」
『それは例の掃除屋が別の部屋で暴れてるからじゃないのか?さっきみかけたが』
「もう来てるの!?ああもう、なおのことまずいじゃないか!スケープゴートになってどうするんだよ、葛葉キョウジ!!これは誰かがこの潤沢なマグネタイトを利用して───────」
なにかがひび割れる音がした。
「......」
「......」
星命とライドウは顔を見合わせる。そして真っ青になった。そこから異様な殺気があふれてきたからである。