ゴウトがみたのは白装束の着流しの男だった。裾と袖部分には呪印の鍵模様が刻まれており、着物の腰に巻かれているのは帯ではなくガンベルト。下駄は裏鉄付きの雪駄だ。その首からは長々とした漆黒の断ち布がマフラーのように巻かれている。
太い縄で引いているのは樽型の棺桶。車輪もなく、平然と引きずっている。七星剣と墨痕される長方形の鞘が担がれていた。
伸ばし放題の前髪から覗く相貌はほしょくしゃのごとくぎらついていた。
この男こそが初代葛葉キョウジ。葛葉一族において初めて神道ではなく、悪魔召喚士としては霊力も召喚能力も劣るはずの陰陽道に精通している人間が名を起こすほどの前代未聞の実力者にして歌舞伎者といわれるほどの性格破綻者である。だが土御門宗家次期当主である安倍星命を差し置いて葛葉四天王の分家を起こすほどの実力者なのは紛れもない事実だった。だから余計始末におえないのだ。
ゴウトの案内に従い向かうと、なにもいなかった。悪魔の焼き尽くされた亡骸だけが延々と続いていた。古タイヤの焼いたような匂いが鼻を曲げる。陽炎のような白煙が漂い、炭化したガシャドクロやオボログルマ、クラマテングたちが転がっていた。
「噂通りだな......」
ライドウは言葉を失っている。
『彼奴はソドムの火を使っていた。火炎系の悪魔ばかり使役しているようだ。罪業の火を自在に使いこなす力と感覚は凄まじいの一言に尽きる』
「僕ら陰陽師が悪魔召喚をするには、神道系の召喚法より劣る霊力を依代を用意してカバーする必要があるからね。分霊を召還するより依代を介在する分、忠誠度は必要ないかわりに力が劣る。キョウジは数の暴力でそれを解決するんだ。あとはスキルを自爆系に絞ることで魔力を限界まで高めて爆発力をあげている」
「流派で得手不得手あるとはいえ、自爆するために蘇生させられる式神......いや悪魔か?は不憫だな」
「ライドウは優しいね。そういう見方ができるのは強者の証だ」
「......すまない、そういうつもりじゃなかった」
「僕はキョウジのやり方は非道だとは思わない、必要経費というやつだ。ただね、これはいただけない」
星命はそういってキョウジの強行に巻き込まれた炭化した遺体を前に眉を寄せた。それだけではない。明らかにキョウジの仕業と思われる殺戮の痕が残されている。さしずめ悪魔の掃討の邪魔だからともろともソドムの火で焼き殺したか、惨殺に巻き込んだのどちらかだ。
「掃除屋は文字通りライドウたちの悪魔討伐の後始末なり、不祥事の問責なりが仕事のはずなんだけどね。これじゃあ、どちらが事件の首謀者かわかったものじゃないよ。下手したらキョウジの方が今の時点では人を殺してるんじゃないかな?」
『殺された人間はカロンの導きにより昇天するとはいえ、それを利用して殉国の徒にするのを防ぐとは本末転倒にも程がある』
「ほんとになんでヤタガラスは葛葉キョウジを掃除屋にしたのか。そしてこの任務に着かせたのか。明らかにめんどくさいことになってるじゃないか。ただでさえ明治政府の結界の破壊工作を止めなきゃならないのに」
「遅れを取ったらダークサマナーごと結界も破壊されておしまいになりそうだな」
「なりそうじゃない、なるんだよ。そしてその隠匿に情報局は奔走する羽目になるんだ」
星命の周りに複数の複雑な呪印が施された紙がいくつも現れ、炭化した遺体の四方を囲う。それは簡素な社となった。
『宗源壇(そうげんだん)、灑水壇(れいすいだん)、太極壇(たいきょくだん)、 興与壇(こうよだん)の社壇か』
「それは?」
『陰陽道の最終奥義のひとつ、泰山府君の祭だ。まさか今の時代に扱える人間がいるとはな......。名田庄村にある天社土御門神道本庁で、執り行われている祭祀にその原形を見ることができるといわれているが』
星命は天地陰陽五行と千秋万歳を祈祷し、祭文を唱え、秘符と鎮札を駆使する。炭化した遺体たちはたちまち生気を取り戻していく。
「悪魔の力を使わないで使者蘇生を......すごいな」
「よし、これでいいね」
星命はふたたび式神を顕現させる。
「招待客たちを東京駅から脱出させてくれ。頼んだよ」
式神たちは一瞬にして消え去った。
『最終奥義を惜しげもなく使うか......さすがだな』
「キョウジがいなかったら僕らもこんなにしょっちゅう使わないよ。きみらと違って蘇生魔法を使える高位な悪魔とまず契約することができないからね、僕ら陰陽師は」
星命はどこか疲れたように笑った。
「ほんとになんであんな人間に葛葉四天王初の分家をたちあげさせちゃったんだい、業斗童子。これから代々葛葉キョウジの名はライドウやサイガみたいに受け継がれることになるんだよ?問題児を厄介払いするために継がせる気?」
『文句は葛葉ライドウの一族以外の葛葉の里の者にいってくれ、うちの分家では断じてない』
「でもヤタガラスに届けた時点で葛葉一族の総意によるんだろう?自称だったら僕らにまで風評被害が及ぶわけないじゃないか」
ゴウトは星命のジト目から目を合わせようとはしなかった。