八角ドームの向こう側は南ウイング部と呼ばれる箇所だ。もっとも異界化が進んでおり、もはや誰もが知る東京駅ではなくなっている。
そこだけがサイガが覚視でみた崩壊する東京とよく似た光景となっていた。異界側の結界が破壊されたのだとわかってはいても頭に血が上ってしまう。
黒煙と白煙がとぐろをまく。世界は爆炎に支配されていた。地鳴りが朗々と響き、揺れて歪む視界の奥に粉塵に纏われながら落下する影を見た。
サイガはかろうじて床面に激突する寸前に受け身を取れたようで、吹き飛ばされた勢いを殺さないまま反転し、追撃をかわすと反撃に転じた。
最奥のドーム全体が震度を続けている。
「老ぼれのくせにしぶといなァ」
崩れおちてきた煉瓦の先で笑いながら、サイガをみる長身の影がある。
「貴様、本当にヤタガラスの命を受けた掃除屋なのか?儂の結界は今やダークサマナーの手により現界と表裏一体になっている。このような戦い方をしては現界の東京駅にどんな影響があるかわからんぞ。ヤタガラスの規範に違反しているではないか」
「ハァ?そんなもんしるかよ、俺様はてめーの排除に来たんであって結界のことなんざ関係ねーなァッ!」
「なんだと」
「どーせ土御門宗家様が全部なかったことにしてくれるからなァ、何も心配いらねえってことだッ」
「ヤタガラスななぜお前を派遣したのだ、葛葉ライドウから報告は受けているはずだ」
「は、しるかよ、そんなこと。つうか俺様がまだ話してる途中じゃねーかッ、途中でわりこんでくんじゃねえよこの阿保ッ!」
サイガの足元が噴火した。火柱が上り、あたり一面が焦土と化す。サイガが跳躍しなければ消し炭になっていたはずだ。
「パーティ会場の招待客の大半を殺戮するとは......」
「だーかーらー、それはもう解決済みなんだよ、人の話きけぇ!安倍んとこの次期当主様が蘇生して脱出させてくれたから問題ねーんだよ。東京駅全体の結界は発動前にダークサマナーが騒動起こしたからなァッ!人払いしか貼れてねーんだろ、あとは俺様の仕事よ。さあ、大人しく死ね」
目の前の狂人の言葉はあまりにもサイガには受け入れがたいものだった。なによりもヤタガラスがこの男にサイガの討伐命令を出したという事実そのものがあまりにも衝撃だったのだ。
そこまでヤタガラス内部は腐敗し切っていたのか。いやサイガの狙いはすでに安倍星命を通じて報告はあがっているはず。にもかかわらず葛葉キョウジのような掃除屋を派遣したという事実を重く見なくてはならないだろう。帝都を守るという使命がある本来の担当者であり、真っ先にサイガの企みに気付いてとめようと奔走している葛葉ライドウという人間がいるにもかかわらずだ。
隠匿に走ったか、はたまた懇意にしているやんごとない身分への忖度か、この機を契機とみてサイガをよく思わない勢力が圧力をかけて消しにきたか。どのみちサイガが考えている以上にヤタガラスという組織は凋落の時期に差し掛かっているのだと思い知らされるには十分だった。
「それだけはできん。儂は全てをかけてこの結界を完成させねばならん。ダークサマナーだけでなく、お前の妨害により完成まであと少しのところでとどまっているのでな。ならば、その狂人じみた醜悪な魂だろうが糧にするには致し方あるまい。足しにしてやろう」
「はっ、やってみろよ。てめーの手下は全部やきつくしたけどなあッ!!ソドム、ゴモラ、やれっ!!」
「受けてたとう、葛葉の狂人よ」
「俺様は初代葛葉キョウジだっつってんだろーが、ふざけんなこの老ぼれがァッ!!」
あたりは地獄の業火に包まれるがサイガの周りに牙を剥いたそれらはすべて消し去られてしまう。
「葛葉四天王の分家、だったな」
「てめえ......」
「同じ分家とはいえ、そちらは葛葉。こちらは葛葉が忠誠を誓うヤタガラスの分家。楯突く相手は選ぶことだ、それが若さかね?それは時として死を招くこともあるのだときみは知るべきだ。それに......」
「なんだよ」
「きみはまず掃除屋としてあちらを倒すべきではないかね?あれは明らかに我々の漁夫の利を狙う不埒者だ」
「......」
葛葉キョウジはそちらを睨みつけた。
「この......魔力はッ......」
ただでさえ低い沸点に一瞬で到達した。
「この......気配はァッ!!」
そして、吠えるのだ。
「帝都全体で発生してる魔断震はてめーの仕業かァッ!!聞いてた話にしちゃどーもサイガと気配も魔力も違う気がしてたが、そーいうことかァッ!!おかげで掃除屋がどんだけ駆り出されてると思ってんだよ、ふざけんじゃねーっ!!殺す.....絶対に殺す......塵も残らず消してやる......このどいつだかしらねーがぶっ殺してやるからなッ!覚悟しやがれェッ!!」
そしてサイガを見るのだ。
「あいつも俺様の獲物だ......逃げるんじゃねえぞ、サイガァ」
「逃げるわけなかろう、やつときみの魂を捧げればちょうど結界が完成する計算になるのだからな。せいぜい消耗してくれたまえ。もっとも、あまり時間をかけすぎると、君の嫌いな邪魔がまた入りそうだが」
「ちッ、もうきやがったのか、あいつら」
キョウジは葛葉ライドウと安倍星命をみて舌打ちをした。そして、そのまま足早に第一の標的の元に向かったのだった。