「だっしゃー!」
キョウジは割れた大理石を蹴って飛んだ。七星剣を横なぎし、対面に舞う悪魔を両断する。そのまま体を回転させ、サラシに隠してあった管を抜く。放たれた炎が槍となり、すべてのものを焼き尽くしながら突き進んでいく。
雪駄で着地するたびに足首の反動を利かせ、着地したばかりの首をへし折ってまた跳躍する。そして、また管を抜く。落雷じみた火柱が悪魔を薙いだ。
剣と金属製の腕が激突する音が響く。神父の礼服が翻った。七星剣は上段から振り下される途中で止まっていた。
「大人しく斬られろよ、ダークサマナー」
「お膳立てしてやったのにこのザマとは......やはり観測時にいなかった人間を早々に排除すべきだったか。お前を少々買い被りすぎていたようだ、葛葉キョウジ」
「どういう意味だ、あ゛?」
ふたりの影がゆっくりと横に移動していく。
「お前の立ち去った後にはなにも残らないと評判だったようだが、くだらん。無関係の人間まで殺める狂人ぶりを見込んだが見当違いだったか」
「はっ、なにをいってやがる。サイガは殉国の徒に値する魂を集めてんだ、俺様の七星剣は呪詛たちの力を秘めている。先に殺しちまえば彷徨う霊魂になるまえにあの世行きだし、安倍んとこの次期当主様が蘇生して、駅から連れ出しちまえばサイガには連れ去られない。サイガの計画も頓挫する。完璧じゃねえか、なにが問題だ。簡単なことじゃねえか」
「どうやらヤタガラスの情報局はその作戦を承認してはいないようだが?」
「うっせえな、終わりよければ全てよしなんだよ」
「もっと簡単なことがあるだろう、わざわざ蘇生させなければいい」
「それはあっちに言え、俺様は関係ねーんだからなッ」
七星剣がふられるたびに、ダークサマナーのオーパーツで作られた腕がそれを弾きかえし、指から発射された銃弾があたりに乱舞した。キョウジは唾を吐くような勢いでダークサマナーを罵声した。そしていうのだ。
「たしかに俺様の最優先事項はサイガを始末することだが、てめーは別だ。俺様が掃除屋始めてからくる日もくる日も山のように仕事が来やがる元凶なんだからなァッ!覚悟しやがれッ!!」
剣先が大気を裂いた。
「───────ここまでだ」
「ちッ」
キョウジは両断したはずの体の部位がすべて七星剣ですら切れないオーパーツだと気づいて舌打ちした。
「こちらの最優先事項は全ての招待客の抹殺なのでな。サイガの目的と合致はするが、お前とは相いれないようだ」
「んだそりゃ?」
「───────この場では......そうだな。安倍星命か」
ダークサマナーの姿がきえる。瞬間移動したのだと気づいたキョウジはあわててさっき視界のそばにうつったはずの青年を探した。
「来い、イシュタムッ!!」
この場にその死神の名前が意味するところを知る者は誰もいなかった。首吊り死体のような姿をした髪の長い女性が現れた。
イシュタムは、マヤ神話において自殺を司る女神であり、死者を楽園に導く役割を担っていた。
楽園に行くことができるのは、聖職者、生贄、戦死者、お産で死んだ女性、そして首を吊って死んだ者であった。
当時、自殺、とくに首吊り自殺は名誉な死に方と考えられていたようで、イシュタムはこの魂たちを楽園へと導き、そこでは死者はすべての欲望から開放され、極上の食べ物と飲み物を賞玩し、マヤの宇宙樹ヤシュチェの木陰に永遠の安息を享受すると考えられていた。
イシュタムはドレスデン絵文書には首を吊った女性の姿で描かれている。そして日食、月食を扱う項に出てくるため、月食を象徴していた可能性が指摘されている。加えてマヤでは月食は胎児に奇形を発現させ、死に至らしめると考えられていたため、イシュタムは女性、特に妊婦の悲劇を象徴したとも考えられている。ドレスデン絵文書に見られる姿以外に図像は存在していない。
イシュタムは顕現した瞬間に自身とダークサマナーをなにやら強化する魔法を発動した。その瞬間からキョウジの一撃はかわされるか、命中しなくなるの二択になり、命中してもダメージの通りが悪くなった。
「マハシバブオンで全員拘束しろ」
聞きなれない技だった。
イシュタムと呼ばれた女悪魔は自身の首に巻き付いている紐を外し、その腐敗した手で星命たち目掛けて投げつける。追尾機能でもあるのか、どれだけ逃げてもおいかけてくる。やがて足を取られた星命は首を絞められそうになり、じたばた抵抗するがだんだん地面と足が離れていく。
「星命ッ!」
ライドウは仲間が殺されそうになって動揺したのか、自分めがけて飛んでくるロープのことなど忘れたかのように妖刀ムラマサで断ち切ろうとする。なんとか解放に成功するが、今度はライドウが拘束されてしまった。
キョウジはこんな奴が葛葉ライドウなのかと失笑しながら、激しく咳いている星命たちもろともソドムの火で焼き尽くした。
どうせあの書生姿は葛葉一族に伝わる魔の攻撃はすべて防いでくれる糸が編み込まれた特別性なのだ。よほどのことがなければ焼死することはない。取り乱して炎に巻かれて窒息死はあるかもしれないが、それは冷静に対処できなかった阿保のせいであって、キョウジのせいではない。
残念ながら星命もライドウもダメージは受けたが死にはしなかったようだ。キョウジは舌打ちをした。
「足手まといに来たのか、邪魔しに来たのかどっちかにしろよ、次期当主様よォ。十二神将すら従えられねえ癖にしゃしゃりでやがって」
「僕がいなかったら、今頃君は掃除屋に問責を受ける側じゃないか。どれだけ迷惑かけたら気がすむんだい、葛葉キョウジ」
「まずいうことがあんじゃねーのか?あ゛?」
「......ああ、うん。助けてくれてありがとう」
「てめーんとこのガキのがよっぽど礼儀正しいじゃねえか」
「うるさいな。僕にだって意地はあるんだよ」
イシュタムが呪詛を振り撒いてきたが、星命が張っていた結界がすべて弾き返した。
「マハブフダインだ、イシュタム。すべて凍らせろ」
ダークサマナーの攻撃宣言に応じた女悪魔が一瞬で南ウイング部敷地内を氷点下に変えてしまう。
「ちッ、こいつも貫通もちかよめんどくせえなッ」
氷結弱点を消していたらしいキョウジは、使役悪魔がすべて弱点を突かれて使いものにならなくなったらしい。すべて管に戻すなり七星剣を手にした。
「葛葉キョウジ、雷電属の悪魔はいるか」
ライドウの問いかけにキョウジは眉を寄せた。
「あ?んなの居るわけねえだろ」
「あの男は全身オーパーツのロボットだ。雷電属の悪魔じゃないとダメージが通らない。あの女悪魔を倒したほうがはやい」
「んだと?」
「ハルアキから聞いたから間違いない。ケツアルカトルクラスの悪魔じゃないとダメージが通らない」
「ちッ」
ケツアルカトルがどんな悪魔か見たのだろう、キョウジは舌打ちをして標的をイシュタムに変更した。
「星命、まだいけるか?」
「ああ、うん。大丈夫。キョウジの炎に焼かれるほど式札は軟弱じゃないからね。サポートは任せて。どうしたらいい?」
「また自分の強化を頼む。来い、ライジュウ」
「アオーンッ!!マタ美味ソウナ悪魔ダナッ!人間、喰ッテイイカ?イイヨナ?イイナッテイエ!」
「喰ってもいいが、殺してからだ」
「ワカッタマカセロー!!」
ライドウは妖刀ムラマサを構えたのだった。