「野良着?」
パーティに似つかわしくない男と対面するスーツの男とすれ違った。野良着の男は脚がない。陸軍将校まで来ているパーティで無作法にも程があるし、あまりにも礼儀を欠いている。汚れた穴あき軍手に首回りには手ぬぐいという畑帰りの男と向き合うスーツ姿の男はなにやら項垂れて泣き出したではないか。
「おいおい、男が人前で泣くなよ」
ぼやいた次の瞬間、その泣いていた男の首が弾け飛んだ。背広が汚れないように飛びのいたおかげで助かったが、何度見ても転がる遺体に首はない。悲鳴も絶叫もなかった。一瞬の惨劇だ。広く暗いパーティ会場にて、巨大なコウモリがまたたくまに疾駆していく。
「な、なにが......あ、そういうあれか?さっきの男は里に残したなき父的な......?」
鳴海以外に状況を把握した人間はいないようで、逃げ惑う者もいれば立ち尽くす者もいた。あるいはさっきのスーツ姿の男のように呑気に死人と会話している者もいる。
「......俺にできそうなことはないな、うん」
懐に忍ばせていた銃を装填させる。オッケーオッケー落ち着け、鳴海。これはたいした問題じゃない。だってこのパーティ会場は250人収容できる広さだ、人は多い。しかも敵は一人だけ。250分の1だ。たった1人でこの大人数全てに襲い掛かればしないし、広いだけに逃げる空間に余裕はある。
周囲を素早く確認した鳴海は、壇上に駆け上がった。
シャンデリアが落とされた時点でパーティ会場は真っ暗である。さらに霧のようなものが漂っているために特定できないが、あきらかに人が増えている。
鳴海は霊感はからきしだし、見える悪魔は実体があるゾンビくらいだが、ゾンビではないことくらいわかる。増えた人間は脚がないからだ。幽霊だらけになっているのだ。しかも、鳴海でも視認することができるくらい実体化しているとなれば、いよいよやばいんだろうなことくらいはわかる。
パーティが中断したことで、壇上の中央に置かれた白布の中身は放置されたままだった。鳴海はそれを取り除いてみた。その瞬間、左右に配置されている立脚型の照明が点灯した。
コウモリは近づいてこない。やっぱりそうだ。コウモリはこの強烈な光に近づいて来れないのだ。だからあの白いタキシードの男はわざわざお披露目の台を壇上においたのだ。パーティ会場のど真ん中においとけばいいのに。
さて、白布の中身はなにかなと鳴海は覗き込んだ。
「......ワシントン軍縮会議で破棄処分になった戦艦土佐じゃないか。しかも純金の模型だと......?なんつーわかりやすい賄賂だよ」
どおりで見知った顔が多いわけだと鳴海は肩を落とした。ライドウから誘われた段階で一緒に行けるわけがなかったのだ。普通の社交会にでるわけがない堅物で有名な上級将校や軍の特高、特務部の幹部連中などなどなど、精神を病んで除隊した身の上である以上顔を覚えられている可能性が非常に高い。うっかり鉢合わせでもして余計なトラブルにまきこむわけにはいかなかった。......実はライドウに自分の前職について打ち明ける覚悟がまだないだけともいうのだが。
「やばいだろ、このパーティ」
鳴海はひとりごちた。
純金の一メートル以上ある模型。いったいいくらするんだろうか。しみじみ眺めてみるがかなり精巧な作りだとわかる。並の財閥ではとてもではないが準備できそうにない。
「なるほどね、サイガもまた手の込んだ罠を張ったなあ......堂々とした賄賂ショーじゃないか」
陸軍が金をインゴットして使うのは折り込み済みで、延棒のままこそこそもらうより後ろめたさはない。表向きはサイガ子爵、いやヤタガラスはよほど陸軍に対して強力なコネが築きたいんだろうなあ、ヤタガラスは明治政府内での発言権は江戸幕府ほどないから、で済んでしまう。
これだけの純金の塊をもらえるならば、上級将校だってやってくるだろう。しかも東京ステーションホテルといううんヶ月先まで予約で一杯の超一流ホテルの社交パーティなのだから。
「......うげっ、また誰かいたのか」
ダービーハットを目深に被り、鳴海はそそくさとその場を離れようとした。あわよくばあの穂先のほんの少し頂戴できないかなーなんて思っていたとは思えない逃げ足の速さだった。
「おい、坊主!」
ダミ声が後ろから聞こえてきたとき、鳴海はやっぱりさっさと逃げればよかったと心の中で叫ぶことになる。
「相変わらずだな、坊主。お前はガキの頃からちっとも変わらん。どさくさに紛れて泥棒みたいにコソコソと。なにしてる!」
「お、叔父貴......」
紋付袴の肩幅の広い男が鳴海を見下ろしていた。
「いや、違うんだって、叔父貴ッ!これには山より高く谷より深い訳があってだな、俺は断じてこの金塊を盗もうだなんて考えた訳じゃ───────」
叔父貴は死人だ。とうの昔に死んでいるし、脚がない。頭ではわかっているのだが子供の頃の習慣はなかなか抜けない。もしかしたら、暗示にかかっているかもしれない。鳴海はかつてのように自己弁論に終始するはめになった。
「だいたいなんだ、その西洋かぶれの格好は」
「叔父貴、いまは明治じゃなくて大正だぜ?しかも20年だ。今はこれが普通なんだよ、普通。背びれでビシッと決める時代なんだよ」
いや、違う。口だけしか動かせないのだ。四肢の自由が効かない。まるで銅像のように立ち尽くす羽目になっている。反論こそしているが鳴海は焦りまくっていた。ライドウと一緒に来た方がよかったかもしれない。
「だからどうした。似合っているなら口には出さん。似合ってないからいっとるんだ、洋服に着られとるんだ。お前は昔からそうやって外見ばかり気にしおって」
サイガはなかなかえげつない罠をはったようだ。その人間がどうしても無視できない......どんな形であれかつて愛してくれた人間を目の前に出現させるのがその証である。
懐かしい顔、声、顔形、そして姿、なにもかもが目の前にあっては、声を掛けない人間などこの世にはいないだろう。
「よいか、坊主。覚えてないようだから言うが、男子たるもの、肝心の中身を疎かにして......」
「叔父貴、叔父貴、ありがたい説教はまた今度夢枕で聞くからさ、今回ばかりはかんべんしてほしいなあ、なんて」
「坊主、お前はそうやってすぐ話を逸らす。相変わらず口ばかり周りおって」
「いやだから......わかってるって。わかってるんだってもうさあ......。ガキの頃にオレのことを真面目に叱ってくれたの叔父貴だけだ。それは大人になった今となってはすんごいわかってるんだけどさあ......。この状況で出て来られても困るんだってぇ」
ちらみしたパーティ会場は今や死人と話していない人間はおらず、一人一人死んでいくのがわかる。ヤバいことだけはわかっていたが、もうどうしようもなかった。
そして、鳴海以外の人間が死に、コウモリは仕事を終えたのか緊急の呼び出しがあったのかいなくなり、なぜか不思議なことが起こって人がどんどん生き返っていって、竜みたいなやつが人をどんどん連れ出していく。
(いや俺助けてくれよ、俺生きてるんですけど!?)
「坊主、いいか坊主。よく聞け」
「いやだから、叔父貴、頼むから周り見てくれって。それどころじゃないんだってば......」
いつまで正座していればいいんだろうか、と鳴海は途方に暮れたのだった。
「なるほど、鳴海さんは独自に調査をしていたんですね。陸軍将校あたりがどうして出てきたのかまでは知らなかったので助かりました。ありがとうございます」
「事件あるところに名探偵ありだ。オレの助手としてはなかなかやるだろう、ライドウは?」
「はい、それはもう」
ようやく会えた14代目の上司である鳴海という人はなかなかの切れ者だとハルアキは思った。ゴウトがさっきから鳴海を冷ややかな目で見てくるが単純に相性が悪いだけな気がすると。
鳴海は、まさしく、帝都に建つ銀楼閣という名のビルヂングにて、オカルト事件を扱う「鳴海探偵社」の所長でありライドウの上司その人だ。
ヤタガラスの傘下でライドウの監査役を任ぜられている。葛 葉一派の事やデビルサマナー(悪魔召喚師)の事については理解しているようだが、一般人なので、ゴウトの声は猫の鳴き声にしか聞こえないようだ。
普段は飄々とした性格だが、探偵としてはかなり有能であり軍部や政府筋にコネを持っている。
また私利私欲で弱者を貶めるような輩には徹底的に立ち向かう熱い心の持ち主でもあるようだ。
「で、ハルアキくんだっけ。君はさっきから何してるんだ?」
「他に誰か逃げ遅れた人はいないか探しているんです」
COMPのマグネタイトは尽きたが、さいわいまだ電池は尽きていなかった。おかげでマッピング機能が生きている。
「ダークサマナーを追いかけて、安倍さんたちが北側に移動しているようですね。招待客の抹殺が目的みたいだから、異界化を進行させて閉じ込める気みたいだ。どうします、ゴウト、鳴海さん」
「その機械はそんなことまでわかるのか......すごないなあ」
『なんというハイカラな......。海外にはそんなものまであるのか?英語で書かれてるせいで俺には読めんが』
「まあ、そんなところですね」
「うーん、どうするかな。俺は足手まといにしかならないし、狙われた陸軍将校には心当たりがあるんだ。先に離脱して調べてもいいんだけどさ、オレからきしの一般人だから生きて帰れる自信がない」
『ふむ......追いかけたところで、ハルアキはマグネタイトが尽きているだろう。足手まといになるよりは、一般人の犠牲者を少しでも減らさなければなるまい。星命が死んだ者たちの蘇生と救出は完了したが、幻覚に囚われたままの人間はまだのはずだ。探してみよう。そのなかにダークサマナーの標的がいるやもしれん』
「そうですね、ひととおり探してみましょうか」
俺たちはとりあえずマッピング機能で反応があるところをくまなく探してみることにした。