流星降臨(葛葉ライドウ)   作:アズマケイ

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パーティ会場にて15

大道寺伽耶は古くから続く名家で、帝都でも有数の資産家である大道寺家の一人娘。桜爛女学院に通っており、物静かで穏やかな性格であるため、使用人や学友たちからも慕われている少女である。

 

今夜のパーティに訪れたのは大道寺清という、大道寺家当主、猛の弟で伽耶の叔父にあたる人に友人と共に行こうと誘われたからだった。彼は病に倒れた猛に代わり大道寺家を支えようとしているが、力不足なのは否めない。

 

親友の凛にすら打ち明けられていないのだが、実は大道寺家は深川に紡績工場を持っていたが経営が破綻してしまい、金策に苦労している。このままでは屋敷もろとも抵当に出して、都落ちしなければならなくなるため、それだけは避けなければならないまでに事態は逼迫していた。工場の部下達や周囲への心配りには優れた気性の優しい人物であるが、名家の当主の代役としてはあまりにも優しすぎていた。猛と比べてぽんこつだと使用人から馬鹿にされていることには伽耶も気づいていた。

 

伽耶は叔父が家業が苦しくて、金策に奔走していることは知っていたが、叔父も父も心配をかけまいと隠しているために表だって聞くことができないでいる。

 

大道寺家が破産寸前だと世間にバレたら最後、伽耶はお嫁にすら行けなくなってしまうのではないかという親心を思うと歯痒くは思うがなにもいえなかった。

 

社交会に参加するのは名家の嗜みだと笑う叔父の目的が商談にあるとはわかっていたからだ。

 

それがパーティ途中の暗殺未遂事件により台無しになってしまった。シャンデリアが落下して真っ暗になった瞬間、伽耶が凛と共に把握できたのはそれだけである。

 

どこからともなく霧が漂い始め、ただでさえ視界不良な中、手を引いてくれていた凛といよいよ逸れてしまった伽耶は途方に暮れていた。いきなり真っ暗になり、シャンデリアの下敷きになった軍人が死んだのは招待客の誰もが目撃していたのだ。それから真っ暗になったものだから、殺人犯が中にいる状態で閉じ込められたと錯覚した招待客たちはパニックを起こし、大混乱に陥っていたのである。

 

靴擦れを起こしてしまい、ハルアキという青年から応急処置をしてもらったとはいえ、痛みのせいで脚を庇うように歩いていた伽耶は思うように歩けない。こんなことなら履きなれないピンヒールなんて履くべきではなかった。あるいは高いピンヒールに慣れておくべきだった。

 

絶望感に苛まれながら、伽耶はおぼつかない足取りで凛を探していた。

 

「あ、凛......」

 

暗闇の中立ち尽くしている後ろ姿をみて、伽耶はようやくみつけた親友に安堵する。よかった、逸れた親友を見つけられた。無事みたいだ。そう思ったのも束の間、凛が誰かと一生懸命に話しているのを見てしまう。

 

「誰とお話ししているのかしら......お知り合い......?」

 

確かにこんな暗闇の中で知りあいと会えたならこんなに頼もしいことはないだろう。誰だろうかと近づいてみた伽耶は固まった。

 

そこにいたのは、桜蘭女学院への入学を待たずに他界したという、誰よりも凛の入学を楽しみにしていたという凛の曽祖母の姿があったからである。間違いない。おうちにお呼ばれしたときに飾られている写真も見せてもらったし、仏壇にお線香をあげたから覚えている。あの優しそうな笑顔の小柄な老婦人は間違いなく凛の曽祖母だ。なによりも凛がひいおばあさまと言っているんだから間違いない。

 

「どうして......どうして、凛のひいおばあさまが......?」

 

伽耶はあまりにも異質な状況についていけなくなり、凛の袖をひいたのだがおしゃべりに夢中の凛はこちらに見向きもしない。まるで透明人間にでもなったような錯覚に陥る。だんだん怖くなってきた伽耶はあたりを見渡すのだが、それがいけなかった。

 

招待客と話しているのは亡霊だと一度でも気づいてしまったからだろう。脚がないとか、あまりにもパーティに似つかんしくない格好だとか。死んだんじゃなかったのか、なんて聞きたくもない言葉がピンポイントで耳に入ってきてしまう。

 

伽耶は頭が真っ白になった。血の気がひくのがわかる。楽しいパーティは一転、亡霊だらけのパーティに変貌してしまったのである。

 

「そうだわ......おじさま、おじさまを探さなくては......」  

 

伽耶はいくら呼びかけても微動だにしない凛をなんとか助けたかった。このままではいけないと本能ががんがん警鐘を鳴らしてくる。1人で逃げ出すことなんて考えもしなかった。凛はそれだけ伽耶にとって大事な存在なのだ。そうだ、女性の力でダメなら男性を頼ればいいのだ。叔父は恰幅もいいし、力もある。凛をかかえてパーティ会場から逃げ出すことができるはずだ。

 

そこまで考えて、伽耶は必死で足の痛みを堪えながらパーティ会場を歩き回った。時折隅の方でなにかが折れて、なにかが噴き出す異様な音が響いていたが、叔父を探すのに必死だった伽耶の視界には入らなかった。

 

「おじさま......おじさまっ!」

 

ようやく見つけた叔父は、やはり資産家や羽振りがいいと評判の成金たちと同じ話の中にいた。残念なことに商談をしているわけではなさそうだった。

 

「おじさま......?」

 

肩が震えていることに気づいた伽耶は戸惑った。叔父が泣いているからだ。男は人前で泣くものではないという考え方の持ち主である叔父は、優しい性分ではあるがさすがに伽耶の前で泣いたことはなかったのである。

 

「許してくれ、千代......」

 

「千代......?千代って、たしか16で病で亡くなった叔母さま......?............あ」

 

伽耶は叔父と話している亡霊を見てしまう。それは伽耶が生まれるまえにすでに亡くなったと聞かされていた父と叔父の妹、大道寺千代だった。15あるいは16くらいだろうか、亡くなる前なのか今はなき桜蘭女学院の前身というべき学校の制服を着ている。今の伽耶が15だから同じくらいの少女だった。

 

「私は......私はどうしたらいい......あんな悲劇はもう沢山だ......このままでは伽耶が......もうすぐ16の誕生日を迎えてしまう......兄は千代の二の舞にしたくはないというが......それでは兄が......」

 

「でも、遅かれ早かれ、猛お兄様は伽耶さんにも手をかけるのではないかしら......猛お兄様は優しいから......。ほんとうにごめんなさい......私がちゃんと鬼付きを全うできなかったばかりに、大道寺家はやはり傾いてしまっているのね......」

 

「そんなことを言わないでくれ、それだけは言わないでくれ、千代......。あの時私はなにもすることができなかったのだ、今もそうだ、なにもできないまま時間だけが過ぎていく......。伽耶は不幸にも鬼付きの才能があるらしい......苦しんではいるが耐えられるかもしれないんだ......ただそれは伽耶の人格が死ぬ日でもある......」

 

「私が耐えられてさえいれば、伽耶ちゃんにこんな苦労をさせずにすんだのに......ごめんなさい、ごめんなさい」

 

伽耶は恐ろしくなって後ろに下がっていく。叔母もまた大道寺家の暗部の犠牲者だったのだと突きつけられたと同時に、自分が精神的に死ぬ日がもう一年もないのだと今日だけは忘れていたかったのに思い出してしまったからである。

 

「......おとうさまは、私を私のままで死なせたいのね......。死にたくない......。でも、私が私じゃなくなるのも嫌......どうしたらいいの......」

 

怯える伽耶の肩を叩く者がある。それが明らかに人ならざる者の手だったために伽耶は悲鳴を上げた。そして意識は刈り取られてしまう。このまま目を覚さない方が楽かもしれないなとは少し思ったのは事実だった。

 

『......』

 

主人格が意識を手放した代わりに、伽耶に憑いている者が目を覚ます。

 

その瞬間に先程から懸命に伽耶に話しかけていた母親が強制的に黄泉の国に送り返されてしまう。伽耶を呼ぶ声はもう届かない。

 

古来より犬つき、狐つき、鬼つき、さまざまな呼び方をされてはいるのだが、大道寺家の16になる女は代々鬼つきになることが定められていた。

 

はるか昔に大道寺家が呪術師だったのか、呪いをかけられたのか、失伝している今となっては謎のままだ。ただ、代々才能の有無が廃人になって大道寺家の安寧のために未来を紡ぐ蓄音器となるか、鬼に人格を上書きされてまったくの別人になるかは決まっていた。

 

不幸にも伽耶は才能に恵まれていたために物心ついたころから、鬼のもたらす未来予知の力を得ていた。それは成長していくにつれて鮮明になっていったのだが、同時に鬼に蝕まれていく証でもあった。最近では、意識を失い、知らないところで倒れていることがよくあった。

 

今回もまたそうなるだろう。

 

『アルカードか......たしか弱点は......』

 

「ギ......ギギギッ、貴様、なにものだ。ただの人間じゃないなッ!?守護霊が呼びかけてるのに無視するどころか除霊するだと!?まさか、その女に取り憑いた」

 

『お前は知りすぎた。死ね』

 

「ギィいいいいい!!」

 

アルカードは貫通効果を付与された祝福の光を浴びせられて絶叫した。伽耶に憑きし者は容赦なくアルカードを溶解させていく。最後にはなにも残らなかった。

 

『これほど記憶が転写できた例は他にないんだ。邪魔するんじゃない』

 

あたりを見渡した伽耶に憑きし者は、今できる最善の策を考える。活動時間は伽耶が目を覚ますまでだ。そして、パーティ会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

伽耶が目を覚ましたとき、心配そうに見つめるハルアキと知らない男性の姿があった。そして、凛、叔父がいる。ああよかった、あれはただの悪い夢だったんだ、と伽耶は思った。

 

よくよく思い返してみれば、真っ暗になったパーティ会場が幽霊だらけのパーティ会場になるなんてありえるわけがないのである。パーティ会場はシャンデリアの後片付けに追われているがみんな平気そうだし、首が折られて死んだ人間なんてどこにもいやしなかった。なんてタチの悪い夢をみたんだろうか。

 

「大丈夫ですか、大道寺さん」

 

「......あら......私はどうしてここに?」

 

「パーティ会場が停電になってから、みんなパニック状態だったですからね。凛さんとはぐれて、ここに休まれたのかもしれませんね」

 

伽耶はパーティ会場の隅にある椅子に座っているようだった。

 

「ああ、よかった......無事でよかったわ、伽耶ッ!手を離してしまってごめんなさい!大丈夫だった?」

 

「ええ、大丈夫みたい。凛も無事でよかった」

 

凛も無事だ。あれはやはり悪い夢だったんだ、と伽耶は思い込むことにした。

 

「うちの伽耶のお世話を二度もしていただきありがとうございました。伽耶、土御門ハルアキさんにお礼をいうんだよ。みんなで探していたら、そこにいたのだからね」

 

伽耶は恥ずかしくなって顔が真っ赤になった。

 

「ほんとうにありがとうございました」 

 

「無事でよかったですよ、気にしないでください」

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