「イシュタムはもう呼べねえ、足は両方吹き飛ばした。ジ・エンドってやつだな」
不穏な空気、といったようなものが漂っている。ダークサマナーのいわれのない不満、いらだち、屈辱感、体面、矜持といったものが複雑に入り混じって、一触即発の緊迫した空気となっている。
男が大きく息を吐く音が聞こえた。深い井戸の底から立ち上るゆっくりと太い吐息だった。それから次に息を大きく吸い込む音が聞こえた。森の樹木のあいだを吹き抜ける烈風のごとく荒々しく不穏だ。互の間が不穏な、底鳴りのしている有様ではあった。
ライドウとキョウジは身構えた。
「不穏の種は撒かれた。俺が殺そうとした人間のなかにこれから歴史の特異点となる大事件を起こす人間がいることをお前たちは知ったのだ。初めこそ小さな点のように生じた疑念が、しだいに大きくなってゆく疑惑が閃光のように頭を掠め、渦巻くような不信感がお前たちの思考に巣食うようになるのだ。そして、その大事件が起こってから、お前たちは思い知ることになるだろう。あのとき、どさくさに紛れて殺しておけばよかったとな」
「そんなことはない。少なくても自分はそうは思わない」
「お前はそうでなくとも、超国家機関ヤタガラスは違うだろう。お前たちも含めたパーティ会場に脚を踏み入れた招待客たちの身辺調査なり秘密裏の調査を行うはずだ。現場にたちあうことになるだろうお前は、その考え方のままではいられない」
「それはない。自分の使命は帝都を守ることだ」
ダークサマナーは高笑いした。
「死んだ母親との会話を優先する。足手まといの仲間を助けようとする。何度も己の未熟さで死にそうになっておきながらなにをいう」
「それでも自分はお前に勝った」
「14代目葛葉ライドウ、お前の甘さはいずれお前を窮地に追い込むぞ」
「そんなこと重々承知の上だ。乗り越えられるならば問題はない」
「大した自信だ。いちまでもつか、見物だな」
「その必要はない、お前はこれで投了だ」
ライドウはダークサマナーの頭に最後の一撃を叩きこんだ。頭が吹き飛び、体が転がる。接続部分からは無数のコードが伸び、ばちばちばちと電気を飛ばしていた。念のため頭を念入りに打ち込んだが、目から飛び出してきたのは血でも眼球でもなくガラスのかけらと機械のようなものばかりだ。ライトニングの引き金を引くたびに頭蓋骨があるはずのところから未知の金属でできた極めて精巧な部品の一部が乱舞した。
キョウジも七星剣をむけたままダークサマナーを見下ろしていたが、どうとうしぶとかったダークサマナーは死んだようだ。
「どこまで機械になってんだ、こいつ。気持ち悪い」
キョウジは吐き捨てる。ライドウはダークサマナーの身元がわかるようなもの、イシュタムたちを召喚していた召喚器に相当するものがないか探したところ、体の一部にマグネタイトがたくさん電気に変換して貯蔵していると思われる場所をみつけた。おそらくダークサマナーは未知の技術によりマグネタイトを電気として貯蔵する技術があり、それを体に用いることで自分の動力源で悪魔を召喚していたに違いない。どのみち大正20年からするとオーパーツの塊なのは間違いなかった。そこを妖刀ムラマサで切断し、万が一再起動してもイシュタムたちを再召喚できないようにする。破壊するのはヤタガラスの情報局にある解析班に回したあとの判断になるだろう。
パーティの招待客たちの避難は完了した。とりあえず、目下の目的であるダークサマナーの討伐はここに完了した。それはライドウとキョウジの共闘の終わりでもある。
「葛葉ライドウ、てめえこれからどうするつもりだ。サイガを止めるってんなら相手になるぜ。あいつは俺の獲物だからな」
キョウジはそういって七星剣をライドウに向けた。
「いや......」
「あ?」
「自分はこれを星命に届ける。そして、まだ逃げ遅れた客がいるかもしれないから、ハルアキたちと合流して探さなければならない。お前がサイガと戦う間、殉国の徒にするわけにはいかないからな」
「はッ、この場に及んでそっちの心配かよ。お前、やっぱり葛葉ライドウの名は重すぎるんじゃねえのか、あまちゃんにもほどがあんだろうがよ」
「違う」
「なにが違うんだ」
「無駄な戦力を割くより人命救助に回した方がいいと判断しただけだ。キョウジはサイガの問責という任務があるように、自分の任務は帝都の人々を守ることだ。それが国を守ることに繋がる。死ぬなよ」
「けっ、張り合いのねえ奴だな......貸しのつもりかよ」
「違う。初代葛葉キョウジの実力を正当に評価した結果だ」
「だーくそ、調子が狂うな......勝手にしろ」
キョウジはだんだん照れくさくなってきたのか、悪態をついて踵を返す。足早にその場を後にしようとした。
「キョウジ」
「なんだよ」
「死ぬなよ」
「俺様を誰だと思ってんだ、初代葛葉キョウジ様だ」
ライドウは笑ったがキョウジは一度も振り返らなかったため、どんな顔をしていたのか互いに自分だけしか知らない。