サイガ子爵とキョウジの戦いからパーティの招待客たちを遠ざけるために奔走した俺たちを待っていたのは、東京駅を中心とした原因不明の揺れと天高く立ち上り、四方に展開していく極彩色の結界だった。
その日から帝都に入り込む悪魔の数は激減し、魔断震さえ修復してしまえば異界から悪魔が湧き出すことはなくなった。外から悪魔が入り込まないということは、内側にいる悪魔を排斥していけばいずれは江戸時代のように人間だけの都市が出来上がるということでもある。
そういう意味では、最後までライドウにサイガ子爵の討伐命令が出なかったのは当然かもしれない。ライドウに討伐命令が出るということは、明治政府の敵であり、この国の人々に仇なす存在だから滅せよという意味になるからだ。掃除屋による問責はその前段階なのだから、落ち着くべきところに落ち着いたということかもしれない。
おかげで悪魔からマグネタイトを奪い取ることで召喚に必要なマグネタイトを維持する自転車操業をしている俺はいよいよ困り果てる羽目になっている訳だが仕方ないだろう。
そんな束の間の平和が訪れた帝都にて、俺は安倍さんに呼ばれて本邸の応接間にいた。会わせたい人がいるそうなのだが多忙な人らしく約束の時間を少し遅れるそうなので、先に上がらせてもらったわけである。
「ハルアキ、きみが答えられる範疇であるなら聞きたいんだけどさ。きみの時代には一人の人間の魂が何百人、いや何千人の人々の魂と同じだけの格をもつことはありえるのかい?サイガ子爵はよくあるようだと言っていたけれど、どうしても信じられなくてね」
「ああ、ダークサマナーの魂ひとつだけがサイガ子爵の目的を達成してしまった件ですか?」
「うん」
「ありえるのか、と言われたら、ありえますね。考えられる方法としては、悪魔合体の素材に人間を使うのが一番手っ取り早い。こっちに来る前、カルト宗教の連中が拉致した人間と悪魔を合体させて、保護したら悪魔に変じさせる事件があったばかりでしたから」
「......そうだった、きみは元の時代では警察官だったね。それは嫌なことを思い出させてしまったようだ、ごめんね。さすがはカルト宗教だ、倫理観が完全に破綻している。考えるだけで暗い気分になるよ。似たような存在だったとしたら、自らの意思でというやつだろう?まさにダークサマナーというにふさわしいやつだったわけだ」
「そうなりますね」
「あのあと、うちで調べた結界、あのダークサマナーの潜伏先がわかったよ、在日外国人に成りすます典型的な手口だった。家主は殺されて敷地内に白骨化した遺体が見つかったよ」
「そうなんですか......」
「キリスト教徒だったみたいだから、生前通っていた天守教会にお願いしてお葬式をあげる予定なんだ。日程が決まり次第また教えるね」
「わかりました。あの、亡くなった方のお名前は?」
「シド・デイビスという黒人の男性だって話だよ」
「シド・デイビスさんですか......わかりました」
「でも、肝心のダークサマナーの情報はなにひとつ手に入らなかったよ。まあ、あまり期待はしていなかったけど、情報局も解析班も匙を投げたからね。仕方がないからDr.ヴィクトルにあの聖書や腕なんかを提供する予定だ」
「俺の時代よりさらに将来の人間みたいですね......。さすがに俺の時代もあそこまで機械化した人間は見たことありませんでした。でも惜しいな、COMPさえ起動できれば再契約できるのに」
「イシュタム強かったもんね」
「そうなんですよ。ああもう。ダークサマナーはもう一人いるんだ、貫通持ちの悪魔が急務です。はやいとこ悪魔を育てて合体しなくちゃ」
「きみの悪魔召喚器には辞書登録機能があるんじゃなかったかい?呼び出せばいいんじゃ......」
「それが出来たら苦労はしないんですよ......。悪魔召喚プログラムはAI......人工知能っていう機械に設定された人格に管理されてて、マグネタイトと交換なんです。無理です、たりない、全然たりない」
「いつの時代もお金はかかるんだね......」
「そうですね......」
俺たちはため息をついた。
「ミルクホールでお目当ての悪魔を依頼することもできるし、報酬にされてることもあるからね。よく見ておくといいよ」
「わかりました、ありがとうございます」
「それと、これが今回のきみへのヤタガラスからの特別報酬だって。お金とアイテムはまあ当然として......。よかったね、葛葉でもないのに退魔の力が秘められた刀が譲られることはまずないよ。ライドウやキョウジが使っていたものと同じものだそうだ」
「ほんとうですか!?ってことは、貫通効果が?」
「早い話がそうだね」
「やった、ありがとうございます」
「お礼をいうのは僕の方だよ。今回のおかげでライドウたちともお近づきになれたし、情報局での風当たりもだいぶよくなったからね。うちから何人か掃除屋と情報局に推薦が決まったんだ。ありがとう」
「よかったですね、安倍さん」
「うん、ありがとう。これはとても大きな一歩だよ」
俺は土御門家の家紋が入った刀を受け取ったのだった。
本邸で働いている使用人の女性が来客を案内して現れた。
「遅れてすまない、星命」
申し訳なさそうな顔をして現れたのは、俺くらいの青年だった。安倍さんを名前呼びするということは身内なんだろう。安倍さんは特に気にする様子もなくいらっしゃいと笑ったからだ。
「紹介するね。黄幡、彼が前話した名田庄村から出てきて、うちで預かってるデビルバスターの土御門ハルアキ。ハルアキ、黄幡は僕の教育係をしてくれてる兄みたいなものだよ」
「はじめまして、土御門ハルアキと申します。よろしくお願いします」
「こちらこそはじめまして、ハルアキ。俺は倉橋黄幡。星命の好意でこんな対応が許されてるんだが、俺は分家の人間だからな。そんな畏まらなくていい」
「え、でも、名田庄村ほど遠戚ではないのでは」
倉橋さんは首を振って教えてくれた。
倉橋家は、安倍氏土御門家庶流であり、かつては本家と同じ子爵だった。
慶長17年(1612年)、安倍晴明の末裔である陰陽頭土御門久脩の次男泰吉が分家して「倉橋」を称したのに始まる。「倉橋」とは遠祖・安倍倉橋麻呂の名に因んだと言われている。
初代民部卿泰吉以降、代々陰陽道を業とし、江戸時代の石高は150石であったが、10代当主の治部卿泰聡で明治に至り、華族に列して泰顕が子爵に叙せられた。
ただ、1920年12月(大正9年)泰昌の後継が未成年の娘の美佐子のみとなったため爵位を返上した。その子孫が、婿養子相続を経てはいるが倉橋家として現存している。家紋は土御門家に倣い揚羽蝶。
「ゆえに倉橋家は女系の家系になってしまった。俺が久しぶりの男児だと持て囃されたが土御門家の男系の血筋はとうの昔に途絶えている。俺は名ばかりの分家だ。下手をしたら、そちらの方が血が濃いかもしれないな、名田庄村出身なんだろう?」
「あ、はい、そうですけど......」
「でも黄幡は本当に頭がいいんだよ、ハルアキ。就学前にすべての教育課程を終えちゃうくらいなんだから。たしかに倉橋家は分家だし華族は返上したけれど、僕は一生勝てないと思う」
「残念ながら星命のような陰陽師の才能にも、ハルアキのような悪魔召喚士の才能にも恵まれなかったからな。潔く諦めて商売で身を起こすことにしたんだ。安倍子爵には多大な支援をいただいている。そういう意味ではそちらのようにお世話になっている身ではあるんだ」
「なるほど......それだけ安倍さんが信頼している人なんですね」
「うん、そういうことだね。だからハルアキの力になってくれるんじゃないかと思ったんだけど、どうかな。きみの事情を明かしても構わないだろうか」
「そういうことでしたら、大丈夫ですよ。理解者、協力者がいてくれた方が安倍さんも動きやすくなるってことですよね」
「理解が早くて助かるよ。黄幡には公的にも私的にもお世話になると思う。華族では行きにくいところも若き実業家なら入り込みやすいこともあるからね。表向きの役職は多種多様な方が役に立つ」
「そうですよね、これから俺たちはヤタガラスより先にあいつの先祖を突き止めなくちゃならない」
「250人もいる。地位も職業もバラバラとなるとさすがにヤタガラスの情報網だけでは心もとないからね。今回の事件で大厄災の予兆を暗示されたんだ、ヤタガラスからは身辺調査の任務が降りそうでね」
安倍さんはうんざりした様子でため息をついた。
「しぱらくは学校を休校しなくちゃならないかもしれないと思うと嫌になるよ、ほんとうに」
「俺でよかったら力になりますよ、安倍さん」
「無理はするなよ、星命」
「ありがとう、わかってるよ」
安倍さんは倉橋さんに俺の事情を掻い摘んで説明してくれた。しばらくの沈黙ののち、倉橋さんはなにやら考え事をしていたようだが、考えがようやくまとまったようで口を開いた。
「お前の友人のしていた研究というのは、具体的にはどういうものだ?」
俺は遺伝子工学と悪魔の融合について研究していたあいつのことを倉橋さんに話した。
「なるほど.....なら、代々女に曰くつきの病を発病するような家を探すといい」
「どうしてですか?」
「女の遺伝子はxから受け継がれるから、子供が女だろうが男だろうが受け継がれるが、男はyが無ければ生まれない。遡れる年代にもよるがそんな機械が一般化するような時代からと考えるなら、うちみたいに男の跡継ぎが生まれなくなったら婿養子をとらなきゃならない。そうなれば血は途絶え、記憶の転写は出来なくなるはずだ。葛葉ライドウを襲名するなら一族の血はかならずどこかで交わっているはず。今の葛葉の里に該当する人間がいないなら、母方の血と考えるのが自然だろう」
「なるほど......普通の人間に未来の記憶を転写なんてしたら、気が触れたと思われてしまいそうだもんね」
「250人の中にそんないわく付きの人間がいたってことですよね......?」
「居たのは間違いないね」
「え?」
「サイガ子爵が使役していたアルカードの姿がどこにも無いんだ。キョウジに体を滅されて魂の姿のまま謹慎の身になったサイガ子爵は、きみに倒されたと思っていたけど違うだろう?」
「違います、違います、そうじゃなかったら途中で離脱なんかしませんでしたもん」
「やっぱり......そうだと思った。あのパーティーにいたのは日本人だけだ。まして敬虔な教徒だけに発現する聖なる光の類いが扱える人間なんてきみしかいなかったはず。きみ以外にいるとすれば元同僚だっていう、きみの友人だけだ」
「あそこにいたのか、あいつが......」
「ただしくは、きみの友人の記憶が転写された可哀想な被害者だけど」
「さらにいうなら女系家族か女限定の遺伝性精神疾患をもつ家系の男もしくは女がつくな」
「そうでしたね......」
「まあまあ、そんな顔しないで、ハルアキ。帝都から探すよりは250人の中から探す方が楽だろう?」
「そうだ、気を落とさない方がいい。さすがに俺たちも帝都からなんの手がかりもなく探し出すのは困難なんだからな」
「そうですよね、ありがとうございます」
「元気が出たようでよかったよ。じゃあさっそくだけど、これからライドウに届けて欲しい報告書について説明するね。まずは......」
俺は安倍さんの話をしっかり聞くことにしたのだった。