「ソロネ、エストマをかけてくれ」
「そうですね。神社の境内だというのに平然とゾンビーが出る。名田庄村とは大違いなあたり、この神社にはやはりなにかある。お任せください」
ソロネと呼ばれた黒髪の天使はそういって笑った。
俺の相方はドミニオンからソロネにレベルアップした。ソロネは神学に基づく天使のヒエラルキーにおいて、第3位「座天使」に数えられる上級天使だ。名は「車輪」の意。物質の体をもつ天使としては最上級に当たり、神の玉座を運ぶ者とされる。
姿としては真っ黒なローブをきた男の天使が燃え盛る火のついた車輪を背にしているものなのかと思いきや、どうも実体化するためのマグネタイトを節約するために力を抑えてくれているようだ。
まず車輪がない。真っ黒なローブを着た姿だけだと天使だとわかりにくいためか、ローブはそのままに天使の羽がついている。階級があがるごとに羽の数は増えるそうなのだが、極力マグネタイトを抑えたいそうで翼は一対だけだ。
ドミニオンの頃のように剣や本や天秤なんかが全てなくなっている。やはり車輪がソロネの名の由来だから他に余計なものはいらないらしかった。下手をしたら下級天使みたいな姿だが魔力はドミニオンのころと比べて飛躍的にに向上したし、人格も上がったせいか、エンジェルたち相手のカツアゲが失敗したことはまずない。
ソロネのエストマにより、境内はソロネより強い悪魔しか俺たちの前には出現すらできなくなった。
「さて、調べるとするか」
「そうですね。この神社の周辺が特にゾンビーの目撃情報の多い場所のひとつだとありましたが......」
「将門公のお膝元なのにな......それだけ破壊された結界の恩恵は大きいのかねえ」
俺たちは今、かの有名な神田明神にいる。信じられないことに安倍さんが教えてくれたゾンビーの目撃情報が多い場所なのだ。
神田は江戸・東京の中でも歴史ある地である。「神田明神」は奈良時代創建と伝わり、鎌倉時代には平将門も祭祀、江戸期には江戸の総鎮守として崇敬された。江戸初期に江戸の街が整備されると、神田の東部は主に町人地、西部は主に武家地とされた。
明治期に入ると、江戸期からの商業はさらに発展したほか、武家地一帯には「東京大学」など、多くの大学・学校が誕生、文教の地となり、周辺は学生の街として賑わうようになった。
路面電車や鉄道が開通すると、須田町・万世橋周辺は交通の要衝となり、東京有数の繁華街となった。古くより、多くの人が集まる地であったことから「岩本町繊維問屋街」「神田古書店街」「秋葉原電気街」など多様な専門店街も形成され、現在も神田の商業の特徴となっている。
その中心地である神田明神は2柱を祭神として祀る。
一ノ宮は大己貴命(オオナムチノミコト、だいこく様)。縁結びの神様だ。
二ノ宮は少彦名命(スクナヒコナノミコト)。商売繁昌の神様だ。
だがこれは明治時代からであり、江戸時代までは二ノ宮として、平将門命が除災厄除の神様として祀られていたのだが、今は摂社として遷座させられている。
社伝によれば、天平2年(730年)、武蔵国豊島郡芝崎村に入植した出雲系の氏族が、大己貴命を祖神として祀ったのに始まる。神田はもと伊勢神宮の御田があった土地で、神田の鎮めのために創建され、神田ノ宮と称した。
承平5年(935年)に平将門の乱を起こして敗死した平将門の首が京から持ち去られて当社の近くに葬られ、将門の首塚は東国(関東地方)の平氏武将の崇敬を受けた。
そこから、古くから江戸の地における霊地として、平将門公は尊崇と畏怖とが入り混じった崇敬を受け続けてきた。この地に対して不敬な行為に及べば祟りがあるという伝承が今なお伝わるのはそのためだ。
だが明治時代に入って神社が国家の管理下に入ると、1874年(明治7年)には明治天皇が行幸するにあたって、天皇が参拝する神社に逆臣である平将門が祀られているのはあるまじきこととされて、平将門が祭神から外され、代わりに少彦名命が茨城県の大洗磯前神社から勧請された。平将門神霊は境内摂社に遷されたり、史蹟が破壊されたりした。
つまり、57年前にスクナヒコナが平将門公と入れ替わる形で二ノ宮の地位に治ったというわけである。
その結果平将門公に関する多くの史料が失われたが、一方で民衆の信仰は厚く、排斥を徹底させることはできなかった。また、これらの排斥運動から将門塚を保護するため、将門の怨霊譚が喧伝されたと思われている。
しかし、1923年(大正12年)の都市再開発として大蔵省の仮庁舎を建てようとして、工事関係者や省職員、さらには時の大蔵大臣(第1次若槻内閣)・早速整爾の相次ぐ不審死が起こったことで、将門の祟りが省内で噂されることとなり、省内の動揺を抑えるため仮庁舎を取り壊して鎮魂碑を立てた。
この辺りから平将門公の祟りがますます噂されるようになり、近隣の住民たちから今なお手厚い信仰を受けているようだった。
「なるほど......将門公の力がここまで押さえ込まれているとなると、神田明神といえど霊地というよりは悪魔がよってきやすい場所に成り果てつつあるということですね」
「これじゃあスクナヒコナもオオクニヌシもたまったもんじゃないよなあ」
「......?」
「ソロネどうした?」
「いえね、少々違和感を覚えまして」
「違和感?」
「私たちの世界でみかけたウカノミタマの神社とよく似ている状況な気がしてなりません」
「えっ、それって国津神が封印されてるからじゃ......?この時代はまだいるだろ、さすがに。魔界と直接繋がってないからいないように感じるだけじゃないか?」
「果たしてそうでしょうかね......」
ソロネはそういってあたりを見渡した。
「パーティ会場での襲撃の際に口走ったダークサマナーの言葉、覚えていませんか、ハルアキ?」
「ああ、俺たちが異界に飛ばされた後の話か?」
「はい、安倍星命はいっていたではありませんか、ハルアキ。お前が動くのは70年もはやいのだと。1930年代の70年後、つまり2000年代に起こることがこれから為されようとしているとすれば」
「......あいつのこと考えたら、やっぱ天津神と国津神の内紛のこといってんのかな?」
「もっというならば国津神が霊的な守護の結界を破壊し、天津神の民である人々を皆殺しにしようとしたかの事件をさしているのでは。彼は国津神によほど肩入れしていると見えますからね」
「国津神が封印されるきっかけになった事件をか......。メシア教団の助けが得られない今の時代にそんなことされたら......」
「とても恐ろしいことになるでしょうね。とはいえまだ状況証拠しかありません。神田明神が念入りに平将門公の弱体化を強いているにもかかわらず、国津神の二柱の力が強まるどころか弱まりゾンビーに好き勝手されているところを見るとこれはあやしいものだ」
「......どこにいったんだろうな」
「さあ......。ただ、これ以上詮索されたくないのはたしかなようですね、ハルアキ」
ソロネに促されて、俺は顔を上げた。
「ソロネのエストマを突破してくるか......ただのゾンビーじゃなさそうだな。新手のゾンビーか?」
「ゾンビーケンペイより装備が物騒ですよ、ハルアキ。気をつけて」
「ああ、わかってるよ」
突然俺たちの前に正体不明の真っ赤な兵士が数人現れたのだ。俺は外套に隠してあった退魔刀を抜いたのだった。