名田庄村は、福井県の南西部の山間部にある村だ。
小浜市の南、京都府と滋賀県に接する村のほとんどが山林地帯で、手付かずの豊かな資源に恵まれた、日本の風景が残る村である。
星空が美しく陰陽道の大家安倍家ゆかりの地でもあり、星の村として知られている。
三千人ほどの人々が暮らすこの地には、四季折々の表情を見せる頭巾山や
生き物の息吹が感じられる南川など
日本の原風景とも言うべき豊かな自然が残っている。主な産業は農業、林業、そして狩猟である。
ほかの村と比べて比較的豊かな生活をしているのは、土御門氏の遠戚にあたる一族が荘園として長らく所有していたからだ。
若狭と京都を結ぶルートの一つ周山街道があり、かつては魚介類や塩がこの道を通り運ばれていた。陰陽師の安倍晴明ら安倍氏の子孫である土御門家が、京都からこの地に移り陰陽道の流れを受け継いでいることで知られている。
村名は、平安末期に成立した荘園である名田荘に由来する。若狭と京都を結ぶ鯖街道の杉尾峠越え、知井坂越え、堀越峠越えが名田庄村を通っていた。
世話を焼いてくれている男性から渡された名田庄村の歴史の本を読み終えた俺はあいた口が塞がらない。
「......ドミニオン、どう思う?」
「いうまでもなく、私たちのいた時代ではないですね。いや、おなじ世界かもあやしい」
「だよなあ......」
俺は頭を抱えるしかない。
ライドウにアカラナ回廊から突き落とされた俺は時の迷い子になってしまったのかと思いきや、どこかの並行世界に落ちてしまったようなのだ。
それも20xx年どころではない。大正20年という本来15年しかないはずの暦が印字されているカレンダーのかけられた一室にいる。
世話役の人は名田庄村納田終、つまり土御門家の末裔が暮らす隠れ里の代表、つまりこの村の代表でもある家の人。この村の意思決定を担う家の人だ。
話によると、どうやら俺はこの先にある加茂神社というこの村で大切にされている神社の境内で倒れていたそうなのだ。
普通ならこんな時代錯誤な西洋人じみた格好によくわからない機械をつけた人間なんて不気味でしかない。殺されなかったり、警察に突き出されなかったのは、ひとえにこの村において尊敬されている土御門氏が仕事を行う上で大切な場所である加茂神社に俺が倒れていたからだという。
よくわからないが、世話役の人によると見たことがない人間がよく加茂神社から出てきて土御門氏を訪ねるのはよくあることなのだそうだ。
だから、第一発見者である村人は、緊急の用事があって加茂神社を通じて名田庄村を訪れたはいいが、敵襲にあい命からがら逃げてきて行き倒れたと思ったらしかった。
俺を受け入れてくれた土御門家の人々は、詳しい話は主人が帰ってきたら、とそれまで意識不明だった俺の手当てなどをしてくれた上に、部屋を貸してくれている。そして今に至るわけである。
「もしかして、加茂神社ってところが、あの伏見稲荷みたいにアカラナ回廊に繋がってるのかな」
「ありえますね。この時代、まだまともな交通網はなさそうですから、緊急の要件があるならば使うことがあるのかもしれません」
「この村の人たち、俺たちみてもなにも驚かないもんな」
「この時代はまだ私のような存在は認知されていなかったと聞いていたので驚いています」
「式神かなんかと間違われてるとか?」
「さあ、どうでしょうね。ただ、私が視認できる時点で、少なからずこの村の人々がデビルサマナーの才能があるのは間違いありません。この世界はまだ魔界と物理世界が直接繋がっていないようです。私たちの時代とマグネタイトの含有量が違いすぎる。あなたに才能がなかったならば、私はCOMPから出てくることすらできません」
「謎は深まるばかりだなあ」
「警戒するに越したことはありませんよ、ハルアキ。私たちは明らかにこの時代における異物なのですから」
そんなことを話していると襖があいた。ようやく土御門家の主人が帰ってきたのかと思いきや、初老の男性の後ろからやけにわかい青年を連れて現れたのだ。
「......」
14代目葛葉ライドウと同じ格好だったものだから、俺は驚いてしまった。初老の男性が下座に、若い青年が上座に座った時点で、力関係は明らかだった。俺はあわてて背筋を伸ばす。
大正時代はおそらく眼鏡はまだ高価なはずだ、それをかけている時点で裕福なのは明らかだ。この世界も同じかどうかはわからないものの、大正時代時点では、たしか土御門家の宗家は華族......子爵のはずである。そのしそくあたりだろうか。
「はじめまして、僕は安倍星命。本来なら父が来るべきなんだろうけど、貴族院議員をしているものだから、長男である僕が代役として話を聞きにきたんだ。きみは別の時代から来た、こちらの土御門家の分家筋......つまり末裔だという話だけれど、詳しく話を聞かせてもらえないかな」
帝都からわざわざ名田庄村まで安倍家の宗家当主の長男、つまり次期当主が来るとは思わなかったが、俺はうなずいた。正座したまま話し出す。粗相をしたら俺を保護してくれた名田庄村の人々に迷惑をかけてしまう。
「はじめてお目にかかります、土御門ハルアキと申します。自分は生まれも育ちも東京......帝都でしたっけ......で、えーっと、警察のような仕事をしています。両親は名田庄村の出身で、亡くなった祖父が名田庄村で土御門神道の代表をしていたという話を聞いたので、長期休暇がとれたので墓参りのついでに名田庄村を訪ねようとした矢先にアカラナ回廊のひずみに迷い込んでしまったようでして」
「アカラナ回廊に?よく無事だったね」
「ありがとうございます、ドミニオン......ええと、使役している天使のおかげです」
「ドミニオンか......たしか地位の高い天使だったよね。本当に分家筋なのかい?悪魔召喚士としてはすごい実力者じゃないか」
「え?あ、はい......ありがとうございます」
よかった、当代の安倍家の宗家当主はまともそうな人だ。ほっとしていると彼は今の陰陽道の置かれている状況について教えてくれた。
「超国家機関ヤタガラス......」
安倍さんはうなずいた。
俺の世界もそうなのだが表沙汰になっていないだけなのか、この世界だけなのかはわからないが、この時代における陰陽師の立場は正史とは違うようだった。
この国の霊的な守護はヤタガラスという組織が平安時代からになっており、陰陽寮はいわば窓口、広告塔の役割をになっていただけで実力としては大したことがないそうだ。
同じなのは明治政府になった段階でそのお役目すら御免になり、失職した者たちは転職するかヤタガラスの情報部などの各部署に再雇用されたかのいずれか。
安倍さんもまた天津神の系譜に連なり日本という国家を霊的に守護する組織、ヤタガラスの情報部に所属するエージェントだという。
安倍さんは若き棟梁に選ばれたとおりの実力者であり、幼少期は神童と呼ばれたこともあり陰陽術や式神の使役に長けている。十二天将のトウダや青龍を召喚するが、悪魔召喚士としての能力はさほどではないのでまだこれらの真の力を引き出せていない。
その為戦闘面では実働部隊には及ばず補佐的な役割となっているらしい。
穏やかで謙虚な性格だが、星命たち陰陽師は明治時代に国から不要な存在として切り捨てられてしまったこともあり、力ある者の都合で犠牲になる弱い者の立場を嘆く一面もある優しい青年のようだ。
「今はヤタガラスがアカラナ回廊への門を管理しているんだ。本来の時代に帰るのがきみの望みなのはよくわかった。一度話を持ち帰って、指示を仰いでみるよ。ただ、さっき話したとおり、僕らの力及ばず陰陽師はこの国において地位が低い。故に発言権があまりない。おそらく、なんらかの条件をヤタガラスは出してくると思うんだ。なんとか話はしてみるけれど、そのつもりでいてくれないかな。末裔であるきみにまで迷惑をかけてしまって、すまない」
「ありがとうございます」
俺は感謝するしかないのだった。