リョウメンスクナに大道寺伽耶さんが拉致された不穏な夜が明けた。
14代目が交戦していた赤い憲兵たちは、大道寺伽耶さんが拉致された時点で撤退してしまったようで、手がかりらしい手がかりを見つけることは出来なかった。
あのあと、俺たちは総出で深夜になるまで伽耶さんを探して筑土町を奔走したものの、その消息を掴むことは出来なかったのである。
大正20年は深夜になるとガス灯が消え失せてしまうため、深い闇の中に全てが包み隠されてしまう。行動制限がかかってしまうのがなんとも歯がゆい。
早朝に鳴海探偵事務所から呼び出しを受けた俺は、始発の電車に乗って再度事務所を尋ねることになる。日は既に高い。
ふあ、と鳴海さんは欠伸をしている。
「自分が休んだあとも遅くまで机に向かっていたようですが、大丈夫ですか
」
「そんなのはみてても言わないもんだよ、ライドウ」
「ですが......」
「一応手当はしましたが、あくまで応急処置ですからね鳴海さん。病院行ってください」
「わーかってるって。そんなにいうなら今日は病院いくからさ、仕事してないっていうなよぉ?」
「自分はそういうつもりでいったわけではありません、鳴海さん。茶化さないでください」
「ハイハイ、ごめんてば」
鳴海さんは心配する俺たちをさしおいて、深夜の調べものもおくびにださずいつものような気楽な様子だ。
「帝都新報に載ってる赤マントをみるに、やっぱ赤い憲兵たちと失踪者は関係ありそうな感じだな、こりゃ」
やはり宗像将校に嫌疑がかけられているためか、いつになく鳴海さんはやる気だ。いや、目の前で伽耶さんが攫われたのを気にしているのかもしれない。
「とはいっても、ヤタガラスの情報局待ちってわけにもいかないし、俺たちの唯一の情報提供者になってくれそうだった伽耶ちゃんが誘拐されちまったし。今んとこ、調べられそうなのは大道寺家くらいか?」
「依頼に来てくれた彼女が目の前で攫われた......放っておくわけにもいきません。大道寺家への調査は自分が」
『たしかにあの赤い憲兵といい、パーティ参加者の失踪といい、ダークサマナーが予見した厄災といい、ただごととは思えぬ事件だ。心してかかるぞ、ライドウ』
「ああ」
「ゴウトちゃんもやる気十分だねえ」
無理に陽気な調子を作っているあたり、鳴海さんもかなり動揺しているようだ。もしかして赤い憲兵に心当たりがあるんだろうかとも思ったが、今の段階で追求して心象を悪くするのも悪影響しかでない気がする。俺はなにも言わなかった。
「とはいえさ、大道寺家は捜索願を出してない訳よ、ライドウ。大っぴらに調査するにはやっぱり大道寺から依頼があった方がいいよな」
「え?そうなのですか?」
「うん、ハルアキくんから聞いたんだけど、大道寺家当主の猛氏は重い病を患っているそうでね、お前もしってる叔父の清氏が代行してるそうなんだ。伽耶ちゃんのことで心労をかけたくないってんで、凛ちゃんのことも知らせてない。そんな心優しい叔父さんに、これ、とどけてやったらどうだろう?ほら、昨日お前が橋のとこで見つけた髪飾り」
鳴海さんは14代目に大道寺家の家紋であるアゲハ蝶の髪飾りを渡した。
「で、ものは相談なんだけどさ、ハルアキ君。きみ、大道寺家とはそこそこ仲良くしてただろ?ライドウだけ行くよりは心象がいいはずなんだよ。手伝ってくれないか?」
「わかりました、そういうことなら是非手伝わせてください」
「ありがとう、ハルアキ。感謝する」
俺たちは鳴海探偵事務所をあとにした。
「あのあと、大道寺家について軽く調べてみたんだ」
俺は14代目に概要を説明することにした。
大道寺家は山城国綴喜郡大道寺荘から興った。古くは平治の乱で敗北した藤原通憲の後裔、つまり中臣鎌足から続く一族なのだ。
室町中期、京都にいた伊勢長氏には、荒木兵庫・多目権兵衛・山中才四郎・荒川又次郎・大道寺太郎・有竹兵衛ら六人の仲間がいた。ある日、長氏は六人を集めて結盟した。七人が相互に協力し合い、うち一人が一国一城の主になったら、残る六人はその家老になるというもの。
やがて、長氏は妹が嫁いだ駿河今川氏のもとに下ることとなり、今川氏の家督争いを収拾した功により興国寺城主となったのである。約束通り、他の六人は長氏の家臣となった。
その伊勢長氏こそ、戦国時代の端緒を開いた北条早雲その人である。
北条早雲とともに駿河へ下り、以降、小田原北条氏代々の家老職を努めた。発専の子盛昌は川越城主で、鎌倉の代官を勤めた。玉縄北条氏をたすけ、周勝-政繁と代々活躍している。
北条氏の奉行衆の一人でもあり、特に天文二年から同十年にかけて行われた鶴岡八幡宮の造営には、大きな働きをした。代々鎌倉および川越の代官職で、政繁の代には上野国松井田城主も兼ねていた。
政繁の子直繁は川越城主を継ぎ北条氏没落後、徳川家に仕えた。また、黒田孝高・豊臣秀次・福島正則に転仕して、武名の高い遠山長左衛門は、政繁の子直重で、寛永年中招かれて徳川氏の旗本となり、大道寺の家名に復した。録千石。以後、子孫は徳川旗本家として存続した。
「そんなに名家なのか......」
「俺も調べてみて驚きました、まさしく資産家令嬢というやつですね。捜索願を出さないのは逆におかしい気がするのですが......。風間刑事も不審に思っていたようです」
「なにか、あるな」
「そうですね......あまり疑いたくは無いのですが......」
「どうした?」
「不二子パーラーにいきましょう、14代目。交渉が不調に終わっても使用人たちの心象は良くしておくに越したことはないですから」
「ああ、好きな使用人がいるのか」
「そういうことです」