大道寺家の門の前に車が乗り付けてあり、運転手が軍の関係者だと気づいた俺は近くの公衆電話からアポをとることにした。
半年前のパーティで大道寺家は宗像将校と縁あって知り合い、受注を受けることになったことは清さんから聞いていたのだ。
この時点で大道寺家はヤタガラスからみて嫌疑をかけるには十分な状況下ではあるのだが、一人娘の伽耶さんが誘拐された時点でわからなくなってしまっている。関係性は当事者か近くの人々から情報収集するしかないだろう。
駄目元で連絡してみたのだが、やはり執事の中村さんに後日にしてくれと言われてしまった。相手の情報は教えてくれなかったが、大道寺家がすべてにおいて最優先すべき商談相手は宗像将校しかいないのだから答えは初めからわかっているようなものだった。
不二子パーラーで先にケーキを買うために並んでいるはずの14代目のところに向かうと、どこかで見た顔が会話をしていた。大道寺家の使用人の女性だ。彼女こそ訪問が叶わなくても情報提供者になってもらうつもりだった女性である。丁度良かった。
俺は大正時代の価値観はいまいちよく分からないのだが、14代目はいわゆる絶世の美大夫というやつらしく、若い女性は例外なく魅了状態になる。本人はどうも葛葉の里から出たことがなかったために自分の美貌に対する客観的な認識は出来ていないようだ。よくわからないが情報収集には事欠かないと思っているらしい。
俺が近づいていくと、使用人の女性は一礼してくれた。
「どうだった、ハルアキ」
「やはり大事な商談中だから後日にしてくれと執事の中村さんに断られてしまいました。出直しましょうか」
「あ、やっぱりそうなんですね?私たちも商談の予定が入るとお休みをもらえるか、商談が終わるまでお使いを頼まれて御屋敷から出されるんです。今は清様と中村さんしかいないと思いますよ?だから私がここでケーキを食べているのは決してサボっている訳では無いのです。仕事をしているのです」
「そんなに大事な商談なのか......軍の機密に関わることか......?」
「紡績工場で......いまいちイメージがつかめませんが、なにかあるのかもしれませんね」
「でも、新しい受注先が見つかって、ほんとよかったですよ。おかげで遅れ気味だったお給金も含めていただけたし、なんならお休みでもお給金いただけるし、質に入れていた御屋敷も紡績工場も全部取り返せたって話ですもん。新しい仕事先見つけなきゃなーってみんなで話してたから、一安心です」
よほど嬉しいのか、14代目とお近づきになりたいのか、いつも以上に口が軽い。これはいけるかもしれない。
「そうなんですか、それはよかったです。そんな矢先に伽耶さんがいなくなるなんて......よほど凛さんのことがショックだったんですね」
俺の言葉に使用人の女性は言葉につまる。
「どうされました?」
「あのう......伽耶お嬢様を探しているっておっしゃいましたよね?少し、よろしいですか?ここでは話しずらくて......」
俺たちは多聞天を祀る近くの寺院に移動した。
「あの......あの、伽耶お嬢様のこと、探さないであげてください。このままじゃ、伽耶お嬢様が可哀想です」
俺たちは顔を見合せた。
「伽耶お嬢様が家出したのはご自分の意思です、誘拐なんかじゃありません。だってなにも悪くないのに16歳になった日から地下牢に閉じ込められるんですよ?そんなの誰だって逃げ出します」
「どういうことですか?穏やかじゃないですね」
「穏やかもなにも、大道寺家はそういうおうちなんだって聞きました。みんな感覚が麻痺しちゃってるみたいで、伽耶お嬢様は悩んでいるのに誰も助けてあげないんですよ?清様だけが助けてあげようとしていたの」
使用人の女性は語り始めた。
「おにつき、ですか」
「大道寺家が......」
俺は言葉を失った。まさか大道寺伽耶さんがあいつの先祖だとは思いもしなかったのである。
使用人の女性は、大道寺家が憑きもの筋の呪われた家系なのだと教えてくれた。
別れを告げた俺たちに、ゴウトが詳しく教えてくれた。
憑きものは家系によって起こると信じられ、その家は憑きものを使役して、他人から財物を盗んでこさせるので、総じて富裕な家が多く、また、憑きものを他人に憑けたりすることもあると考えられ、忌み嫌われていることが多い。
また、これらのものが「憑く」とされた家系から嫁を貰うと、「憑きもの」も一緒についてきて、嫁ぎ先に災いをもたらすともいわれる。これらの家系のものは民俗学上「憑きもの筋」と呼ばれ、主に江戸時代以降広まった考えと思われる。
現在でも一部の地域ではこれらの信仰は残っているため、縁戚関係の忌避など、差別の対象とされている。これらの筋の家は、憑きもの筋の発生の源は「僻み」であるため、その多くが旧来の居住者ではなく、二次的な移住者で、富裕なものが多い。
憑きもの信仰は以下の3つの事象の説明体系である。
まずは、病気、災禍に対する説明。
つぎに、共同体内部の富の偏りに対する説明。
さいごに、民間宗教者の神秘的な力に対する説明だ。
「憑きもの筋」の信仰に関わる重要な要素として、村落共同体の中でも比較的富裕な家に多く見られる、豪農など旧来から村落に居住していた家ではなく、二次的に外部から移住してきた家が財を成した場合に、その家が「憑きもの筋」と見られることが多いことがわかっている。
つまり、憑きもの筋の多くは「よそ者の成り上がり者」であり、これが憑きもの筋の信仰に深く関係していると推察できる。
江戸時代は士農工商の身分制度が確立し、階級間の流動性が殆どなくなって、それまで全国を流浪していた下級の聖、遊行僧、芸人たちが定住を強いられた時代でもあった。
つまり村落共同体に二次的移住者が増加したわけである。
そして、江戸時代は貨幣経済が全国的に普及した時代でもあり、閉鎖的な農村の住民においても、隣村や都市と交易をすることにより、商業的才覚や好機さえ摑めば、飛躍的に富を蓄積することが出来るようにもなった時代でもあった。
しかし、農村の多くの住民にはこれらの経済システムが理解不能であり、自給自足の村落共同体で富を集中させるために、「よそ者」が憑きものを使役しているという「説明」を容易に受け入れることになったという。
多くの農村では、彼らが「憑きもの筋」となるに至った原因が伝承として語られており、四国のある農村には「犬を殺して呪いをかけた者の子孫」として「犬神筋」(「犬神統」ともいう)が存在している。
また憑きもの筋とされる家系の者達も、その多くが村人に流布する悪評を裏付けるように、自らを「憑きもの筋」と認め、それらの動物霊を神として祀っていたところが多いという。
「大道寺家は昔ながらの名家だ、成り上がりでも無ければ余所者でもない。普通の憑き物筋とは違う気がするな」
「鬼憑きというのが気になる」
「鬼ですか......調べてみる必要がありそうですね」
『だが大道寺家が執事たちしかいないなら、悪魔に偵察させる手もあるぞ、ライドウ』
「なら俺は鬼について調べてみましょうか」
「そうだな、訪問を明日にするなら、また明日同じ時間に鳴海探偵事務所で落ち合おう」
「わかりました」