広大な敷地を有する邸宅の門が、不気味な静けさをもって俺たちを待っていた。この屋敷の地下に伽耶さんにとって引き返すことの出来ない悪夢の始まりがあるに違いない。広い正面玄関に足を踏み入れると、執事の中村さんが待っていた。
どこか顔色が悪いのは伽耶さんが行方不明になっているからだろうか。
「昨日は失礼いたしました。清様がお待ちです、応接間にどうぞ」
応接間に待っていたのは、大道寺家の家紋のアゲハチョウを縫いつけた白地の袴を羽織った中年の男性だった。清さんだ。
「昨日は済まなかったね、ハルアキ君。それに鳴海探偵事務所の......」
「葛葉ライドウと申します」
「中村から話は聞いているよ。伽耶と会ったそうだね。詳しい話を聞かせてくれないだろうか」
来客対応中だというのに不自然なまでにしきりに首を回している清さんに違和感がつのる。数ヶ月前にわざわざハンカチのお礼に俺を訪ねてきてくれた時にはこんなふうじゃなかったのだが。
それはパーティで清を見たことがある14代目も思ったようで、小さく頷いていた。
一連の流れを説明すると、清さんは目を固く閉じて、苦悶の表情を浮かべながら俯いた。性根が優しい清さんだがここまで芝居がかった人形劇みたいな態度をとるような人ではない。
「実は......伽耶が失踪してから10日が経つんだ。でも、兄は来年を迎えられるかどうか怪しいところがある。伽耶が行方不明になったことを伝えたならば、いよいよ弱ってしまいかねないんだ。とてもでは無いが表沙汰に出来ることではないんだよ。弱った」
清さんが困り果てているのはわかった。嘘をついているようには思えない。
「兄にもしものことがあったとき、跡目を継ぐのは伽耶なんだ。あの子に万が一のことがあったら、大道寺家はどうなってしまうのか。私はそれが心配だ。だが迂闊に話せば兄の病状が悪化しかねない......。ハルアキ君の友人ならば信頼できる。しかも鳴海探偵事務所の人は伽耶にあったことがある人ばかりだ。どうか内密に、伽耶の捜索の依頼をさせてはもらえないだろうか」
清さんは余程おいつめられているのか、自分のこと、大道寺家のことばかり話す。いつもの伽耶さんを案じる優しい叔父さんの姿はない。それだけ大道寺家という名家の重責はあるのだろうか。たしかに昨日今日作られた軽薄なものではないし、世代を重ね、歴史を背負ったものなのは違いない。そういう背負っているものがある人特有の思考回路なのか、追い詰められすぎて自分のことしか考えられなくなってしまったのかはわからない。
「主治医にも匙を投げられてしまった今、伽耶の顔を見せてあげるのが1番の薬だというのに......。頼んだよ、葛葉ライドウ君。伽耶を見つけたら真っ先に私に知らせてくれたまえ。兄の死に目に会えないとしたら、それは最大の親不孝だ」
「......そんなに、お具合悪いんですか?」
「そうなのだよ......ハルアキ君。ついこの間まで元気にしていたのだが、また悪化したようでね......」
なるほど、考えていた以上に猛さんの病状は悪いらしい。そんな最中に失踪した姪に対する怒りを必死で抑え込んでいるらしかった。
「もしもがあったら、兄はいよいよ生きる希望を無くしてしまう。私も伽耶が心配でならないが、兄にいえない以上捜索願を出すこともできないから困っていたんだ。私は当主代理として大道寺家を切り盛りしなくちゃならない。なんとも歯がゆいよ。頼んだよ、君たちだけが頼りなんだ」
「失礼いたします。清様、そろそろ......」
「ああ、すまない。大道寺家の未来をかけた商談が迫っていてね。私はこれで失礼するよ。伽耶の手がかりを探すのであれば、屋敷内には自由に出入りしてもらって構わないからね。ただ応接間には立ち入らないようにしてくれると嬉しい」
俺たちは依頼を受けることをつたえて応接間をあとにした。
「清様も仰っておられましたが、伽耶お嬢様の捜索の依頼を受けていただき、ありがとうございます。ご迷惑とはぞんじますが、なにとぞ事が公になり、猛様の病状が悪化することだけは避けたいのです。何卒その旨をご了承ください」
中村さんも伽耶さんが心配なようで深深と頭を下げたのだった。
「実は......昨日、侵入者がいたようでして」
中村さんはため息をついた。
「侵入者?物取りかなにかですか?」
「わかりません......金品はとられていないのですが......。相手方の要請で屋敷内は私と清様しかいなかったはずなのです。見張りもたてていたのに、いつの間にか倉庫や書斎を荒らされていました。目的はわかりません。どうかご内密に調査をしていただけませんか?もしかしたら、今回の商談の偵察かもしれません。ご破算になったらいよいよ大道寺家は終わりです。これ以上猛様に心労を増やすわけには......」
「分かりました、それも併せて調べてみます。立ち入っても?」
「はい、どうぞ」
中村さんに別れを告げて、堂々と俺たちは当主書斎に入ることに成功したのだった。
「......」
「......」
「......自分の派遣したツチグモのことだ」
『はっはっは、まさにマッチポンプというやつだな、ライドウ』
「そこまで考えていなかった、次は気をつけよう」
「あはは、そういうこともありますよ、14代目。気にしないでください。ただ、次からは人型の悪魔のほうがいいかもしれませんね」
「そうだな、考えておく」