ライドウとタエは中条区銀座町の駅前にやってきた。うつろな目をした少女が佇んでいる。虚空に向かって言葉を投げている。少女とは思えないしゃがれた声はなにかに取り憑かれているようだ。
「筑土町に発生したクズノハ14号は電車で銀座町方面に向かった模様。駅を降りた先のt路で北側に進路を変え、新世界で情報収集する可能性が高い模様」
『監視されているな、熱心なことだ』
ライドウがうなずいてまた目をやるとすでに少女の姿はどこにもなかった。
「新世界か、くるのも久しぶりだな、ライドウ。ちょっとよっていくか」
ミルクホール新世界の扉を開けるとライドウを見るなりマスターが声をかけてきた。
「やあ、久しぶりだね」
「ご無沙汰しています」
「ここは世の中の裏も表も知り尽くした者たちが集う店、ミルクホール新世界。悪魔だってもちろん承知している。気兼ねなく情報収集してくれ。ただし互いの素性を知るのはご法度、騒ぎを起こすようならいくらクズノハでも出禁だからね」
店内にはすでに先客が何人もいた。いずれも常連のようだ。
ここは帝都に在住する者のみならず、地方から、さらには外国からもデビルサマナーが集う。日本におけるサマナーたちの情報交換場所として、裏社会で名の通った店なのだ。
もちろん、そうした裏事情を知らずに流行の最先端だからと入り浸る一般客らの姿もあるが、ここで提供されるソーダ水はかなりの劇薬である。人間が飲むものではない悪魔用の物もあるのだ。
客層にしても飲み物にしてもかなりあくの強い店である。銀座という町は強い刺激や新しい価値観、旧来の枠から逸脱した存在を飲み込む場所だ。だからこそデビルサマナーのような一般社会から乖離した世界を生きる者は田舎より都会に紛れ込み、潜む場所がたくさんある。新世界はそうした場所のひとつなのは間違いないだろう。
こういう逸脱した存在を許容するからこそ、その逸脱から新たなるスタンダードが生まれ、常に時代を牽引している。ミルクホール新世界もまたその逸脱のひとつで浮かび上がらせるかとなく受け入れられている。
「今朝、ハルアキは来ましたか」
「ハルアキ......ああ、土御門ハルアキさんかい?来たよ。赤マントを調査しているとかで情報収集にきていたね。連れの人と聞き込みをしていた」
「連れ?」
「車がどうとかいう話をしていたから、安倍子爵の運転手じゃないかな?」
『なるほど、ハルアキは車を運転できないからな。広範囲の調査ならばそちらの方がいいかもしれん』
「たしか、桜蘭女学院あたりに怪人赤マントが出るという情報が入ったばかりでね、そちらに向かったんだ」
「そうなんですか。桜蘭女学院......伽耶たちが通う女学院だ」
『筑土町の異界から帰ってこないとはそういうことか......赤い憲兵たちと遭遇した可能性があるな。ハルアキは朝に行方不明になっているのだ、今から筑土町に戻るよりタエと赤マントを探した方がはやいやもしれん』
「そうだな、帰ったところで遭遇できるかもわからない。なら確実なところを狙った方がいい」
ライドウたちはミルクホールでタエが目撃したという銀座のアカマントについて聞いて回った。曰く、人ではなく車を襲う。車だろうが車の付喪神だろうが襲う。車に人が乗っていればその人を無理やり引き摺り出して拉致する。人を攫い血を啜る怪人赤マントとはかなり異なる悪魔のようで銀座ではかなり有名になっているとのことだった。かなり車に対して執着、もしくは憎悪している悪魔らしい。
タエはミルクホールが初めてだったようで、いい場所を見つけたと喜んでいた。霊感もなにもないタエは店内を平然と跋扈する悪魔がなにひとつみえていないし、感じてすらいない。ある意味才能なのかもしれない。
「いいところ教えてくれたお礼にお小遣いはずんじゃうわ。鳴海さんには内緒ね」
何枚かお札を握らされてしまった。給金が延滞気味のライドウにはありがたすぎる臨時収入である。ライドウはお礼をいいつつ、ミルクホールをあとにした。今度はタエの取材に付き合う番だ。銀座の赤マントは月夜の時間帯しかでないらしいから。
ミルクホールから表に戻ると懐が深い中条区銀座町は植え込みがある中央分離帯の左右に路面電車が走る広い車道がある。国旗画はためが歩道が平行して伸びていて、白亜の見上げるようなビルヂングが乱立する帝都を代表する大都会だった。
白レンガ通りの現代的な街並みを都会的なモダンボーイやモボた違う闊歩し、高級車が走り抜けていった。
ここがタエのいう赤マントの出現区域として有名になりつつある場所だった。
「ここの赤マントはタクシーだって路面電車だって車夫さんだって、車とつくなにもかも襲うのよ」
タエが案内してくれたのは栗須坂のあたりだ。和服姿の女性が道ゆく人に話を聞いて回っているのがみえた。タエをみるなり一礼する。派手なかんざしと着崩れた着物は夜の女だとしらせているが清楚なのは堕ちてまもないのかもしれない。
「昨日の記者さん......また調べに来てくださったんですね、ありがとうございます。あの、そちらの方は?」
「自分は探偵事務所で書生をしています。お話が聞きたくて」
「まあ、探偵さん......!ありがとうございます。さすがに警察の方も怪人赤マントがあちこちで出てるからと調査にてがまわらないのか、なかなか調べてくれなくて困っていたんです」
物憂げにため息をつく女性はシズと名乗った。旦那がタクシーの運転手をしているのだが赤マントに襲われて事故を起こし、タクシーは大破するわ本人は大怪我をしてリハビリや手術代が重なりかなりの借金をしているのだと身の上話を聞かせてくれた。犯人が捕まらないと泣き寝入りになるため、懸命に目撃者を探しているという。
シズが旦那から聞いた銀座の赤マントの特徴はたしかに赤マントそのものだ。かなりのスピードを出したのに後ろから奇声を上げながらおいつかれ、タクシーの上に乗られ、攻撃され、その声を聞いて錯乱状態になった旦那はハンドルを切り損ねて電信柱にぶつかったらしい。誰かを轢き殺さなかったのも、死ななかったのも奇跡だと警察や医者からいわれた有様だったという。
シズの旦那のような被害にあった人はたくさんいるはずなのだが、シズの旦那以外は事故現場から忽然と姿を消しているため今まで全貌が明らかではなかったらしい。被害者がいないから事件なのに事件になっていなかったというのだから恐ろしい話である。
シズの旦那はさいわい車に挟まれてなかなか出てこれない大事故になり、野次馬がたくさん集まってきたから、怪人赤マントは拉致しなかったんじゃないかと噂されていた。
借金苦に陥っているにもかかわらずシズは旦那が怪人赤マントに拉致されずに済んでよかったとどこかほっとしている様子だった。生きているだけマシという考えなのかもしれない。
ゆえに行方不明の旦那の同僚や知り合いたちがたくさんいるから、余計に犯人探しに躍起になっているのがわかる。シズが配っているお手製のチラシは本人がつくったものではないだろう。怪人赤マントに攫われたと思われる行方不明者を探すビラでもあるみたいだから、シズがたったひとりで頑張っているわけではなさそうだった。
なるほど、タエが見せたかったのはこれなのかとライドウは思う。
「頑張って怪人赤マントみつけましょうね、ライドウくん」
ライドウは大きくうなずいたのだった。