次にライドウが話を聞きに来たのは、銀座町南の外れにある喧騒から離れた一角にある料亭竜宮だ。板塀の風格ある門が前に、青竹色の色どめ袖という出立ちの女将がたっていた。
タエが赤マントの写真を取り出すと、一瞥した女将は厳しい顔をして眉を寄せた。
「ああ、見たわよ。こいつにやられた常連さんカンカンでね、二度とうちには来ないってさ。困ったもんだ。ああ、そうだ。記事にするならうちの名前出さないでおくれよ、葵鳥さん。怪人なんて仰々しい......ただのうつけだろ?警察部は雁首並べてなにやってるのかねぇ。あんな阿呆に閑古鳥なかされちゃあ、料亭竜宮の名折れさね」
ため息混じりの声である。その目元には苛立ちを抑え込むような力が込められていた。しばらく世間話をしていると大道寺家が常連だったことが話題に上がったため、ライドウは食いついた。
「大道寺さんもねえ、昔は矢来区の資産家として名を知らない者はいなかったんだよ。とうとう会社が潰れて借金のかたにとられちまったそうじゃないか、かわいそうにねえ。そのせいか最近はご無沙汰だよ。羽振りのいいときは週に何回も来てくれたもんさ。今時珍しいくらいきぃつかいで、優しくて、転職先にうちをすすめたいくらいだったよ。断られたがね。飯田さんも寂しがってたねえ」
「飯田さん?」
「そうそう、うちの飯田さん......車夫の飯田さん。うちの専属の車夫でね、かなりの古株なんだ。あたしがここに嫁ぐ前から働いてたって話だから、相当だね。まあ、最近はこの騒動でみんな怖がって使いたがらないから飯田さんの出番もなくて大変なんだけど。大道寺清さんとは結構うまがあってたみたいだよ。ああ、そうだ。大道寺さんのことなら、飯田さんを訪ねてみちゃどうだい?千寿区の深川町に家があるから訪ねてみるといいよ」
手がかりを掴んだライドウは、そのままうなりをあげる車を傍目に、銀座町の白レンガ通りを抜けて銀座駅から深川駅に電車で移動する。車夫ならば大道寺清の行き先にこころあたりがあるかもしれない。
深川町は治安が良くないと噂される町だった。北部には大道寺清が運営していた紡績工場があったがあのときいたダークサマナーか陸軍の圧力かですでに取られてしまったのか、すでに閉鎖されていた。どうやら遊郭利用者の駐車場にするための下調べが行われているようで、立ち入りはできそうにない。
ライドウは飯田を訪ねて深川町に足を踏み入れた。そこは銀座町とはうってかわって平家の長屋が軒を連ねる江戸の風情が強く残る町だった。すずめの囀りが聞こえる静かな街の入り口には大浴場がどんと構えており、その前を目つきの悪い男2人が門番のように両脇にたっていた。
ヤクザだろうか。
銭湯大國屋は関東羽黒組の若頭が愛用しているため、ある意味本拠地となっていた。そこにいる若頭の佐竹は背中に大黒天の刺青を彫っている。弱きを助け強きをくじく、いい意味での任侠人で、配下や街の人々からの人望は篤い。
千寿区深川とそこの遊郭を縄張りとして統括し、銭湯・大國湯を愛用しているらしい。ゆえに大國湯は羽黒組の貸しきり状態だが、佐竹の金払いがいいので問題はないらしい。
実は素手で赤い憲兵を殴り倒せる程強いらしく、三下曰くだが普段は拳を使うことはほとんどなく、足蹴一発で戦意を喪失させるという。
男湯に突撃したライドウは、そこで三下たちを打ちのめして大暴れしていたところ、佐竹に気に入られた。そして、そのまま近頃、このあたりにも赤い憲兵たちが出現し、シマを荒らし回っているからこまっているのだという話を聞いた。ライドウが赤い憲兵を調査しているのだと話をすると、情報をくれたら自由に動き回っていいといってもらえた。よほど目に余る行動なのに龍脈の穴から逃げ出すために捕まえられなくて困っているようだ。
ライドウは今まで集めた情報を提供し、それと引き換えに深川町に出てくる怪人赤マントについて情報をもらい、目撃者が出た場所をあらうことにしたのだった。
竜宮の女将のいうとおり、深川町の長屋の一角に飯田の家はあった。いきなり訪ねてきた書生と帝都新報という組み合わせにけげんな顔をされたが、女将に紹介されたと話すとようやく玄関戸をあけてくれた。怪人赤マントのせいで竜宮から呼び出しがかからないせいで暇なのか、朝から飲んだくれていたようで酒くさい。泥酔こそしていないが呂律が回っておらず、足元がおぼつかない。飲まないとやってられない状況なのだろうことがよくわかった。
このままでは埒があかないと判断したライドウは、火炎属性の技芸が使える悪魔を召喚し、飯田の精神に干渉を指示した。これで飯田は薬を盛られたわけでもないのに秘密を胸に秘めていることができなくなる。しゃべりたい衝動こそ抑えることができても思考回路を読み解く悪魔に調査させれば無意味だ。
悪魔が得た情報は以下の通りだ。
今回、銀座で起きた怪人赤マントの襲撃事件の唯一の生存者であるシズの旦那の大怪我を飯田は喜んでいること。それというのも、両親に先立たれて男で一つで育てたシズが事もあろうに商売敵であるタクシー運転手と恋に落ち、挨拶にきたから猛反対したら駆け落ちされたこと。行方しれずなこと。赤マントのせいで借金苦に陥ったのは噂で知っているから、いずれ頭を下げにきて金の融資を頼みに来ると思ってそれなりの蓄えの準備があるのに、一向に来なくてイライラしていること。シズが風俗堕ちするかもしれないと風の噂で聞いて余計にイライラしていること。
飯田本人は怪人赤マントのせいで人力車の需要が激減し、大道寺清の紡績工場跡地が駐車場になったら、いよいよ仕事がなくなると悲観していること。
これはたしかに酒浸りになるのも無理はない気がした。
ライドウは飯田に大道寺清の行方を探している探偵であることを話した。これは大道寺当主からの依頼であることも。後ろめたい事情にかすめかねない怪人赤マントとは触れもしなかったためか、他ならぬ大道寺当主からの依頼のためか、顧客の秘密は絶対に話さないという態度を見せていた飯田は警戒心を緩めて大道寺清がよくいっていた場所を色々と教えてくれた。大道寺清が行方不明だという話はなかなか衝撃的だったらしい。
「清さんはいつから行方知れずなんで?」
ライドウは怪人赤マントに変上した日付や軍部の関係者との商談が失敗に終わったことなどを話した。
「軍の......あのぉ、まさかあれかい?あの気持ち悪りぃ真っ赤な軍人連中かい?」
ライドウはうなずいた。
「嫌な予感はしてたんでさぁ......閉鎖前から清さんの紡績工場を何回か出入りしてるきみのわりぃ真っ赤な軍人どもがいてさ。近所のガキどもの格好の遊び場だったが、きみわるがって近寄りもしなくなっちまったからな」
飯田が教えてくれた大道寺清のよく行く場所は、銀座の赤マントの出現場所と微妙に外れていた。思った以上に怪人赤マントはあちこちに出没しているらしい。
紡績工場跡地はあいかわらず黒塗りの車に封鎖されて近寄ることすらできないため、ライドウは銀座の赤マントを優先することにした。
月が出てきた夜、張り込んでいたライドウたちはお目当ての怪人赤マントが龍脈の穴から出現するところに居合わせた。タエは無我夢中で写真をとっていたのだが、持ち前のおっちょこちょいが発動して足がもつれて転倒。うちどころが悪くてそのまま気絶してしまった。
ライドウは仕方なくトラフーリをもつ悪魔を護衛につけて、タエを新世界ミルクホールにとどけるよう手配した。
ようやく身軽になったライドウは通りかかったタクシーを襲撃している怪人赤マントめがけて戦闘に入ったのだった。