COMPがさっきからエラーを吐き出し続けている。精神力を回復しても、マグネタイトを補充しても、真っ赤になったメニュー画面は召喚プログラムを起動しない。全てができないわけではないから故障ではないのだろう。
問題なく召喚できているのは、魔神、神獣、聖獣、幻魔、妖精、魔獣、地霊、龍王、死神、妖獣、邪鬼、妖虫。いわゆるニュートラル属性の悪魔たち。
召喚エラーが出るのはケルプといった天使 、女神、霊鳥 、神樹 、妖鳥、妖魔、天女、邪神、凶鳥、妖樹。いわゆるロウ属性の悪魔たちだ。
あるいは属性そのものが存在しない悪魔たち。
俺はテンプルナイトだからカオス属性の悪魔は相性が悪くて召喚できない。だから自然と悪魔合体自体したことがなく、COMPの悪魔辞典に載ってない。だからはっきりとしたことはいえないのだが、ロウ属性の悪魔たちだけ召喚制限にひっかかっているということは、俺自身の属性がニュートラルに傾いたか、カオスよりになってしまい、ロウではなくなってしまったのだろう。
どうやら俺は俺の考えている以上にショックを受けているらしかった。もともとロウとカオスは秩序と混沌を意味する。人間は縦軸に関してはニュートラルで固定されているが、横軸に関してはロウとカオスの中で揺れ動き続けるものだときいたことがある。俺はテンプルナイトだからニュートラルロウ以外に属性がふれたことはいちどもなかったはずなのだが。リンさんの話を聞いたことでなにかがゆらいだか、ぐらついたかしてしまったのだろう。
「ああくそ......なんてタイミングだよ。間の悪い」
唯一呼び出せるのはジークフリートだけだ。残念ながらジークフリートはリンさんの護衛につけているから動かせない。また怪人赤マントに堕ちてしまったら、いよいよリンさんの精神が崩壊してしまうだろう。伽耶さんの救出を考えたときに親友が完全に悪魔に堕ちてしまった場合、後戻りする理由が失われてしまうことにほかならない。あいつを伽耶さんから引き剥がすためにはどうしてもリンさんを生かして帰還する必要があるのだ。
反発するジークフリートを説き伏せるために悪魔は別で召喚しとくといったはいいものの、どうやら無理らしい。
赤い憲兵たちに取り囲まれながら無理やり連れてこられたのは、どこをどうみても怪人赤マントの生成工場である。専用のエレベーターでしか降りられないようになっていた。エレベーターの扉が開いた瞬間、そこには病棟や研究棟とはどこか違った寒々しい雰囲気が広がっていた。まずエレベーターホールには何もない。ソファーも公衆電話もベンジャミンの鉢植もない。頼りないくらいにすっきりしている。そして暗い。ホールの隅は薄い闇にぼやけている。電灯の半分はスイッチを切られている。無数の拘束具、血みどろの床、壁、そして天井。禍々しい光を放つたくさんの試験官、泡立つビーカー、そして怪しげな煙が湧き出す動力源不明の機械たち。
どうやら怪人赤マントに拉致されてきた人々は、ここで無理やり首のあたりに注射されるようだ。なぜ首なのだろう。この液体の中に浮かぶ小さな物体はなんだろう。赤い憲兵たちのせいで動かせるのは首だけだが、なんとか目に焼き付けようと俺は必死だった。
手術室は思っていたよりもずっと素っ気ない小部屋で、壁も天井も床も機材も全部セメント色だ。医員の一人ひとりが白布の口あてを口から鼻の上にあてがった。それだけでいきがつまるほどの思いをした。そのくせ目は妙にさえて目の前に見る天井板の細かい木目までが動いて走るようにながめられた。神経の末梢が大風にあったようにざわざわと小気味わるく騒ぎ立った。心臓がいき苦しいほど時々働きを止めた。
俺の目の前に現れたのは、溶液に浸されたなにかだった。不定形のようでいて、骨を持たない筋肉の塊のような悪魔でゆっくりと浮遊している不気味ななにかだ。自分だけでは、大した力を持たない為に他の生物や物質に憑りついて働く性質を持つようだ。
こいつが不安から生まれるマグネタイトが好物な悪魔だろうか。ジークフリートに言わせれば人間が感じる脳内の不安物質を食らって成長するため人間に憑りつき、さらに、ある程度の成長段階を経て、宿主を包み込む怪人赤マントと呼ばれる姿に変身し、憑依する宿主が不安に感じている元凶を攻撃したり、暴れだしたりする。うまく適合しなければ、最終的に宿主は、廃人になってしまいゾンビーになってしまう。
「俺も赤い憲兵にする気か......」
抵抗してみるがさらに抑え込まれてしまい、動けなくなる。拘束具を使われて四肢の自由を奪われた俺の目の前に戸棚から銀色の箱に入った細い注射器を取り出される。赤い憲兵は茶色の小瓶を灯りに透かして液体の量を確かめると、規定分だけ注射器に吸わせて、正体不明の悪魔の溶液で満たされた注射を向けられる。
それは首筋に突きつけられる。ここまでくると悪魔のマグネタイトから生成された劇薬だといやでもわかる。これを撃ち込まれたら俺も焦燥も、はにかみも、綺麗きれいに除去され、甚だしい不安に苛まれた果てに怪人赤マントになるのだろうか。それとも赤い憲兵に?
あいつが凶行に及ぶ理由がようやくわかったのに?あいつをぶんなぐる理由がようやく見つけられたのに?ふざけるな、こんなところで死んでたまるか!
「だから我を連れて行けといったのだ、ハルアキ!キサマには我が命を預けているのだ、勝手に死ぬでないわ!」
後ろから赤い憲兵がもつ注射針が横に吹き飛んだ。ジークフリートが赤い憲兵たちを卒倒させ、そのまま俺の拘束具を粉砕、連れ出してくれた。
「話が違うではないか!他の奴らはどうした、ボイコットするような忠誠度ではあるまいに!」
「分かれてから気づいたんだよ、召喚できないんだ、いま。たぶん、お前しか召喚できるやつがいない」
「はあっ!?なにを......まさかこやつら、封魔のたぐいか?」
「ちがう、俺の思念が揺らいでるせいで召喚機がうまく働かない」
「なんだと?そんなもの、あんな話を聞かされれば揺らぐものもあろうよ。だがキサマの目は濁ってなど居らぬ、ただの気の迷いではないか。それでもダメなのか、ポンコツめ」
「......わるい、ありがとう。ところでリンさんは?」
「心配いらぬわ」
ジークフリートが笑った瞬間に、真後ろのドアが蹴り飛ばされ、2体の悪魔が赤い憲兵たちを薙ぎ倒した。床に転がった憲兵たちめがけて。巨大な斧が振り下ろされた。一体が首と胴体がお別れしてしまう。あの悪魔が注入されたあたりだったようで、頭が爆発して正体不明の塊は跡形もなく消滅してしまった。
「ハルアキ、大丈夫か」
「14代目!」
「間に合ってよかった、星命から連絡を受けて探していたんだ。今から助力する。戦えるか」
「大丈夫です、助かりました。ありがとうございます!」
「感謝するがいい、ハルアキ。女はすでにここから脱出した、あとはお前だけなのだからな」
『ジークフリートがいなければ、今頃おまえも怪人赤マントだぞ、ハルアキ。深入りしすぎだ、無茶をしおって。星命に説教されるがいい』
「あはは......」
ここに形勢は逆転した。
リンさんが無事に救助されたなら、もう無抵抗でいる必要はないわけだ。ジークフリートが取り上げられていた退魔刀をよこしてくる。抜刀した俺はそのままジークフリートを呼んだ。室内だが無駄に広い研究室だ、まずは頭数を減らさなければ。俺の足元に魔法陣が形成される。俺はジークフリートとの合体攻撃を繰り出すべく跳んだのだった。